松笠からは遠く離れた地、愛する妻の故郷に、彼は妻と娘を連れ降り立った。
この地に降り立つのは二度目。
一度目は妻との結婚を伝えるためであった。
彼女の父親に結婚を認めてもらうことはできた。
しかし、彼女の母親は彼らと会うことすらしてくれなかった。
この度の訪問の意は娘の紹介。しかしそれ以上に彼の中にあったのは
未だに妻に残る心のしこりを解消できないものか、そういった気持ちであった。
母との仲違い。それが彼の妻の、昔からの心のしこりである。


「レオ君、良美、よく来たね。さ、早速だが、私の初孫を見せてもらえるかね?」
「はい。ほら、良美。」
はじめに彼らを迎えてくれたのは、今は政界の一線からは退いた妻の父親であった。
一線からは退き、丸くはなったと聞くものの、未だにその顔には威厳がある。
妻は胸に抱いた愛娘を父親に紹介する。
「お父さん、よつばです。対馬よつばと名づけました。
ほらよつば、名前、言ってみなさい?」
「よつばだよ!」
まだまだたどたどしいが、娘が名前を告げる。
「おおおお!よつばちゃんでちゅか!はじめまして、おじいちゃんでちゅよ〜〜〜」
孫馬鹿とよく言ったもの。孫の自己紹介を聞くとその顔からは威厳が消え、
孫へのあふれる愛情で満面の笑みに崩れ落ちた。
「ところで、お義母さんは?」
「ああ、今回は会う覚悟を決めたようだ。もうすぐ、出てくると思う。」
そう妻の父が告げた時、その後ろに彼が始めて見る女性が現れた。
「はじめまして、対馬レオといいます。」
「お久しぶりです、お母さん。」
妻と二人であいさつを交わす。目の前に立つ彼女の母は、
きつい目を持ちながらも、どこか脆さを感じさせる女性であった。
「・・・・・・」
やはり時がさらに広げた二人の溝は大きいのか、沈黙が走る。
しかし娘がたどたどしくも声をかけたことで、その沈黙の支配した場は崩された。
「おばーちゃんが、よつばの、おばーちゃん?」
はっと、孫に顔を向ける彼女の母。
「え、ええ。私が、おばあちゃんですよ。」
「えーと、はじめ、まして、おばーちゃん!わたし、よつばだよ!」
「は、はじめまして、よつばちゃん。」
孫のあいさつを聞き、彼女の母の切り詰めていた気配は消え去った。
「ふう、こんな所で話すのもなんだわ。居間の方に歓迎の用意ができているから、
早くお上がりなさい。」
こうして本当に長い間断絶していた、妻と義母の再会の幕があげられた。


居間ではコタツの上に、ごちそうが並べられていた。
しばらくの間、けん制のような軽い世間話を交わしながらの食事が行われる。
「そうか、レオ君は今や霧夜カンパニー代表の片腕か!」
「ははは、そんな大層なもんじゃないです。代表に命令されたことなら何でもやらされる、
使いっぱしりみたいなものってのが実態で。」
「信頼されてるってコトじゃないのかい?」
「そうですかね・・・」
食事を終えると、父はもうがまんできんとばかりに孫へと向かった。
「よつばちゃん、べろべろばー。おじいちゃんでちゅよー」
父は初孫にメロメロであった。
やはり娘にメロメロな夫も父と一緒になり、娘を囲んでいる。
その光景を眺めながら、意を決した彼女は母との会話を切り出した。
「本当にお久しぶりですね、お母さん。」
「・・・そうね。あなたが中学を卒業して以来だものね。本当に、大きくなったわ。」
親子といえど、その断絶されていた時間は長い。実の母との会話とは思えないほど、
その会話には遠慮が含まれている。
「今回は、会ってもらえて嬉しかったです。」
「・・・そう。」
再び沈黙が走る。二人でしばらく黙りこくる。
「・・・ねえ、良美、少し二人で話したいことがあるの。私の部屋に来てくれない?」
永遠に続くかのように思われた沈黙は、何かを決意したような母の提案によって崩された。


