「あwせdrftgyふじこlp!!!!」
フカヒレがこの世のものとは思えない呻き声とともに卒倒した。
口からは反吐とワケのわからないものの混合物を吹き出している。
「むぅ、鮫氷も脱落か……」
瀕死のフカヒレを見下ろしながら乙女さんが言う。
「いや、乙女さん、冷静に言ってる場合じゃないって! このままじゃ全滅しちゃうよ!」
冗談ではなく、このままでは対馬家が惨劇の舞台として明日の朝刊に載ってしまう。
「言うなレオ! 鉄の者に撤退など有り得ん!」
……2006年冬。人々は積もった雪に己が足跡を刻印しつつ歩いていた。……酷く寒い。
冬休みも終わりに近いある夜。対馬家は最大の危機に瀕していた。
事の起こりは、今日の朝に遡る。


朝、部屋を出て一階に下りていくと、なにやら箱を抱えてホクホク顔の乙女さんがいた。
「なにそれ、乙女さん」
「ふふ、見ろ、美味そうだろう」
そういって乙女さんは俺に箱の中身を見せた。
発砲スチロールの箱の中にはカニだのエビだの牡蠣だの、豪華な海の幸がみっしりと詰まっていた。
カニと目が合う。カニは泡を吐きながら「ほう」と言った(ような気がした)。ああ、生きている。
「……。すごいね。これどうしたの?」
「今しがた実家から送られてきたんだ。新鮮で活きがいいものばかりだぞ」
乙女さんが嬉しそうに言う。
「このところ寒い日が続いているし、今夜はこれを使ってナベでもしよう」
「おお、いいね。でも、こんなに沢山二人じゃ食べきれないんじゃない?」
「それもそうか。だが早く食べなければ鮮度が落ちてしまうしな。腐らせてしまっては元も子もない」
「……じゃ、みんなを呼んで一緒に食べるというのはどう?」
「ああ、それはいい考えだな。こういうものは大勢で食べたほうが断然美味い」
というワケで、俺の提案が採用されて第一回対馬家ナベパーティーが開催される運びとなった。


「で、どうしてあたしがここにいるんです?」
「イヤならとっとと帰れやココナッツ」
「厭とは言っていない。どうしてあたしが呼ばれたのかちょっと不思議に思っただけだ」
「ナベは大人数でやるほうが美味しいからな」
にこにこしながら乙女さんが言う。かなりナベが楽しみらしい。朝から上機嫌だ。
「そいや、姫とよっぴーは?」
と、カニが箸で茶碗をチンチン鳴らしながら訊ねた。
「年末から海外に行っているそうだ。残念だが」
「あーあ。きっといいもの食べてるんだろうなぁ」
俺の呟きに乙女さんが冷たい視線を送ってくる。
「いや、羨ましくなんかないですよ」
「まぁ、そういうことなら遠慮なくいただきますが」
「文句なし! 美人と一緒にナベやれるなんて、神はまだこの俺を見捨てていなかった!」
フカヒレは立ち上がると、拳を振り上げ、男泣き。
「オメーなんざとっくに見捨てられてんよ。気づけダメ人間」
「るせーカニ。これから俺の時代が来るんだよ。見てろよ、フラグ立てまくって必ずやハーレムエンドにいってやるぜ!
あ、ちなみにさっきの俺の台詞の『美人』の中にお前は含まれてないから」
「あんだと、この人間失格!
10円やるからそのブサイク面に嵌ってるビー玉新しいのに替えとけボケ!」
「蟹沢も鮫氷もいい加減にしろ。ナベは楽しくやるものだ」
「はーい」
二人は乙女さんの一喝でたちまち静かになる。
「ま、とりあえず座ってろよ椰子」
「支度、手伝いますよ」と、椰子が流しに向かおうとする。
「お、先輩の前でいいこぶりっ子か、小賢しいなココナッツ」
「黙れ、潰すぞシオマネキ」


