「バンドやろうぜ!」
フカヒレが唐突にこんなことを言い出した。
「何だよやぶから棒に」
夏休みも後半の日の4人の集い。
俺たちは1日のよしなしごとをそこはかとなく語りあっていた。
今日も特に何か変わったことがあるべくも無く、いつものように流れ解散か、
と思った矢先のことだった。
「もうすぐ文化祭だろー?愛に満ちた学園生活目指して一皮剥けようじゃねーか!」
「別にボクは常に愛に満ち溢れてるぜー?」
「それに剥けてないのはお前だけだ」
「短小だからなフカヒレは」
「そうじゃねえよ!俺も剥けてるよ!」
「冗談だ。ってかなんでいきなりバンドなんだ?」
何かちょっと必死になってるフカヒレにスバルが尋ねる。
「文化祭、学園ものの一大イベント!その花形といえばバンド、これ古来からの常識!
ここでフラグを立てておけばその後の学園生活が豊かになるもんなんだぜー!」
こいつまた現実とギャルゲーをごっちゃにしてやがるな…。
「つまりもてたいがためにバンドをやりたいとそーゆーことか」
「ま、まあ、それもあるんだけどよ」
フカヒレはなんか口ごもっている。
なんだよ、ハッキリしねーなー。何が目的だ?
「…あのよ、中3の文化祭、覚えてるか?」
「中3の文化祭?」
俺とスバルとカニは顔を見合わせた。
「中3の文化祭って言えば…」
「確か…俺たちで」


そう、あれは中学3年生のころのこと。
「バンドやろうぜ!」
フカヒレがさっきとまったく同じ台詞を言い出したんだったか。
俺たちも結構乗り気だった。
「あの時は苦労したな」
スバルが苦笑している。
あの時の文化祭。バンドの応募が殺到したため、俺たちは
当選したものの結局1曲のみの演奏になった。
まあ、フカヒレ以外はズブの素人。ボーカルのカニは除くとしても、
素人が短期間で何曲もできるようになるわけではないしな。
俺も久しぶりにテンションを上げてがんばったんだったか。
そして当日。俺たちの出番。
ステージに立った時の緊張は今でも覚えている。
問題はそれ以上に緊張している男がいたことだった。
「ギターから始まる曲なのにいつまでたっても始まらないんだもんなー」
そう、フカヒレはステージで石になってしまっていた。
それに気づいた俺たち3人がフカヒレのフォローに四苦八苦したことも覚えている。
「まずスバルが最初に気づいて…どうしたんだっけ」
「とりあえずボクのアカペラでスタートしたんだよね」
「その後もベースとドラムで間を持たせたりと大変だったぜ」
1曲だけというのが功を奏した。いろいろ練習してたからな。
フカヒレの硬直が解けたのはもう曲の半ばを過ぎたころだった。
結局見せ場となるはずのギターソロなども弾けずに終わったんだ。
それからだったな。フカヒレが俺たち以外の前じゃギターを弾かなくなった。


「だ、だからよう、あのときのリベンジをしてーんだよ」
フカヒレを見る。ちょっとお茶らけた風に言っているが目は真剣だ。
俺たちは知っている。フカヒレが駅前でストリートミュージシャンとして頑張っていることを。
「ま、別にいいんじゃねえの」
スバルがあっさりと承諾した。
「おい、いいのかスバル」
スバルは10月の陸上関東大会への出場を決めている。
本来ならバンドの練習などしている暇は無いはずだ。
「ああ、オレは大丈夫だ。何も四六時中陸上の練習してなきゃいけないわけじゃねえ。
珍しくフカヒレが熱くなってるからな。
人生に2度あるチャンスのうちの2度目を与えてやろうじゃねえか」
「え、1度目は?ねえ」
「スバルがやるんなら断れないね。ボクもいいよ」
カニも同意した。確かにスバルがいいと言うなら断る理由も無い。それに。
一皮剥けたい、か。
「じゃ、やるか」
フカヒレは音楽を真剣にやっている。そういうことなら手を貸すのはなんら問題無い。
だが、まだ問題は残っているのだ。


「バンドで出たいぃ?」
2学期最初の生徒会。予想通り姫は形のいい眉を少しひそめつつ難色を示した。
「そう言われてもねえ。私たち生徒会は仕事多いのよ?もちろん当日も」
そう、俺たち4人は生徒会のメンバーだ。
竜鳴館の文化祭…竜鳴祭は体育武道祭に匹敵するほどの大イベント。
当然俺たち生徒会には山のような仕事が待ち受けることは明白。
それで無くとも2学期は行事が多い。
ついでに乙女さんは進路のことでしばらく顔を出せそうに無い上に、
俺たち2年生は修学旅行まであるのだ。姫が難色を示すのも必然といえよう。
「頼むよ姫、バンバン仕事くれてもいいからよ」
「フカヒレ君に仕事回してもね」
いつものような姫の厳しい一言にあはは、と佐藤さんが乾いた笑いでうなずく。
やはり駄目か、と思ったとき意外なところから助け舟が出た。
「いいんじゃないですか」
それは椰子の言葉だった。
「あら、なごみん。いいの?なごみんの仕事結構多くなるわよ?」
「別にかまいませんよ」
「おいおい、どうしたココナッツ。夏休みに怪しい宗教でも始めたか?」
「うるさい脳みそとろろ」
いつものようにカニと椰子が取っ組み合う。


「んー、なごみんがそこまで言うならいいか。ヘルプも入ってくれるし。
ある程度仕事量は考慮するけど。
それでも対馬ファミリーにもやってもらいたい仕事は結構あるからね?」
「任せといてくれ」
「おう、牛馬のごとく働いてやるぜ」
「それと対馬ファミリー以外にもライブの参加希望が結構あるから。
オーディションをするけど特別扱いはしないから」
「そりゃ当然だな」
「はい、募集要項」
佐藤さんが書類を渡してくれた。相変わらず用意がいい。
「オーディションはデモテープと写真審査か」
「締め切りは…9月22日。修学旅行前か。結構時間無いな」
「審査員は音楽の田須木先生と館長と、姫も?」
「ええ、募集の中から1人1組、計3組が本番に出ることができるわ。
発表は修学旅行が終わってすぐの10月3日」


解散後も俺と椰子は残って仕事をしていた。
今のところはそれほど忙しいわけではない。忙しくなるのはまだ少し先のこと。
そうなる前に雑事は片付けておいたほうがいい。
スバルも手伝うと言ったがスバルには関東大会で頑張ってもらわねばならないので部活に行かせた。
フカヒレとカニはデモテープ作りの用意のため早々に帰宅。
姫も仕事があるとのことで帰宅。佐藤さんは家から荷物がくるとか。
乙女さんも進路のことでいろいろ忙しいらしい。
まあ、雑事ぐらいは俺と椰子で十分だ。
雑事を無言でこなしていると椰子が口を開いた。
「センパイは練習しなくていいんですか?」
「今日はブースが借りれなかった」
「大丈夫なんですか」
「いや、一応2学期始まる前から練習してるし、以前やったことがあるからな。
難しいのじゃなけりゃ大抵の曲はできる…と思う」
「センパイはドラムでしたね」
「ああ」


