時は江戸…
長かった鎖国が終わり、外国文化の波が押し寄せてくる時代…
役職に女性を起用するなど、男女平等の風が吹くころとなってきた。
もはや男尊女卑という言葉は時代遅れとなったのである。
それの兆候はここ、対馬家でも見られるのであった。
「おい、起きろ。さっさと朝食を食べて支度をするんだ」
「わかったよ、乙女さん…ふぁーあ…」
「言っておくが、奉行所で乙女さんなどと呼んだら制裁だからな」
寝ぼけ眼を擦り付けるのは町方同心であり、対馬家の次期跡取り・対馬レオ。
名前が片仮名なのはご愛嬌だ。
両親は鎖国が終了するとすぐに海外へと見聞を広める旅に出かけ、家のことはレオに任せてしまったのである。
そして彼と同居をしているのは、対馬家の遠縁にあたる旗本の鉄家長女・鉄乙女。
武術の達人であり、若くして町方与力に選ばれたほどの才女である。
レオの両親から『息子を頼む』と言われ、結果として同じ屋根の下で暮らすこととなったのだ。
「ほら、朝のおにぎりだぞ。こっちの包みは、今日の昼のおにぎりだからな」
「うん、ありがとう」
すぐにたいらげると、素早く身支度を始める。
いいかげんにおにぎり以外のものを食べたいものだと、レオは思った。
「よし、忘れ物はないな?…っておい!お前、刀を忘れてるじゃないか」
「あ、しまった」
「まったく…それでは武士の名折れだぞ。早くとってこい。
 私は先に行っているぞ。朝の会議に遅れないようにな」
やれやれと肩をすくめる乙女。
ちなみに、彼女が持つ刀『地獄蝶々』は奉行・橘平蔵から譲り受けた由緒ある一品である。
バタバタと急いで刀をとってきたレオは、乙女の後を追いかけて屋敷を後にした。


奉行所までの道のりを歩くレオに声をかける長身の人物がいた。
「おっす、レオ」
「ああ、スバルじゃないか。おはよう」
レオと同じく同心である伊達スバル。
父親は浪人であり、毎日フラフラと歩き回っては酒を飲むダメ人間の見本のような人間だ。
無論、父親が原因でスバルが同心であることに異を唱えるものは少なくなかった。
しかし、それを庇ったのは他でもない、レオと乙女であった。
以来、スバルについて文句を言う者はいなくなったのである。
二人はかけがえのない友人であり、その絆は親子以上に固い。
「さっさと行こうぜ、スバル。遅れると乙女さんに何を言われるかわかったもんじゃない」
「そうだな。それじゃ、急ぐとしますか」
そう言ってから、二人は駆け足になった。
無事時間にも間に合い、早速自分達の仕事場へと向かう。
その途中の廊下で、同僚の村田洋平と出会った。
「遅かったな、お前達。また遅刻ギリギリだぞ」
「ちょっと忘れ物があったんでな。
 それはそうと、お前確か奉行所に泊まりだったよな?何か変わったことはなかったか?」
「いや、何もなかった…と言いたいところなんだがな」
「なんだ、洋平ちゃん。もったいぶった言い方すんなよ」
「詳しいことは朝の会議で話す。まずは部屋まで急ぐことだな。
 …対馬、絶対に会議中に腰をぬかすんじゃないぞ」
「は?」
何があったんだろうという顔をする二人を他所に、村田は行ってしまった。
どうやら厠へ行くところのようであった。
部屋に到着すると、筆頭同心である天王寺が何やら落ち着かない様子で座っていた。
「おはようございます、天王寺さん。どうかしたんですか?」
「や、やぁ二人とも…いや実はね…対馬君にも関係あることなんだけど…」
天王寺が何かを言おうとした時、乙女が奥から現れた。
「ようやく来たな、お前達。まぁいい、会議を始めるぞ」