「あー椰子。準備の方はスバルがやってるよ。いい食材を前にして張り切ってるから、気にせず座ってろって」
「でも……」
「今日はお客様なんだからな、伊達に任せておけ」
乙女さんに言われて、椰子はしぶしぶといった感じで椅子に腰掛けた。
名残惜しそうに流しの方を見ている。そんなに料理を手伝いたかったのか?
「おう、こっちの用意は任せておきな。これだけの食材、腕の振るい甲斐があるってモンだ」
スバルは嬉しそうに包丁を振るっている。今は白菜を切っているようだ。
「でも所詮ナベじゃん。適当に切ったり皮むいたりするだけだろ」
「てめー、下拵えをバカにすんじゃねえよ。ちゃんとやんねーとアクとか大量に出ちまうぞ」
お気楽に言ったフカヒレにスバルが真顔で反論する。
「おお、スバルが燃えている!」
「そんなワケで、用意はスバルに任せて、こっちはひとまず乾杯といきますか♪」
と、カニは懐からビンを取り出し、コップに中身の液体を注ぎ始めた。
「おいカニ、お前もしかしてそれ酒か?」
「しぃ〜ッ! 静かにしろよバカレオ。乙女さんに聞こえちまうだろ」
慌ててカニが俺の口を塞ごうとするが、もう遅い。
「もう聞こえているわけだが」
カニの背後で乙女さんが仁王立ちしている。
「あ……あはは。やだなぁ、乙女さん。ジョーダンに決まってるじゃん。学生がそんな、飲酒なんて、ねぇ?」
おとなしくカニはコップを乙女さんに渡した。
「ふむ。素直でよろしい」
乙女さんはカニから没収した酒をテーブルの隅に置いた。
「おいレオ。テメーのせいで酒取られたじゃんかよ!」カニが小声で抗議してくる。
「何言ってやがる。鉄の風紀委員の目の前で酒飲もうとしたお前が悪い」
「ちぇ。じゃーさ、スバルの準備が出来るまでなんかやらね?」
と、突然猫撫で声を出すカニ。


「なんかって、なんだよ」
「実は前から一度やってみたかったことがあるんだよね〜」
「コードレスのバンジージャンプとかか?」とフカヒレ。
「そんなら遠慮はいらねーぞ。存分にやれ」
「あ、あたしも見たいです」
「やらねーよ! つーか死ぬだろ、それ!」
「んじゃ、なんだよ」
カニは不気味に笑って、言った。
「闇鍋!」
「「却下」」フカヒレとハモった。
「早! なんでだよ! どーせナベやるんだからさ、余興ってことで」
「お前が料理に関わるとロクなことにならん。そのうえ闇鍋なんて物騒なモンできるか」
「え〜。いいじゃん。ダイジョーブ、食べ物しか入れないから〜」
「当たり前だ! つーかお前の食べ物の範囲は一般人より広いからダメ!」
「そうか? 私はおもしろそうだと思うが……」
おいおい、何言い出すのこの人!? 乙女さんが闇鍋に興味を示されたようです。
「お! さすが乙女さん。話が分かる!」
すかさずカニが尻馬に乗った。
「食べ物で遊ぶのは感心しませんが」
と、椰子が至極真っ当な正論を述べる。
「黙ってろココナッツ。ここは後輩らしく偉大な鉄先輩のご意見をハイチョーするとこだろうがボケ!
大人しくできねーなら、いつもみてーに隅っこんとこで一人七並べやってろ」
「そんなことしてない。一度といわず二度三度死ぬか?」
と、いつものようにカニの頬に手を伸ばす。
「いででで! へめ、はなひやがれ!」


と、言うのが概ねの経緯である。
結局闇鍋は乙女さんの鶴の一声で実行に移されることになった。
今日の乙女さんはなんだかいつもよりハイだ。そんなにナベが嬉しいのだろうか?
調子に乗ったカニは好き勝手に食材をナベに放り込んでいた。
まぁ、乙女さんとカニ以外の全員が今の惨状を正確に予想していたわけで、阻止できなかったのは痛恨の極み。
ちなみに当のカニは真っ先に鍋に箸をつけ、すでにトイレに直行している。一体何を引き当てたのやら。
今カセットコンロの上に鎮座している鍋は、見るからに破壊力の高そうなビジュアルをしていた。
そして鼻を突く異臭と、素人でも感じ取れる妖気を放っている。
間違いなく、下手をすれば命に関わる。
「ね、これ以上犠牲者が出る前に、やめようよ乙女さん」
悶絶し、手足を痙攣させているフカヒレを部屋の端にどかしつつ、重ねて進言する。
「し、しかし、敵に後ろを見せるわけには……」
「ナベ相手にプライドも何もないでしょ。今ならカニとフカヒレの死も無駄にならないよ」
「死んでない、死んでないもんね!」ドタバタとトイレから戻ってきたカニが吼える。
「なんだ、生きてたのかカニ」
「当たり前だっつーの。こんな話で誰が死ぬんだよ」
「蟹沢、よく戻った。で、敵の情報は?」乙女さん、まだやるつもりだ。
「いや〜、まさか海鮮のダシが染みたどうぶつカステラがあんな凶器に変わるとはね。ボクびっくりしちゃったよ!」
「そんなもん入れたのか、お前」
「なにしろ合法的にココナッツを抹殺できるチャンスだったからさ。張り切りすぎちゃったぜ」
というか、そんな具材を投入しておいて自分でいの一番に箸をつけるなんて、やっぱりコイツ馬鹿だ。
そのとき、俺の視界の端に誰かの手が映った。箸を持って、鍋へと伸びていこうとしている。
「や、やめろ!」俺は慌ててその愚かな自殺志願者の腕をつかんだ。椰子だった。
「椰子、死にたいのかお前!」
「しかし、食べ物を粗末にはできません」
「これは食べ物などという高尚なものではない! 見ろ、この禍々しい瘴気を。もはや立派なBC兵器だぞ」
「おいおいレオ、止めるなよ。せっかくココナッツが食うって言ってるんだからさ。こんな面白い見世物無いぜー♪」
「俺はこの家で死者を出すわけにはいかないのだ」


