十月に入り、中間考査も目前に迫ったある日の放課後。
お姫様こと霧夜エリカから生徒会執行部に緊急招集が掛けられた。
あたしとセンパイの時間を奪うな! 叫びだしそうになるのを抑えるのに必死だった。
今日はセンパイの……。あたしは鞄にそっと手を当てた。 
あたしは抗議の意味でボイコットしてやろうと思っていた。誰ががおとなしくお姫様のいいなりになるものか、と。
でも放課後、センパイがあたしの教室まで迎えに来てくれた。あたしのためにわざわざ階段を昇って……!
センパイの顔を見た瞬間、我を忘れて抱きつきたい衝動に駆られたけれど、何とか我慢できた。
教室にはまだ何人か生徒が残っていた。あたしの本当の姿を見せる人はセンパイだけ。
センパイはあたしの顔を見るなり、
「お前反抗してボイコットするんじゃないかと思ってさ」
「あぅ」
さすがセンパイ。あたしの考えることなんかお見通しなんですね。
「なごみとの時間をとられるのは惜しいけど、取り敢えず仕事はしておこう」
センパイはあたしと違って大人だなぁ……。
改めて自分の子供っぽさを反省させられた。
センパイと並んで竜宮へ。やっぱりセンパイはすごいヒトだ。


「おっそーい! 遅いわよなごみん、やる気あるの?」
あたしが竜宮に入ると、お姫様から文句を言われた。相変わらず偉そうだ。
既に他の面子は全員顔を揃えていた。時間をずらして先に部屋に入ったセンパイも椅子に座っていた。
あ、センパイこっち見てる。目が合っちゃった。あうぅ……。
鼓動が速くなるのを感じたけど、それを無理矢理ごまかして、あくまでも平静を装って挨拶する。
「どうも。遅くなりました」
意外にも伊達先輩までもがソファに腰を落ち着けている。今日は部活はどうしたんだろう。
あたしも席に着く。残念だけどセンパイとはわざと離れた場所に座った。
でも本当は、センパイの隣……ううん、膝の上にでも座りたいのに……。
あたしの隣にはウザイ甲殻類がいる。気分がイラつく。
「で、全員集合したところで姫、今日は何よ。竜鳴祭準備までは比較的暇だったんじゃないの?」
フカヒレ先輩の疑問に皆が頷いた。
全くだ。あたしとセンパイとの時間を奪ったのだからそれ相応の用があるんだろうな。
「まあ、ちょっとしたイレギュラーがあってね。そういった事態に対処するのも執行部の役目よ」
「だから、用件は何さ? ボク今日バイト入ってるんだよねー」
カニが足をぶらぶらさせながら言った。ならさっさとカレー運搬しに行けよ。
視界に入るな。お前のせいでセンパイが見えないだろ、消えろ。
「今から説明するわよ、カニっち。じゃ、詳細はよっぴーから」
なんだ、結局説明はひと任せか。いい身分だなお姫様。
佐藤先輩は文句も言わず詳細を説明し始めた。


「はい。まず、最近この学校で幽霊の目撃談が増えてるんだけど、みんな知ってる?」
「ゆ、幽霊!?」カニが狼狽した声をだした。どうやらコイツは本格的にこういう話がダメらしい。
「あん? それって、屋上で女の子の嬌声が聞こえるとか言う奴か?」
伊達先輩がソファの上から発言した。
その話ならあたしも聞いたことがあるけど。
「ああ、それとは別件。ていうかそれはもう起こらないわよ。屋上でヤルのやめたから。ね、よっぴー」
お姫様のパチリとウインクして見せた。
そしてなぜか佐藤先輩が顔を真っ赤にしている。一体なんだというのか。
「今なんだか、不穏当な発言がありませんでしたか?」
「私には聞こえませんでしたわ」
祈先生は駄菓子を頬張りながら完全スルー。
なんだか突然フカヒレ先輩はトイレに行きたいと言い出したがセンパイたちに止められていた。
トイレくらい行ってもいいと思うけど……。どうせフカヒレ先輩なんていてもいなくても同じなんだし。
意味が分からないのであとでセンパイに聞いてみよう。
「こほんっ。えーと、主に夕方から夜に掛けて、変な声が聞こえたり人影が目撃されたりしているんだけど」
佐藤先輩がみんなを見渡しながら説明を続けた。
 私はそんな話は知らなかった。というより興味が無い。どうやらセンパイも知らないみたいだ。
その他のメンバーも同じらしく、一様に首を傾げている。


