私に、怖いものなど無かった。
やられればやり返せばいいし、突き落とされればまた這い上がればいいだけ――。
一般的に人間が怖がる『死』さえも、嫌だと思っても怖いと感じたことは無い。
17年間生きてきた今日まで、私はただの一度も恐怖という感情を認識したことは無かった。


気になる男の子がいる――。
そう表現すると乙女ちっくだが、そんなに濃い感情ではないと思う。
日常生活の端々でちょっと目に留まって、
近くにいると、ついちょっかいを出したくなる――その程度の存在。
恋だとか愛だとか、そんなロマン溢れる感情じゃないはず。
なのに――。
用意してしまった。
2月14日。
日本中の多数の女性が男に媚を売り、チョコレートの甘い匂いが充満するこの日。
よりによって私が、この霧夜エリカが。
ただ一人の男の為に、これまたよりによって、手作りのチョコレートを。


「エリーっ! おっはよー!」
トレードマークのえび型に結んだ髪を揺らしながら、遥か後ろから親友の佐藤良美が走ってきた――。
珍しい。
よっぴーはいつも時間に余裕を持って登校する。
だから校門の近くで走るということをしないし、私を見つけてもどうせ教室で会うから、
よほど距離が近づかない限り、走ってきたりはしない。
「……っつ、…やっと追いついたっ。あ−、疲れたっっ」
肩で息をしながら、私の隣で歩調を合わせる。
「おはよ、よっぴー。珍しいね、大声上げて走って来るなんて」
「うん。今日はね、ちょっと特別な日だから……あ、大丈夫だったかなぁ」
鞄とは別に持っている大きな紙袋の中を、心配そうに覗き込む。
「何? ああ、ひょっとしてチョコレート? ありがとう、今年もくれるんだ」
当然のように私は言ったが、本当に当然なのだ。
去年は知り合って最初のバレンタインだったから、自らねだってチョコをもらったが
今年は言わなくてもくれるだろうと推測し、あえて口には出さなかった。
それにこの竜鳴館で、よっぴーにとって私以上の存在などありえないはず。
だから当然、紙袋の中のチョコの受取人は私以外に考えられなかった。
「あ、もちろんエリーの分もちゃんとあるよ。はい、大好きなゴティバのチョコレート」
「……も? 『も』って、他にも誰かにあげるの?」
甲斐甲斐しくゴティバの箱を差し出すよっぴーが持っている紙袋に目線を移すと、
私のチョコを出しても尚、ふくらみがあった。
「あ……そっか、エリーには……言ってなかったね……」
真っ赤に染まった可愛らしい顔を私の耳元に近づけて、よっぴーはささやくような声で耳打ちをした。
「……くんに、あげるの」

その後教室に入るまでの間、よっぴーは私好みのゴティバをインターネットの通販で
いかに苦労して手に入れたかの体験談を語ってくれていたが、上の空の私の耳には入らなかった――。

その男の名前は、『対馬レオ』。
奇しくも私が今日チョコレートを渡そうとしている相手、その人だった。


「まいったなぁ……」
竜宮に行く廊下の途中で、私は今日、推定20回目のため息をついた。
結局まだ放課後になった今も、私は対馬クンにチョコを渡してはいなかった。
欲しいものは手に入れる、邪魔する者がいれば排除する。
それが例えどんなに仲が良いよっぴーでも――。
それが私のやり方……のはずだった。
だけど、やっぱりよっぴーは他の人間とは違う。よっぴーだけは違うと思う。
私の中ではかなり特別な位置にいて、私の人生に重要な役割を持っている人物だ。
それによっぴーを傷つけてまで対馬クンを手に入れたいかと問われると、それもまた疑問なのだった。
チョコが入った紙袋を手にしたまま、竜宮のドアを開けた。
この紙袋は誰かに見つかると面倒なことになるので、今日はなるべく持ち歩いているようにしている。
「ナマステー(こんにちは)」
今日はヒンディー語で挨拶をしてみた。
「オタスケー」
訳のわからない返事を返してくるのは、蟹沢きぬことカニっち。
あと部屋にいるのは、鉄乙女こと乙女センパイと、椰子なごみことなごみんの二人。
「あれー、三人だけ? あとのメンツは?」
「んとねー、スバルは陸上でしょ、フカヒレはギャルゲー声優のラジオの公開録音で〜、
祈ちゃんは今日テレビで『ふ菓子王選手権』があるからリアルタイムで見れるようにって
早く帰ったよ〜」
あとの二人は聞かない方がいい理由だった。
「あっ!ねぇ、姫! レオ、レオはっ!?」
「え、対馬クン? さぁ、見なかったわよ」
本当は、知っていた。
対馬クンは今、よっぴーがチョコを渡すために屋上へ呼び出している。
なぜか今日は対馬クンが休み時間に速攻でいつもどこかへ行き、
授業開始ギリギリになったら帰ってくるという奇行を繰り返していたので
放課後になるまでつかまらなかったらしい。
「あいつ〜っ、今日一日中逃げ回りやがって!! ボクの手作りチョコから徹底的に逃げる気だな!!」


