チュン、チュン
 肌寒い12月、すぐ隣には乙女さんが規則正しい寝息を立てている。
 カーテンの隙間からは薄日が漏れ、次第に朝日がのぞきだす。
 結局一睡もできなかったのか…俺って実はものすごい小心者なのかもしれない。
 いや、乙女さん的にはこういう部分が母性本能をくすぐられたりして…いやいや。
 寝れないので益体もないことをつらつらと考える。
 よいしょっ
 ゴソゴソ
 体をもぞもぞさせ、足を絡めた
 ……それにしても乙女さんの足、あったかいわぁ。

 どうして一睡も出来なかったのか、話は一月ほど前に遡る……

 ―――
 ――
 ―


 夕食も終え、ほうじ茶をまったり啜っている二人。
 乙女さんが笑顔で見つめてくる、
「レオ、嬉しい話があるんだ」
 ん? 嬉しい話か。
 なんだろうなぁ、推薦合格の話は聞いたし他になんかあったか?
 あ、厳しいって言ってた温泉旅行の日程が取れそうなのかな。

「この前実家から電話があったんだ」
「うんうん」
「父様と母様がレオに会いたいと言ってる。もちろん爺様もだ」
「えっ!」
 ちょ、なんかしたか?
「……なんで?」
「なぜそんなに不安そうな顔してるんだ、別に驚くことじゃないぞ。
私達は、その、付き合っているんだ。
一度くらい顔を見せにきてほしいってだけだぞ?」
 乙女さんは照れた顔つきになる。

「それに昔は家でよく遊んだじゃないか。
交際の事だけじゃなく、甥の顔を久しぶりに見たいと言っていた」

 確かにそうだった。
 昔はよくお世話になった。
 それに交際相手の親に顔を見せるってのは、
 将来を含めて考えれば、遅かれ早かれ当たり前のことだった。
 納得。
「ああ、納得」
「おいしい食事を用意して待っていると父様が言っていた。 ふふ、お姉ちゃんは楽しみだ」
 可愛らしい笑顔を見せるなぁ。


 ―
 ――
 ――――

 そして今の状態に至る。
 さすがに知った親戚とは言え
 交際相手の親となると、緊張するものだ。
 二人の将来のためにもここは頑張らないとな。
 よしっ! 気合だ!


 朝食を終え、二人で軽くランニング。
 なんて健康的なカップルなんだろう、だがそれがいい。

 この連休、家を空けることになる。
 家の戸締りを見直してから、手を繋いで駅へ向かう。
 乙女さんは朝からすこぶる上機嫌だ。
「湖畔の影から、誰かが見てる〜」
 ああ出た出た、十八番だ。
 ここで輪唱するのが乙女さんなんだよな、さあもう一度――
「駅着いたぞっ」
「あれ?」
「ん、どうした? お姉ちゃんが切符を買ってくるからな、ここで待ってるんだぞ〜!」
 ズダダダダッ
 乙女さん浮かれてるなぁ。


 電車に揺られること小一時間、目的の駅につく。
 駅から歩き始めて十数分、
 住宅街の景色が変わり大きな家が並ぶ地域になる。
 さらに歩くこと数分、
 昔で言えば守備の要になるのだろうか、小川を挟んで目的地に着いた。

「ん〜、やっぱでかいな」
 周りを高い塀に囲まれた土地が視界一面に広がる。
 風格のある扉が目の前に立ちはだかる。
 乙女さんは一つチャイムを鳴らすと扉を開け、自分も後に続いた。
 庭が広い、昔のままの懐かしい道場が目に付く。
 敷地内でもかなり歩いてようやく玄関に付いた。


「叔父さん、叔母さん。 お久しぶりです」
 二人の目をしっかりと見て、気持ちを込めてきちんとお辞儀をする。
「久しぶりだな、レオ君」
「大きくなったわね〜、レオちゃんも」
 二人とも親しみを込めて微笑んでくれる。
「でもまだまだジャリじゃの、レオ」
「陣内さんも、お久しぶりです」
 陣内さんは、笑いながら俺の頭をわさわさ撫でた。


 挨拶が済んで居間に通される。
 5人でお茶を飲みながら近況や学校のことなど、会話に花が咲く。
 ああ、いい家族だなぁ。
 そして俺の話題になると乙女さんが嬉しそうに語り出した。

「レオはな、とっても優しいんだ」
 乙女さんがにっこりと笑う。
「いつもは根性なしで、私がいないとだめな奴だ。でも熱いところもある」
 相手の親の前で頭を撫でられ、微妙な気分になる。
「それに友達思いで、いい幼馴染もいるんだ」
 ……その後、乙女さんによるノロケ話が延々続いた。