「ここしばらく、連続して発生している誘拐事件についてだ。村田、説明を頼む」
「わかりました。昨日、夜中にまたも誘拐事件が発生しました。
 被害に遭ったのは花屋『椰子』の娘・なごみ。
 料理屋『おあしす』で夕食を済ませた後、行方がわからなくなっています。
 母親の話では、娘が先に帰ったそうなのですが…母親は帰ってからすぐに寝て、気がついたのは今日の早朝だそうです」
「ちょっと待て!俺に連絡が来なかったじゃないか!」
「…すまん。あまりにもバタバタしていたものだから…」
「ああ、なごみちゃんは一体どこに消えてしまったんだ…」
「しかし、これで3人目か…それにしても誘拐の後に何も要求をしてこないのが不気味だな」
「確かに。何か他の狙いがあるような気がしてならないぜ」
「とにかく、まずは聞き込みだ。それぞれ二人一組になって回るように。
 それと、今日から見回りも強化することとする。事件が解決するまでだ」
「「ははっ!」」
「よし、それでは行け!」

「それじゃ、俺たちは『椰子』へ行くぞ。急ぐぜ、スバル!」
花屋『椰子』は街でも有名な美人親子が経営している店として、非常に評判がいい。
そこの女将・のどかと恋仲である天王寺としては、今回の一件は気が気でないようだ。
無論、天王寺は挨拶に何度も訪れているのだが、その度になごみは出かけてしまったり、彼を追い出したりするのである。
スバルと乙女もなごみとは面識があるが、母親とは明らかに性格が違う印象を持っていた。
しかし、なごみはレオの前では明らかに違う接し方をするので不思議である。
「こんにちは」
「あら〜、これは対馬様に伊達様〜。お役目ご苦労さまです〜」
「ど、どうも」
彼女の独特な間延びした話し方は、誰もがペースを乱してしまうという。
「天王寺様、すごく心配してくれて〜。気合が入りすぎていて心配なんです〜」
「ええ、あれじゃすぐに倒れちゃいますよ。えっと、なごみは昨日のいつから?」
「えっと〜、『おあしす』に夕食を一緒に食べに行って〜、そこで従業員の人と小競り合いになって〜、
 それから〜、ちょっと待ってくださいね〜、その前に〜…」
こんな調子で延々と話すものだから、恐ろしいほど時間がかかってしまった。


「次は『おあしす』だな。ついでに人相書もお願いしよう」
料理屋『おあしす』は鎖国終了後、外国からやってきたテンチョーが経営している店である。
誰もがテンチョーと呼んでいるが、本名は実のところわからない。
2階は貸し部屋となっており、ここでは村田を慕う紀子と、河内方面から出稼ぎにやってきたマナの二人が住んでいる。
マナは今回の事件の被害者でもあった。
「ハーイ、オ役目ゴ苦労サマデース!」
このハイテンションなものだから、さっきのペースがいきなり乱されてしまう。
「マナサント豆花サン、マダ見ツカリマセンカー?早ク見ツケテアゲテクダサーイ」
豆花とはたまにここで食事をしている中国人の女性だ。日本の文化を勉強するために来ているらしい。
「まったくだよ。さっさと見つけろよなノロマ」
「わかってるって、カニ。昨日のことを話してくれ」
「んっとねー…」
口が悪いのは従業員のきぬ。
レオとスバルとは幼馴染であり、武士と町人という階級の区別を取り払った仲だ。
カニと呼ばれているのは、いつも蟹の形をしている髪留めをつけているからである。
「またお前、なごみと喧嘩したそうだな」
「な、なんだよ。ボクを疑ってんのか!?ボクがココナッツを誘拐しても何の得にもならねーだろ!」
なぜきぬがなごみのことをココナッツと呼んでいるかは全く不明。
とにかくわかっていることは、この二人はとてつもなく仲が悪いということである。
それでも、なごみがこの店に来るのは料理がうまいからであろう。
「あ、それと人相書をお願いしたいんだけど」
「ちょっと待って。くーを呼んでくる」
そう言うと、きぬは2階へと上がっていった。
紀子はなぜかほとんどの言葉を『く』でしか話さない、超口下手少女だ。
絵を描くのが上手で、たまに外に出ては風景画を描いていたりする。
誰もが惚れ惚れするような、素晴らしい絵を描いているのだ。
「村田様に頼まれて、もう書いたって言ってるぜ」
「なんだそうだったのか。それじゃ、俺たちはもう行くぞ」
「頑張れよー」