「それはセンパイが正しい。おまえの作ったチョコはトリカブト並みに危険だ」
「うっせーココナッツ!! てめーは鍋に入ってチョコと一緒に湯せんされとけ!!」
いつもながら汚濁にまみれる言葉のやり取りの中、乙女センパイは一人黙々とチョコを食べていた。
「乙女センパイ、それ、全部もらったんですか?」
「ああ、有難い事だ。全て美味しく頂くぞ」
托鉢を受けたお坊さんのように合掌し、乙女センパイはまた黙々とチョコを食べ始める。
彼女が座っている椅子の後ろには、鞄と一緒に六つほど大きめの紙袋が置いてあった。
「これはまた……」
一つの紙袋に二十個と計算しても、軽く百個はある。
広義的な意味合いで博愛主義者、かつ律儀な乙女センパイは、くれるチョコを拒まない。
私なんかは男女問わず、相手が好みじゃないタイプだと判ったとたん
受け取るどころか近寄ることすら許しはしない――。
まぁこれが生徒会長という威厳がある地位を確立しているにもかかわらず
敵を多く作っている原因の一つでもあるのだろうけれど。

「皆は誰かにチョコあげないの?」
単純に、興味があった。
「ボクは幼馴染ズやね。スバルとレオは何だかんだで世話になってっから、ちゃんと手作り。
フカヒレは製作過程で出来た失敗した分」
ただでさえ伝説的に不味いと言われているカニっちの料理の
更に失敗した分を、フカヒレ君は食べさせられるらしかった。
「バレンタイン……。一年で一番キモイイベントです」
こちらは予想通りの返答。だけどこういう普段そっけない人間に限って
付き合いだしたら特大のハート型チョコケーキとか作ってきそうな気がする。


「……乙女センパイは? 対馬クンとかにあげないんですか?」
乙女センパイはさっきから次々と口の中にチョコを入れているので
こちらが話を振らない限り、ろくに会話さえ成立しない。
「鉄家にはバレンタインに家族にチョコを贈る習慣は無いぞ。
それにレオは可愛い弟だが、恋愛対象ではないしなぁ……。
レオには『あげる』というより『分ける』だな」
手作りらしきトリュフを指で押し込みながら、目線だけを紙袋に移す。
「なるほど、さすがの乙女センパイもこれだけの量は食べきれないんですね」
「まあな。朝食、昼食、夕食の三食全てをチョコにすれば、二日もあれば片付くのだがな。
やはり日本人の主食は米であるべきだろう。栄養も偏るしな」
「……」
チョコ通を豪語する私でも、「三食チョコレート」という発想は浮かばない。
やはり乙女センパイは常軌を逸した存在なようだった。

「くるくるパーマンココナッツの相手したらのどが渇いたー。誰かお茶入れてー」
カニっちが足をばたばたさせながら、机に突っ伏す。
「自分で入れろ、カニ道楽。それに私に変なあだ名をつけるんじゃない」
なごみんがにらみをきかすと、カニっちが『死ねぇ』などと低レベルな反撃をした。
「言われてみれば喉が渇いたな。椰子、悪いがお茶を入れてくれないか」
『ちっ…』と小さくつぶやいて、なごみんは渋りつつも席を立つ。
基本的に上級生にも反抗的ななごみんも、乙女センパイの指示なら大抵いうことをきく。
「鉄先輩は熱い緑茶、お姫様は温めの紅茶ですね」
「ちょっとまった、おい、ココナッツ! 何でボクには聞かねーんだ!」
「おまえは公園の冷えたベンチで凍った青汁でも飲んでろ」
「はいはい、じゃれあいはきりがないからそこまで!
なごみんも大人気ないこと言わないで、ちゃんとカニっちにも入れてあげる」
――結局なごみんは、自分にはコーヒー、カニっちにはココアを入れ
四つの種類と温度が違う飲み物を、器用に入れ分けたのだった。


