その男は冷蔵庫から現れた。
「こんばんは、霧夜エリカさん」
大口の契約をまとめ、ホテルに戻った私を出迎えたのはその男だった。
慇懃に挨拶する男を、仔細に観察する。
小奇麗なスーツに身を包んだ、一見するとサラリーマン然とした容貌。
小柄ではなく、かといって大柄なわけでもない。顔も声も平凡そのもの。
これといって特徴の無い男。
「冷蔵庫から出てきた」という事実を除けば全く印象に残らないだろう。
けれど、私は男から発せられる匂いを感じ取っていた。これまで幾度か経験してきた匂い。
殺し屋。
誰に雇われたのかしら、心当たりがありすぎる。
でも、この男は決定的に間違っている。
私は肩をすくめ、
「人違いよ。他をあたってもらえるかしら?」
「いいや、間違ってはいませんよ、ミス霧夜。貴方の様なお美しい女性を間違える訳が無い」
何言ってんの、コイツ?
「あのさ、最近の殺し屋は標的に関して下調べもしないの?」
「なんのことです?」
本当に分かっていないようだ。私は大げさにため息をついて見せた。
「もういいわ。……一つ質問しても?」
「依頼人についてはお答えできませんよ。一応守秘義務というやつです。
いかに貴女がこれから天に召される運命だとしても、ルールは守らなければね」
「違うわよ。そんなの興味ないし。誰であれ、私の覇業を邪魔するなら潰すだけ。アナタもね」
「ほう。威勢のいいお嬢さんだ。ではご質問は何です? 答えられることなら答えますよ」


「アナタ、なんで冷蔵庫に入ってたの?」
私が訊ねると、男は意外そうな顔になった。
「そんなことですか。これから死ぬというのに、変わったことを気にするんですね」
「そうかしら? 冷蔵庫に隠れて待ってるほうがよっぽど変わってると思うけど」
殺し屋はくすくすと笑って、
「これは一本取られましたね。まあいいでしょう。……私は日本のコミックが大好きでしてね」
「で?」
「特に好きなコミックの真似ですよ。ホテルの部屋の冷蔵庫に隠れて相手を待ち受けているというキャラクタが出てくるんですが」
「あぁ、ジョジョね。第三部。呪いのデーボだったっけ?」
途端に男は相好を崩し、感慨深げに言った。
「ほう! ご存知でしたか。あのコミックは実にいい! オリジナリティに溢れている!
いや、これは依頼とはいえ殺さなければならないのが非常に残念ですよ、ミス霧夜」
……機会があったらパクリ疑惑検証サイトでも見せてやろうかしら。
「だから、人違いだと言っているでしょう」
「見苦しいですよ、ミス霧夜。仮にもキリヤの総帥ならば、散り際は潔くなさい」
真顔に戻ってそう言うと、男は懐からナイフを取り出した。
ふーん。ナイフか。なんでこんな不確かな得物使うんだろう。
確実を期すなら銃を使うべきよね。それとも、よっぽど刃物の扱いに自信があるのかしら。
「銃というのは、楽ですが、いまひとつ達成感に欠けますのでね。
……やはりナイフで突き刺すほうが、殺ったという実感が桁違いです」
一瞬、男の瞳に残忍な光が宿った。なんだ、ただの殺人狂か。
「そんなこと、聞いてないけど?」
「サービスです。聞きたそうな顔をなさっていましたので。日本で言うところのメイドの土産ですね」
金髪ツインテールのツンデレ娘がケーキかなんか持たせてくれるのかしら?
それはさておき、どうしようかな。あんまり長引かせるとレオとよっぴーが迎えに来る時間になってしまう。
お腹も減ってるし、ディナーが遅くなるのは避けたいわね。
頭の中で目まぐるしく思考を回転させる。様々な状況を想定し、相手に勝利する方法を導き出す。
考えが纏まった。とりあえず、牽制しておくか。


