(ピシャーン!ゴロゴロゴロ…)
「雷、か…これからのことを暗示しているかのようだぜ」
「ああ…今年もこの日が来てしまったか…」
「いいか?恨みっこナシだからな」
学校から帰った俺達3人は、じっと部屋で待ち続けていた。
今日は2月14日、ご存知バレンタインデー。
女子が男子にチョコレートをプレゼントする、恋人達のための素晴らしい記念日だ。
しかし、俺達にとっては恐怖の日でしかなかった。
なぜならば…カニから殺人チョコをプレゼントされる日なのだから。
フカヒレでさえこの日にチョコをもらえるのは、カニのおかげでもある。
普通に考えれば今頃家で寂しく現実逃避しているのだろうが、一応こんな奴でももらえるのだ。
今年は生徒会メンバーがとりあえずという形で俺達3人にチョコをくれた。
佐藤さんのチョコが俺に対してのみ豪華だったことは記憶に新しい。
さて、乙女さんは学校では照れくさいのか、帰ってから俺の部屋で渡すということになった。
結果的にカニと一緒に渡すという寸法だ。
「おーっす!冴えないオメーラのために、天使がチョコを持ってきてやったぜー!」
「すまんすまん。待たせたな」
いつもの調子の声と共に2人が部屋に入ってきた。
俺達には2人が悪魔のように見える。
カニの手にはチョコが入っているであろう小さな箱が3つある。
可愛い包装紙で包まれているが、俺達にはそれがパンドラの箱であるようにしか見えない。
乙女さんはというと、包装紙で無理矢理包んだだけの無骨なデザインのもの。
若干手が震えているのは雷のせいだろうか。
「さあ、私達からのプレゼントだ。遠慮なく受け取れ」
受け取っていいのかどうか躊躇いながら、俺達はプレゼントを手に取った。
「よし、それじゃそういうことで…今日は解散だな」
そう、いつもならカニにチョコをもらってからすぐに解散のはずだった。
とはいえ、本当に解散するわけではない。
3人のうち誰か1人を処分役にするという、俺達の年中行事なのだ。
カニがいなくなってからくじ引きを行い、ビリのやつがチョコ3つを食べる(もしくは処分する)ことになっている。
最初はちゃんと全員が食べたのだが、あまりの悲惨さに恐怖を覚えた。
俺たちが出した結論は『1つだろうが3つだろうが同じ』というものだ。
解散しようとするとカニは、
「まったく、ボクの目の前で食べるのが照れくさいのか?可愛いやつらだぜー」
とか言って家に帰っていくのだ。
今年もそうなる…はずだった。
そう、今回は乙女さんというイレギュラーが存在するのだ。
「おいおい、なぜ解散するんだ。どうせなんだから、私達の目の前で食べてもらいたいな」
「そーだぜ。いつもボクの前じゃ食べてくれなかったもんなー」
なんてこと言うんですか、乙女さん。
それは俺達に『死ね』と言ってるようなもんですよ。
ほら見てよ、スバルですら脂汗が出てるじゃないか。
「それとも、私のチョコが食べられないとでも言うのか、お前達は」
「いや、その…そういうわけでは…」
「だったら、早く食べろ」
多分ここで撤退をすれば、それはそれは恐ろしい制裁が待っているに違いない。
それはそれで恐怖だ。
「…食べるか、スバル、レオ」
「ああ…」
結局俺達は食べるほうを選択した。
食べなければ『目上の者から受け取ったプレゼントを何だと思っている!』とか言って蹴りが飛んでくるだろう。
それも、いつも以上に容赦なく。骨の1本や2本では済まないだろう。
「そ、それでは…」
まずは乙女さんのチョコに恐る恐る手をのばした…
包装紙を取り払って現れた中身は、三角のチョコが一つ。
これは要するに…
「おにぎり?」
「ああ、そうだ」
ニコっと笑う乙女さんだが、俺達は改めて恐怖を感じていた。これは完全に想定外だ。
だって、よく見るとチョコにブツブツができているんだもん。
それが米であることはすぐにわかった。
おそらくはこういう過程でできたものであろう。
1.米を炊く
2.炊いた米におもむろに市販の板チョコを突っ込む
3.思いっきり混ぜ合わせ、米が茶色になったら握る
4.後は冷やして固めて完成!