バンド編成は、Voカニ、Gフカヒレ、Bスバル、D俺。
そう、俺はドラムを担当することになっている。これは中3の時と同じだ。
ギターはフカヒレで確定だし、リズムパートをカニにやらせるなんて危険なことはできない。
そうなると俺とスバル、どっちがベースでどっちがドラムをやるかで迷ったものだが、
「美形のスバルを前に出さない手はねーだろ」
というカニの意見が採用され、結局俺がドラムをやることになった。
確かに競争だから少しでも優位に立つにはビジュアルでも攻めなきゃならないが…、
まあ、スバルなら仕方ない。いや、ほんとに。少し悔しいなんて思ってません。
「そういえばありがとな」
「何がですか」
「いや、お前が後押ししてくれなかったら姫も許可しなかっただろうからな」
「…別に純粋に面白そうだと思ったからですよ。
見てみたいですしね。センパイたちのバンド」
そんなことを言う椰子を見て少し笑う。以前なら猛毒の舌剣でもって俺の急所に地獄の青鬼も
真っ青の乱れ雪月花を放たれていただろうに。ずいぶんと穏やかな口調になったものだ。
最近は俺以外の人への態度も少しづつであるが柔らかくなってきている。
やはり夏休みの一件が椰子の止まっていた時間を進めたのだろう。
…カニには相変わらずだが。
「…なんですか。笑って」
「ん?いや、オーディション受かるよう祈っててくれ」
「ハイ」
オーディション受かりたいものだ。


「ふう」
少し一休み。ギターを下ろす。歌い終わった後のコーヒーは格別。
こいつは俺たちにしか味わえない特別なものだ。
「フカヒレさんこんばんわー」
「やあ、来てくれたの」
学校の一年生の女の子が声を掛けてくれた。夏休みの終わりごろから聞きに来てくれている子だ。
「今日はもう終わりですか?」
「んー、もう少し演るよ。今、ちょっと休んでるだけ」
女の子とたわいも無いことを話す。こういう固定のファンができるのは嬉しい。
いや、ファンだと思ってるのは俺だけかもしれないけどね。
まあ、聞きに来てくれているんだ。ファンであろうとなかろうとそれは嬉しい事実さ。
「じゃあ、演ろうかな。何かリクエストはある?」
「それじゃあ、『情熱の律動』お願いします」
そうして今日もギターを掻き鳴らす。人前で歌うことの怖さも徐々に薄れてきた。
歌うのは純粋に楽しい。ギターを弾くのも楽しい。
そしていつかはでかいステージで…。
いや、今は集中しよう。失敗して笑われるのは、やっぱり嫌だからな。


「よっしゃ、デモテープ完成!」
「なかなかいいできじゃねー?」
「ああ、ギリギリまで粘った甲斐があったな」
「やれるだけのことはやった。あとは祈るだけだな」
9月21日。ドブ坂にある某スタジオの一室。俺たち4人はデモテープ作りを終えた。
日ごとに忙しくなる生徒会の仕事。俺は放課後だけじゃなく昼休みも仕事をするようになった。
その合間を縫っての練習の日々。
「なんかカニッチも鮫氷君も人が変わったようだねえ」
とは佐藤さんの言。確かにカニもフカヒレも以前から考えられないほど
自ら進んで生徒会の仕事をやるようになった。
「これが対馬ファミリーの底力…、…すごい奴等だ」
ミスが多いのはご愛嬌。
フカヒレは毎日のように駅前でギターを弾いている。
ちょっと見に行ったが明らかにレベルアップしているのがわかる。指の動きが違うぜ!
カニもがんばっている。ゲーセンに行く回数を減らしてカラオケに行っているようだ。
「声の伸びが違うで」
とは浦賀さん。夜もカニの部屋から歌声が聞こえてくることがある。
近所迷惑なのはご愛嬌。


一番大変だったのはスバルだろう。
1ヶ月後に迫ってきた関東大会に向けてハードになる部活、
生徒会の仕事は全員一致で免除させたが夜のバイトがある。
その合間を縫っての楽器練習。
タフなスバルが疲れてきているのは俺にもわかった。だが心配すると、
「オオ、レオが心配してくれるとは。ついにオレを選ぶ気になったのか」
なんて言ってごまかしやがる。まったくこいつにはかなわねえ。無理だけはするなよ。
もちろん俺もがんばっている。最初は久しぶりに叩くドラムの感触に戸惑ったものだが、
だんだんとカンが戻ってきた。そればかりか以前と比べて音がパワーアップしているようだ。
これは乙女さんの鍛錬の成果か。感謝。
その乙女さんは事情を知ると忙しい合間を縫って竜宮で仕事を手伝ってくれるようになった。
「私は一生懸命な人間が好きだからな。こう見えて体育会系だ」
椰子も昼休みにも仕事をやってくれている。
「言ったからにはやりますよ」
ぶっきらぼうな物言いに苦笑。
弁当のことといいこいつには世話になってるな…。いつか礼をしないと。
そんなこんなでデモテープが完成。カバー2曲とオリジナル1曲。フカヒレオリジナル。
全部オリジナルにしたいが時間ばかりはどうしようもない。
写真も西崎さん協力の下、結構いいのが撮れた。
後は祈るだけだ。


「えっ、竜鳴祭のライブのオーディションに応募したんですか?」
いつもの駅前。少しずつ肌寒くなってきたがこれだけはさぼれねえ。
いつもの女の子と話す。
「う、うん。俺とほら、いつもの4人組でさ」
「そうなんですか。でも応募数ってすごいんですよね?」
そうなんだよな。竜鳴館は人数も多いし、こういうイベントごとではかなり熱くなる。
その花形のライブに多くの応募が集まるのも当然だよな。
「まあ、そうなんだけどね。やれるだけのことはやったよ」
そう。本当に。やれるだけのことはやった。
レオもスバルもカニも。俺のために。
俺のため?そうなのかな。わかんねえや。
「私も受かるように祈ってます」
祈る、か。祈るだけで願いがかなうなら世界は平和だよな。
とにかく今は祈るしかねえか。

修学旅行。俺とスバルはスウェーデンを選んだ。カニは重慶。フカヒレはイギリス。
帰ってきてからいつものように集まって、土産と土産話に花を咲かす。
オーロラがきれいだったとか、中華料理が美味かっただとか、
ビートルズゆかりの場所に行ったとか。
椰子にガラス細工のきれいな工芸品を買ってきたのは内緒にできた。
…スバルはニヤニヤしていたが。


