学校帰り。
昼飯のおにぎりを一つカニにくれてやったのが
今になってひびいてきた。
ちょっと腹が減ってきた俺はオアシスに足を向ける。

「こんちゃ〜」

……返事がない。あれ、準備中だった?

店内を見回すと
テンチョーさんは端っこのテーブルで
ボーッとしていた。

「……もしもーし?営業してますー?」

「…Oh、スイマセンネー、イラッシャイマセー」

「えーと、シーフードカレー、中辛」

「カシコマリマシター」

テンチョーさんに、どこかいつもの元気がない。
客が俺以外には誰もいないんじゃ
元気がなくなるのもしょうがないかもしれないけど。

「お待たせシマシター」

出されたカレーは、いつも通り美味かった。
……なんで流行らないんだろうな、この店。
開国祭の代表店に選ばれて
なごみが手伝ってTVに出た直後は
結構お客も来てたはずだけど……


翌日。
気になってたのでその辺の事情を
放課後、竜宮でカニに聞いてみた。

「んー……正直、ちょっとあの店ヤバイかも」

「え……そんなに?」

スバルやフカヒレもちょっとショックって顔。

「おいおい……開国祭の代表店が
 選ばれたその年に潰れたらシャレんなんねーぞ」

「あそこはレオの部屋に次いで、俺たちの溜まり場なのに
 潰れちゃったら困るよなぁ」

いや、俺の部屋も本当は溜まり場にされちゃ困るんだが。

しかし、一番ショックを受けていたのはなごみだった。
なごみにとってオアシスは
料理人の道に進む決断をするきっかけになった店だし
テンチョーにはそれなりに恩があるからな。

「カニ……本当なのか?今の話……」

いつになく真面目な顔でなごみがカニに尋ねる。

「ん……この間なんだけどさ
 ボクのバイト、減らしてくれないかって言われた」

「カニを雇っておく余裕もなくなってきてるのか……」


「よっしゃ、少しでも売り上げに貢献するために
 今からオアシス行くか!」

とりあえず、皆を誘ってみることにした。
俺たちにできることといったらそれぐらいだしな。
だが、フカヒレだけ渋い顔をする。

「えー、俺ちょっとぉー……」

「んだよ、つき合い悪ぃーな」

「だって昼飯けっこう多めに食っちゃったから
 まだそんなに腹減ってねーもん」

……だよなぁ。
俺だって昨日は昼飯が食い足りなかったから
帰りに腹が減ってただけで
普通は学校帰りに毎日カレー食わない……ん?

「そうか……そうだよな……」

「だろ?晩飯だってあるのに、今カレー食えねえよ」

ちょっと頭の中で考えを整理する。

「うん……これならいけるかな……」

「おいレオ、なに一人でわかったような顔してんだ?」

「ん、いや、ちょっと考えついた。
 とにかく、オアシス行こうぜ。
 フカヒレも、紅茶ぐらい飲めるだろ?」


「こんちはー……」

オアシスは……今日も客がいない。
そして今日もテンチョーさんはテーブルでボーッとしていたが
俺たちがゾロゾロと入っていくと
さすがにちょっと元気が出たのか、にこやかになる。

「イラッシャイマセー。
 アレー?カニサーン、今日はアルバイトないデスヨー?
 Oh、なごみサンもー。久しぶりデスネー」

「……どうも」

「実は、ちょっと今日はテンチョーさんに
 提案があってやってきたんです」

「提案?……
 コレ以上、値下げはデキマセンヨー?」

「いや、そうじゃなくてですね……
 メニューを増やしてみたらどうかと思って」

「新メニュー、デスカ……?
 前回のチャーハンは、失敗デシタネー……」

「そうそう、あれはダメだったねー」

うなだれるテンチョーさんにカニがうんうんと頷く。
ちょっとはフォローしろよ、一応関係者なんだし。

「いや、今回俺が提案したいのは……
 カレーパンを作ってみたらどうかな、と思って」


「……カレーパン?」

テンチョーさんの目がキラリと輝く。

「そうです!ここのカレーは確かに美味しいんだけど
 なまじ量があるからちょっとお腹が空いたぐらいじゃ
 食べられないんですよ。メニューが全部、重すぎるんです」

「……なるほど、そこで軽く食べられるメニューってわけだ。
 しかもテンチョーのカレー作りの腕を生かせるしな。
 考えたな、坊主」

「フカヒレの言ったのがヒントになったんだ。
 フカヒレ、さっきそんなに腹は減ってない
 って言ってたけど、カレーパン一個ぐらいならどうだ?」

「ああ、それぐらいならちょうど食いたい気分だな。
 いわゆる小腹がすいたってヤツだ」

「どうですか、テンチョーさん?
 お昼や夕飯時以外でも、気軽にここのカレーを楽しめるし
 パンなら持ち帰りにもできていいと思うんだけど」

「へ〜…レオのくせに、考えたじゃん!
 テンチョー、ダメもとで、やってみようぜ!」

「……私でよければ、お手伝いしますよ」

カニが励まし、なごみが手助けに名乗りを上げる。

「……ミナサン……アリガトゴザイマース!
 ヤリマショウ!最高のカレーパン、作ってミセマスヨー!」


そして数日が過ぎた。
テンチョーさんは昼間のヒマな時間帯を
カレーパンの研究にあてているらしい。
なごみも、あれから毎日オアシスに手伝いに行っている。
生徒会の方はヒマ……

