―1―

竜鳴館高校といえば松笠に住んでいる人ならだれもが知っている高校だ。
非常に変わった校風で知られており、また館長も変わった人物で知られている。
竜鳴館高校には大きなグランドがあった。
いつもなら野球部やサッカー部の部員が汗を流している姿が見えるが今日は違った。
そこにはいろんな店が並び、そこに老若男女が多数入り乱れている。文化祭なのである。
食べ物を売っている店や射撃や金魚すくいを行っている店もある。因みに土曜日と日曜
日の2日間開催される。今日は土曜日だった。
その中で1組の男女が出店を忙しく回っている。
「ほらレオこっちにいくわよー。」
「ちょっと待ってよエリカ、荷物が邪魔で・・・。」
「私のナイトならぶつぶつ言わないの。」
姫こと霧夜エリカはそう言って恋人である対馬レオの腕を取った。
「早く行くわよー。」
「わっ、引っぱらないでよエリカ。」
「ちゃんとついてきなさいよー。」
この2人は学校公認のカップルである。にも関わらずレオは常にエリカに押されっぱな
しなのである。
「今度はあっちの店を見に行きましょ。」
「はーい。」
エリカは運動神経も容姿も成績も良くてお金持ちという非の打ち所が無い女性だが性格
にかなり難がある。非常に我侭で気分屋で傲慢な性格であるため多数のファンがいるが、
同じくらい嫌っている人もいる。


対してレオは普通の高校2年生である。どのくらい普通かというと、『明日出るゲーム欲
しいけど金がねえ』とか『テストいやだなー』とか考えてしまう位に普通である。
恋人同士とは言えども当然エリカのほうがレオを引っ張ってくという図式が成り立つ。
本人曰く、“強引で我侭だけどもそこが好き”だそうだ。
「わっ、見てレオ。フリーマーケットまである。」
「本当だ、少し見ていく?」
「う〜ん、後にするわ。」
レオはエリカの後についていった。
「今度はどこにいこうかな・・・?」
「エリカ、少し休憩しないか?」
 少し疲れた感じでレオは言った。
「なにもう疲れたの〜?だらしがないわね〜。」
「だって朝からずっと歩きっぱなしだし・・・。」
「男なら黙って女の後をついて来る!」
「それって普通逆じゃあ・・・・。」
「つべこべ言わないで来るの!」
「やれやれ・・・。」
 レオは口では大変そうにいっているが内心嬉しかった。
(エリカも楽しんでいるし、よかったよかった。)
そうして2人は校舎のほうに歩き始めた。
「今度は校内の展示を見にいきましょ。」
「了ー解。」
2人は校舎の中に入った。校舎の中も人でごった返している。
「しかしすごい人ねー。」
「まあ文化祭だからな。」
「ほんと日本人ってお祭り好きねー。」


「そうだね・・・・しかしクラスのみんな大丈夫かなー?」
 レオは心配そうに言った。
「私たちがいなくても大丈夫でしょ。」
 エリカはそう言い切った。
「とりあえず行ってみようよ」。
 そして自分のクラスに向かった。
姫とレオのクラスは喫茶店をしている。しかしただの喫茶店であるはずがない。
なんたってあのエリカのクラスなのだから変わっていて当たり前なのである。なんと今
流行のメイド喫茶なのだ。
出し物の案の1つであったが、当然女子は猛反対した。しかしエリカの「よっぴーのメイ
ド姿が見たい」という独断かつ自己中心的な一言で決まってしまった。
それに使われる衣装や機材はエリカが自分のポケットマネーから出したそうだ。
誰とは言わないがそれを提案したやつは狂喜乱舞し、その後男子全員に誉め称えられた
後、女子全員に簀巻きにされた。
 そいつはいま喫茶店の厨房にいる。一所懸命メニューを作っていた。
「聞いてくれよレオ、俺ここから外に出ることが許されないんだぜ。」
「諦めろフカヒレ、お前が言い出したことだ。」
「ちきしょー!何でこんな目に!」
彼の名は鮫氷新一、レオの悪友である。通称フカヒレ。
「俺だって客としてメイド喫茶に来たかったのに!」
「おめーがこの騒ぎの元凶だろうが!」
 そう言って背の低いかわいらしい格好のメイドがフカヒレの膝に蹴りを放った。フカヒ
レは悶絶している。
「・・・・いってーなカニ!何も蹴ることねーじゃねえか!」
彼女の名前は蟹沢きぬ、同じくレオの悪友である。通称カニ。
「ふん!メイド喫茶でなくただの展示なら今ごろゆっくりサボれたのによ!」


