「なごみ、なに作ってるんだ?」
台所を覗くと、ちょうどなごみが料理の真っ最中だった。なにやら鍋の中身をかき回している。
毎週末は乙女さんが実家に帰ってしまうので、こうしてなごみが来てくれるのだ。
料理をしているので、濡れ羽色の綺麗な髪は一括りのポニーテールになっていた。いつもは隠れているうなじが見え隠れして、色っぽい事この上ない。
しかしエプロンとジーパンってまるで新妻だね。そうすると旦那はもちろん俺なのか……いいなあ。と、いかんいかん。思わずにやけてしまったぞ。
俺に気付いたなごみは、作業を中断して振り返ると、微笑んだ。
「シチューですよ、センパイ」
「シチューか」
なごみの横から鍋を覗きこむと、なるほど、中身は真っ白な中にも具材の赤や緑がちりばめられたどろどろの液体だった。良い匂いだ。食欲をそそる。
だが、まあ、実を言うとメニューはさほど重要ではないかもしれないな。
なごみが作る料理はどんなものでも美味いし、いつ食べても美味い。
このシチューも本当に良い香りだ。
「美味そうだな」
「もうすぐできますよ。――味見しますか?」
「いいのか? じゃ、ちょっとだけ」
なごみが小皿に盛り付けた少量をいただく。湯気が立っていて熱々だ。
「うん、美味い」
当たり前のように美味い。たまにはちょっとショッキングで刺激的な味が欲しいなーとか、そんな贅沢な悩みさえ生まれてしまいそうだ。いや、美味いにこした事はないけど。
「超美味い」
「いつもそれですね、センパイは」
なごみが苦笑してしまった。しょうがないじゃん。俺の貧相なボキャブラリーではこの程度のレビューがせいぜいですよ。
ちょっと悔しかったので、悪戯してみることにした。
「なごみも味見してみ」
「えっ?」
有無を言わさずに口付け。なごみ謹製シチュー味のキスである。
しばらくの間、そうしていた。なごみは暴れずに俺の唇を受け入れている。その瞳は恍惚としていて、ちょっと危ないほど色っぽい。
重ねていた唇が離れた。唾液が糸を引いている。ぞくぞくするほど淫靡な光景だ。
「美味かった?」
俺が聞くと、なごみはうっとりとしながら、こくんと頷いた。
その仕草があんまり可愛らしかったものだから、頭を撫でてやる。目を細めて嬉しがる様子はまるで子犬のようだ。
たいていの人間には「潰すぞ」とか「キモイ」とか平気で言うのに、俺に対してはこんな風に甘えてくる。そんなギャップも反則的なほど可愛らしい。
こんな美人で可愛い彼女がいて、やっぱり俺って幸せものだ。毎日のようにそう思う。
きっと、これからも、そう思う。
(作者・名無しさん[2006/02/02])