「ふん、下らないな。幽霊など存在するわけがないではないか。気のせいか見間違いだろう」
 鉄先輩は腕組みをしながら吐き捨てるように言った。あたしも同意見。
「でも近頃、具体的には今月始めくらいから、そうした幽霊関連の苦情が執行部に相次いで届けられています」
「佐藤、目撃情報は、どのくらいあるんだ?」鉄先輩が佐藤先輩に尋ねた。
「全部合わせると13件ですね。けっこうな数でしょ。それまではほとんど無かったことを考えれば」
「十日で13件か。漠然と考えていたよりもずっと多いね」と、センパイが感想を述べた。
「ふむ。それだけ数があるとなると、単なる枯れ尾花の類ではない可能性もありそうだな」
鉄先輩が思案顔で呟いた。
「とまあ、そんな訳で、これを放置しておくと竜鳴祭を控えて本業に差し障りが出る可能性があるのよ」
お姫様が後を継いで話す。お前、佐藤先輩に任せたんじゃないのか。結論だけ自分で言うのか。
「つまり、本格的に忙しくなる前に厄介な問題に決着をつけちまおうと、そういうワケか姫?」
 ソファの上から伊達先輩が言った。
「そういうこと。そこで、トラブルのエキスパートである我が竜鳴館生徒会執行部の諸君に
この事件を解決して貰おうと、急遽集まって貰った次第」
幽霊? そんな下らないことのために、センパイとの大切な時間を潰されたのか?
お姫様は、そんなわけの分からないことにセンパイの手を煩わせようとしているのか?
あたしは胸の中で渦巻くイラつきを抑えるのに必死だった。


「異議あり、姫」と、そこでセンパイが挙手。
「ハイ、対馬クン」
指名されたセンパイはキリリと表情をひきしめた。おどけてるセンパイもいいけど、シリアスなセンパイも素敵……。
「確かに姫が今言った通り我々はトラブルに関しては右に出るものがないと不本意ながら自負しているけど
それは解決能力に秀でているわけではなくあくまで起こす方のスキルに長けているのであってむしろ事態の収拾という点に於いては
執行部の通った後はぺんぺん草も生えないと言われるように極めて不向きで一足飛びに手を出さないほうがマシであるといってもいいけどとにかく
俺たちがそういった問題解決を望む民衆の期待に応えられるとは到底思えずあまつさえ余計に騒ぎを大きくする可能性が大であるといわざるを得ません!」
「ハイハイ。よくもまあ、そんな長台詞、句読点も使わずにご苦労様。
なごみんとのあまーい時間を取り戻したいがためだけに熱弁ふるってくれたわね。
要するにやりたくないというワケでしょ?」
「さすが姫。聡明でいらっしゃる」
私のため……? 私と二人の時間を作るために、舌を噛む危険を冒してまで長台詞を……? センパイ……感動です。
「でも却下。あなたたちに拒否権はナッシング」でもお姫様はにべも無く撥ねつけた。
センパイの意見を無視するなんて! お前は万死に値する。
「横暴だ姫」
「横暴結構。支配者は時として民衆の意見に耳を貸さないものよ」


センパイは必死に食い下がっているけどお姫様は柳に風。全く取り付く島も無い。お前の血は何色だ。
時としてって、お暇様、人の意見を聞いたことあるのか?
でも、このままではまずそうだ。
きっとこの騒ぎが自分の好奇心を満たせそうだから固執しているんだろう。
となればお姫様の意見を覆すのは難しそうだし。……よし。
「わかりました」
あたしの言葉にセンパイが意外そうな声を上げる。
「な、なごみ?」
あたしはセンパイを見ながら、考えを述べた。
「ここはさっさと終わらせたほうが早そうです。どうせお姫様はこっちの言うことなんて聞きやしませんから」
「ふふ、話が分かるわね、なごみん」
お姫様の言うことに従うなんて本当は死ぬほどイヤだけど、センパイを早く解放して貰うためだ、仕方が無い。
「わかった。なごみがそういうなら……」センパイも納得してくれた。
お姫様は満足げに頷き、
「いい返事ね。他に反対意見ある人は、いないわね?」
山ほどあるけど言わないだけだ。みんなお前よりは大人だからな。


