とうとう乙女さんの卒業まであと少しとなった。
そこで、お別れ会の意味も込めて、生徒会一同で温泉宿へのツアーに行くことになったのだ。
このツアーの発案者は姫。
誰よりも乗り気なのはさすがといったところか。
祈先生も結構乗り気だし、カニは前の日の晩なんてワクワクしすぎてて眠れなかったらしい。
椰子も渋々ながら了解し、こうして俺達は目的地へと向かった。
電車を乗り継いでやってきた先は、山に囲まれた静かな場所にポツリと建つ温泉宿。
何と言っても崖の上から景色を一望できる露天風呂が名物らしい。
「さぁ、着いたわよ」
「とてもいいところじゃないか。気に入ったぞ」
早速チェックインし、男子と女子に分かれて部屋へと案内された。
従業員はお年寄りしかいなくて、フカヒレは心底ガッカリ。
人数の都合もあってか、部屋は隣同士でも広さは違っていた。
当然ながら、女子のほうが広い部屋である。
この日は俺達以外の客はいないようで、その分豪華な食事を出してくれるとのことだった。
「さてと、スバルもレオもちょっと耳を貸せ」
フカヒレが俺達を部屋の真ん中に集合させる。そしておもむろに口を開いた。
「いいか、お前ら。男女で温泉宿に来たってことは、アレをしなくてはならないということだ」
「アレか…確かにやらないと、失礼に値するよな」
「その通り。ある程度の道具は揃えてある」
「しかし、乙女さんがいるぞ?オレはやらねぇからな。というか、やめとけ」
「何言ってるんだ、スバル。乙女さんは風呂の時は注意力が散漫になっている。
 楽しんでいるからこそ、付け入る隙があるってもんだ」
「あら、そうなの?」
「ダテに一緒に生活してないぜ」

…?
「おわぁ!姫!?」


「い、いつの間にいたんだ…」
「まったく、露骨にスケベねー。フカヒレ君はまだしも、対馬クンもそうだったなんて」
姫はやれやれと、呆れたような顔をしてみせた。
「た、頼むよ姫。お願いだから乙女さんには言わないで」
「フフン、どうしようかしら」
ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる姫。
ああ、もう俺達の計画も人生もジ・エンドか…
「条件をのんでくれたら、乙女さんに話さないであげるわよ」
「ほ、本当かよ!?するする!何でもするぜ!」
なんて卑屈な奴なんだ、コイツは…
「私もその計画に参加させなさい」
「は?」
「一度やってみたかったよのねー、覗きってやつ。
 普段から女の子の裸を見てるけど、こういう新鮮さも大事だと思うのよ」
「そ、そういうもんなのか?」
「もちろん。幾多の苦難を乗り越えて裸を拝む…ああ、何と素晴らしいのかしら!」
そう言っている姫の目はキラキラと輝いていた。
…やっぱり姫ってダメ人間だ。明らかに頭のネジが飛んでる。
ひょっとしたらフカヒレやカニよりすごいかもしれない。
「姫も変わった趣味してるよなぁ。こういう場合、フカヒレとレオをぶん殴るのが当たり前と思うんだけどな」
「私から言わせてもらえば、スバル君も変わってるわよ。普通はこういう時、男の子なら喜んで参加するでしょう?
 それに面白そうじゃない。達成感もあるし」
「あいにく、オレはそういう趣味は持ち合わせていないんでね」

さて、そういうわけで『覗き大作戦』は俺とフカヒレと姫の三人で行うことになった。
スバルは参加しないが、だからと言って乙女さんにチクったりすることもないだろう。
これから始まる戦いは間違いなく壮絶なものになるはずだ。
しかし、俺達は決して諦めない。全員の裸をこの目に焼き付けるまでは。


