〜6月22日(水)〜

体育武道祭に向けてみんなの意識が高まってきた頃、事件が起こった。

調理実習の帰り、廊下で男二人が睨みあっているのが見えた。

「村田? …対馬!」

そして、次の瞬間、何発ものパンチが対馬の顔面を捉えていた。
対馬は成す術もなく吹っ飛んでしまった。
あのケンカが強かった対馬でも拳法部ナンバー2の村田には敵うはずがない。

何が原因で…と思い、足元を見るとクッキーが散らばっていた。
2人の間には紀子がいた。
何があったの……?

次には村田と伊達君の睨み合いが始まった。
伊達君は中学の頃から決まって対馬に何かがあるとすぐ駆けつけていた。
さすがの村田も警戒しているようだった。
一触即発の状態になっていた2人の間に鉄先輩が止めに入ったがやめようとはしない。
次の瞬間、2人は鉄先輩の回し蹴りでまとめて吹っ飛んで壁に叩きつけられた。
さすがだった。

……

大体の事情は周りにいた人に聞いた。
それにしても村田の奴、酷すぎない?
トサカ来る!


気になったのは対馬。あいつ、全く関係ないのに…。
腐った根性無しで、テンションに流されないとか言ってる奴が村田に食い下がるなんて。


〜6月27日(月)〜

朝、対馬の顔はボコボコになっていた。
噂によれば対馬は体育武道祭の格闘トーナメントに出場するために、
鉄先輩と烏賊島に特訓に出かけていたらしい。
道理でこの連休中に鉄先輩を見かけなかったわけだ。
まさか村田にリベンジしようとは。なかなか根性あるじゃない。
それにしても対馬の眼……。いつもと違う気がした。

2−A内で村田と紀子、特に紀子は一言も話そうとしていなかった。
村田は気まずそうにしていた。
心なしかクラスの雰囲気が暗くなっている。
2人の様子はあの時の自分とあいつの姿に重なっているような気がした。


〜6月28日(火)〜

昼休み、ご飯を食べに屋上に出ようとしたら、鉄先輩の声と一緒に鈍い音が聞こえた。

「ぐうぅぅっ!!」
「どうした! そんなものか!」

おそるおそる扉から覗いてみると、対馬が鉄先輩に殴られているのが見えた。
とても苦しそうだった。


対馬の奴、何かやらかしたのかな?

「そんな動きで村田の拳を避けられると思っているのか!? ここでリタイアか!?」
「まだだ! あいつに負けたまま終われるかってんだ!」
「そうだ! その意気だ! 村田に勝つには死ぬ気でこの特訓に耐えて見せろ!!」

対馬は腐ってなんかいなかった。
根性無しでも無かった。
勝てる見込みが無い戦いに身を投じる事なんて普通は出来ない。
熱い心がまだあるならなんであの時に……畜生。

「…ま、頑張んなさいよ」

アタシは教室でご飯を食べる事にした。


〜6月29日(水)〜

体育武道祭前日になり、2−Aは賑わっていた。
アタシ達は東軍に参加するわけで、鉄先輩と同じチームだから嬉しい。
教室の真ん中で、村田の周りには人が集まっていた。

「洋平ちゃん、明後日のトーナメント頼むぜ!」
「ああ、任せておいてくれ。優勝かっさらって東軍を勝たせるさ」
「そういや、伊達とこの前ボコボコにした2−Cの対馬も参加すんだろ?」
「ああ、そうだが。まあ、問題ない。怖いのは伊達ぐらいで、
 あんなヒヨワなモヤシが僕に勝てる訳がないだろ? 
 公衆の面前で大恥さらすだけだと思うが。1分、いや30秒でKOさ!」


教室中で笑い声が響いた。村田も大笑いしていた。
それを聞いていた紀子は肩を震わせていた。

アタシはトサカ来た。
対馬の何を知ってるっていうの?
ヒヨワなモヤシですって?
あの時の対馬は……

「村田」

アタシは前に出た。

「なんだ近衛」
「ちょっと来て。話があるわ」

アタシは村田を連れて廊下に出た。

「近衛、何か用か?」

もうアタシは冷静でいられなくなった。

「アンタ、対馬の何を知ってるっていうの!? ヒヨワなモヤシって何よ!?」
「そのままの意味だが? 何故お前は怒っている?」
「うるさい! 対馬はアンタみたいなカッコ悪い男じゃない!」
「むぅ。対馬を嫌っているお前が何故そこまでいうか知らないが、
 お前の気に障るような事を言ったのなら謝る」

村田はこういう時は素直だ。自分で名前ネタNG。
そしてアタシはいくらか落ち着いた。


「まあ、いいわ。だけど、相手をなめすぎると痛い目にあうわよ?」
「まさか。僕が負ける訳が無い」
「あと、謝るなら紀子に謝りなさい。コレ正論」
「ぬぅ。それは…」

まだまだ先の話になりそうだった。


〜7月1日(金)〜

体育武道祭2日目。格闘技トーナメントが始まった。
村田は1回戦に勝った後、対馬と対戦する事になった。

リングの上で、対馬と村田は睨み合っていた。
そしてゴングが鳴った。
村田はKO宣言。完全に見くびっていた。
対馬は何度か村田の攻撃を受け流したり、ガードした。まだ、対馬は1回も攻撃していない。
そして、村田はあの時の何発ものパンチを放った。
対馬には当たらなかった。対馬は潜り込み左フックを村田のアゴに打ち込んで、転倒させた。
だけど、村田は立ち上がった。