一度戻ってから昼飯を済ませ、再び聞き込みを開始することにした。
「ここは一つ、あいつのところに行ってみるか」
「あいつか…ま、情報はあいつに任せておけばいいしな」
奉行所を出てから表通りを歩き、そのまま神社への道を進む二人。
その途中の三味線屋にあいつはいた。
「へっへっへ…あっしは新一というケチな情報屋でして…」
「そんなことは知ってるよ、フカヒレ」
「フカヒレって呼ぶんじゃねぇ!」
フカヒレこと新一はきぬと同じく二人の幼馴染。
昔からフカヒレとみんなから呼ばれ続けていた。
四人は小さいころ、よく一緒に山や川へ遊びに行ったものだ。
今は三味線屋をする傍ら、裏ではこうした情報屋もやっている。
「で、何の用だ?どうせ連続誘拐事件のことだろ?」
「おお、さすがだな。よくわかってるじゃねぇか」
「そりゃそうだろ。俺のモノになる美人がまた一人、消えちまったんだもんなぁ」
「アホかお前は」
フカヒレはどうしようもない助平で、一時は女性をつけまわしたとして乙女さんから制裁を受けたこともある。
本当にダメな奴だが、三味線に関しては優れた腕前を持ち、高級料亭で弾いてほしいという依頼もたまに来るほどだ。
「有力かどうかはわからねぇけど、一応情報はあるぜ」
「話してくれ」
「なごみは店を出た後、神社に行ったそうだ。その後の足どりは掴めてないけどな。
 確かなスジの情報だぜ」
「そうか。それじゃ神社に行ってみるとしますか」
「おい、ちょっと待て。報酬は?」
「ああ、そうだったな。春画3枚でいいか?」
「ダメだね、5枚だ。それもとびきりのやつをな。前みたいにとんでもないのはいらねーぞ」
やはり筋金入りの助平だと、二人は思うのであった。


神社には非常に有名な巫女がいる。
占いに関しては日本古来のものはもとより、西洋式の占いにも詳しい女性・祈だ。
胸が大きく誰もが振り返るような美人で、彼女に声をかける男は少なくない。
肩にはどういうわけか人の言葉をしゃべる『土永さん』という鳥がとまっている。
「あらあらあら、これはこれは。お役目ご苦労様です」
「こりゃどうも。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「私でよろしければ、何なりと」
「昨日、夜中に誘拐事件があってね。『椰子』のなごみが夜中にここに来たって聞いたんだけど」
「おおー、来たぞー。我輩と祈が夜の境内を見回っている時だったなー」
「ええ、そうでしたわね。私の顔を見て、それから占ってほしいと頼まれましたわ」
「で、占った?」
「もちろん。『自分の母親がお役人と付き合っている、一体どうなるんだろう』という内容でした」
「占いの内容って、他の人に言っていいものか…」
「黙れジャリ坊ー。祈がいいと言ったらいいのだー」
「テメェ…鳥とはいえ、手討ちにするぞ!」
刀に手をかけようとするレオを、スバルはすぐにおさえた。
「お前なぁ、鳥に向かって刀を振ろうとするなよ」
「まったく、野蛮な奴だなー」
「それはそうと、その後は?」
「その後は何も…いえ、そういえばなごみさんの後をつけている人が二人ほどいましたわ。
 あの堤燈は確か、両替商の『霧夜屋』のものだったと思います。
 半纏も多分『霧夜屋』のものだったような気がしますわ」
顎に手を当てて、何やら考え込むレオ。
「うーむ、こいつは怪しいな…事件の核心に近づいたって予感がするぜ。行ってみるか」
「当然だろ。そんじゃ祈ちゃん、ありがとうな」
「どういたしまして」


