「エリカ、次どこ行く?」
「んー、小腹が空いたわね、なんか食べよっか。どこかいいお店知ってる?」
「この辺なら美味いうどん屋があるよ」
「じゃ、そこ行きましょう」
 俺、対馬レオ。隣を歩く誰もが振り向く金髪美人は霧夜エリカ。俺の彼女だ。
 にしても1学期の頃はエリカが俺の隣を歩くなんて想像もしなかったぜ。
 頑張ったかいがあったなあ……。ま、今でも頑張ってんだけどね。
 っと、あれは……?
「ん? どうしたの、レオ」
「いや、あれ、館長じゃない?」
「え? あ、ホントだ」
「ジュラルミンケースを持ってるけど、似合わないね」
「そうねー。銀行に行った帰りかしら……なんか落ち込んでるみたいよ、館長」
「……肩落としてるね。なんか猫背だし、あ、溜息つい、た……!?」
 ビュオオオオオオ!!
「あ……ありのまま今起こったことを話すぜ! 『館長が溜息をついたら竜巻が発生した』」
「私も何が起こったのかわからなかった……。館長の人外さの片鱗を垣間見たわ……。
 って、言ってる場合じゃないわよ! 館長!」
「ん? おお、霧夜に対馬か。フウ……」
「だあー! こっち向かんでください!」
 …………………………………………
「教え子が会社の金5000万を持ち逃げした!?」
「それでなんで館長が弁償しないといけないんですか」
「ウム……儂はそやつの身元保証人なのだ」
「身元保証人?」
「被用者が雇用者に損害を与えた場合、連帯して責任を取る者の事よ。
 つまりこの場合、被用者がその教え子さん、雇用者は会社社長、保証人は館長になるわね。
 だから館長は教え子さんが与えた損害の責任を取らないといけないわ」
 そんなんあるのか。知らんかった。
「なんで教え子とはいえ保証人なんかに……」


「うむ……、素行が少々悪くてな……。親ですら見捨てておった。
 就職探しも難攻してな……。儂も頼み込んで保証人になって、ようやく就職が決まったのだ。
 確かに奴は悪だったが、根はいい奴なのだ。だから儂は……」
「根がいい奴が会社の金持ち逃げするわけ無いでしょう」
「う、ぬう……」
 また肩を落とす館長。こりゃ、相当こたえてるな……。
「それでどうするんですか?」
「なんであれ、奴が持ち逃げしたのは事実。ならば、儂は責任を取らねばなるまいて」
 ジュラルミンケースが音を立てて開いた。中にあったのはぎっしり詰まった札、札、札。
「こ、この金、どうしたんですか!?」
「どらごん号を担保に借りたのだ」
「あれをですか!?」
「それで、返すあては?」
「……」
「マジですか……?」
「まあ、これぐらいで済むなら安いものよ……。
 そろそろ時間だな。では儂は行こう。お前達、今日のことは忘れてくれ」
 そう言って歩き出す館長。心なしか、その大きい背中が、一回りも二回りも小さくなったように見える。
「館長……」
 なんとか力になってあげたいけど、どうすることもできない。歯痒い……!
「レオ、行くわよ」
「え、あ、うん。うどん、食べに行くんだったね」
「何言ってるの。館長を助けるのよ!」
「え?」
「ホラ! グズグズしない!」
 …………………………………………
「ABC建設……。ここがその会社ですね」
 俺、エリカ、館長。3人が問題の会社の前で最後の打ち合わせに入る。
 俺もエリカもスーツを着込んでいる。館長とその秘書、そして鞄持ちに見えないことも無い。
「いいですか? 全てを私に任せて、館長はどーんと構えていてください」


「う、うむ……」
「レオも準備はいいわね?」
「うん」
「よし、じゃ、行くわよ!」
 先頭きって階段を上がっていくエリカ。その時。
「ん……?」
 今何か視線を感じたような……?
「気のせいか」
 …………………………………………
「まったく! どないしてくれますんや!!!」
 応接間に怒鳴り声が響き渡った。
 社長さんはすごい剣幕で怒鳴りたてている。
 もう10月だってのに、顔全体に暑苦しい汗がだらだらと出ている。
 館長は申し訳無さそうに、エリカは涼しそうに社長さんの怒りを受け止めている。
「で……、金は持ってきてくれはったんやろな?」
「ハイ、もちろん、5000万用意してきました」
 エリカが答え、俺に目配せした。俺はテーブルにジュラルミンケースを置き、パチンと開いた。
「おお……」
 社長さんが金に手を伸ばそうとする。が。
「その前に」
 エリカが社長さんの手が届く前にケースを閉めて、言った。
「な、なんですかいな」
「保証契約書を見せてもらえますか?」
「な、なんでそんなものを?」
「念のため、です」
 社長さんは少し考えたあと、了承した。金庫から出されてくる1枚の紙。
「お確かめくだはれ」
「では、確認します」
 エリカは保証書の1字1字を確かめるようにじっと見ている。
 俺もちょっと気になったので後ろから覗いてみる。


