季節は冬、北へと向かう電車の中。
四人掛けのボックス席で、レオは外の景色を眺めていた。
窓の外は雪。
白く染まる冬の町が、視界に現れては過ぎ去っていく。
通路側から見る景色は遠く、窓枠が絵画の額縁の様。
窓とレオの間には、すやすやと寝息を立てる少女が一人。
「・・・・・・れおー、むししてんじゃねー・・・・・・」
どんな夢を見ているのか、少女の――カニの寝言に苦笑する。
「ったく、このカニは」
夢の中でもお守り役かよ、とレオは独りごちた。
「――それだけ愛されてるって事だ」
と、向かいの席で何個目かになるリンゴを剥いていたスバルが、独り言に応える。
彼の隣ではいつのまにかフカヒレが、こちらもやはり寝息を立てていた。
「なんだ、フカヒレも寝たんだな」
「ああ。こいつらが寝ると、なんだか妙に静かになるな」
穏やかに、二人で笑いあう。
確かに、騒いでいた先ほどまでとはうって変わって、静かな空気が流れていた。
けれどそれは決して、寂しさや、独りを感じさせるものではない。
幼なじみという関係、いつもの四人という空気。
寝ていても、起きていても、心地よい空間がそこにはあった。
心が落ち着くのを感じるが、それと同時にくすぐったさも覚える。
起きているのが一人だけなら、そんなに意識はしなかったかもしれない。
けれど目の前に誰かがいると、それを見透かされたような気になった。
「――にしても、愛されてる、ねぇ」
レオはどこか納得しかねる顔で、肩をすくめてみせる。
照れ隠しのような話題の転換。
スバルの視線が、レオに向く。
「どちらかというと、目の敵にされてる気がするな」
「んなこたないだろ。
嫌いなヤツの夢なら、そんな穏やかな顔で寝てやしない」
スバルがあごで示した先には、幸せそうなカニの寝顔があった。
起きていれば口の悪さから生意気にうつりがちな彼女だが、寝ている分にはそんなことはない。
とりわけ、こうして幸せそうな寝顔でいると、つい見とれてしまうほどには可愛いものだった。
なんとなくそれを認めるのが悔しくて、レオは首を横に振る。
「嫌われてるとは思ってないけど。
とくに好かれてるわけでもないって」
「そうか? それにしちゃあ随分幸せそうに見えるけどな」
「こいつはいつも、こんなもんだと思うけど」
レオの言葉に、スバルは意味ありげに笑みを浮かべる。
「いつも幸せなんだよ。“そこ”にいる時はな」
言って、スバルはレオの隣を指した。
「ああ――だからそれは、“ここ”にいるからだろ?」
頷いて、レオは四人のいる場所を指し示した。
「…………」
「…………」
しばらくの視線の交差。
その後、どちらともなく視線を外す。
「・・・・・・強情だね、どうも」
「特別に考えすぎだって、スバルは」
そうして、また少しの沈黙の後。
やおら、スバルは真剣な表情で、じっとレオを見つめた。
「・・・・・・」
「スバル?」
「レオ、お前、誰が本命なんだ?」
「・・・・・・・・・・・・へ?」
唐突な問いかけに、レオは首を傾げる。
「恋人ができなかったというよりは、あえてつくらない様にしてるみたいに見えるぜ、お前」
「なんの話だよ、それ」
本気でわからない様子のレオに、深くため息をつく。
色んなものが込められた、感情の強いため息。
シートに深く身体を預けると、スバルは口元に苦笑を浮かべながら言った。
「俺は、お前とカニがくっつくと思ってたんだ」
「――――はぁ!?」
レオの表情が驚愕に歪む。
スバルはやれやれといった顔で、言葉を続けた。
「今年の体育武道祭、お前とカニで二人三脚やったろ?
あん時、微妙に良い感じになってたじゃないか」
「それは・・・・・・」
言われて、レオは今年の夏を思い出す。
あれはまだ6月、本格的に夏を迎える前の話。
何の因果か、レオはカニと二人三脚にエントリーされた。
まあ、色々あって、二人の仲は以前より良くなったわけだが――
「いや、でも特別何かあったワケじゃないぞ?」
というよりも、むしろレオのメインイベントは別の種目だった。
二人三脚は数ある種目の一つでしかない。
A組の村田との勝負を思い返しつつ、スバルに言う。
「あの後だって、そんな展開はなかったし。
むしろ疑われるなら、なごみとの事じゃ・・・・・・」
「だからだ。
だから俺は――俺が、水を差したんじゃないかって思った」
「――――」
言われて、気づく。
体育武道祭が終わった後、とある事件があった。
いや、事件と言うほどの事件ではない。
ただ、スバルがスカウトされて、その事がいつもの面々の耳に入った、というだけのこと。
結局、スバルはその話をけり、何事もなかったかのように日常は続いた。
けれどスバルにしてみればそれは、大きな出来事だったのではないだろうか。
「盛り上がるはずだったところに別の事が起こって、コトがうやむやに、ってのはよくある。
そうこうしてる内に、お前の家には椰子が出入りするようになったしな。
・・・・・・だから何となく、カニの事を邪魔したような気になってたんだ」
「それは違うって」
レオは首を横に振る。
もし、スバルのことが無くても、カニとはそういう風にはならなかった。
少なくとも、レオはそう思っていた。
「そっか。・・・・・・なら、良かった」
スバルにそのことを告げると、彼はそう言って全身の力を抜く。
辺りの空気がふっと和らぐのを、レオは感じた気がした。