「どうしたんだ姫、具合でも悪いのか?」
それぞれ渡された飲み物を飲み干し、まったりしている中
冷えたカップをもてあそんでいた私に、乙女センパイが聞いてきた。
ちなみに彼女はまだチョコを食べ続けている。
「ん〜……考えてたんですよ。改めて思うと、よっぴーって
クラスや生徒会っていうか、ぶっちゃけ私にとって貴重な存在だなぁって」
さっきぶつくさ小声で文句を言いながら飲み物を入れているなごみんを見て、改めて考えた。
よっぴーは普段あれ以上のわがままを、当然のように全てきいているのだ。
「お前……まさかとは思うが、そんな当たり前の事に今頃気がついたんじゃあるまいな?」
呆れと困惑と、ほんの少しの哀れみを含んだ――乙女センパイはそんな顔をしていた。
そのいかにも『可哀相に』という表情が、私をムッとさせる。
「そりゃ私だって、いつもよっぴーには感謝してますよ? でもよく考えてみれば、
よっぴーより頭の良い子も、よっぴーより私好みの顔の子もいるし。
どうしてここまで仲良くなったのかなって」
「それはズバリ、『忍耐力』だ」
乙女センパイは紙袋に手を伸ばしながら、新しいチョコの箱を開け始める。
私が見ている間だけでも、さっきから軽く十箱は食べていた。
「確かにお前の言う通り、佐藤より頭の良い人間も、佐藤より可愛い子も山ほどいるだろう。
だが、お前の傲慢で奔放な行動に付き合える人間は、この世に佐藤しかいないぞ」
まるで世界中の全ての人間と私の相性を熟知しているかのごとく、乙女センパイは言い切った。
「私だってお前は嫌いじゃない、気も合うし、大事な仲間だと思っている。
だけどそれらを前提に置いたとしても、佐藤のようにお前と全て行動を共にしろと言われたら、
もって一日が限界だぞ」
「ボクは半日かな。姫と一緒にいるのって楽しいけど、わがまますぎ〜」
「佐藤先輩は、ハッキリ言ってマゾです」
散々な言われようだった。


「私って、そんなにわがままなのかな」
しいん……という音が聞こえてきそうなほど、部屋が静まり返る。
こう言うとまたブーイングの矢が飛んできそうだが、私は私なりに気を使っている。
特によっぴーには始終私と一緒にいる分、他の人間に対してよりは、一層気を使っているつもりなのだ。
「……佐藤から聞いたんだが、お前、夕飯に本場の上海料理が食べたいからといって
その日に無理やり自家用ジェットに乗せて、上海まで連れて行ったことがあるそうだな」
「朝の四時にどうしてもよっぴーの胸が揉みたくなったからって合鍵でマンションに忍び込んで
嫌がるよっぴーを縛り付けて朝まで揉みまくったっていうのも聞いたことあるよ」
乙女センパイとカニっちが、それぞれよっぴーから聞いた話を話し始めた。
「でもそれって、嫌だったら断ればいいだけの話だと思うけれど」
私は反撃した。その為に口だの意思だのというものが存在するのだ。
「例え佐藤が嫌だと言っても、どうせ姫は強制的にやるんだろう」
「二つ目においてはいきなり縛り付けたんですから、拒否権なんて無いと思いますけど。
……というか、モロに犯罪です」
私の反論にも動じる事無く反論し返す乙女センパイとなごみんを尻目に、珍しくカニっちが
歯切れが悪そうにつないだ。
「ん〜、だからさ〜。姫はその辺、多分一般人と感覚が違うんだよ。
まぁそれが姫の持ち味っちゃ〜、持ち味なんだけど」
「……感覚が違うって?」
「そんな一般常識に外れる要求は、しないのが普通だ。
どうしても自分の無茶に付き合って欲しければ、最大限、相手の予定や体調を考慮に入れて
頼んでみる。それが例えどんなに気心の知れた親しい間柄の人間であっても、だ」
乙女センパイがカニっちの発言を受けて意見をする。
「……ちょっと待ってよ、『一般常識に外れる要求』って……
私と一緒に上海まで無料で行けて、本場の上海料理まで食べられるのよ?
どこが無茶な要求なの?」
「……もうお姫様のわがままは、人類の常識を超えています」
無表情で呆れかえるなごみんと一緒に、乙女センパイももう食い下がってはこなかった。


