「フフ……アンダーソン君。久しぶりじゃないか」
「エージェント!?」
俺は驚愕した。荒々しい任務を負え、マトリッきす世界から抜け出そうと公衆電話に手を伸ばした瞬間に現れたそいつに。俺の隣にナゴミもいるが、同じく驚きからか一歩も動けずにいた。
フカヒレージェントは、俺達から数十メートル離れた場所で、雨に打たれながら奮然としてたっている。しかし十メートル程度の距離、俺達にとっては零に等しい。攻撃しようと思えば、すでに戦闘できる間合いに俺達はいた。
この場合、どうするべきか……。逃げる? しかし俺がこのまま受話器をとれば、一人になるナゴミがフカヒレージェントから生き残る確立はきわめて低い。
鳴り続ける電話を手に持ったまま、俺は動けずにいた。
「ネ、ネオ先輩……」
「安心しろ、俺達は死なない」
後ずさるナゴミをかばう様に、俺はフカヒレージェントの目線に割って入った。
サングラス越しに見えるその眼光は、汚く濁っている。
まるで獲物や幼女を見るような――例えば幼稚園や小学校の前にいれば即通報されるような――そんな危険な香りがヤツの周囲には漂っていた。
おそらくその視線の先にいるのはナゴミ、彼女なのだろう。割って入った俺の体を透かして見ているように、ヤツの視線は揺るがない。正直、今のヤツには勝てる気がしない。
「俺達は死なない? クッ……ハハハハハ! 確かに死なないさ! なにせお前は救世主だそうだからね! ハハハハハ!」
「そうさ……俺は救世主さ」
雨の音にかき消されそうなほどの声だったが、俺は咽の奥から搾り出した。それは小さな抵抗だったのかもしれない。でも、彼女の事を。後ろで自らの非力に唇を咬む彼女の事を思えば、胸に小さな光さしたような気がした。
「違う! お前は只の人間だ! そして彼女は、萌えの頂点に立つものとして俺の隣に置くんだ! ネコミミで!」
フカヒレージェント(以下フカヒレ)は、叫んでその場を駆け出した。一瞬で詰められる間合いに、初めから意味は無い。
俺はヤツが動き出す瞬間にもう、両腰に挿した小型自動小銃――右手にMP5、左手にUZI――を前に突き出したていた。
その一連の動作の間に、腰ベルトにコッキングレバーを引っ掛けて引っ張り、第一弾を装弾する。流れる動作に迷いや隙は無かった。
ヤツが半分の距離を詰めたところでその動作を完了し、引き金を引いた。
繋がった数百本の爆竹が一斉に爆発したように、断続的な快音が耳を突き刺した。と同時に腕に連動した軽い振動。もとより反動の少ないサブマシンガンなら、今の俺にはハンドガンの様に扱えた。
正直、ヤツに負ける気はあまりしない。しかしそれでも、俺達を逃走するようにかき立てる何かをヤツは持っていた。それは断言できる。
向かい来る初弾を敏感に察知したフカヒレが動いた。駆け出し、前傾していた姿勢を背筋を使って無理矢理引き起こすと、その場に両足を開いて据え置いた。
急ブレーキがかかりその場にとまる。奴の視覚的には弾丸が減速する筈だ。ヤツは、捌くつもりだ。目を見開き、腕を前にあげている。
ならばやってみるがいい。コレだけの銃弾を、その体で裁いてみせろ!
「ああああああああああ!!」
叫びながら引き金を引き続けた。両手に持つサブマシンガンから絶える事のない鉄の嵐が吐き出され続ける。
サブマシンガンの胴体上部から空になった薬莢が次々とエジェクトされるさまは、美しいとも思えた。まるでひとつなぎの数珠のように弧を描き地面に散らばってゆく。
よどみないその列は、俺の腕がサブマシンガンをぶれさせずに持ち続けているということもまた、意味していた。詰まる所、狙いは百パーセント正確であった。しかし――
「彼は本当に人間ですか――?」
俺の背後でナゴミが呟く声が、火薬の爆破音の狭間に聞こえた。
彼女は戦慄していたのだ――数百、いやすでに数千は撃ち放ったかもわからない弾丸を、全てかわし捌いているフカヒレに。俺も、信じられない気持ちでそれを見ていた。
向かい来る銃弾を、避けられるはずの無い圧倒的弾幕をヤツは、その身一つですべて捌いていた。ヤツの体に傷は見当たらない。
上半身をたくみに操り、弾幕の隙間に滑り込む。隙間が無ければ、手に握られた鉄製CCさくらフィギィアで銃弾を弾いて作り出し、また滑り込む。異常だ。ヤツも、その手に握られたモノも。
銃弾が掠めたサングラスが砕けて飛ぶ。が、それはどちらかと言うと、邪魔だったから“わざと掠らせた”ように見えた。というか実際そうなのだろう。
有り得ない。常軌を逸している――のはお互い様だが、それでもヤツは俺達とは比べ物にならなかった。
(作者・名無しさん[2005/12/30])