「どう、レオ?まーボクが作ったんだから、うめぇのは当たり前だよな」
「…なぁ、きぬ。俺は人生で一番幸せな時って、美味いものを食べた瞬間だって思うんだ…」
「ということはさー、今がまさにその絶頂の瞬間ってことだよね!…ん?レオ?どったの?」
きぬの料理の試食をするのは、これで何度目になるだろう。
俺ときぬが結婚して、子供だって2人もいるんだ。まだまだ小さいけどな。
子供ってのはストレートにリアクションをしてくれる。
「お母さんのお料理おいしくなーい」
そう言われるたびに、どれほどきぬは凹んだことだろう。
料理が上手になりたい、そのやる気は十分だ。それは認める。
でも、この世にはやる気だけで何もかもうまくいくとは限らない。
きぬはどうやったらこんな大量破壊兵器を創造することができるんだ?
そして、天は俺を見放したのか?
いや、とっくの昔に見放していたのかもしれない。
…今、俺の体内では戦争が起きている。
俺の消化器官と、先ほどの料理が激しいバトルを展開しているのだ。
核とかいろいろ発射されちゃってるに違いない。
どっちが勝つかなんてのは、この際どうだっていい。
俺のそれ以外の部分がこの衝撃に耐えられるかどうか、それが一番の問題なのだ。
そして、俺はこの結末を知っている。
幾度となく経験したんだからね。

「なんか動かないなぁ。おーい、どうしたレオー」
「……時が…見える…」
「レ、レオ?ねぇ、ちょっと…レオー!!」


「あやうく人生の終局を迎えるところだったぜ」
「それで?」
ここは『フラワーショップ椰子』。
近所ということもあって、なんだかんだでウチと椰子とは交流がある。
未だにきぬとの確執はおさまらないが(おさまるわきゃねーよな)、結構我が家の子供達の面倒を見てくれたりする。
子供達も、
「なごみお姉ちゃーん」
と言ってとてもなついているのだ。
きぬは椰子のことをおばさんと言えと常々言い聞かせてるそうだが、さすがはきぬの子。
ちっとも言うことを聞いちゃくれない。
椰子はよく子供にお菓子を作ってくれるのだが、それがまたうまい。
というわけで、無理を承知で椰子に料理の指南をしてほしいとお願いに来たわけだ。
「頼むよ、お前の腕を見込んでお願いしてるんだ」
「そうですね…」
「…ダメ?」
ちょっと考えてから椰子は、
「別にいいですよ」
「ウソォ!?」
「あぁ?(ギロリ)」
「い、いやな、意外な答えが返ってきたもんだからつい…すまん、わるかった」
まさかきぬ絡みのことでOKしてくれるなんて思わなかったもんな。
いや、何はともあれ助かったぜ。
「じゃ、今度の日曜にセンパイの家に行きますから」
「おう、よろしくな」


「というわけで、日曜に椰子のお姉ちゃんが来るぞ」
「お姉ちゃん来るんだー!やったー!」
「今度は何作ってくれるのー!?」
子供達はもうおおはしゃぎだ。
しかしまぁ、そんな子供を尻目にきぬのやつはふてくされている。
「なんでココナッツなんかに教えてもらわなくちゃいけないのさ」
「そう言うなよ。椰子の腕は一級品なんだ。これほどいい先生はいないと思うぜ?」
「今日のレオは随分とココナッツを持ち上げるなー…はっ!!まさか浮気か!?
 あのムダにデケェ胸に誘惑されちまったのか!?」
「おいおい、そんなわけないだろ。それより、子供達の前でなんて話しやがるんだ」
「何ー?なんのお話ー?」
「お母さんの、お姉ちゃんへのいつもの悪口ー?」
子供達は元気一杯なのはありがたいのだが、好奇心旺盛なおかげでちょっと困ったことにもなったことがある。
例えば夜のスキンシップを覗かれた(とっさに気づいてなんとか誤魔化したが)こともあったし…
「いや、別にそんなお話じゃないんだぞ。とにかく、日曜日はお姉ちゃんに迷惑かけないようにな」
「はーい」
「きぬも頼むぜ」
「へいへい、わかったよ」
ずっと不機嫌なきぬではあったが、これは仕方がない。
さて、日曜日はどうなることか…


