最近、日が沈む時間が少しずつ早くなってきた。
 いつもここを歩いている時間には外は暗くなっているのに、
今日は病院に着いた頃には未だ夕日が空を赤く染めていた。

 ナースステーションの看護婦達に挨拶して、
いつも通り病室の前までやってくる。
 そこで胸に手を当てて、今日こそは、と心の中でつぶやく。
 病室の扉をゆっくり開けて中に入り、後ろ手に扉を閉めてから、
ボクは元気良く挨拶をする。
 「オーッス!レオ、今日は元気にしてっか?
今日もボクが見舞いに来てやったぞ!」
 ベットの上で、体にいくつもの管をつけられて
眠っているレオからは、相変わらず返事はない。
 「はぁ・・・やっぱり今日もダメか。」
 窓から差し込む夕日の光で赤く染まった病室に、
ボクのため息と機械の無機質な音だけが響く。
 窓に近づきブラインドを閉めると、部屋が薄暗くなった。
 ガタガタと近くにあった椅子をベットサイドに持っ行って座り、
布団の中に手を突っ込んでレオの手を握る。
 「・・・なぁレオ。もういい加減目ぇ覚ましちくり。」

 ボクとレオがめでたく竜鳴館を卒業した後、
ボクはぎりぎりでレオと同じ大学に入学する事ができた。
 お互い大学生になってからは乙女さんの居なくなったレオの家に同居して、
行きも帰りも一緒、大学でも一緒、帰ったらベタベタ。
 そんな生活が二年ほど続いた。
 その間にレオは前より更にかっこよくなったし、
レオもボクの事をカワイイだけでなく、綺麗になったと言ってくれた。


 三ヶ月前。
 ボクとレオはその日、家の窓から身を寄せ合って
台風が吹き荒れる外を見ていた。
 「なー、レオ。なんか台風の日に家の中から外見てるとさ、
なんかわくわくしてこねー?」
 「そうだな。俺も小さい頃は台風が何でか好きだったよ。」
 「・・・今こうやってレオと一緒に居られるだけで、
ボクの心は台風なんて何のその、だけどね。」
 レオの肩に頭をあずけて、目をつぶる。
 するとレオは僕の頭をナデナデしてくれた。
 「ヘヘヘっ、やっぱりレオはカッコ良いし気が利くぜ。」
 「きぬ、お前はかわいいし綺麗だし、最高だよ・・・って、あれ、猫じゃねえ?」
 レオが窓の外を指差した先には、猫らしいものが
電信柱の影でうごめいているのが見えた。
 「えー?ボクには猫には見えないぜ?」
 「いや、アレは猫だよ。寒くて震えてるんだ。
俺、ちょっと行って連れてくるよ。」
 「じゃあ、ボクも行くよ!」
 「きぬ、お前はここで待っててくれ。
お前のまさしく絹のようなその肌を雨風に晒すなんて、できない・・・。」
 シビれる台詞を残して、レオは玄関から出て行った。
 ボクが窓からレオを見守っていると、レオが猫らしいものの前に
しゃがみこんだ瞬間―――
 「あっ、レオ!あぶn・・・」
台風で外れたらしい看板がどこからともなく飛んできて、レオの後頭部に直撃した。
 そのまま地面に倒れこむレオ。
 ボクが急いで外に飛び出して、レオの倒れているところまで向かう。
 倒れているレオのすぐそばには、黒いビニール袋がビールケースに
引っかかって風に煽られていた。
 コレを猫と見間違えたのか。


 レオの意識はなく、すぐさまボクは家の中にレオを引っ張り込んで、
救急車を呼んだ。
 救急車が間もなくやってきて、僕とレオを乗せて病院へ。

 病院に着くと、レオはストレッチャーに乗せられ、
ストレッチャーは看護婦達に囲まれ、廊下を走り始めた。
 「おい!レオ、ボクを置いて逝くんじゃねーぞ!」
 ストレッチャーで手術室へ運ばれるレオに、必死になって呼びかける。
 しかし酸素マスクを口に宛がわれたレオは、
ボクの言葉に眉一つ動かさず眠ったように目をつぶっている。
 「後は先生に任せて、手術の成功を祈っていてください!」
 ストレッチャーを押していた看護婦の一人に、押しのけられる。
 「レオ・・・。」
 ボク一人を廊下に残し、手術室へ消えていくレオと看護婦達。
 手術室のドアが閉まると、間もなくドアの上の「手術中」のランプが灯った。
 ・・・

 医者の話では手術は成功。
 うまく行けば二、三日の内に目が覚めるとの事だった。
 しかし、実際二、三日経っても、レオは目を覚まさなかった。
 連絡を受けて外国から駆けつけたレオのおじさんとおばさんも、
レオが目を覚ますのを見ることなく、また外国に帰らなくてはならなくなってしまった。
 乙女さんや姫、よっぴーにココナッツ、
フカヒレにマナ、トンファーも見舞いに来てくれた。
 レオはそれでも目を覚まさなかった。
 スバルにはこのことを教えられなかった。
 ・・・教えたくなかった。
 なんか、がんばってるスバルに余計な心配かけさせちまいそうで。
 医者の話では手術は成功しても、ごく稀にこう言うことがあるらしい。
 献身的な介護と周りの人の努力が物を言うのだと言われた時に、
ボクは医者を殴ろうとした分のエネルギーを、レオの介護に使う事にした。
 ・・・