「えいっ!」
私は手元にあった花瓶を男の顔面目掛けて投げつけた。
しかし、相手は仮にもプロの殺し屋。
こんなもので決定的な隙を作れるとは思っていない。
案の定、相手は花瓶を易々と素手ではたき落とすと、すぐさまナイフを構えて戦闘態勢に入った。
この間に、私は男から数歩、さらに距離をとった。
相手との距離は目測でおよそ3メートルほどか。
ナイフの間合いの外。何があってもすぐに対処できるだけの距離。
「無駄な抵抗ですよ、ミス霧夜」
足元に落ちた花瓶を脇に蹴り飛ばし、男はにやりと笑う。
「何度も言うけど、人違いだってば。雇い主が教えてくれないのなら、自分で調べておくのがプロでしょう?」
「ふん、何を訳の分からないことを言っているんです。時間稼ぎですか?」
「別に。知る気が無いのならそれでもいいけど」
さりげなく視線を動かし、いくつかの道具の配置を確かめておく。……これならいけるわね。
「時間稼ぎは無駄ですよ。私はプロですからね。ちゃぁんと調べてあります。
ボディガードのサムライレディは現在休暇中ですね。いくら待っても日本からここまで助けには来れませんよ」
男は皮肉っぽく言った。そして、ナイフを弄びながら続ける。
「身辺警護を解くなんて、油断ですか? 今、そばに居るのは秘書の小娘と何の役にも立たない従者が一人だけ。
貴女は丸裸も同然です。もう覚悟を決めることです」
何の役にも立たない? 従者?
……もーいいや。急に面倒くさくなった。今の今まで、色々駆け引きを考えて、
花瓶とか、伏線ばら撒いてそれこそジョジョみたいに華麗に勝とうと思ってたけど、何もかもどうでもいい。
もう、なんというか、手っ取り早く力技で解決したくなった。
次の瞬間には、私は男に向かってダッシュしていた。


「!」
まさか正面から突っ込んでくるとは思っていなかったのだろう。男の回避動作が一拍遅れた。
広いスイートルーム。助走の距離は充分。食らえ、必・殺! 総帥ドロップキック!!
「ぶあッ!!!!」
直撃を食らった男は無様に吹き飛び、背後にあった冷蔵庫にしたたか後頭部をぶつけた。
「うぐ!」
ついでにカカト落としを額にお見舞いしておこう。ボグシ! これでよし。
ナイフを奪ってすばやくカーテンを引き裂き、より合わせてロープを作る。そしてそれで男を縛り上げた。
「うあ?」どうやら男は脳震盪を起こしているらしい。
さて、後始末、後始末。
「アナタ、冷蔵庫好きでしょ?」
扉を開け、そいつを中に押し込む。へえ、割と広いもんなのね。
「……うう、な、何をする気だ?」
「あら、起きた? さすがに耐久力高いわね。その点はほめてあげる。光栄に思いなさい」
私は扉を閉めた。中で抵抗する気配がするが、気にせず、一気に持ち上げる。
ち、結構重いわね。乙女センパイの特訓メニューこなしててよかった。
「ハイ、宇宙旅行にご招待よ。……片道切符だから帰りは自力でお願いね♪」
何をされるか分かったのだろう、殺し屋が哀願する。
「や、めろ、、やめてくれ、ミス霧夜!」
「残念、頼む相手を間違っているわよ。人違いだって何度言えば分かるのかしら?」
なんとか冷蔵庫を抱えながら、窓際まで移動する。
「対ショック姿勢ーっ!」
私は中の男に聞こえるように、いや、世界中に聞かせてやるつもりで叫びながら、冷蔵庫を外へ放り投げた。
「私は! 対 馬 エ リ カ よ 〜〜〜っ!!!!!!!!!」

というか、この部屋って何階だったっけ?


(作者・名無しさん[2005/12/12])

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