12月ももうすぐ終わり、あと数日で冬休みに入る。
残っている大きな行事は卒業式だけとなり、まだその準備に入るには時期的に早い執行部の面々は、
いつものように竜宮でだらだらとしていた。

「あ、そうそう。」
俺の隣で簡単な書類のチェックをしていた金髪の少女――霧夜エリカが声をあげた。
「レオとよっぴー、24日、つまりクリスマス・イヴだけど、
二人ともスケジュール空けといてね。あ、これ強制だから、反対意見は却下よ。」
「反対なんてしないさ。」
俺にしてみればやっぱイヴはエリカと過ごしたい。二人で、というのが本音だが、まぁ佐藤さんなら仕方が無いさ。
「佐藤さんは?」
「私は別に構わないよ。去年のクリスマスもエリーと一緒だったし。むしろ二人の邪魔じゃないの?」
やっぱり。佐藤さんはそう言うと思った。佐藤さんは何かにつけて俺たちに気を使ってくれる。エリカに一度フられた時には俺に告白してくれたりと、色々と気まずい気持ちになったが、当の本人は気にしている風もなく、むしろ誰よりも応援してくれている。
もう一組、俺たちのことを応援してくれている(はずの)奴らの方に目を向けた。去年まではクリスマスは毎年コイツらと一緒にいたから、なんとなく後ろめたい気分になる。
「ちくしょぉぉー!!なぁんでレオばっかり!!こうなったら…椰子、俺たちもイヴに小さいケーキ1つ買って二人で仲良く食べようぜ。はい、アナタ、あ〜ん、とかやりながらさぁ!!」
フカヒレが椰子に言う。
「(ギロッ)うざい、消えろ、潰すぞ。」
あ、フカヒレが目をつぶり、耳を押さえて震えだした。椰子の目つきの悪さと、抑揚の無い話し方が相乗効果で迫力をより引き立てる。フカヒレにとっては、いつになっても慣れることは無いだろう。


「なー姫ー、どっか行くのか?それって、ボクも行っちゃダメなの?」
「おいカニ、何バカなこと言ってんだ。レオの邪魔するつもりか?やめろって。
オレがオアシスで奢ってやるから、な?」
ナイスフォローだスバル、さすがカニのことを良く分かってる。あいつは食い物で釣るに限るからな。
「う〜ん、そうね。ちょっと対馬ファミリー(レオ抜き)には遠慮して欲しいかなぁ。
あ、乙女センパイには出来れば来て欲しいんですけど。」
「む、私か?」
話を聞いてはいたものの、自分には関係無いと思っていてようで、
エリカからの急な誘いに乙女さんは少し驚いていた。
「はい、護衛も兼ねて。」
エリカが危険を臭わせることをさらっと言う。
「エ、エリー?どこに行くの?去年みたいにどっかのレストランとかじゃないの?」
「なぁエリカ、乙女さんに頼むなんてそんな危ないところに行くのか?」
「私の家よ。」
「「「エリカ(エリー、姫)の家?」」」
俺、佐藤さん、乙女さんが同時に聞き返す。
「そうよ。私の家でやる、キリヤカンパニーの創立50周年記念パーティー。」


当日午後7時。俺と佐藤さんと乙女さんはエリカの家の前に来ていた。
大きな門からは次々と黒塗りの、いかにもVIPといった感じの車が入っていく。
エリカの言っていた、政界の重鎮(曰く、古狸)や財界の大物(曰く、化け狐)などなのだろう。
急に自分は場違いじゃないかと不安になり、自分の服装を見た。
正式なパーティーということで、その身は正装(エリカに借りた)で固められている。
女性二人もそうで、佐藤さんは白いドレス、乙女さんは黒の女物のスーツ
(スカートではいざという時に動きづらいし、何より恥ずかしいという理由でスカートではなくパンツのタイプのを)着ていた。
‥‥変じゃない、よね。


パーティー会場には大勢の人がいた。何人ぐらいだ?と思ったがすぐに考えるのをやめた。
それぐらい多くの人が会場の中にいる。
「レオ、こっちよ。」
入り口のところで呆然としていた俺たちを、エリカが見つけて呼んだ。
エリカは真っ赤なドレスに身を包んでいる。前に好きだと言っていた情熱の赤は、エリカの金髪に良く似合っていた。
「こんばんは、レオ、よっぴー、乙女センパイ。ようこそいらっしゃいました。」
「招待していただき感謝するぞ、姫。」
几帳面に乙女さんが返した。
「ちょっとこっちに来て。」
エリカに言われた通りについていく。
「紹介するわ、よっぴー、乙女さん。」