 カニは面白くなさそうに言った。
「こらこらカニっち、そういうことはいわないの。」
 姫がカニをなだめた。
「んだよ姫、ちゃんとメイド喫茶手伝えよ。」
「私は衣装や機材を提供したからいいの。」
「けっ、これだから金持ちは。」
「まあ私も明日昼から手伝うし、問題ないでしょ。」
「姫がメイドするなら間違いなくツンデレ系だな。」
 因みにメイド喫茶はかなり繁盛していた。エリカが提供したメイド服の出来がものすご
くよかったこともあるし何よりも内装が凝っていた。まるで宮殿の一部であるような感じ
なのである。
 さらにカニが大活躍していた。持ち前の明るさとバイトで培った接客が功を奏していた
のだ。
 それもあって教室の外には長蛇の列が出来ていた。
「とりあえずあとは任せたわよ。」
「レオ!おめーも遊んでないで店手伝えよ!」
「そうだ!そうだ!」
「明日エリカと一緒に手伝うし、何よりお供しないといけないんだ。」
 レオは申し訳なさそうに言った。
「そういうわけだからレオは連れて行くわ。」
「ちきしょー!納得いかねー!!」
 フカヒレの魂の叫び声が、厨房裏に響き渡った。


―2―

「それでエリカ、これからどこに行く?」
「え〜とそうね・・・。」
エリカは周りを見回した。と丁度そこへ腕章をつけた青い髪の女生徒が現れた。
「レオと姫じゃないか。文化祭楽しんでいるか?」
「楽しんでるよ乙女さん。」
 この生徒の名前は鉄乙女という。レオの家に同居しており、彼の面倒をよく見ているい
わば姉みたいな存在なのである。
「乙女センパイも学校の警備大変ね〜。」
「なに、誰かがやらないといけない事だ。」
「今日は何か揉め事はあった?」
「いや、大したことは起こってない。」
「それはよかった。」
 乙女が言うには迷子が出たり道を尋ねられたとかそういうことしか起こってないようだ。
その後2言3言話した後レオと姫は他の展示に行こうとした。その時乙女が2人を呼び
止めた。
「ああそうだ、祈先生を見なかったか?」
「いや見なかったけど・・・・何かあったの?」
「いや少々噂を聞いてな。」
「どんな?」
「どうも占い屋をやっているらしんだ。」
「それが何かいけないの?」
レオは小首を傾げた。
「学校に許可を取ってない上、有料で行っているようなのだ。」
「それは確かに問題あるわね。」


 エリカがそういった。
 祈先生とはレオとエリカの担任である。いいかげんでクレバーな性格の女性で知られて
いる。
「ああ、だから見つけたら私に教えてくれ。」
「わかった。」
 乙女はそう言うと去っていった。
「エリカ、これからどこ行く?」
「そうね・・・展示を回るついでに祈先生を探しましょ。」
「乙女さんに教えるの?」
 レオは姫に尋ねた。
「いいえ、私たちを占ってもらうのよ。」
「何を?」
 エリカは少し照れてこう言った。
「決まってるじゃない、私たちの将来のことよ。」
「あ・・・・。」
 レオも顔が少し赤くなった。
 たまに見せるエリカのこういったしぐさがレオにはたまらなかった。
「じゃあ行くわよ。」
「わかった。」
 レオとエリカは並んで歩き始めた。
 そして2人はいろんな展示を見て回った。
 書道の展示では体験コーナーがあり、エリカが長い半紙に『天上天下唯我独尊』と書い
た。しかも部員と引けを取らないくらい上手かった。
 美術部の展示では、どう見ても地面に叩きつけたとしか思えないような彫刻にエリカが
大絶賛していた。それを見たレオは心の中で“フランスで美術審査員になれそうだ”と思
った。


 科学部では金メッキの実験を面白そうに見ていた。
 とにかく2人はいろんなところを回った。
「さすがに疲れたわね〜。」
「そうだね、少し休まないか?」
「じゃあどこか静かなところに行きましょ。」
「静かなところか・・・屋上はどうかな?生徒会執行部は乙女さん達の警備の人が使って
いるし。」
「じゃあそこに行きましょ。」
 2人は屋上に行った。
「ここは静かで涼しいわねー。」
「そうだね。」
 レオはそう言った。
「取りあえずあそこに座ろうよエリカ。」
「そうね。」
 2人が座ろうとしたときおかしな物を見つけた。それは普通教室とかで見かけるもので
ある。
「そうしてここに机と椅子があるんだ?」
 レオは疑問を口に出した。
「誰かがここに座るんじゃないかしら?」
「でも一体誰が座るんだ?」
 2人して首を傾げた。
 その時屋上のドアが開いた。レオとエリカは首を向けた。
 そこには手に水晶を持った大きな胸の女性と男子生徒が立っていた。
「あら?2人ともどうしてここに・・・・?」
「それはこっちのセリフですよ祈先生。」
 祈は不思議そうに2人を見ている。