「け。つまんねーの。よかったなーココナッツ。ヘタレのセンパイのお陰で臆病者のレッテル貼られること無く回避できて。
内心ムネをすりおろしてんじゃねーのか、このチキンが」
カニが挑発するように悪態をつく。そして椰子はあっさりとそれに乗った。
「なんだと。……こんなナベ、どうってことない。それから胸すりおろしてどうする。撫で下ろすだ低脳」
「口ではなんとでも言えるからな。レオ〜、椰子サンは怖くて食べられないそうだから、このナベ処分しちゃって」
「待てカニ。センパイも捨てるの待って下さい。食べますから」
「おいおい、本気か椰子? これマジでヤバいぞ」
「食べます」
「うむ。その意気やよし! これぞ竜鳴魂!」
いや乙女さんも、そんな煽るようなこと言わないでってば。
「ムリすんなココナッツ。ボクは優しいから、怖気づいて逃げても見捨てないでいてあげるよ♪」
そう意地悪く言うと、カニは邪悪な笑みを浮かべた。
「黙れカニ。食べると言ってるだろ」
そういうと椰子は箸を握り直し、鍋に突っ込む。
「椰子、無理するなよ」
「五月蝿いです。臆病者は引っ込んでて下さい」
そう言って俺を恫喝すると、椰子は何かをつかみ出し、それを口に放り込んだ。
「ど、どうだ?」乙女さんが固唾を呑んで見守っている。
「兵器化、もとい平気か?」
「wktk」
「……」沈黙。目を瞑り、咀嚼している。
そして徐々に体が小刻みに震え始める。表情が苦悶に歪み、額に脂汗が滲む。
「え、と。……椰子さん?」
「あwせdrftgyふ、ッ……ッ!」
あ、踏みとどまった。
椰子は無言でカニに向き直ると、その頬を鷲づかみにした。
「いででで!! あ、あにひやはるほほなっふ!!」
悶えながらも、カニの頬を捻り上げつつ咀嚼をやめない椰子。
おお、根性だ! ここに真の漢を見た!


「頑張れ椰子、負けるな!」思わず応援してしまう。
「気合いだ! 気合いで飲み込むんだ!」
乙女さんも身を乗り出して椰子に声援を送る。
「へめー! ほっほほはなひやはれ、いはいいはい!」
椰子は体を小動物のように震わせつつも必死に嚥下しようとしている。
無論その死闘の間もカニの頬はいい感じに伸び縮みしている訳だが。
「……ッぷはぁぁッ」
ついに、椰子が勝利を収めた。ちょっと感動した。
椰子はカニから手を放し、肩で息をしている。
「いててて、あにすんだよココナッツ! 顔ばっか責めやがって。ボクの可愛い顔がそんなに羨ましいのかよ!」
カニの軽口に椰子はゆっくりと顔を上げると、鬼の形相で睨みつけた。
「この……カニ。……鍋に苺大福なんか入れるなぁッ!!」
い、苺大福。それはまた危険なものを。
「うお、なんだココナッツ逆ギレかよ!」
カニが椰子から距離をとりつつ言う。
というか、逆、なのか? 椰子にはキレる権利があるような気がするが。
「どうどう。落ち着け椰子。ほら」
「あ。ありがとうございます」俺が差し出したコップを受け取ると水を一気に飲み干した。
「大丈夫か?」
椰子はげっそりとした表情で答える。
「なんとか。実際死ぬかと思いました。……あとであのカニ殺します」
「すまん、椰子。私の判断ミスだ。ここまで酷いとは思わなかった」
遅! 乙女さん、気づくの遅すぎるよ! つーか、見た目で分かれ!
「ここは責任をとって、私も食べよう」
今度は何を言い出しますか、この人は。やっぱ今日の乙女さんはヘンだ。
「待って! それは駄目! これ以上被害増やしてどうするのさ。責任の取り方なら他にもあるでしょ!」
「いや。私は指揮官として、このナベと運命を共にしよう!」
言うが早いか、乙女さんは箸を無造作に突っ込み、何かをつかみ出すと何の迷いも無く口に入れてしまった。


