伊達スバルの両親は、決して良い親ではなかった。
いつごろからこうなってしまったのか───具体的なことはわからない。
しかし、スバルがものごころ付くようになったころには、よく喧嘩をしていた───スバルの目の前で。
幼い子供にとって、それを見ることはどんなに苦痛だっただろう……。
……スバルは止めても無駄だということがわかってしまったので、ただひたすら耳を閉じ、目をそらし続けた。
特にこの父親は、スバルを真っ当に育てようとはしなかった。
浴びるように酒を飲み続け、妻以外の女にうつつをぬかす父親。
この時、まだスバルは父親がこうなった原因を知らなかったが、それを差し引いても、スバルが父親を嫌うのは仕方のない事だろう。
そしてこの父親の態度は、町の人々にもいいように思われなかった。
それだけならばよかったが───大人たちは、何も知らない子供のスバルにさえ同じような態度をとった。
そして大人たちのこの態度を、町のガキどもは『学んだ』。
ある意味子供たちのほうが、スバルにとっては残酷だったかもしれない。
気づけばスバルはいつも1人であった。
孤独は、スバルの心を、真綿で首を絞めるようにゆっくりと苦しめていく。
このままでは、スバルが心の捻じ曲がった人間に育ってゆくことは、誰の目から見ても時間の問題だった。
しかし、ある些細なことがきっかけで、スバルは救われることになる。
ある日のこと。
スバルはいつものように木に登り、自らと同年代の、楽しそうに遊んでいる子供たちを見ていた。
そんな時だった。
『おめーきのぼりうまいじゃん。でもぼくはもっとうまいもんね』
話しかけてきた少女の名前は、蟹沢きぬ。これが始まりだった。
お互いを認め合った2人は、よく遊ぶようになった。
しかし、大人はそれをよくは思わなかったようだ。
スバルは少女が親に注意されてるのを見たのだ。
あの子と遊んではダメです、と。
しかしそれでも少女はスバルの元へやってきた。
『だってすばるとあそぶのたのしいもん。
すばるとはなしたことないのに、なんですばるのわるぐちいうんだろうね』
少女にとっては、何も難しく考えていない、何気ない一言だったであろう。
だが、それで十分だった。
ただ、何も考えずに一緒に遊ぶ。
少女はスバルに対し、対等に接してくれた。
大人から、両親から学ぶはずの「人を信じる」という当たり前のことを、この少女から、
───そして後に親友となる少年から───知ったのだ。
奇妙なことだが……人生経験も、知識も全くない子供がスバルの心をまっすぐにしてくれたのだ。
もう自分を嫌ったりしない……。
スバルの心に、暖かな光が差した……。
そしてスバルは誓うのであった。───この光を閉ざさないと。
……それが、自らの想いを砕くことになろうとも───。
(作者・名無しさん[2006/07/05])