「しかし、秋も終わりだっていうのに、幽霊とはね。季節感ガン無視」
伊達先輩が面白そうに言った。
今日の、というか最近の伊達先輩はなんだか以前と変わった気がする。
嫉妬丸出しのカニやフカヒレ先輩と違ってあたしとセンパイのことを祝福してくれているみたいだし。
「魑魅魍魎の類が風流を解するとも思わんが、たしかに肝試しには少々時期はずれだな」
「んで姫、俺たちは具体的になにすればいいの?」
センパイがお姫様に尋ねた。さすがセンパイ。やると決まったら前向きだ。
「とりあえず交代で学校に泊り込んで、怪異の正体を見極める」
「橘館長の許可はとってありますわ」と、祈先生がいつものように飴を食べながら補足する。
「おいおい、俺らは霊能者でも拝み屋でもないんだぜ。マジでやばいもんだったらどうすんのよ」
「ボクの霊感も危険だと告げているぜ。かなりの怨霊とみたね」カニの声が震えている。怖いなら帰れよ。
「だからフカヒレ君は毎晩参加ね」
「なにそれ!」
「えーと、生贄」とお姫様がサラリという。
「人身御供?」
「ああ、いざというときは鮫氷を人柱にというわけか」
「フカヒレさん、迷わず成仏してくださいな」
「ちょ、ま、それってひどくない?」


「別に?」
平然と言ってのけるお姫様。というかお前が生贄になれ。
「ちょっと可哀相だけど、仕方ないよね」佐藤先輩も追随する。
この先輩、意外とキツイ。あたしは前からなんとなく苦手だ。
「よっぴーまで、大ショック!」
「いじめはありません」
「まあ、元気出せフカヒレ。そのうちいいことあるさ」
と、センパイがフカヒレ先輩の肩を叩く。あぁ、落ち込む友人を励ますセンパイ、なんて優しい。
「けっ、いいよな霊感無い奴らはお気楽で。ボクなんかもう、寒気やら頭痛やら大変だぜ」
「なんだよ。さっきまでマンガ読みながら普通に寛いでたくせに。なにが霊感だよ」
「るせーフカヒレ! 良識ある幽霊が生贄を選ぶなら、不味そうな人間失格よりも
清楚で可憐なこのボクを狙うに決まってんだろボケ!」
「清楚で可憐な奴は、るせーとかボケとかいわねー」
カニとフカヒレ先輩がギャンギャン言い争っている。
マジうざい。センパイのご友人でなかったらとっくに潰している。
「心配すんなカニ。いざというときはオレが守ってやるさ」
「おう、頼りにしてるぜスバル!」
伊達先輩はなんだか嬉しそうだった。


「ところで、その幽霊って、どこら辺りで目撃されてるの?」
センパイの疑問に、佐藤先輩が手帳を見ながら答える。
「え、と、まず一階北側女子トイレ、三階南側女子トイレそのほか学校中の殆どの女子トイレだね」
突然、センパイとカニが同時に立ち上がった。
そしてフカヒレ先輩の背後に立つと、がっしりと羽交い絞めにした。
「な、なんだ?!」狼狽するフカヒレ先輩。
「被疑者確保!」カニが叫ぶ。
「姫、事件は解決だ。事件は現場じゃなくて会議室で起きていたんだ!」
二人はぴったりと呼吸が合っていた。……やっぱりこういうのは付き合いの長さか。悔しいけれどそれは仕方が無い。
「なんだよ、俺犯人かよ! 違う、断じて違う! 俺は無実だぁー!」フカヒレ先輩が喚くが誰も助けようとはしない。
「ふっ、出没ポイントが雄弁にお前が犯人だと物語っている」さすがセンパイ。一部のスキもない完璧な論理。
「論理の旋律は真実を奏でるんだぜ、フカヒレ」
「さぁ、とっととゲロっちまいな。カツ丼食うか? 料金は当然お前持ちだ」刑事ドラマよろしくカニが机を叩いて恫喝する。
そこで祈先生が割ってはいった。
「甘いですわお二人とも。そこは我々が既に通過した場所ですわ。
フカヒレさんのアリバイ調査はすでに実施済みで、結果シロと判断されております」