二人は神社を後にして、今度は『霧夜屋』へと向かった。
両替商『霧夜屋』は鎖国が終わってから急激に繁盛しだした大棚である。
金銭の管理はもとより、現在は高額な物品の売買も行っているようだ。
先代が病で急死した後、『霧夜屋』の実権を握っているのは長女のエリカであった。
しかし、何かと黒い噂が絶えないのも事実である。
「ごめんよ。ちょいと聞きたいことがあるんだ」
「あ、はい。どういったご用件ですか?」
対応に現れたのはエリカの側近とも言える奉公人の良美。
とても気の優しそうな女性である。
「実はここ最近で起きている誘拐事件のことを調べてるんだけどね。女将に会えるかい?」
「かしこまりました。少々お待ちください」
しばらく待たされてから、二人は奥へと案内された。
奥の座敷には花が沢山生けられており、周りとはまったく違う空間ができている。
そこに女将のエリカが座っていた。
「あらあら、今日はご苦労様です。誘拐事件のことを聞きに来たそうですけど?」
「ああ。昨日、被害者が神社に立ち寄ってから行方がわからなくなっている。
 そこで、ここの店の者らしき人物が被害者の後をつけていたという情報があってね」
「まぁ、物騒。で、ここに犯人がいるんじゃないかと考えている、ということですね?」
「いや、そういうわけじゃないんだが…」
非常に整った顔に、思わずレオは見惚れてしまった。
これほど美しい女性がいるものだろうかとさえ思ってしまう。
(いかんいかん、俺にはなごみがいるじゃないか)
ぶんぶんと頭を振って雑念を取り払うレオ。
「ふふふ、ウチの者を調べるなら心行くまでどうぞ」
「そうか、それならば助かる」
二人はそれからしばらく店の者達に聞き込みを行ったが、これといった証言は得られなかった。
まぁ、何かあったとしたらそう簡単には口を割ることなどないだろうが。
一通りの人間に話を済ませた後、二人は店を出て帰っていったのであった。


「ふーん、誘拐事件ねぇ…なんだか面白そう」
「ダメだよぅエリー。危険なことに首を突っ込んじゃ」
「確か女の子ばかりを狙って起きているのよね?それじゃ私も不安だわ(ニヤニヤ)」
「そんなこと言ってる顔じゃないよ」
「ま、そんなことよりも叔父様の行動が気になるわ。絶対何か企んでいるもの」
「うん…」

奉行所に帰った後、一通りの雑務をこなしたレオとスバルは『おあしす』へと夕食のために足を運んだ。
「テンチョー、カレー二人前頼むわ」
「カシコマリマシター」
さすが外国からやって来ただけのことはあり、店の料理は見たこともないものが目立つ。
そのため年配の人間は来ないが、珍しい者好きの若者には人気のある店である。
特に『カレー』なる香辛料の効いた食べ物は大人気だそうだ。
「カレー二人前、お待ちどう様でしたー!さっさと食えや給料泥棒」
「お前、客になんて口の訊き方しやがる」
「まぁまぁ。そんじゃ、いただきますっと」
二人がカレーを頬張っていると、しばらくしてフカヒレも顔を出してきた。
「おう、やっぱりここにいたか。あ、俺にもカレー一人前ね。こいつらのおごりで」
「どうしたんだ、何か用事か?」
「ああ。お前ら『霧夜屋』を調べてんだろ?ちょっと小耳に挟んだ情報があるんでね」
「何だ?」
「あそこの女将のエリカは少々困った趣味の持ち主らしくてな。若くて綺麗な女が大好きらしい。
 ついでに、胸の大きいやつがとびきりな」
「はいはい、そんな程度じゃメシはおごらんぞ。ていうか、絶対おごるか」
「まぁ最後まで聞けって。最近になって夜な夜な、あそこの蔵から女の声が聞こえてくるらしいぜ。
 それも昨日はその声が一つ増えたって話だ」
「まさか…」
「おっと、これ以上はダメだぜ。ひょっとしたら命の危険があるかもしれねぇからな。
 情報屋はある程度の引き際も心得ているのさ。ここからはお前らの仕事だぜ」


闇夜に月の光が照らす中、川に浮かぶ屋形船が一つ。
船頭は目つきの鋭い浪人が一人、殺気をまわりに散らしていた。
中からは何やら物騒な話をしている人間がいた。
「さて、エリカの奴はどうですかな?」
「見張りからの情報では『霧夜屋』の営業は順風満帆、特に問題はない。
 それどころか、その勢力を伸ばしつつある」
「なるほど…ところで作戦のほうは大丈夫なんでしょうな?」
「ふん、馬鹿馬鹿しい作戦ではあるが、町方は上手い具合に動いてくれているようだ」
「そういえば最近捕らえた女はどうですかな?」
「恐ろしいほど目つきが鋭いが…まぁ美人だから問題ないだろう」
「最後には遊郭にでも売り飛ばせば良い話でございますからな。ヘタに動くようならば殺してしまえば済むこと」
「ああ、その時は任せてもらおう」
「頼みましたぞ、鉢巻殿。あとは二人ほどさらえば良いかと存じます」

