「エリカ、ちょっと手を出してくれないかな?」
私が竜宮でくつろいでいると、恋人であるレオがこう切り出してきた。
一瞬意味がわからず、レオの顔を眺めながら訝しんだが、手を差し出すという行為が意味するものを
私は女の直感ってやつで感じ取り、素直に左手をレオに出した。
「ふふ……センスのいいやつじゃなきゃ嫌よ?」
「え? もしかしてバレてる?」
「いいえ、知らないわ。ただの勘よ」
まあ、結構前から何やらこそこそしていたし、兆候がなかったわけじゃないんだけどね。
レオは隠し事ができないタチだから。

かなわないなぁ、と苦笑しながらレオはポケットから取り出したものを私の薬指につけた。
シンプルだけど無骨じゃない、かなり趣味のいいデザインのリング。
「そういえば、エリカにこういうプレゼントした事なかったなぁ……と思ってさ。
 何て言うか……その、安物なんだけど、受け取って…もらえるかなあ……って」
レオは叱られた子供が言い訳をするかのように、赤面しながら早口で言葉をまくしたてる。
でも、私にはレオの言っている事はほとんど聞こえなかった。
そんな余裕なんて、なかった……とも言う。

「……そうね。私だったら、この程度の指輪はイヤになるほどいくらでも買えるわね」


直前にある程度予想はしたけれど、心構えはできていなかった。
だから、私の口からいの一番に出てきたのは憎まれ口。
レオは私の言葉にちょっとだけ苦笑して、そして少しへこむようにうなだれた。
ああもうっ、これくらいでへこまないで欲しい。まだ私の言葉には続きがあるんだから。

ホントは涙が出そうなくらい嬉しい。
このデザインの指輪や、これより高価な指輪はこの世にいくらでもあるけれど、
レオにしか与えられない……私にとって最も価値のある指輪はこれだけなんだから。
言葉にしたいんだけど、口から出てきてくれない。
だから私は、言葉よりも行動に出る事にする。

顔と顔が近づく。目的は、レオの唇。
私の唇とレオの唇が重なって、キスになる。単純だけど、重要な行為。
……のはずだったんだけど。

ガチッ。
「痛〜〜〜〜〜〜〜〜っ」
「痛てて……何するんだよエリカ!
いきなりヘッドバットはひどいぞ!?」
「誰が何でヘッドバットをしなきゃいけないのよ!
キスよ、キス!!」
嬉しさのあまり勢いあまってしまったらしい。歯と歯がぶつかって、口が痛くなった。
レオも痛かったのか、口を押さえて少し涙目になっている。
「まったくもう……こういう不意打ちはもうなしにしてよねっ。
 嬉しくてどうにかなりそうだったじゃない!」
指輪をプレゼントされただけだっていうのに、何でこんなに嬉しくなるんだろう。
はあ……私って、何かすっかり普通の女の子になっちゃったわね。されちゃった、の方が正しいかも。
でも、こういう自分は嫌いじゃない。


「エ、エリカ、それって……」
驚いたように、目を瞬かせるレオ。急速に顔が赤くなっていく。
それはどんどん顔が熱くなっていく私も同じ。
「みなまで言わないの!
ほんっと、もう私ってレオなしじゃ……」
生きていけない、って事はないと思うけど……
……駄目になっちゃうわね。霧夜エリカっていう一人の人間が。
今ではレオが私の側に居ない世界なんて考えられない。

照れて笑うレオに、私はもう一度キスをする。
最初は軽く優しく。そしてだんだんと深く貪欲に。
ここが竜宮だといえ、学校という事を忘れて私たちはお互いを求め合った。
「んっ……んんっ…ちゅ…はぁ…レオ、好き……好きよ……」
「くちゅ……ちゅ……俺も、好きだ……エリカ……」
キスの後は、白い橋がかかる。余韻に浸ったまま、レオと見つめ合った。
こうしてお互い見つめ合っていると、愛おしさが増してくる……ような気がする。

もう、私たち二人だけの世界。
誰も何も、全てが気にならないくらい。
そう……すぐそこで見ているよっぴーすら気にならないくらい……って!

……何でよっぴーがいるの!?


「よ、よっぴー!? い、いつからそこに!?」
「エリー、最初から居たじゃない……」
げんなりした顔でよっぴーが言う。はいはい、ご馳走様……と言いたげな顔だった。
ぬかった……レオから指輪もらったせいで舞い上がってたけど、よっぴーが書類作業でずっとここに居たんだった。
「ああもう、エリーったら妬けるなあ……昔は『馬鹿みたいな男女交際は一生しませんー』って言ってたのに……」
そういえば昔はそんな事も言っていたわね。でも、人は変わるものなのよ、よっぴー。
「ぬ、ぬぐぐぐ……! レオのヤツ、鼻の下のばしやがってチクショー!!」
「……先輩はともかく、お姫様も堕ちたものですね」
「やれやれ……レオも姫も変わったものだな。交際の恐ろしさというか……ほどほどにな」
そういえば、カニっちやなごみん、乙女先輩も居たわね。伊達君は部活だから居ない。
フカヒレ君は……鈍器で撲殺されている。おそらく犯人はよっぴーね。