「おぉお! さすが乙女さん、キモが座ってるぜ。どっかのヘタレ共とは大違いだ」
「カニお前はちょっとは反省しろ。って、乙女さん、大丈夫!?」
一瞬の沈黙の後、
「かっ! 辛ぁ〜〜〜〜ッ!!!!!!」乙女さんは顔を叫びながら文字通り火を吹いた。
「お、乙女さん!」
「しまった。きっとあたしが対カニ用に入れた辛子だけ餃子だ」
「てめぇ、そんなもん入れて殺す気かよ!」
「どの口が言うんだ。お互い様だ」
「と、とにかく水みず!」
「ハイ、乙女さん、お水デス♪」
とカニがすかさずコップを差し出す。珍しく気が利いてるな、ってオイ!
「カニ! そのコップさっきの……」
「ニヤリ」カニが不敵にほくそ笑んでいる。コイツ、わざとやりやがったな。
「んぐ、んぐんぐ……」止める暇も無く、みるみるコップが空になっていく。
「はぁっ……」酒を飲み干した乙女さんは大きく息を吐いた。
「だ大丈夫?」
「うう〜?」顔が真っ赤だ。目つきがオカしい。足元が覚束ない。
「なんらぁ? じしんか? ぐらぐらするろぉ〜!?」
そういうと乙女さんはふらふらとその場に倒れこみ、寝息を立て始めた。
「早! そして弱!」
俺と椰子は呆然と立ち尽くすしかなかった。
「いやー。こんな弱いとは予想外だけど、乙女さん可愛いねー。ふふっ、これで心置きなく酒飲めるな」
「この腐れカニが」椰子は諸悪の根源の頬を引っ張った。
「いがががが! いひゃいいひゃい、ふぁなへほのやろー!」
床には悶絶するフカヒレと酔いつぶれた乙女さんが横たわっている。本格的にナベが始まる前に死屍累々だ。
「よっしゃ、完成だ! いい具合に仕上がったぜ!」
重苦しい空気を破ったのは明るいスバルの声だった。
「ん、どうしたお前ら。……あれ、なんでフカヒレと乙女さん寝てるんだ?」
「お前……この騒ぎの間ずっとナベの仕込みやってたのか……」


「牡蠣(゚д゚)ウマー」
「おいカニよ。食うだけじゃなくて働け、アクを取れ」
「ヤダよ。めんどくさい。レオに頼めよ。あー、カニ(゚д゚)ウマー。酒も(゚д゚)ウマー」
「ちっ。しょーがねーな。あんま飲みすぎんな」
「本当にいいんですか。鉄先輩起こさなくても」
結局乙女さんは潰れたまま、起きなかった。
「仕方ない。努力はした」
揺すっても小突いても鬼平のテーマ鳴らしても起きないんだ。どうしようもない。
そんな訳で酔い潰れた乙女さんと死んだまま誰も触れようとしないフカヒレを除いてナベが始まった。
実際美味い。新鮮な具材にスバルの腕が加わって、美味いとしか言いようが無い。どんどん箸が進む。
「おいオマエラ、エビだのカニだのばっか食ってないでもっと野菜食え野菜」
「わかったよスバル」
「うっせーな。別にいいじゃんよ」
「おら椰子。ポン酢だけじゃなくてオレの特製ゴマダレも試してみろ」
「はあ。ありがとうございます」
「どうよ、オレが丹精込めて面取りした大根は」
……美味いんだが、スバルがうるさい。なんつーか、妙にイキイキしてる。
「伊達先輩って、ナベ奉行なんですね」
椰子が耳打ちしてくる。俺は苦笑しながら頷いた。
「コラカニ! 人の皿にネギ移すな! 自分で食え」
「えー。ネギなんざ食いたかねーよ。……って、やいバカレオ! てめそこにあったカニとっただろ!」
「あん? なんのことだ?」
「それだよ! そこの白菜の下にボクがキープしておいたカニ脚!」
「早いもの勝ちだ」
「く、後で覚えてろ。食い物の恨みは恐ろしいんだからな!」
「意地汚い奴」
「うっせーココナッツ!」
とまあ、美味いナベに舌鼓を打ち、適度に酒も入って食事は賑やかに進んでいった。