二人で居間を抜け、母の部屋へ移動し、畳の上に敷かれた座布団に腰を下ろす。
「まずね、始めに言っておきたいの。
私が貴方たちが結婚を報告に来た時に会わなかったのはね、
貴方に会いたくなかったからじゃない。貴方に合わせる顔が無かったからよ。」
部屋に入った彼女を待っていたのは、母親の懺悔の言葉であった。
「えっ?」
母からは嫌われている、そう思っていた彼女には衝撃が走った。
「謝っても謝りきれないかもしれないけどね、私、ずっと後悔してきたのよ。
貴方が出て行った後、自分が貴方にしてきたことの意味に気づいた時から、ね。
貴方にひどいことをしたってね・・・」
衝撃の展開に頭がついていききれていない彼女を置いて、母親の懺悔は続く。
「たくさんある後悔の中でもね、特に覚えているのが、やっぱり、『あの光景』を見ちゃった後、
貴方をただ非難してしまったこと。あまつさえ汚い子とまで言ってしまった・・・
本来なら母親として、一緒に悩んであげないといけないことだったし、
一緒に考えて、貴方の不安を取り除いてあげなくてはならなかったのよね・・・」
「・・・・・」
彼女は当時を思い出したのか、うつむく。
「もう一つはそう、全ての原因となったかもしれない、幸せのクローバーのこと。
あれを否定した時あたりからよね。貴方があの人のように、
貼りついたような笑顔しか見せなくなったのって。」
「覚えて、たんだ・・・」
彼女のその発言に、母は少し驚いたような顔をしたが、懺悔は続く。


「覚えてるわよ、母親だもの。でも、母親なのに、あの頃は何も見えてなかったのよね。
あの頃はその笑顔を見るたびに腹がたって、あの人のことまで貴方に当たっていたわね。
その笑顔に隠されていた貴方の気持ちにも気づかずに・・・。
あろうことか、貴方がその父親と同じ笑顔で、あの人と同じように私をだまして、
あの人を奪っていく妄想までしてしまった・・・。全く、自分のことながら信じられない。
最早笑えてくるわ。」
自嘲気味に笑う母親。
「できないよ・・・。」
が、その母を見る娘の目に浮かぶものは、母を恨むものではなかった。
「えっ?」
「私にはね、お母さんを責めることができないよ・・・。
私はね、高校の時、彼、レオ君のことでね、親友の、そう、無二の親友だった友達も、
彼自身すらも信じきることができなくなったことがあったんだ。
結局、彼のおかげで乗り越えることはできたけどね。」
彼女の脳裏に思い出される、当時の思い出。
やっぱり私もお母さんに似てるんだと思う、そう呟いて続ける。
「あの時のことを思い出すとね、お母さんの気持ちも理解できちゃうんだ。
だからね、お母さんも乗り越えられたなら、もういいの。」
彼女は笑顔で懺悔した母を許した。
母親は成長を遂げた娘の顔を見つめ、一瞬固まった後、あふれてきた涙をこぼす。
「良美・・・ううっ、ううっ、ぐすっ、ごめん・・・ごめんなさい・・・
ぐすっ、ありがとう・・・ありがとう・・・・」
しばらくの間、部屋には母親の静かな嗚咽が響き、その母を抱きしめる娘の姿があった。

「貴方の話を聞いてわかったわ。いい人を、見つけたのね。」
「フフフ、自慢の夫だよ。」
その嗚咽が途切れた後に続いたのは、普通の、どこにでもいるような親子の会話であった。


娘と母親が二人で縁側にてお茶をすする。
当たり前の風景ではあるが、この親子にとってはとてもとても久しぶりなものであった。
お茶をすすりながら、母が娘へと問いかける。
「良美、聞くまでも無いことかもしれないけど、聞かせて欲しいの。
貴方は、幸せになることができた?」
その問いに、彼女は昔の自分が幻のように母にかぶさり、
母と二人で問いかけてきたような錯覚を覚えた。
昔の、幸せになりたいと、幸せの意味すらよくわからないまま求めていた自分。
目の前に広がる庭で父と遊ぶ、彼女の幸せの顕現たる夫と娘を眺める。
「・・・幸せに、なれたよ。」
彼女は、母に、そして昔の自分に、まばゆい笑顔で答えた。

FIN


(作者・89氏[2005/11/18])

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