翌日、10月3日。
俺は椰子の待っている竜宮へと向かう。
俺は一学期の終わりごろから椰子に弁当を作ってきてもらっている。
「味見のトライアル2」
椰子はそう言う。それでも椰子の弁当を食えるのは素直にうれしいのだ。
美味いし、なによりアイツともっと仲良くなりたいしね。
以前からの礼を兼ねて今日は椰子にスウェーデン土産を渡そう。
「今日はオーディションの結果が出る日でしたね」
俺が秋刀魚の塩焼きを食べていると椰子がそんなことを言った。
「そうだったな。そろそろ放送があるころだと思うが」
なんて言ってると放送が流れてきた。
「あー、テステス。ただいまから、竜鳴祭のドラゴンライブで演奏する、3組を発表します」
スピーカーから姫の声が流れてくる。緊張が高まる。
俺たちのバンド名は『月下美人』。
「まず一組目は───」
一組目のバンドは田須木先生推薦の『インペリアルクロス』。
こいつらは確か軽音部のやつらだ。前評判も高かった。妥当なところか。
二組目館長推薦の『カムシーン』。
確かヒップホップグループだったか。館長ヒップホップ好きなのか。なかなかファンキーだな。
「三組目は───」
ラスト一組。これで俺たちの名前が呼ばれなければ終わりだ。


「霧夜エリカ推薦の『月下美人』に決まりました」
一瞬の沈黙。
「…今言ったよな、『月下美人』って言ったよな」
「はい、言いましたね」
本当だな?本当に言ったよな?間違いじゃないよな?
ちょっと頬をつねってみる。いてえ。夢じゃない。
「いいやったぁぃ〜!」
「ちょ…!ちょっとセンパイ!」
「やったぜオイ!受かったよ!」
「ちょ…!わかっ…!わかりましたから放してください!」
ん?おお!しまった!ついテンションが上がって椰子に抱きついちまった!!
「あ…!わ、わりい。つい…」
ハッとして椰子の顔を見ると少し顔を赤らめている。
…こいつこんな顔もするんだな。照れた顔がハッキリ言って可愛い。
「…?センパイ?あの…」
うおっ!思わず見とれちまった!
「あ…ホントわりい」
「…いえ」
「今放す…」
「あ…」
そう言って放そうとした次の瞬間!
「レオー!聞いたかー!ボクたちのバンドがドラゴンライブに…ってオオィ!
オメーラなにやってんだクヌウラアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
ゲエェッ!カニ!
なんだ!このラブコメてんかいは!
結局昼休みはそのまま大騒動に終わってしまった。
放課後も忙しかったし。結局プレゼント渡すタイミング逃した…。


「フカヒレさん、ドラゴンライブ、おめでとうございます!」
「あ、ああ、ありがとう」
「私、応援してます。がんばってください!」
受かったんだよなあ、ドラゴンライブ。
教室で発表を聞いたときには、すごくうれしかった。
一緒にやってきたスバルやカニやレオはもちろん、
イガグリや浦賀さんたちクラスメートも自分のことのように喜んでくれた。
みんな楽しみにしていると言ってくれた。
ステージで演る。いつもうらやましくて見つめていた場所に俺が立つ。
…くそっ、なんだよ、昔を思い出しちまった。
俺の夢はもっとでっかいステージでやることなんだ。
こんな学校の文化祭ぐらいでビビッててどうする。
本番では見に来たヤツラ全員俺に釘付けにしてやるぜ。


「皆さん、もうすぐ中間テストが始まります。もしも悪い成績を取ってしまったら…」
「まあ、竜鳴祭には、参加できねえだろうなあ。
クラスのみんなが青春を謳歌しているときに蚊帳の外で、補習の運命だ。
せいぜいそうならないように勉学に励むんだな、ジャリ坊ども」
「…と、土永さんが申していますわ」
そんなわけで俺たち4人は、毎晩乙女さん指導の下勉強会である。
さすがに補習で練習時間をつぶされるわけにはいかない。
ここはしっかりやっておくべきだ、と全員一致の採択であった。
「くふしゅう…頭から煙が出そうだよ…」
「オレも…」
ヤバイ、カニとスバルがオーバーヒート寸前だ。
「伊達、蟹沢、なにを言っている。
今やっておかなければ今まで頑張ってきたことが無駄になるぞ。
さあ、気合を入れろ!」
スパルタだね乙女さん。俺はもう慣れたけどこいつらにはきついだろうなあ…。
「よーし、できたよ乙女さん!」
「お、鮫氷早いな。見ろ、気合があれば普段を上回る力が出せるものだ」
そう、最近のフカヒレは恐ろしく集中している。今日も、
「よっぴー、ここ教えてよ」
「え、うん、えっとね…」
休み時間のたびに佐藤さんに勉強を教えてもらっているのだ。
「な、なんやフカヒレ、最近やけにがんばっとるなあ」
「まるで別人ネ」
「な、何あれ。僕の知ってるフカヒレはあんな人じゃない」
「…フ、フカヒレが…悪魔に魂を売っちまった…」
フカヒレもマジだ。人間マジになれば何だってできるものだ。
この頃のアイツを見てるとその言葉も真実だと思わせてくれる。
「鮫氷、39点だ」
…気合だけがあればいいってもんでもないらしい。
それでも努力の甲斐あってみな無事に中間テストを突破した。
これで練習に専念できる。


中間テスト後の選挙は姫以外に立候補者がおらず、信任投票でも9割の支持を経て続投。
生徒会メンバーも解散することなく続投である。
そして10月22、23日。陸上関東大会新人戦。
スバルの出る男子800メートルは2日目の23日。日曜日。
俺たちはスバルの応援をするため栃木県まで来ていた。
「オメーたちの前で無様な姿を見せるわけにはいかねえな。気合入れていくか!」
予選第3組。スバルは2位で決勝に駒を進めた。
そして決勝。スバルは第5レーン。
静寂が場を支配する。
パァン!とスタートの号砲が鳴り響いた。
同時にスバルと、7人のランナーが飛び出した。
少し出遅れたか!?
「スバルー!!がんばれー!!!」
「いけー!スバルー!ぶっ殺せー!」
「いけー、いけー、いっちゃえー!」
「竜鳴魂よ!」
「がんばってー!」
「気合だ、伊達!お前の力はそんなものじゃないだろう!?」
「…ファイト!!」
「がんばってくださーい!!」
「おぅらあ、走れ小僧!」
みんなも声を張り上げる。
聞こえてるかスバル!?
2周目第2コーナーを回った!ここからはオープンレーン。
スバルは4位!まだまだいけるはずだ!!
スバルが差を詰めていく!!残り50メートル、一人抜いた!
3人が並ぶ!後5メートル!
どうだ!?


