「ううっ、それにしてもお腹がすいたぜ。レオ、何かかわいらしい僕への貢物はないんか?」
昼休み前の最後の授業を前にして、カニがうるさい。
「俺が持ってたビスケットはさっき食いつくしちまっちゃったじゃねーか。もうねえよ。」
「ぐうっ、確かに。くそう、この腹の減りを何で満たせばいいんだ。堪えられねー。」
「淑女がはしたない。大体昼飯まで、あと祈ちゃんの授業だけだろ。我慢しろよ。」
「今日は二度寝しちまったから朝飯食べてねーんだよ。
我慢するのがいつも以上にきついぜ。」
「我輩がいいことを教えてやろう。いいか、我輩は昔そういう時、
水で腹をふくらましてごまかしたものだぞ。」
気がつくと土永さんが側に浮いていた。横に祈ちゃんも来ている。
だからいつの時代の鳥なんだ、これは・・・
「あらあらカニさん、お腹が減っても、私の授業はきちんと受けてくださいね〜。
でないと島流しですわよ。」
教師なのに軽く脅しだ。
「レオ〜、僕の目の前においしそうな鶏肉が浮いてるよー。焼いて食ったらうまそうだ。」
「ぬうっ、この小娘、我輩を食おうとするとはふてー野郎だ。
我輩を魅力的に感じるという気持ちはわかるが、
我輩の体は乙女に捧げると決まっているんでな。残念ながら、お断りだ。」
この鳥も何を言ってるのやら。
「カニ、それはめーだぞ。5つの誓いを忘れたか?」
「あー、あれね。」
「あらあら、何ですの、それ?」
「祈先生、もう授業のチャイムなってますよー。」
佐藤さんがつっこむ。
さすがクラス唯一の良識派。
他の奴らは好き勝手に遊んで気にしちゃいない。
「仕方ありませんわねー、気になるので、授業が終わったら教えてもらいますわよ。」
「とりあえず、この飢えた甲殻類が耐えられてるうちに授業終わらせちゃってください、先生。」


昼食を取り、一息ついていると祈ちゃんが戻ってきた。
「それで、その誓いってのは何なんですの〜?」
「実はかくかくしがじか(青いザリガニエピソード説明)というものなんですよ。」
「あの時は本気で悲しかったなあ。
くそ、生きていたら今頃は美人になったキャロットの恩返しで、
うはうはの青春だったはずのに。」
成長しないやつだ。
「なるほど、今でもフカヒレさんがザリガニ臭いのはそういうことがあったからなんですのね〜。」
さらりとひどいことを言う。
「えっ、俺ザリガニ臭いの?今はコロンもつけてるのに・・・」
あっ、フカヒレ泣きそう。
「いじめはありません。」
飄々とした顔だ。
「と、冗談はさておき、実際の匂いという意味ではありませんわ。
そういう匂いというか、気配がついてまわってるってことですの。」
「い、い、祈ちゃん、そっ、そっ、それはお化けってことかな?かな?」
「二度繰り返すなよ。大体そこまで怖がるなよ、今昼だぜ。」
「な、何言ってんだよ、怖くない、怖くないもんね!」
そう言いながら俺の左腕にくっつくカニ。
まあ、自分が食っちまったんだもんな。怖さも倍増か。
「ん〜、そういうのじゃなくてですねー、何と言いますか、
残留思念みたいなものですかしらね〜。」
「どういうことですか?」
「何か無念でもあったんじゃないかと思いますわ。
ところでですね、私この問題片付けられるかも知れませんわ。
ちょうどこの前ある本で面白い術をみかけまして、
試してみたいと思っていたところなんです。
この問題の解決にはちょうど良さそうですわ。」


「それって俺のザリガニ臭とやらがなくなるってこと!?先生、ぜひお願いします!」
「ぼ、僕もお願いするよ、近くにそんなんつけた奴がいるなんて耐えられないからね。
怖いわけじゃないからね。」
いちいちこっちを見て断らなくていーっての。
「しかし祈ちゃん、その術って危険性とかはないの?」
さすがスバル、大事なところは抑えてくる。
「まあ、何かあってもフカヒレさんですし。」
「そういえば確かにそうだね。」
確かに問題ないわ。
「なあ、俺らって友達なんだよな?」
フカヒレが何か言ってるけど誰も気にしない。
「では、今日の生徒会が終わった後、校庭で儀式を行いますわ。皆さん、宜しいですわね?」
「は〜い。」


生徒会の活動後、生徒会の面々が校庭に集まっていた。
乙女さんは部活に行き、椰子は興味がないそうで帰ったが、
姫は「こんな面白そうなイベント見逃せるはずないじゃない。」と言って残り、
佐藤さんは「対馬君残るんだよね?じゃあ私も見ていこうかな。」と残った。
集まる前にフカヒレが、祈先生に何かの書類に拇印を押させられていたけど、
誰も気にしない。気にしたら負けだろう。
「では、始めますわね。」
校庭にはもう、魔方陣のようなものが書いてあった。
いろいろな粉みたいなものとかがその中心の箱に入れられて置いてある。
「先生、あの箱に入っているものは何ですか?」
「人体を構成する元素ですわ。」
「何でそんな物が入ってるんですか?一体何をやるんです?」
「フカヒレさんのザリガニの復活式ですわ。要は体を取り戻させてあげて、無念をはらさせてあげれば良いわけですから。
ですけど、私が読んだ本には人体の説明しか載ってなかったので。
まあ、ザリガニなんて小さいですし、人のものの分だけあれば多すぎるくらいで何とかなると思いますわ。」
適当な。
「って先生、本当にそんなことできるんですか?っていうかそれって確か禁忌に・・」
「シャーラーップ、対馬君!
いいじゃない、とりあえずやってみれば。こんな面白そうなことそうそうないわよ?」
「いいか、坊主、物は試し、という言葉もある。
できるかどうかわからないならとりあえずやってみる、ってのも、漢ってもんだぜ。」
「と、土永さんも言ってますわ。」
いいのかそれで。


