01≪レオパート≫
そろそろ季節も秋が終わり冬に差し掛かろうとしている。
そして、なごみと付き合い始めてもうすぐ4ヶ月が過ぎようとしていた。
夏から付き合い始めた俺たちは、学校でのちょっとした出来事や生徒会活動、
何時ものメンバーも加えての馬鹿騒ぎなど、色々な出来事を通して仲を深めていった。
もちろんデートをしたり、秋には二人っきりで旅行に行ったりと恋人らしい事もしている。
そして、当然のように来月に控えているクリスマスも予定を立てている。
去年まではスバルやカニ達と一緒に騒いでいたけど、
今年はなごみと過ごすのかと思うとそれだけでなんだかとても新鮮な気持ちになれた。
どれだけ新鮮な気持ちかというと、まだ1ヶ月以上も先なのに
プレゼントを買ってもらう子供みたいにワクワクしているくらいだ。
別に、ホテルでディナーを食べてそれから・・・といった事をするつもりは全然ない。
確かに最後はやるかもしれないけど、家でなごみがつくった料理を食べて、
その後ケーキを食べる。プレゼントを交換して、朝までの時間を過ごす。
別に特別な事なんていらない。ふたり一緒なら俺は満足なんだ。
そんな自分が少し恥ずかしくもあるが、やっぱりうれしいものはうれしかった。
一応、別の日にみんなで毎年恒例の
『フカヒレ今年も一人身で寂しいだろう慰めてやるぞクリスマスパーティー』
もやる予定だけどな。
しかし改めて考えると、俺はすごい幸せ者だとしみじみ思う。
なごみは他人に対してきついところがあるし、人の目がある所では実にあっさりした態度だけど、
二人きりの時なんかはこっちがとろけそうになるくらい甘えてくる。
それに健気だし、色々とつくしてくれるし、美人だし、スタイルいいし、
かわいいし、料理うまいし、その他いろいろ。
やっぱり俺ってどう考えても幸せものだ。
そういう訳で、俺は前よりももっとなごみを好きになっていた。
けれど、それと同時に一緒に居たいという想いまで強くなってしまっていた。


02≪レオパート≫
平日は学校があるので一緒に過ごせる時間は限られている。
休日は二人で過ごしているけど、
なごみは実家の花屋の手伝いがあるので休みのたびにというわけにはいかない。
でもこっちは一緒に居たい。
どうしたものかと一時期は真剣に悩んだりもした。
けれど、なごみはその問題を実にあっさりと解決した。
のどかさんに頼んで、俺をバイトに雇ってくれたんだ。
後で聞いたんだけど、なごみは俺と花屋を一緒にやりたいと思ってくれていたらしい。
そういう訳で、少しでも一緒にいたいというのが動機ではあるが、
今では休みの日は俺も花屋を手伝っている。
最近ではのどかさんも気を使ってくれているのか、または俺となごみの仲に触発されたのか、
土日は泊まりがけで天王寺さんの所に出かけるようになっていた。
お客さんの相手はしないといけないけど、実質二人っきりである。
常連さんからは、新婚さんだの花屋の若夫婦だのとからかわれたりもしたけれど、
なごみがうれしそうにしているので俺的にはオッケーだった。
そうやって、俺たちは充実した時間を積み重ねていった。
そんな順調そのものの俺達の高校生活だが、最近一つだけ気になることがる。
それは、一緒に暮らしている俺の姉さん的存在の乙女さんの様子が最近おかしいことだ。


03≪レオパート≫
確かに普段生活している中ではいつもどおりだし、
別に怪我をしたとか体調が悪いというわけでもなさそうだが、
元気がなくなる事がたびたび目に付くようになってきたのだ。
そして、そんな時は決まって眉をひそめて俺を見ている。
俺がそれに気がつくとあわてて目線を逸らす事から、勘違いというわけではないだろう。
そして、乙女さんがそうなるのは決まって俺となごみが一緒のときだった。
いちゃついてる時ともいう。
何か気に障ることでもしたのかと思って、直接乙女さんに聞いてみたけれど
別になんでもないってはぐらかされるだけだった。
乙女さんにはなごみとヤッている現場を見られたりしたけど、
最近は普通に恋人同士としてふるまっているし、
見られてまずいことをしているわけではない(乙女さんの前ではだけど)。
だから特に乙女さんに見咎められるようなことはしていないつもりなんだけど、
なんとなく見張られているような気がするのはなぜだろう。
そういえば休みの時は実家に帰っていたんだけど、ここ数週間は帰らずに残っているし・・・。
乙女さんが家にいるのになごみといろいろヤルわけにもいかず、
今ではなごみの家を二人の愛の巣にしてしまってた。
(とは言っても、のどかさんがいない土日だけなんだけど)
そうなると朝に家へと帰る事になるんだけど、そんな俺に乙女さんは冷たかった。
それは、乙女さんの俺たちに対する無言の抗議の表れなのだろうか・・・。


04≪なごみパート≫
その日も4時間目の授業が終わると、あたしは二人分の御弁当箱を持って教室を出た。
時計は既に12時を過ぎてしまっている。きっとセンパイはお腹をすかして待っているはずだ。
あたしの4時間目の授業は英語だったのだが、担当の先生はたびたび授業時間を長引かせる。
普通の休み時間なら別になんとも思わないのだが、さすがに昼休みもこうだと腹が立った。
センパイとのランチタイムを邪魔するな!
センパイを待たせる事なんてできないので、あたしは急いで竜宮へ向かう。
ようやくたどり着き、軽く深呼吸していらついた気分を落ち着けてからそっと戸を引く。
もうセンパイはいるだろうと思っていたが、予想に反してまだだった。
どうやら授業が長引いているようだ。
あたしはテーブルにお弁当箱を置いてセンパイを待つ。
そうしてしばらくすると、戸が開く音がした。
センパイが来てくれたと思ってそちらに笑顔を向けると、そこには意外な人が。
「鉄先輩?」
どうして鉄先輩がここに来るのだろう?昼休みはめったに来ないのに。
何か、生徒会か風紀委員の仕事があるのだろうか。
「椰子か、レオはまだ来ていないのか?」
あたりを見回しながら問いかけてくる。
「授業が長引いているんじゃないですか?それよりも鉄先輩はどうしてこちらに?」
なんとなく気になったので尋ねてみた。
すると、鉄先輩は後ろにまわしていた手をこちらに向け、
「レオにおにぎりを作ってきたんだ。育ち盛りだし、
トレーニングも積んでいるから椰子の弁当だけでは足りないと思ってな。」
そう言って、おにぎりが入っているであろう包みを掲げてみせた。