『…男子800メートル2位、伊達スバル』
スバルは2位だった。優勝はできなかったがそれでもスゲエ。
関東にどれだけの陸上選手がいるのかはわからないが、関東で2位だ。
賞状を受け取るスバルは輝いて見えた。
やっぱあいつは俺たちのヒーローだぜ!
その後、オアシスでドンちゃん騒ぎで今日一日を終えましたとさ。

夜。
いつものように駅前でギターを弾く。
あの子はまだ来ていない。
「あ」
ミスっちまった。今日はミスが多い。調子が悪い。
スバルが関東大会で2位に入った。
やっぱスゲエな、スバルは。
アイツは光ってやがる。今日は嫌というほどそれがわかった。
顔もよくて、運動もできて、喧嘩も強くて…。頭は悪いけど。
俺にはそんなものは無い。
顔はよくない、運動もできない、頭も悪い、喧嘩なんてできない。
へたれで、女子からは最低の評価。彼女なんか夢のまた夢だ。
それでも俺は、俺には音楽がある。
こんな俺でも輝けるってとこ見せてやるぜ。
今日はあの子は来ないみたいだ。帰るか。


「なかなかいい曲じゃねーか、フカヒレ」
「だろー?この俺の苦心の作曲だ。よくないはずは無いぜ」
「その自信はどっからくるんだ?まあ、ホントにいい曲だが」
「いや、マジでいいと思うぜ。お前もやればできるじゃねえか」
「そう、俺はやればできる子なの」
いつもの4人。今日はフカヒレの持ってきたデモテープを聞いていた。
今まではカバー曲の練習が中心だったからな。
もう少しオリジナル曲を増やしときたい。
俺たちに与えられた時間は40分。
一応カバー曲のレパートリーは10曲ある。
それに今フカヒレが持ってきたのを入れてオリジナル曲は8曲。
この中から大体7、8曲ぐらい演れるだろう。
「よし、スバルもオフシーズンだしな。最後の追い込みにかかるか!」
「オー!」
「オメーラ、俺の足を引っ張るなよ?」
『それはこっちのセリフだ!』
「オレたち4人そろえば無敵だ。やってやろうぜ」
そう、俺たち4人そろえばなんでもできる。本当にそう思う。

生徒会活動は日に日に忙しくなっていく。
姫や佐藤さんは毎日のように実行委員会との打ち合わせや、会議に奔走している。
乙女さんも忙しいだろうに、よく働いている。
椰子も会計の仕事を休む間も無く処理している。
祈先生はいつも寝ている。
俺たちも頑張っている。
俺やスバルは主に肉体労働。カニは門や学校全体の飾りのデザインなど。
フカヒレは雑用処理。
その合間を縫ってのバンド練習の日々。
忙しいし、疲れる毎日。けど、充実感はあるね。
…椰子にはまだプレゼントを渡せていない。


「こんばんわフカヒレさん」
「あ、こんばんわ」
あの子だ。最近来てくれてなかったから顔を見れて少しホッとした。
「最近文化祭の準備が忙しくて」
「そうなんだ」
「フカヒレさんも大変そうですね、生徒会のお仕事とか」
「うん、でも結構楽しいよ」
たわいも無い会話。でもそれをうれしく感じる。
ライブじゃ失敗したくねえな…。

『オイ、なんだアイツ。固まってるぞ』
『なかなか斬新なアレンジだな。ギターが何もしないなんてな!』
『お、ようやく動いたぞ』
『アハハハハハハハハハハハハハハハハハハはハはHAHAはは』
「うわあああああぁぁっ!」
あ…、またか。またあの夢か。
なんでこんな夢を毎日のように見ちまうんだ。
くそう…。見せたくない。
かっこ悪いところを見せたくない。あの子の前では。


竜鳴祭前日。俺の部屋にはカニが来ていた。
「いよいよ明日から竜鳴祭だねー。ボクもう今から興奮して眠れないぜ」
小学生かお前は。
「なあ。何かフカヒレ、少し変じゃなかったか?」
「え、もともと変じゃん」
「いや、そのとおりだけどさ。なんかこう…うまく言えねーんだけど」
違和感っていうか。
「あれだ、緊張してんじゃね?結構な大舞台だからね」
「それだけならいいんだがな…」
「なんだよはっきりしねーなー。大丈夫だって!
今回はフカヒレも1000年に1回あるかどうかってくらいマジなんだからさ。
『一寸法師の五分間玉ころがし』を見せてくれるさ」
「『一寸の虫にも五分の魂』だカニミソ」
「それにさ、アイツ一皮剥けたいって言ってたじゃんか。
あんまり手を貸すのもよくないんじゃね?
まあ、ホントにダメそうだったらいくらでも手を貸してやろうジャンよ」
…驚いた。こいつ結構大人だな。
そうだな。カニの言うとおりだ。
大丈夫だよな、フカヒレ。俺たちもいる。絶対成功させてやろうぜ。
ちなみにカニは8時間ぐっすりと寝た。


「竜鳴祭、開催!!!」
ドゴーン!!!!!!
館長の四股が合図で竜鳴祭が始まった。
3日間に渡って行われるこのイベントは体育武道祭と並ぶ竜鳴館の名物行事。
当然外来の客も多くやってくる。
1日目は各クラスや部活の展示、出し物が中心。
俺たちの出るドラゴンライブは最終日だ。
「それじゃ、私たちの仕事は校内の見回りと緊急時の人材派遣ね。
見回りは2人1組で。一応できるだけこの2人組で行動して。
揉め事があったら風紀委員か実行委員に通報すること。
それと竜宮には1時間交代で1組待機しておくこと」
姫がテキパキと支持を出す。
組み合わせは、姫・佐藤さん。俺・椰子。スバル・カニ。フカヒレ・乙女さん。
「質問は無いわね。では、散!」
あ、なんかデジャブ。
俺たちは13時までに竜宮に行かなきゃならないのか。
とりあえず1組目の待機組、スバルチームに差し入れをしてから校内の見回りに出た。
「どっか回りたいとことかある?」
「センパイに任せます」
またデジャブ。
「じゃ、とりあえず2−Cに行ってみるか」
あそこはトラブルの発生源だからな…。わがクラスながら。
「センパイたちのクラスってなにをやってるんですか?」
「生徒会活動が忙しかったからよく知らないんだが、確かカジノ」
さすが竜鳴館だ。文化祭でギャンブルやってもなんともないぜ。
まあ、さすがにチップは竜札になるだけだが。
※説明しよう!竜札とはこの竜鳴祭期間中にだけ使える紙幣のことである!


