「と、言うわけで今度の花見の幹事は対馬クンに決定〜」
俺ときぬが竜宮に入るなり、唐突に姫に言われた。
佐藤さんと椰子、フカヒレがまばらな拍手で応じる。
「おーい幹事、何ハトが豆鉄砲食らったような顔してるのよ」
「……まず、どういうわけなのか説明してもらえるとありがたいんですが」
「桜の季節到来。以上」
「簡潔な説明をどうも。でもそれと俺が幹事になることの関連性が分からないんだけど?」
「私が決めたの。それ以上の理由が必要?」
「……ナルホド」これは諦めた方がよさそうだ。
「姫オーボーだぜー」
「聞く耳もちませーん」きぬの文句にも姫はどこ吹く風。
「ごめんね、対馬君。無理矢理押し付けちゃって」
佐藤さんが申し訳なさそうに謝る。
「いいっていいって」
「じゃ、当日は場所取りお願いね。あと対馬クンのセンスで何か趣向を凝らしてくれるんでしょ?
今まで体験したことの無いような、斬新な花見を期待しているわよ」
姫はにっこりと笑ってプレッシャーをかけてくる。
うーん。斬新な花見、ねぇ。

「どーすんだレオ?」
帰り道できぬが訊いてきた。
「そうだなぁ、どうしよ。とりあえず場所決めて、料理の手配か」
「ボクも手伝うよ」
そう言って腕を絡めてくる。ああ、きぬの体あったけー。
「サンキューきぬ」
「ボクとレオの仲じゃんか。エンリョは無用だぜ!」
「うーん。にしても斬新、斬新かぁ……」
「ありきたりじゃ姫はマンゾクしそうに無いもんね」
きぬも眉間にシワ寄せて考え込む。
「!」俺はその愛らしい横顔を眺めていて、閃いた。
よし、これでみんなの度肝を抜きつつ満足させてやるぜ!


そしてお花見当日。
「どうして学校に集合なのよ。準備はできてるの?」姫が不審げに訊ねる。
「それはもう、抜かりなく、ね」
卒業してしまった乙女さんと祈先生以外の執行部の面々がほどなく集合した。
「祈先生はー?」
フカヒレの問いに佐藤さんが答える。
「誘ったけど、土永さんが『酒もでねーガキの宴会に付き合えるか、ぶるぁ〜!』とか言っちゃったんで不参加だよ。
あ、あくまでも土永さんの発言ということにしておいてね」
「……あの人、本当に教育者ですか?」
「いうな、椰子」
「あれ、カニっちもいないねぇ」
「ああ、きぬはちょっと準備中」
「場所取り? もうこんな時間だし、どこも混んでるんじゃない?」
「大丈夫。超穴場だから」
「へぇー。一体どこ?」
「竜宮」
俺の答えに全員が疑問の声を上げる。この反応も想定内だぜ。
「はぁ!? あんなトコでどうやって花見すんだよレオ」
「行ってみてのお楽しみってことで」
俺の先導で、竜宮に移動する。
竜宮には昨夜のうちに様々なセッティングをしておいた。
テーブルを並べ、発注しておいた料理も運び込んである。準備は万端だ。
扉を開けると、誰ともなく感心したようなため息が漏れた。
「わ、料理に飲み物にカラオケセットまで……」佐藤さんも驚いている。
「レオいつの間に」
「ふーん。料理とかはいいとして、肝心なモノが無いじゃない。花見に桜が無いなんて有り得ないわよ?」
姫が腰に手を当て、挑むように言った。
「もちろん、最上級の花を用意してますとも。――きぬ、いいぞ!」
「カニっち?」
『じゃーん! って、あ、あれ!? 開かねぇ!』 
ガチャガチャ音を立てるロッカーに視線が集まる。


