「あ〜〜〜、寒い日はやっぱ風呂に限るよな〜〜〜」
体は湯船に、心は感慨に浸りながら漏らした声は、妙に間延びして浴室に響いた。そうして聞いた自分の声に中年臭さを感じ、思わずレオは苦笑してしまう。
「ねえ、お湯加減どう?」
と、そこへ浴室の扉をノックする音と共にかけられる声。
「ああ、少し熱いけど、寒がりの良美にはちょうど良いかもな」
「そう?あのね……わ、私も一緒しても……良いかな?」
自宅のマンションでは幾度となく共にシャワーを浴びているというのに、良美が合意を求めたのは、ここが我が家ではなく、レオの家だから、ということだろう。元より断るはずもなく、むしろ願ったりだと、レオは良美を招き入れた。


「えへへ、お邪魔しま〜す」
「おう」
願い叶って喜色満面で登場する良美を、レオは湯船の中から見上げ、そして見惚れた。
湯気に煙る浴室内においてなお、その裸身は照明を反射し、白く輝いていた。
普段は一つに編んでいる長い髪をアップにし、さらけ出されたうなじは、零れた後れ毛がアクセントを加え、艶っぽいという言葉では最早言い足りない。
腿を閉じ合わせ、心持ち内股加減で立ち、陰部を隠そうとタオルをあてがっている仕草は、男と風呂を共にしようという大胆さとは裏腹に、初々しく奥ゆかしい。
飽きを感じているわけでは決してないが、見慣れたはずの恋人の裸身に新鮮な感動を覚え、レオは言葉を無くしてしまう。
「レ、レオ君、そんなに見つめられたら、は、恥ずかしいよぅ」
「あ、ああ、スマン。そのなんだ、良美があんまりにも綺麗でさ」
「や、やだなぁ、もぉ」
慌てつつも賞賛の言葉を贈るレオと、恥じらいながらも喜びを隠せない良美。二人して顔を赤く火照せているのは、言わずとも浴室にこもる熱気のせいだけではない。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「ま、まぁ、いつまでもそうしてたら、風邪引いちまうよな。ザッと体流して、良美もあったまれよ!」
「う、うん!そうするね!」
照れてばかりいては埒があかないと、交わした言葉の外で通じ合い、レオの提案を良美は受け入れた。


「それじゃ、失礼しま〜す」
「どうぞどうぞ」
レオは一緒に湯船に浸かれるよう脚を開き、良美を間に座らせる。良美は腰を下ろすと、背中をレオの胸にあずけた。
「ふぅ〜〜〜、温まるねぇ……」
ザァ、と自分が入った分だけ溢れ出た湯の音が収まると、満ち足りた声で良美が言った。
「ホント、鉄先輩に感謝だよぅ」
「そうだな。乙女さんに感謝だな」
「うん」
「うん」
交互に頷いて額と額とを軽く突き合わせる二人。そして、そのまま見つめ合いひとしきり笑うと、どちらからともなく瞳を閉じた。刹那の後、二人の唇が重なった。


事の発端は数日前に遡る――――――

場所は、対馬家の食卓。レオと乙女は夕食を終え、さて、食後の一服と、レオは二人分のお茶を煎れていた。
「レオ」
「何?乙女さん」
背後からかけられた乙女の声は固く、レオは何事かと怪訝な表情で応じた。
「佐藤の部屋に泊まるのは今後禁止だ」
「ど、どうして?!」
次いで乙女の口から出たのは、一方的な宣告。レオは混乱し、掴みかかりこそはしなかったものの、乙女に勢い詰め寄った。
「話は最後まで聞け!」
「グハッ……!」
だが、それで乙女が臆するはずもなく、易々とレオは脚を払われ床に倒されてしまう。
「くっ!」
「頭を冷やせ!」


レオは即座に立ち上がろうとするが、乙女はその眼前に音を立てて踏み込み、語気荒く制する。
「佐藤はご両親の元を離れ女の身で一人暮しだ。そこへ男が入り浸っているというのは、ご近所への佐藤の外聞が悪くなるだろう?」
落着きを取り戻したレオに、厳しい口調で乙女は語り出す。
「ましてや、お前も佐藤もまだ学生だ。世間的にそんな付き合い方が“学生らしい”とはたして言えるか?」
内容はあくまで正論。レオは反論のしようが無く、ただ黙することしかできない。
「そこでだ。今週末から毎週、私は実家に帰ることに決めた。どうも最近、剣の冴えが悪くてな。実家で稽古をつけていただこうと思う」
「はぁ」
突然される話題の転換。無論、承知尽くめなのは乙女だけ。付いて行けないレオは気の抜けた声を返すしかなかった。
「その間だが、お前の世話と監督を佐藤に頼むことにした。勉学とトレーニングは日々の積み重ねが大事だからな。佐藤には“絶対にサボらせるな”と、言い含めておいたぞ」
「乙女さんっ!!」
腰に手を当ててお得意のポーズを決め、キラリと目を光らせる乙女。レオは乙女の真意が解って喜びのあまり、再び勢い良く乙女に詰め寄った。
「な?話は最後まで聞け、と言っただろう?」
そう言って乙女はニッコリと微笑んだ。


