「ふむ。これが噂の『げぇむせんたぁ』というものか…」
「乙女さん大丈夫? デジタル酔いしてない?」
「あ、ああ…まだ軽い眩暈を覚えるが、幾分症状は和らいできた。
 それにしても…なんという騒がしさだ、ここは」
乙女さん、祝ゲーセン初入店。
今までこういう場所とは無縁の世界で生きてきた乙女さん。
本来は俺とスバル、カニ、フカヒレ……まぁ、いつもの4人で行く約束だったんだけど、
何となく乙女さんも一緒に連れて行きたくなった。
一度ゲーセンがどんなところか、乙女さんにも見て欲しかったのだ。
当然強く断られた。しつこく誘ったら怖い顔で怒られた。
そこで事情をスバルに話すと、
「へぇ、乙女さんをゲーセンにねぇ。そりゃ俺は構わねぇよ。
 よし! 乙女さん連れて来たら、俺がその日のメシおごってやるよ」
なんと気前のいいことで。
スバルが飯をご馳走してくれる旨を伝えると、散々悩んだ末、乙女さんはようやく首を縦に振った。
そこまで必死に迷うことかな?


その乙女さん。少し辛そうな表情をしてるけど、好奇心の方が強いのか、
周りをキョロキョロと物珍しそうな眼射しで眺め回している。
「…てか、いまどきゲーセンに入ったことない高校生がいるなんてねぇ」
「ひょっとしてボクが総理大臣になる可能性よりありえないことなんじゃないの?」
「いや、それはゼロだろ」
「なんでさぁ! ボクが総理大臣になったら、週休5日制を即導入実行するよ?
 これなら絶対国民の皆様の厚い支持を得られること間違いなしですよ?」
「はいはい。まぁ、期待しないでその日が来るのを待っててやるよ」
スバルとカニが横で何やらワケのわからんことを言い合ってる。
…でも、実際週休5日制にしてくれるのなら俺はカニを支持してしまうかもしれん。


「レオ…『げぇむせんたぁ』はこういう類のものしか置いてないのか?
 残念だが、これなら私は楽しむことはできんぞ」
困り果てた顔で乙女さんが不満を募らす。
今俺たちが立っている場所は、格闘ゲームやテトリス、更には昔懐かしのインベーダーゲームなどの、
いわゆるモニターを見ながらプレイするゲームが設置されてるコーナーだった。
…なるほど、ここらは乙女さんができるようなものはないな。
「なら、あっちだな」
スバルが親指をクイと立て、後方に向けて指し示す。
「ほらほら乙女さん、早く早く!」
「ああ、こら蟹沢!」
乙女さんの腕を引っ張って、目的の場所まで急行するカニ。
…え、誰か忘れてる?
ああ、フカヒレね。
アイツは遅刻。家出る前に電話あって、
「ああレオか? 悪いんだけど、今やってるゲームがいいところでさ、
 ちょっとこれ終わらせてから行くから。
 …そうなんだよ! 人気占い師の『細木カスコ』お姉様を落とそうとしてるんだけど、
 コレが死ぬほど強情で傲慢な女なんだよ。でも彼女を引ん剥いてやるまで俺は――」
俺は電話を切った。
それにしても何とも身震いのする名前だ。というか、どんなゲームなんだ一体?


まぁいいや。
お陰でここに移動するまでの描写が省けた。いや、何でもない。
「おお、これはテレビで見たことがあるぞ!」
乙女さんの語気が強さを増した。少し元気が戻ったみたいで何よりだ。
透明の大きなケースの中にたくさんのぬいぐるみ。そして上には奇妙な形状の装置。
いわゆる『UFOキャッチャー』ですな。
「おいカニ、乙女さんに腕前見せてやれよ」
「ガッテン承知!」
スバルに促されて敬礼のポーズをとるカニ。そして俺に向けて小さな手の平を指し出す。
「…ん? なんだ、この手? お手でもして欲しいのか?」
「バーロー! ちげーよ、カネだよカ・ネ!」
「なんで俺?」
「コイツは社会のルールというものがちっともわかってないですねぇ!
 ボクみたいな可憐なレディがおねだりしたら素直にカネを出すのが男の役目ってもんでしょうがッ!」
色々突っ込みたい。というか、今この場で馳浩ばりのジャイアントスイングをかまたしたい。
でも、乙女さんの手前ということもあり、グッと堪える。そして、カニの手の上に100円玉を置いた。