そう言うエリカの隣には、70歳を超えようかというぐらいの老人が立っていた。
体はエリカより少し大きいくらいだが、その目は竜鳴館館長の橘平蔵にも似た眼光を帯びていて、
その威圧感は周囲の人間を圧倒していた。
「キリヤの創始者で現会長の、私の祖父よ。おじいちゃん、こちらはよっぴーと乙女センパイ。
執行部で私の手助けをしてもらってるわ。」
「ほぉ、こちらが佐藤さんと鉄さんか。こんばんわ、お嬢さん方。孫から話はきいておるよ。」
「はじめまして霧夜さん。鉄乙女と申します。姫‥‥エリカさんにはいつもお世話になっています。」
佐藤さんを見ると、緊張しているのが一目で判った。無理も無い。この威圧感。
俺も初めて会った時はその威圧感に飲まれて緊張したもんだ。
「こ、こんにちは。エリーには‥え、え〜とその‥お世話になってます。」
「緊張せんでも良いぞ。‥‥と、そちらは‥‥」
おじいさんがこっちを見てきたので、自分から挨拶する。
「お久しぶりです、おじいさん。」
佐藤さんと乙女さんが驚きの目でこっちを見た。
「おぉ、レオ君も来とったか。そうかそうか。どうじゃ、エリカのお守りは大変じゃろうて。」
「ちょっと、おじいちゃん!?」
「そんなこと無いですよ。相変わらずエリカには迷惑かけっぱなしで。」
「うむ、そうか。これからもエリカのことを頼むぞレオ君。」
俺の本音を隠した答えに、おじいさんは満足そうにうなずいて言った。
「おじいちゃん、今日来てもらった3人には、私がキリヤに入ってからも側近として働いてもらうつもりよ。」
「なに!?おい姫!!私はそんなこと言ってないぞ!!」
乙女さんが抗議の声を上げる。が、エリカはそれを無視して続けた。
「だからおじいちゃん、そのつもりでいてね」
「お前のことに関知はせん。やりたいようにするがよい。では儂は他のゲストの相手をせねばならぬでな、
ここらで失礼させてもらうぞ。お三方、楽しんでいってくだされ。」
そういっておじいさんは、年のわりにまっすぐな姿勢で歩いていった。


「おいレオ、どういうことだ?お前、姫の祖父と知り合いだったのか?」
乙女さんが詰問してくる。
「うん。前にエリカの家、まぁここだけど、に来た時に紹介してもらったんだ。」
「ここに来た、だと?いつ?私は聞いてない。」
「あれ、言ってなかったっけ?前に乙女さんが用事で実家に戻ったことあったでしょ?
そのときエリカにお呼ばれしたんだ。」
「そうなのか?姫。」
「ええ、そうです。レオのことはもう両親にも紹介してありますよ。うちの家族、レオのこと気に入っちゃったみたいなんですよ。」
あの日、彼女の家族の前に立たされて緊張した俺を、霧夜一家は散々笑いものにしたあと、まるで家族の一員のように接してくれた。
そのおかげで、エリカのおじいさんとも気楽に話せるようになったのだ。
「対馬君はもうエリーのお父さんとお母さんにも気に入られてるんだ。私は会ったことも無いや。」
「大丈夫よ、よっぴー。あとで紹介するわ。てゆーか、今日はそのためによっぴーと乙女センパイに来てもらったようなもんなんだし。」
「なに!?」
乙女さんの目がギラッとなり、そのままエリカに詰め寄る。
「私は護衛だというから来たんだぞ!?それに、さっきのキリヤで働くという話だって、私は承知した覚えは無いっ!!」
「そんなこと言われても、私の中では既に決定事項だしぃ?それに、護衛のことだって嘘じゃありませんよ?
パーティーに来てる人間で私が死んで喜ぶのなんて幾らでもいるんですから。」
「そ、そうなのか‥‥?ならば今日はもう仕方ない。キリヤに入るという話はまた後日話し合うとしよう。いいな?」
「はぁい。」