05≪なごみパート≫
他の連中は何かと昼食時にちょっかいを掛けてくるが、
鉄先輩にかぎってそんなことは無いだろう。
でも、前は確か朝にセンパイに渡していたはずなんだけど・・・。
疑問に思っていると、鉄先輩がどことなく気まずそうに口を開いた。
「朝渡すのを忘れてしまってな。それにレオはそそっかしいところもあるからな。
家に忘れてしまいかねない。それなら私が直接渡した方が確実だろう?」
鉄先輩が説明する。
何か引っかかるので、つっこんでみた。
「言って下されば、お弁当の量を増やしますけど。」
鉄先輩は、少し考えるそぶりをみせたが、すぐに答える。
「あぁ・・・、でもな。私はレオのお姉ちゃんとして、出来る事はやっておきたいんだ。」
慈愛に満ちた笑顔でそういわれると、納得するしかない。
まだ色々と引っかかる点もあったが、ここは引き下がる事にした。
「私も一緒に食べるからな。作った当人として、やっぱり食べた人の反応は直に見たい。」
それはあたしも共感できる。センパイに美味しいって笑ってもらえるととても幸せだからだ。
だから、別に朝晩の食事の時があるじゃないですかとか、
センパイとの二人きりの食事を邪魔しないで下さいとか、
そんな我侭は言わないでおいた。
どうせどこで食べようとも、しょっちゅうカニやお姫様が来て邪魔をしていくわけだし、
それなら鉄先輩がいてくれたほうがそんな邪魔者も少しはおとなしくなるだろう。
そうしている内に、今度こそセンパイがやってきた。
「遅れてごめんな、なごみ。祈先生につかまってさ。教材運びやらされてたんだ。」
申し訳なさそうに頭を下げる。
あの人は・・・。少し腹が立つ。
何もセンパイにそんな事させなくても、伊達先輩やフカヒレ先輩がいるのに。
でも、そんな気持ちはすぐに吹き飛んだ。
「気にしないで下さい、センパイ。それよりお弁当にしましょう。
今日のは結構自信作なんです。」
これから、毎日楽しみにしているセンパイとの食事の時間なのだから。
06≪レオパート≫
「今日は乙女さんもいるんだ。」
めずらしいな。何時もは友達と食べているはずなのに。
「あぁ、久しぶりにお弁当を作ったんだが、朝渡すのをわすれてな。」
そう言って、おにぎりの包みを差し出してくる。
「なごみに作ってもらっているから別によかったのに。」
そう言って俺は首をかしげた。
「でも、それだけじゃ足りないだろう?最近トレーニングのメニューも増やしたしな。」
まあ、確かにちょっとだけ足りないかな。
せっかくだから、ありがたくいただく事にした。
テーブルに着き、なごみが用意してくれた弁当箱を開ける。
うん、いつも通りうまそうだ。
彩りのいいおかずたちが食欲を掻き立てる。
さっそく食べようとするが、でもその前に俺にはやることがあった。
「お茶入れるけど、なごみも乙女さんも飲むよね?」
そう言って席を立つ。
最近姫が緑茶にはまっていて、結構高い茶葉を買ってきたばっかりなのを思い出したからだ。
生徒会の経費で落としているので、もちろん俺たちもいただく権利がある(断言)。
「お、気が利くな」
乙女さんからお褒めの言葉をいただいた。
「センパイ、だったらあたしが入れますよ。センパイは座っていてください。」
すかざずなごみも席を立つ。いつものことだが、なごみは何かと尽くしてくれる。
でも、毎回それに甘えるわけにはいかない。
たまには俺もなごみに尽くしてみたいからな。
「いいよ、俺にまかせてくれ。」
申し訳なさそうにしているなごみに手を振って、俺はお茶を入れ始めた。


07≪レオパート≫
入れ方は、このまえ姫にダメだしを食らってしまったが、
そのあと佐藤さんに教えてもらったので上達しているはずだ。
覚えている手順通りにお茶をいれ、
ちょうどいい温度になっていることを確認してからすばやく湯飲みに注ぐ。
それをおぼんにのせてから、俺はテーブルへと向かった。
「ちょっと熱いから気をつけてくれよ。」
まず、近くに居たなごみに渡す。
「センパイ、ありがとうございます。」
続いて乙女さんにも渡した。
「すまないな、レオ。」
渡し終えてから、俺も席に着く。
「では、早速いただくぞ。」
早速乙女さんが口をつけた。味はどうだろう?
ドキドキしながら感想を待つ。
「美味しいです。」
「うん、美味しいな。」
好評のようだ。俺も飲んでみる。
茶葉が高いせいもあるが、どうやら俺の腕も少しは上達したみたいだった。
少しほっとする。
佐藤さんに心の中で感謝した。
そして俺たちはまったりと食事を始めた。


08≪レオパート≫
しばらくすると、姫と佐藤さんがやって来た。
「ハァーイ、乙女センパイ、なごみん、ついでに対馬君」
「俺はついでかよ。」
思わず突っ込んでしまう。
「あ、この前のお茶飲んでいるんだ。私達にもいれてくれる?」
同然のように姫が告げる。
「私が飲んであげるんだから、光栄に思ってね。」
どうやら決定事項のようだ。
なごみは何か言いたそうにしているが、とりあえずお茶を入れるために席を立つ。
「ごめんね、対馬君。エリーもそう対馬君に意地悪したらだめだよぅ。」
佐藤さんがフォローしてくれた。
やっぱりいいこだよな、佐藤さんは。
「別に意地悪しているつもりはないんだけどね。それよりよっぴー、早く食事にしましょう。」
姫が佐藤さんから女性にしては少し大きめの弁当箱を受け取る。
「あれ、めずらしいね。何時もは学食で済ませているのに。」
「エリーがたまにはお弁当が食べたいって駄々こねるから、今日は私が作ってきたんだ。」
なんというか、姫らしい我侭だ。姫の方を見ると、既に弁当箱を開けて食べ始めている。
中身が気になったので、お茶を渡すついでに思わず覗き込んでみた。
野菜中心のメニューだか、なかなか美味しそうだ。
「欲しい?でもあーげない。」
姫は俺に見せびらかすようにしておかずを口に入れる。
姫も時々子供っぽいところがあるよな。


09≪レオパート≫
そんな姫の行動をスルーして、佐藤さんにも茶を渡す。
「ありがとう。ごめんね、わざわざ私の分まで。」
「別にいいって。それより佐藤さんのお弁当美味しそうだね。」
素直な感想を述べた。
すると、佐藤さんは急に目を輝かせる。
「よかったら対馬君もたべてみる?作りすぎちゃって余分に持ってきてたんだ。」
そして姫のより一回り大きい弁当箱を取り出した。
これって、明らかに男用のサイズだよな?
でも、既に二人前の弁当を食べないといけないので、これ以上はちょっと無理かな。
「ごめん、なごみのお弁当もあるし、今日は乙女さんも作ってきてくれたんだ。
残念だけど、辞退するよ。でもありがとう。気持ちだけでもうれしい。」
丁寧にお断りすると、佐藤さんは予想以上にがっかりしたようだ。
「そっか、どうしようかな。捨てるのは勿体無いし。」
肩を落としてつぶやいている。
なんか申し訳ないな。
「心配するな、佐藤。私でよければ頂こう。食べ物を粗末にはできないからな。」
そう言うと、乙女さんは弁当箱を受け取った。
乙女さんはスタイルいいけど、驚くくらい食欲旺盛だからな。
残さず食べてくれるだろう。これで問題は解決した。
なぜか佐藤さんは複雑そうな顔をしていたけれど。


10≪レオパート≫
弁当も半分ほど食べ終えたころ、カニが竜宮にやって来た。
「やっぱりここにいやがったか。おーい、レオ。
かわいいきぬ様が今日も来てやったぜ。」
大きな声で呼びかけてくる。うん、カニは今日も元気だ。
「お、みんな揃っているな。珍しいこともあるもんだ。」
スバルたちもやって来た。
皆が適当に挨拶をかわす。
何時ものことだが、カニが来ると急に騒がしくなる。
俺はこんな雰囲気も好きなんだが、なごみは騒がしいのは苦手だったな。
それに、カニは俺がなごみと食べていると何かと絡んでくるから困ったもんだ。
そっとなごみの様子を伺う。
あ、やっぱり少し機嫌が悪くなってきたみたいだ。
なごみはカニに対して何時もこうだからな。
相性悪いのだろうか?とりあえずフォローしておく事にする。
楽しみにとっておいた、最近お気に入りの玉子焼きをほおばる。
「この玉子焼き、すごくうまいな。前から美味しかったけどもっとうまくなったみたいだ。」
そう言って、一気に玉子焼きをたべてみせた。
実際、また一段と美味しくなっていたのだ。
「だって、もうセンパイの好みの味はもうわかりましたから。」
そう言って笑みを浮かべる。どうやら機嫌は直ったようだ。
そして、なごみは自分の弁当箱から玉子焼きを摘むとそれを差し出してくる。
「センパイ。どうぞ。」
そのまま俺の口元に持ってきた。
「え?」
思わずあっけにとられてしまう。


11≪レオパート≫
こっ、これはあれか?いわゆる、あーんってやつか?
顔が熱くなってくる。きっと俺の顔はいま真っ赤になっているに違いない。
でも皆がいるところでこんな事したことなかったのに、急にどうしたんだ?
なごみに視線で問いかける。
でも、そんな疑問はすぐに頭から消し飛んでしまった。
なごみは恥ずかしそうにしながら、それでいてキラキラとした目で俺をみつめてくる。
確かに皆に見られるのは恥ずかしい。
でも、なごみの期待を裏切るわけにはいかない。
覚悟を決めて、俺は口を開いた。
そしておとなしく食べさせてもらう。
正直とっくに味などわからなくなっていたが、ゆっくりと咀嚼してのみこんだ。
「うん、やっぱりうまいよ。」
なごみに笑顔をむける。
「よかった・・・。」
なごみは惚れ直すような笑みを浮かべた。
ああ、なんてかわいらしいんだ。
しばらく見とれてしまった。
そしてふと我に返り、周りが静まり返っているのに気が付く。
何か嫌な予感がする。動揺しながらあたりを見回す。
姫はにやにやしてるし、佐藤さんは・・・なんか怖い。
カニは口を大きくあけてぷるぷる震えているし、フカヒレは血の涙をながしている。
スバルは・・・何時も通りだな。
そして乙女さんは・・・、乙女さんは、またあの瞳で俺をみつめていた。
「やるわね、なごみん。ねぇ、よっぴー。
私にも対馬君たちみたいにあーん、ってしてぇ。」
「え、エリー恥ずかしいよぅ。」
「ふ、レオも熱くなったもんだ。」
「う、うらやましい。あーうらやましい。」
「ち、ちきしょう・・・ココナッツのやろう・・・」
外野が何か騒いでいるが、乙女さんが気になっている俺には聞こえない。
そして、俺はしばらく固まっていた。