「調査って、そんなのいつの間に?」
「目撃されている場所柄、フカヒレさんは第一級の容疑者として極秘裏に先週の段階で行われましたの」
「結果、お前の寂しい生活が明るみに、でただけだったぜ。もっとホットになりなよ」
オウムが言った。おそらくこのオウムが実行部隊なのだろう。
二人はすっと、無言でフカヒレ先輩から離れ、何事も無かったようにもとの席に戻った。
「フォローは無しかよ!」
「普段が普段だからな。疑われても仕方が無い。身から出た錆だ」鉄先輩が辛辣に言い放った。
「プライバシーは? 俺の人権はどこにいったの?」
「そんなもの、私達の前では無いも同然!」
「そのお陰で容疑が晴れたのだ。今回ばかりは姫たちに感謝するんだな、鮫氷」
濡れ衣を着せられそうになったのに誰も同情も謝罪もしない。少しだけ気の毒だ。
「まぁ確かに、ほぼ毎晩オレらと遊んでりゃ校舎に出没してる暇なんて無いわな」
伊達先輩は得心がいったようだ。
「いくら女に相手にされないからって、犯罪に走るほど根性ないしね」
「そりゃそうさ。犯罪なんぞしなくても俺には二次元の世界があるからな!」
フカヒレ先輩は胸を張った。
情けない。どうしてこんなのがセンパイのお友達なのか、理解に苦しむ。
でも、そんな奴でも見捨てずにお友達でいてあげているなんて、センパイってやっぱり大人ですね。尊敬します。


「話戻すけどさ、学校に泊まるって、今夜からやんの?」
「そのつもりだけど。あ、カニっちは今日バイトだっていってたっけ」
「まーね」
「じゃ、カニっちは明日からってことで。とりあえず初日だし、今日は全員で残ってみるのもいいかもね」
「あは。合宿みたいだねぇ」
「私はベースキャンプとして帰宅しますわ」と、祈先生。
意味わかんない。
「何です、それ。教師としての責任とかは?」
「何もきこえませんわ」
センパイの突っ込みにも祈先生はどこ吹く風だ。相変わらずこういうところはいい加減。
「ま、乙女センパイもいるし、問題ないでしょ。祈先生は帰るということで。土永さんも夜は役に立たないしね」
「おおう、役に立てず無念なり」
「カニっちも帰るんだよね」と、佐藤先輩が確認する。
「いや、うーん、どうしようかな」カニはセンパイのほうをチラチラ伺っている。
センパイを見るな。迷うな。ソッコー帰れ甲殻類。オアシスでアレックスが待ってんぞ。
「いいや、やっぱりボクも残るよ」残るのかよ!
「いいのか、カニ」
「平気平気。あんなニセインド人の店なんてどうでもいいよ。風邪ひいたとか後で適当に電話しておくさー」
どうでもいいわけあるか。このカニが。あとで店長にチクってやる。
「いや、バイトじゃなくて幽霊の方。お前怖がりだからな」
「な、何言っちゃってくれてんのこのバカレオ! ボクが幽霊ごときに恐れをなすと思ってんのかボケ!
ボクは怖いなんて一言も言ってねーだろ。ただ霊感が強すぎるだけだっつーの。分かったか低脳!」
黙れこの腐れガニ。折角センパイが寛大にもお前如きの心配をして下さっているのに、その身の程を弁えない暴言はなんだ。
「お前に低脳呼ばわりされるなんて、嫌な世の中になっちまったもんだなぁ」
あぁ、センパイ。そんなカニの言うことなんかで肩を落とさないで下さい。いざとなったらあたしが三秒で潰しますから。
「それではみなさん、ごきげんよう。くれぐれも、死人など出さないようにお願いしますわね」
「じゃあなぁジャリども。精々頑張って、幽霊退治でもしてろ」
祈先生はオウムを伴って本当に帰ってしまった。まあいても大して役に立たないだろうけど。
「せんせぇー、いかないでぇー」フカヒレ先輩だけが床に這い蹲って名残を惜しんでいた。