「はい、対馬クン、この書類もお願いね」

……でもなかった。
なごみをオアシスに行かせるため
その分の仕事を俺が引き受けたのだ。

「なごみんの分も、しっかり働いてもらわないとね」

まあ、俺がオアシスに行っても何もできない。
だったらこういう形で力になる方がいい。
……なんか、今から将来の夢の予行演習みたいだな。

ん?……なごみから、メールか。なになに……

『カレーパン、完成。帰りに寄ってください』

おお、できたのか!
あのオアシスのカレーが、どんなカレーパンになってるのか
今から楽しみだな……

「はーい、そこ!ニヤニヤしてないでこっちの書類も!」

ぬう、姫は容赦がない。確かに代わりの分もやるとは言ったけど。
……こっそりなごみに返信。

『了解。でも少し遅れそう……』


オアシスの中は、いつものカレーの香りに加え
ほんのりと甘い、パンの匂いがしていた。

「Oh、対馬サーン!
 やっと納得できるもの、デキマシタヨー!
 見てクダサーイ!」

テンチョーさんが、嬉しそうな顔で
大きなお盆に山盛りに盛ったカレーパンを
テーブルまで持ってきてくれた。
なごみも、少し疲れているようだったけど
満足そうな顔をしている。

「最初の試食は、是非対馬サンにお願いしたいデース」

「え、俺?……いいんですか?」

「モチロンデース!アナタのアイデアで
 このカレーパンができたんデスカーラ!」

「じゃあ……遠慮なく、いただきます」

ぱく

「!」

「……ドウデスカー?」

ぱく、ぱく、パクパクパクッ!

「う……
 美味あぁぁい!」


普段オアシスで食べているカレーよりも
パンに入れるためにずっと粘っこくなっている。
それでいて舌触りはすごく滑らかで
味もかえって濃厚に感じるぐらいだ。
それが揚げたてのパンとすごくよく合う!
思わず、二口三口とかぶりついてしまったほど美味い!

「いけます!いけますよ、コレ!」

「お店では、コレを一つ150円で売るつもりデース」

「おお、この味とボリュームでそれはリーズナブル!」

「今センパイが食べてるのは中辛なんですけど
 他に辛口と甘口も作る予定なんですよ」

「なるほど……さすがは松笠カレー代表店!
 俺も思いきって提案して良かったですよ!」

「……改めて、対馬サン、なごみサンには
 お礼を言わなければイケマセンネー」

「ああ、いや、そんな……」

改めてそんな風に言われると、俺もなごみも照れてしまう。

「ワタシ、自信無くしかけてマシタ。
 でも、もう一頑張りヤル気出てきマシタヨー?
 コレもみなサンのおかげデース!」

よかった。カレーパン造りは、きっかけになってくれた。
テンチョーさんが、もう一度自信と情熱を取り戻すための。


その後、普段は入れてもらえない厨房に
是非にとテンチョーさんに誘われて入ってみた。

「うわぁ……これ、全部スパイスですか?」

壁一面に、小さな瓶に入った見知らぬ調味料が並んでいる……

「ソウデース!これらを組み合わせて……
 このカレールーができるのデース!」

テンチョーさんが、弱火にかけられた大きい鍋を
慈しむような目でじっと見つめる。

「……対馬サンの大切なものは、何デスカー?」

「…は?」

「ワタシの大切なものは、この……カレーデース。
 このカレーを食べて、美味しい、と喜んでくれる
 その笑顔が、ワタシの大切な、大切なものデース」

なごみが、感動したようにテンチョーさんを見つめる。
俺も、感動してるけど。

「…テンチョー、そろそろ鍋を火からおろさないと」

「オー、ウッカリしてましたー!
 つい話し込んで大事なこと忘れてマシタネー。
 なごみサン、ちょっとお願いしマース」

うなずいて、鍋をコンロからおろそうとしたとき
疲れが出たのか……なごみが、グラリとふらついた。


「う、あっ!?」

「危ないっ!」

なごみが鍋を抱えたまま、仰向けに倒れそうになる!
このままじゃ……カレーで大火傷だ!?
飛びついて……鍋を引ったくろうとして……

ドガベシャーン!

ああああああああ……
や、やっちまった……!
厨房の床に転がる鍋。
ぶちまけられたカレー。
今、テンチョーさんが大切だと言ったばかりの……!