12≪レオパート≫
でも、それは長くは続かなかった。
「やいココナッツ!早くも熱々新婚さんのつもりか?
そんなベタなことやって恥ずかしくないのか?
大体なんだ!レオもデレデレしやがってぇーっ!」
固まっていた俺に、目をつりあげたカニがダッシュでつっこんできたからだ。
とっさの事だったので反応できずに、そのまま箸を奪われる。
弁当を奪われると思い何とか取り返そうとするが、カニはすばしっこくてなかなか箸を取り返せない。
でも、その考えは杞憂だったようだ。
なぜかっていうと・・・さっきのなごみみたいに、弁当のおかずを摘んでこちらに差し出してきているからだ。
「ほれ、ボクが食べさしちやるよ。そしたらココナッツがつくったまっじぃー弁当でも、
きっと天にも上るような味に感じられるさ!」
そう言って、カニは俺に笑顔を向ける。
このパターンだと・・・。俺は視線を横に向けた。
そこには予想通り、カニを睨むなごみが居る。
「カニ・・・つぶすぞ。センパイとあたしの食事の邪魔すんじゃねーよ!」
やっぱりこの状態のなごみは迫力があるな。
「なんだとココナッツ!こっちがおとなしくしていたら調子に乗りやがって。
やれるものならやってみやがれ!」
ああ、また始まってしまった。
なごみには悪いけど、俺は弁当を抱えて二人から距離をとる。
なんとかしたいのはやまやまだが、どうせ俺が止めに入ってもエスカレートするだけだからな。
それは前に身を以て体験したし。
巻き添えを食らう前にスバルとフカヒレのところに退散してくる。
状況は、カニがなごみに頬を引っ張られている真っ最中だ。
「カニはやっぱり学習能力ないよなー。
前にも同じような事あったのにちっともこりてないぜ。
それにしてもレオのやつうらやましいなぁ。
こんなエロゲーみたいな展開、俺も体験してみたい。
ついでに私も食べて、みたいな。」
フカヒレが気持ち悪いことを言っている。
どうやら既にひとりの世界に入っているようだった。


13≪レオパート≫
「やれやれ、レオも災難だな。」
スバルが俺の方をたたきながらいたわってくれた。
「そう思ってくれているなら、止めてくれよ。」
俺は思わず愚痴を言ってしまう。
「ああなったカニを、オレが止められるわけ無いだろう?」
「確かにそうなんだけど。」
フカヒレに同意を求めようとして振り返る。
でも、フカヒレはそこにいなくて、
そして姫にさっきの俺たちみたいに食べさせている佐藤さんのへと向かっていた。
何するつもりなのかは想像できるが、俺は生暖かい目で見守ることにする。
「あ、よっぴー。俺にもあーんってしてくれないかな。」
やっぱりそうきたか。
佐藤さんが困っているだろ?
「寝言は寝てから言うもんだよ?」
さ、佐藤さん?
なぜかすごく怖いんですけど。
「ひっ、ご、ご、ごめんなさい」
相変わらずフカヒレはへたれだった。
向こうでは、まだなごみとカニは言い争っている。
仲良くしろとはいまさら言わないけど、何でああまで喧嘩するんだ?
「ほら、カニ。もうその辺でやめておけ。」
見かねたスバルがようやく止めに入る。やっぱりスバルは頼りになるな。
「ちっくしょーっ!あたしも弁当つくってきて、
レオに『美味しかったです、お願いですからまた作ってきて下さい』って
土下座でお願いさせてやるからなー!おぼえてやがれー!」
カニはじたばたしている。
「ま、ほどほどにな」
スバルはなんとも言えない顔をしていた。
脳裏にカニの作った料理?のような物体が思い浮かぶ。
おいスバル、そこはカニを止めるところだろ!


14≪レオパート≫
カニの弁当を考えて気分が沈んでいる俺に対して、
今度は乙女さんが話しかけてきた。
「レオ、私のおにぎりはどうだ?けっこう自信作だぞ?これなんか、
いんたーねっとで注文した博多の辛子明太子をシソの葉でくるんだものを具にしたんだ。
食べてみてくれ。」
そういって、手元のおにぎりをを指差す。
「へぇ、おいしそう。じゃあ早速食べてみるよ。」
それを一口ほおばってみた。
「うん、うまい。これならいくらでもいけるよ。」
乙女さんに向かってVサインをおくる。
そして、一気に食べ終えてた。
「そうか、美味しいか。でもあいにくそれは一個づつしか用意してなかったんだ。
でも私はまだ食べていないから、よかったらやるぞ?」
そう言って、自分の弁当箱から一個取り出す。
「いいの?じゃあもらってもいいかな。」
素直に好意に甘えることにする。
「あぁ、それでは食べてくれ。」
乙女さんはおにぎりを俺の口元に持ってくる。
「あのー、乙女さん?」
予想外の乙女さんの行動に再び固まってしまった。
「どうした?遠慮せずに食べていいんだぞ。」
これは、やっぱりそのつもりなんだよな・・・。
で、でも・・・。
「ほら、あーん」
どうあっても、乙女さんは自分で食べさせる気なのだろう。


15≪レオパート≫
再び集まった周りの視線、特になごみのすねるような視線が心に突き刺さる。
さすがに断ろうと思い、口を開きかけた。
でも、それを言葉にすることは結局出来なかった。
乙女さんが、また思いつめたような視線で俺を見ているからだ。
その瞳を見ていると、断る意志はしだいに消えうせていってしまう。
俺は軽く息を吐いて覚悟を決め、おにぎりにかぶりついた。
「レオ、おいしいか?」
乙女さんが真剣な目で尋ねてくる。
正直味わう余裕はなかったが、うなずいておいた。
それを見た乙女さんは、やわらかい笑みを浮かる。
とたんに周りが騒がしくなった。
姫なんかは嬉々として冷やかしてくる。
カニとフカヒレはさっき以上にうるさい。
スバルは苦笑いを浮かべている。
佐藤さんは・・・怖くてそっちを見れない。
なごみ、ごめんな。俺って意志が弱いよな。
でも、乙女さんにあんな目で見つめられたら、どうしても断れなかったんだ。
その乙女さんは、今はこれ以上ないくらいにこにこしている。
そして、俺は乙女さんの行動にひどく違和感を感じていた。
本当に、乙女さんどうしてしまったんだろう?
疑問に思っているうちに、昼休みの終わりをつげるチャイムが鳴った。


16≪レオパート≫
今日は土曜日なので学校は休みだ。
そして俺は何をしているのかというと・・・
最近恒例になりつつあるフラワーショップYASIでのバイトだ。
ここはなごみの実家であるため、気楽に仕事が出来る。
でも、別に手を抜いているというわけではない。
なごみもいるし、なごみのお母さんであるのどかさんもいるのだ。
頼りになるところを見せたくて、ついはりきってしまう。
だから他でのバイトより何倍もまじめに取り組んでいるし、働いている。
そんなわけで、俺は今新しく入荷した大量の花々を店頭に並べていた。
でも、それをきついとかつらいとか全く感じない。
ここに漂う和やかな空気が俺を癒してくれるんだ。
実際、学校ではクールななごみが、ここではすごく優しい雰囲気をしている。
きっと、なごみの両親が築き上げた空間だからだろう。
なごみがあれだけ必死になって守ろうとしていたのも納得できた。
俺もなごみと結婚したら、こんな雰囲気の家庭を築けたらいいな。
店の様子をみながら、そう思った。
しばらくすると、お客の対応を終えたなごみがやってきた。
「センパイ、なに考えているんですか?顔がにやけていますよ。」
クスクス笑いながら話かけてくる。
自分では自覚無いんだけどな。
慌てて両手で頬をたたいて無理矢理元に戻す。
「俺、変じゃなかったか?」
恥ずかしさをごまかすために尋ねた。
「そうですね。でも、あたしもきっと同じこと考えていますよ。」
テレながらなごみが言う。
かわいいぞ、なごみ。
思わず二人で見詰め合ってしまう。
「あらあら、なごみちゃん達ラブラブね〜。うらやましいわ〜。」
そこへ、のどかさんがやってきた。