「とにかく、佐藤だって感情の無い人形やロボットじゃないんだ。
姫の常軌を逸した言動で、深く傷つけたり怒らせたりするようなことだけはないように気をつけろよ。
そうじゃないと、いつか見捨てられるぞ」
「よっぴーが私を見捨てる? ぜ〜ったい、ありえない!」
顔と口調でせせら笑ったが、心の中でもせせら笑った。
そんなことはタコの足が百本になったってありえない。
「佐藤先輩みたいなタイプって、本気で怒らせたら手がつけられないと思いますけど」
「ほれほれ姫、試しに想像してみ? 『も〜エリーなんか、だ〜いっきら〜いっ』って」
カニっちがくねくねしながらよっぴーの真似をする。悲しいくらい似ていなかった。
そんなことはありえない――そう思いながらも、少しだけ想像してみた。
斜め45度で上目遣い、いつもと違う態度で、いつもと違う冷たい口調で――。

『エリーなんか大っ嫌い――死んじゃえ』

一瞬、心が固まった。
鼓動がほんの少し早くなり、手と足に鳥肌が立つ。
生まれてから体験したことの無い不快な感情が、体を包む。
この感情の名前はわからないけど、これがいわゆる『恐怖』ってやつなのだろうか。

「ん〜〜っっ!!」
私はわざとその場で大きく伸びて、何事も無いように振舞った。
これが世間一般で言う『恐怖』という感情だったとしても
この私が、霧夜エリカが、人に嫌われた事を想像したくらいで恐怖を感じたなんて、
他の誰にも知られるわけにはいかない。
「ふぅ、今日は何だか分が悪いなぁ。私、いじられキャラになってるじゃない。
らしくなさすぎ。とりあえずもう帰るから、あと戸締りとか御願いね」
笑いながら、鞄とチョコが入った紙袋を持って席を立つ。
なごみんとカニっちのだらだらとした別れの挨拶を聞き流しながらドアを開けた時
乙女センパイが最後に声を掛けてきた。
「姫、くどいようだが佐藤のことは大切にしろよ」
私は返事の代わりにひらひらと手を振りながら、竜宮を後にした。


茜色の夕焼けが、校庭を包む――。
冬の夕暮れは闇に包まれるのが早い為か、陸上部や野球部も残っているのは
後片付けをする一年生らしき姿のみとなっていた。
「あ」
その時になって、対馬クンに渡すはずだったチョコの存在を思い出した。
どうしよう――。
結局雑談ばっかりしていて、竜宮でその事について考えるのを忘れていた。
家に帰って捨てるという線も考えたが、それは止めた。
誰かの為に自分のやろうとしている事を止めるなんて、私らしくない。
よっぴーにはちゃんと話して、渡すだけ渡そう。
何もチョコを渡したからって付き合うわけじゃないし。
そうと決まれば善は急げ。よっぴーが屋上に呼び出してしばらくは話をしていたはずだから
運が良ければまだ学校の中にいるはず――。
校内へ探しに行こうと、くるりと踵を返して振り向いた。

――よっぴーが、無表情で立っていた。

「エリー、いた」
にこり、と口角だけ上げて、取ってつけたような笑顔を作る。
「一緒に帰ろ」
そのまますっと私の隣に移動して、よっぴーは前を向いたまま歩き出した。
「つっ……対馬クンは?」
情けない事に、私はそう言うのが精一杯だった。
手足こそ震えてはいなかったが、さっき竜宮で体験したのとは比べ物にならないほど
心臓の鼓動が早くなっている。
「うん。今日はね、鉄先輩と帰る約束してるって。鉄先輩が山のように
チョコレートもらって一人じゃ持ちきれないから、対馬君も手伝うんだって」
焦点が定まらない目で前を向いたまま、よっぴーはくすくすと笑っていた。
「それに、エリーのことも気になってたから。今日は一緒に帰ろうと思って」
「……私の事?」