 ふと目が覚める。
 レオの手を握ったまま寝てしまっていたようだ。
 あれから三ヶ月・・・。
 全く、ゴミを猫と見間違えてこんなになるなんて。
 そんなおっちょこちょいなところも、可愛いんだけどね。
 「・・・あれ?ブラインドが・・・」
 気が付くと閉めたはずのブラインドが開いていて、
窓からは夕日の光が差し込んで部屋の中全体を赤く染めていた。
 個室だから、ボクが寝てる間に誰かが開けたわけでもないだろうに・・・。
 更にボクが座っている反対側のベットサイドには―――
 「おい、オメーラ、どっから入って来たんだ?」
小学校に入ったか入らないかぐらいの年の、男の子と女の子が立っていた。
 「・・・」
 「・・・」
 ボクの言葉に全く動じずに、心配そうな顔でレオを見つめる二人。
 ボクはできるだけやさしく、やわらかく言う。
 「あんなボーズたち、ここは勝手に入ってきちゃいけないんだぜ?」
 「・・・」
 「・・・」
 二人は今度はボクの事を、何も言わずに見つめ始めた。
 「なっ、なんだよ。そんなに見つめられると照れるじゃねーか。
ほら、お父さんとお母さんのところに帰りな。ジュース買ってやっからさ。」
 ボクが椅子から立ち上がって二人の後ろに回り込み、肩に手をかけて
病室の外へ促そうとすると、二人はボクの腕を潜り抜けて、
レオの顔の近くまで足を進めた。
 「おっ、おいおい。カンベンしちくり・・・」
 ボクが二人に近づこうとすると、二人はレオの顔にそっと触れた。
 「・・・。」
 ボクがそれを無言で見つめていると、二人はレオの顔から手を離し、
ボクのほうに振り返って、にっこりと笑った。
 同時に辺りがまぶしい光に包まれ、目を開けていられなくなる。
 「う、うわ!なんだこりゃー!まぶしいっ!」


 次の瞬間目を開けると、ボクはベットサイドの椅子に座って、
レオの手を握ったままの姿勢だった。
 ブラインドを見ると―――
 「あれ、閉まってやんの。」
 それにもう外はとっぷりと暗闇に包まれていた。
 夢・・・だったのかな?
 コンコン、とドアをノックする音と共に、
看護婦が部屋の電気をつけて静かに入ってくる。
 「ああ、蟹沢さん、今日もご苦労様です。」
 「あ、いえいえ〜。ところで、いまさっき小さな男の子と女の子の兄妹
見ませんでした?」
 ボクが聞くと看護婦は不思議そうな顔をして、
 「いえ・・・今日は特にそういうお子さんは見てませんよ。どうかしたんですか?」
検温の準備を始めながら聞き返してきた。
 「い、いやぁ!なんでもないんですよ。なんでも〜・・・っ!!」
 言い終わると同時にボクは、握っている手に異変を感じた。
 「かっかっかっかっ、看護婦さん、レオが、レオが・・・。」
 「?どうしたんですか?落ち着いてください。」
 ボクは一瞬気のせいかと思ったが、コレは夢ではない。
 確かに今、確実にボクは感じている。
 「レオが、ボクの手を握り返してきた!」
 それを聞いた看護婦がもう片方のレオの手を取り、レオに呼びかける。
 「対馬さん!対馬さん!聞こえますか?聞こえたら手を握り返してください!?」
 十秒ほどして、看護婦が枕もとのナースコールの機械で、
医者を呼ぶように指示を出していた。
 やっと、やっとレオが意識を取り戻した。
 「レオ・・・レオォォォ〜。ま、全く、おせーんだよ!
早くっ・・・たくさん喋れるようになってくれよな!」
 レオが「お前泣いているんじゃないか?」と言わんばかりにまた手を握ってきた。
 「泣いてな・・・うるせー!泣いてるよ!嬉しくて泣いたらいけないのかよー!」
 医者がやって来てレオをいろいろ調べている間に、あの夢の中の兄妹が頭をよぎった。
 そういえば、男の子は小さい頃のレオに似てたかな・・・。


 それから翌翌年の春、レオとボクは大学を出て、レオは無事就職、
ボクは同時にレオの子供を二人、男の子と女の子を生んだ。
 息子はレオに似て美男子、娘はボクに似て美少女だ。
 レオの仕事もそれから二年、三年と順調で、子供たちもすくすくと育ってくれた。
 最近のオリンピックでスバルが陸上で銅メダルを取った。
 あの馬鹿、インタビューでわざわざボク達にメッセージをよこしやがった。
 その後具体的に何時何時帰ってくるという手紙が来て、
そのスバルの帰還が再来週に迫っていた。

 夕方、子供たちを保育園から連れ帰ってくる。
 ダイニングの椅子に座り、来月のスバルとの久々の宴会を
どうしようかと考えていると、子供たちがボクの側までやってきた。
 「どうしたよ?お腹減ったか?なんかママが作ってやろうか?」
 「「パパ、病気よくなって、よかったね。」」
 もじもじしながら二人が言った。
 「ん?パパは最近病気なんかしてねーじゃん。」
 「パパ、ベットで寝てて、ママがパパの手を握って泣いてたよ。」
 レオが半植物状態から意識を取り戻した日に見た、あの夢を思い出す。
 ・・・
 「・・・そうだね。よかったよ。あんがとな。
ママはオメー達二人が大好きだぞ。」
 二人を同時に抱きしめると、二人はこそばゆいのか、くすくすと笑っている。
 窓からは夕日の光が差し込み部屋を赤く染め、
吹き込んだ風がカーテンを静かに揺らしていた。


(作者・SSD氏[2005/11/08])

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