17≪レオパート≫
おそらく、ずっと見られていたんだろう。
横を見ると、なごみは真っ赤になっている。
俺も赤くなっているんだろうな。
「か、母さん!」
慌てた様子でなごみが言う。
「いいじゃない、私とお父さんもそうだったわ〜。」
そうなのか?ということは、ひょっとして俺たち周りから見るとバカップルなのかな。
でも、前は自分は絶対そうならないと誓っていたのに、
今ではなごみとならそれでもいいと思っている。
むしろ、そうあることが出来て自慢したいくらいだ。
「もう、母さんったら・・・。」
ちょっとむくれていた。
「それより、まだ天王寺さんのところへ行かなくてもいいの?
後はあたし達に任せてくれていいから行ってきなよ。」
なごみが話題を変えるようにいう。
「そんなにテレなくてもいいじゃない、なごみちゃん。
でも、そんなにそうね〜。それじゃあ、お言葉にあまえちゃおうかしら〜。」
のどかさんはそう言うと奥へ行き、お泊りセットが入っているであろうバッグを取って来た。
準備していたということは、きっと早く行きたくてうずうずしていたのだろう。
「それじゃあ、行ってくるわね〜。」
まだテレている俺たちを残して、のどかさんは出かけていった。


18≪なごみパート≫
母さんが出かけて、センパイとふたりきりになった。
母さんには申し訳ないけれど、最近ではこの時間を楽しみにしている。 今は料理人になるのが夢だけど、小さいころは父さんと母さんみたいに
夫婦仲良く花屋をやることにすごくあこがれていたから。
だから、センパイがうちの店を手伝ってくれることになった時はすごく嬉かった。
こうして二人きりでお店をやっていると
あたしは幸せ者だとつくづく思う。
あたしはこの夢のような時間を思う存分味わった。
そして時刻はお昼を過ぎ、交代で食事を済ませた頃、
伊達先輩とフカヒレ先輩がお店の前を通り過ぎた。
すぐにこちらに気が付き、お店へ入ってくる。
「いらっしゃいませ、ってスバルとフカヒレじゃないか。」
センパイは少しばつが悪そうにしている。
そういえば、鉄先輩以外には内緒にしているってこの前言っていたっけ。
「最近休みの時は家にいないと思ったら、ここにいたのか。
ひょっとして、ここでバイトしているのか?」
うちの店のマークがはいったエプロンをしているセンパイを見て、
伊達先輩が尋ねてくる。
「ああ、この前からお世話になっている。」
私の方を見ながら先輩が答えた。
「あー、うらやましい。俺も美人の彼女とお店やってみたいな。
だめよ、お客さんが来るかもしれないでしょう、なんてなー。」
フカヒレ先輩、キモイですよ。


19≪なごみパート≫
「水くさいぜ、言ってくれたら買いに来たのに。」
伊達先輩は花を物色し始める。
「スバルが花を買うのは想像できないけどな。」
センパイは笑って答えた。
「ごめんな、カニに知られるとめんどうだから内緒にしていたんだ。」
「確かに最近カニは何かと椰子につっかかるからな。」
フカヒレ先輩が同意する。
「ま、確かに最近カニは荒れているからな。
それと最近は乙女さんも様子が変だよな。この前なんか驚いたぜ。」
伊達先輩が思い出したように言った。
それは先日の竜宮でのことだろう。
あれは鉄先輩らしからぬ行動だった。
センパイの方を見ると、少しうつむいている。
センパイも気になっていたのだろう。
「この鉢植えもらえるか?」
それを見た伊達先輩がはぐらかすように言った。
「これか?ちょっと待っててくれ。」
センパイはすぐに調子を取り戻すと、鉢植えを抱えてレジへと向かう。
そしてなれた手つきで鉢植えを袋に包み始める。
その間に私はレジをうつ。
「しかし、全然違和感ないな。まるで夫婦みたいだぜ。うらやましい。」
横から見ていたフカヒレ先輩がつぶやいた。
そう言われるのはすごく嬉しい。
けれど、あたしはさっき事が気になっていた。


20≪なごみパート≫
「エプロンつけているレオはなかなか新鮮だな。
よく似合っているぜ、惚れ直したよ。」
急に伊達先輩が妙なことを言い出した。
「だから誤解をまねくようなことはいうなって。」
センパイもちょっと引いている。
前から思っていたけれど、伊達先輩はそっちのケがあるのだろうか?
結構もてているにもかかわらず、誰とも付き合おうとしていないし。
・・・って馬鹿馬鹿しい。お姫様じゃあるまいし、変な事考えるのはよそう。
軽く首を振っておかしな考えを追い出す。
その時フカヒレ先輩がギターを肩に掛けているの事にいまさら気が付いた。
そういえば、フカヒレ先輩は路上演奏をしていたんだっけ。
もう夜に出歩くことはしていないのですっかり忘れていた。
あのときはお世話になったな。
なんとなく気になったことを尋ねてみる。
「フカヒレ先輩、最近調子はどうですか?」
「調子って?」
何のことかわからないのか、きょとんとしている。
「駅前での路上演奏のことですよ。」
あたしがそう言うと、フカヒレ先輩は急に慌てだした。
「そんなことやっていたのか。水臭いぞ。
教えてくれたら聴きに行ったのに。」
おどろいた様子でセンパイが言う。
「最近ギターうまくなっていたのはそんな理由があったのか。」
「だって知り合いにきかせるなんて、まだ恥ずかしくてな。
レオだってバイトのこと黙っていたからおあいこだぜ」
フカヒレ先輩は少し恥ずかしそうにしている。
「それに、もっとうまくなってから教えるつもりだったんだ。
だから、まだこないでくれるか?
お前等にはもっとうまくなってから聴いてほしいんだ。」
そして今度は真剣な目をして言った。
「その時は絶対おしえろよ。」
「ああ。最高の演奏を聞かせてやるぜ。」
このときはフカヒレ先輩が少し輝いて見えた。


21≪レオパート≫
時刻は夜の7時を過ぎ、花屋の営業時間は終わった。
後片付けと明日の下準備をして店を閉めた後、
俺たちは夕食の買い物をして今は家に向かっているところだ。
「フカヒレもがんばっているんだな。ちっとも知らなかった。」
フカヒレもやるときはやるもんだな。
俺はちょっと見直してしまった。
スバルも相変わらず陸上を頑張っているし。
それに比べて俺は打ち込んでいるものがない。
趣味でボトルシップをつくってはいるけど、それはちょっと違う気がする。
なんだか少し置いていかれた気持ちになった。
「でも、センパイだって負けないくらいがんばっていると思いますよ。」
つないでいた手に軽く力をこめて、なごみが言う。
「そうかな、自分では自覚無いんだけど。
どこががんばっているんだ?教えてくれよ。」
全く思いつかないので、聞いてみた。
「だめです。これはあたしだけの秘密です。
センパイにも教えてあげません。」
そして、なごみは思わず見とれてしまう微笑みをうかべた。
自分で気づかなくても、なごみがそう言うならそうなのだろう。
でも、それはきっとなごみがそばにいてくれているからだ。
それはまちがいない。
だって、なごみが居てくれるだけで何だって頑張れるから。
俺もつないだ手を握り返した。