よっぴーは私の問いには答えずに、自ら話題を変えた。
「とりあえずね、友達からってことになったよ。
対馬君、今好きな人はいないけど、すぐに答えを出すのは難しいって。
でも私の事は嫌いじゃないから。様子見で、友達からって事で」
足元にある小石を蹴りながら、よっぴーは下手な役者の棒読みのように続けた。
「上出来だよね。私、対馬君本当はエリーのこと好きなんじゃないかって思ってたんだ。
断られると思ってたから、すごく嬉しいんだよ」
両の手の平を合わせ、いつもの可愛らしい仕草をする。
抑揚の無い台詞と愛らしい仕草のギャップが何ともいえず、私を不快な気分にさせた。
「よっぴー、あのね、私ね――」
「エリー、聞いていいかなぁ」
よっぴーは私の台詞をひときわ大きな声で遮断し、立ち止まった。

「その紙袋――何が入ってるの」

返事を待たずして、私の手からよっぴーは紙袋をひったくるように奪い取った。
「朝からずうっと気になってたんだ、でもエリー、いつまで経っても見せてくれないから」
対馬クン宛のチョコに、私はメッセージカードというものを入れなかった。
面倒臭いというのもあったし、好きだの愛してるだのとカードに書くのは
私のキャラじゃないとも思ったからだ。
だけどバレンタインデーには、皆が学校へチョコを持ってくる。
間違えて持っていかれては困るので、包装した上に『対馬クンへ』と書いたメモ
を貼っていた。
だから紙袋の中を見られれば、誰に宛てたチョコかはすぐに判ってしまう。
よっぴーは薄ら笑いを浮かべながら、紙袋からチョコを引きずり出した。
そして『対馬クンへ』というメモを手に取ったまま、表情を固めた――。


泣くか、怒るか――。
どちらにしても、とりあえずは謝ろうと思った。
いくらでも言い出すチャンスはあったのに、それを言わないでズルズルと延ばして
今に至っているのは、どう考えても私が悪い。
そしてよっぴーに謝った後に、予定通り対馬クンにチョコを渡そう――そう考えていた。
しかしよっぴーは、予想もしなかった台詞を私に投げかけた。

「なぁんだエリー。このチョコレート、私宛てだったんだ」
そう言って一点の曇りも無い、満面の笑顔で笑った――。
――人の笑顔が怖いと思ったのは、生まれて初めてだった。
「……えっ、あ……よっ…っぴー……」
「しかもこれ、手作りだよね? うれしいなぁ、エリーの手作りのお菓子なんて
調理実習じゃなかったら、初めてだよねぇ」
演技には見えず、本当に心から嬉しそうに笑っている――。
なのによっぴーの手は、持っているメモを凄い速さで破っていた。
そして『対馬クンへ』という字が復元出来なくなるくらい細かく破った後
足元にその紙片をちらし、靴で何度も踏みにじっていた。
その頃にはもう私は、言葉を発することも出来ないほど怯えきっていた。
「ねぇ、エリー。今日は泊まっていってよ。せっかくエリーが作ってくれた
チョコレート、一人で食べるのもったいないもん。一緒に食べよ?
お夕飯も、お礼に腕によりをかけて作るから」
土がへこむほど紙片を踏みにじった後、よっぴーは私の腕に甘えるようにからみついてきた。
「……っつ、いたっ……」
からみついた腕の制服の上から、凄い力で爪を立てられる。


「私ね、エリー。エリーの事、大好きだよ。女の子同士でヘンかもしれないけど
愛してるっていっても言い過ぎじゃないくらい、大好き。
エリーはいつもキラキラと輝いているし、私のアレを知っても嫌ったりしないし……。
だからね、どんなにわがまま言われても、振り回されても、機嫌の悪い日に八つ当たりされても、
絶対にエリーの事、嫌いになったりなんてしないよ」
「つっ……っ……」
制服の生地を挟んでいるにもかかわらず
食い込んだ爪が皮膚を破り、ついに腕から血がしたたり始めた――。
「だからね、エリー」
よっぴーは、ぐいっと引きちぎるかの勢いで私の耳たぶを引っ張り、
自分の口元へ引き寄せ、低い声でそっとささやいた。


「対馬君を――取らないでね」


怖いものは、愛しいもの。
愛しいものは――怖いもの。


(作者・名無しさん[2006/02/16])

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