「材料はもうほとんど揃えてあります。あとは・・・、カニさーん。」
「ん、何?先生。」
「ちょっとちくってするけど、許してくださいね。」
そう言って祈先生はカニの指に針をさし、血を一滴その材料の中に入れた。
「いたっ、痛いじゃん、祈ちゃん。何でこんなことするのさ。」
「カニ、それぐらいで泣くなよ。」
「泣いてない、泣いてないもんね。」
目にはうっすら涙が浮かんでるけど。
「ザリガニさんは一応、カニさんの血肉になったわけですから。魂の情報というやつです。」
相変わらずよくわからんが。
「それではいきますわね。フカヒレさん、その材料の横に座って、
ザリガニさんのことを考えてくださいまし。」
「あっ、はい。」
箱の横にフカヒレが座る。
祈先生はその魔方陣の端に手を触れた。
「うわっ!」
「きゃっ!」
その瞬間魔方陣の中に雷撃が走った。
魔方陣の外にいた俺たちにまで衝撃が少し来た。
中ではフカヒレがしびれている。
「ら、らめぇ! 電気! 電気きちゃいましゅ!電気ビビビビビって通ってるのぉ!」
「フカヒレさん、落ち着いてくださいまし。そこまで強い電撃ではないはずですわ。
私の方を見て、ザリガニさんのことを考えるんですわ。」
「はっ、はいっ!」
どうやら大丈夫なようだ。


と、そこでフカヒレの顔が一気ににやけた。
フカヒレの目線を追ってみると、地面に座っている祈先生の胸の谷間が丸見えだ。
「フカヒレさん、その集中力ですわ。」
「ああ、キャロットが生きていれば人間になって、
あんな胸で、あーんなことやこーんなこと、あまつさえそんなことまで。
キャロットー!」
いいのか、ほんとにこれで?
「きましたわー!」
いきなりフカヒレがもだえ始めた。
「にこんでにこんでにこんで・・・」
「何を?」
「できますわ!」
「とっ・・・とけちゃうー!」
フカヒレが一際大きな声をあげ、箱が爆発した。


「ううっ」
視界は一面の白だ。
幸い衝撃はほとんどなく、煙がたくさん吹き出ただけだったようだ。
「みんな大丈夫かー?」
「僕は大丈夫だよ。」
「ふっ、この私があの程度のことでなにかあると思う?
よっぴーも私がかばってるから大丈夫よ」
「というわけで私も無事です〜。」
「我輩も無事だぞ。」
「俺も大丈夫だぜ、レオ。お前こそ大丈夫か?」
「大丈夫だよ。」
「私、持っていかれてしまいましたわ・・・」
「な、何をですか?」
「買ったばかりのネックレスです。等価交換とか何とか変な奴に言われまして。
まだほとんど使ってませんのに。」
どうやら大丈夫のようだ。
約一名返事がない。
「おい、フカヒレは大丈夫なのか?」
「わからねえ。煙が晴れねえと。」
と、いっているうちに煙が晴れてきた。
「フカヒレ、無事か?」
スバルと二人で駆け寄ろうとする。
なぜか晴れてきた煙の中心には二つの人影があった。


「ええっ!?」
「大丈夫ですか、ご主人様?ご主人様!ご主人様!?」
フカヒレを抱きかかえるようにして声をかけているのは見たことのない青髪、
青い目をしたものすごい美少女(中学生くらい)。
しかも巨乳で、なぜかメイド服姿ときてる。
「( Д ) ゜ ゜」
「お前も中々凄い顔芸ができるね。」
「おい、スバル、これは一体どういうことだ?」
「俺にだってわかんねーよ。」
スバルが肩をすぼめる。
「どうやら、復活式が変な風に成功してしまったみたいですわね。」
祈先生がなにやら嬉しそうに近寄ってくる。
「どういうことですか?」
「まず、結論からいいますとですね、あれはザリガニさんですわね。」
「えーーーーーっ!」
皆の声がはもる。
「ザリガニさんの体を構成している時にですね、フカヒレさんのザリガニさんへの思い、
脳波が変な風に作用してしまったようですわ。
あれはフカヒレさんの理想のザリガニさんなんだと思いますわ。」
「って、ザリガニじゃないし。全然。」
姫が普通のツッコミしてる。
この事態にはさすがの姫でもついていけていないのか。
「とりあえず、気絶してるフカヒレさんも連れて、皆で竜宮に戻りましょう。」
確かに。ここじゃ落ち着けない。
フカヒレを抱えているザリガニさん(仮)に、
フカヒレを安静にできる場所に連れて行くというとしっかりついてきた。