「後ろの生徒は誰ですか?」
 レオが質問した。
「この人は・・・・後でしますから少し他で時間をつぶして下さいね・・・・なんでもあ
りませんわ〜。」
「先生声が漏れてるわよ。」
「それはたぶん幻聴ですか?」
「私に聞かれても困ります。」
 男子生徒はそそくさと屋上から離れていった。
「祈先生、乙女さんに聞いたけど占いをしてるんですか?」
「あらあら、ばれてしまいましたわねー。」
「あれ?あっさり認めるんだ。」
「ばれたら他の場所で占うまでですわ〜。」
「なるほど。」
 レオは頷いた。
「こんなところのお客は来るのかしら?」
 エリカは祈に尋ねた。
「かなり来ますわよ。廊下に立って通りかかった男性に“私と屋上に行きませんこと?”
というと必ず来ますのよ〜」
「かなり悪質なキャッチね。」
「条例の施行される前の新宿歌舞伎町見たいだな。」
 あきれた顔で2人はそう言った。
「細かいことは言いっこなしですわ〜。」
 祈は笑顔でそう言った。その顔には悪意とかそんなものはさらさら無かった。
「それよりも祈先生、ここで営業していること黙ってあげるから私たちのこと占ってくれ
ないかしら?」
「まあ、仕方ありませんわね。」


 そう言って祈は水晶球を取り出して占い始めた。
「因みになんについて占えばいいのですか?」
「私とレオの未来について。」
「わかりましたわ。」
 祈は水晶球に手をかざした。そして手を横に上にと動かした。そしてしばらくして祈は
話し始めた。
「見えてきますわ・・・霧夜さん。」
「何かしら?」
「貴方が対馬さんに寄りかかって不安そうな顔をする姿が見えますわ。」
「・・・祈先生の占いでもたまに外れることがあるのね。」
 エリカは少し笑いながらそう言った。
「信じる信じないは勝手ですが私の予想ではここ数日中には起こると出ていますわ。」
「逆ならまだしもそんなことは絶対にありえないわ。」
「それもどうかと・・・・。」
 レオは呟いた。
「そこで今ならこのペンダントを買うと良い未来が訪れますわ。」
「先生、それは霊感商法です。そしてそのペンダントどこから出したんですか?」
「それは秘密です。」
 祈は胸を張って言った。
「しかし変わったペンダントですね。」
「趣があるとおっしゃってください。」
「・・・・先生、そのペンダント買うわ。」
「えっ?」
 レオは一瞬聞き間違いかと思った。
「それ美しいわ、すごく欲しい。」
「なるほど、そういうことか。」


 レオは相変わらずの美的センスだなと思った。
「霧夜さん、良い未来というのは冗談ですわよ?」
「そんなことは信じてないけど、私は単にそれが欲しいの。」
「では5千円でお譲りしますわよ。」
「安いわね。」
 エリカはすぐに払った。そして首にかけた。
「原価はいくらなんだ・・・・?」
 レオはそんなことを考えた。
「ありがとございます〜これで給料日まで持ちますわ〜。」
「祈先生前もそんなこと言ってなかった?」
「幻聴です。」
「はあ・・・・ところで土永さんは?」
「あの鳥公とは喧嘩中ですわ。」
「またですか・・・・。」
 そしてレオとエリカは屋上を後にした。
 その後いろんなところを回った。気付けば夕方の5時になっていた。
「そろそろ帰ろうかしら。」
「今日は俺の家に来れる?」
「バッチリよ。明後日まで予定は何も入れてないわ。」
「じゃあゆっくりしよう。」
 レオは顔を赤くして言った。
「そうね。」
 エリカも真っ赤になっていた。2人は手をつないで家に行った。


―3―

 レオはカーテンの隙間から差してくる朝日で目を覚ました。隣には恋人であるエリカが
寝ていた。
 目を覚まさせないようにゆっくりと起き上がって着替えると階段を下りた。
 因みに、同居している乙女は土日になると実家に帰るようにしていた。彼女なりに2人
に気を使ったのである。
 トースターにパンをセットし、コーヒーを作り始めた。
 しばらくするときつね色に焼けたパンが出来上がり、程よい熱さのコーヒーが出来上が
った。
「エリカー!朝食ができたよー!」
 2階に向かってレオがそう言った。
 いつもならすぐに降りて来るが今日は降りてこなかった。
「珍しいな、まだ寝ているんだ。」
 レオはエリカを起こしに2階へ上がった。そして扉を叩いた。
「エリカ入るよ。」
 しかし中からは返事が無かった。
「よっぽど疲れたみたいだな。」
 そして中に入った。
「エリカ、朝食ができ・・・・・・あれ?」
 エリカはボーとした様子でベッドの上に座っていた。少し不安そうな表情をしていたが、
 レオの顔を見るやいなや、優しい顔つきになって頬を赤く染めた。
 確かに彼女は顔を赤くすることはある。しかしそういう時は大抵少しにらんだような感
じで、どちらかというと強張った顔である。だから今回のような掛け値なし嬉しそうにし
て子犬のような弱々しい顔つきで見られるのは始めてである。
 そんな顔で見つめられたもんだからレオは非常にドキドキした。


