俺は控え室でひたすらその時を待っていた。
あと10分もすれば出番はやってくるのだが、その10分が一生で一番長い10分だったかも知れない。



高校の時から俺は路上ライブを始めた。郵便局に就職してからも数年間続けていた。
20歳前ぐらいから俺の路上ライブに人だかりができるようになって、
地元のイベントでの演奏とかにも参加するようになっていった。
最初はギター弾けるだけで満足だったが、徐々に夢を追いかけるようになっていった。

人の夢は「儚い」。

昔、学校の授業で聞いた言葉。



俺は迷っていた。昔から勉強も運動もルックスもダメで、周りからバカにされ続けて来た俺がプロを目
指して大丈夫なのか。日のあたる保障がどこにもない環境で生きていくか、親父と同じ給料泥棒と言わ
れながら郵便局員として働き続けるか。


少し肌寒い秋、いつものように駅前でライブの準備をしていた。
「フカヒレさーん、一曲お願いしますよ♪」
いつもの女の子だ。竜鳴館の後輩だった娘。最近、なんかいい感じなのは気のせい?
「…ん? ちょっと待っててね。もうすぐ始めるから」
「フカヒレさーん、元気ないですよ?」
「ハハハ…。気のせいだよ」
「ならいいんですけど…。そういえばフカヒレさんはいつデビューするんですか?」
「デビュー!? ハハハ、俺の実力じゃ聴いてくれる人が出てくるかどうか…」
「私は絶対聴きますよ? フカヒレさんの曲は大好きですから、ファンクラブが出来たら、私が会員第
1号になりますよ!」

(デビューか……)
ライブが終わり、俺はギターを片付けていた。
「あれ? もう終わりかい?」
「スミマセン、今終わったばかりなんですよ」
若い男が一人。
相手の顔を見ると俺がよく知っているヤツだった。
「お前……!!」


近くのファミレスで互いに久々の再開を喜んだが、こいつの心理はわからなかった。
「この前のインカレは惜しかったみたいだな」
「ああ、日本一への道のりは遠い。まあ、俺が目指すのは世界だけどな」
「夢がでかいな。お前は」
「俺の夢だからな。……何シケたツラしてんだよ。それにしてもまだ路上やってたとはな」
「何でこっちに戻ってきたんだ?」
「……まあ、様子見、かな」
「レオとカニの事か? あいつらは今でも元気にやってるよ。なんなら会いに行くか?」
「今、顔をあわせる事は出来ねえよ。俺はまだ結果を出してないしな。こっそり覗いて行こうかと思っ
たけど安心したぜ」
「それじゃあ、結果を出せなかったら一生会わないのか!?」
「そうは言ってない。ただ、それくらいの覚悟が必要なんだよ」
俺達は少し黙ってしまった。
「……なあ。俺、本格的にコレやりたいんだけどさ、どうしたらいいかわからねえんだ。成功する保証
も無いし」
「保障なんてあったら俺も欲しいぜ、全く。フカヒレ、人生に保障はひとつも無えよ。失敗したら失敗
したという結果だ。ただな、何もしないで後悔するんだったら、やりきってから後悔しろ。好きでやっ
てる事なんだからな。んじゃ、俺はここら辺で失礼するわ。じゃあな、フカヒレ。会えて嬉しかったぜ」
「おい、ちょっと……」


それから1週間、俺は路上ライブをせず、ギターを触ることもしなかった。
(なんなんだよ……。なんでこんなにムカついてんだ?)
イライラが募る。
(ええい! クソッ!)
俺は上着を着て夜の街へ出た。
そして、俺はいつの間にか、いつもの場所に来ていた。
上の空で歩いていたら人にぶつかってしまった。
「あ…、スミマセン」
「あれ? 椰子?」
「フカヒレ先輩。どうも久しぶりです」
「ああ…」
「最近、ギター弾いてませんね。久しぶりに聴きたいと思ってたんですけど」
「いや、ちょっとな。椰子は仕事?」
椰子は最近、料理人になるために修行中だとか。
「暇なら俺とデートしないかい?」
「遠慮しときます。潰しますよ?」
「ヒイィ!? ごめんなさいぃ!!!」
「いい加減慣れてくださいよ」
「通算100回撃沈達成!! ってことは次で成功!?」
「よく数えてますね。ってうか眼中にないです」
「……なあ椰子。夢を持ってるか?」
「なんですかいきなり。まあ、料理人になる夢はありますけど」
「なんで料理人になろうと思ってるんだ? 料理が好きだからか?」
「…それもありますけど」
(お父さんの事はこいつには言えないな)
「食べて喜んでもらえたらなって思いますよ。喜んでくれる人がいたらいいですね」
(!! 喜んでくれる人……)