「うへぇ、やっと開いたぁ」
ロッカーから現れたのは雅やかな十二単に身を包んだきぬ。
「真打は〜遅れて現れるのがアブダビ式〜♪」
あぁ、めちゃ似合うめちゃ可愛いめちゃキレイ! つーか、いますぐハグして抱擁して抱きしめてぇ。
「なんだ、アブダビ式って……」
「カニっち、その格好……」
「あ、よっぴー似合う? 何枚も着てるからちょっと体重いけど、こんなのもたまにはイイな」
「はぁ〜、きぬは流石に何着てもかわいすぎるな」
「いや、惚気は結構ですから」
「肝心の桜は? 花見はどうなるのよ?」
「よっしゃきぬ、ここに座ってくれ」
「らじゃー♪」
きぬを真ん中に用意した特別席に座らせる。
「さぁ、準備完了!」
「なにこれ?」
「ふふっ、これぞ姫ご要望の、今までに無い斬新な花見! 名づけて『きぬ見』! 
何しろ蟹沢きぬといえば、そこらのソメイヨシノも裸足で逃げ出すほどの可憐さ!
ただ桜を見るより心が和む。おまけに滋養強壮、頭痛腰痛冷え性etcに抜群の効果あり!
ガン細胞も消えますよ。
きぬ>>>越えられない壁>>>桜! つーか例え越えられるとしても俺が全力で阻止するけど。
皆様、360°お好きな角度からきぬを愛でつつ、飲めや歌えのドンチャン騒ぎを心ゆくまでご堪能ください!」
俺は花瓶に生けた桜の枝をきぬの隣に置く。
「一応桜も用意してあるけど。ま、こんなのハッキリ言ってきぬの引き立て役にすぎないね」
「さーすがレオ! こんなこと考え付くなんて、天才だな。ノーベル花見賞もんだぜ」
「いやぁ〜、そんなに褒めるなよ。お前の美貌なくしてこの企画は成り立たないんだからさ」
「……バカップル」
「バカップルだ」
「バカップルだね」


「では僭越ながら私が乾杯の音頭をとらせて頂きます。――乾杯!」
「カンパーイ!!」
「あと、今期もヨロシクってことで」
姫の発声でいよいよ宴が始まった。無論酒など出せないのでジュースやお茶での乾杯だけど。
早速フカヒレが似合わない福山を歌い始める。勿論女性陣からは大ブーイング。上手いのに不憫な奴だ。
「対馬クン、この料理は?」
「とりあえず予算はあったんで老舗仕出し屋に発注を」
「へー。中々美味しいじゃない」
「そうですね。上品な味わいです」
姫も椰子も料理には満足な模様。よかったよかった。
「おーい、次、『神田川』入れたの誰だー? てかシブすぎだろこれ。いきなり盛り下がるっつーの」
椰子が立ち上がり、
「こうせつさんをバカにすると潰しますよフカヒレ先輩」
「ひぃっ! 生まれてすいません!」
「さっさとマイク、貸してください」
椰子の迫力に慄きつつ、マイクを渡すフカヒレ。
「なごみんがフォーク……ギャップ萌えね」
「あ、エリーまたなんか変なこと考えてる……」
外野に構わず椰子熱唱。意外だ。
「結構上手いな」
「そうねぇ。なかなか聴かせるわね」
「け。本人の内面にぴったりの暗い歌だな、ココナッツ」
椰子はきっちり歌いきってから、
「黙れカニレーザー。潰すぞ」
「あぁ!? てめー先輩様をドクトルG呼ばわりたぁ、いい度胸じゃねえか!」
またケンカを始めようとする二人に、佐藤さんが冷たい声を投げかける。
「……ちょっと二人とも、今は私が歌ってるの。……静かにしてくれないかな」
「サ、サー! イエス、サー!」
椎名林檎をバックにエコーが掛かったその声は、あのきぬと椰子が直立不動になるほどの迫力だった。
……マイクは人を変えるぜ。


