目が覚めた。ベッドの隣はもうカラだった。もう日が高いらしい
枕もとの時計を見ると十時を回っている。
今日は早く起きられたぞ。
欠伸をしながら居間へ。テーブルの上には簡単な食事が用意してある。
子供たちもレオが幼稚園に送って行ってくれた筈。レオ、大儀であった! 愛してるぜ。
さー、こっからはボクが頑張る番だもんね。
両頬を平手で叩いて、気合を入れた。
顔をザブザブ洗い、歯を磨く。くぅ、レオの香り消えるのが名残り惜しいなぁ。
夕べの激しかったレオを思い出してついニヤニヤしてしまう。
で、毎朝恒例の儀式。デッドのCDを大音量でかける。やっぱりこれを聴かないと一日が始まらないね。
隣からババアの怒鳴り声。うるせーなぁ。返事代わりにフライパンを投げ込んでやる。お、怒声が止んだぞ。
心地よい音に身を任せながら、手早く身支度。
レオはスッピンでも可愛いって言ってくれるから、化粧は最低限で済ます。めんどいし。
その後はチラシチェック。何しろウチには育ち盛りが四人もいるからね(含レオとボク)。
できるだけ安くあげて家計を助けて、レオの負担を減らしてやらなくちゃ。
一通り目を通して今日の獲物を決定する。メインはタイムサービスの鶏肉だなっ。
と、そこで玄関でチャイムが鳴った。


「はいよー」
出てみるとフカヒレだった。
「何だオメーかよ。毎日毎日よく来るな」
「しゃーねーだろ、仕事なんだから!」
そういえばフカヒレは郵便局で働いている。
「じゃ、なんでわざわざチャイム鳴らすんだよ。郵便受けあんだろ。
……ホントは美人妻とムフフな展開を期待して通ってるんじゃねーのか?」
「美人妻って誰が?」
「ボクだよ、ボク!」こいつの目はビー玉ですか?
「はっ、有り得ねー! 俺にとってお前はカニであって女じゃないの。だからそんなことは考えもしないぜ」
「カニゆーな! ボクは対馬きぬ! もうカニじゃねー!」
「わかったわかった。とにかく、お前に手ぇ出したら海に沈められるだろ。
俺は死ぬときは巨乳で窒息死か巨尻で圧死って決めてるから」
コイツの妄想の方が百倍有り得ねー。つか、女を胸でしか評価できないとは、相変わらず人間失格だな。
レオを見習えよ。夕べだって美乳だって褒めてくれたんだからな。
「じゃ、俺もう行くから。……って忘れるとこだったじゃねーか! ホラ郵便」
「ご苦労。お、フランスからきてる」
「フランス?」
「ほらこれ」
「エアメールじゃん。どれどれ、ってきっちりUSAって書いてあるぜ」
バカかフカヒレ。仕方ねー。ボクが親切にも教えてやんよ。まったく、これでよく郵便局員が務まるもんだ。
「よく見ろよ。これフチが赤青白になってるじゃん。これがフランスの国旗の色だ。トリコロールっていうんだぜ」
何故だかフカヒレはそのまま黙って行ってしまった。
居間に戻ってフランスからの手紙を開けると、姫からだった。
姫はよっぴーと一緒に世界を飛び回っている。
どうやら二人は今ニューヨークにいるらしい。
へぇ、ニューヨークってフランスに移籍したんだな。また一つ賢くなった。今夜レオにも教えてやろうっと。
手紙によると、年末には帰国できそうなので一緒に食事でもしたいとのことだった。
これでまた豪勢なメシが食えるぜ。たのしみー♪