22≪なごみパート≫
センパイの家に着いた時は、もう8時になろうとしていた。
何時もは店を閉めたらそのままあたしの家で一緒に夕食を食べて、
そのままセンパイは泊まっていたけれど、
今日は鉄先輩に家に帰ってくるように言われたらしい。
最初はどうするか迷っていたそうが、
最近は鉄先輩の様子がおかしい事もあり、おとなしく家に戻ることにしたそうだ。
センパイは優しいから、きっと心配だったのだろう。
でも、あたしはなぜか不安を感じ始めていた。
どうも最近は鉄先輩の行動に違和感を感じることが多くなっている。
それも、センパイのこと絡みでだ。
前はあたし達のことを納得して、休みの日は実家に帰ってくれていたのだけれど、
ここ何週間かはこちらに残っているそうだし。
もしかしてと思うが、それは考えすぎなのだろうか。
センパイはこの事をどう思っているのだろう?
夕食の準備の手を止めて、あたしはひとり物思いにふけった。
センパイは今お風呂にはいっている。
別にセンパイと鉄先輩の関係を心配しているわけではない。
二人はいとこ同士で仲のよい姉弟であるし、
センパイも鉄先輩も誠実な人だから。
でも普段一緒に暮らしていない私は、寂しさからかどうしても気になってしまう。
同じ屋根の下で暮らしている鉄先輩に嫉妬しているのかもしれない。
あたしは頭を振って考えるのをやめた。
今は料理に集中しないと。
センパイはお腹をすかせているだろうから、美味しい料理をつくらなくっちゃ。
あたしは料理を再開した。


23≪なごみパート≫
料理をしていると、玄関の方から物音が聞こえた。
鉄先輩が帰ってきたのだろう。
「ただいま。部活が長引いて遅くなってしまった。」
鉄先輩が台所に顔を出す。
「おかえりなさい。」
私は料理の手を止めて振り返った。
「あ、今日は椰子が作ってくれているのか。
すまないな、私も料理できればレオに作ってあげられるんだが。
あいにくどうしても上達しなくてな。何時もおにぎりばかりだ。」
そう言って、恥ずかしそうに頬をかいている。
「でも、先輩感謝していましたよ。
鉄先輩が作るおにぎりは個性的な味で美味しいって。」
そう言って笑みを浮かべる。
「ちょっと引っかかるが、それならよかった。
ところで、レオはどうしたんだ?どうやらいないようだが。」
鉄先輩も笑って答えた。
「今、お風呂に入っています。」
本当は私も一緒に入りたかったけど、やめておいて正解だった。
鉄先輩には・・・その、一度あの現場を見られた前科があるし。
「そうか、夕食前に風呂に入りたかったんだがな。」
お風呂の方向をむいてつぶやく。
「もうすぐ夕食が出来ますんで、よかったらお風呂の前に食べてください。
暖かいほうが美味しいですので。」
もう料理は仕上げの段階に入っていた。
「それならお言葉に甘えさせてもらうか。
でも、その前にうがいと手洗いをしてくるな」
そう言って、鉄先輩は台所を後にした。


24≪レオパート≫
お湯の温度は熱すぎず、ぬるすぎず、丁度よい湯加減。
乙女さんがいれた熱めのお湯もいいけど、こっちもいい。
やっぱりなごみは家事全般に関してすごく気配りが行き届いているな。
なごみと結婚するやつは幸せものだ。
俺がなるけど(断言)。
思わず鼻歌を歌ってしまう。そして、
「レオ、入っているか?」
突然聞こえた乙女さんの声に驚いて、ひっくり返って頭をお湯に沈めてしまった。
じたばたともがいてようやく顔を上げる。
「レオ、大丈夫か?」
風呂場の戸をあけて乙女さんが覗き込んでくる。
「だ、大丈夫。」
片手を挙げてそれに答えた。
「どうしたの、乙女さん?」
よくよく考えてみると、前と逆のパターンだ。
お湯の中ではあるが、股間を手でかくしてしまう。
「いや、たまには背中でも流してやろうかとおもってな。」
すこしあっけにとられた。
本当に最近の乙女さんの行動は予想できない。
「あ、ありがとう。でも、もう洗ったから別にいいよ。」
正直恥ずかしいし。
「そうか?別に遠慮しなくてもいいんだぞ。」
「いや、もう上がるところだったから。」
「そうか・・・。それじゃあ、もうすぐ夕食が出来るそうだから、
私は食堂に行くな。」
乙女さんは、残念そうにしていた。


25≪なごみパート≫
食後の後片付けも終わり、あたしたちはセンパイの部屋でトランプをしていた。
ちなみにさっきからずっとババ抜きだ。
鉄先輩は負けてばっかりなのでちょとむきになってる。
「もう一回しよう。しかし、どうして私ばっかり負けるんだ?
なんか不公平じゃないか。」
納得が出来ないのか、しきりに首をかしげている。
でも、顔に出ているから仕方がないと思う。
あたしはセンパイと顔をみあわせて、苦笑いを浮かべた。
そこに窓からカニがやって来た。
「おーい、レオ。今日は久しぶりに家にいるじゃんか。
たまにはボクとあそぼうぜ。」
そしてあたしの方を見る。
「げぇー、ココナッツも一緒かよ。」
やかましい声で喚きだした。
相変わらずカニはうざい。
「たまには人間らしく、玄関から入ってきたらそうだ?カニ。」
あたしは冷ややかに告げる。
「てめー、単子葉植物の分際でぇ・・・」
「なんだ、甲殻類。」
カニが小刻みに震えだす。
相当頭にきたのだろう。ざまみろ。
「おいおい、なごみもカニもそのへんにしておけ。」
センパイが止めにはいったので、おとなしく引いておいた。
「まあ、レオに免じて許してやる。ボクは心が広いぜ。」
調子にのるなよ、甲殻類。


26≪なごみパート≫
それからはカニも加えてゲームをしていた。
そしてしばらくたった頃。
「そろそろ寝るか、さすがに眠くなった。」
鉄先輩が目をこすりながらつぶやいた。
時計を見ると12時を過ぎている。
明日もお店があるし、確かにもう寝るべきだろう。
「えー、これからが楽しいんじゃないか。」
カニが何かいっているが、無視してあたしも寝る準備を始める。
「ん?椰子は泊まっていくのか?」
鉄先輩が尋ねてきた。
「ええ、そのつもりですけど。センパイにも伝えてあります。」
「そうなのか?」
今度は先輩に尋ねる
「うん。」
センパイがうなずく。
そして再びあたしの方を見た。
「レオの部屋にか?」
うなずくと、少し考えるそぶりを見せる。
そして、
「今日は私の部屋で寝ないか?蟹沢も泊まっていけ。
たまには女どうしで話でもしようじゃないか。」
そう告げてきた。
「賛成!たまにはこういうのもいいよな〜。」
カニはすぐにのったようだが、あたしはセンパイと眠りたい。
センパイの方をうかがうと、目線でたまにはそうしろよと告げている。
ちょっとさびしいです、センパイ。
仕方なしにではあるが、私もうなずいた。


27≪なごみパート≫
そしてあたしたち三人は鉄先輩の部屋にふとんを敷いて、
それが終わると電気を消してふとんへもぐりこむんだ。
「さっきも思ったが、椰子はレオと付き合い始めて変わったな。」
急に鉄先輩がしみじみと言ってくる。
「そうでしょうか?」
あたしには自覚が無いが。
「なんか、態度が柔らかくなった。」
「そうかあ?乙女さんの気のせいじゃないの?」
横からカニが茶々を入れてくる。
「いや、確かだ。」
鉄先輩は断言する。
「ふーん、でも、そうだとしたらなんか気持ち悪り〜な。」
カニが馬鹿にした声で言ってくる。
「カニ・・・つぶすぞ。」
あたしは布団から体を起こしてカニに告げる。
「へっ、かえりうちにしてやるぜ!」
カニも布団を蹴飛ばして立ち上がった。
「二人ともやめろ。どうしておまえたちはそうなんだ?」
鉄先輩があきれたように言う。
「だってこいつ生意気だぜ!上級生に対する礼儀ってもんをしらねえ」
「相手は甲殻類ですから。」
あたしも即答した。
「てめぇ、なにほざいてやがる。理由になってねーぞ!」
「カニ、うざい。」
もう、いい加減に眠りたいんだけど。
結局鉄先輩が実良行使するまでカニとの言い争いは続いた。
・・・でも、あたしはそんなに変わったのだろうか。


