日曜の朝ほど嬉しいものはない。
遅刻を気にすることなく思う存分寝れる。
ただ、あまり調子に乗りすぎると乙女さんの蹴りが襲ってくるから、
ある程度はきちんとした生活態度を守らなくちゃいけない。
目が覚めたのは午前8時半。少し早いかな?
でも、まいっか。たまにはこんな休日があってもいいでしょ。
元気に挨拶して乙女さんをビックリさせてやろう。
抜き足差し足忍び足。
物音を立てないように静かに階段を下りる。
結構な神経を消耗する。勘の鋭い乙女さん相手ならなおさらだ。
なんとか成功。額にうっすらと滲んだ汗を腕で拭う。
しかし、最後まで気が抜けない。
距離が近付くにつれ乙女さんが感付いてしまう可能性が高くなるからだ。
死角となる位置に立って、ダイニングの様子を窺う。
後ろ姿でよくわからないが、どうやらおにぎりを作っている最中らしい。
鼻歌まじりでなんか機嫌がよさそうだ。


よし、作戦実行3秒前、2、1――
「おとめさんおはよう!」
「ああ、おはよう」
あら…? なんですか、その普通のリアクションは?
「あのさ…ビックリした?」
「ん、何にだ? ひょっとしてお前の今の行動にか?」
やれやれといった表情で乙女さんはため息をついた。
「お前の気配などとうに察知していたぞ。
 私の不意を突こうとするのなら、『無』の境地に達することだな」
「『無』の境地に辿り着くにはどうすればいいの?」
「その答えは私にもわからん。ただ、修行こそがその答えを導く鍵だと信じている」
「左様ですか…」
話題を変えよう。こんな禅問答みたいなやり取りは気が重くなる。
「あれ? 乙女さん、なんで制服着てるの?」
「ああ、今日は大会があってな」
なるほど、拳法部の大会か。はて、確か先週も大会だったよな…?
まぁ、竜鳴館は武道を奨励している学園だからそんなに不思議なことでもないか。


「乙女さんなら優勝間違いなしでしょ?」
「あ、ああ…そうだな。任せろ」
ん? 何か様子が変だな。一瞬乙女さんの表情が固くなったぞ。
先週励ましたときは、胸を張って自信満々に意気込んでいたのに…。
は! もしや、今日の大会にはあの乙女さんでも思わず物怖じしてしまうほどの強敵が出場するのか?
弱気な乙女さんなんか乙女さんじゃない。乙女さんは常勝無敵でないといけないんだ。
これは俺もいつも以上の激励をしなくちゃな!
「乙女さん!」
「ん?」
「真の勝利を得るには、まず自分の弱さに打ち勝たないと!」
なんかどっかの教訓みたいだな。言ってるこっちが恥ずかしい。
だが、意外と効果はあったみたい。
「レオ…感謝するぞ! 私はやる! 必ず優勝してみせる!」
乙女さん復活。やっぱり乙女さんはこうでなくっちゃ。


「では、行って来る。留守を頼んだぞ」
試合時に着用する胴着などを入れるバッグを手にして乙女さんは出かけていった。
乙女さんなら勝てる、絶対に。
いつの間にか俺の心の内に秘めた闘志にも炎が燃え盛っていた。
…いや、別に俺は試合には出ないんだけどね。


それから俺は乙女さんが作っておいてくれたおにぎりを食べて空腹を満たし、
テレビなどを見て適当に時間を潰していた。
スバルは部活。カニはおそらく爆睡中。フカヒレはエロゲでもしてるのかな?
まぁ、奴等がここに集まるのはおそらく夕方過ぎになってからだろう。