「エ、エリカ?」
 レオは心配そうに呼んだ。
 するとエリカは両手を広げて前に突き出した。レオは何気無く手を差し出した。
「・・・・!」
 するといきなりレオの手を取って抱きしめて押し倒した。
「どっ、どうしたんだエリカ?」
 レオは今かなり混乱していた。今までこんなことは1回も無かったのである。
 そしてなんとエリカはレオの耳に息を吹きかけたのである。
「!」
 恥ずかしさと嬉しさで耳まで真っ赤に染まった。そして口を開いた。
「おはよう・・レオ。」
「おっ、おはよう。」
 辛うじてそう答えた。
「あのね・・・。」
「・・・うん。」
「聞いて聞いて。」
「・・・うん。」
 レオは努めて普通の声を出そうとした。しかし完全に裏返っていた。
「朝起きたとき貴方が隣にいなかったの。」
「うん。」
 エリカが家に来るときは、彼女が起きる前に朝食の準備をするの事がレオの仕事だった。
1回忘れてえらく叱られたことがある。
「だから非常に悲しかったの・・・。」
「・・・・・・。」
 レオは絶句した。
「でもね・・・貴方を見たとき・・・・・とても嬉しかったの。」
 普段からは想像もつかないほど甘い声で耳元にささやかれた時、レオは嬉しさのあまり
息が止まりそうになった。
「だからね、今はぎゅーとさせて。」
 そしてエリカはまるで子供が大好きなぬいぐるみを抱くようにレオを優しく抱きしめた。


「少しの間・・・こうさせて・・・。」
 エリカは安心しきった表情でレオに体を預けた。その顔は今まで見たことが無く、まる
で女神のような顔だった。そしてレオはさらに困ってしまった。
 なんと胸が自分の体に触れているのである。いつもならそこまで興奮しないけど今日は
違った。そのうえ体を前後に揺らしこすりつけるようにしているのである。興奮するスピ
ードがさらに加速していった、それはもう死んでしまうかと思うくらいに。
「レオ・・・・ドキドキしてる。」
 レオはエリカの肩に手をかけた。するとエリカはその手をそっと取って自分の胸の上に
置いた。
「私と同じだ・・・・。」
 レオは今すぐにでも襲いかかってしまいそうになった。しかし理性でそれをなんとか抑
えつけた。
「レオ・・・我慢しなくていいよ。貴方のしたいこと・・・・何でも受け止めてあげる。」
 本当にそうしたかったが心の奥で引っかかる何かがそれを静止した。すると少し冷静に
なり考え始めた。
(こ・・・これは新手の心理攻撃なのか?)
 しかしレオは頭を振ってそんな考えを飛ばした。
(姫がここまでデレデレすることは絶対無い、ならば原因が必ずあるはずだ。)
 レオは昨日から今までの行動を思い出した。
(昨日はまず外の出店を回って色々遊んだな・・・。そしてクラスに帰って話しをした後
展示を見に行ったっけ・・。書道部や美術部に行って、そのあと祈先生に会ってエリカ
が・・・・・。)
 そこまで考えたときレオはハッとなった。
(そうだよ!ペンダント買ったんだよ!)
 慌ててエリカの胸元を見た、そこにはあのペンダントがあった。
(どう考えたってこれが絶対に怪しいよ!)
 そしておもむろにペンダントを手に取った。
「これ・・・・貸してもらえる?」
「レオのお願いなら・・・・いいよ・・。」
 そしてペンダントを外してもらった。その時のしぐさがたまらなかった。