夕食までの時間、俺達は温泉で定番の卓球で遊んでいた。
例によってカニと椰子のバトルが勃発、敗北したカニはいつも以上にほっぺたをつねられてしまった。
しかし、俺達3人が遊んでいるのはあくまでもダミー。
本当は誰にも気づかれないよう、交代で覗きスポットの探索をしていたのだ。
ここで、いくつかわかったことをまとめてみよう。
まず、ここは屋内の風呂が一切ないということ。
これは非常にラッキーだ。
しかし、問題は大きな壁である。
男湯と女湯を隔てる壁は非常に分厚く、さらにかなりの高さだ。
ハンドドリルを用意していたが、これでは全く歯が立たない。
表面もツルツルで、登ることは間違いなく不可能だろう。
もっとも、姫を男湯に入れること自体に無理があるのだが。
ということで、決定されたプランは外に出て直接女湯まで接近して覗きをするという、通称『γプラン』に決定された。
双眼鏡は見えにくいので使用しない。湯気がたっていて見れないなんてことだけは避けなくてはならないのだ。
ネックなのは、覗きの場所まで急な斜面を登っていかなくてはならないことだ。
問題の場所は崖の上にある。これをどうしてもクリアしないと、念願の覗きはできないのだ。
時間をかけすぎてしまっては、全員が風呂から出てしまうだろう。
「しっかり食べておけよ」
「オッケー」
「腹が減っては戦はできないからな」
夕食直前に打ち合わせをし、出された夕食はおかわりするぐらいの勢いで全てたいらげた。
そしてしばらく経ち、作戦のために俺達はロビーに集合した。
「よっぴー達は間違いなく露天風呂に行ったわ」
「よし、それでは作戦を開始する。時計をあわせろ」


旅館を出て、露天風呂を覗くために道を突き進んでいく。
気づかれてはならないため、懐中電灯は使わずに闇に目が慣れるまでガマン。
そして、俺達は無事にポイントの崖の正面まで来た。
あとはこの急斜面を登っていけばいいだけだ。
露天風呂までの距離は結構あるが、まだまだ時間に余裕がある。
「ま、急斜面といっても楽勝よね」
「うむ、姫の言う通りだ。今頃はあそこでよっぴー達がキャアキャアと戯れているに違いない。
 想像しただけでもう…ハァハァ…」
「落ち着け、フカヒレ。万一、見つかった時はどうするんだ?」
「ダメねー、対馬クンは。見つかった時の事を考えているから失敗しちゃうのよ」
「そういうもんか」
「そういうもんよ」
「よし、ムダ話はここまでだ。行くぞ」
しかし、そこで俺達は奇妙な看板を発見した。
よく見てみると、そこにはこう書かれてあった。
『愚か者達へ。この看板を読んでいるということは、貴様等は旅館の露天風呂に覗きを働こうと考えているのであろう。
 悪い事は言わない、すぐに引き返すことだ。今まで幾多もの挑戦者が挑んだが、全員が失敗に終わった。
 我々は覗きを決して許しはしない。引き返さないのであれば、自ら修羅の道を歩むことを覚悟することだ』
…なんだ、これは。
「えらく古い看板だな。ひょっとしてあの旅館の誰かが用意したものかな?」
「それにしても物騒なこと書いてあるわね。私達がこんな脅しに屈するわけないのに」
「そうさ、俺達にはみんなの裸をこの目に焼き付けるという大儀がある。引き返すなんて選択があるものか」
フカヒレが燃えている。スケベ根性、恐るべし。
「で、どうするの?フカヒレ君」
「決まってるだろ。こうだ!」
フカヒレは看板を引っこ抜くと、地面に叩きつけて破壊してしまった。
「上等だぜ、俺達の力を見せてやる!宣戦布告だ!第08覗き小隊、出撃する!」