2−Cまでやってきた。なかなか盛況じゃないか。
「ちょっとすいません…ちわー!っておお!?」
「いらっしゃいませー!って対馬やんか。見回りか?大変やなあ」
「う、浦賀さん、そのカッコ…」
「ん、これ?なかなかイケとるやろ?一度こんなのやってみたかったんや」
バ、バニーガール!!浦賀さん結構いいスタイルしてるな…。
「センパイ、鼻の下伸びてますよ」
「あ、いや…」
思わず視線をそらすとイガグリがブラックジャックのディーラーをやっていた。
タキシードがぜんぜん似合ってない。
「特に問題も無いようだね。次行こうか」
なんか荒稼ぎしている金髪さんとそれを止める海老がいたような気がするが見なかったことにしよう。
2−Cを出て他の出し物も見て回る。特に揉め事も無いな。椰子も普通に楽しんでる。
これ見回りっていうか普通にデートしてるだけっぽいな。
「対馬じゃないか」
「村田」
「こん、にちは」
「こんにちは、西崎さん」
「見回りか?お互い難儀だな」
こいつ実行委員なんだよな。
「まあ、特に揉め事もないし、普通に楽しんでるだけのような気もするけどな」
「はは、その通りだな。だが、揉め事が起こったらすぐに通報しろよ」
まじめだなこいつは。さすが熱血さわやか拳法部。
「西崎さん、この前はありがとね。おかげでドラゴンライブに出られるよ」
(にこっ)
「そういえばドラゴンライブに出るんだったな」
「ああ、楽しみにしておけや」
「ああ、そうさせてもらおう。そろそろ行くぞ西崎」
「それじゃあ、ね」


見回りという名の見物を続ける。
途中オウムを連れたヴェールの占い師を見た気がするがスルーしてあげた。
いつの間にか時計は11時を回っていた。
「そろそろ料理部行くか」
「あ、はい」
混む前に腹ごしらえはしておきたい。
「センパイ早く」
「そんな急ぐなよ」
行きたかったんだな。まだまだ子供だ。
「いらっしゃいませー」
幸い席が空いていた。椰子と向かい合わせに座る。
「中華が中心だな…さすがトンファーさんが部長だけある」
炒飯、八宝菜、餃子にウーロン茶を注文する。
待つ間、椰子は料理部が展示してあるレシピを見て回っていた。
「参考になった?」
「ハイ、いろいろと」
「じゃ、今度食わせてね」
「ハイ、もちろん」
「お待たせしましたー」
お、来た。ってえええ!?
「ト、トンファーさん…」
「あ、対馬クンに椰子さん」
チャイナドレス!!しかもスリットが結構きわどい!!!
「ワタシたち料理部が腕によりをかけて作たネ。おいしいネ。それじゃごゆっくりネ」
「あ、うん、ありがとう」
去っていくトンファーさんを見送る。
「そ、それじゃ食べよっか」
「…センパイ、鼻の下伸びてますよ」
「え、そう?」
「センパイはああいうのが好きなんですね」


う、不機嫌になってる?
ちょっとギスギスしたものを感じつつも料理を口に運ぶ。
「あ、美味しい」
炒飯も、八宝菜も、餃子も全部美味い!
「すごい…こんなに美味しいものを」
椰子も感心している。それだけ美味いってことだろう。
椰子を見ると料理を食材から味付けまで調べるようにじっくりと食べている。
さすが料理人志望。研究熱心だ。
「ホントに美味いな。でも…」
やっぱり俺は。
「?なんですか」
「俺は椰子の作ったもののほうが好きかな」
「!!!」
「ん…?椰子?」
「あ…、いえ、ありがとう…ございます。うれしい、です」
「あ…、うん」
うわ、赤くなってる。そういえばこいつ正面からほめるとこうなるんだった。
くう…、可愛いやっちゃな。そんな反応されるとこっちも照れる。
その後食べ終わるまで会話は無かった。…俺たちすっごい初々しい。
「美味しかったよ、ごちそうさま」
「ありがとうございましたー」
そろそろ竜宮に向かわないと。俺たちは料理部を出た。
「なあ」
「?」
「レシピ、ほしいだろ?あとでトンファーさんに頼もうか?」
「あ、ハイ。お願いします」
男はマメじゃないとね。今年の竜鳴祭はいい思い出が作れそうだよ。
他のみんなも楽しんでるんだろうか。


「おー、たこ焼きだ。ヘーイ、ひとつくれや」
「ハイ、毎度ー」
「まだ、食うのかよカニ坊主。お前の胃袋はどうなってるんだ?」
「オイオイ、祭りじゃ食うのが礼儀だぜ?
ほれスバルこの可憐なボクが食わせてやるから口開けな」
「あー…、って熱っ!み、水…」
「ヘヘヘ」
「テメエ、火傷するかと…、ってオイ、コラまてカニ」
「早くこねーとおいてくぞ」
「ったく」

「オーケー、これでストップ」
「オイラは後1枚…、よっしゃ、勝負だぁ!21!勝ったべ!」
「フッ、ブラックジャック」
「ああ…、また負けたべ…」
「オイ、すげーぞあの金髪。もう28連勝だぜ」
「エリー、そろそろ行こうよ。これ以上やったら悪いよ…」
「んー、まだいいじゃない。次はルーレットをやりましょう」
「もう…」

「…ですから、この玉を持っておけば恋愛運アップ間違いなしですわ。
今日は特別に5万円のところを3万円にいたしましょう」
「よ、よし!買った!」
「ふう、だいぶ稼げましたわね。今日はお寿司が食べられそうですわ」
「おーい、祈ー。風紀委員の巡回が来たぞー」
「そうですか。ではうるさく言われる前に退散いたしましょう。次は屋上ですわ」


「やはり祭りはいいな、いくつになってもワクワクする」
「ハハ、ホントッスね」
12時。俺と乙女さんは巡回を終えて竜宮に戻ってきた。
待機していた姫とよっぴーと交代する。姫はなんか竜札の束を抱えていたな。
ふう。
俺は置いておいたギターを抱えて弾き始めた。
なんだかじっとしてると落ち着かない。
「鮫氷」
「なんスか」
「なにか悩み事があるようだな。私でよければ相談に乗るぞ」
「!い、いや、別にないっすYO」
「そうか?本当に無いのか?」
「お、俺、実は美人の女の子に抱かれないと禁断症状がでて…」
「おちゃらけてごまかさなくてもいいぞ」
乙女さんにじっと見られる。なんて澄んだ瞳だ…。
心の奥まで見透かされそうな…。レオの言ってた通りじゃねえか。
「安心していいぞ。私は口が堅い。年上のお姉さんに話してみろ」
「ホ、ホントないっス。ありがとうございます」
「そうか。でも話したくなったらいつでも来い。いつでも力になるからな」
いい人だな。真っ直ぐで、きれいだ。どうやったらこんな風になれる?
俺でもこんな風になれるのかな?
「…乙女さん」
「ん、なんだ」
「乙女さんはどうしてそんなに強いんスか?」
「そうだな、やはり気合だ」
予想どおりだよ、オイ。
「毎日の鍛錬も大切だ。後は、そうだな、毎日おにぎりを…」
「ちょ、ストップ!乙女さん!いや、俺の言いたいのは…その…」
「…鮫氷」
「ハイ?」