28≪なごみパート≫
翌日、あたしとセンパイは朝早くに家を出てお店へと向かった。
着いたら直ぐに、仕入れ先から届いた花のチェックをして、
荷解きをすませてから店へと並べていく。
痛んだ花のチェック、花への水をやりなどと、
ひと通りの仕事が終わる頃には既にお昼を過ぎていた。
もちろんその間にお店に来たお客さんの応対も当然している。
今日は仕入れた花の量が何時もより多かったせいもあって、
あたしもセンパイもちょっと疲れてしまった。
そうしているうちに、母さんが帰って来る。
今日は天王寺さんも一緒だ。
「おかえり、母さん。天王寺さんも、いらっしゃい。」
あたしは二人に声をかける。
「なごみちゃん、レオ君ごくろうさま〜。何時も悪いわね〜。」
母さんが申し訳なさそうに言う。
でも、あたし達がいない時は母さんがひとりでこなしている仕事だ。
普段はぽや〜っとしているけど、やっぱり母さんはすごいと思う。
「やあ、なごみちゃん。今日もきれいだね。お、レオ君もいっしょかい?」
もう前みたいに嫌ってはいないけれど、まだ天王寺さんはちょっと苦手だ。
センパイは横でそんなあたしに苦笑いしている。
「今日はどうもありがとう〜。あとは私達にまかせて〜。」
「いや、どうせだから閉店までやりますよ。」
センパイが当然のように答える。
「でも、疲れているでしょう〜?それに、私も天王寺さんと二人でお店をしたいもの。」
母さんはそのつもりで天王寺さんを連れてきたのか・・・。
父さんのお店を天王寺さんに任せるのは、正直に言うとまだ抵抗がある。
でも、天王寺さんはいずれは会社を辞めて店を手伝ってくれるつもりでいてくれているし、
夏の出来事で私もわだかまり自体は消えていた。
ちょっと心配ではあるが、二人に任せることにする。
「それじゃあセンパイ、あとは母さん達に任せましょうか?」
「そういう事ならな。それじゃあのどかさん、お先に上がらせてもらいます。」
「お客さんの目があるから、ほどほどにね。」
あたしはからかい半分に忠告してやる。
「もう、なごみちゃんったら〜。」
母さんが何か言っていたが聞こえないふりをして、センパイとお店を後にした。


29≪なごみパート≫
あたし達は残った時間を近くの店を見てまわりながら過ごした。
センパイとこうしていられるので、普段見慣れたお店でも楽しい。
あたし達は時間がたつのを忘れて楽しんだ。
そして、昨日と同じように夕食の買い物をしてからセンパイの家に向かう。
昨日は時間が無かったので簡単な料理だったから、
今日は思いっきり豪華な食事を作ってセンパイに喜んでもらおう。
あたしは一人張り切っていた。
そんなあたしにセンパイは優しくほほ笑んでくれる。
ますます頑張ろうという気になる。
やがてセンパイの家に到着した。
あたしは下ごしらえを始めるために直ぐに台所へとむかう。
そしてドアをあけると、・・・そこには山のようにおにぎりを作っている鉄先輩がいた。
「おかえり、今日は早かったんだな。」
鉄先輩が機嫌がよさそうに言う。
センパイも台所にやって来た。
「うわ、すごい量のおにぎりだな。20個以上あるんじゃないの?」
センパイもおにぎりの山を見て言う。
実際、積み上げられたおにぎりはそのくらいはあるだろう。
「ああ、そのくらいはあるだろうな。でも、全部ちがう味にしたんだぞ。」
鉄先輩がどんなもんだと胸を張る。
「それはすごいね。」
センパイは感心した様子だ。
「でも、どうしてまたこんなに?」
先輩が不思議そうに尋ねる。
あたし達の分まで作ったのだろうが、これは明らかに作りすぎだ。
「ああ。昨日が遅かったようなので帰ってきてから作るのはきついだろうと思ってな、
代わりに私が作っておいたんだ。
腹もすかせているだろうから多めに作ろうとしたんだが、
思いのほか調子がよくて、ついつい作りすぎてしまった。」
これだけあったらお腹がいっぱいになって、これ以上は食べられないだろう。
せっかくはりきって料理しようと思っていたのに。
あたしはがっかりして鉄先輩を見つめた。
恨み言のひとつも言ってやりたいが、
悪気があってやっている訳ではないのでそれは出来ない。
それは折角つくってくれた人への侮辱だし、あたしが嫌いなことだ。
残念だけど、またの機会にしよう。
あたしは買ってきた食材を冷蔵庫に入れた。


30≪なごみパート≫
テーブルに着くと、あたし達は食事を始めた。
「うん、うまいよ乙女さん。」
センパイが感想を述べる。
「そうか、それならよかった。」
鉄先輩はセンパイにそう言ってもらえて嬉しそうにしている。
実際、おにぎりは美味しかった。
それに、愛情を込めて作っているのが伝わってくる味だ。
「椰子はどうだ?口に合うか?」
あたしにも尋ねてくる。
「はい、すごく美味しいです。」
正直に答えた。
でも、こんな美味しくおにぎりを作れるのに、どうして他の料理は駄目なのだろう?
あたしは首をひねって考える。
でも、その理由は思いつかなかった。
やがて、お腹も膨れてきた。
おにぎりは一個一個が大きめに作ってあることもあり、
あたしは3個食べ終わった時点で限界。
お腹がいっぱいになってしまった。
センパイは5個で限界みたいだ。
そして、鉄先輩はというと・・・、8個食べて平然としている。
そして今、9個目に手を出そうとしていた。
前から思っていたが、その体の何処にそれだけの量がはいるのだろう?
とても不思議だ。
別にお腹がでっぱった様子もないし。
センパイは疑問にも思っていないみたいだけど。
やがて、9個目も食べ終える。
「体に悪いから、腹八分目でやめておくか。」
そう言って、鉄先輩はお茶を飲んだ。
もう考えるのはよそう。
世の中は不条理で満ち溢れているのだから。


31≪なごみパート≫
食事も終えて、あたし達はお腹が落ち着くまでセンパイの部屋でテレビを見ていた。
ちなみに鉄先輩もいっしょだ。
今日は二人きりで過ごしたかったんだけどな・・・。
でも、センパイに我侭を言いたくないので我慢する。
そうして2時間ほど過ぎた頃だろうか。
急に鉄先輩が突然立ち上がった。
「よし、レオ。もう腹も落ち着いただろう。
外に出ろ。今からトレーニングをするぞ。」
そう言うと鉄先輩はセンパイを連れて行こうとする。
「え?でも今日はせっかくなごみも来てくれているんだし、明日からにしようよ。」
センパイがそう言うのも無理は無い。
今日はいつも以上に働いてくれたから。
でも、鉄先輩は首を横に振った。
「駄目だ、昨日もしていないじゃないか。
鍛錬は毎日続けないと意味が無いからな。
昨日やってなかった分を取り戻すためにも、きょうは厳しくいくぞ。」
そして、力ずくでセンパイを立ち上がらせようとする。
「今日は勘弁してよ、乙女さん。
バイトで重い荷物を担いで疲れているんだ。」
センパイは何とか断ろうとする。
「駄目だ駄目だ!そんなだから何時までたっても体力が付かないんだぞ。
しっかりとトレーニングを積んでいれば、その程度でへばってしまうことはないんだ!
男なら潔く覚悟をきめろ!」
でも鉄先輩が素直にあきらめてくれるはずも無く、ついには怒り出してしまった。
「そんな事いわれても・・・」
「この軟弱者め!」
センパイの腕を取ると、力ずくで引きずっていく。
「センパイは、軟弱者なんかじゃありません!」
センパイから、乙女さんが無理いうのは俺の事を思ってくれているからだと聞いてはいたけれど、
あたしはさすがに我慢しきれなくなり、声を荒げて叫んでいた。
「椰子?」
鉄先輩は戸惑っている。
でも、あたしはその勢いをそのままに再び口を開く。
「鉄先輩、いい加減にして下さい。センパイも困ってるじゃないですか!」
そして立ち上がると、鉄先輩をにらみつける。
次第に興奮してしまい、これまで少しずつ胸のうちに溜まこんでいた、
鉄先輩へのわだかまりまでをも爆発させてしまう。
あたしは言うべきではない言葉さえも口に出そうとしていた。