っていうか、こんな状況で指輪を渡さないでよっ。レオの馬鹿!
……まあでも、見せつけるって意味では悪い気はしないのよね。そんな微妙な乙女心。

「何とでも言えばいいじゃない。今更痛くもかゆくもないわね」
私たちって、いわゆるバカップルになりかけているのかも。
以前までは嫌悪……というか、何でそうなるのか理解不能だったのよねー。
でも、今ならわかる。教えてくれたのは、レオ。
「エリカ、俺はバカップルになるつもりはないぞ」
私の考えている事が伝わったのか、レオが顔をしかめる。
どうしてわかったのかしら。これが以心伝心ってやつかもね。ちょっと嬉しいかも。
「あら、レオは嫌なの? 私とバカップルみたいにいちゃつくのは嫌?」
「う……別に、嫌じゃないんだけど……」
「でしょ? 私だって別にバカップルになりたいわけじゃないんだけど、
 なったらなったで別にいいんじゃない?
私はただ、少しでもレオとの時間を過ごしたいだけよ」
何か私、凄い台詞をポンポン吐いているわね。


「ちっくしょー! また二人の世界作りやがってー!!
 やってらんねー!!堕ちるとこまで堕ちてやるーーーーー!!」
「ま、待て!どうするつもりだ!!」
「優先席に座りたがっているジジババから席をぶんどって、目の前で居眠りしてやるーっ!!」
「外道すぎる!」
カニっちは怒ったような、何というか複雑きわまりない顔で走って出て行った。
「お姫様達のくだらない劇に付き合っている暇はありませんね。帰ります」
なごみんも出て行った。くだらないとは何よ。

「私も風紀委員としての見回りがあるので出て行くが……レオ、姫。まあ、ほどほどにな」
「わかってまーす。停学退学になるような事はしませーん」
ま、もうすでに十分退学になるような事(学校でエッチ)はしちゃっているけどね。
「よっぴーはどこかに行かないの?」
「まるでどこかへ言って欲しいような言い方だね……ちょっと酷いなぁ」
「ごめんごめん。そんなつもりは無いわよ。ちょっと言ってみただけ」
居ても居なくても、レオとはいちゃつくし。
たぶん、まだレオの事が好きなはずのよっぴーには悪いなあ……とは思うけど。
でも、私は自分の欲求に素直でいたいの。

「わかってる。でも、今日は私帰るね。せっかくのカップルの一時を邪魔したら悪いし」
「ごめんね。佐藤さん」
「いいよ、対馬君。エリーと仲良くね」
「あ、よっぴー。ついでにそこのフカヒレ君も持ってってくれない?」
「わかった」
よっぴーはフカヒレ君を引きずりながら、乙女先輩と一緒に竜宮を後にした。
引きずられたフカヒレ君は、段差やでっぱりに終始ぶつかりっぱなしで、時々変なうめき声を上げていた。
よっぴーは「……粛正……淘汰……」と、独裁者が好きそうな台詞を呟いていた。
明日あたりにダークよっぴーの毒気を抜かないと駄目ね。


パタン……
扉が閉まり、よっぴー達が遠くへ行くのをを確認すると、私はすかさず鍵をかけた。
「ぬふふふふ……」
「えっと……あの、エリカ? なんか舌なめずりして獲物を狙う眼になってない?」
当然じゃない。せっかく好ましい状況になったんだから。
「うふっ、じゃあ……さっきの続きをしましょうか?」
レオに向けてウインクをするが、どうもレオは乗り気じゃないみたい。
さっきの行為を見られてしまったのを引きずっているのかな。相変わらず、人の眼を気にするのね。

「う〜……さっきのじゃ全然足りない!足りない足りないっ、レオ分が足りなーい!!
 レオ分を補充してくれないと、私もうこれ以上動けないー!!」
「お、落ち着けエリカ! 駄々っ子になっているぞ!」
「じゃあ早くキスしてっ。一週間は大丈夫なくらいレオ分を補充してよ」
自分で言っておいて何だけど、レオ分って何かしら。
まあ……具体的には言えないけれど、感覚的にはわかる。きっとこの胸のあったかい感じよね。
私は眼を瞑り、心なしか唇を突き出す。

眼を瞑っていると、いつキスが来るんだろう?っていうドキドキ感があって、結構好き。
逆にいつまでもキスが来ないと少し不安になってしまう所もある。
けど、それもこの甘美な味のスパイスよね!

唇に、優しい感触。
心に突き刺してくるようなねちっこいキスも好きだけど、やっぱりこういう胸にじ〜んと来るようなキスも好き。
そして何より、レオが好き。大好きっ!
この気持ちは、本当に素直になったときにしか言えないけれど……


レオ分の補充?

ああ……本当は指輪をもらった時点で、霧夜エリカは後10年は戦える!って状態になっていたのよね。
だから、あれからキスとかその他諸々をしなくてもレオ分は十二分に足りていた。半分は、本当。

もう半分は、嘘……というか本当じゃない。
レオ分は10年分あろうと、100年分あろうと、いくらあっても足りないくらいだし。
二日くらい一緒に居ないだけで、すぐに使い切ってしまう。一日だけでも相当かも。

でも……何だかこの指輪を見ていると、レオがすぐ側にいるような気分になってくるのよね。
完全とは言えないけど、レオ分がどんどん消費していくのを防いでくれている。

本当に寂しい時は、指輪にキスをしてみたりする。
冷たい金属の感触なのが悲しいけれど、それでも幾分かマシになる。
私は独りじゃないんだ……って、教えてくれる。

さて、今日も世界を奪るために頑張ろっかな!


(作者・AKI氏[2005/11/27])

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