「何事も自分を信じることだ」
「自分を信じる…」
「そして今まで自分が積み重ねてきたもの。それがあるからこそ自分を信じられる」
「積み重ねてきたもの…」
俺が積み重ねてきたもの。
俺の今までの人生は…。
笑われて、空回りして、失敗して、笑われて。
なんだ、何にも無えじゃねえか。
「俺には積み重ねてきたものなんて…」
「そんなことはない!」
乙女さん。
「この2ヶ月間、私はお前を見てきた。
一生懸命だった。私は一生懸命な人間は必ず報われると信じている。
そして鮫氷、一生懸命にがんばっていたお前を、私は信じている」
「乙女さん…」
「レオ達だってそうさ。お前を見て、信じているからこそ、一緒にがんばっていたんだ」
「俺を信じているから…」
「そうだ、一生懸命にがんばれば、必ず誰かが応援してくれる。
その人のことを思えば、もっとがんばれる。そしてがんばった自分を信じるんだ」
ふとあの子の顔が頭をよぎった。
『私、応援してます。がんばってください!』
あの子は俺を見てくれているのだろうか。
「ありがとうございます、乙女さん。なんか少し掴めた気がするッス!」
「そうか、力になれたようでなによりだ」
「交代でーす」
「レオ、何か問題は無かったか?」
「イエ、トクニアリマセンデシタ」
「そうか、ならいい。いくぞ鮫氷」
「オッス」
自分を信じる、か。俺にできるのかな?
でも。
あの子にいい曲を聞かせてやりたいな。


竜鳴祭2日目。
この日はイベントが中心である。演劇など舞台を使用したものが多くなる。
なんといってもこの日の目玉はミスター・ミス竜鳴館コンテスト。
今年から学年別に別れたこともあって満員大入りだ。
…裏方に回った俺たちはかなり動き回った。
姫や佐藤さん、スバルに乙女さんまでエントリーされていたおかげでかなりの仕事量だった。
しかも料理部に椰子がヘルプにいっちゃうし。
とにかく人手が足りない一日できつかったことしか覚えてない…。
ちなみに結果は姫、スバル、乙女さんがそれぞれの部門で優勝してました。
「あー、今日はきつかったぜ」
俺たち生徒会メンバーは竜宮に集合していた。
「とりあえず今日はお疲れ様。でも明日で最終日だからね。もうひとがんばりしてもらうわ」
「ハイ、明日のタイムテーブル」
佐藤さんに渡されたタイムテーブルに目を通す。
明日の目玉はなんたってドラゴンライブ。
俺たちのスケジュールは、っと。
「11時からリハーサル開始…その後は本番の15時40分まで仕事無し?」
「ええ、実行委員会に無理言ってこっちの仕事を減らさせたから」
くっ…、軽くプレッシャーだ。
「そこまでしてもらったんじゃーがんばるしかないね。ボクやるよー」
「カニ坊主の言うとおりだな」
「おおよ、盛り上げてやるぜ」
カニ、スバル、フカヒレも張り切ってるな。俺も気合入れるぜ!
「よし、任せてくれ。最高のステージにするぜ」
「うん、その意気よ。今日はゆっくり休んで英気を養ってね。じゃ、解散」


いよいよ明日か。
『何事も自分を信じることだ』
今日乙女さんに言われたことを思い出す。
「やるしかない、やるしかないぜ鮫氷新一!」
ここまでがんばってきたんだ。俺を信じてやるしかないぜ。

竜鳴祭3日目、最終日。
いよいよドラゴンライブの当日である。
俺たち『月下美人』はくじ引きの結果トリを務めることになった。
「ここでやんのかよ…」
広いグラウンドに特設ステージが用意されていた。
昨日まで部活やらなんやらでグラウンドを使ってたからこんなの無かったのに。
一日でこんなものを作り上げるとは、恐るべし竜鳴建設部。
ちなみに去年は普通に体育館でした。
こりゃプロが使うものと比べても遜色が無いぞ…。
「すごいねこれは。さすがのボクもちょっと驚いちゃったよ」
「お、カニ坊主が幽霊以外にビビるとは珍しいな」
「ビビってない、ビビってないもんね!」
いや、俺も緊張してきたぞ…。
ん、そういやフカヒレは?
「……」
お、あんなところにいた。
「フカヒレ」
「うぇぇ、ってレオか」
「どうした?緊張してんのか?」
「バ、バカ言えー。お、俺はいずれ武道館で演ることが決定している男だぞ。
こ、これぐらい全然平気だぜ」
声が震えていますが。


「ハーイ、みんなそろってるようね」
姫たちが来た。
「おはよう、それにしてもすごいねこのステージ」
「そうね、こんなところでやるんだからねー。失敗したら大恥よねー」
「くっ…」
プレッシャーを掛けてくれるな…。後ろで佐藤さんが申し訳ない顔をしていた。
「緊張しているのか?気合を入れろ!根性無し」
「あたっ」
乙女さんに背中を思いっきり叩かれた。
でも不思議と緊張が消えていくような気がする。これも教育の成果か…。
「どうも」
椰子も来た。なんかこいつの顔見ると安心するな。
「すごいステージですね」
「ああ、さすがの俺も驚いたよ」
「緊張してます?」
「んー、さっきまではね。今は落ち着いてきたよ」
「そうですか」
「あのさ」
「ハイ」
「…見ててくれ」
「…ハイ、見てます。…センパイを」


1組目『インペリアルクロス』のリハが始まった。
さすがは軽音部、かなりうまい。
「けっ、ボクのほうがうまいもんね」
強気って素敵。
2組目『カムシーン』。
「ラップだけじゃなく、ダンスのレベルも高いな」
スバルの言うとおり、これはかなり盛り上がりそうだ。
そして俺たち『月下美人』の番だ。
「よし、行くか」
ステージから客席を見下ろす。ここに何百人の人が入るのか…。
心臓が高鳴るのがわかる。
「いつも通りにやりゃ大丈夫だ。まずはステージに慣れていこう」
スバルが声を掛ける。
そうだな、いつも通りにやりゃ大丈夫だ。
「よし、始めるかフカヒレ」
「……」
「?フカヒレ」
「え、お、おお、なんだ」
こいつ緊張してるな…。よし。
「ていっ」
「あたっ!なーにすんだレオ!」
「緊張はほぐれたか?リハーサルなんだ。肩の力抜けや」
「誰が緊張してるんだっての!」
ははは、と笑いながらドラムセットに向かう。
「ありがとよ…」
ん、なんか言ったか?まあいいや。
「よっしゃ、『月下美人』、リハ始めるぜ!」