(ペンダントを外したら元に戻らないかな?)
 しばらくエリカを見つめていたが顔を赤くして見つめ返すばかりで何の変化も無かった。
(・・・・やっぱりダメか。)
 こうなったらもう残った手はひとつしか無かった。売った本人に元に戻す方法を聞くの
である。
「エリカ・・・・少し下に行ってきてもいい?」
「ダメ・・・ここにいて。」
「少しだけだから。」
「レオ・・・・私のこと嫌いなの?」
 エリカは目に涙を浮かべて弱々しく言った。なぜだか知らないけどレオは罪悪感に駆ら
れた。
「いや・・・少しトイレに行くだけだよ。」
「・・・・良かった。」
 心底安心したような表情でそう言うエリカ。レオはその顔にまたドキッとした。
(この状況は非常に嬉しいけど・・・・・このままでは絶対に体が持たないな、心臓が止
まりそうだよ。)
 レオは複雑な面持ちで階段を下りていった。


―4―

 レオは椅子に座ってぬるくなっているコーヒーを口の中に一気に流し込んだ。
 エリカが持ってきたそれは、最高級ということもあって冷めてもおいしかった。
「さて・・電話するか。」
 祈先生の番号は執行部の緊急連絡先としてメモリーに登録されていた。しかし緊急時に
は乙女に頼った方が確実なので使ったためしは無かった。
「祈先生・・・・出てくれ・・・・・。」
 4回ほどコール音が鳴ったとき祈が電話に出た。
『もしもし、祈ですわ、どうかなさいましたか対馬さん?』
「祈先生おはようございます。」
『朝のホームルームは終ってもう店を始めていますわよ、早く来て手伝ってくださいな。』
「ええ、もう少ししたら学校に行きます。」
『では待っていますわ。』
 祈は電話を切ろうとした。
「ちょっと待ってください祈先生。少し聞きたいことがあるんですが・・・。」
『なんでしょうか?』
「昨日エリカが先生から買ったあのペンダントなんですけど・・・。」
『それがどうかなさいましたか?』
「実はですね・・・。」
 レオは今朝起こったことを祈に説明した。
『まあ、対馬さんたら見かけによらず女性の扱い方がお上手なのですね。』
「いや違いますよ先生、本当におかしくなっちゃったんですよ。」
『私にのろけられましても・・・・。』
「そんなつもりは全く無いですよ、信じてくださいよ!」
『・・・・どうも本当のようですわね・・・。』
 そう言うと祈は電話の向こうで押し黙った、何か考えているようである。
『まさかとは思いますが・・・昨日お譲りしたペンダントの形を言っていただけませんで
しょうか?』
「えーとですね・・・。」


 レオはポケットに入れたペンダントを取り出した。
「ハートが三つ葉葵のように彫られていて、所々にいろんな文様が彫られているペンダト
です。」
『・・・・・やはりそうですか・・・・。』
 祈はため息をついて言った。
「なんですかこれ?」
『そのペンダントは中世ヨーロッパに作られたもので名前を“Change of Heart”(心の
変化)というものです。』
 祈は英語教師の流暢な発音でそう告げた。
「どういったものですか?」
『これには魔法がかけられていまして、首をかけたものの心を変化させる効果があるので
す。』
「・・・・マジですか?」
『本当です。ありていに言えば性格が反転してしまいますの。』
「・・・・何でそんなもの売ったんですか!?」
 レオは大声で叫んだ。
『どうやら他のものと間違えて持ってきたらしく、それが霧夜さんの心を鷲掴みしたよう
ですわね。』
 祈は悪びれた様子も無くそう言った。
「で、どうすれば元に戻るんですか?」
『ペンダントそのものの効果は1ヶ月〜1年ですわ。』
「それでは遅いです、すぐに元に戻してくれませんか?」
『めんどくさいですわ、対馬さんも前の霧夜さんよりも今のほうがよろしいんじゃないか
しら。』
 レオは少し心が揺れた。しかし毅然としてこういった。
「今のエリカは正気じゃないようなものです。だから早くもとに戻したいのです。」
『仕方ありませんわね・・・。では掛かっている魔法をまたそのペンダントに戻しますわ。
 今日も文化祭ですので明日の振替休日に行いますわ。』
「よろしくお願いします。」
『今日は体調不良ということでクラスのみんなには伝えておきますわ。』


「感謝します。」
 レオは電話を切った。
(さて、今日はエリカを外には出せないな。)
 レオは2階に上がった。そこには毛布を抱きしめて横になっているエリカがいた。
 彼が中に入ってくると毛布を抱きしめたまま起き上がり見つめた。
「何で早く戻らなかったの・・・・。」
 レオは時計を見た、30分近く経過していた。
「一人にしないでよ・・・・。」
 拗ねて、泣きそうな声でレオを見上げる。どうやら寂しくなって毛布を抱きしめたらし
い。
「ご、ごめん・・・・。」
 レオは謝った。
「ダメ、許してあげない。」
「ごめんよエリカ、なんだってするから許してくれよ。」
 そう言うとエリカはもじもじしてレオにこういった。
「じゃあ抱きしめて・・・・。」
 レオはエリカに近づいて優しく抱きしめた。すると幸せそうな顔になってレオのことを
抱きしめた。
「・・・・足りない。」
「えっ?」
「これだけじゃあまだ足りない・・・キスして。」
 エリカは見をつむってレオの方に顔を向けた。そしてレオは少し考えて彼女のおでこに
キスをした。本当は唇にしたかったのだが何とか抑えた。
「これでいい・・?」
「ダメ、もう1回して。」
 今度はほっぺたにキスをしてあげた。するともじもじしてまたレオのことを抱きしめた。
「・・・ありがと・・。」
 キスをして礼を言われるのは初めてなのでレオは非常に舞い上がった。
「じゃあ今度は私が・・・。」
「えっ?」