ああ、もう昼か…。
結局ダラダラといらずらに時間を費やしている俺。自分でも愚かだと思う。
部屋に戻ってゲームでもやるか。レベル上げてやらないと、またカニが無茶な特攻かますからな。
アクビをしながら窓の外に視線を移すと、洗濯物が干してある。
今日はいい天気だ。11月の終わりだが、このくらいの陽気ならすぐに乾くだろう。
…って、ええええええ
!!!?
俺は目を疑った。
数多ある洗濯物の中に、乙女さんの胴着もあるではないか! しかも二着とも洗ってある…。
乙女さん、胴着持って行かないで試合に行ったのか?
こ、こりゃまずいぞ…!
まさか、サラシと下着姿で戦うなんてことはないよな?
どうしていいのかわからずにオロオロしていると、家の電話が鳴った。


「もしもし?」
「私だ」
「乙女さん
!?」
乙女さんだった。丁度よかった。
「乙女さん、試合どうするのさ
!? 胴着二着とも洗っちゃったらダメじゃん!」
「…お前、何言ってるんだ?」
「へ?」
「試合とか、胴着とか……それではまるで拳法の大会みたいではないか」
は? へ?
「ちょ…乙女さん、言ってる意味が――」
「ああ、すまんレオ。私にはもうあまり時間がない。
 あと5分したらN○Kを付けて見ろ。では切るぞ」
ツーツーツー 切れた。というか、一方的に切られた。
半ば放心状態の俺。言われた通りにテレビのチャンネルをN○Kに切り替える。
すると、そこに映ったものは――


しんじー られないー ことばっかりあるのー♪
カーン
…………のど自慢、大会?
ピンクレディーをフリ付きで歌う小太りの中年のおばさん。
年甲斐もなくノリノリだったが、あえなく鐘ひとつ。
…よく見たらカニのお母さんじゃないですか。
「さて、それでは次の方、はりきってどうぞ!」
俺はふんぞり返った。
司会者のアナウンサーが手を差し出し紹介したのは――
「8番 鉄乙女 『夢芝居』」
あのメチャクチャ渋いイントロに乗って乙女さんの全身がアップになる。
「恋の〜 からくり〜 夢芝居〜♪」
完全に自分の世界に酔いしれている乙女さん。
コブシを効かせて、なかなかうまく歌えてる…と思う。
ただ、その曲を竜鳴館の制服で歌うのはどうかと……。
「男と女〜 あやつりつられ〜♪」
サビの部分に突入。乙女さんのボルテージがますます上がったように見える。
後ろに控える出場者の皆さんも手拍子で乙女さんを煽る。
下町の玉三郎の魂が乗り移ったような乙女さんの熱唱。
「恋はいつでも 初舞台〜♪」
キンコンカンコンキンコンカン
最高の評価。客席から惜しみない拍手の雨が降り注ぐ。
いたく満足気な乙女さんの顔。いい笑顔だと素直に思った。
下手にはける間際、乙女さんが拳を前に突き出した。
「レオ、私はやったぞ」
俺にはそう伝わった。


結果発表。
乙女さんは優勝できなかった。優勝者はオアシスの店長だった。
「オー カレーセンモンテン『オアシス』ヲドウゾゴヒイキニ」
店長の喜びの声は店の宣伝だった。
ただ、会場の支持を多く集めたということで、
特例中の特例として敢闘賞なるものが乙女さんに授与されることになった。
小さなトロフィーを手渡され笑顔がほころぶ乙女さん。
こうして番組は盛り上がったまま無事終了した。


しかし…困ったな。
乙女さんが帰ってきたとき、どう接したらいいんだろう。
なんか、逆にこっちがこっ恥ずかしい。
「歌姫さま」とか言ってからかってやろうか?
…いや、意外に本人はその気になってるかもしれないな。
ダメだダメだ。正直に自分の気持ちを言えばいいんだ。難しいことじゃない。
「帰ったぞ」
乙女さんだ。
「レオ」
「乙女さん」
「ん? なんだ?」
よし、言うぞ。呼吸を整えて…。
「おめでとう!」


(作者・名無しさん[2005/11/26])

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