「ええと、あなたはザリガニさんで良いのかしら?」
フカヒレを竜宮のソファに寝かせ、佐藤さんが皆の分のお茶を入れてくれたところでついに姫が切り出した。
「いえ、あたしの名前はキャロットです。」
「そーいや、フカヒレのザリガニの名前ってキャロットだったよな。」
「確かそうだったよ。僕も覚えてるもんね。おいしかったなー。」
「っ!・・・・・・」
カニの台詞に恐怖の思い出が蘇ったのか、がくがく震えだすキャロットちゃん。
ちょっと飼い主に似てるかも。
「カニ、いくらなんでも当人?えーと、当ザリガニか?の前でその話はやめろ。てか謝れ。」
「うっ、確かに。あの時は悪かった。許しちくり。」
「ううっ、はい。」
カニから一番はなれた席に移動したキャロットちゃんだが、何とかうなずく。
「信じられねーけど、ホントみたいだな、こりゃ。」
スバルの台詞に同意するしかないようだ。
「だから、さっきから私はそう言ってますわー。」
怪しげな儀式をした張本人に言われましても。
「フカヒレさんの変な脳波と、おそらく私の魔方陣の不備、
そして大気中に漂う電波が作用してこんなことになってしまったんだと思われますわ。
どうやら、ザリガニさんのもとからあった残留思念がメインの人格で、
みかけはフカヒレさんの妄想、言葉とかの情報はフカヒレさんの魂からコピーしたようですわね。」
キャロットちゃんはぽかーんと祈先生の説明を聞いている。
正直、俺らの対応もあんまし変わんないけど。


「つ、つまりこの子は正真正銘、フカヒレ君が昔飼ってたザリガニということなの?」
姫が何とか最初に理性を取り戻した。さすがだ。
「だからさっきからそう言ってますわー。」
「しかし落ち着いて見てみると凄い子ね。美少女で巨乳でメイド服なんて。
くーっ、持ち帰りてー。持ち帰ってとりあえず乳揉んで遊びてー。
フカヒレ君、案外やるわね。見直したわ。」
変なところで感心するな、姫。
佐藤さんがエリーのこれは病気だからって目線を送ってくる。
「ううっ・・・」
危険を感じ取ったのか、姫からも遠ざかる。正しいぞ、キャロットちゃん!
危険感知能力は飼い主よりも確かなようだ。
歩きながらフカヒレの寝ているソファに近づく。
「あ、あの、ご主人様は大丈夫なんでしょうか?」
「あっ」
全員、すっかりその存在を忘れていた。
「大丈夫ですわ〜。ただ、今日は魂にまで負担がかかりましたし、
多分明日までは目が覚めないと思いますけど。」
「そうですか。」
まだ少し不安そうな顔ではあるが、ほっとした顔をする。
「しかし、この後どうするよ?フカヒレは俺たちが連れて帰るとして、この子は。
さすがにフカヒレの家には連れてけないし、レオの家も今は乙女さんいるからなあ。」
「はーい、はーい、私つれて帰りまーす!
私の家は大きいから一人くらいつれて帰っても問題ないしー。
セキュリティーもばっちりだから安全よ。」
一番怖い人がセキュリティの中にいるわけですが。
「ここは私が連れて帰りますわ。調べてみたいこともかなりありますし。」
まあそれが一番妥当か。


「で、でもご主人様の傍を離れるのは!」
「フカヒレさんは今日は起きませんし、あなたがいても何もできませんわ。
それより、あなたは魔術で生まれた存在。
すぐに消えてしまう可能性もあるのですよ。
とりあえず、私についてきて今後のことを話してみるのが得策だと思いますわ。」
「・・・はい。」
おおっ、大人の説得力。さすがだ。
キャロットちゃんも少しは状況が理解できているようだ。
「じゃ、もう遅いですし、とりあえず俺らはフカヒレ連れて帰ります。
少し頭も冷やしたいですし。」
「私もよっぴー連れて帰るわ。このままじゃ何か収まらないもの。
よっぴー、今日は寝かさないわよ。」
「ちょっ、ちょっと、エリー、それは何かひどいよー。」
「では、また明日、ですわ」
「ご主人様をよろしくお願いします。」
竜宮を出て、それぞれ帰途に着く。
元々常識とはかけ離れた人がまわりに多いおかげでそこまで驚かないですんだが、
それでも凄い日だった気がする。
一体明日からどうなるんだ・・・
フカヒレを抱えたスバルとカニとの帰路、
これまた凄い日になるであろう明日へと思いをはせた。


「起きろレオ、朝だぞ。」
「うーん、寝たりない。」
「起きないと蹴るぞ。」
それは嫌。
「おはよう、乙女さん。」
「何だ、しゃきっとしない顔だな。早く顔を洗って来い。」
昨日はあんなことがあったせいか、夜なかなか寝付けなかったのでまだ眠い。
「鮫氷もまだ起きていないようだな。」
「乙女さん、起こしてくれない?」
フカヒレは昨日、俺の部屋に連れてきて泊まらせた。
フカヒレの親も一泊の外泊くらいよくあることなので気にしないだろう。
(ほとんどうちで遊んでそのまま寝ちまったときだが。)
乙女さんには昨日の話はしておらず、ただ疲れて眠ってしまったと伝えてある。
あの話を乙女さんにうまくできる自信がない。
下手をしたら嘘をついたと思われて蹴りがくるだろうし。
「おい鮫氷、朝だぞ、お前もいい加減に起きろ。」
それでも中々起きないフカヒレ。
祈先生、今日には起きるって言ってたのにな。
「情けないやつだな。」
乙女さんはそう言いながらフカヒレの体を持ち上げた。
「活ッ!」
掛け声とともにフカヒレの首筋に手刀を叩き込む。
「うぐっ。」
さすがにこれは効いたか、フカヒレが目を開けた。
「おはようレオ。俺、首筋がすっげー痛いんだけど。何かあったのかな?」
「お前が中々起きないから乙女さんが活を入れたんだよ。」
「そうだ、鮫氷、もう朝だぞ。お前の分の朝食も用意してある。早く下に下りて来い。」
「ううっ、ありがとうございましたー。」


