ランニングから戻ったついでに、郵便受けの中を覗く。
タオルで汗を拭き、家の中に入りながら目を通す。
チラシ、DMに混じっていた、1枚の葉書が目を引いた。
宛名は私、鉄乙女。差出人は、竜鳴館拳法部一同。
内容は・・・竜鳴祭の案内。
ああ、そういえばそろそろそんな時期か。
久しく足を運んでいないが、皆息災だろうか。
懐かしい顔が思い浮かぶ。
橘館長。蟹沢。椰子。伊達。鮫氷・・・姫。佐藤・・・レオ。
もっとも、姫や佐藤はからは
キリヤコーポレーションに何度か誘われているし
レオは時折ではあるが鉄家に来たり
逆に私が対馬家にうかがったりして顔を合わせるので
それほど懐かしい、というわけでもないのだが。
レオは姫の側近として、頑張っていた。
出会う度に、磨きがかかっていく。
そして、その度に・・・私の心は乱れた。
いつからだろう。自分の心に気がついたのは。
あの校内放送で、レオが姫への思いの丈を
図らずとはいえ学校中に告げたときだろうか。
もっと前だろうか?いや、もっと後?はっきりとはわからない。
それに、今となってはもうどうでもいいことだ。
そう、どうでもいい・・・
今一度、葉書を見る。
学生の頃は、後輩の指導ということで
ちょくちょく拳法部にも顔を出していたが
このところはとんとご無沙汰だ。
・・・たまには、顔を出してみるか。
ひょっとしたら懐かしい顔にも会えるかもしれないし
気晴らしにもなるだろう。
そう考えただけで少し晴れやかになって
私は道場に向かった。


足を運んでみれば、竜鳴祭は相変わらずの賑わいだった。
受付でパンフレットをもらい、まずは拳法部の催しに向かう。
拳法部は毎年、道場で演武を披露している。
皆なかなか堂に入ったものだ。
知っている顔は3年生だけだったが
向こうは1年生に至るまで私の顔を知っていた。
私が全国大会を制覇したときの写真が貼ってあるからだろう。
「・・・いつまでも私の写真を貼っておかないで
 自分たちの写真を貼れるように、な」
「オッス!」
館長にお会いできなかったのは残念だったが
道場に別れを告げて校舎のほうへ戻る。
さて・・・どこを見て回ろうか。
「鉄センパーイ!」
ん?誰だ?
声のした方を見れば・・・
「おお、佐藤か!久しぶりだな!」
互いに駆け寄って向かい合う。
「はい、ご無沙汰です・・・春にキリヤにお誘いして以来、ですね」
「ん、そうだな」
佐藤は大学を卒業してから、レオと同じくキリヤコーポレーションで
それこそ姫の右腕として頑張っている。
もともと美人だったが、さらにその美しさに磨きをかけたようだ。
それに、どことなく雰囲気が変わってきているような気もする・・・
「今日はお一人なんですか?」
「ああ、見ての通り。佐藤は姫やレオと一緒ではないのか?」
「えっと、さっきまで一緒だったんですけど・・・
 たまには、二人っきりにさせてあげようかな、なんて」
「そうか・・・レオもよく見捨てられないものだな」
「いえー、エリーもあれで結構、対馬クンに依存しちゃってますから。
 もう側にいると妬けちゃって妬けちゃって」
そう言いながら、佐藤の顔は嬉しそうだった。


不思議な娘だ。
私が見たところ、レオに対して密かに好意を寄せているようだったが
あれは気のせいだったのだろうか。
「そんなに妬けるなら、佐藤も早く良い相手を見つけたらどうだ?
 お前なら引く手あまただろう」
「んー、私はー・・・そういう気はないですねー。
 鉄先輩こそ、どうなんですか?」
「私も同じだな。関心がない」
というより、関心を持てる対象がいないというか
いるにはいるけど、もう人のだしなぁ・・・
「私は好きな人はいるんですけどねー・・・
 はぁ・・・一生独身かも、私」
ため息をつきながらも、佐藤はどこか楽しそうだが
好きな人がいるというのは・・・
「好きな人って、ひょっとして・・・?」
キョロキョロと周りを見回してから
佐藤が小声で照れくさそうに言う。
「えっと・・・たぶん、鉄先輩の思ってるとおり、です。
 私の好きな人は、対馬クン・・・
 振られちゃったんですけどねー」
やはりそうだったのか。
しかし、振られたということは・・・
「その・・・レオに、告白はしたのか?」
「ええ・・・ほら、一度エリーが無理に対馬クンを振ったじゃないですか?」
ああ、そういえばそうだったな。
それであの全校告白放送があったわけだが。
「そのとき、私の方から対馬クンに告白したんですけど・・・
 見事に振られちゃいました。
 エリーじゃなきゃダメだ、って」
・・・なぜだ。なぜそんなに嬉しそうにできる。
なぜそれでも二人のそばにいられるんだ・・・
「それで・・・レオとは気まずくならなかったのか?」