そして日曜日…
3時ごろに椰子は食材を片手に我が家にやってきた。
はしゃいでいた子供達のおかげでスタートラインにも立てなかったが、疲れたのか子供達はお昼寝タイムに直行。
しかし、もう夕方にさしかかろうかという空だった。
その間を見計らって、キッチンに椰子ときぬが並んだ。
俺は後ろから見守ることに。もちろん喧嘩しないようにだ。
「じゃあ始めるぞ、カニ。今日はハンバーグだ」
「チッ。まぁレオがわざわざ頼んでくれたから、仕方なく教えてもらってやるよ」
「違うな」
「は?何が?」
「こういうときは『よろしくお願いします、椰子大先生』と言うのが当たり前だろう。
 一応年上なのに、そんなこともわからないのか甲殻類」
「テメェ、下手に出ればいい気になりやがって!表出ろ!ブッ潰してやる!」
「お前にできるならな」
「あーもう!だからやめろって、お前ら!」
いつもこうなんだよな…苦労するのは俺の役ってか?
なんとかここをおさめた俺は、また小競り合いをしないように二人の監視を続けることにした。

「いいか、材料が均一になるようにしっかりとこねるんだ。
 そして、形を作る時はしっかり叩くようにして中の空気を出していく、と…」
「あ?こうか?」
…なんだ、結構仲良くやってるじゃないか。喧嘩するほど仲がいいってのはこういうことだな。
よし、今のうちに我が子の寝顔でも見るとするか…
「このカニ、なにしやがる!」
「力加減がわかんねーから、丁度いいテメェのムネで感触を確かめただけだろーが!
 あ?それとも何か?構ってもらえる相手がいねーもんだから、久しぶりに触られて感じちまったか?」
「そうか、なら久しぶりに『マーベラス蟹沢』をやってやる」
「はにほふる、はなへー!」
「だーかーらー!やめろっつってんだろ、お前ら!」


「お父さーん」
「お、なんだ起きたのか」
「またお母さんとお姉ちゃん、喧嘩してるのー?」
「そうなんだよ。いいか、お前達もあんな風に喧嘩ばっかりしちゃダメだぞ」
「はーい」
まったく、こいつらはいい見本だよな…
高校で初めて会った時から、この二人の争いは静まることがなかった。
でも、文句ばっかり言い合う仲でも、結局はそれでうまくいってるんだよな…

ジュージューという音と共に、うまそうな匂いが伝わってきた。
子供達もそれに反応し、キッチンへと向かう。
そして、出来上がったハンバーグをきぬが皿に盛り付け、机の上に置いた。
「すごーい!」
「お母さんが作ったのー!?」
「そーだよー。絶対美味しいから食べてみな」
「いただきまーす!」
椰子が丁寧に小皿に一つずつ移し、子供達の前に置いてくれた。
俺も自分でハンバーグを一つとり、そのまま口に運ぶ。
「ゥんまぁぁ〜〜〜〜〜いッ!」
「すごいおいしいよ、お母さん!」
「お母さん、すごいよ!」
「えへへ、ありがと!」
とにかく美味かった。きぬの料理は今まで酷いものばかりだったが…これは違う!
ちょっとばかりしょっぱい気もするけどな。
やはり指導してくれる人がいると変わってくるぜ!
「どう?お母さんの料理もおいしいでしょ?」
「うん!」
「また作ってね、お母さん!」


ちょっと早めの夕食になったが、満足した子供達はその後も椰子に遊んでもらっていた。
気がつけば、もう夜中の9時。椰子もそろそろ帰る頃となった。
「今日は悪かったな、椰子」
「別に謝ってもらう必要はありません」
いつものように素っ気無い返事だ。まぁ、それにも慣れたけどね。
「あ、あのよー…」
きぬが恥ずかしそうにして椰子の前に立った。
「あ、あんがとな。ボク、子供に料理がマズイって言われたとき、すげぇショックでさ…
 助かったぜ、ホント」
珍しくきぬが椰子にお礼を言った。
高校からずっとの付き合いだが、こんなことが今までにあったかどうかわからない。
「…プッ」
「あんだよ、何がおかしいんだよ!」
「いや、そんなことで落ち込むようなやつと思ってなかったから」
「んだよ、それぐらい当たり前だろー!まったく、人の気持ちもわかんねーのか、ココナッツは」
「…センパイ、また今度も来ます」
「へ?」
「カニにあの程度の腕しかなかったら、子供達がかわいそうですから」
「テメェ…人がせっかく感謝してるってのに…」
「やめろよ。…椰子、お前も素直じゃないな」
急に椰子が顔を赤くした。何か変な事言ったか、俺?
ま、ともかく今回は大助かりだ。やっぱり椰子に頼んで正解だったぜ。
「…それじゃ」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「ケッ、痴漢にでも襲われちまえ」

…それから数ヶ月後、銅メダルを勝ちとったスバルがカメラの前でこう言った。
「聞こえてんのか、レオ、きぬ、フカヒレ。ちゃんと宴会の用意しておけよ」
多分スバルのやつ、きぬの料理を食ったら、驚くこと間違いなしだろうぜ。
ちょっとしょっぱいけどな。


(作者・シンイチ氏[2005/10/25])

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