午後六時半を過ぎた。本当なら今頃センパイと……。
窓の外も既に随分暗くなっている。部活動の連中も大体帰ったのだろう。グラウンドも静かになった。
拳法部に顔を出しに行っていた鉄先輩も再び戻ってきた。
「さってと、頃合ね。そろそろ出動しましょうか諸君」
お姫様が意気揚々と立ち上がった。なんで嬉しそうなんだこの人は。
「行くのは構わんが、全員でゾロゾロ行くのか?」
鉄先輩がお姫様に尋ねた。
「それうざいです」
「ボ、ボクはそれでも構わないぜ」
「怖いんだろ、カニ」と、フカヒレ先輩の突っ込み。
「まず死ね。話はそれからだ!」
「まぁ落ち着け子蟹ちゃん」
伊達先輩が制止するが、カニは止まらず、鮮やかにフカヒレ先輩の脚を刈った。
「ああっ、カニっち、硬い床でSTOは危険だよぅ」
「平気だよ佐藤さん。フカヒレは死なない。何度でも蘇るさ」
結局、みんなで一階のトイレを確認し、しかるのちふた手に分かれて二階三階を見ようということになった。
なるべく少人数で肝試し気分を味わいたいお姫様と多人数を主張して譲らないカニの意見を折衷した形だ。
あたしはセンパイと一緒ならどうでも良かったので全く発言しなかった。


はい提案」フカヒレ先輩が手を挙げた。
「なによフカヒレ君」
「出発前に、向こうでの組み分けをしておくべきだと思いまーす」
キュピーンという効果音があちこちから聞こえた気がした。
そして、あたしからも。絶対に、センパイと一緒の組に……! 密かに拳に力を込めた。
「んじゃ、グーパーじゃんけんで決めるか?」
「そうしよう。インチキは無し。真剣勝負だぞ」
センパイの提案が採用され、各々部屋の隅に散って作戦タイムになった。何としてもセンパイと同じ組になる!
そしてじゃんけん開始。センパイの号令で一斉に手を出す。
グー:センパイ、あたし、カニ、お姫様、伊達先輩
パー:鉄先輩、佐藤先輩、フカヒレ先輩
やたっ! あたしは踊りだしそうになるのを必死に堪えた。ぶい。
「ああ、よっぴーにテレパシーが通じなかった……」珍しくお姫様がうなだれている。
「ごめんね、エリー」
「やった、こっちは男は俺一人だぜ! ハーレムエンドは俺のものだ!」フカヒレ先輩は妙に張り切っている。
「無茶すんなフカヒレ。奉仕度を考えろ。奴隷エンド一直線だぜ」
「それも望むところだぜ!」
「佐藤は私が守ってやる。心配するな姫」
「けっ、てめえも一緒かよココナッツ」カニが悪態をついている。
「こっちの台詞だ甲殻類」
「……よかった」
「ん、どした、スバル?」
「いんや、なんでもない」


校内の調査が始まった。
まずは校舎一階。竜鳴館には各階に南北二ヶ所ずつトイレがある。
そのトイレを目指し、執行部のメンツ全員で連なって歩いていく。傍から見れば滑稽な光景だろう。
暗い。何故か照明は全て消されているので、非常口を示す緑色の光と
数本の懐中電灯だけが闇にあたしたち浮かび上がらせていた。
「な、なんでわざわざ電気消してあるんだ? 確かまだ全館消灯の時間じゃないだろ?」
カニがやや震えた声で誰にとも無く言った。かなり無理しているらしい。
「ああ、この方が雰囲気出ると思って、私が館長にお願いしてブレーカー落としておいた」
「姫、余計なことしてくれんなよな!」
「あら、怖いのカニっち?」
「こここ怖くなんかねーよ! 
ただ、こう雰囲気出すと余計悪霊が寄り付きやすくなんだよ。ボクは霊感強いからさ」
「それじゃ好都合じゃない。さっさと出てきてもらって手早く駆除してとっとと帰りましょ」
「駆除ってエリー、害虫じゃないんだから」
「おい、着いたぞ。一階北女子トイレだ」先行していた伊達先輩が言った。
伊達先輩の懐中電灯が照らす先に、問題の女子トイレの入り口が見えた。
「さすがに、電気全部消してあると不気味だねぇ」
佐藤先輩が感想を述べる。凡庸だが正鵠を射た意見だと思う。