それにしても、こうして見るとまるでちょっとした崖の上にある旅館が悪の要塞のように見える。
きっと露天風呂からの眺めはとてもいいだろうが、俺達は『露天風呂からの』ではなく『露天風呂の』景色を見るのである。
そこを間違えてはならない。
直接の視認…双眼鏡では味わうことのできない感動が、あるいは浪漫がそこにはある。
「よし、行くぞ」
フカヒレを先頭、しんがりが俺となってゆっくりと歩を進める。3人ともエアガンを装備し、ぬかりはない。
見張りがいたとしても、コイツがあれば心強い。
しかし、いきなりフカヒレが何かを踏んづけると、いきなり地面から網が現れた!
ジャングルとかでよく見られる、原始的なワナだ。
「うわぁぁぁ!」
「フカヒレ君!」
網で捕まえられ、木の上に宙釣り状態になってしまったが、フカヒレは用意周到だった。
「だ、大丈夫だ。こんなもんはナイフで…」
リュックサックからナイフを取り出し、網を切っていった。
もちろん落下してしまったが、そこはしっかりと受け止めてやる。
何とか無事に脱出だ。
「ふう、用意しといてよかったぜ」
「それにしても、この様子だと他にもワナが仕掛けられていると考えて間違いないわね…あら?」
「どうしたんだ、姫?」
「なんだか見られてるわね…それも沢山いるわ」
「へ?どこどこ?」
「木の上」
「木の上って…うおぉぉぉぉ!なんだこりゃぁ!」
なんと大量のフクロウが俺達をじっと見つめているではないか!
いや、これは見つめているというよりは睨んでいるという表現のほうが正しいだろう。
まるで自分達の領域に侵入してきた愚か者どもを排除するかのように。
「こいつは…やるしかなさそうだな」
「仕方ねぇ、いっちょおっぱじめるとするか!」
「覚悟なさい!私達の邪魔をするものには死あるのみ!」


「〜♪」
「いやー、本当にここの温泉は気持ちいいねー!」
「本当ですわね。霧夜さんもくればよかったのに」
「エリーはなんだか食べすぎらしくて…部屋で寝ています」
「そんなにお姫様って食べてましたっけ?」
「さぁ…」
「まぁまぁ、今いない人のことは置いておきましょう。カニさん、お背中を流してさしあげます」
「おーう、ありがとう祈ちゃん」
「ん?なんか下のほうが騒がしくないですか?」
「そういえば…あ、何か飛んでいったよ」
「ここらへんはフクロウがいるそうですわ。多分、それでしょう」
「〜♪〜♪」
「…乙女さん、温泉を満喫してるね」

「はぁ、はぁ、はぁ…」
「うぐぐ…」
なんとかエアガンのおかげでフクロウどもを追っ払うことは成功した。
しかし、代償も大きい。先ほどの戦闘で、フカヒレがリタイアとなってしまった。
いきなり作戦の発案者を失ってしまうのは、俺達にとって大きな痛手となってしまった。
もっとも、戦闘力はこの中で一番低いんだけど。
「へへ…ドジっちまったぜ…グフッ……」
「しっかりするんだ、フカヒレ!」
「傷は浅いわ!ほら、立って!」
「む、無理だよ姫…なぁ、レオ。このリュックサックの中にデジカメがある。それで撮ってきてくれ…」
差し出されたリュックサックを、俺はがっしりと掴んだ。
「ああ、お前の死は決して無駄にはしない!」
「急ぐわよ、対馬クン」
「たの…ん……だ…ぜ……(ガクッ)」
俺達のうち、1人でもいいから覗きができれば勝利なんだ。
フカヒレのためにも、俺はやるぜ!


少々時間がかかってしまったが、それほど気にする事も無いだろう。
風呂好きの乙女さんがいるし、のんびり屋の祈先生もいるので長風呂になることは必定。
最低でもこの二人は残って風呂を楽しむに違いない。
しかし、それは最低限求められる結果。
俺達の目標は当然『全員』であることは言うまでもない。
「おっと。こんなわかりやすい落とし穴にひっかかるほどバカじゃないぜ。
 それにしてもワナばかりだな、ここは」
「本当に邪魔ばっかりしてくるわね。でも、あと少しよ」
「よし」
そう言って同時に一歩前に踏み出すと、どこかでカチッという音がした。
「何、今の音?」
「さぁ?」
突然、上からドドドドドという凄まじい爆音が響き渡る。
何かと思って見てみると、なんと大量のドラム缶が転がり落ちてくるではないか!
「くそ、正攻法できたか!」
「これは避けるられそうにもないわ、ここまでなんて…」
ん?そうなるとこの落とし穴はフェイクということになるな。
ひょっとしたら…
「いや、策はあるぜ」
「本当?どうするの?木の上もこれと同じぐらいのワナが仕掛けられているだろうし…」
「こうするんだよ」
そう言って、俺は姫を落とし穴の中に落とした。
さっき中を見たところ、1人の人間がすっぽりと入るぐらいの大きさで、底には特に仕掛けなどは無かった。
要するに、ここは安全地帯というわけだ。
「ちょ…何をするのよ!」
騒ぐ姫のところに、俺はリュックサックを投げ入れた。
「姫、1人でも覗くことができれば俺達の勝利なんだぜ」
「まさか…!」
「ここは俺に任せてくれ。こんなもんハンマーがあればすぐクリアだ!うおぉぉぉ!」
今だけでいい、俺は姫のナイトになってやるんだ!