浸る湯船の心地好さに、いつしか二人は言葉を奪われていた。
「私……」
「ん?…………どうした?!」
ポツリ、と小さく呟かれた良美の声。二人を包んでいた穏やかな沈黙が終る。声に応じて、レオが何気無く良美を見やれば、今にも湯に浸けてしまいそうなほどに顔を俯かせていた。レオはその様子に慌て、良美の顔を覗き込んだ。
「幸せ、だなぁ……」
「……良美」
だが、続いた良美の言葉は明るい色を帯びていた。レオは杞憂に終ったがそれで良かったと安堵し、名を呼んで応えた。
「私、今、とっても、幸せだよ、レオ君」
顔を上げ、噛締めるように一語一語言う良美。それは言葉だけにではなく、今、胸の内にある感情に対しても同じなのだろう。
「ああ、そうだな」
良美の心境を肯定し、自分もまた今同じ気持ちなのだと伝える為に、レオは良美を抱きしめた。
「ぁんっ!」
「す、すまん!」
想いに伴って込めた力が少々強過ぎたか、良美から苦悶の声が上がる。慌ててレオは腕を緩め、謝る。
「ううん、違うよ。ごめんなさい、ちょっとびっくりしちゃっただけ。だから、もっとギュッとして、レオ君……」
しかし、良美が返したのは否定と甘い要望。ならば、と言葉で応じるよりも早く、更に想いを込めてレオは良美を抱きしめた。


「あは、やだもう、レオ君たら……」
「その……これは、だな、良美?」
赤面して何事か言わんとする良美と、しどろもどろの態を晒すレオ。その原因は、レオの股間。どうやら良美を抱きしめたことで昂ぶってしまい、すっかり硬直してしまっている様子。今や存在を逞しく主張して、良美の尻に当たっていた。
「もう、元気なんだからぁ」
くるりと腕の中で回りレオへと向き直ると、さも嬉しげに言う良美。加えて小首を傾げ、上目遣いにレオの瞳を覗き込む。その仕草はまさに小悪魔めいていて、レオはより一層興奮を煽られてしまう。
「良美!」
そして、レオの理性の堤防は音を立てて決壊する。溢れ出す情欲にまかせ、良美の唇を奪おうと
「だ〜め」
――――――したが、良美はスルリとレオの腕の包囲を抜け出して立ち上がってしまった。
「鉄先輩と“約束”したんでしょ?」
唖然として呆け顔で見上げるしかないレオに、クスクスと軽やかに笑いながら良美は応えて言った。


「あ、あー……その、なんだ?アツアツな若い恋人同士に“するな”などと私も野
暮は言わないぞ?だ、だがな!この家の共有スペースで、い、いかがわしいことを
するのは、禁止だ!絶対に禁止だぞ!や、約束だぞ?!」


「……………………そうでした」
乙女が微笑んだ後、顔を真っ赤にしつつ捲し立て付け加えた一つの“約束”
レオは乙女の剣幕に押され、思わず頷いてしまっていた。ちなみに、先日の件は、乙女から直接、良美にも話されていた。恋人達に対して公平な扱いをしなければ、という実に乙女らしい配慮の為だ。
「約束は守らなくちゃ。元気出して?背中流してあげるから」
そして、恋人の片方は約束事にかけては、人一倍拘る性格だった。
良美は駄々っ子をあやす母親のような口振りで言い、レオの手を引く。
「…………おっぱいで洗ってくれる?」
「レオ君?」
急転直下で変わる浴室の温度。
「ゴメンナサイデス」
最早レオは力無くうな垂れるしかなかった。

「行きますよ〜」
「おう」
風呂椅子に座った背後よりかけられた良美の声の弾みように、レオはこれはこれで良かったかと、苦笑しつつ応じた。同時に、背中に泡立てられたスポンジが当てられる感触と――――――耳元に不意打ちの吐息。
「後で、いっぱい愛して、ね?」
流し込まれた囁きは極上の甘さだった。


Fin.


(作者・名無しさん[2006/01/07])

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