「ごちそうさま」と乙女さんが合掌する。
「あれ、もういいの?」
「うむ、腹八分目だ」
「でも普段より全然少ないよ」
今食べたおにぎりはまだ二桁いっていない。明らかに少な過ぎる。
「最近食事の量が減ってるみたいだけど、具合でも悪いの?」
「なんでもない。ちょっと疲れているだけだ」
「疲れてるって乙女さんが!? 体力永久機関の乙女さんが!? サハラ砂漠単独で横断できそうな乙女さんが!? 
時期海皇に最も近い乙女さんが!? 腐食の月光の魔力も物の数ではない乙女さんが!? 救急車呼ぼうか……?」
「レオ、心配してくれるのは嬉しいが、それはかなり失礼だぞ」
「あ、ご、ごめん」慌てて謝る。すっかり動転していた。
「だいたいお前は私をなんだと……うぅっ」
急に乙女さんは口元を手で押さえたかと思うと、台所を飛び出していった。
「あ、ちょ、乙女さん!?」
俺も急いで後を追う。
乙女さんはトイレに駆け込んでいた。中からは戻している気配。
「乙女さん大丈夫!? 乙女さん?」
しばらくして、乙女さんが出てきた。心なしか顔色が優れない。
「乙女さん……」
「だ、大丈夫だ。原因は分かっている。心配はいらない」
「でも……」
「大丈夫だと言っている。こんなもの、少し休めば治る」
ぴしゃりというと、乙女さんは覚束ない足取りで自分の部屋に戻ってしまった。
……えーと。こんな光景、ドラマとかで見たことあるぞ。ひょっとすると、これは噂に名高いつわりというものでは? 
つわり。なーんだ。要するに乙女さん妊娠したということか。なるほど。
……って、ニンシン!? それは、それはつまり俺の子供ってことですか?


「乙女さんが妊娠?」
「どうもそうらしい」
俺はスバルに相談することにした。
こんな話カニやフカヒレじゃ頼りにならないし、聞かせるわけにもいかないので二人には内密で。
姫や佐藤さんはなんか疲れているらしく、げっそりしていたので相談できなかった。
「お前の子供か?」スバルが真剣な表情で訊ねる。
「多分」心当たりはあり過ぎるほどあるからなぁ。避妊とか全然考えずにやってたし。
「確実なのか?」
「ちゃんと確かめたわけじゃないけど、吐いてるところを何度か見た。食事の量も減ってるし、制裁にも普段のキレがない」
なにしろ蹴りを食らった後戦略的撤退する余裕があったくらいだから、いつもの威力は無かった。
「本人に聞けよ」
「面と向かって聞く勇気があるならこんなとこでお前に相談してない」
「でもな、それじゃ妊娠とは限らないだろ? 本当に疲れ気味なだけってことも……」
「それだけじゃないんだ。ここ数日、姫や佐藤さんの俺を見る視線がいつもより微妙に生暖かい」
「あー、そういや微笑ましいモノを見る目だったな。なんでだろ」
「きっと乙女さんが何か相談したんだ」
そうだ、三人で寝ずに議論していたんだ。だから姫たちもなんだか疲れたような顔していたんだ。
「なぁスバル、俺ってそんなに頼りない? 俺よりもまず姫たちに相談するくらい、俺って使えない?」
「ん、まぁ、そうだな、オロオロしながらこんな隅っこでオレに相談してるって時点でその答えは出ているような気もするな」
「あう」痛いところを疲れた。
スバルは腕を組み、思案顔で言う。
「でも乙女さんならはっきりと言いそうな気もするが……。あ、そういやもうすぐお前誕生日だな?」
今日は十月七日か。
「ん、明々後日だけど、それが何か?」
「もしかしたらそのタイミングで発表するんじゃね? 誕生日プレゼントとか言って」
「うーん。乙女さんにそんな遊び心があるとも思えないけどなぁ……」
「まあ、覚悟決めて子供の名前でも考えてろや」