32≪なごみパート≫
「それに鉄先輩は、休みの時にはあたし達を二人にきりにしてくれるって言ってくれたはずです!」
そしてついに口に出して言ってしまった。
そう、あたしは鉄先輩にセンパイとの二人きりの時間を奪われたくなかったのだろう。
だから、これまで鉄先輩がセンパイにかまっているのを見て、腹を立てていたんだ。
センパイはあっけにとられた顔をしている。
でも、一度口にしてしまったらもう止められない。
「最初は何か理由があるんだろうと無理矢理納得していました。」
あたしは怒りをこめて言葉をつむぐ。
「でも、最近はあたし達の邪魔をしてばかり!ここでも!学校でも!」
鉄先輩はうつむいた。でも、あたしは止まらない。
「どうして鉄先輩はあたし達の邪魔をしようとするんです?」
鉄先輩に一歩近づく。
「風紀委員だからですか?」
もう一歩近づく。
「従姉弟のお姉さんだからですか?」
「なごみ、もうやめろ。」
センパイが止めに入る。
でも、止まれない。
「それとも、やっぱり鉄先輩もセンパイの事を・・・」
「もうやめるんだ!」
センパイの声が部屋に響く。
そして、ようやくあたしは我に返った。
センパイがつらそうな目であたしを見ている。
その目を直視できず、あたしはうつむいた。
「椰子、わたしは・・・」
鉄先輩が口を開く。
でも、最後まで聞く勇気を持てず、あたしはその場から逃げ出した。


33≪レオパート≫
なごみが家を飛び出して行くが、今はその場をうごけなかった。
付き合いはじめてからこれまで、なごみとは喧嘩したことは無かったけれど、
これはそうなるのだろうか?
そんな今はどうでもいい事を俺は考えていた。
「レオ、すまない。どうやら私は知らないうちに迷惑を掛けてしまっていたようだ。」
乙女さんがうつむいたままつぶやく。
「なにいっているのさ、乙女さん!迷惑だなんて、そんな事あるわけないだろ!」
慌ててそれを否定する。
「けれど、私は何時もおまえと椰子の邪魔をしてばかりしていた・・・。」
こんな沈んだ乙女さんを見るのは初めてだ。
「それは風紀委員として、俺達が学生として行き過ぎた交際をしないよう「違うんだ!」え?」
俺の言葉は乙女さんに遮られる。
「違うんだ・・・。私は風紀委員として、おまえ達の邪魔をしたわけではないんだ。」
「乙女さん・・・。」
乙女さんは酷くおちこんでいる。でも、
慰めの言葉が思いつかなかった。
そして、乙女さんがその胸のうちを告げた。
「好きだから、レオの事が好きだから、そばにいたかったんだ・・・。」
俺は固まってしまう。
「乙女さん、なにを言って・・・」
その先は、突然の衝撃によって言葉にできなかった。
現状に頭が追いつかない。
胸に感じる暖かい体温。
ほのかに漂うなごみとは違う女性特有の甘い香り。
俺は、乙女さんに正面から抱きしめられていた。
「レオ、好きだ!」
俺に心に衝撃が走った。
「好きなんだ、レオ。 この想いは・・・もう抑えることが出来ない・・・。」


34≪レオパート≫
「お前達の邪魔をするつもりはなかった。でも、レオの喜んだ顔が見たかった。
あたしにも、椰子に向けるような笑顔で微笑んでほしかった。」
乙女さんの独白は続く。
「でも、そのせいでレオに迷惑をかけてしまうなんて、お姉ちゃん失格だな。」
乙女さんはすこし落ち着きを取り戻したようだ。
こらえていた物を吐き出すように、言葉を噤む。
「覚えていないかもしれないが、私達は幼少のころに結婚の約束をしていたんだぞ?
でも、レオが覚えていないならそれでもかまわなかった。
正直に言えば、あたしもまだレオのことを手のかかる弟としかおもっていなかったからな。」
胸に触れている乙女さんからの体温を感じる。
「でも、生活を共にするうちに、いつの間にか好きになっていた。
そしてようやくその事を自覚したときは、既にお前と椰子は付き合い始めていた。
でも、お前が幸せならばそれでいいと思っていた。
我慢できると思っていた。
でも、だめだった・・・。
気付いたときにはこの想いを抑えることが出来くなっていたんだ
それで、お前と椰子の間に入り込もうと躍起になってしまった。」
乙女さんは俺存在を確かめるかのように背中へと回した腕に力を込めた。
「乙女さん・・・」
俺は抱きしめ返す事も出来ず、両手を宙にさまよわせる事しか出来ない。
しばらくして、乙女さんは顔を上げた。
そして、俺は愕然とする。
あの気丈な乙女さんが、涙を流していた。
「すまない、レオ、本当にすまない・・・。」
あっけにとられたままの俺をおいて、乙女さんはそのまま部屋を飛び出そうとする。
しかし、ドアを開いてすぐに体が固まった。
「椰子、聞いていたのか・・・?」
そこには、走り去ったなごみが立っていたんだ。


35≪レオパート≫
「鉄先輩・・・」
なごみがつぶやく。
まるで顔を隠すように乙女さんが俯く。
握り締めた拳が赤くなっていく。
「すまない!」
そして、今度こそ乙女さんは走り去ってしまった。
俺はまた見ていることしか出来なかった。
自分の情けなさに腹が立つ。
そんな俺に、なごみは近づいてきた。
「なごみ・・・」
俺はなごみを見つめる。
階段を駆け下りる音がする。
「どうします、センパイ?」
なごみが俺の手をそっと握る。
遠くで玄関が閉まる音がする。
「センパイ?」
なごみがなおも尋ねる。
そして俺は・・・


36≪レオパート≫
「このまま放っておけるわけないだろう?なごみ、すまないが乙女さんを探すの手伝ってくれ。」
そして俺は決断を下した。
もう迷いは無い。
俺を好きだといって泣いた乙女さん。
そんな姉貴分を放っておけるほど、俺はおちぶれてはいない!
「センパイ・・・。」
「おまえの気持ちを考えると、こんなことを頼むのは無神経だろう。
でも、どうしても手伝ってほしい。
乙女さんは、今まで俺たちを見守っててくれた。
それはなごみも感じていただろう?
だからこそ、今度は俺たちで助けたい。
そして、乙女さんは迷惑なんかじゃないって一緒に言ってほしいんだ。」
俺は自分の気持ちを正直に伝える。
「だって、乙女さんは俺にとって大切な姉さんだから。」
俺の言葉をなごみは黙って聞いていた。
「たのむ、なごみ。」
俺は深々と頭を下げ、そのままなごみの言葉を待つ。
やはり無神経な話だったろうか。
でも、なごみが嫌だといってもひとりで探すつもりだ。
おれはひとり心に誓う。
そして、返事はあっさりと返ってきた。
「もちろんです、センパイ。あたし、鉄先輩に謝らないといけないから・・・。
でも、やっぱりセンパイはやさしいですね。惚れ直しました。」
顔をあげると、なごみは微笑んでいた。
「ありがとう、なごみ。」
そして、俺達は乙女さんを追いかける為に家を飛び出した。


37≪なごみパート≫
「くそっ、見失ってしまったか。」
センパイは落胆したようにつぶやいた。
あれからあたし達もすぐに追いかけたけど鉄先輩の身体能力にかなうはずもなく、
追いつくことすら出来なかった。
鉄先輩は生真面目だから、こんな事になってきっと思いつめているだろう。
そのくらい、一緒に過ごした時間が少ないあたしでも分かる。
センパイの方をそっと伺う。
早く追いかけなければという焦りばかりが募っているようだ。
でも、あたしは知っている。こういう時のセンパイは・・・
周りの人たちが思っているより、ずっと頼りになる事を。
思っていたとおり、センパイはすぐに冷静になると対策を考えはじめた。
「まずは乙女さんを見つけよう。どうするかは見つけてから考えるさ。」
その判断をあたしに告げる。
「でも、正直乙女さんが行きそうなところは見当がつかない。
だから、二手に分かれて探そう。
俺は少しでも心当たりがあるところを探すから、なごみも探してみてくれ。
見つかったら、お互いに携帯に連絡を入れよう。」
やっぱり先輩はたのもしい。
「なごみ、なんとしても乙女さんをみつけるぞ。」
あたしがうなずくと、
「たのむ!」
そう言って、センパイは走って行った。