 夕食の時間、
 食卓には色鮮やかな料理が並んでいるが、
 一枚だけ、皿の上に何か変なものがのっている。
 なんじゃ、ありゃ。
 古い家だからって、まっくろくろすけでも住んでるのか?
「それね、おばさんの自信作なのよ。レオちゃんもよかったら食べてね」
 テーブルの中央にあったのに、おばさんが皿をぐぐっと近づけてくる
「食べて?」
 レオちゃんのために練習したんだもん〜、
 などと嬉しいことを言ってくれる。
 そういや、乙女さんの料理に似てる。
 叔父さんはこちらをちら見し、泣きそうな顔をした後
 背中を向け体育座りでテレビを見始める。
 陣内さんは口笛を吹いていた。

 うう、こんな時はフカヒレが食べる役回りのはずなのに……。
 頑張れ、俺。


 夕食を終え、寛ぎながら叔父さんのお酌に付き合う。
 こっちはジュースだ。
「ところでレオ君、まさかまだ手は出していないよなぁ、当然」
 叔父さんはお酒で少々顔が赤い。
 う、チョーやばい!
 正直に言っても嘘をついても逃げ道がない気がする。
 観念して正直に言う道がまだ潔い、か。

「レオ君は正直者だな」
 頭を撫でられた。
 ほっ、セーフ。
 この家族は頭を撫でるのが好きなのかな。

 叔父さんはさらに耳打ちして、
「実はおじさんも若い頃ね、二人で道場裏に隠れてチョメチョメしたもんだよ。
性欲には勝てないよね」
 だんだん下品になっていくな、このおっさん。

「い・い・かげんにしろ、このクソ! 」
 ズンッ!!
 叔母さんの踵落としが脳天に決まり、叔父さんは泡を吹いて倒れた。
 うげ…頭の天辺が潰れてハートマークみたいな形になった

 むくっ
「風呂入ってくるよ、母さん」
「はい、いってらっしゃい」
 鉄恐るべし。


 夕食後、与えられた寝室で二人きり。
 乙女さんの膝枕でまったりする

「今日はどうだった?」
「んー、来て良かった。 みんなほんとにいい人達だよ。
昔から優しくしてくれてたの思い出してさ、なんか懐かしかった」
「そうか……」
 乙女さんは今日一番嬉しそうな顔で頭を優しく撫でてくれた。

 乙女さんがお風呂に行ったので少し外の空気を吸いに縁側に出る。
 うう〜さみ!
 さて、明日に向けてそろそろ寝るか。
 山を散歩するって言ってたからな、今日はゆっくり休も。

 オ〜ン、ヮォ〜……
 遠くから犬の遠吠えが聴こえた。


 鉄家の朝は早い。
 朝の食卓にはみんな揃っている。

「今日は二人でハイキングに行くのね」
「うん、昨日決めたんだ。 よく遊んだ場所だからレオも久しぶりに見たいって」

 鉄家の敷地はとにかく広大だ、屋敷だけでなく裏には小さな山まで所有している。
 昔はよく遊んだなぁ、琢磨も入れて3人で探検ごっことか。
 それに乙女さんはバリバリのアウトドア派だ、デートコースにももってこい。

「でもね、午後から雨が降るそうよ。 気をつけなさいね」
「大丈夫だ母様、奥の方まで行かないし昼前には戻る」


 庭で軽く準備運動をした後、
 屋敷の裏手から山に入り、ハイキングに出発。

「ほら、これ食べられるんだぞ」
 ちょちょい、と指で示して山菜の説明をしてくれる。
「へぇ〜、おいしいのかな」
「うん、おひたしにするとおいしいんだ」
 二人で山菜をてきぱきと摘んでいく。
 いつでも食べ物ばっかだな〜、乙女さん。
 だがそれがいい。

 山の空気は肺に心地よく、
 乙女さんも楽しそうに笑ってる。
 ああ、幸せだ。


「あ、乙女さんこれ!」
「ん、ああ……懐かしい」
 二人で樹に付いている傷を見る。

 おとめ
 レオ
 たくま

 ここで背比べをしたんだ。
 琢磨と俺がずるっこして背伸びすると
 乙女さんがムキになって怒るんだよな〜、
 それが面白くて二人でぴょんぴょんしたり。

 そんなこんなでハイキングを満喫していたが
 少し空模様が怪しくなってきた。
 早めに帰った方がよさそうかもという話を切り出すと、
「レオ、気をつけろ」

 グゥルル……
 ウウゥ……
 ウォン!……

 茂みから野良犬の群れだろうか、数匹の犬がこちらを威嚇してきた。


「昔から山で暮らしてきた犬だったら私に近づこうなど考えない、相手の力量ぐらい見抜く。
……捨てられた犬が寄り集まったんだろう」

 乙女さんが一喝すると数匹逃げ出すが、まだ何匹か残る。

 統率性が取れていない、群れで行動するはずなのに。
 これが野生の犬と元飼い犬の違いか、人間への恨みもあるのかもしれない。

 結局三匹が残り、突っ込んでくる。
 乙女さんに二匹が突進し、一匹がこちらに攻撃をしかけてくる。
 牙をかわし首に蹴りを入れる、

 キャイン!

