「お前が〜風になるなぁらぁ〜♪果てしない〜空になりたぁいぃ〜♪」
歌は良い。人間が生み出した文化の極みだ。歌っている時はイヤな事を忘れられるってモンだ。
…誰も聴いてくれてないけどな。
終電間際の駅前、家路に急ぐ女の子やリーマンは誰も足を止めようとはしやがらない。

時々鼻で笑われたりもする。そんなに下手か?
へん、歌は心だ!ギターはハートだ!いつか俺の歌で、神奈川県民ホールを満員にしてやるぜ!
とは言うものの…今日はもう帰ろうかなぁ…
ギターを肩から下ろしてかえる支度をする俺。そして駅の方角に歩き出す。
通りからは見えない奥まったベンチには、いつものようにアイツがいるワケで。

 「おい椰子」
 「……」
 「俺今日はもう帰るから」
 「…お疲れ様でした」
 「な、なぁ…俺の歌…どうだった?」
 「ヘタクソでした」
 「そ、そうですか…」
容赦無いなコイツは…美人じゃなかったら殺してやるんだけど、超がつく美人だから許さざるを得ないワケで。
椰子には俺が路上デビューした日から感想を聞かせてもらってんだけど…
何せ「ヘタでした」「普通ですね」「今日はまぁまぁ」くらいしか言わない。全然参考にならないときてやがる。
とりあえず椰子に別れを告げて、俺は家に帰る。

レオの部屋から笑い声が聞こえる。この馬鹿笑いはカニだな…甲殻類は近所迷惑を考えないから困る。
レオの怒鳴り声もスバルの宥める声も、乙女さんの一喝も聞こえた。
…アイツ等と出会ってどれくらい経つだろうか?時々こうやって引いた場所からアイツ等を見ていると、自分が惨めに思える時があるワケで。
カニは馬鹿だけど顔は可愛い。スバルは顔が良いし陸上部のエースで喧嘩も強い。レオは凡人だけど、みんなに慕われる何かがある。
俺はレオが好きだ。アイツとなら一生ダチでいられる自信がある。
スバルの事も好きだ。タメの友達の中でアイツほど頼れる奴はいない。
当然カニも……好き…だよな?うん、好きだ。多分。面白いし、チビだし、ワケ解んないし、いじめ甲斐があるし。
でも…俺はアイツ等にどう思われてるんだろうか?俺にはアイツ等に好かれるような何かがあるのかな…?
と、1人で夜道を歩いているとアレコレ考えてしまうワケで。


放課後だ。生徒会に顔を出しに竜宮へ。
ドアを開けようとした時、中から話し声が聞こえて来た。
…?声は男と女だ。男は多分レオだ。でも女の方は…よっぴーでも姫でもない。誰なんだ?
そ〜っとドアを開けて中を覗いてみた。声の主はレオと…椰子だった。
 「普通に会話してやがるよ…笑ってやがるし」
あの生意気が服着て歩いてるような鉄面皮女が…何があったんだ?
何だか入りにくかったから、サボる事にした。何かやり切れないよなぁ…

そして今日も今日とて路上ライブ。客のいないワンマンショー。
でも俺の心は満たされている。ような気がする。
島流しから解放された帰りのフェリーでの館長の言葉を聞いたあの日から、俺は言い訳をやめたんだ。
自分の好きな事、やりたい事をやるのに理由はいらない。
テンションに身を任せるんだ!なんて言ったらレオに怒られるかも知れないけどなw
だから今は自分の好きなように歌う。ギターをかき鳴らす。
少し離れた場所には椰子がいる。ナンダカンダで感想を聞かせてくれるんだから、アイツは今現在唯一の客なワケで。
よーし!県民ホールを満員にするより前に、アイツに感激の涙を流させてやるぜ!俺の歌を聴けぇっ!!

 「よぅ椰子!今日の俺の歌どうだった?」
 「ヘタクソでした」
 「……」
 「……」
 「…椰子」
 「何ですか?」
 「お前、レオの事好きなの?」
 「んな…何ですかそれ!?」
 「あ、いや…何か最近お前等、仲が良いよなぁって…ホントのトコどうなの?」
 「フ、フカヒレ先輩には関係ありません!」
 「…それ、ほとんど肯定だって気付いてる?」
 「……」(ぎろっ)
 「うひぃっ!?ご、ごめんなさい!そ、それじゃまたな!」
急いでその場から逃げようとした時、俺は駅前の広場で知った顔を見つけたんだ…