「なかなかやるじゃない。対馬ファミリー」
「うん、みんなかっこよかったよう」
リハ終了後、姫と佐藤さんが声を掛けてくれた。
「このボクがいるんだからとーぜんだよね」
「オメー一人だけの力じゃねえ」
「そう、9割がたこの俺の力だ」
「それも違う」
多少ミスがあったが無事リハを終えることができた。
思った以上にみんな落ち着いてる。この分ならいいステージを見せることができそうだ。
「みなさん、おはようございます」
祈先生がきた。今来たのか?もう12時になるが。
「おー、祈ちゃん。ちょうどいいや。今日のボクたちの運勢を占ってよ」
「よろしいですわよー」
そう言うと鮮やかな手つきでタロットを捌きだした。
そしてカードの束の中から3枚のカードを取り出した。
「力の正位置…法皇の正位置…太陽の正位置…」
「どうなんスか」
「大切なのは勇気と信頼、とでてますわ。そうすれば必ずいい結果が出ると思いますわ」
「つまり、オレたち次第ってことだな」
「ありていに言えばそういうことですわね」
「なら大丈夫さ。俺たちがんばってきたしな。絶対成功するぜ!」
「オオ、レオが熱血モード入ってるぜ」
「ボクたちも負けてらんないね、な、フカヒレ、スバル」
「ああ。そうだな」
「よっしゃ、やってやろうじゃねえか」
時刻は12時30分。俺たちの出番まで、あと3時間。


「それじゃお待ちかね!大晦日には除夜の鐘!ドラゴンライブを開催するZE〜」
なんとも微妙なMCによってドラゴンライブが始まった。
1組目の『インペリアルクロス』の演奏が始まったのか、
客の歓声が控え室代わりのプレハブにいる俺たちにも聞こえてきた。
「オイ、客すんげー入ってるぞ」
客席を見に行ったカニが入ってくるなりそう言った。
「何人くらいいるんだ?」
「えーと、いっぱいいたぜー」
「そんなん言われてもわからんわ」
「まあ、全員俺のギターでイカせてやるぜ」
「言うじゃねーかフカヒレ。まあ、ボクの美声に飲まれないようがんばるんだね」
落ち着いてるな。カニもフカヒレも本番前だってのに普段と変わらない。
いける。これなら。この4人なら。
「どうした?坊主」
「いや、最高のステージにしようぜ」
「ああ、オレたちは無敵だからな」


2組目の『カムシーン』のステージも最後の曲に入った。
俺たちの出番が間近に近づく。
客のノリも頂点に達している。
あれから客はさらに増え、1000人を超してそうだ。
コンコン。
ドアがノックされた。
「どーぞ」
「ハーイ対馬ファミリー。そろそろ出番よ。用意はいいかしら?」
「オーケー。いつでもいけるぜ」
「…つまんない」
「は?」
「プレッシャーに潰されそうな対馬クン見てからかいたかったのに。
妙に落ちついてて拍子抜けしちゃった」
また何てこと考えるんだこのお姫様は。
そのために俺たちを推薦したんじゃなかろうな。
後ろで佐藤さんが「本当に申し訳ない」といった顔をしていた。
「まあ、この分ならいいステージを見せてくれそうね。
推薦した私に恥を欠かせないようがんばりなさい。私も客席から見てるから」
「みんな、がんばってね」
「おうよ、まかせておけい」
「スタンバイお願いしマース」
「よし、いくか」
俺たち4人はステージに向かった。
『カムシーン』のメンバーがステージを終えて降りてきた。
すれ違いざまに「お疲れさん」「がんばれよ」と声を掛け合う。
ステージ上ではMCが場をつなぎ、スタッフが機材の運搬に大忙しだ。
フカヒレやスバルは楽器の最終チェック、カニは声の調子を確かめている。
俺もスティックを用意し、いつでもいけるようにスタンバイする。


「お前たちいよいよだな。激励にきたぞ」
「乙女さん」
腕に「警備主任」の腕章が光っている。
「今まで自分たちが積み重ねてきたことを思い出せ。そうすれば必ずうまくいく」
『わかってるぜ乙女さん!』
「よし、4人ともいい顔をしているな。行ってこい!」
乙女さんに励まされると不思議と気合が入る。さすが体育会系だ。
「それではー、ラスト1組の登場だ。トリを務めるのは───
レオ、カニ、フカフィーレ、エーンドスバール『月下美人』だ!チェキナウ!」
呼ばれた。
「よし、いくぜ!」
『オウ!』
カニが先頭を切ってステージに飛び出していった。
スバルもフカヒレもそれに続いていく。
俺も行くぜ。
ふとステージ袖にいる人影が目に入った。
椰子。
目が合った。
(行ってくる)
心の中でそう言って、俺もみんなに続いた。


ステージに立つ。
すごい人だ。俺が駅前で演ってるときは多くても10人ちょっとが限界だった。
とたんに緊張が高まる。
手が震える。膝が笑い出す。心臓が破裂しそうだ。
昔の苦い思い出が蘇ってくる。
でも。
俺が今まで積み重ねてきたことを思い出す。
練習の日々。駅前での演奏。これまで重ねてきた音楽への想い。
あれほど破裂しそうだった心臓の鼓動が嘘のように落ち着いた。
俺とともにステージに立つ3人を見る。
レオ、スバル、カニ。今まで一緒に過ごしてきた、心から信じられる幼馴染たち。
足の震えが止まる。
客席を見渡す。
クラスメートたちや見知った顔が見えた。
そして。
見つけた。
客席の前のほう。
俺を応援してくれると言ってくれた人。ずっと俺の曲を聞きに来てくれた子。
手の震えが止まった。
全部の想いをこの時に。今の俺の全てをここにぶつけてやる。


「それじゃメンバーを紹介するぜ!まずはベース、松笠の一番星・スバル!」
キャアアアアアアアアアァァァァァァァ!!
カニの紹介にスバルが手を上げて応えると黄色い声援が響いた。
「ギター!特攻アーティスト・フカフィレ!」
ウオオオオオォォォォォォ!
フカヒレもサングラスをとって応える。
「フカヒレさーん!」
ん、女の子の声も聞こえるな。よかったなフカヒレ。
「ドラム!燃え上がるライオンハート・レオ!」
オオオオオオオォォォォ!
応えるかわりに適当にドラムを叩いておく。
「対馬クーン!」「きゃああああ!かっこいいよう…」「レオー!」
なんか見知った声が聞こえてきたな。誰だかわからなかったがありがとう。
「そしてヴォーカルはこのボク!世界の宝物・可憐な妖精・松笠に咲く1輪花ことKANI!」
ワアアアアアアアアァァァァァァァ!
「カニちー!」「ええでー!」
自分の紹介だけ大げさだなオイ!
「さあ、テメーラ!覚悟しやがれ!このボクらが失神するまで盛り上げてやるぜー!」
オオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォ!!
客席がカニに煽られてヒートアップする。
みんなと目で合図する。
いつでもいいぜ。
そんな答えが返ってきた。
「よし、カウントだ!」