光のささない地下室、部屋を照らしているのは蝋燭の炎のみ。
がっちりとした座敷牢には三人の女性が閉じ込められていた。
それはマナ、豆花、なごみの三人であった。
「なんやねん、ええ加減にさらせよ!」
「早くここから出してほしいネ!」
「…くそっ!対馬様、早く来てください…!」


三日後、捜査が進展しないことをいいことに次の事件が発生した。
なんと被害者はカニと紀子の二人である。さすがのテンチョーも今回ばかりは慌てていた。
「オーウ、二人ハドコニ行キマシター!?」
「テンチョー、大丈夫か?」
「コンナコトナラ、カニサンニ給料払ウ前ニドコカニ行ッテホシカッタデース!」
いや、心配してるかどうかは怪しいが。
レオとスバル、そして村田の三人はフカヒレの情報を信用することにして『霧夜屋』へと向かっていった。
今回も対応に現れたのは良美である。
「今日はどういったご用件でしょうか、お役人様」
「ああ、もし差し障りがなければ、蔵とか屋敷を改めさせてもらいたいんだがな」
「そんじゃ、上がらせてもらうぜ」
「ちょ、ちょっと!」
人の言うことも聞かずに三人はずかずかと奥へ進んでいった。
途中でエリカと出くわすが、そのまま構わずに調べをはじめる三人。
「言っときますけど、私は何も疚しいことはしていませんわよ」
「疚しいかどうかは調べればわかることさ」
屋敷の中を一通り調べ上げたが、とても女五人を閉じ込めておけるような部屋などはなかった。
ならばと今度は蔵を調べ始めた。
「ここなら地下室とかあるんじゃねぇか?」
「ああ、そうだな。まともに作ってることはないと思うから、隠し扉でも…あれ?」
レオが床の変な隙間を見つけた瞬間、後ろからついてきた良美が棚の物品を落としてしまった。
「も、申し訳ありません!お怪我はありませんか!?」
「あ、いや…大丈夫だよ」
落ちた荷物はレオが気がついた床にのところに乗っかってしまい、調べることができなくなってしまった。
「…まぁ、何もなさそうだな。スバル、帰るか」
三人が帰るのを見送った良美は、気づかれないようにすぐそこの路地にいた侍のもとへと走った。
「良美よ、問題はなかったであろうな」
「はい、鉢巻様。なんとか気づかずに帰ったようです」


「ふむ、怪しいな…もしかしたら隠し階段があるのかもしれないな」
「鉄様、ここはいっそのこと『霧夜屋』に踏み込んではいかがかと存じます!」
「そう焦るな、村田。何しろ証拠がない。それでは、非はこちらにある」
「しかし!…こうしている間にも紀子の身に何かあったら…」
「あ、やっぱり洋平ちゃんは…」
「う、うるさい!た、ただ…放っておけないだけだ!そもそも対馬!
 なぜそのまま放っておいたんだ!」
「だ、だってよ…」
奉行所に戻って事の経過を全員に話したが、やはり話は平行線を辿るばかり。
少し脱線をしてしまうのもいつも通りだ。
そこへ客人が来たという知らせを受けてレオが行くと、見たこともない男が来ていた。
「手前は『霧夜屋』で奉公しております、イガグリっちゅう者ですだ」
「イガグリって、本名か?」
「いんや、そういうわけでは…それよりも、お耳に入れておきてぇことがありまして。
 実は良美さんと知らねぇお侍様が、女将様のことで何やらよくないことを企んどるようだす。
 ワナにはめるとかなんとか、そんな話を耳にしちまったんです」
「なんだと!?」
「そんだけじゃねぇです。こないだ、娘っこ二人が夜中に無理矢理蔵に連れて行かれるのを見ちまったんです。
 オラ、怖くなっちまって…」
レオはイガグリを帰し、このことをまとめて全員に説明すると、話はとんとん拍子に進んでいった。
「そういえば、『霧夜屋』には女将の叔父に当たる人物がいたはず。
 あれほどの大棚だ、ワナにはめてでも手に入れたいのは当然のことかもしれませんな」
「ううむ…よし、ここは揺さぶりをかけてみよう」
「どうするんですか、鉄様?」
「まぁ、ここは私に任せておけ」