『上記の者が採用されるにあたり、私は、身元保証人として、
 会社の就業規則及び諸規定を遵守して勤務することを保証します。
 万一、本人がこれに違反し、故意もしくは重大な過失によって貴社に損害を与えた場合は、
 私は本人と連帯して、賠償の責任を負い、貴社に迷惑をおかけしないことを保証……』
 そして、保証書の最後に館長のサインと判が見える。日付は今から2年前だ。
「ありがとうございました」
「気が済みましたかいな」
「ハイ。ついでですが、質問してよろしいですか?」
「なんでしょか?」
「被用者が横領する兆候とかそういうものはありましたでしょうか」
 淡々とした口調で問いかけるエリカ。社長さんは、少しの間を空けて答えた。
「そ、そーでんなー。当初は真面目に働いとったけど失敗も多かったでんな。
 いろいろやらせては見ましたけれどどれも上手くできなかったんで、最近は荒れておりましたな」
「いろいろやらせてみた?」
「へ、へえ。現場に営業、事務とかですわ。それでも上手くいかず、んで経理に回したとたんこれですわ。
 重い仕事をやらせればまた真面目にやってくれると思っとったんですが……」
「そうなんですか……。館長、ご存知でしたか?」
 突然話を振られた館長は、少し戸惑いながら答える。
「い、いや、知らなんだ」
「あんま館長さんに心配掛けたくなかったんでなあ……。それに社会にでれば1人前や。
 子供じゃ無いし、いちいち知らせることもないでっしゃろ」
「そうですか……、ありがとうございました」
「もうよろしいでっか? では、金を引き渡してもらいましょか」
 再度金を要求する社長さん。エリカはよく通る声で、言った。
「いえ……、お断りします!」
「な、なんやてーーーーーーー!!!!!!」
 シャッチョさん、目が飛び出るほどの絶叫。つーか俺も、そして館長も驚いた。
「な、なんでや! 何を言うてまんのや!?」
「落ち着いてください。別に支払わないわけではありません」
「ど……どういうこっちゃ?」


「『身元保証ニ関スル法律』では、保証人の責任には限度があると規定されています」
 堂々たる態度、口調。ビッ、と社長さんを見据えて、主張を叩きつける。
「保証人に賠償請求するときには一切の事情を考慮し、合理的な額を決定すべき、とされています。
 この場合だと……。雇用者が保証人に被用者の就業態度および任務の変更を通知していなかったこと、
 そして雇用者の監督責任! それらを考慮して……」
 エリカはどこからともなく計算機を取り出し、弾き出した金額を社長さんに見せつけた。
「このぐらいですね」
「ご、550万!? 1割弱じゃないでっか! これはちょっとあんまりじゃ……」
「それ以上は出せませんわね」
「い、いや、せめて……これぐらいは貰えるはずや! それ以上はまけへんで!」
「なんと言われましても最初に提示した金額以上は出せません」
 エリカはあくまで強気の態度。これが駆け引きってヤツか……。
「裁判所に訴えてもよろしいんでっせ!!」
 裁判! 俺は思わずその単語にビクっとなった。がしかし。
「よろしいですよ。そちらがお困りにならないのなら」
「え……」
「私どもは一向にかまいません。司法の場で決着をつけましょう」
 エリカは裁判という言葉(カード)にもまったく動じていなかった。
 ホントに訴えられたらどうするんだろう……。いや、何か考えがあるのだろうな。
「い、いや、裁判は……」
「どうなさいました? そちらから言い出したことでしょう?」
「えっと……。か、館長さんが裁判沙汰になったら学校のイメージダウンにつながることにもなりますがな。
 そしたら入学希望者は激減や! そんなんなったら困りますやろ?」
「いいえ。学校だからこそこういうことはハッキリさせておかなければ。
 ……それともなんですか? 裁判になったら困るようなことでも?」
「えと……、いや、その……」
 社長さんはなんだかしどろもどろになっている。
 ……ここまでくれば俺にもわかりだしてきた。多分、この一件は……。
「霧夜よ」
 いきなり館長が口を開いた。