「…さてと、いっちょやっみますかね」
コイン投入口に金を入れ、カニが右腕をグルングルンと豪快に回す。
「乙女さん乙女さん、リクエストない?」
「え! ああ、そうだな…では、あれなんかいいんじゃないか?」
「おうおう、これまた随分厳しい注文だな…カニ、できるか?」
「フフフ。ちょろいちょろい、まぁ見ときなって」
乙女さんが指差したのは、ケースの奥深い場所に埋もれているクマのぬいぐるみ。
正直言ってかなりの難易度だ。俺じゃ到底無理だろう。
だが、カニは不敵な笑みを漏らしレバーを操作し始めた。
まず横…そして縦。この位置で本当に大丈夫なのだろうか? 若干ズレてないか?
そして、キャッチャーが4本のアームを広げぬいぐるみの中に潜り込んだ。


「おお!」
歓喜の声を上げる乙女さん。
引き上げられるアーム。すると、4本の内の1本がクマの股の間にうまく引っかかっていた。
一見不安定な格好だが、ぬいぐるみは微動だにせずしっかりと固定されてるみたいで、そのまま――
「ま、ボクにかかればこんなもの何でもないね」
「へぇ、やるなカニ」
有頂天のカニ。思わず感嘆するスバル。
まぁ、確かに大したものだ。にしても、コイツ、かなり場数を積んでやがるな。
「ほい、乙女さん」
手に入れたぬいぐるみをカニは半ば強引に乙女さんに握らせる。
「い、いいのか?」
「うん。遠慮しないでもらってよ」
「ありがとう」
乙女さんが目を輝かせて感動している。
ちなみに俺の金でそのぬいぐるみが取れたことも忘れないでください。


その後、俺たちは様々なゲームをして過ごした。
バイクゲームで対戦するスバルとカニ。結果は僅差でカニの勝ち。
さりげなく、わざとらしくなく相手に華を持たせるところがまたスバルらしい。
そして、プリクラ初体験の乙女さん。
戸惑いを隠せずに慌てふためく乙女さんにカニが付き添い、やり方を徹底的に指導している。
「こ、これでいいのか…?」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
「すまん、もう一度頼む」
後方で待機している俺とスバルは、うろたえる乙女さんの声を聞くたびにニヤついてしまう。
『はい、チーズ』の合図とともにフレッシュがたかれ、眩い閃光に包まれる。
やがて出てくるカニと乙女さん。
出来上がったプリクラの具合を確かめるべく、俺とスバルがどれどれと覗き込む。
緊張のため少し表情は固く見えたが、それ以外は特に普段の乙女さんと何ら変わりはない。
「なかなかいい感じじゃないの」
思っていたことを先に言われてしまった。
「レオ、お前はどう思う?」
「え… !? ま、まぁ…その、悪くはないと思うよ」
「そ、そうか!」
もっと気の利いたセリフが言えない自分が情けない。でも乙女さんの反応は上々だった。


「ねぇ、ボクは? ボクは? 可愛く撮れてるでしょ?」
「相変わらずのバカ面丸出しだな」
「ムキー !!!」
暴れ狂うカニを後ろから羽交い絞めするスバル。
やはり一日最低一回はヤツをからかわないと調子が出ない。
「レオ」
「ん、なに?」
「その、なんだ…」
なにやらはっきりしない乙女さん。口をモゴモゴしている。
「今度ここに訪れたときはお前と…あの機械で写真を撮ってみたいのだ」
「今度ってまた来る気になったの? まだ少し気分よくないんでしょ?」
「あ、ああ…でも、お前が一緒なら平気だ。って、何を言わすか、コイツ!」
「痛ッ !!!」
何で蹴られたのか理解できない俺。まったくもって理不尽だ。


俺にはひとつだけ気がかりな点があった。
それは乙女さんがまだ何もしていないということだ。
プリクラを撮ったというものの、直接的な操作は全部カニがやったので、
ここに来てから乙女さんが何かのゲームを楽しんだとことにはならない。
とは言うものの、機械音痴でデジタル酔いする乙女さんができそうな
アトラクションを見つける方が逆に至難の業だ。
とりあえず何かめぼしいものはないかと周囲を見回す俺の目にそれは映った。
「乙女さん。乙女さんでもできるものがあったよ」
「何 !? 本当か、レオ?」
「うん、こっち。ついてきて」
俄然乙女さんのテンションが上がる。
ああ、俺としたことが『アレ』の存在を忘れていたとは…!