次の日、乙女は『霧夜屋』へと足を運び、そしてエリカと良美を呼びつけた。
「で、今日は与力のお方がどういったご用件でございますか?」
「ああ、実はよからぬ噂を耳にしてな…そこで、それを女将に聞いてもらいたかったのだ」
「あのぅ…私は別に聞かなくても…」
「どうせだからよっぴーもここにいて頂戴。信頼してるんだから」
「いいかな?では話そう。連続誘拐事件なのだが、女将の親族が捜査線上に現れたのだ」
「それって、叔父様ですか?」
「そうだ。誘拐を女将の仕業と見せ掛け、この大棚から追い出すのが目的であろう。
 まだどこに幽閉されているのかはわからないんだが…」
乙女はこの話には普通は関係ないであろう良美に話を聞かせることが狙いであった。
黒幕と良美が繋がっているのであれば、必ずや近いうちに何か行動を起こすと考えたからである。
「なるほど…わかりました、十分に注意しておきます」
「そうか。一応、町方でも見回りを強化するつもりだ。何かあったら、すぐに奉行所に知らせるんだぞ」

「ふふっ…そろそろ行動を起こす時かしら。私をワナにはめようなんて、いい度胸してるじゃない」
「エ、エリー…」
「大丈夫よ、よっぴー。アナタは本当によくやってくれたわ。でも、もう少しの辛抱よ。
 次は私も一緒だから、心配しないで」
「うん…」
「できれば『はーれむ』っていうのも良かったんだけど…仕方ないわよね。
 今度は私がワナにはめる番よ!」
「ねぇ、『はーれむ』って何?」
「うーん…よくは知らないんだけど、どうやら自分の周りを美女で囲むことらしいわよ」
「エリー、おじさんみたいだよ…」


「なんですと!?町方も気づいておったとは…」
「さすがに能無しばかりではないらしいな。
 このままではいかん、証拠を残さぬようにしてさっさと雲隠れしたほうがよさそうだ」
「し、しかし鉢巻殿!捕らえた娘どもは…」
「これだけ町方が掴んでいる以上、足がつくことだけは避けねばならん。
 蔵で殺せば死臭が立ち込めてばれるあろうから、外に連れ出して殺すのが得策。
 死体もわからぬように、土に埋めてしまうとしよう」
「頼みましたぞ。その分、報酬ははずみますからな」
「いいだろう。ついでに、良美も用済みだから斬ってしまうとするか」
「た、大変でございます!」
「なんだ、騒々しい」
「娘達が蔵から逃げ出そうとしています!どうやら女将の仕業のようで…」
「なんだと!は、鉢巻殿!」
「うむ、任せておけ。何人か連れて行くが、構わんな?」

『霧夜屋』を見張っていた村田と岡引は、暗がりの中で誰かが数人出て行くのを目撃した。
やはり、動きはあった。しかし、相手もかなりの数がいるかもしれない。
自分一人ではどうしようもないので、岡引に後をつけるように伝えた後、すぐに奉行所へと駆け出した。
「よし、動いたか。皆の者、支度を急げ!」
レオが、スバルが、天王寺が、村田が、さらにその他の同心が防具を身につけ、十手を掴む。
全員がこれから命を賭けた闘いに赴くのだ。
愛する者を救うため、そして悪を許さんがために。
「生きて捕らえるが御定法だが、手に負えぬ奴には容赦するな!遠慮なく叩き斬れ!」
「「ははっ!」」
奉行所を出たレオ達は闇夜のなかをただひたすらに駆け抜けるのであった。


「早く!急いで!」
「ほら、豆花!急がんと追いつかれてしまうで!」
「さっさと走れやココナッツ!」
「黙れカニミソ!」
エリカの計らいで、蔵の隠し地下室から脱出することのできた五人は、ただひたすらに河原を走った。
良美とエリカも一緒に、渡し場へと走る。当然だが、今は夜中なので船頭は一人もいない。
とにかく、今は全員を安全なところへ避難させることが先決だ。
しかし、追っ手はすぐにやって来た。
突然鉢巻から放たれた一本の小柄が良美を狙ったが、それをわずかの動作で見事に回避した。
「あ、危なかった…」
「よっぴー!?よくもやったわね!」
「ふん、町方だけでなく女将も気づいていたとはな。大方、そこの良美からの入れ知恵だろう」
「ククク…アーッハッハッハ!」
「何が可笑しい?今から死に行く者が気でも触れたか?」
「あんた達本当にバカね。よっぴーは元々、私の懐刀よ。
 叔父様のところに潜り込ませ、監視をさせていたのに気づかなかったようね」
「な、何だと!?」
「知らなかったろうけど、よっぴーは『くノ一』なのよ。潜入などはお手の物だわ。
 当然、私は今回の事件の全てを知っていたというわけよ」
「ええい、もはや我慢ならん!貴様等全員、この場で斬ってくれるわ!」
手下数人も全員が揃って刀を抜いたが、それでもエリカは薄ら笑いを浮かべるのみだった。
まるでこの状況を楽しんでいるかのように。
「ホントにどうしようもないバカばっかりね。ワナにかかったのはあなた達だと気づかず…
 いいこと?私達に逃げ場が無いということは、あなたたちもなのよ?
 ここに誘い込まれた時点で、あなた達はもう終わりよ」
「何…!?」
「御用だ!御用だ!」
河原に集まった浪人やごろつきを取り囲むかのように、堤燈を持った奉行所の人間が群がった。
その中央には、与力・鉄乙女の姿があった。
「悪行の数々、最早言い逃れはできんぞ!おとなしく縛につけい!」