 「何の用だお前等!?僕達をどうする気だ!?」
 「べーつーにー?たださー、ボクちゃんの彼女とちょっと遊ばせてよーw」
 「く、くー…」
 「ふざけるな!僕達はお前等なんかに構ってるヒマはないんだ!そこをどけ!」
 「おーおー、勇ましいねぇ。彼女の前だからってカッコつけてっと、とんでもない事になりまちゅよー?」
 「それは脅しのつもりか?やれるものならやってみろ!西崎、ボクの後ろに隠れていろ!」
 「よーへー…こわいよ…」
 「えー?ボクちゃん1人でオレ等とヤる気〜?オレ等8人いんのよ?正気?」
 「カス共には丁度良いハンデだ。来い!」
 「てめぇ!竜鳴だからって調子コイてんじゃねーぞ!やっちまえぇっ!!」

 「ありゃ村田と…西崎さんじゃねーか!何で囲まれてんだよ!?」
 「アイツ等…前に私にちょっかいかけて来た奴等ですね…まだあんな事やってるのか…」

 「あ、喧嘩になりやがったよオイ!ど、どうしよう?どどどどうしよう!?」
 「どうしようって…どうもしなくても良いんじゃないですか?」
 「…え?」
 「あの2人、確か2−Aですよね?友達とかではないんでしょ?」
 「ま、まぁ…そりゃそうだけど…」
 「じゃあ放っておけば良いんですよ…その内警察も来るでしょうし、あの先輩も拳法部でしょ?チンピラ程度には負けませんよ。多分」
椰子の目は冷たかった。コイツにとっては目の前の惨状も取るに足らない事なんだ…
そりゃ俺だって怖い。出来れば係わり合いになりたくなんかない。そして俺は喧嘩が弱い。ハッキリ言って問題外だ。でも…
 「椰子、警察に電話しろ。5分くらいで来てくれるハズだ…」
 「…?フカヒレ先輩が電話すれば良いじゃないですか?」
 「俺はアイツ等を助ける…俺が時間を稼いでる間に電話してくれ…」
 「フカヒレ先輩が…?笑えない冗談ですね」
椰子は鼻で笑いやがった。笑いたきゃ笑え。俺が行ったって返り討ちに遭うのは解ってるよ。
でもレオやスバルなら迷わず突っ走ってる。そして鮮やかに蹴散らす。
「アイツ等に出来て俺に出来ないワケがあるか…もう言い訳はやめたんだ!」
椰子が何か言いかけた時には、もう俺は走り出してた。
そしてチンピラの群れはいつの間にか増えていて、20人を超えていたりしたワケで…


 「畜生!いくら僕でもこの人数を相手にするのは辛いな…」
 「よーへー…!に、にげよぅ…!」
 「逃がすかよバーカ!ボクちゃんはここでフクロになって、お嬢ちゃんはオレ達とイイ事して遊ぶんだよぉっ!」
 「「「ヒューヒュー!」」」
 「ぐっ…絶対にそんな事はさせん!西崎は僕が死んでも守る!!」
 「くー、くー!」
 「ほへー…じゃあ死ねやボクちゃん!てめぇ等ヤッちまえーっ!」

 「シャーク少尉、突貫しまーす!!」

振りかぶったギターが唸りをあげ、チンピラの1人に命中!チンピラは地面にキスをした。
 「な、何だてめぇはっ!?」
 「フ、フカヒレ!?」
チンピラの群れの中でギターをブンブンと振り回しながら、俺は村田に叫んだ。
 「ボサっとすんな馬鹿野郎!早く逃げろ!ダメなら西崎さんだけでも逃がせぇっ!!」
あんなに勇ましく突っ込んだは良いけど、30秒もしない内に息はあがるわ腕は悲鳴をあげるわで…
 「ざけんなこの野郎!死ねコラァ!」 バキッ!
ほーら、あっさりやられた。今度は俺が地面にキスしたワケで。
 「フカヒレぇっ!」
 「く、くー!!」
あーあ…俺情けねぇ…
やっぱどれだけ俺がテンション上げたって、レオやスバルみたいにはなれないワケで…
これからリンチ喰らうんだろうに、俺は何故か冷静。村田と西崎さんが泣きそうな顔で俺を見てる。
何だか申し訳ない気持ちでいっぱいで…レオじゃないけど、テンション身を任せちゃダメなのかなぁ…?と思ったその時だった。
 「先輩に手ぇ出すなっ!!」ドッゴォ!!
あ…椰子の蹴りがチンピラの急所を直撃してらぁ…アイツ泡吹いてやがる…これから一生宦官だなw
 「てゆーか何で来てんだよ…警察には電話したんだろうな?」
 「してませんよ。携帯持って来てないですし」
 「何だよそりゃ…携帯はちゃんと携帯しとけ…てゆーかお前等だけでも逃げろって…お前に何かあったらレオに申し訳ないだろ…」
 「フカヒレ先輩の指図は受けません。私は私の好きなようにやります。それに…」
 「……?」
 「先輩達を見殺しにしたら、対馬先輩やカニに何を言われるか…」


