風邪って辛いな。
「いやほんと辛いわこれ」
なんて、思わず独り言だ。寂しい。熱がもう酷いものだ。今朝から結果が怖くて体温を測ってない。いけないとは思っているんだが。
薬も飲んでみたが、いっこうに良くなる気配がない。
(まあ、昨日の今日だしなあ)
そんなに早く効き目は出ないか。
乙女さんは気合で治せとか言ってた。無茶いわんで欲しい。だけど一晩中看病してくれた。やっぱり優しいひとだ。
朝食はなごみが作ってくれた。消化が良くて胃に優しいお粥、梅風味。
俺が風邪をひいたと聞いて飛んできたらしい。ありがたい。もつべきものは料理が上手くて可愛い彼女だ。さすがに風邪をひいてるときに乙女さんのONIGIRIは遠慮したいしな。気持ちは涙が出るほど嬉しいんだが。
そんな二人も今はいない。もう登校してしまった。
なごみは休んででも俺の看病を続けると言っていたのだが、やんわりと断った。何度もこちらを振り返りながら部屋を出ていったなごみの姿が目に焼き付いている。
乙女さんも心配そうにしていたが、笑って安心させた。もろバレのやせ我慢だったが、乙女さんは単純だしな。と口に出すと危険だが。
なんにしても、これで独りぼっちである。さすがに堪える。
病は気から、とはよく言ったものだ。こうして病に冒されているとどんどん気持ちが弱くなっていくのが分かる。
「さびしいなあ」
うお、また独り言だ。でもこうでもしなきゃ気がおかしくなりそうなんだよ、孤独感で。「なごみー」
思わず口を突いて出た名前。今ここにいない後輩の名前。
いいだろ。言うだけならタダだし。
そういや喉がカラカラだ。体調が最悪なので布団の中から出られない、なので水も飲めていない。
「なごみ、水をくれー」
「水ですね? 待っててください、すぐに持ってきます」
おお、さすがはなごみだ。かいがいしく看病してくれるじゃないか。センパイは嬉しくて泣けてきたぞ。
「あれ?」
何かおかしくなかったか、今の。しかし部屋の中を見渡しても誰もいない。空耳か。いや、幻聴が聞こえてくるほどヤバイ状態なのか、俺は?
「とうとう天に召されるときが来たか……」
まさかこんなに唐突に死ぬとは思ってなかったが……これも人の儚さである。
さようならみんな。名残惜しいけど俺は精一杯生きたよな。閃光のように。
「さようなら、なごみ……俺は先に逝くよ」
「逝っちゃダメです!」
と。声が聞こえた。声を聞くだけで幸せになる人の、声が。
廊下を駆けてきた彼女が何かを大事そうに持っている。
「センパイ、水です。飲んでください」
なごみ? と、俺は言葉にしようとしたんだが、あまりにも鬼気迫る様子で水の入ったコップを差し出してくるなごみに気圧されてしまった。
「なんでここにいるんだ、なごみ」
喉を潤して落ちついたので、聞いてみた。まだ喉は枯れているが、しょうがない。
「なんで、って……もちろんセンパイの看病を」
「そうじゃなくて。授業はどうした授業は」
「途中で抜けてきました」
しれっ、と言ってのけるなごみ。まるで当然の事だといわんばかりだ。
「お前なあ、」
「やっぱりセンパイの事が心配で。あの、お邪魔、でしたか……?」
うっ。なごみの表情は見る見るうちに暗くなっていく。
な、なんだ。そんないかにも「すみませんでしたセンパイ、あたしったらいつも図々しくて……邪魔だし、イタイですよね、こんな女……」とか言いそうな目は。
だまされないぞ。ここはひとつ先輩として厳しく言ってやらねば、
「邪魔なわけないだろ。なごみが来てくれて本当に心強いし、嬉しいよ」
ああっ、ダメだ俺は。コンジョーナシだ。でもしょうがないよな、本音だし。
「ありがとな。なごみはいい子だ」
いつものように頭を撫でてやる。髪がさわさわと、手のひらに伝わる感触が心地いい。
「えへへ」
嬉しそうに微笑むなごみ。
うん、せっかく心配してきてくれたんだ。こうしてほめてやるのが当然だ。
「ところで……なごみ」
「はい?」
湿ったタオルを俺の額に置こうとしているなごみが、小首をかしげた。
せっかくのいい機会だ。こんな事もあろうかと、用意していた甲斐があった。
「――ナースになる気はないか?」
クローゼットの中には、男のロマンが詰まっている。
(作者・名無しさん[2006/02/05])