(それだけ、スバルが真剣だった、ってことか・・・・・・)
空気が固まるほどに真剣に悩んでいたスバル。
その想いはどこからくるのだろう。
レオはそんなことを考えようとして、スバルの呼びかけにそれを中断した。
「・・・・・・で、坊ず」
「ん?」
「本命は、誰なんだ?」
振り出しに戻る。
さっきとは言葉の重みが違っていたが、意味は同じ。
何も変わってない質問に、レオは脱力した。
「いや、だからなんだよその質問」
「お前とカニがそうじゃないってなると、一つ疑問がでてくるんだ」
「疑問?」
「――椰子とのこと」
「う゛」
思わず呻く。
当然くるだろう質問は、けれど上手く答えられない曖昧な問題。
固まるレオに、スバルは問う。
「気づいてないってわけじゃないだろ?」
「それは、その」
言葉に詰まる。
椰子なごみのレオに対する態度が一変したのは、夏休みに入ってからのことだ。
それまでもそれなりの仲にはなっていたが、劇的な変化点はそこになる。
色々と関わっていく内に家庭の問題に触れることになり、その際に家に招き入れたのがきっかけだった。
甲斐甲斐しくレオの世話をやく彼女の姿はまるで別人。
かといって恋人同士かというと、違うというのだから、スバルの疑問も当然だった。
「てっきり、カニとのことがあるから踏み切れないんだと思ってたんだけどな。
それが違うんなら、別の何かがあるって事だろ」
「だから“本命は誰か”って?」
「そういうこと」
レオは言われて考える。
けれど、そこに特別な理由があるワケじゃない。
本命は、と訊かれても、誰かが特にいるわけでもない。
強いて言うなら、それは――。
「やっぱり姫か? それともよっぴーか?」
迷うレオに、スバルが答えを促す。
「――何でそう思うんだよ?」
「夏が終わってから、三人で居ることも多かったろ?
確か、二人のケンカの仲裁をしたんだったか」
「あれはケンカなんてレベルじゃ――いや、確かに仲良くはなったけど」
「違うのか。じゃあ、乙女さんか?」
微妙なレオの表情を読んで、スバルは別の名前を挙げた。
「乙女さんは俺なんか相手にしないだろ? 最初にそう言われたし」
「なら、祈ちゃん。山に行った時、二人で消えてたろ」
「……生き方には、憧れてるよ」
「だったら――」
――その後も、スバルは名前を挙げ続けた。
クラスメイトから、果ては自分の名前まで。
そのどれもを曖昧に否定して、レオは思う。
(結局の話、求めてなかったってことだろうな)
恋人をつくるということ。
そのことを真剣に考えてはいなかったということなのだろう。
生徒会に入ってから今日まで、色んな出来事があった。
生徒会に入ってから今日まで、色んな事を学んできた。
流されるべき時と、そうではない時。
流された時、残るのは後悔ばかりではないということ。
痛みは時として、甘んじて受けることができるのだということ。
自分は誰かのように、熱を持たないでいることはできないということ。
楽しいこと、辛いこと。
思い出と一言で済ますのは簡単だけれど、その一言では言い表せない日々。
そんな、激しいと表現しても良いくらいの日々の中、対馬レオが求めたもの。
――それが、いつもと変わりない日々なのだと言ったら、コイツはどんな顔をするのだろうか――
「どうした?」
「や、何でもない」
きっとスバルは口元で意味深げに笑うのだろう。
そんな顔を想像して、レオは、つ、と視線を窓の外へ移した。
心地よいスバルの声が耳に届く中、窓の外では白い景色が流れていく。
今しばらくは、この穏やかな時間を過ごしたい。
……そう、いつか辿り着く、終着駅に至るまで……
(作者・807 ◆/mLTvWifHs氏[2005/10/10])
以下、おまけ。
・カニ:
もともとレオのことが好きだが、体育武道祭の二人三脚トレーニングにて若干自覚症状が出る。
しかし、その後の進展が無かったため、幼なじみは幼なじみのまま。
他の娘と仲の良いレオにヤキモチ焼いては「ちっくしょー!」と叫ぶ日々。
でも、なにげに他の娘からはうらやましい立ち位置だ、なんて思われている。
・なごみん:
ほぼ本編準拠。ただしエッチしてない。
肉体関係ないのに子犬状態という不思議な不思議な素敵仕様。
でも、レオのファーストキスは奪っちゃったというから侮れない。
歯と歯がぶつかるキスだったけどねー。
・乙女さん:
一応くーちゃん(空也に非ず)に問いつめられるイベントまで発生。
でも、その場にレオは居なかった!
好きになりかけ状態が、夏から冬にかけてどこまで進行したかがみもの。
・姫&よっぴー:
つよきすの物語の後(9月後半辺り)でケンカ発生。
ダークよっぴー降臨。
絶対この二人はいつか一度はケンカすると思う。
ケンカというかよっぴーの人間不信最大展開、みたいな。
いわゆる、レオがらみでない聖域崩壊状態。
そこでレオ君走りました。熱血モード突入。
以後、姫のお気に入り(恋愛感情かどうかは姫の方に自覚無し)として、三人で仲良くしてます。
・祈ちゃん
童貞狩りはうけてません。レオやん、写真は見ちゃってます。
つよきすの物語の後(10月半ば辺り)で生徒会紅葉狩りへ行く、のイベント発生。
行った山が偶然にも必然にも、あの山。
過去との対峙の際に何があったのか。
今更性格は変わらないけれど、風が止んだような気がしないでもない。
レオと二人で何を見たのか。全ては二人だけが知っている!