マイクも一巡した頃合いを見て、俺は手を叩いた。
「はい、ではここできぬは衣装チェンジのため一旦退席しまーす」
「衣装チェンジ?」
「うん。お色直し。同じ格好ばっかりでみんなを飽きさせないようにね」
「んじゃ、ちょっくら行ってくるぜー」十二単を引きずりながら、きぬが部屋を出て行く。
「いろいろ考えてるんだね」と、佐藤さん。
「これも幹事の役目だから」
「ところで、あんな衣装どこで調達してきたんだ?」フカヒレが訊ねる。
「演劇部」
「マジかよ」
「無論こっそりとだ。出来るだけ顔合わせたくねぇからな」
「だよなぁ。でもバレたらまたウルサイぜ?」
「だからお前返しに行ってくれ」と、フカヒレの肩に手を置く。
「やだよ俺」即答かよ。でも俺だってまた危険を冒すのはいやだ。
それから十分ほど経って、きぬが戻ってきた。
「はーい。お待たせ皆の衆〜」
「わーカニっちかわいいねー」
「へぇ、似合うじゃない。これでもっと胸があればハアハアできるんだけどなぁ」
「馬子にも衣装……」
皆にも中々好評のようだ。
新しい衣装はチャイナ。それも裾に大胆なスリットが入っている。
やべぇ。超やべぇ。つーかこのまま連れ去りてぇ。お姫様だっこで連れ去りてー。
「へへぇ。さっきのは動きづらかったけど、こっちは身軽だーね。どーよレオ」
と、きぬは裾をヒラヒラと捲る。白い太ももがちらりと見えた。
「すっげぇ似合ってる。今すぐ厨房裏に行きたいくらいだ」
「んもー。レオエロエロだぜ〜。――コレが終わったらな♪」
「……キモ」
「ちょっと幹事ー。飲み物無くなったわよ」
「こっちは料理が心許ないぜ」
「了解了解。すぐ追加持って来る」
そんな調子で、和やかなムードの中「きぬ見」は滞りなく進んでいった。


「さて、宴もたけなわではございますが。……みんな、そろそろいいかしら?」
飲んで食って歌って盛り上がったあと、不意に姫が立ち上がった。
「わ、ようやく? エリー、随分ガマンしたねぇ」
「正〜直、待ちくたびれました」
「律儀に付き合う俺らもどうかとは思うけどね」
ん、みんな何の話してるんだ?
「んじゃとにかく、代表して私が」
「どうぞ、姫」

「コホン。――コ・レ・の・どッこが花見じゃゴルァ〜〜〜ッ!!!!!!!!!」

突如姫が星一徹ばりにテーブルをひっくり返して怒鳴る。つーかキレてる!?
「うわ、姫! なんでそんなにご立腹!?」
「これが怒らずに居られますかっての! なによコレ。まあ確かに、斬新は斬新よね。ニューウェーヴ。それは認めてあげる。
でも桜は!? 花見といえば桜でしょうが! さ・く・ら! 何が悲しゅうて見慣れたカニっち包囲して宴会せにゃならんのよ!」
気づけば全員がそれぞれ怒りのオーラを発してこちらを睨みつけている。
マズイ。これは……もしかして俺、失敗した!?
なんで? どこが悪かった!? きぬを観賞しながら宴会なんて天国じゃん! 文字通り竜宮城じゃん!
「対馬クン。私の信頼を裏切った罪は重いわよ♪」
語尾の♪がめちゃめちゃ怖いんですが。
「いやあのちょっと姫。俺の言い分も」
「黙れよ」
「ひいっ!」
恐怖のあまり後ずさる。だが既に佐藤さんに背後を取られていた。
「対馬君。残念だけど、サヨナラだね……」
漆黒の闇のような冷たい瞳で俺を見つめる佐藤さん。
「さ、佐藤さんまで」
「だって、裏切ったんだもん。お花見、楽しみにしてたのに……裏切ったんだもん」
佐藤さんがいつもと違う……!
「黙って聞いていれば桜に対する暴言の数々。許しがたいです」
「今回ばかりは姫に同意だぜ」フカヒレ、お前もか!