ここからは村田が本気モードに入り、対馬は防戦一方だった。
1Rは何とか凌いだけど、2Rでは完全に村田ペースになって、対馬はついにダウンを奪われた。

「対馬君っ! いやぁぁっ!!」

佐藤さんの悲鳴が聞こえた。アタシはもう見ていられなかった。


対馬は立ち上がる。だが、右ストレートが対馬の顔面を直撃した。思わず目を瞑ってしまった。
2度目のダウン。
脇にいた紀子は心配そうな目で見ていた。
もうダメかな……。
そう思った。

「熱くなったレオはな……、ここからが半端じゃねーんだよ」

今の声の主は伊達君だろうか。かすかに聞こえた。

『だがレオはここからが半端じゃねーぞ!』

実況も同じ事を言っていた。この2人は幼馴染らしいけど……。
対馬はまた立ち上がった。それに容赦ない村田のパンチ。
そして2Rが終わった。
なんだろう、この胸が締めつけられるような感覚……。

対馬はぐったりとしていた。
胸がドキドキしてる。そして熱くなる。
気がつくと、アタシはいつの間にか対馬を応援するようになっていた。
心の底から頑張って、と。

3R開始直前、対馬の眼はあの時、助けてくれた時の眼になっていた。
対馬はあの時のままだった。ただ、眠っていただけだったんだ。
ゴングが鳴ったと同時に対馬は突っ込んだ!
さっきの防戦と打って変わって攻撃に移った。そして村田のボディに対馬の拳が入った。
続いて対馬のラッシュが続く。2Rの借りを返すように。


「いけ―――!! 対馬ぁ!」

敵だろうが構うもんか! アタシは声を出して応援した。

「くー! くー!」

紀子も同じだった。

村田が距離をとった。
そしてあの連続パンチ。そして対馬は―――

……

その瞬間はまるで流れるかのように鮮やかだった。
会場中に溢れる大声援。リングに倒れる村田と拳を上げて立っている対馬。

「すご、い。すごい!!」

はしゃいで飛ぶ紀子。アタシの頬には熱いものが流れていた。
それに気付いて目の下を拭いた。
そして、対馬はフラフラし、そのままダウンした。
すると紀子は対馬の元に駆けていった。
まさか…ね。

……

対馬は鉄先輩におんぶされ、保健室に向かって行った。
アタシは気になって、後ろについていった。


ついていってみると、目の前にいた男子生徒2人が対馬をバカにしていた。
アタシはトサカ来て、2人に歩み寄ろうとした。だが、

「私は、一生懸命な人間が好きだ!」

鉄先輩は怒鳴った。2人は逃げ出した。
アタシも……かな?
鉄先輩は何か嬉しそうな顔をしていたので、何か申し訳なくなってこの場を後にした。

おめでと、対馬―――


〜エピローグ〜

それから。
まさか紀子が対馬の事が好きだったとは思わなかった。
紀子は失恋し私の所にまで来て泣いていた。
その時、鉄先輩が対馬の事が好きだと言う話を紀子から聞いた。
対馬の方はどうなのか気になっていたのだが、その答えは2学期に出た。

「鉄先輩と対馬は付き合っているって本当ですか?」
「ああ、本当だ」
「噂は本当だったんですね」
「驚く事はあるまい。私を骨抜きにするとは侮れないな。あいつは」

鉄先輩と対馬は付き合っている。本人も認めている。
以前は同居している事に腹が立っていたが、今はそんなんでもない。
対馬が熱い心を持っている事はあの時証明されたのだから。
だけど、なにか切ない……。


「それと近衛」
「ハ、ハイ!」
「? レオの事なんだが、お前はレオを嫌っているようだが、
 あれでも私の弟だがらな、仲良くしてくれないか?」
「あ、ハイ! 鉄先輩の頼みなら!」
「えらく素直だな。頼んだぞ」

さすがに名前ネタ禁止とは言えなかった。

夜になった。
わかったとは言ったものの、どうすればいいのか分からない。
答えは見つからなかった。

そして朝。
校門前では鉄先輩が対馬の服を正しているのが見えた。
鉄先輩の前でシカトするわけにはいかない。
対馬とは以前みたいに戻りたいとは少しは思っていた。
ああ、どうすれば。


「く、鉄先輩、おはようございます!」
「お。近衛、おはよう」
「げ! 近衛!?」

対馬はこっちに振り向いた。

「う…、お、おはよう。対馬」
「へ?」

口を開いている対馬。

「へ? じゃないでしょ! 挨拶されたら返すの! コレ正論!」
「お、おはよう」

鉄先輩は笑っている。
私は恥ずかしくなって走り出してしまった。
でもこれでいい。

私にとっては大きな一歩なのだから……

〜おわり〜


(作者・TAC氏[2006/06/03])

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