「っと、オマエラ、食ってばかりいたら鍋の中身が減る一方だろ。食ったらどんどん足していけ。材料はまだまだあるんだ」
「へいへい。何入れる? 牡蠣かタラの切り身か、スバル自作のトリ団子もあるな」
「なんでもいい。好きなもん入れろ。あ、火の通りにくいやつが先な」
スバルの号令で俺たちは思い思いの具をナベに投入していく。
「そこ、白菜入れ過ぎだ。水出んぞ水!」
「……好きな、もにょ……」
「お、乙女さん!?」
気配を感じて振り返ると、そこにはいつの間にか目を覚ました乙女さんが立っていた。――小脇に炊飯器を抱えて。
乙女さんはおもむろに炊飯器の蓋を開ける。中には炊きたてご飯が湯気を立てていた。って、まさかソレを!?
「させねぇっ!」
すばやくスバルがナベを死守せんと立ち上がる。奉行は必死だ。
「!」
だが、スバルが乙女さんを捕まえたと思った瞬間、乙女さんはスバルの背後にいた。
何を言ってるかわからないと思うが、俺たちは恐ろしいものの片鱗を味わった。
「ちっ、残像だとっ!?」
「乙女さんスゲー!」
「当て身」
酔っ払っているおかげでリミッターがかかっていない乙女さんの前では、いかにスバルといえど物の数ではなかった。
ナベ奉行、伊達スバルは当て身一発で沈黙させられた。
スバルを沈めた乙女さんは悠然と鍋に歩み寄り、炊飯器を持ち上げる。
「ストップストップ! 乙女さん酔ってるでしょ! 雑炊にはまだ早いって!」
「あんらと!? わたひは酔ってなろいない。らいいちしゃけにゃんかのんれにゃいからにゃ」
って、言ってるそばからますます呂律回ってねー!
「いちばぁ〜ん、鉄乙女ぇ、好きなものいれまっしゅ!」
「うわわわわー!」
抵抗虚しく、酔っ払い乙女さんは鍋に炊飯器の中身を投入した。一升炊きの米全部。
「う……」
「センパイ、どうします、コレ」


鍋はご飯でこんもり山ができてしまっている。捨てるとかいうとまた椰子が無茶するだろうし。
「ぐ、とりあえず上の方は炊飯器に戻すとして、後は食うしかないな。
アイアンストマック・乙女さんも起きたし大丈夫だろ……って寝てるー!?」
一仕事終えた乙女さんは幸せそうにまた寝息を立てていた。
仕方なく、俺たちは無事なご飯を炊飯器に戻していく。
だがそれでもかなりの量が鍋に残った。それほど大きな鍋じゃないのが不幸中の幸いか……。
「とほほ。海の幸を堪能する前にもう雑炊モードか」
もらった魚介類はまだ半分以上残ってるのに。
「でも雑炊うめーじゃん。ボクは好きだぜ」
「バカガニ。論点はそこじゃない」
スバルは完全に気を失っている。これでは仮に起きても戦力にはならなそうだ。
俺は追加の毛布を持ってきて床で目を回しているスバルにかけてやる。
「しゃーねー。フカヒレ起こすか?」カニが雑炊をよそりながら提案する。
「ああ。そんなのもいたな」
「駄目ですね。フカヒレ先輩も起きません。一体何食べたんでしょう」
と、フカヒレをモップでつついていた椰子が肩を竦めて言う。
「カニ、さっきの闇鍋、他に何入れた?」
「んー。他に? ナタデココとシュークリームとまるごとバナナとそれからえーと」
「いや、もういい」なにそのコンビニのデザート売り場。
「いででででで! はなひやはれ!」
「で、どうします?」椰子がカニの頬を引っ張りながら訊ねる。
「多分、金ダライを頭に落としてやりゃすぐ起きるんだろうな」
「なんですそれ」
「何があったか知らないが、フカヒレは昨年末から極度に金ダライを恐れるようになったんだ」
「つくづく使えねーなフカヒレは。ここはボクがこのゴミの分も根性見せてやんよ!」
そうだな。とにかく食わないことにはどうしようもない。
俺とカニ、椰子は絶望的な戦いに身を投じていった。
そして30分後、カニが脱落。小さな体でよく頑張った。感動した!
「ち、小さいは、余計、だ……そして、微妙に古い…ガク」
……モノローグに突っ込むな。