「やっぱお前がうらやましいよ、レオ。あんな美人に毎朝起こしてもらえて、
さらにご飯まで作ってもらってるんだからな。」
「現状確認もせずいきなりだな。」
「そういや何で俺、レオんちで寝てるんだ?
昨日は、昨日は、ううっ、思い出せない。
生徒会の仕事を終えて竜宮を出たとこまでは覚えてるんだが。」
記憶がぼやけてるか。まあ、確かにそれでもおかしくないような状況だしな。
「竜宮出たとこで疲れて寝ちゃったんだよ。何かあったのか、お前?」
「あー、そういや一昨日明け方近くまでエロゲやってたからな。そのせいかも。」
うまく説明する自信がない俺の嘘をあっさり信じる。
つーかお前そんなことしてたんかい。
どうせ学校に行ったら祈先生か姫が実物片手に説明してくれるだろう。
それに任せるのが賢明そうだ。
二人で下に下りていき、俺だけカニの部屋に向かう。
「おはようございます、お姉さん。」
「良かったら嫁にもらってくれない、アレ?」
「名古屋がある県は名古屋県だとか言ってるようなアホな娘はちょっと。」
「そうよねぇ、私がオトコでも絶対イヤだもん。」
マダムと恒例のあいさつ。
2階へ上がる。
「おい、朝だぞ、カニ。」
「うー、おはよ。」
蹴りをいれるとのそのそと起きてくる。
「うむ、おはよう。」
「おー、そういやレオ、僕今日すげー夢みたぜ。
フカヒレのザリガニがさ、メイド美少女になって復活すんだよ。」
「それは凄い夢だな。と、言いたいところだが残念ながら現実だ。」
「うっ、やっぱりあれ、現実なのか。」
一応実体があっても、一度死んでたもんだもんな。
こいつはやっぱ苦手なのか。


自宅に戻ると乙女さんはもう出かけていた。
フカヒレと用意されていたおにぎりを食べ、学校へ向かう。
「なあレオ、フカヒレにはもうあのこと教えてあるのか?」
カニがひそひそと話しかけてくる。
「いんや。何か記憶もぼやけてるみたいだし、とりあえずごまかしておいた。」
「どーすんだよ、一体?」
「とりあえず学校行ってからでないとな。
祈先生が昨日あの後どうしたのかも重要だろうし。」
「確かにそうだね。」
「おーい、二人で何こそこそ話してんのさ?」
「何でもない、何でもないからね。」
よけー怪しいよ。
「いや、昨日お前がぶっ倒れちまって大変だったなって話だよ。」
「ああ。そりゃ悪かった。」
そんな話をしているうちに乙女さんが立つ校門が見えてきた。
教室に着く。
朝のあいさつを交わして席に座ると姫がこちらを見てにやにやしている。
どうしたんだ、一体?
「はいはい、HRはじめますわよ。」
祈先生が教室に入ってくる。
「ぶっ!」
俺とカニ、スバルが同時に吹き出す。
教室に入ってきた祈先生の後ろについているのは、
まぎれもない、メイド姿のキャロットちゃんだった。
「お、お、お、お!!!!!」
教室中に巨大などよめきが走る。
「はいはい、静かにしてください。」
「ええいひよっこども、ぴよぴよとさわぐな!」


「レ、レ、レオ、すげーかわいい子が入ってきたぞ!
しかもメイド服!?何たる、何たるスペックか!
転校生か?くそっ、何で俺は家からパンを咥えて飛び出なかったんだ!
ゲームなら確実にフラグが立つのに!」
お前の元ペットだ、あれは。
「この方は霧夜さんのお友達で、キャロットさんといいますわ。
昨日、霧夜さんを尋ねてきたそうですが、
日本の学校の雰囲気というものを知ってみたいとの事で、
このクラスにお試し転入することになりました。
皆さん、仲良くしてあげてくださいましね。」
「キャロットです。よろしくお願いします。」
「す、すげーべ。外人さんなのに日本語ペラペラだべ。」
フカヒレの頭がベースになってるらしいから、むしろ日本語しかしゃべれんだろ。
なるほど、姫がさっきにやにやしていた理由はこれか。
昨日のうちに先生と打ち合わせしてあったのか。
確かにキャロットちゃんの容貌でこれならつじつまがあう。
しかし何故にメイド服のままか。
「キャロットさんのお試し転入の話は急でしたので、制服が間に合いませんでしたわ。
今日の彼女が私服なのは、許してあげてほしいですわ。」
「お、お、お、お!!!!!」
はいと返事しているようだが、おたけび(男子生徒の)にしか聞こえない。
しかしあれを私服で通すか。さすがは祈先生だ。
「それではですねー、キャロットさんの席は」
クラス中の男子の目が光る。野獣の目だ。
「フカヒレさんの横の席にいたしますわ。」
フカヒレに殺意の視線が飛ぶ。
「ひいっ。」
あ、ぶるってる。
「それではキャロットさん、席についてくださいまし。」
注目をあびながら席に向かうキャロットちゃん。