しばらくして、河原での大捕物は終了した。
娘達は無事に救助され、エリカと良美も目だった外傷は無い。
そしてなごみはレオの元へと一目散に駆け寄った。
「ああ…対馬様…なごみは…なごみは……!」
「何も言うな。お前が無事なら、俺はそれでいい」
「あ、ありがとうございます…!うっ…うっ…」
「天王寺さんにも、後で礼を言っとけよ?あの人、お前のことを本当に心配してくれたんだからな」
「て、天王寺…様…」
「よかったね、なごみちゃん。これで俺も、のどかさんに顔向けができるよ」
そのやり取りを見ていたきぬは終始ふくれっ面であった。
「チッ、なんでレオの前だとああもおとなしくなるかねぇ、ココナッツは」
「なんだ、子蟹ちゃんは俺だと不服か?」
「…へん!まー、一応礼は言っといてやるぜ。ありがとうよ」
「そいつはどうも」
震えている紀子はすぐに村田に抱きついて、離れようとしなかった。
「むらた、さま…くー……」
「お、おい!は、離れろって!…まったく、心配をかけさせるなよ」
「あり、がと」
で、ほったらかしのマナと豆花はというと…
「あー、みんな男持ちやったんか。羨ましい限りやなぁ」
「大丈夫ネ。マナも、そのうちいい人見つかるネ。三味線屋の新一はどうカ?」
「えー、あの人なんかちょっと気持ち悪いわ」
乙女はこれらのやり取りを見て、本当に満足そうな顔で一言。
「これにて一件落着、だな」


「裁きを申し渡す。罪無き娘達をさらい恐怖に陥れただけでなく、
 さらに『霧夜屋』女将並びに良美なる奉公人を殺害しようとした罪、断じて許さん!
 よって、打ち首獄門!ひったてい!」
奉行・橘平蔵の声が御白州に響き渡る。
最終的に黒幕であったエリカの叔父もお縄になり、全ての罪が白日の下に晒されたのであった。
今回の事件がきっかけで、なごみはのどかの再婚に前向きな姿勢を示すようになったということだ。
「結納は〜、なごみちゃんも私も〜、同じ日に行いたいわ〜」
こんなのんきな事を言っているらしい。
また、助け出された翌日の夜には『おあしす』でささやかな宴会が開かれた。
テンチョーも自分のところで下宿している娘全員がさらわれたため、さすがにほっとしているようだった。
「今日ハじゃんじゃん飲ンデ下サーイ!全部ワタシノ奢リデース!」
大食いの乙女がいるせいで、大赤字確定となったらしい。
『霧夜屋』は次の日も当然のように営業を続けた。
後でなぜ良美が『くノ一』であるかをレオが尋ねてみると、
「たまたま知り合った時に、ポロッとよっぴーが洩らしたんですよ。
 ま、今はよっぴーと私は親友ですけどねー。
 でもね、対馬様。どんなことでも、秘密にしておかなければいけないことってありません?」
当然、レオはこんな言い分を信用しなかったが、かといって無闇に首を突っ込んでは危険だと判断した。
他言は無用だと念を押され、一両小判を懐につっこまれたのであった。

こうして、一連の連続誘拐事件は幕を閉じた。
レオ達は今日も見回りを続ける。街の平和を守るために。


(作者・シンイチ氏[2006/02/06])

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