「ふむ。では私と伊達で先陣を切ろう。では、行くぞ伊達」
「ラジャー、乙女さん」
二人は懐中電灯の明かりを頼りに、トイレの中に踏み込んでいった。
しかし、ものの一分もしないうちに二人とも戻ってきた。
「何も無いぜ」
「ああ。人っ子一人いなかった」
「あら残念」とお姫様。
「時間帯とかもあるのかな? また帰りに覗いてみればいいんじゃない?」
「佐藤さん、何気に非情なことをさらっと言うね」
結局元来た道を引き返し、反対側の一階南のトイレに向かうことになった。
「しっかし、夜のガッコてのは気味悪いもんだよなあ、レオ?」
「そりゃ電気全部消してあればな」
「カニ。センパイにくっつくな」
「るせーココナッツ。オメーなんかに指図される謂れはねー。
ボクたち幼馴染はどんなときも一心同体なんだよ。分かったか!」
センパイは苦笑いしている。苦笑いとはいえ、センパイの笑顔には弱い。この場は引き下がろう。


南側のトイレにも全く異常は無かった。
残念がるお姫様。拍子抜けしている鉄先輩。安堵するカニ。
「では、上へ参りまーす」
「どっちの組が三階に行くの?」
「私たちはどちらでも一向に構わん。そっちの組から決めればいい」
「対馬クンはどっちがいい?」
「姫に任す」
「おやおや、決断力無いわね。そんなことじゃなごみんに嫌われちゃうぞ」
黙れ。あたしがセンパイを嫌うなんて、有り得ない。お前が世界を獲る方がまだ現実的だ。
「わかったよ。俺が決めよう。二階で」
「そのココロは?」
「二階は俺たちの教室があるから良く知っているし、階段昇るのも一階分ですむからラク」
なんて合理的な考え方。さすがセンパイ、理論派ですね!
「なんていい加減な考え方。さすがレオ、面倒くさがりだな」
「うるさいなフカヒレ。折角お前のために歩く距離長くしてやったんだ。ハーレムに向けてフラグ立て頑張れよ」
「おお、そういうことか! 流石、我が親友。気が利くぜ」
「フカヒレに親友なんかいたのか?」
「初耳だな」
「オマエラだよ! てか親友だと思ってねえのかよ!」
「お前の親友って、そんな人聞きの悪いこと言うなよ」
「こっちの信用問題に関わるぜ」
「大ショック!」
この人たち本当に仲がいいのかな。ちょっと自信なくなってきた。
「ほら、ぼさっとするな鮫氷。もう行くぞ」
傷心のフカヒレ先輩は鉄先輩に引き摺られるようにして階段の上へ消えていった。
三人を見送ってから、センパイが、
「では、我々も二階へ行きますか」
「だな。さっさと済ませようぜ」伊達先輩も同意する。
「じゃ、出発!」
お姫様が明るく宣言してあたしたちは歩き始めた。
「ちょ、コラ、オメーラ先に行くな待てやレオ! ボクを置いてくな!」


『あぎゃぁ〜〜〜〜!!!!!!』
歩き始めてすぐに、マンドラゴラを引き抜いたような悲鳴が響き渡った。
「うひゃう!!!!」こちらでもカニが飛び上がっていた。
何がそんなに嬉しいんだか。ってオイ、センパイにしがみつくな!
「おー、景気のいい悲鳴ね」
「ありゃ、フカヒレだな」
「どうしたんでしょう」
「大方シチュエーションで妄想しまくって一人勝手に盛り上がってよっぴーにでも襲い掛かったんだろ」
「で、乙女さんに殲滅されたと。ま、そんなところだな」
「分かりやすいわね、フカヒレ君」
「けっ、情けねーヤロウだぜ、全く」カニが吐き捨てるように言った。
「カニ、そんなビビリまくってセンパイに縋りながら言っても虚しいだけだぞ。
というかいつまでセンパイにくっついている。さっさと離れろ。センパイのご迷惑になるだろう」
「へん、誰もビビってねーよカス! これはボクからのサービスだよサ・ー・ビ・ス。
ま、幼馴染美少女キャラの務めって奴? オメーには一生縁の無い行為だがな」
「いい加減にしろよ甲殻類。いいからセンパイから、はな……、はっ!」
視線を感じて振り返ると、お姫様がニヤニヤと楽しそうにあたしとカニのやりとりを眺めていた。
しまった! これはまた絶好の餌を与えてしまった!