しかし席まで進み、フカヒレの方を見て立ち止まる。
「ん、なになに?俺の顔に見ほれた?」
「ご主人様!無事でよかったです。」
そう言ってフカヒレに抱きついた。
「え?え?え?」
事態を把握しきれないフカヒレ。
「お、お、お、お、お、お、お!!!!!!!!!!」
これまでで最大の驚きとどよめきが教室中に走った。
「いいかげんうるさいぞ、2−C!」
2−Aの村田がドアを開けて文句を言ってきた。
が、
「な、な、な、・・・」
メイド姿の美少女に抱きつかれているフカヒレを見て言葉を失った。
その横で西崎さんがぱしゃぱしゃと写真を撮っている。
俺とスバルでキャロットちゃんを説得し、いったん席に座らせる。
フカヒレはどうやらあまりのことに脳がスパークしたらしく、
男子生徒の殺意の視線の中で意識を失ったかのように呆然としている。
「な、なんやて。フカヒレに抱きついたやと!?」
「い、今フカヒレクンのコト、ご主人様言わなかタネ?」
「フカヒレのくせにうらやましいべ。」
ざわめきの止まらない教室。
「はいは〜い、もうHRの時間は終了ですわよ。
皆さん、気持ちはわかりますが、授業を始めますので落ち着いてくださいまし。
これ以上騒ぎますと、皆さん島流しですわよ。」
祈先生の一言で何とか静まる。
しかしこれ、この後どうするのさ。
スバルに目線を送ると、こっちを向き肩をすくめた。


1限が終わり休み時間に入ると、キャロットちゃんは女子生徒に、
フカヒレは男子生徒に囲まれた。
キャロットちゃんの横には姫がつき、主な質問は姫が答えている。
質問に答えながらキャロットちゃんをニヤニヤ見てる姫。
メイド服のままなのはもしかしてこのためか?
フカヒレの周りはパニック状況で何が何だかわからん状態だ。
スバルとカニを引き連れ、授業を終えた祈先生にたずねる。
「え〜と、どういうことなんですか、この状況?」
「どういう状況って、見たままのとおりですわ。」
「いや、それだけでわかれってのは無理があるよ、祈ちゃん。」
ナイススバル。
「まあ、今日はちょうど良いことには3限が自習ですし、竜宮に集まってくださいまし。
フカヒレさんへの説明とあわせて、説明させていただきますわ。ここでは無理そうですし。」
後ろを見ると二つの人の塊が見える。
「確かに。」
「ではでは、そういうことで。」
まあ、3限を待つしかないか。

2限終了後、キャロットちゃんとフカヒレを連れて行こうとした俺たちに、
またも二つの人の塊が立ちふさがった。
「こりゃどうしたものかね?」
何とかならないものかと話していると、二つの塊が同時にうなりをあげた。

「キャロやん、さっきフカヒレに抱きついた時、ご主人様言わんかったか?」
さすが浦賀さん、中々皆がつっこめないところをあっさり来るわね。
しかもいきなりキャロやん!?
とりあえず日本語がまだ微妙にわからないのよとかごまかそうとした、そのときだった。
「ご主人様はご主人様ですが?」
あっさりと隣から爆弾(こえ)が放たれた。


混沌状態に陥った教室。
「フ、フ、フカヒレ、どういうことだべ?」
「ご、ご主人サマ?な、ナニの話ネ!?」
「フカヒレ、フカヒレー!お前だけは、お前だけは信じてたのに!
こうなったらお前を殺して俺も死ぬ!」
どういう理屈だ。
「みぎゃー!!」
男子数人にもまれ、悲鳴をあげるフカヒレ。
しかしやばい。これでは本当にフカヒレ危ないぞ。
「スバル!」
「あいよ、坊主。」
スバルに救出を頼んだそのときだった。
「ご主人様、危ない!」
人の塊からするりと抜け出たキャロットちゃんがフカヒレの前に躍り出る。
「え、え?キャロットさん?」
守られて呆然としてるフカヒレ。
「大丈夫ですか、ご主人様?」
「あ、うん。大丈夫です。」
なぜに敬語か、フカヒレ。
その姿にフカヒレを囲んでいた面子も呆然としている。
「はーい、はーい、そこまで。この件は生徒会があずかるわ。
皆にもあとで説明するから、ここはちょっと失礼しますよ。
ほら、対馬君たちもぼさっとしない。祈先生から聞いてるでしょ?
二人を連れて竜宮へ行くわよ。」
「あ、ああ。」
二人を連れ、呆然とするクラスメイトを残して竜宮へ向かった。