さて、軽くブランチをとったあとは夕方まで家事だ。
洗濯機をフル稼働。何しろみんな汚すからね。容赦なくどんどん放り込んでいく。色柄物もキ・ニ・シ・ナ・イ!
それから掃除機をかけながら家中を駆け回る。今はもう慣れたけど結婚したばっかの頃は大変だったなぁ。
色々モノぶっ壊したりして、レオにも迷惑かけたし。幸いボトルシップは無事だったけど。
……もし壊してたら今頃リコンしてたかも。考えただけで背筋が寒くなるぜ。
今日は襖を破った程度であとはなんのトラブルもなく掃除完了。
頃合いを見て洗濯物を中庭に干していく。いい天気で助かった。
ずらりと労働の成果が並んで風に揺られているのを見ると、すごく気分がいいな、へへん。
ボクもすっかり主婦ってコトかな? いくつか洗濯前と色が変わってるのがあるけど、ま、いいか。
家の片付けやしつこいセールスマンの精神を破壊などしているうちに四時になった。そろそろ買い物に出かけよう。
いざ出陣!
タイムサービスが始まる五時まで商店街をぶらつく。適当に野菜など諸々の食材をゲット。
ついでにココナッツの花屋を覗いてみる。のどかさんが店番しているようだ。なんとなく苦手なのですぐに立ち去ることにする。
つーかあの人めちゃめちゃ若い。初対面のときと殆ど外見変わってねーし。
時計を見ると五時十分前。
いよいよタイムサービスが迫ってきたぜ。ワゴンが良く見える位置に陣取り、五時を待つことにする。
「ふん、誰かと思えば貴様か、出涸らし」ボクの隣に現れたのは馴染み深いババアというかボクの母親だった。
「んだよ。なんか用かババア」
「別にお前になど用はない。わたしが用があるのはあのワゴンの中の鶏肉さね」そういうとババアはニヤリと笑った。
ちっ、コイツもボクと同じ狙いか。腐っても鯛。コイツは百戦錬磨だからやりづらいんだよな。これで強敵が増えたわけか。


「ところでオメー、その頭どうしたんだ?」
ボクは気になっていたことを訊ねた。ババアは何故か頭に包帯をグルグル巻いていた。オアシスのテンチョーみてーだ。
「ああ、今朝、何故か突然ウチにフライパンが飛び込んできたのさ」
「そりゃおっかねえな。今の世の中何が起こるかわからねーな。せいぜい気をつけろよ」
「忠告痛み入るよ出涸らし」
そういうとババアはおもむろに買い物カゴの中からフライパンを取り出すとボクの脳天に振り下ろした。
避ける間も無く、ボクは一撃を食らってしまった。
「あぐべッ!」凄まじい衝撃。目から火が出るたぁこのことだ。
つーかこのババア、このためだけにわざわざフライパン家から持ってきやがったのか!?
頭を抑えて蹲るボクに向かってババアは言う。
「今の世の中何が起こるかわからないから、せいぜい気をつけることだね」
「つぅ〜。……テメー、ボクを殺す気かよ!」
「まさか。貴様ごとき殺すほどの価値もないぞ、出涸らし」
「ムカ。ところで、いい加減ボクのこと出涸らしって言うの、やめろよな」
「なんで?」
「ボク一人だけならいいけど、そしたらレオは出涸らしの旦那ってことになっちゃうじゃん。子供たちは出涸らしの子か?
冗談じゃねーっつーの! レオや子供たちがバカにされてるのは我慢できねー!」
そうだ。レオはボクをお情けで女房にしてくれたわけじゃないんだ。
子供たちだって、ちょっと行儀悪いけど決して出涸らしの出涸らしじゃない!
ババアは満足げに笑って、
「ふん。貴様にしては上出来だよ。おや、そろそろ五時だね。ではこっちで勝負といこうか、きぬ」
「望むところだ!」
タイムサービス開始を告げるアナウンス。ボクらの戦いが始まる。