 小さな声だったが、その声は、全員の五臓六腑にまで響き渡るほど、ずっしりとして、重かった。
「な、なんですか、館長」
「少し黙れ」
「は、はい……」
 その場の全員を圧倒する迫力が館長から発せられている。
 これが、今さっきまで小さくなっていた人と同一人物だと……!?
「社長さん」
「ハ、ハイ!?」
「5000万、全額支払いましょう」
 全員が耳を疑ったであろう、館長の言葉。
「な、何を言い出すんですか館長! 今回の一件は……」
「霧夜、黙れと言った筈だぞ……」
 館長の声が、ただひたすら、重い。エリカですら黙らしてしまうほどに。
「儂は奴を信頼して保証人になった。そして奴を雇ってくれた社長さんも同じように信頼しておる。
 社長さんも同様であろう。儂を信じたからこそ、奴を雇ってくれたのだからな。
 ならば、その信義には最大限応えねばならない責任と義務がある」
 1つ1つの言葉が腹に響く。
「たとえ、騙されようともそれはそれで構わん、本望よ。それが、この橘平蔵の保証だ……。よいな、霧夜」
「館長……」
 漢だ……。そうだ。これが竜鳴館館長、橘平蔵だ。
「わかりました。館長がそう言うなら私はもう何も言いません」
 エリカもおとなしく引き下がった。そいて館長は社長さんを見据えて。
「聞いての通りです。5000万、お受け取りください」
「か、館長さん……。その……」
「どうなされた? これが必要なのでしょう。ならばお受け取り……」
 突然大きな音を開けてドアが開いた。
「待ってください!!」
 叫びながら入ってきたのは、あ、あの人、ここに入る前に……。
「お前は……」
「お、お前、来ちゃあかんてゆうとったやないか!」


 ……ってことはこの人が、館長が保証人になった人か?
「社長、もうやめましょう。俺は、館長を……」
 …………………………………………
 その後、今回の一件は、社長さんがあの人と共謀して館長から金を騙し取ろうとしたものだと、自白した。
 ABC建設は、かなり経営が苦しくなっており、もう不渡りを出す寸前だったらしい。
 そこで思いついたのが今回の詐欺だった、というわけだ。
「しっかし館長もお人好しよねー。詐欺として訴えることもできたのに」
「まあ、それが館長の館長たる由縁ってヤツだよ」
 館長は彼らを許した。そればかりではなく、仕事も発注して、当面の資金まで融資してあげたのだ。
「でも、館長、金は大丈夫なのかな」
「心配無いんじゃない? 仕事の発注なら学校の経営資金を使えるからね。ちょうど道場にガタが来てたし。
 あー、お腹すいた。レオ、うどん食べに行きましょう」
「あ、うん。そだね。俺も腹減った」
 2人並んで歩き出す。そういえば、少し疑問に思っていたことがあった。
「ねえ、エリカはさ、いつ気づいたの?」
「ん、何が?」
「今回のことが詐欺だ、ってこと」
「んーとね、もしレオがお金に困ったとして、で、館長を裏切ってでも手に入れたいと思う?」
「……絶対思わない」
 それは自殺志願みたいなものだ。
「でしょ? 館長のことをよく知ってる人間ならそう思うのが普通よ。だから単独犯ではない。
 なら他に共謀者がいる。で、ためしに社長さんにカマかけてみたら……、ってわけ」
「なるほどね。でも、もし他の人が共謀者だったり、単独犯だったりしたら?」
「それはそれでちゃんと考えてたわよ。結局はあんな風になったけど」
「ま、なんにせよ丸く収まってよかったよ」
 俺は館長を裏切ろうとは思わない。命に係わると思うから。
 ……あの人はどうだったんだろうか。怖いから、自白したのだろうか。それとも……。


「にしてもエリカは法律にも強いんだね」
「まあね。法律ってのは諸刃の剣だから。
 熟知してればこっちを守ってくれるけど、知らなければ身をばっさり切られることもありえるからね」
 うーん、俺も勉強しとこうかな……。
「ねえ、レオ」
「なに、エリカ」
「レオは、私を裏切らないわよね?」
 囁くような、小さな声。
「俺がエリカを裏切るなんて、太陽が無くなろうがありえないね」
「ん、よかった。それが聞きたかったの。……なんか不安になっちゃって」
 まだ、不安なのか、声が小さい。よし、ここは俺の愛で不安を溶かしてくれよう。
「俺はエリカの騎士だ、って言ったろ? 大丈夫。俺のエリカへの愛は尽きることは無いよ」
「レオならそう言ってくれると思ってた。……でもね?」
 エリカは俺の鼻をツン、と押して。
「道端なんだから、もう少し声を小さくしてね」
 周りの人の視線が刺さってることに気づき、俺は思いっきり赤面した。