「なるほど、こりゃ乙女さんにはピッタリだわ」
「乙女さん! ガツンと強烈なパンチをブチ込んじゃってくだせぃ!」
「そ、そういう機械なのか? これは…?」
まだどんなアトラクションなのかを把握し切れていない乙女さん。
ポカンと前方にそびえる機械を見つめるだけ。
とりあえず、俺はお金を入れた。
「難易度どうしよっか?」
「一番上でいいんじゃねぇの? なんつったって乙女さんだぜ?」
確かにスバルの言うとおりだ。このヒトは常人とは違う。
設定を完了させると、赤い皮が張られた的が立ち上がる。
上のモニターには巨大な隕石が地球めがけて落下しているというシュールな映像が展開しており、
3回以内に合計1,200kg相当のパンチを命中させないと地球が壊滅してしまうのだ。


「まぁ、とにかく思いのままに拳を叩き付ければいいんだよ」
誰にでも理解できるように俺はわかりやすく解説してあげる。
「了解した」
「あ、グローブ付けないとダメだよ」
「そんなものはいらない」
素手の拳をグッと強く握り締める乙女さん。
そして目標となる赤い的を鋭い眼射しで見据えている。
だが、乙女さんは殴りかかる素振りを見せず、その状態のまま既に1分が経過した。
「あ、あの…乙女さん?」
「レレレレレレ、レオォォォッ !!!」
恐る恐る乙女さんに早く殴るように促そうとしたその時、
カニがほとんど悲鳴に近い絶叫を上げた。
「なんだよ? 静かにしろ」
「あ、あれ…!」
「ん?」
口をポカンとだらしなく開けたカニが震えた指で指し示す方に視線をやる。
そして、カニは腰を抜かしたのかその場にへたり込んだ。


…俺は我が目を疑った。
目をゴシゴシ擦ってみたが、夢じゃない。
的の中央に拳くらいの大きさの穴がポッカリと開いていた。
もはや言葉にならない。
「すげぇ…」
あのスバルでさえ唖然としている。そしてこの感想。
「な、なぁ、スバル…お前、乙女さんがモーションに入ったの見えたか?」
「いんや、全然」
スバルもお手上げらしい。なら俺が見えるはずもない。
それにしても…なんと言っていいのか。
的を叩き付けるんじゃなくて、そのまま貫いてしまうとは…。
相変わらず、このヒトは何もかもが人間離れしている。


「なぁ、レオ。もう二発目殴っていいのか?」
当事者の乙女さんはあっけらかんとした様子で事の重大さに気付いていなかった。
「――にしても、マズイぞ。これは…」
いち早く冷静を取り戻したスバルが苦い顔をする。
「そうだな…乙女さん」
「なんだ? 殴っていいのか?」
「ここ出るよ」
「どうしてだ? まだ回数残ってるぞ?」
「いいから! 早く!」
「おい、レオ! そんな急に引っ張るな!」
俺は乙女さんの腕を引き、スバルはまだ立てないカニを抱え上げ、猛ダッシュで店を出た。


店から相当離れたことを確認してようやく安堵する俺たち三人。
「やれやれだな」
「マジ超ビビったよ」
バツの悪そうな顔で俺たちを見る乙女さん。
「ひょっとして、私に何か問題があったのか?」
はい、問題大アリです。だが、今それを言うのもなんだか気の毒だ。
「いや、大したことないよ」
「そうか。それなら安心した」
純粋だな。
「なぁ、腹も減ってきたし、そろそろ飯食いに行こうか」
スバルさん、いいタイミングです。
「ボク、ボク、肉! 肉が食いたい!」
「へいへい」
「伊達。今日はお前が奢ってくれるそうだな。なら、私は遠慮なく頂くぞ」
「俺を破産に導くのだけは勘弁してくださいよ?」
ふぅ、もうクタクタです俺、はい。
「レオ、何している! 早く来い!」
「はいはい」
あれ…俺、なんか忘れてる気が…。
ま、いっか。

「さてと…やっとの思いで『細木カスコ』お姉様を口説き落とした、ナイスガイ・鮫氷新一見参!
 レオたちは確かこのゲーセンの中だよな。髪の毛乱れてないよな?
 抜群に決まった最高の登場の仕方であいつらをビックリさせてやろう、ククククク…」


(作者・名無しさん[2005/12/05])

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