パーティーはつつがなく進行していた。
途中エリカの両親を見かけたのだが、ゲストの接待をしていて話しかけることは出来なかった。
「乙女さん、そんなにがっつかなくても料理は逃げないよ。」
乙女さんはテーブルの上の料理を、いつにないスピードで食べていた。俗に言う「3倍速」というやつだろうか?
「レオ、お前は失礼なやつだな。私はがっついてなどいないぞ?ただ他の人より食べる速さが早いだけじゃないか。」
そう言った乙女さんの顔は、エリカも自慢する数々の料理に満足げだった。その顔を見てエリカと佐藤さんも笑っている。
「あら、エリカちゃんじゃないの。」
突然呼ばれて振り向くと、そこには派手な(というよりケバい)服を着た夫婦らしき男女が立っていた。
「あぁ叔父さん叔母さん、お久しぶりです。」
一瞬、不快感を相手にばれない程度に顔に出したものの、エリカはすぐに笑顔に切り替えて応対した。
「ホントに。それにしてもエリカちゃん、綺麗になったわねぇ。」
B組の女子より少しだけマシな顔をしたおばさんが言った。そのどぎつい香水の匂いに、乙女さんが顔をしかめる。
「久しぶりだなエリカちゃん。ところで兄さんは見なかったか?さっきから探してるんだけど、全然見つからなくて。」
「父ならさっきあっちに。」
エリカが指差したほうを叔父さんは見た。
「そうか、あとで行って見るとしよう。ところでエリカちゃん、今度のこと聞いたか?」
「あぁ、あのことだったら‥‥」
エリカと叔父さんたちは身内同士の会話を始めてしまった。俺たちには関係の無い、いかにも久しぶりに会った親戚同士がするような会話だ。
エリカがそんな世間話が出来ることに俺は少なからず驚いていた。もっとこう、社交性は低いと思っていた。


「ところでエリカちゃん、そっちの子たちはお友達か?」
急に話がこっちに飛んできた。
「えぇ、学校の先輩とクラスメート、それと‥‥」
エリカが俺のほうをちらっ、と見た。
「ええっと‥‥エリカさんとお付き合いさせていただいている対馬レオです。」
「お付き合い!?こんなパッとしない子がエリカちゃんと?」
あんたにパッとしないとか言われたくないぞおばさん。
「君がエリカちゃんの彼氏‥‥失礼だが、ご両親はなんのお仕事を?」
「父は普通の会社員ですが。」
俺の答えに叔父さんは俺のほうを向かず、エリカのほうを向いた。
「エリカちゃん、付き合う相手は選んだほうがいい。
キリヤの人間が庶民なんかと付き合っているなんて周囲に知れたら、それこそキリヤの名に泥がつく。」


「「「な‥‥!!!」」」
叔父さんの発言に驚いてる俺たちを尻目に、エリカだけは相手の目を見据えている。
叔父さんは続けた。
「確かにうちは「成り上がりのキリヤ」なんていわれてるし、父も家柄などには無頓着だ。
だが、私たちとこの‥‥対馬君のような庶民の間には確実に壁がある。階級差がな。
エリカちゃんは確実に上の階級、支配層の人間なんだ。こんな庶民なんかと付き合ってはダメになる。だいたい‥‥」
叔父さんは俺を見た。その目には、明らかに侮蔑の感情がこもっている。
「この子なんか、庶民の中でも育ちのいいほうじゃないだろ?頭の悪そうな‥‥地味な‥‥
トロそうで‥‥貧乏くさい。何でよりによってこんなのと?エリカちゃんさっきも言ったが、
こんなのと付き合ってたら君がダメになる。」
な、なんなんだこいつ!?人のことぼろ糞に言いやがって。何でこんなやつがエリカの家族なんだ!?
こんなのが近くにいるほうがよっぽどエリカに有害だ‥‥!!
「だから対馬君、君のような人間がエリカちゃんに憧れを抱くのは仕方が無いことだ。
でも、エリカちゃんは将来ある身だ。エリカちゃんの為にも、付きまとうのは止めなさい。
全く‥‥こんな庶民と付き合うなんて、エリカちゃんもどうかしてる。」
ブチ。


‥‥今エリカのこと馬鹿にしたな。俺が馬鹿にされるのはかまわない。だがっ!!
エリカを馬鹿にするのは許せねぇ!!エリカは‥‥人の何倍も努力してるんだ!!
俺とだってまじめに付き合って!!それを‥‥「どうかしてる」、だと!?
俺は叔父さんに向かって一歩を踏み出していた。そしてそのまま殴りかかろうとした、その瞬間。
俺の横で凄い音がした。

ダン!!ドッ!!ガラガラガラガラ‥‥‥‥!!


見ると、俺の隣にあったテーブルは折れ、テーブルの上に置いてあったはずの食器類は、
ほとんど床に落ちている。その前にはエリカがいて、握り締めた拳がフルフルと震えている。
パーティー会場はシーンと静まり返っていた。

突然エリカがバッとこっちを向いた。
「‥‥‥‥っ!!」
おれは息をのんだ。隣では佐藤さんも同じリアクション。
エリカの顔は‥‥怒っていた。こんなエリカは見たことが無い。おそらく佐藤さんも。
そしてエリカの放っている気。乙女さんに鍛えられている俺にはわかる。これは‥‥殺気。
「叔父さん。」
「(びくっ)」
普通の人には殺気は威圧感に感じるだろう。叔父さんは自分の姪に気圧されていた。