オープニングのロックナンバー。
印象的なギターリフからのスタート。いいぞフカヒレ。
そこに俺とスバルのドラムとベースがサウンドに重厚感を加えてゆく。
カニのカン高く、それでいて澄んだヴォーカルが重なり曲全体を盛り上げてゆく。
俺たち4人のサウンドが極上のフィーリングを作り上げていく。
Bメロからサビへ。曲の盛り上がりも頂点に向かってゆく。
ギターソロに入る。激しさを増すリズムにフカヒレの奏でるギターフレーズが重なると
客のテンションも頂点に足した。
「うおー、やるやないかフカヒレー!」
「カコイイネフカヒレ君!」
「あ、あれがフカヒレか…?」
「うおおおおー、今ならフカヒレに抱かれてもいいべー!」
「一体なにがあったフカヒレ、なにがお前をそれほどすごく!?」
「くー!」(パシャパシャ)
「ホホゥ…、なかなかやるではないか鮫氷よ。
また一人、漢がこの世に産声を上げおったか…」
オープニングナンバーもラストフレーズに入った。
カニのシャウトが会場に響く。スバルのベースが重みを増す。
フカヒレのギターがスピード感を与える。
そして俺もテンションに任せてドラムを叩く。
「センキュウ!」
オオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォ!!!
曲が終わると観客席から怒号のような声援が俺たちを包んだ。


「きゃああああ!!」
「よっぴーテンション上がってるわね」
「うん、みんなかっこいいもん(特に対馬君)」
「ホントここまでやるとはね。対馬ファミリーを推薦してよかったわ」
「そういえばエリー。対馬君たちを推薦した理由ってなんだったの?」
「ん?単に面白そうだったからなんだけどね」
「え、それだけ?」
「まあ、結果よければ全てよしよ。ホント対馬クンたちを推薦して、
生徒会にいれてよかったわ…」
「そうだね…」

「盛り上がってるな。フフ、あいつらならやってくれると思っていたぞ。なあ、椰子?」
「……」
「あらあら、誰を見ているのでしょうね?」
「これがほとばしる青春、だな。所でほとばしるって何がほとばしるんだろうな」
「知らん」
「知りませんわ」
「熱くなる会場と比べて冷たさを感じる我輩の心であった」


「次の曲でラストだ、気合入れろオメーラ!!」
ワアアアアアァァァァァァアァァァアァァァア!!!
ラストナンバー。この曲はフカヒレの提案で決めた。
あの日失敗したあの曲。
フカヒレのギターがイントロを奏でだす。
スバル、カニ、フカヒレ、俺。あの日のメンバーのまま。
今ここで俺たちは、あの日のリベンジを果たした。

アンコール!アンコール!アンコール!アンコール!…
「オイオイ、どーするの。アンコール鳴り止まないよ」
俺たちが演奏を終えてからアンコールがずっと響いている。
さっきから館長と実行委員で話し合いが続いている。
「うむ、ならば『月下美人』よ、お前たち、出るがよい」
「へ、俺たちですか?」
「機材の運搬をしている暇は無い。それに儂が一番魂を感じたのはお前たちだ」
「そうだ、お前たち行け」「早く行ってやれ」
他のグループのやつからも促される。
「まだレパートリーは残ってるけど…あと何曲やっていいの?」
「10分間やろう」
「あと2曲ってとこか…よし、行くか!」
「よーし、そんなにボクの美声が聞き足りないってんじゃしょうがないね」
「俺のギターも罪作りだぜ」
カニとフカヒレが駆け出していった。
「…ハハッ」
「?どうしたスバル」
「いや、やっぱオレたち無敵だな」
「ああ、そうだな」


再びステージに戻った俺たちは大声援に迎えられた。
そのまま声援に応えるように1曲演奏する。
「次でホントにホント大マジでラストだ。てめえら悔い残すなよ!!」
ワアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァ!!
「よし、フカヒレ。曲紹介しなよ」
「え、俺?」
「ああ、お前がやれ」
俺もフカヒレに目線を送る。
「よ、よーし」
フカヒレはちょっと深呼吸するとマイクの前に立った。
「今日は本当にどうもありがとうございました。
これが最後の曲です。一生懸命に創りました。聞いてください─────」


エピローグ


「フカヒレさんお疲れ様です。これ、どうぞ」
「あ、ありがとう」
渡された缶コーヒーを口に含む。
いつもの駅前。あのドラゴンライブから一夜明けた次の日の夜。
俺はいつものように駅前で歌った。
心なしか聞いてくれる人が増えた気がする。
一時的なものかもしれないけど。
「ドラゴンライブすっごくよかったですー」
「はは、ありがとう。見に来てくれてたね。ステージから見えたよ」
「え、本当ですか」
「うん」
たわいも無い会話。それが今の俺の力の元だ。
自分を応援してくれる人。俺はその人のために歌う。
そうすると、こんなにも力が湧いてくる。
「ねえ、君の名前まだ聞いてなかったね。教えてよ」


「あいつまだ名前も聞いてなかったのか」
「フカヒレ先輩らしいですね」
俺と椰子は、遊んだ帰りにちょっと駅前に寄ってみた。
そしたらこの光景である。
何度かあの子と話してるところを見たことはあったが。
「邪魔しちゃ悪いな。公園まで行こうか」
「そうですね」
「…アイツもがんばってるな。俺もがんばらなきゃな…」
「なんですか?」
「なんでもない」
「?変なセンパイですね」
「うっせ」
公園に着いた。あたりに人通り無し。
適当に会話する。よし、そろそろいいか。
「そうだ、渡したいものがあってさ」
スウェーデンで買ったガラスの工芸品を取り出した。
「修学旅行に行ったときに買ったんだけど」
「へえ…、綺麗。これを、あたしに…?」
「うん。受け取ってくれるだろ」
「…ハイ。ありがとうございます」
うれしそうに微笑む椰子の顔。それを見て俺もうれしくなった。


「よかった。やっと渡せたよ」
「…センパイが修学旅行に行ったの9月の終わりでしたよね」
「いや、いろいろ忙しかったし、渡すタイミングとか逃してね」
椰子がクスっと笑った。
「センパイも人のこと言えないですね」
「…人の唇奪っといて逃げたやつに言われたくない」
「う…」
沈黙。
「…だったら」
「ん?」
「だったら今度はセンパイが奪ってください」
「…俺が言おうと思ってたのに」
「センパイはヘタレですから」
「…。目、閉じて」
「ハイ…」
椰子を見る。そしてずっと言いたかった言葉を口に出した。
「好きだよ」
星空の元、俺たちは唇を交わした。

END


(作者・名無しさん[2006/01/17])

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