 犬が怯んで退散したのを見て気を抜いたのがいけなかった。
「レオッ! 危ない!!」
 乙女さんの声が響いた。
 死角から足に噛みつかれた!?
 ぐっ

 初めに逃げだした犬がまだ草陰に潜んでいたようだ。
 痛みで意識が一瞬白くにごる。
「覇っ!」 噛み付いた犬は吹っ飛んだ。


「レオ、だいじょうぶか! くそっ、結構深いな」
 太ももからかなり血が流れている、
 布で箇所を縛ってくれる。

「ふう、ありがとう」
「近くに小屋がある、そこで応急処置をしよう。 
足に力を入れるんじゃないぞ、血が出てしまう」
 怪我をしている側の肩を担いでもらう。

 小屋に付く頃、まだ9時過ぎだというのに小雨が降り出していた。
 朝のニュースでは午後からと言っていたのにほんと当てにならない

 その後、乙女さん持参の応急セットで簡単な消毒をしてもらう。
「だいじょうぶか?」
「うん、だいじょうぶ。 そんな心配そうな顔をしないで」
「レオが怪我したのを見ただけで、心配でたまらないんだ」
 こんなに心配されるのは不謹慎ながら正直嬉しい。

「早く戻って病院に行こう。
血は止まっても野良犬に噛まれると病気になる可能性がある。
ちゃんと治療をしてもらおう」
 ああ、確かに狂犬病などはとても危険だ。
 早いとこ行くべきだな。


 応急処置と会話をするうちに外は本格的に雨になり、やがて……
 ピカッ!
 小窓が光る。

 ……なんてこった……雷か。

 乙女さんは俯いたまま固まってしまった。
 乙女さんの手をぎゅっと握る。

 ――カチ、コチ……
 それから数分の時が流れる。
 小屋の時計の時間を刻む音が静かな空間に響いていた。

「恐くない…恐くない…恐くないんだ…」
 乙女さんは俯いて自分に言い聞かせ始めていた。

「早く病院に…レオを連れて行かなきゃ…恐くないんだ…早く」
 俺を早く連れて行きたい気持ちと、恐くて動けない気持ちで葛藤していた。


 乙女さん……そうじゃないんだよ。
 乙女さんの体をきつく抱きしめる。
「……レオ?」
「乙女さん、そうじゃないんだ。
恐いものは恐いでもいいんだ、
無理に恐くないなんて押さえ込んじゃだめだよ」

「……」
「……」

 顔は俯いたままだった、でも顔に少しずつ生気が戻る。
「……恐い。 恐いんだ」
 やっと本当の感情を覗かせる。

 乙女さんは俯いていた顔を上げ、
「……でもっ! レオが危なくなる方が…ずっと恐いんだ!!」
 こちらを見つめた瞳には精気が漲っていた。

 雷が鳴る大雨の中、
 俺の肩を担ぎ山道を下る乙女さんの顔はとても精悍で
 もう雷など恐れていなかった。

 ――――
 ――
 ―


 病院で一通り検査や治療を受け、鉄家に戻る。
 病気の心配もなく、噛まれた傷も数針縫う程度で即日退院となった。
 今は寝室で乙女さんに膝枕をしてもらっている。

「レオには学ばせてもらった。
雷ももう平気だ。どうだ、お姉ちゃんを尊敬するだろ?」
 えっへん、胸を張る。
 その威張った仕草がなんとも可愛らしくて笑ってしまう、
「レオ! なんで笑うんだ!」

 はしゃぎあった後、ふいに静かになる。
 お互いを慈しむ様な空気が満ちる。


 ――寝室の外では

「レオ君をお見舞いにきたつもりがとんだやぶ蛇だったな」
「この状態で言っても説得力ないですけど」

 障子に2つの穴が開いている
 そこから様子を見守る、もとい覗き見する二人がいた。

「しかし乙女もとっくに気づいているだろうに」
「見せつけたい年頃なんですよ」
「若いな」
「ええ」
 微笑む二人。
 そっと部屋から離れ、退散する。


 それを気配で確認する乙女


 レオに顔を近づけ……


 ――ちゅっ


 Fin

おまけ

 キスを交わし二人でまったりしていると外から雷と共に奇声が聴こえる。
 外へ向かうと、

 ドッカーン!! 陣内めがけて雷が落ちた。
「ひやぁっ」
「爺様!」
「陣内さん!」

 ドッカーン!!
「ら、らめぇ! 電気きちゃいましゅ! ほほほほ!」
「爺様?」
「陣内さん?」

 ドッカーン!!
「癖になるの! 気持ちいいのぉ!」
「……」
「……」

 フライパン片手、快感に震えるじじいがそこにいた。

「今まで私が恐れていたのはなんだったんだ……」
「……」


(作者・毒男('A`)氏[2006/01/02])

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