ワゴンに群がる主婦たち。ババアは次々と雑魚を蹴散らしていく。まさに重戦車。
ボクはその漁夫の利を得る。ババアが荒らした辺りから良さそうなものをゲット。
手当たり次第にカゴに確保する。まず確保。これ基本。選別は後からゆっくりやればいいんだ。
ボクの視界に一つの鶏肉パックが飛び込んできた。今まで別のパックの下に隠れていたんだろう。
アレは10グラムは多く入っていると見たぜ!
当然手を伸ばした。同時にパックに伸びてくる手。
「これは渡せんな」
「テメ、ババア!」ババアとかち合った。
お互い鶏肉パックをつかみながらにらみ合う。
「離せよ。肉が痛んじまうだろ、ババア」
「こっちの台詞さ。出、じゃなかった、きぬ」
「うぬぬぬぬ」ババアは一歩も譲らない。勿論、ボクだってこれをヤツにくれてやるつもりなど頭毛ない。
レオと子供たちに腹いっぱい食わせてやるんだ! 
その一心でババアを威嚇する。
だが敵もさるもの、百戦錬磨の通称松笠の呂布。
鶏肉には細心の注意を払いつつ、ボクに向かって高速でヒジの連撃を放ってくる。
「いだっ! いでででで! テメー、何しやがる!」
ボクもやられっ放しではいられない。ババアの足を容赦なく踏みつける。
「ぐッ! やるな、きぬ!」
他のボンクラ主婦どもの低レベルな争いを尻目に、ボクたちは一つの鶏肉を挟んで死闘を演じていた。
水面下で行われるヒジと足の応酬。視線で交わされる駆け引き。
「さっさと諦めやがれ!」
「貴様こそ!」
ここでババアが勝負をかけてきやがった。パックを自分のほうに引き寄せにかかった。
負けてなるかとボクも自分の陣地にパックを呼び込もうと力を込める。


ぐ、マズイ。力の勝負になればこっちが不利だぜ。
ボクは最後の賭けに打って出ることにした。
素早く体勢を入れ替え、ババアの膝の裏を軽く蹴る。
「あ」瞬間、ババアがバランスを崩した。チャンス!
間髪いれず鶏肉を抑えているババアの右手首を下から拳で跳ね上げた。
体勢を崩していたババアは成すすべもなく、鶏肉を離す。よし、貰った!
空中に舞う鶏肉。あとはこれをキャッチすれば……、待ってろよレオ! 美味い唐揚げ食わせてやるぜ!
だが、そこに現れた黒い影。
「ごちそうさま」
鶏肉を受け止めたのは黒髪ヤンキー娘。
「テメーココナッツ! それを渡しやがれ!」
ココナッツはニヤリと笑い、パックをカゴに仕舞い込む。
「今日は出遅れてしまったので半ば諦めていたんですが。良い物をありがとうございます、対馬夫人」
そういうとココナッツはスタスタとレジに向かってしまった。
呆気にとられるボクとババア。
「あの小娘、なかなかやるな。完全に気配を絶っていた。我々の勝負の決着を待って隙を窺っていたのだ」
ババアはしきりに感心している。いや、そうじゃねーだろ。
でもでも、ボクはこのままじゃ腹の虫が収まらないもんね。
ココナッツの後を追いかけ、背後からゴボウでケツを殴打してやる!
「ひやうっ!!」
素晴らしい手ごたえ! 場外ホームランだぜ。ゴボウが砕け散ったが、まあいい。
「おおう、せくすぃーな声あげやがって。マゾか、マゾなんか!?」
「カニ、貴様……」ココナッツが尻をさすりながらガンを飛ばしてくる。