いるか「いるかと!」
摩周「摩周の!」
2人『よくわかる? 解説!!』
いるか「はい、そういうわけでここではこのSSで使われた法律を解説していきますよー」
摩周「今回は『身元保証ニ関スル法律』、略して身元保証法ですね」
いるか「摩周さん、これは一体全体どういう法律なんですか?」
摩周「就職する際に身元保証人を立てるように言われた人もいるんじゃないでしょうか?
   身元保証人とは、労働者がもし会社に損害を与えた時にその賠償責任を労働者とともに負う者です。
   またその人物自体の身元を確認する目的もあります。
   しかし身元保証人は、通常の保証人と比べ担保する範囲が広く、また将来の損害について担保するため、
   その責任を契約のみに委ねると身元保証人の責任が非常に重くなるおそれがあります。
   そのため、『身元保証法』によって、その責任の範囲が限定されています。
   つまりこの法律は保証人の責任が重くなりすぎないように保証人を守る法律、だと思ってください」
いるか「なるほどー。では今度は具体的に解説していってください!」
摩周「まず、身元保証契約の期間から。身元保証契約は、期間を定めていない場合、通常成立の日より3年間有効です。
   期間を定める場合、最長でも5年が限度です。これを過ぎると無効になります。
   更新することもできます。しかし、自動更新はされません。更新の際は、保証人と再度契約する必要があります」
いるか「これは第1条、第2条に記載されてますね。ではどんどんいってください!」
摩周「会社側は次の場合には遅滞なく身元保証人に通知しなければなりません。
  ・労働者が業務上不適任または不誠実な事跡があって、このために身元保証人の責任の問題を引き起こすおそれがあることを知ったとき
  ・被用者の任務又は任地を変更し、このために身元保証人の責任を加重し、又はその監督を困難ならしめたとき」
いるか「うーんよくわかりませんねー。もっと簡単に言ってくださいよ〜」


摩周「そうですね……、例えば労働者の業務内容や勤務地が変更になったり、
   不適当な仕事を与えられて普段の仕事でミスを犯しかねない、なんて時には保証人に知らせる義務があるのです。
   そして、この通知を受けた、もしくは何らかの方法でこの事実を知った場合、保証人は一方的に契約を切ることができます」
いるか「これは第3条、第4条ですね。ところでこの通知が来ないのに賠償を請求されたらどうなるんです?」
摩周「それは次の第5条とも関連してきます。第5条では身元保証人の責任の有無および範囲の定め方を規定しています。
   身元保証人の責任及びその金額は裁判所が決定することになっており、裁判所は、使用者の監督責任、
   身元保証をするにいたった事由、労働者の任務、身上の変化、その他いっさいの事情を考慮して決定する、
   となっているんです。通知の有無は、この一切の事情に含まれるのです」
いるか「ということは、通知が無かったから、といっても責任は取らなくてはいけないのですね?」
摩周「保証人の責任の重さを判断したり、損害賠償の金額を算定する上で考慮される、という程度でしょう」
いるか「なんか釈然としませんね〜。では次が最後の第6条ですね」
摩周「身元保証人に不利になる特約は、すべてこれを無効とする、です。例えば、契約書に『損害は全額
   賠償する』と書いてあっても、法律に反しているため無効になります」
いるか「はい、ありがとうございました〜。摩周さん、他に注意すべきこととかありますか?」
摩周「身元保証人を立てることは法的には義務ではありません。よって、立てることを拒否することもできます。
   しかし、雇用者側が保証人を立てなかったことを理由として、予告無く解雇することは有効、
   と判例で認められたケースもあります。これは会社側の自由です。
   身元保証法によって責任は限定されているといっても、重大であることには違いありません。
   頼む人には責任の重大性と精神的負担を十分に理解し、誠意を持ってお願いしましょう。
   そしてなにより、保証人に迷惑を掛けないよう真面目に一生懸命に働くことが1番大切ですね」
いるか「はい、キレイにまとまったところでさよならです〜。またお会いしましょう〜」


(作者・名無しさん[2006/03/29])

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