 そう言うとエリカはレオの首に顔を近づけた。何をするのだろうとレオが考えていたら
いきなり首にキスをした。背中がぞくぞくした。
「ちょっ、エリカ、何を・・・・・?」
 そして強く肌を吸い始めた。するとそこには虫にさされたように赤くなった。
 それを見たエリカは満足し、レオの上半身にどんどん印をつけ始めた。
「エリカ、やめてくれ!じゃないと俺は・・・。」
 レオにとって地獄のような幸福の時間が訪れた。
「レオがキスしてくれたから私もしてあげる。」
 しばらくするとレオの上半身はキスマークでいっぱいになった。その数数十個。そして
エリカの顔も真っ赤になった。
 レオは目を回しそうになった。いろんな意味で限界であった。
(エリカが正気に戻ったとき・・・・なんて説明しようかな・・・・。)
 レオは改めてエリカのすごさを思い知った。
 その後エリカはレオにじゃれついていた。そして唐突に口を開いた。
「レオ・・・・文化祭に行こ。」
「えっ?」
「だって今日私クラスの手伝いをすることになってるでしょ?」
「ああ、そうだけど今日はやめないか?」
「どうして・・・・?」


 エリカの目は潤んでいる。そしてそういう顔をされるとレオは何も言えなくなる。
「だって責任は果たさなくちゃ・・生徒会会長だし。」
 普段のエリカからは出るはずが無い言葉が出た。レオは改めてあんなペンダントを持っ
てきた祈を恨めしく思った。
「確かにそうなんだけど・・・。」
「それに・・・貴方にメイド姿を見せたいの・・・。」
「うっ。」
「だめ・・・・?」
 エリカはそう言ってレオを見つめた。しかも“捨てられた子犬が私を拾ってください”
的なオーラを全開に出しながら見上げたのである。そしてメイド姿も見せたいというこの
発言、こんな破壊力抜群のコンボをくらってレオはとうとう観念した。
「・・・・わかった、行こう。」
「ありがとう・・・・だから・・・・好き。」
 そしてエリカはレオに抱きついた。レオはまたクラッとした。
「でもこれだけは守ってくれ、俺の傍を離れないこと。」
「わかったわレオ・・・ずっといるわ。」
 そしてレオとエリカは支度をして学校に出かけた。


―5―

 2−Cのメイド喫茶は昨日に引き続いて大盛況だった。
 クラスメイト全員が忙しく動き回っている。
 それは厨房でも同じだった。
「しかしこんなときにレオのやつ休みやがって、あとでシメないと気がすまねえな。」
「右に同じ。」
 カニとフカヒレは少し休憩をしている。
「オアシスのバイトよりも忙しいぜ。」
「俺も客として来たかったなー・・・。」
「オメーはもっと働け。」
「はいはい。」
 2人は休憩を終えて仕事に戻ろうとした。その時ドアが開いた、そのほうに顔を向ける
と1組の男女が立っていた。
「レオ!と、ひ・・・・・め?」
 カニはわが目を疑った。そこに嬉しいような困ったような顔をして立っているレオがい
た。一方エリカはレオの腕に抱きついてじゃれていている。しかもものすごく嬉しそうに。
 そんな姿を見たもんだからカニは頭に血が上っていくのを感じた。
「体調不良で休んだと思ってたけど、これはどういうことかなレオ?」
 声が震えていた。
「・・・確かに傍から離れるなといったんだけどな・・・。」
 レオはそんなことを呟いた。
 フカヒレは体育座りをして部屋の隅でさめざめと泣いている。そして訳のわからないことを呟いていた。
「どーいうことだよレオ!返答次第じゃあオメーにメイド服着せて写真撮って脅迫のネタ
にしてやるからなあ!」
「種族:外道 名前:カニ。」
「うるせえっ!それともあれですか?仲がいい所を見せ付けに来たのかぁ!えええ!?」