凄い形相でこちらに歩み寄ってくると、ヤツはボクの頬を両手で鷲掴みにして捻り上げた。
「いがががが! いはい、いはい!」
「マーベラス蟹沢……!」
「ふぉくふぁふぁにふぁふぁひゃへー! ふひまふぃぬだ!」
「ふふ、さぁ、早く泣くがいい」
ココナッツはボクの頬を餅でもこねるようにぐにぐにと引っ張る。
正直いてー。でも、泣かない、泣かないもんね! レオ、ボクに力を貸してくれ!
「お前ら、なにやってんの。めちゃめちゃ目立ってるぞ」
ココナッツはぱっとボクの頬を離す。
慌てて振り返るとそこには愛しのマイスイートハニーが。これが愛のぱぅあーか!
「レオ、お帰りーっ!」
ボクは夢中でレオにしがみ付く。
「ぐはっ、このタックルは効いたぜ、きぬ! でも、お前の愛を感じたぜっ!」
「レオ〜!」
ボクたちはしっかと抱き合った。
「今日はもう仕事は終わりか?」
「ああ。外回り終わったんで、このまま帰れるぞ」
「こんにちは、センパイ。相変わらず暑苦しいくらい仲いいですね」
ココナッツは仏頂面でレオに挨拶すると、今度はしゃがんで、笑顔で「こんにちは」
レオは子供たちを連れていた。幼稚園から引き取ってきてくれたらしい。
「おねいたん、こんにちはー!!」「こんちにわー!!」うちの子らも元気に挨拶する。
オイオイ、こんな単子葉植物に挨拶なんて、勿体無いぞ。かるくシカトで十分だ。
「いつも元気だね」ココナッツが子供たちの頭を優しく撫でる。
「おいココナッツ。いくらウチの子がきゃわゆ〜いからって、誘拐とかはカンベンな」
「だれがするか。泣かすぞ甲殻類」
睨みあう。この腐れココナッツが。いつか本当に埋めてやる。
「まー、そこらへんでやめとけよ、二人とも」そう言ってレオが仲裁に入る。
「やめとけー」「やめー」子供たちもレオの真似。
「け、命拾いしたな、ココナッツ」
「では、あたしはこれで失礼します、センパイ」
「うん、じゃあな椰子」
「シカトかよ!」


帰り道。四人で手をつないで歩く。
子供たちが幼稚園で習ったという歌を披露してくれた。
会話は尽きない。
幼い頃からずっとずっと想っていたレオと結ばれて、家庭を作って子供も授かって、
フカヒレや観葉植物も近くにあって、これ以上ないくらい幸せ。
ボクもレオも子供たちも、いつも笑顔だ。
今度オリンピックに出るスバルも、これならきっと喜んでくれるよな。
「で、きぬ。今晩のメニューは?」
「おう、鳥の唐揚げだぜ。って、聞いてくれよ。
あの腐れココナッツのヤツ、ボクが必死の思いでゲットした鶏肉強奪しやがったんだぜ!」
「あははは。相変わらずだな、お前ら。すっかり商店街の名物じゃん」
「それ、気分ワリー。あんなのとセットで扱うなよな」
「まぁ、そういうなよ。お前だって椰子とは結構電話とかメールとかしてんじゃん」
「う……。だってアイツ料理うめーんだもんよ」
折角だから色々聞いてレオに美味いもん食わせてやりてーし。
確かにそういうとこや、子供たちを可愛がってくれてるとこはちっとは感謝してるけど、
「でもアイツは所詮ココナッツだからな。ボクらとは相容れない存在なのさ!」ボクは拳に力を込めた。
そこでレオが吹き出した。
「あー、なんで笑うんだよ、レオ!」ボクが拳を振り上げる真似をする。
「うひゃ、逃げろ!」レオはおどけて駆け出した。
何メートルか先でレオが、
「おーい、ウチまで競争だぞ〜!」
「おー!」「まってーおとーたん!」
子供たちも走り出した。あ、コラ、そんな走ったら転んじまうぞ。
「ほらきぬ、置いてくぞ!」
「おかーたん、おそいー」「おかー!」
やれやれ。みんな子供だなぁ。……でも、こんなのも悪くない。思わず笑みが零れる。
「くそーっ待ちやがれーっ!」
ボクも、駆け出した。大切な家族のもとへ……!


(作者・名無しさん[2005/10/14])


※後日話 つよきすSS「かわらないもの


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