ドラム缶が通り過ぎ、辺りが静かになった。
もう大丈夫だと確信して穴から出ると、そこにはボロボロになった対馬クンがうつ伏せになって倒れていた。
「しっかりしなさい、対馬クン!」
「無事で…よかった……」
「私のことより自分の心配をしなさい!」
「もう俺は…ダメだ……後は…頼むよ…姫……(ガクッ)」
「ちょっと、対馬クン?対馬クン!!」
返事は無かった。もはやただの屍となってしまったようね。
どうしよう、もう仲間はいない…これまでなのかしら。引き返そうか…
「引き返す?バカ言わないで」
私ったら、何を考えているのかしら。
そんなことがあると思う?2人の死を無駄にして?
「ここで諦めたら、この霧夜エリカの名が廃るわ。さぁ、何でも来なさい!」
乙女先輩の、祈先生の、なごみんの乳を見るまでは、例えどんな苦難が待ち受けようとも乗り越えてみせる!
竜鳴魂ここにあり!
「行くわよ!」
なりふり構っていられない、突撃あるのみ!
「丸太トラップ!?甘い!」
ごろごろと転がってくる丸太を飛び越し、
「邪魔しないで!」
群がってくる野犬をことごとく踏みつけ、
「くぅぅぅ…!負けるかぁ〜!」
接着剤を噴出す地雷地帯を、その地雷が爆発する前に駆け抜ける。
そしてようやくたどり着いたゴール地点。
満身創痍でほとんど体がいうことをきかない。
「この壁で…最後…!」
やっとのことでゴツゴツした壁を登り終え、ついに露天風呂に到着!
「デジカメを…」
リュックサックからデジカメを取り出し、正面に構える。
そこで私が目にしたものは…!


「あれまぁ、女の子の覗きとはめずらしいのう」
「…はい?」
なんと、そこには旅館の従業員のオバアチャン2人しかいなかった。
当たり前だが、私が求めていた乳などあるはずがない。
フカヒレ君のデジカメもピキッと音を立てて壊れてしまった。
「そ、そんな…」
「看板を見なかったかい?まぁ、ここまでやって来た覗きも何年ぶりかねぇ…」
「それだけでも根性あるわいな。ひゃっひゃっひゃ!」
「教えといてやるかのう。ここの見取り図は嘘っぱちが書いてあるんじゃ。
 昔はお前さんのように覗きが絶えんかったから、迷惑しとったんじゃ。
 ちなみに、本当は女湯はこの壁の向こうじゃよ。ほれ、声が聞こえるじゃろ?」
『ボクはそろそろあがるねー!』
「ここは単なる従業員用の露天風呂じゃ。災難だったのう」
「あ、あは…あはははは……うひゃひゃひゃひゃ!」
「あれまぁ、お嬢さんが壊れてしまいよったぞ」
完全に力をなくした私は、そのまま下へ転落してしまった…
その後、私達がいなくなったので心配になったよっぴー達が、どうにかして私達を見つけてくれた。
旅館の人はどうやら今回のことをみんなには言わないでおいてくれたようだ。
しかし、私達の心には、もはや癒えることのない深い傷ができてしまったことは言うまでもない…

「いやぁ、楽しかったなぁ。みんなに礼を言うぞ」
「それにしても、ホント気持ちよかったね!また来よーぜー!あ、ココナッツはのけといてね」
「ふん、出来の悪い奴はイヤミも出来が悪いな」
「まぁまぁ、カニっちも椰子さんも…」
「それにしても、霧夜さんも対馬さんもフカヒレさんも、元気がないですわねー」
「ブツブツつぶやいたり肩を震わせたり…ずっとこんな状態だな。何かあったのか?」
「そもそも、なんであんなところにいたのさ?」
「さぁ…伊達君、何か知ってる?」
「いや、知らねぇな」
(…だからやめとけって言ったんだ。まだまだ甘ぇな、3人とも)


(作者・シンイチ氏[2006/02/20])

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