「ふっふーん、なごみん。センパイはセンパイは〜、あたしのモノなのぉ〜!ってカンジかしら? 熱い熱い」
案の定、お姫様は意地悪い微笑みを浮かべながらあたしをつつく。
「くっ!」あたしはやむを得ず、センパイとカニから一歩離れた。む、無念ですセンパイ……。
「カニ、お前にくっつかれてもサービスになどならん。暑苦しいから離れろよな」
「あ、テメ、可愛い幼馴染の好意を無にすんのか?!」
「悪いがなごみの方が可愛いし」……え?!
「んだとゴルァ!」
「                                」
……はっ! 嬉しさのあまり、意識が飛んでしまってた。頭を振って覚醒させる。
センパイにみっともないところを見られなかったかな。
そっとセンパイの方を窺うと、センパイは一生懸命カニを引き離そうとしていた。どうやら放心してるのは見られなかったみたいだ。
「てめ、ついに悪魔に魂売り渡しやがったのか!」
「バカをいうな。なごみは悪魔どころか天使のようだぞ」
「ハイハイ、そんな真顔で惚気はもう結構。ホラとっとと行くわよ」
「行くぜ、坊主ども」
お姫様と伊達先輩は先に歩いていってしまった。
「行きましょう、センパイ」あたしはそっとセンパイの手を握った。
他のやつらがいるときはこんなことしないけど、今はしたい気分だった。真っ暗だから誰にも見られないだろうし。
「お、おう」センパイはちょっと戸惑ったようだった。


やっぱり南側のトイレにも異常はなかった。
「やれやれ。今日は収穫無しかしら?」
北トイレに向かっていると、不意に先頭を歩く伊達先輩が立ち止まった。
「何よスバル君。急に立ち止まらないでよ」
お姫様が顔を抑えながら抗議している。どうやら伊達先輩の背中に鼻でもぶつけたらしい。
「シッ。どうだ、なんか聞こえないか?」
「え?」
「なななな何言い出すんだよスバルぅ、笑えねえ冗談はやめろよな」
「黙ってろカニ」
「うぐ」
みんなで耳を澄ます。
確かに、向かう方向から何かを擦るような音が聞こえてくる。それと声も、いや歌、かな?
「なんの音だ?」
「がしゅがしゅがしゅって、なんか聞いたことある音だな」
「おおお怨霊が怒っているんだぜ! 間違いない。ボクの研ぎ澄まされた霊感がそう言っている!」
「センパイにくっつくなカニ」
「うううるせー!」
「なんならオレにしがみついてもいいぜ、カニ」
「ワンパスで」
「しょぼーん」伊達先輩がしぼんでしまった。


「あら、スバル君、つうこんのいちげき?」
「ぐふっ、お、オレはもう動けねえ。オレに構わず先に行ってくれ……」
「お前を見捨てられるか、スバル!」
「いいから行け! 決して振り向くな。そしてオレに出来なかったことを成し遂げろ!」
「スバル……」
「ハイハイ、三文コントはそこまで。スバル君は私が見てるから。対馬クン、行って来なさい」
「とほほ」
「あ。あたしも行きます」ここでセンパイの力にならなくちゃ。お姫様から懐中電灯を受け取る。
「ボ、ボクは責任とってここに残るよ」そういってカニがその場に座り込む。
「カニ、お前は責任とって一緒に行くんだ」
「あんだよレオ、ボクを生贄にしようってのか? 取り憑かれたらどうしてくれんだ!」
「幽霊などいない」
「ちくしょう、ちくしょおーッ! 一生呪ってやんぞ!」
「わかったわかった」
センパイはカニをずるずると引き摺って歩き出した。
そんな無理矢理カニなんて連れて行く必要ないのに……。どうせ怖がっているだけで使えないんだから。
あ、もしかしたら、こうしてショック療法でカニの苦手を克服させようとしているのかも!?
たとえダメ人間であろうとも見捨てずに導こうとするセンパイ、そんな優しい心遣いも素敵すぎます。


