5月25日、地球に彗星が激突しようとしていた。
時にはフカヒレのように最後の思い出作りと称して女性に襲い掛かる者もいたが、
誰の心底にも諦観の念があり、ただその時を待っていた。
非常事態につき休校であるにも拘らず、
風紀委員長である乙女は学校に来ていた。
幾度となく通り抜けた校門を見つめて、乙女は自嘲気味のため息をついた。
「はは、私はどうしてこんな所にいるのだろうな?」
一人呟く乙女の背中に、聞きなれた声がかけられた。
「あれ?乙女さん?」
振り向くと、そこにいたのはレオだった。
「レオか。どうした、まだ非難していなかったのか?」
街の住人は、避難命令に従って生活空間から離れていた。
レオや乙女もその例外ではない。
「乙女さんこそ……どうして竜鳴館にいるのさ」
尋ねてくるレオに、乙女は困ったような微笑を返した。
そして、詠うように言う。
「もしも、このまま世界が滅びるのだとしたら……」
「………」
「最後に、ここにいるのもいいなと思ったんだ」
乙女にとって竜鳴館は代え難い思い出を作ってくれた場所であった。
最後と宣告されているのなら、ここで終わるのも悪くないと思っていたのだ。
「そっか……」
レオは校門に背中を預け、空を見上げる。
「俺も、似たようなものだよ」


他にいるべき場所が、見つからなかった。
両親は遠く離れた土地にいるし、
無駄だと判っていながら隠れるというのも何故かしっくりこなかった。
カニもレオについてきたがっていたが、スバルがそれを押しとどめた。
あんなに本気な表情をしたスバルを見たのは、随分と久しぶりかもしれない。
「でも、実感わかないよね。人類がこれにてお終いなんてさ」
乙女が小さく笑みを漏らす。
「ああ、そうだな」
明日になれば、またカニを叩き起こして、スバルやフカヒレと学校で馬鹿やって、
姫を眺めてため息をついて……。
そんないつもの日常が、繰り返されるような気がまだしていた。
「私も……そうだ。また明日が来ると、子供のように思っている。
ふふ……自分がこんなに幼いとは思いもしなかったな」
乙女は空を見上げ、手に持った刀を固く握り締めた。
もうすぐ空からやって繰る滅びの使者に、
堂々と相対しようとしているようにも見えた。
レオも乙女の視線を追おうとする。
と、視界の隅に何かを捉えた。
「……ん?」
レオはその正体を確認するために視線を巡らせる。
竜鳴館の屋上に、誰かが立っているのが見えた。
「アレは………館長?」
もう一度目を凝らしてよく見る。
そこにいたのは、確かに竜鳴館館長橘平蔵だった。


「館長……なぜあんな所に?」
乙女も訝しそうに言う。
屋上に立つ橘は、空気を震わせて一吼えした。
「勝ったぞグレース!!」
離れた場所に立つレオや乙女の髪の毛が、
揺れてしまうほどの大音量であった。
そして橘は、膝を曲げてバネを矯めると、空に向かって飛んだ。
「館長(石井)!!」
「館長(イチジク)!!」
レオと乙女が見守る中、橘は第一宇宙速度を超えて飛翔し、
あっという間に見えなくなった。
そして数秒後、空に激しい閃光が広がった。
「お、乙女さん、アレはまさか……」
「ああ、竜鳴館館長は伊達じゃない!」

5月26日。世界はいつものように回っていた。


     完


(作者・名無しさん[2006/04/18])

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