 「てめぇ等もう許さねぇぞコラァッ!男は殺す!女は犯す!」
 「やってみろこの租チン共が…全員残らず潰してやるよ」
椰子が挑発する。おいおい…もうどうなっても知らねぇぞ…
 「上等だよ姉ちゃん!後で泣いても止まんねーぞコラァッ!かかれーっ!」

 「待てぇいっ!!」

 「こ、今度は誰だよオイ!?」
いきなり後光を背負って現れた謎の人物。その名は…
 「キシャアッ!ウチの後輩に好き勝手やってくれてんじゃねぇか!死ぬ覚悟は出来てんだろうな!?」
 「あ、赤王先輩!?」
赤王の名を聞いた瞬間、チンピラ達に衝撃が走った。
 「赤王って…あの赤王!?竜鳴四天王の!?」
 「間違いねぇ!赤王だ!鉄・霧夜・伊達の影に隠れて存在感の薄い四天王の赤王だ!!」
 「立ち絵の無い赤王だ!!」
 「声も出番も無い赤王だ!!」

 「キシャアアァァァァァァッッ!!貴様等そこに直れええぇぇぇぇっっっ!!」

どういうワケか完全にブチギレた赤王先輩の援護も加わって、チンピラ達は9割殺しで泣きながら逃げ帰った。
 「キシャア…じゃあ俺帰るわ…」
赤王先輩は肩を落として帰った。西崎さんも椰子も無事だ。村田は軽傷で済んでる。俺はと言えば…まだ地面に大の字なワケで。
 「答えろフカヒレ。何故お前が僕達を助けた?」
村田が不満そうに尋ねる。まぁ確かに俺がコイツのために喧嘩するなんて、転地がひっくり返っても有り得ないからなぁ…
 「別に良いじゃん。深い意味なんてねーよ…この貸しは学食10日分な?」
 「馬鹿を言え。精々3日分だ。不満なら妹を1人紹介してやるが?」
 「……3日分で良いです」
村田と西崎さんは去って行った。西崎さんがモジモジしながら「あ…あ、りがと…」って言ってくれたのが超絶可愛かったワケで。
気がついたら椰子はいなかった。俺の足元に缶コーヒーが置いてあったりした。不器用な奴…
さて、と…俺も重い身体を無理矢理起こして、ギターを拾って、1人寂しく帰るとしますか…
 「あら、よっと…アイテテテテ…」
 「あ、あの!」


いきなり声をかけられた。
 「……?」
女の子だ。若い。多分年下。そこそこ可愛い。ミニスカがかなりそそる。
 「んー…?どっかで会ったっけ…?」
と言ってから気付いた。ちょっと前に校門のトコで生徒会に勧誘した1年生の子だ。この足は間違いない!
 「あ、あの…いつも先輩の歌聴いてました!」
え?
 「今日も見つからないように、先輩を見てました…」
え?え?
 「今日の先輩、すごくカッコ良かったです!このハンカチ、良かったら使ってください!」
え?え?え?
 「そ、それじゃ失礼します!おやすみなさい!」
え?え?あ、パンツ見えた。
……これって…アレか?アレなのか?
 「これが…春ってヤツなのか…?」
もう7月だけど。

 「おっはよー諸君!今日も清々しい朝だねぇ!」
 「お、おはよう…何かテンション高いなオイ?」
 「ギャルゲー全キャラクリアーでもしやがったんですか?」
 「っつーかお前、ボロボロじゃねぇか。誰にやられたんだ…?」
レオが心配そうに尋ねる。やっぱ良い奴だわコイツ…椰子が惚れる(?)ワケだな。
俺が本当の事を言ったら、多分レオもスバルもアイツ等に突撃しちまうんだろうなー…
 「馬っ鹿オメ、昨日の活躍見せてやりたかったぜ!俺の真っ白なフライングVで悪漢共をちぎっては投げちぎっては投げ!」
 「…ギターでどうやって投げんの?ねぇ?」
 「しかもお前、フライングVなんて持ってないだろ?」
 「遂に妄想の世界にダイヴしやがったか…もうこんな奴放っといて行こうぜー?」
悪友達はとっとと行ってしまった…友達甲斐の無い奴等だぜ…
…ふと気配を感じて振り返ってみた。椰子だ。そしてその長身の後ろに隠れるようにしていたのは…
 「せ、先輩!お、おはようございます!今日も良い天気ですね!」

鮫氷新一16歳、俺の青春は今始まった。多分…


(作者・スカシ顔氏[2006/07/03])

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