フカヒレの腕にはキャロットちゃんが巻きついている。
胸が押し付けられてるせいかフカヒレの顔はデレデレだ。
くそ、元がザリガニとわかっていてもうらやましい。
「何だ、うらやましいんか、お前?あんな肉の塊がうらやましいんか?
ほれほれ、そんなんだったらこの僕の美しい形の胸を味わいやがれ!」
カニがひっついてくる。
いや、全然アレと違うし。くそ、フカヒレに敗北感・・・
こんな日が来るとは。
「な、なあレオ、これってマジにどういうことなんだ?
俺の時代がついに到来したということなのか?」
ある意味正解。しかし本人に聞いてみろよ、このへたれが。
「いや、だって人違いとかだったらきついし。少しでもこの幸せをかみしめてーんだ。」
「これからするのはその話だ。竜宮まで待て。」

竜宮へ着くと祈先生はすでに部屋の中で待っていた。
「集まりましたわね。それではとりあえず、
キャロットさんの話をフカヒレさんに説明させていただきますわ。」

かくかくしがじか(昨日の内容説明中)

「つ、つまりキャロットが本当に恩返しに来てくれたということ!?
君は、キャロット、キャロットなのか?」
「はい!キャロットです、ご主人様。
3回目の脱皮のとき中々皮が抜けなくて苦しんでいる私に、
必死に声をかけてくださいましたよね、覚えてらっしゃいますか?」
「ああ、ああ。覚えてる。覚えてるよ。あの時は大変だったから。」
「あの時、私は思ったんです。ご主人様に恩に返したい。
何とかご主人様の願いをかなえてあげたい、と。
ただ、あの時は話すこともできなかったですし、
何かをやってみようとすることもできずに、世を去ることになってしまいました・・・」
皆、ジト目でカニを見る。


「ごめん、ごめんなさい。僕、そんなこと何も考えずに・・・」
「いえ、良いんです。仮に私があのまま生きていたとしても、
結局何もできなかったと思います。
むしろあのおかげで、こうやってご主人様に恩返しできる機会ができたともいえますし。」
いい子だ。
「そして、その願いと言うのを聞いた私が、昨日霧夜さんと相談しまして、
今回の転入というお話になったんですわ。」
「ちなみにメイド服のままなのは私の趣味ね。」
やっぱりかよ。しかも言い訳とかもなしかい。
さすが姫。
「本当に、キャロットなんだな。
しかしそうなると、俺の人生ばら色ハッピー決定!?
人生っていいな、青春っていいな!
いや〜、レオ、悪いな。俺、先に大人の階段てやつ、上らせてもらうわ。」
くっ、フカヒレのくせに。
「けど、キャロちゃん、そのご主人様っての止めにしない?
いくらなんでも不自然すぎると思うわよ。」
「それが良いのに・・・」
ぶつぶつつぶやいてるフカヒレは華麗にスルー。
「では、なんとお呼びすれば良いのでしょう?」
「とりあえず、新一くんくらいにすれば良いんじゃないかなと思うけど?」
「それでは新一様、ということではダメでしょうか?」
「ま、それなら何とか妥当と言える範囲かしらね。」
と、そこで3限終了のチャイムが鳴る。
「それでは皆さん、4限の授業がありますし、事情もわかったようですから、
早く教室に戻ってくださいな。」


教室に戻ると、すぐに授業が始まった。
4限の時間中、フカヒレはキャロットちゃんの方を見てはにやにやしていた。
ちなみにクラス中の視線は、
授業そっちのけでそのフカヒレとキャロットちゃんに注がれていた。

4限の授業が終わり昼休みになると同時に、姫がすばやく動いて注目の二人を確保した。
「はーい、質問は一人ずつね。いっせいに聞かれるとわけわかんなくなるから。」
フカヒレとキャロットちゃんを後ろにし、集まってきたクラスメイトに声をかける。
「えーと、キャロットサンは何でフカヒレクンのことご主人様ヨンダネ?」
「彼女、日本語をちょっと変わった自己流で覚えたのよね。
だから、ついそれがでちゃったのよ。対馬君やフカヒレ君は昨日、
私が彼女を生徒会に連れてったから、皆より先に会ってたのよね。」
「なるほどネ。」
「そして、彼女が俺に一目ぼれというわけさ。
いや、彼女とは運命の出会いだったね。HAHAHAHA。」
あまりにうそ臭いフカヒレの台詞の方がまだ現実味があるってどうよ?
その後もフカヒレとキャロットちゃんの関係への質問が乱れ飛ぶが姫が華麗に流していく。
しかし、質問がネタ切れになってきたそのとき、またも浦賀さんの質問が引き金となった。
「なあ、キャロやん、キャロやんは何で日本にきたん?」
その質問を聞いたキャロットちゃんがはっとしたようにフカヒレに顔を向けた。
「新一様、私と楽しいこと、しましょう!」
「「なっ!」」
クラス全員の声がはもる。
「なっなっななななななな。。。」ピューッ、ばたっ。
フカヒレ、感極まったか鼻と耳から血を噴き出してぶっ倒れやがった。
「きゃー!新一様!新一様!どうしたんですか!」
君の台詞のせいだよ!