なんなんだ、この世にも奇妙なおにぎりは。
絶対マズイじゃん!
「さあ、早く食べるんだ」
すっごく嬉しそうな乙女さん、対する俺達は全身に脂汗。
仕方がない、ここは意を決して食べるとするか!
「「「いただきます!」」」
気合を入れて3人同時にかぶりつく。
そして…
「ひでぶ!」「ちにゃ!」「うわらば!」
当然のように3人同時にダウンした。
乙女さんはどうしたんだという顔でキョトンとしているが、何を思ったのか、
「そうかそうか、倒れるほどうまかったのか!よしよし、正直だなお前達は」
そんな図々しいことを嬉しそうに言ってのけた。
俺達はさらに目撃してしまった。
チョコおにぎりの中にイクラが入っていたことを…
乙女さんとカニに水を持ってくるように頼み、その隙に俺達は殺人おにぎりをわからないように処分した。
具体的に言うと、置いてあった古新聞で何重にも包んだ後にファ○リーズをしてクローゼットの中にポイ。
これなら乙女さんでも気がつかないだろう。
後で松笠公園まで埋めに行かないとな。
乙女さんには悪いが、あんな劇物は人類のためにも処分するのが妥当だろう。
「ほら、水だぞ。なんだ、私達がいないうちに全部食べてしまったのか」
乙女さんとカニが部屋に戻ってきた。何とか気づいてはいないらしい。
水を受け取った俺達は、それを貪るように飲んだ。
途端に力が湧き出てくる。ただのミネラルウォーターのはずなのに。
しかし、真の闘いはこれからだ。
「おーし、次はボクのチョコを食べてくれよな!」
自分で勝手に箱を開けてしまったカニ。
そこには今までに見たこともないオーラを放つチョコがあった。
おそらく、人間の負の感情を固めるとこんなカンジになるのかもしれない。
メインイベントはこれだ。
さっきのなんかは前哨戦にすぎない。
乙女さんが前座だとは、恐るべし蟹沢きぬ。
逃げる事ができない以上、俺達はこれに対し真っ向からぶつかっていかなくてはならない。
チョコ×3 VS 俺・スバル・フカヒレ、6人タッグマッチ時間無制限1本勝負の幕開けだ。
「いくぜ、フカヒレ…」
「ああ…スバルは大丈夫か…?」
「フッ…俺はお前らに会えて本当によかったぜ…」
今から死地へ向かう3人。苦楽を共にした仲間と共に、俺は死ぬ。
こいつらと一緒なら、俺は寂しくなんてない。
(あっちでも、仲良くしような)
そう思った俺達は、3人一緒にチョコを口に入れた…
翌日…
「出席をとりますわ。みなさんいらっしゃいますか?」
「先生、対馬と伊達とフカヒレがいねぇだ」
「欠席するとは、病弱なやつらだなー。少しは我輩を見習えー」
「どうしたのかしら。もしかして、昨日のチョコに誰か毒でも混ぜたんじゃないの?」
「せやったら、鮫氷君は休んだりせぇへんと思うけどなぁ。もらえるわけないんやし」
「それもそうネ。全然説明がつかないネ」
「まさかよっぴーが…」
「そ、そんなことしないよう!」
俺達は1週間、40度の高熱と吐き気、頭痛に悩まされた。
一応病院には行ったけど医者は、
「うーん、風邪ではないんだけどねぇ…どうしたものか」
と言っていた。
とにかく、カニのチョコは想像以上のモノであった。
体内が核の炎に包まれ、血液は枯れ肌は裂け、あらゆる消化器官が絶滅するところだった。
しかし、その苦しみを乗り越え俺達は何とか生き残った。
今、俺は窓の外から差し込む太陽の光を目一杯に浴びている。
スバルとフカヒレも同じ事をしているだろう。
生きていることのすばらしさを噛みしめながら…
(作者・シンイチ氏[2006/02/10])