「頭悪そう?貧乏くさい?こんなの?‥‥私のレオにずいぶんなこと言ってくれるじゃない。
レオは努力してるのよ?私と‥‥私と共に歩いていくために!!それを‥‥「付き合ったらダメになる」、ですってぇ!?
調子乗ってんじゃないわよこの雑魚がっ!!いい?レオはねぇ、そこらの金持ちのバカ息子たちよりもよっぽど優秀よ!!
よく知りもしない外野が適当なこと言うんじゃない!!
‥‥っああ、もうムカツクッ!!ほらレオ、行くわよっ!!」
そういってエリカは俺の手を引いて歩いていく。
「ま、待ってよエリ〜!!」
佐藤さんが急いで追ってくる。
乙女さんはというと。
「霧夜さん、今度レオのことを馬鹿にしたら‥‥(スパッ)容赦しません。」
近くにあったワインボトルを手刀で斬りつつ、呆然としていた叔父さんにダメ押しをしていた。


俺とエリカは会場の外に出ていた。冬の夜の空気の冷たさがなんとも心地よい。
「エリカ。」
俺はさっきから黙りっ放しのエリカを、後ろから抱きしめた。
「ごめん、こんな情けない彼氏で。俺、頑張るから。今はまだ無理だけど、いつか必ず、
エリカが胸を張って自慢できるような騎士(ナイト)になるから。」
そしたらもう、あんな奴らに文句なんて言わせない。だから‥‥もう少し待ってて‥‥。
「レオ‥‥」
エリカは俺の腕を振りほどき、俺と向き合った。
「ふん、当然でしょ?私の隣を歩くんだったらもっと‥‥
あんな小物にバカになんかされないぐらいになってもらわなきゃ。
まぁ、もしなれなかったら、その時は容赦なく別れるけどね。」
ふふん、と笑いながら言う。
「大丈夫。俺は絶対に‥‥負けない。」
そう言ってエリカにチュッとキスをした。
こんな軽い口付けでも、俺の心は冬の寒さに負けないくらい温かくなる。
エリカもそうなのだろうか。
そうであって欲しい。
俺はエリカをギュッと抱きしめた。


「それにしても。」
「どうしたのエリカ。」
「どうやって叔父を排除しようかしら?」
「え!?そ、そんな、悪口言われたぐらいで排除するなんて。」
「私とレオをバカにした罪は重いのよ。それに、いつかは排除しなくちゃいけないし。
前に言ったでしょ?私が覇権を握るのに身内が邪魔になるって。」
そういえば聞いたことがあるような。
「叔父はその筆頭だから、早めに消えてもらわないと。
さっきから考えてんだけど、なかなか名案が思い浮かばないのよねー。
最大限の屈辱も味わって貰わなきゃ気が済まないし?」
だからさっき黙ってたのか。
あ、そうだ。
ふとポケットの中に入ってるものの事を思い出した。
そうだった、これを渡さなきゃ。
今なら周りに誰もいない、絶好のチャンスだ。


「エリカ、手出して。」
「なぁに?」
俺はエリカの前にひざまずき、出された手にキスをした後、
ポケットから取り出したそれをはめた。
「指輪?」
「そう、クリスマスプレゼント。」
エリカへのプレゼントはシンプルなシルバーの指輪だった。
バイト代を貯め、佐藤さんにも相談して買ったものだ。
「エリカにとっては安物かもしれないけど、その‥‥気持ちはこもってるから。」
なんか照れるな。
「ん、ありがと、レオ。でも、悪いけど私は何もあげられないわよ?用意してないし。
ていうか、クリスマスにプレゼントをあげるってことすら忘れてたわね。」
忘れてたって‥‥彼氏としてはちょっと傷つくぞ。でも‥‥
「いいんだよ。エリカからはさっき貰ったし。」
「え?」
「エリカさっき叔父さんに言ってただろ?「私のレオ」って。その言葉だけで俺は十分だね。」
「あ、あ、あれは‥‥言葉のあやよ。」
エリカは顔を紅くしていった。
「またまた照れちゃってー。素直になりなよエリカ‥‥って痛っ!!何でひざ蹴りっ!?」
「うるさい!!」
エリカは更に蹴ってくる。少しからかい過ぎたようだ。


「あ‥‥。」
気がつくと空から降ってくるものがあった。
手を出して受け止めると、それは冷たさだけを残して消えていった。
「雪ね。」
エリカも気づいたようだ。二人して雪の降る空を眺める。
「エリカ。」
「なに?」
「メリークリスマス。」
「‥‥メリークリスマス、レオ。」
エリカは笑っていた。

俺はエリカの笑っている顔が好きだ。
心のうちに野望を秘めた不敵な笑みや、さっきの照れた顔も好きだが、やはり笑っている顔が一番だ。
その顔を見て、俺は。
この笑顔を守っていこう。
聖夜にそう誓ったのだった。


(作者・名無しさん[2005/12/25])

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