38≪なごみパート≫
センパイが向かった方とは反対方向の道をあたしは走る。
実を言うと、あたしは何となく鉄先輩の居場所が予想できた。
向かった先は松笠駅。
あたしも夜出歩いていた頃は、寂しさをごまかす為によくここに来ていた。
おそらく鉄先輩は、ここで朝まで電車を待つつもりだろう。
人ごみを掻き分けてあたしは突き進む。
そして予想通り、駅のベンチにうつむいて座っている鉄先輩を発見した。
「鉄先輩」
センパイがいない以上、走り去ってしまう心配はないと判断して声を掛ける。
「椰子か、よくここが分かったな。」
鉄先輩が顔を上げる。でも、いつもの覇気は消えうせていた。
「勘です。同じセンパイのことを好きな女としての・・・。
あたしも鉄先輩の立場だったら、きっと同じ行動をとるから。」
そういって、あたしは隣に腰を下ろした。
「椰子、すまなかった。」
鉄先輩がもう一度謝った。
「私は実家に戻る。これ以上おまえ達の迷惑になるわけにはいかない。」
そして肩を落としてまた俯き、あたしにそう告げた。
「センパイ、落ち込むと思いますよ。自分のせいで鉄先輩を傷つけてしまったって。」
今も先輩は必死になって探している。
「よくわかるな、椰子。やっぱりレオの彼女だな。よく分かり合っている。」
鉄先輩が自虐的につぶやく。
「そういう鉄先輩も本当は分かっているんじゃないんですか?」
あたしは思ったことをそのまま口にした。
「なぜそう思う?」
「これは勘・・・というよりも当然の推理ですね。
小さいころからセンパイを知っているし、一緒に生活しているわけですし。
あたし以上にセンパイのことは理解しているはずですから。」
でも、それは恋人として悔しい。
だから、『それに鉄先輩もセンパイのこと好きなんでしょう?』と続けるつもりだったが、
それは心の中でつぶやいておいた。


39≪なごみパート≫
「・・・しかし、あわせる顔がない。
私は嫌な女だな。意地悪だし、嫉妬深いし。
きっと、レオにも嫌われてしまった。」
鉄先輩はなおもつぶやく。
「真剣に好きだって思ってくれている人を
嫌いになってしまような人じゃないですよ、センパイは。」
あたしは根気強く説得を続けた。
「センパイ、あたしに言ったんです。鉄先輩は大切な人だって。」
鉄先輩が涙をぬぐって顔を上げる。
「本当にそう言っていたのか?」
「はい、本当です。」
ハンカチを渡しながら答えた。
「私はレオに嫌われていないのか?」
「はい、嫌われていません。」
「私は、レオの迷惑になっていないか?」
「はい、なっていません。本人がそういってました。」
「私は、レオのそばにいてもいいのか?」
「それは先輩に直接聞いて下さい。でも、きっとそれを望んでいるはずです。」
そして沈黙が場を支配する。
やがて、鉄先輩は声を殺して泣き始めた。
もっとも、今回は嬉し涙なんだろうけど。
でも、敵に塩を送るのはこれが最後ですからね。
泣いている鉄先輩を見ながらそう思う。
そして、あたしは鉄先輩が落ち着くのを待つことにした。


40≪なごみパート≫
「すまなかったな、椰子。みっともないところを見せてしまった。」
赤くはれた目をぬぐいながら鉄先輩がつぶやく。
あたしはそれに苦笑いで答えた。
「でも、鉄先輩が好きになるのもわかります。センパイ、優しいですし。」
だからこそ、他の女が先輩のことを好きにならないか心配なのだけれど。
あたしの言葉に鉄先輩がうなずく。
「でも優しいだけではないぞ。あれでレオは男らしいところもあるんだからな。」
「知っています。冷たく接していたあつしにたいして、めげずに話しかけてくるような人ですから。」
ようやく何時もの調子を取り戻したみたいだ。
その意見にあたしも同意する。
「それだけではないぞ。レオはしっかりしたところもあるんだからな。」
「知っています。母のことで荒れていたあたしを叱ってくれる人ですから。」
む、そんな事私もわかっています。
なんていったって恋人ですから。
「それだけではないぞ。レオはお茶目なところもあるんだからな。」
「知っています。いつもあたしを楽しい気分にさせてくれますから。」
それも知っています。ていうか、あたしは恋人ですよ?
「それだけではないぞ。レオは意外とたくましいんだからな。」
「知っています。身をもって体験していますから。」
いい加減頭にきたので、ここらで止めを刺しておく。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
しばらく沈黙が続く。
「・・・レオは鉄一族の誇りにかけて、力ずくでも私のものにするからな。」
それは聞き捨てならない。
ここであきらめさせないと。
あたしはそれに応える。
「センパイは、恋人として力ずくでも渡しません。」
しばらく互いににらみ合う。
そして、同時に笑みを浮かべた。
「それでは、恋敵としてよろしくたのむ。」
そう言うと、鉄先輩はあたしが初めて見る満面の笑顔で宣戦布告した。
「こちらこそ、返り討ちにしてあげます。」
あたしもセンパイ以外に見せた事がない、とびっきりの笑顔で迎え撃つ。
いつのまにか、わだかまりは消え去っていた。
そして、あたしはセンパイに連絡するために携帯を取り出した。


41≪なごみパート≫
あの後、話はあっけなくまとまった。
さすがに疲れていたので、その日はあたしもセンパイの家に泊まり、
翌朝一旦家に帰ったあと学校へ行く準備をして、再びセンパイの家に向かう。
あたしは肩にはお泊りセットを入れたバッグをからい、手には学校のカバンを下げている。
それは、あたしの決意のあらわれだった。
既に鉄先輩の気持ちはセンパイに知られてしまっている。
それに、あたしに戦線布告したのはつい昨日のことだ。
もう、うかうかしていられない。
油断をしていたら、こっちが泣きを見てしまう。
気持ちを新たに、あたしは歩みを進めた。
「おはようございます、センパイ。」
玄関をあけ、元気に挨拶をする。
すぐに、奥からあたしの作っておいたおにぎりを食べながらセンパイがやって来る。
(別に鉄先輩に対抗した訳ではないんだけど)
「どうしたんだ?その荷物。」
センパイが首を傾げて聞いてくる。
「その事なんですけど、センパイ、
今日からあたしもセンパイの家でお世話になってもいいですか?」
するとセンパイはあっけにとられて口を大きくあげた。
「え?そりゃあ俺としては嬉しいけど、のどかさんがなんていうか・・・。」
いまいち状況を理解していないみたい。
「あ、それは大丈夫です。事情を話したら、あっさり納得してくれました。」
そして、視線を奥へと向ける。
そこには、センパイの後からやってきた鉄先輩がいた。
聞いていたのなら話は早い。
「というわけで、鉄先輩もよろしくお願いします。」
既にこれはあたしの中では決定事項である。
「な、椰子?どういうことだ!説明しろ!」
鉄先輩が慌てた様子で聞いてきた。
でも、こうなるだろうと予想して対策は既に考え済みである。
「だって鉄先輩も一緒に生活しているでしょう?現状から考えて不公平です。
鉄先輩だって正々堂々戦いたいでしょう?」
元から恋人であるあたしのほうが有利だし、センパイの事は信頼しているけれど、
鉄先輩が積極的になったらと思うと完全に安心はできない。
さすがに腕力にものをいわせてといったことはしないだろうが・・・。
それに、本音を言ってしまえば先輩と一緒にいたいだけだったりする。
せっかくセンパイと一緒にいられる時間を増やすチャンス、
その機会をあたしは逃すつもりはなかった。
それにこう言えば、鉄先輩は性格上断われない。
「くっ、いいだろう。受けてたとうじゃないか。」
案の定、鉄先輩はのってきた。


ラスト≪なごみパート≫
これからの日々、センパイをめぐる戦いは厳しいものになるだろう。
鉄先輩とはすでに開戦しているが、どうも敵はそれだけではないようだ。
佐藤先輩は確実にセンパイに気があるみたいだし、
カニも何か引っかかる。(センパイになれなれしくするな!)
お姫様もなにかと先輩にちょっかい出してるから油断できないし、
さすがに伊達先輩は・・・・・・大丈夫だろうか?断言はできない。
けれどセンパイを渡すつもりはないし、もうあたしはセンパイのものだ。
敵がいくら強大でも、そんなことは関係ない。
そう、いくらその戦いが厳しくてもあたしは必ず勝利する。
センパイ、あたし頑張ります。
だからセンパイ、私をずっとかわいがってくださいね。
そして、あたしはセンパイに向けて飛びっきりの笑みを贈った。


(作者・FxOZs8ds0氏[2005/10/13])

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