「そんなつもりじゃねえよ。少し腹が痛かったけどしばらくしたら治ったんだ。だから手
伝いに来ただけなんだよ・・・・。」
「じゃあそのいちゃついてる姫は何なんだ!」
 レオはうつむいてボソッと言った。
「・・・・今日だけの・・・・・特別サービス・・・らしい。」
 そうレオが言うとフカヒレがこちらにやってきた、なんだか表情が怖い。
「ちきしょー!ぜってーお前より幸せになってやるー!」
「だからおめーは仕事しろ!」
 カニの叫び声が響き渡った。

「取り合えずカニ、フカヒレ、エリカが着替えるから外に出てくれないか?」
「分かった。」
「しかたねーなー。」
 そして数分後、メイド服姿のエリカが出てきた。その姿はバッチリと決まっていた。
「さすが姫、非常に似合ってらっしゃる。」
「けっ、たいしたことねーよ。」
 そのままエリカはレオの前にやってきた。
「レオ・・・・似合う?」
 その声にはいつものとげとげしさが無かった。だからカニとフカヒレは眉をしかめた。
「ああ、似合うよ。」
 レオも照れていた。
「ありがとう・・・。」
 そして抱きついた。カニとフカヒレは口をあんぐりと開けて驚いた。
「しばらくこのままにして・・・。」
 カニはあきれたようにこう言った。
「レオ、いちゃつくのは構わねーが・・・ちゃんと仕事してくれよ?」
「わかったわかった、ちゃんとやるよ。」
「・・・・ちきしょー・・・」
 フカヒレはまた部屋の隅で泣いている。
「じゃあ始めるとするか。」


「しっかり働け。」
 そしてメイド喫茶の手伝いを始めた。仕事を始めるとエリカはまじめに働いた。いつも
のお姫様オーラが発していなく非常の柔らかい感じで接客してるため注目の的になってい
た。
「・・・・なあレオ、姫なんか今日変じゃねーか?」
「そっ、そうか?」
 レオはドキッとした。
「なんかさ、いつもより柔らかいというか・・・・性格が反転しているというかなこれ?」
(相変わらず鋭いやつだ。)
「だってよー、あれ見てくれ。」
 そこにはエリカが注文を受けている姿があった。いつもならツンとした態度で行ってい
るはずだが、今日は優しい表情でまるで相手に尽くすような感じで行っている。お客さん
も鼻の下を伸ばしてデレーとしている。
「あのプライドの塊の姫があんな事するはずがないぜ。」
『あっ、申し訳ございませんご主人様。』
「うわっ、姫があんな事喋った!」
『ありがとうございます、またお越しくださいませご主人様。』
 そしてそのお客はすぐるに行列の後ろに並んだ。
「あの客もバカだなー。」
「・・・お前に言われたくないと思うぞ・・・・。」
 レオは心底思った。
「しかし姫の事調教したのか?おめー。」
「そんなことできるわけが無いだろ。」
「そだね、チキンのレオがそんな度胸あるわけ無いもんね。」
「そんな事よりもお前も働け。」
「で、実際のところどーなのよ?」
 カニが興味心身で聞いてきた。
「別に、エリカがメイドになりきってやると言っただけだよ。」
レオはそう答えた。しかし彼は、こんな理由でカニが納得する分けないと思った。さて
どうやって言い訳しようかと考えたとき・・・。


「へーそうなのか。」
 あっさりと納得した。レオはこけそうになった。
「まあそういうことなんだよ、だからみんなにもそう伝えてくれ。」
「ん、分かった。」
 エリカはその後も丁寧に接客した。客が来てオーダーをたくさん注文し、それに慌てふ
ためく姿に皆はデレーとした。又、転んでカップを割ってしまう姿に癒される客も出現し
た。そのおかげでわざと難解なオーダーを頼んだり、脚をひっかける客も出現したとか、
それにより有志の間で“霧夜エリカを守る会”も発足したとかしないとかいろんな伝説が
生まれた。
 当然他のクラスメイトはエリカを不思議に思ったが、レオの説明とカニが皆にそう伝え
たためあまり騒ぎにはならなかった。
 とにかくメイド喫茶は大成功した。
 その後皆で片付けをして教室を掃除した。
 そして竜鳴館高校の文化祭は無事閉幕したのである。
 余談だがエリカはメイド服をレオの家に持って帰ってもいい?と本人に聞いて、丁重に
断られたそうだ。