「……二人だと全然減らないな」
ナベにはまだたっぷりと雑炊が残っている。ゴールは一向に見えてこない。
「でも食べ物を粗末にはできません」椰子が真顔で言い切る。
ハイハイ。そうですとも。
「とにかく食うか」ため息を一つ吐き、諦めて箸を持ち直す。そろそろ腹も限界だけど。
「そうですね。夜は長いですし。食べてる間に誰か復活するかも知れません」
「期待せずに待つか……。うわ、そんなに盛るな、自分のペースで食うってば!」
……その辺りから記憶がない。次に目が覚めたのは丑三つどきを過ぎてからだった。

「……う、ぅん?」
目覚めて辺りを見回すと部屋のあちこちで乙女さん、スバル、カニ、フカヒレが横たわっている。
「あ、そうか……ナベやって、乙女さんの強制雑炊食ってる途中だったんだ……」
つーかまだ胃が飽和状態だ。
「目、覚めましたかセンパイ……」
「ああ、椰子……ってお前、ずっと食ってたのか!?」
あれからかれこれ三時間は経っているぞ。
青い顔しながら雑炊を黙々と口に運んでいる椰子。もはやその動きは機械的だ。
見るとナベの雑炊はほぼカラになっていた。
椰子は口元だけで笑みを浮かべると、そのままテーブルに突っ伏した。
椰子……ムチャシヤガッテ……。英霊に敬礼。
椰子に毛布をかけてやってからハタと気づく。あぁ、起きてんの俺だけじゃん。
「しょうがない。片付けるか……」
と、鍋に手をかけたそのとき、
「あああああぁ〜〜っ!!」
突如、背後で起こった咆哮に慌てて振り返る。
そこには再び目覚めた乙女さんが幽鬼の如く立っていた。


「あ、乙女さん。起きたの?」
「起きたの? じゃない! レオ、これは一体どういうことだ!? みんな食べ終わっているじゃないか!」
「……え」
「伊達も蟹沢も椰子も鮫氷も満足そうに寝ているし! お前たち、私を除け者にしたのか?」
あれ、ひょっといしてこの方なにも覚えていらっしゃいませんか?
「の、除け者って。乙女さん酒に酔って寝ちゃって起きなかったから」
「何を言う。私が飲酒などする訳がなかろう。大体、寝ていたのならばなぜ起こさない!?」
「お、起こしたよぅ」
「起こしてないぞ。 現に私が起きてないじゃないか」
「そんな無茶な……」
「自分たちだけナベとは、さぞ美味かっただろうな。
……別に食べられなかったことを怒っているんじゃないぞ! ほんとだぞ!」
そんなに食べたかったのか。
「いや、ちょっと待って乙女さん。こっちも大変だったんだから、言い訳くらいさせて」
「ほう。何か弁解があるのか?」
「そうだよ。あのね、」
「んうぅ〜。レオ〜ボクもう食べられないよぉ〜……ムニャムニャ……」
ちょ、おまっ! このタイミングでその寝言はナシだろ! 火に油だぁ!
「……」乙女さんの無言の圧力を感じる。
このカニ……わざとか!? わざとなんだな! 絶対そうだ。俺を陥れようとしてるな!
「お姉ちゃんを仲間はずれにした報いを受けるがいい!」
乙女さんの蹴り足が俺に迫ってくる。瞬間、俺の脳が脳内麻薬を作り出し、周囲がスローに……。
これが神の領域ッ!

ひとしきり俺に制裁を加えた後、乙女さんが言った。
「……ふむ、いい汗をかいた。さて、材料も残っていることだし、今夜もナベにするか」
俺はボロボロの体に鞭打ち、マッハの速度でスライディング土下座を敢行した。
「ナベはもうカンベンしてください!!」
「どうした? 根性無しだなぁ」


(作者・れみゅう氏[2006/02/16])

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