「レオ、ちょっといいか」
十月十日。夕食後、乙女さんが切り出してきた。普段以上に真剣な表情だ。
来た! 俺は居住まいを正す。
「な、なんでしょう」恐る恐る聞いてみた。
「ふむ。……今日はお前の誕生日だな」
乙女さんが重々しく訊ねる。
頷く。ごくり、と唾を飲み込んだ。
スバルの言ったとおりだった。やはり今日だったか。
やば……キンチョーしてきた。
「そこで、お前にプレゼントがあるんだが」
乙女さんもこころなしか少し緊張しているらしい。表情がこわばり気味だ。
「ももも、もしかして、その、出来ちゃいましたか?」
さすがに学生の身分で子持ちはどうかとも思う。
でも、乙女さんとの子供なら是非欲しい。俺たちの愛の結晶だから。
俺は乙女さんのことが好きだし、責任を取る覚悟はある。
乙女さんも大変だろうけど、頼りにならなくてもしっかりと支えていくつもりだ。
今は声裏返っちゃったけどさ。
「む、なんだ、知っていたのか。しかし出来ちゃった、とはいささか不愉快だな。
私は真剣だったのだぞ。それともお前は私には出来ないとでも思っていたのか?」
「そそそ、そうですよね」
「ふふ、これを見ろ」
そう言うと、乙女さんは懐に手を入れた。
何を出す? 母子手帳か、診断書か? 何でも来い。こっちの準備は出来てるぜ。
俺だって昼間本屋でた○ごくらぶと命名事典を購入してきたんだ。
店員の生暖かい視線が痛かったけどさ。
どっちかというと女の子の方がいいかなぁ。名前は優美清春香菜、とか個性的でいいな。


俺の妄想をよそに、乙女さんがおもむろに取り出したのは、どこからどう見ても携帯電話だった。
乙女さんがケータイ? はっきり言って近年まれに見るミスマッチ。
「ふふふ、い、いくぞ」
乙女さんはなにやら画面を見ながらボタン操作を始めた。
ぎこちない。たちまち顔が真っ赤になり、頭から湯気が出てくる。
「く、この、これがこうで、いや違う、こっちをこうして……」
ケータイと必死で格闘する乙女さん。
状況に置いていかれている俺。ああ、ケータイって、あんなビープ音出せるんだ……。
「この電話め、気合だ、気合を入れろ!」
うまくいかないのか、乙女さんがケータイを鼓舞している。
「そうだ、こうだった。よし、これで、こう!」
「あの、乙女さん?」
「ふっふっふ、いくぞ、レオ。……覇ぁっ!」
乙女さんは宣言すると、ケータイを拳銃のようにこっちに向け、気合とともにボタンを押した。
すると、俺のケータイが鳴る。メール着信。知らないアドレスだった。
乙女さんの方を見ると、緊張の面持ち。オーラで開けと訴えている。
ぴっ。開く。画面には
『レオ、誕生日おめでとう。 乙女』
飾り気の無い簡潔な文章が目に飛び込んでくる。
「ふふん、どうだ、私だってやれば出来るんだぞ。なにしろお姉ちゃんだからな!
お前には内緒で最近ずっと練習していたんだ。姫や佐藤に教えてもらってな。バレていたとは少し残念だが。
いや、一生懸命練習したからずっとデジタル酔いが抜けなかったのはキツかったな」
胸を張って、得意げな乙女さん。
「ん、どうした、ボケっとして。茫然自失するほど嬉しかったか?
ふふ、可愛い奴め。……お姉ちゃんが抱きしめてやろう」
乙女さんの顔が近づいてくる。

ぎゅ。


(作者・名無しさん[2005/11/24])

テレワークならECナビ Yahoo 楽天 LINEがデータ消費ゼロで月額500円〜!
無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 海外旅行保険が無料! 海外ホテル