―6―

 次の日レオはエリカを連れて生徒会執行部に向かった。
 祈先生が魔法の解除をしてくれるからだ。
 先に来てしばらくすると祈がやってきた。
「対馬さん、霧夜さんおはようございますわ。」
「おはようございますは先生。」
「・・・・・おはようございます。」
 祈は嬉しそうな顔をしていた。
「先生、なんだか嬉しそうですけどなにかあったんですか?」
「いえいえ、ただ占いの売上が思ったより多かっただけですわ。」
「あの悪質なキャッチ何回ぐらいやったんですか?」
 レオはあきれた顔をしてそう聞いた。
「悪質なキャッチとは失礼ですわ。」
「まあ乙女さんにばれないようにしてくださいね。」
「大丈夫ですわ〜。」
「ではそろそろ解除をお願いします。」
「分かりましたわ。」
 そう言うと祈は持ってきた鞄の中から色々な道具を取り出した。
 そして床に魔方陣を書いた布を広げテーブルの上にあのペンダントを置いた。
「この上に霧夜さんを立たせてください。」
「分かりました、エリカこの上に立ってくれ。」
「立ったらキスしてくれる?」
「ああするよ、だから立ってくれ。」
 そしてエリカは魔方陣の上に立った。それを確認すると祈はなにやら呟いた。
「・・・・・・・・!」
 次の瞬間エリカの体が光った。そしてその光はペンダントに吸い込まれていった。
「・・・成功ですわ。」
「ありがとうございます先生。」


「ところで対馬さん、逃げたほうがよろしいと思いますわよ。」
「どうして?」
「性格が反転しているときの記憶はなくなるわけではありませんから。対馬さんがした事
もされた事も霧夜さんは全部覚えていますわよ。」
 レオはぎくっとした。
 エリカの目は優しい目つきからいつもの強気な目つきに変わっていった。
 それからけろっといつものエリカに戻った。レオを見つめるやいなやその顔は赤く変化
し、わなわなと震えだした。
 レオはまずいと思いその場から逃げ出そうとした。
「待ちなさい。」
「いや今日は乙女さんの練習に付き合わないと・・。」
「そんなわけなないでしょうがぁぁぁぁぁ!」
 レオは執行部から逃げ出そうとした、しかし一瞬エリカの腕の方が早かった。
 がしっとつかまれてレオはびくびくした。
 そしてエリカはレオの上着をたくし上げた。そこには無数のキスマークがあった。それ
を見てさらに顔を赤くした。自分がこれをつけたことを思い出すとますます赤くなった。
羞恥と怒りが入り混じってエリカの頭の中で何かが切れる音がした。そしてその怒りの
矛先はレオだった。

 しばらくいて執行部のソファーにはかつてレオと呼ばれていた男の残骸が転がっていた。
隣には少し冷静になったエリカがそっぽを向いて座っていた。
 因みに祈はさっさとペンダントを回収して去っていた。
「ごめんねエリカ。」
「普通ならあんな事しないからね!」
「分かっているよ。」
 レオが疲れたような声でそう言った。そこで初めてエリカはレオに全く非が無い事に気
が付いた。しかし恥ずかしくて声がかけられなかったのである。
「レオ・・・・ひとつだけ聞きたいことがあるの。」
「何?」


「どうして私があのペンダントで性格が反転しているときに、な、何もしなかった・・・
の?」
 レオはきっぱりと答えた。
「あれはエリカであってエリカじゃないからだ。いわば正気を失っているようなものだか
らそういう時にするのは男として最低だ。だからしなかった。」
 そうレオが答えたときエリカは嬉しさでいっぱいになった。
「ま、まあ少しやりすぎたかもしれないから手当てしてあげるわ。」
「ありがと。」
 口ではきつくいっているが心の中はものすごく感謝していた。しかしそれを口に出せな
くてもどかしい思いでいっぱいだった。
 そしてレオに聞こえないようにこう呟いた。
(レオ・・・・・私は貴方を好きなってよかった。)
 レオは優しく手当てされていた。
「最後にレオ、もう1つ質問させて。」
「何?」
「今の私と、昨日の私・・・・どっちがいい?」
 そう言った時エリカは思わず目をそらしてしまった。
 レオは優しい顔つきになってこう答えた。
「俺はエリカが好きだ。だから今のままでも昨日の感じでもそれがエリカの本当の気持ち
だったらどちらでもいい。どんなエリカでも俺は受け止め自信はある。」
 レオはきっぱりといった。
 エリカは思わずだきしめてレオにキスをした。
「ありがとう・・・・レオ。」
 エリカはレオの胸に顔を埋めた。
「今度から貴方の前だけはもう少し優しくなるわ。」
「・・・・ありがとう。」
 レオはこの女性を好きになって本当によかったと思った。
 そしてこれからもエリカを助けていこうとより一層思ったのである。
 秋の空はどこまで晴れわたり、まるで2人の心を示しているようであった。

END


(作者・区区氏[2005/11/29])

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