「す……すいませんっ!」

「わ、私が……!私が転びそうになったからっ…すいませんっ!」

なんてドジをっ……!
泣きたくなってきた。
いや……泣きたいのはテンチョーさんのほうだろう。苦心のカレーを……

だけど……テンチョーさんの顔は、なぜか穏やかだった。

「対馬サン、なごみサン……
 怪我はアリマセンカー?」

「……え?……あ、はい……」

「それなら、オッケーでーす!」


「で、でも……」

「…対馬サン、さっきアナタに訊いたコト
 もう一度、訊きマスヨー?
 アナタの、大切なものは、何デスカー?」

俺の……大切なもの?俺の……

「……なごみ、です」

「そうデース!アナタは、アナタの正しいことシマシタ!
 それを悔いるコト、何もアリマセーン!」

「でも!……それで、テンチョーさんのカレーを……」

「……確かに、ワタシはカレー大切デース。
 でも、カレーはまた作れマスネー……
 なごみサンは、一人しかイマセーン。ワカリマスカー?」

「……はい」

「では、オッケーでーす!
 さあ、片づけマスヨー!急いで次を作りマース!
 おらボサッとすんな黒髪ロンゲ!」

「は……はいっ!」

今にも、俺にも見せたことのないような
泣きそうな顔だったなごみが
いつもよりさらに真剣な顔つきで厨房に立つ。

「コラお前ナニやってるカー!」「は、はいっ!」


オアシスから、なごみと帰ったのは
もう11時を過ぎたころだった。
しばらく歩いていたら、腹の虫がグゥ、と鳴った。

「腹減ってない?」

「あ……そう言われると。
 作るのに夢中で、食べてなかったですね」

苦笑いを浮かべるなごみに
カバンを探って包みを取り出す。

「ほら、帰り際にテンチョーさんがくれたんだ」

「あ……カレーパン、ですか?」

「うん……これ、きっとブレイクするぜ」

「そう、ですね……センパイがアイデアを出して
 あのテンチョーが作ったんです。
 きっと大ブレイクです」

「なごみも手伝ったしな」

「今日……センパイが、大切なものを私だって言ってくれたの
 すごく…嬉しかったです」

大切なもの。それは、生きているとなんだかどんどん増えていくらしい。
テンチョーさんも、今日の出来事でなんだか大切な人に思えてきた。
……一番大切なものは、ずっと変わらないだろうけど。
そんなことを考えながら
二人でカレーパンを囓り、夜道を並んで歩いていった。


おまけ


「レオ、私も新メニューを考えてみたぞ」

「いや……どう見てもおにぎりですが?」

よく見ると表面にうっすらと焦げ目がついている。
新メニューって…焼きおにぎりか?

「いいから食べてみろ」

「はあ」

もぐ……

「な……カレー!?」

おにぎりの具は、カレーだった……

「カレー焼きおにぎりだ。流れでないように、焼きおにぎりにしたところがポイントなんだぞ?」

「……フツーにカレー食べさせてください……」


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2006/02/19])


さらにおまけ
195 名前:名無しさん@初回限定 投稿日:2006/02/19(日) 11:47:27 ID:cqeGJHzxO
   >>194レオに同意
   しかしなぜ乙女さんはあそこまでおにぎりにこだわるんだろ

198 名前:名無しさん@初回限定 投稿日:2006/02/19(日) 12:39:43 ID:ncckPvwL0 ←Seena ◆Rion/soCysさん
>>195
「乙女さんって、何でもおにぎりにしちゃうよね」

「そんなことはないぞ?以前、フルーツおにぎりを試したが…」

「試さないでください」

なんて恐ろしい。しかし……よく考えてみると
乙女さんが実際におにぎりを握っているところ、見たことないな。
いったいどんな風に握っているんだろう?

翌朝。いつもよりずっと早くセットされた目覚ましに叩き起こされる。
よし……この時間なら、乙女さんがどうやって
おにぎりを作っているか見てやれるぞ。

そっと忍び足でキッチンへ向かう。

「〜♪……〜♪」

乙女さんは……鼻歌を歌いながら
何かブツブツとつぶやいている。
おにぎり作ってはいるみたいだけど……何て言ってるんだ?
もうちょっと近寄って耳をそばだてると

「…美味しくなぁれ…美味しくなぁれ……」

「……プッ」

「!だ、誰だ!?レオか!?」

しまった。
あまりに可愛らしいので思わず吹き出してしまった。

ニヤニヤしながらキッチンに入る。

「おはよう、乙女さん。ずいぶん可愛い気合いの入れ方だね」

「あ、う……」

ちょっと赤くなって黙ってしまう。

「いつも、そんな風におにぎり握ってるの?」

「か……母様が、こうしてたんだ」

「叔母さんが?」

「おにぎりは、母様に作り方を教わったんだ。
 母様は、いつもこう言いながら握ってたから……
 『おにぎりを握るときは、力を込めるんじゃなくて気持ちを込めるのよ』って……」

……乙女さんらしいや。

「じ、自分の分だけの時は、こんなことしないんだぞ?
 …レ、レオの分も、握ってるから……」

「うん……ありがとう」

乙女さんがおにぎりが好きな理由、少しわかった気がする。

「……いただきます」

「うん、しっかり味わえ。それは新作のプリンおにぎりだ」

「うえ」


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