と、そこへきぬがみんなの前に立ちはだかり、俺を庇うように両手を広げる。
「みんなレオを責めるのはやめちくり! ボクも同罪だからさ」
おお、きぬ! ありがとう。愛のなせる業だぜ……!
だがそんな感動的な光景にも椰子は眉一つ動かさず、冷徹に言う。
「当たり前だ。お咎め無しだとでも思ってたのか? おめでたいなカニミソ」
「うお、なんだコイツ。ココナッツのクセに凄え迫力だぜ」
「さ、二人とも、覚悟はいーい?」
にっこり微笑みながら姫が言う。怖い。
俺ときぬは身を寄せ合ってブルブル震えるしかなかった。
みんな剣呑な空気を漂わせながら俺たちに詰め寄ってくる。
「ひっ捕らえなさい!」
あっという間に俺ときぬは纏めてふん縛られてしまった。
「これが文明人のやることですか!? 我々の人権はどこへ行ったというのだ!」
「ふん、バカップルに人権など無いわ!」
フカヒレはどこから持ち出したのか金属バットを手にしている。こいつ、姫たちの尻馬に乗って調子こいてやがるな。
「思い知れ、わが心の痛み! 市中引き回しの上打ち首獄門だぁ! うはははははははははぶぁっ!」
「ハイ、フカヒレ君そこまで」
姫は華麗な回し蹴りでフカヒレを制する。
飛ばされたフカヒレは壁に顔面から突っ込んでいった。なんか痙攣してるが、まあいいだろう。
「フカヒレ君は私情入りすぎ。男の嫉妬は醜いわよ。って、そこ! よっぴーも、包丁砥がない! 流石に刃傷沙汰はナシよ」
「残念」
「手ぬるいです」
佐藤さんと椰子が不満を表明する。
……こわ。
「とにかく、ミッション失敗の責任はきっちりとってもらうわ」
「どうするんです?」
「ふふん、二人の望み通りにしてあげるの。さ、このバカップル共を校庭に連れていくわよ」


校庭に連行された俺ときぬは縛られたまま、桜の木に逆さ吊りにされてしまった。
「酷いよ姫。みんなだってしっかり楽しんでたじゃん」
「っさい! それはそれ、これはこれよ。戦犯は黙って刑に服しなさい」
「そんなぁ……」
「姫、オーボーだぜ〜」
「聞く耳持ちませ〜ん」
「これからどうするの? みんなでバッティング練習?」
さらっと恐ろしいことを口にする佐藤さん。
「いや、よっぴーそこまでは」
「なんだー」
「いいざまだな、カニ」
くつくつと笑う椰子にきぬが噛み付く。
「るせー、黙りやがれココナッツ!」
「嬉しいでしょ? これならもっと沢山の人に『きぬ見』をして貰えるじゃない」
姫はサディスティックに笑ってる。
佐藤さんも氷のような笑みを浮かべている。
椰子も満足げに嘲笑ってる。
るーるるるーるー、今日もいい天気ー。
「おぉ〜、頭に血が昇るぜ〜」
「すまん、きぬ。俺が不甲斐ないばかりにお前までこのような目に……」
俺の言葉に、きぬはバチッとウインクして見せて、
「何言ってやがる。ボクらは一心同体だもんね。レオ、オメーと一緒に死ねるなら本望だぜっ」
うぅ。至近距離にきぬがいるのに、縛られているせいで抱きしめることすら叶わんとは……。
もどかしすぎるぜ。
「ああ、逆さ吊りになっていてもきぬの可愛らしさは微塵も損なわれることは無いな」
「簀巻きのレオも、イケてるぜ」
「……きぬ!」
「レオ!」
桜舞い散る中、俺たちは逆さまで見つめあう……。嗚呼、愛って偉大。
「オイコラ、バカップル! 反省が無いわよ!!」


(作者・れみゅう氏[2006/03/30])

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