ん、とちょっと佐藤は考える。
が、やはりすぐにニッコリと笑う。
「私はそれほどでもなかったですね。
 対馬クンやエリーの方は、ちょっと申し訳なさそうでしたけど。
 対馬クンなんて、なかなか目を合わせてくれなかったんですよ?」
そういうものなのだろうか。
恋愛経験のない私には
こういう恋愛感情のもつれはわからない。
わからないが、一つはハッキリした。
「・・・強いんだな、佐藤は」
「えー?そ、そんなことないですよぅ。
 鉄先輩に強いとか言われるなんて
 思ってなかったな・・・」
「いや・・・佐藤は強いよ・・・
 好きな男に振られて、その男が親友と結ばれて
 それでも二人を変わらずに支えていける。たいしたものだ」
私は・・・こうはなれないだろう。
今、目の前にレオがいたら
またきっと心を乱して・・・
「あっ、エリーたちだ!
 エリーッ!対馬クーン!
 鉄先輩来てるよーっ!」
な!?
佐藤がブンブンと遠くに手を振る。
そういえば、来てはいるんだった。
ああ、こんな話した後で二人に会うなんて、もう!
落ち着け乙女、こんな動揺した姿を姫やレオには見せられないぞ。
平常心、平常心・・・
「あ、ホントだ。久しぶり、乙女さん」「ご無沙汰、乙女センパイ♪」
仲良さそうに腕を組んで現れた二人に
何とか笑顔を作ってみせる。
「うん、二人とも元気そうで何よりだな」


笑顔を作ってはみたものの・・・
正直、つらい。
「よっぴー、二人で何話してたの?」
ドキ。ちら、と佐藤に視線を送る。
「え?ん〜・・・ナ・イ・ショ」
「あぁ〜、私のよっぴーが隠し事を〜?」
「後で二人きりのときに話すよ、エリー」
「え、それ俺が邪魔ってこと?」
「ハッキリ言っちゃうと、そうかな?」
楽しそうに。まるで昔の学生時代そのままに、笑い合う三人。
佐藤は・・・本当に二人が好きなんだな。
この二人のそばにいられるわけが、なんとなくわかった気がする。
微笑ましく、そしてちょっぴり羨ましく3人を見ていたとき。
この場にそぐわない気配を感じた。
・・・殺気!
それはほんの一瞬の、ほんのわずかな気だったが
氷の刃のように、冷たく鋭かった。
気配を感じた方向を見る。
うごめく人の波。ありふれた人々。
だがその中に一人、人の波を巧みにすり抜けるようにして
確実にこちらに向かってくる男がいた。
間違いない。この男、プロだ。
狙いはおそらく・・・姫。
その手元に鈍くきらめく光沢を確認したとき
私の中でスイッチが入る。
それとほぼ同時に・・・レオがビクンと身震いして振り返った。
気づいた!?なぜ!?
スイッチの入った私の感覚の中、ゆっくりと動く事象。
レオが両手を広げる。姫の前に立つ。男が気づく。足を早める。
私も間合いを詰める。が・・・間に合わない!
レオが刺される!
そう思った瞬間、自然と体が動いていた。


「ぃぃいいやああああああぁぁっっ!!」
男までの距離、ほぼ5メートル。
それをコンマ1秒もかけず一瞬で詰める。
グシャ!振り下ろした左の手刀が男の前腕部を粉砕する。
叩き落とされて地面に突き刺さるナイフ。
男は唖然としている。
無理もない。
おそらく、その感覚では私は目の前に忽然と現れたのだろう。
それほどの、自分でも二度とできそうもないほどの・・・
まさに神速の動きだった。
間髪を入れず右の掌底を男の顎に見舞う。
軽く男の体は宙に舞い、そしてドサリと地にくずおれた。
「く・・・鉄のものが護衛とは・・・聞いていなかった・・・」
男が呻く。
「護衛ではない。たまたま、友人として居合わせただけだ。
 それより・・・なぜ殺気を放った?」
あそこで殺気を感じなければ、おそらく間に合わなかっただろう。
だが、プロの暗殺者は機械のように感情を持たず
気配を感じさせないまま相手を仕留めるもの。
この男はなぜ一瞬だけ、殺気を漏らすような真似をしたのか。
「ふ・・・個人的にキリヤに・・・恨みも、あったからな・・・
 受けた理由が・・・しくじる理由に・・・」
ガクリ、と男の頭が落ちる。
なるほど、な。
相変わらず、姫も敵の多いことだ。
レオは・・・まだ両手を広げたまま
ポカンとした顔で立っていた。
姫は冷たい目で刺客を見下ろしている。
佐藤は何が起きたのかもわからないようだった。
「え?え?な、なに?なにがどうなったの?」
「・・・警察を呼ばねばならないな。
 やれやれ、とんだ竜鳴祭になってしまった」


「しかし・・・レオはよく刺客に気づいたな?」
「え?・・・うーん、気づいたっていうか・・・
 なんかイヤな予感がビビッと来て
 気がついたら手を広げて飛び出してた」
無意識のうちに、か。たいした献身ぶりだ。
「こういうこと、初めてじゃないんですよね。
 まあ、今まで無事でいられるのは
 やっぱり私が強い運勢に生まれたってことなのかしら?」
「だが、今回は危なかったな。
 私がいなければ・・・少なくとも、レオはやられていた」
二人が顔を見合わせる。
「それは・・・お互い覚悟の上、だから」
レオがこともなげにそう笑う。
そこまで覚悟を決めていたか・・・
レオは、立派になった。
改めて・・・惚れなおしてしまうほどに。
そして私も覚悟を決める。
「ずいぶん立派な盾を手に入れたな、姫」
「ええ、おかげさまで」
「だが、盾だけでは困るだろう。
 姫、剣は欲しくないか?」
「は?」
レオが盾になって姫を守るなら・・・
私は剣になろう。
盾で受け止めさせたりなどしない。
立ちふさがるもの全て、切り開いてやる・・・!
「いずれまた、こちらから連絡しよう。
 じゃ、ちょっと事情聴取受けて来るので失礼するぞ」
また姫と佐藤と、そしてレオと。
一緒に生きる日々がやってくる。
その時にはきっと佐藤のように
私も笑っていられるはずだ・・・


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/10/01])

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