「ちょっ!対馬君、伊達君、フカヒレ君を保健室に!キャロちゃんも!」
スバルと一緒にフカヒレを抱え、
生徒会の面子+キャロットちゃんは、
またも呆然としているクラスメイトを残して走り去った。

とりあえずフカヒレを保健室の先生に見せた後、竜宮へ連れてきてソファに寝かせた。
「しかしフカヒレ君もヘタレ極まりないわねえ、あれくらいの台詞で。」
いや、それは仕方ないかも。俺もあんなこといきなり言われたら。
「まあフカヒレの場合、仕方ないかもね。今までの人生が人生だかんね。」
「あの、あの、新一様は大丈夫なんでしょうか?」
「まあ、大丈夫でしょ。ただの貧血?ショック?どっちかわかんないけど、
どっちでもたいしたことないわよ。」
「またフカヒレさんが倒れてしまったらしいですわね。」
祈先生が入ってくる。
「クラスの方はどうでした?」
「かなりの騒ぎなっていましたわね。
キャロットさんは今日はもう戻らない方が良いと思われますわ。
少し話したいこともありますし、フカヒレさんとキャロットさんのことは私に任せて、
皆さんは授業に戻ってくださいな。放課後になったらまた来てください。」
姫が自分は残ると言ったが祈先生に却下され、
後ろ髪を引かれながらも、皆で教室に戻った。
教室ではやはり質問の嵐にまきこまれたが当の二人がいなくなったおかげか、
問題は明日以降といった空気が流れ、なんとかごまかすことができた。


放課後、全員で竜宮へ向かう。
今日は生徒会がないため、椰子と乙女さんはいない。
二人には悪いがちょうど良い。
竜宮に到着し一番にドアを開けると、祈先生が鋭い視線でフカヒレと、
フカヒレの横で看病をするキャロットちゃんを見ていた、
あんな目線できる人だったんだ。しかしなんでそんな目であの二人を?
「もう、何立ち止まってんのよ対馬君。」
後ろから姫が俺を押しのけて入っていく。
こちらを向いた祈先生はもういつもの祈先生だった。
全員が部屋に入ると、ちょうどフカヒレが目を覚ました。
「う〜ん。」
「新一様!良かった!」
「おはよう、フカヒレ。大丈夫か?」
「あ、ああ。俺、何か凄いこと言われた夢見たよ。」
それ、夢じゃない。
「キャロットさん、あなたの台詞は誤解を呼びますわ。」
「誤解、ですか?」
「はい、そうです。あなたの心残り、
あなたがフカヒレさんにしてさしあげたかったことを、
ここの皆さんにもきちんと説明してさしあげなさい。」
「はい・・・。」
「私の心残りは新一様が私の世話をしてくださりながら、
私に話してくださったことでした。
楽しいことをしたい。皆と遊びたい。やっぱり皆で楽しく遊びたい。
新一様は私の世話をしながら、よくそうつぶやかれました。
何度私がそのお相手をいたします、そう言いたかった事でしょう。
しかしあの頃、私にそうすることのできる力はありませんでした・・・。」
「キャロット・・・。」


「あの人間不信になっていた頃、か。なるほどな。」
そうだったのか、フカヒレ・・・。
「ですから私は新一様にせめてもの恩返しに、
あの時の願いをかなえてさしたげたかったんです。」
キャロットちゃんの無念って、そういうことだったのか。
「ううっ、いい話じゃない・・・いいわ、皆、今日は遊ぶわよ。
小学校の頃に戻ったつもりでね。そうね、まずはおっぱい鬼なんてどうかしら?」
キャロットちゃんと祈先生の胸を見て姫が提案する。
なにその魅力あふれすぎる遊び!?くわしく!
「エリー、ここは女の子だけじゃないんだよ。」
「くっ、確かにそうね。じゃあ定番でおにごっこ、とかかしらね。」
「でもまだ学校には人いるし、最初は室内でできる遊びの方が良いんじゃないか?」
「言われてみれば確かにそうね。じゃあ、とりあえずここで遊べるものにしましょう。」
皆の思いだした遊びを遊び倒していく。
いす取り、ハンカチ落とし、フルーツバスケット、そんなところを繰り返し遊ぶ。
この年になっても意外に楽しいな、実は。
「新一様、楽しいですか?」
「ああ、楽しい、楽しいよ、キャロット。」
フカヒレも満更でもなさそうだ。
キャロットちゃんと並んで幸せそうに遊んでいる。
ちなみに意外にも、一番勝ち残るのが多いのは佐藤さんだったりする。
勝負事ってわからないもんだな。
「じゃあそろそろ学校に残ってる人減ってきたし、外の遊びに切り替えましょうか?」
負けず嫌いが刺激されるのか、姫はノリノリだ。
「よーし、次こそは僕が一番になるもんね。」
皆で外に出ようとしたその時だった。
「うっ・・・」
キャロットちゃんが胸を押さえて倒れる。


「な、キャロッ、ぐっ!」
キャロットちゃんが倒れたのを支えたフカヒレだったが、
そのまま自分も胸を押さえて崩れ落ちてしまう。
「だ、大丈夫、二人とも?」
皆で二人に駆け寄ろうとしたそのとき、祈先生がつぶやいた。
「もう拒否反応が出てしまいましたか・・・。」
「どういうことですか、先生?」
「あの後判明したのですが、キャロットさんの魂のほとんどは、
実はフカヒレさんの魂の半分でできているのです。
キャロットさんの元の魂ともなじんでいましたし、もう少し持つかと思いましたが・・・。
もともとザリガニの身であるキャロットさんの身体と、
魂が適応しきれていないのですわ。」
「そんな・・・。」
「さらに、フカヒレさんにも魂が半分になった影響がでてきてますわ。
昨日の眠りや先ほどの気絶、そして今。身体への影響が大きくなってきていますわね。」
「じゃあ、どうすれば!」
「残念ながら、どうにもなりません。このままでは二人とも危ないですわ。
早くフカヒレさんにキャロットさんの魂を戻しませんと。」
「それじゃ、キャロットはどうなるんです?」
フカヒレがキャロットちゃんを抱え、胸を押さえながら何とか上半身を起こす。
「残念ながら仕方ありませんわ・・・。
昨日の段階でキャロットさんと話し合いは済んでいましたの。先ほどの状況を見て、
キャロットさんが自分で魂を返せるように身体に印を書き込みました。」