(少し喋り過ぎたな…。まさかフカヒレ先輩にこんなに話してしまうとは。私にキッカケをくれたのは
フカヒレ先輩だけど)


椰子と別れてからしばらくいつもの場所でボーっとしてしまった。
(喜んでくれる人……か)
一瞬、あの女の子の笑顔が浮かんでしまった。いつも嬉しそうに俺の曲を聴いててくれた。そういや人
性初の「まともな」バレンタインチョコ(母親からのを除く)をくれたのはあの人だ。(カニのは殺人
級なので除外。生徒会の人達もタイミングよくいなかったりした)
「フカヒレさん!」
あの娘だ。
「最近見かけなかったから、辞めちゃったのかと思いましたよ。あれ? 今日はやってないんですか?」
「ゴメン。最近忙しかったからさ」
とっさに出た嘘。
「そうだったんですか♪ わたし、また聴きに来ますからね♪」
「俺さ、辞めようかなって考えてるんだ」
「え…? わたし、もっと聴きたかったです。フカヒレさんの曲」
突然、女の子はいきなり泣き出してどっか行ってしまった。俺は追いかける事もせずにいた。周りから
の視線が痛い。さっさと帰ろう。



それから数日、このイライラは募るばかりだった。
思い浮かぶのはあの娘のことばかり。
(もしかして俺……)
俺は、俺は、前からわかってたけど、ヘタレで馬鹿だ。


あの日からしばらくフカヒレさんを見ていない。辞めたのは本当だったのかも。冗談だと信じたかった。
この胸のモヤモヤの正体はなんなのか。それに気付くまでには時間はかからなかったけど。

久しぶりにいつもの時間、いつもの場所に行くことにした。何故行こうとしたかは自分でも分からなか
った。ただ、今日行かなきゃと思ったからだ。

夜の松笠駅。人だかりが出来ていた。どうやら路上ミュージシャンらしい。優しいメロディーだった。
(これはもしかして?)
聞き覚えのある音。人ごみを分けてやっと見える位置まで行くとそこにはフカヒレさんがいた。
今まで聴いた事の無い曲だった。自然と涙が溢れていた。


俺は、
わたしは、


恋をしてるのだろう。


ライブが終わり、人だかりが散っていく。
その中で動かない影がひとつ。
いつものあの娘だ。
「今日は2つの報告があるんだ」
「……」
「俺さ、プロのミュージシャン目指すよ。いや、なってやる!」
「……」
「もうひとつ、俺は君の事が好きだ!」
「ぐすっ、うぇぇん…。フ、フカヒレさん、私も、私も報告があります」
「?」
「わたしもフカヒレさんのことが好きです!」

「ふたつお願いがあるんですけど」
「?」
「ファンクラブ会員第1号はわたしですからね!」
「ああ! 約束だよ」
「もうひとつ、今の曲、もう一度お願いします!」

〜FIN


エピローグ

「シャークさん出番ですよー!」
「おっしゃ来た!!」

マネージャーから明るく元気のいい声がかかる。オリンピックが開催されたこの年、俺はついに日本武道館のライブを決行した。
2年前にデビューして、去年爆発的ヒットを飛ばした。異例の出世街道だったりする。

『最後の曲は…』

アンコールも次でラスト。最後の曲はあの日、あの娘に聴かせた曲だ。会場全体が優しい雰囲気に包まれた。

最前列の席には、姫、よっぴ〜、村田、西崎、祈先生、乙女さん、イガグリなど3−Cの面々、カニと
レオ、と子供達、そして椰子にスバル。
俺がみんなにプレゼントした最前列のS席。

そしてライブに幕が降りた。

はずだった。

『それでは特別ゲストをお呼び致します!』
特別ゲスト!? そんなの聞いてないぞ!
『キリヤカンパニー代表、霧夜エリカさん!』
な、なんで姫が…
『フカヒレ君! なんでこの私がファンクラブ会員No.1じゃないの!!』
『フカヒレ呼ばないで、俺はシャーク!!』
『どっちでもサメには変わらないでしょ! ふんっ!!』
『くぁwせdrftgyふじこlp!!!』
そして蹴られて吹っ飛んだ。会場は爆笑の渦。

後によっぴ〜から聞いた話だが、インディーズ時代から俺の曲にハマってたらしい。

ちなみに会員No.1は俺のマネージャーが持っている。


(作者・KENZ-C氏[2005/11/27])

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