「そんな!」
「新一、さま。」
「な、なんだい、キャロット!?」
「楽し、かったですか?」
「楽しかった、楽しかったよ!だから、だから・・・・!」
「なら、私は、満足です。早く、新一様に、私の魂を。」
何で、何で笑顔なんだよ、キャロット!
「泣かないでください、新一様。もともと私は一度死んだ身です。
新一様への恩返しの願いは叶えることができました。
もう思い残すことはありません。」
「そんな、キャロット!せっかく、せっかく生き返ったのに!」
キャロットの身体が光り始めた。
「ただ、少しだけ欲が出ちゃいましたかも。
もう少し、新一様といろいろやってみたかった、です。
悪い子ですね、願いが叶ったというのに。」
「そんなことない、そんなことないよ!
もっと、もっとお前もせっかく人間になれたんだから、もっとお前だって楽しいことを!」
「私は楽しかった、です。少しだけでも、新一様と一緒にいれて。
また新一様に会えて。どちらにしろ、私はもうだめ、なんです。
それに、今度の最後は新一様の手の中。幸せです。」
キャロットの身体がどんどん光に包まれていく。
「でも!でも!」
「新一様、私の最後のわがまま、かな。ごめんなさい。」
口にやわらかいものがぶつかった。

「あは、やっちゃった。ご主人様、笑って、くれますか?」
「ああ、ああ。」
フカヒレが涙を流しながら、笑顔を作った。
「良かった・・・」


そうつぶやいた途端キャロットちゃんの身体が砕け散り、
その光の粒子がフカヒレの身体へ吸い込まれていく。
「キャロットーーーーーーっ!」
フカヒレの絶叫が竜宮にこだました。
「もう、フカヒレさんは大丈夫ですわ。」
祈先生のその言葉が引き金となり、そのまま号泣するフカヒレ。
俺たちは何も言えず、ただ立ち尽くす。俺たちも皆涙目だ。
しばらくフカヒレの泣く声だけが竜宮にひびく。
しかし耐え切れなくなったのか、姫がついに声をかけた。
「ああ、もう、フカヒレ君!いい加減にしなさい!
キャロちゃんは言ってたでしょ。『笑って』って。
そんなんじゃキャロちゃんが成仏できないじゃない!」
そういう姫も目は赤い。
「フカヒレさん、キャロットさんは昨日私に話してくださいましたわ。
フカヒレさんが笑顔で自分を見てくれるのが一番、うれしかった。
その笑顔が大好きだった、と。」
その言葉を聞いてフカヒレが泣くのを止め、こちらに背を向ける形で立ち上がった。
「なあ、レオ、さっき、俺の中にはキャロットが入っていったよな?」
「あ、ああ。」
「てことは先生、俺の中にはキャロットの一部も入っていったんですよね?」
「はい。キャロットさん自身は成仏されましたが、
フカヒレさんの魂にはキャロットさんの形が刻まれましたわ。」
「ですよね。なら、キャロットの分まで楽しく、笑って生きてやらなきゃいけないな。」
そう言ってこっちを向いたフカヒレの笑顔は、目が赤いのに、確かに輝いていた。
そして、その笑顔でフカヒレが叫んだ。
「よーし、絶対幸せになってやるぜ!」


『Isolation』


「もうあれから3日、か。」
あれから3日がたった。あれだけ騒いだクラスの連中も、
キャロットちゃんは親の都合で急遽自分の国に帰ってしまったと姫から聞き、
ほとんど冷めてしまった。
けれどフカヒレはまだ学校に来ない。
「ああは言ったけど、やっぱりまだこたえてるんだろうな。」
「おっはよー。」
「っておい、そう話した途端来ましたよ、こいつは。」
「いやー、新作のエロゲが多くてね。まいった、睡眠不足だわ。
もう、萌え萌えよ。君望の水月って子とかさ、
あと他のゲームだけど、海ねえちゃんって子がまたいいんだわ!」
横でカニが突っ伏してる。
「おい、ちょっ。」
スバルにとめられる。
「レオ、あれがあいつなりのごまかし方なのさ。不器用なやつだよ、ほんと。」
そのとき、西崎さんが教室に入ってきた。
「あ、あの、これ・・・この前の、しゃしん。」
そう言ってフカヒレに写真を渡した。
写真にはフカヒレと、フカヒレに抱きつくキャロットちゃんが写っている。
フカヒレは写真を見て少しうつむいた。
しかしすぐに笑顔で振り向く。
「さーて、人生どんどん楽しんでいかなきゃいけないから忙しいよな。
今日は帰り、ゲーセン行こうぜ!」
「・・・そうだな、楽しもうぜ!」
俺たちも負けずに、笑顔で答えた。


(作者・89氏[2005/10/18])

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