トイレに近づくに連れ、音はますます大きくなっていく。明らかにトイレに何かあるいは誰かがいる。
「歩きにくい。ちょっと離れろカニ」
「うるせーな。薄情者」
「怖いのはわかったから」
「こっ怖くない、怖くないもんね!」カニはもう半泣き状態だ。
がしゅがしゅと、相変わらずトイレからは音が聞こえてくる。
『〜こぉろ……しに……ーおー……」
さらに奇妙な節のついた声。何かの歌だろうか?
「なんか、殺しに、とかなんとか聞こえないか」
「確かに、聞こえなくも無いですね」
「ゆ、幽霊なんか、ほほ本当はいねーんだぜ。こここんなの大体見間違いとか幻覚ってそ相場が決まってるんだ。
ほら、よく言うじゃん。ゆ、『幽霊も招待したいカレーパーティー』だっけ?」
「ひょっとしてカニ、『幽霊の正体見たり枯れ尾花』のことか?」
「た、大して違わねーじゃん」
「全然違うぞ」
「お前、さっきまで霊感とか怨霊とか散々言ってただろう」
「ち、ちげーよココナッツ! あ、あれはお前ら小心者をビビらせようと思って言った冗談だよ!」
半泣きで喚くカニ。ウザイ。どっちが小心者だ。
そうこうしているうちに、トイレの前に辿り着いた。
中からはやはりがっしゅがっしゅと何かを擦っているような音。そして歌。
懐中電灯を振ってお姫様たちに合図を送る。あちらでも懐中電灯の光が揺れた。


「向こうから応答ありました。GOサインです」
「よし、行くぞカニ」先陣を切ろうとするセンパイ。あぁっ、勇敢です。
「ままっまてまて待てって! んないきなり飛び込むと心臓に悪いぞ。ここは入念に準備運動をしないと」
「プールじゃないんだぞカニ」
「いつまでもゴネてんな。いい加減覚悟を決めろ」
「うう、わ分かった。ちくしょう、行ってやる行ってやるぜぇっ!」
言うが早いがカニは猛烈な勢いでトイレに駆け込んでいった。懐中電灯も持たずに。やはりバカだ。
「あコラカニ、だからってそんな考えなしに突っ込んだら……」
『うっぎゃあぁ〜〜〜〜〜〜っっ!!!!!!!!!!!!』そして使い古しの玄関マットを引き裂くような無様な悲鳴が響く。
「ちっ、いくぞなごみ」
「ハイ、センパイ!」
あたしたちもトイレに突入する。無論懐中電灯で照らしながら。
そして、その光の中に見たものは……。
「どうした!? 無事かレオ!」
「大丈夫? 対馬クン!」
「何事だ!」
「もしかして誰か死んじゃった!?」
カニの悲鳴を聞きつけてみんなが駆けつけてきた。
『あ』
懐中電灯に照らし出されたのは、びしょ濡れで目を回しているまぬけなカニが一匹と、
呆然の表情でデッキブラシを抱えた日焼け娘の姿だった。


日焼け娘こと2−C在籍浦賀真名さんはセンパイのご学友なのだそうだ。本来なら潰すところだが、センパイに免じて断念。
彼女の事情聴取は場所を竜宮に移して行うことになった。
カニは体操服に着替え、全員で竜宮に移動する。
「で、なんでこんな時間にトイレ掃除をしていたのかしら、浦賀サン?」
お姫様がやや投げやりな口調で訊ねた。明らかにこの下らないオチに失望している。
「なんでて、そら……バツ当番?」浦賀先輩はちょっと恥ずかしそうに言った。
「バツ……」
「とう、ばん」
「ほら、ウチな、この前三回連チャンで英語の宿題忘れてきたやん?
したら祈ちゃんむっちゃ怒ってな、今月一杯放課後のトイレ掃除言いつけられてん。
しかも校内の全部のトイレやで。マジきっついわ」
「それで毎日一人でトイレ掃除を?」
「しかも学校全部の」
「せや。もう死ぬかと思うで。何度もサボろ思たけどな、祈ちゃんどこで見てるか分かれへんし。サボったのバレたら後で怖いし」
何かを擦る音はブラシで床やら便器やらを磨く音か。
「しかも今日はなんや、電気点かんようになってまうし、真っ暗んなか掃除すんのはしんどかったでぇ」
と、当事者浦賀先輩は出された紅茶を豪快に啜った。
「じゃあ、あの歌も浦賀さんが?」とセンパイが訊ねる。
「うた? ああ、せや。暗くて怖いからずっと歌ってた。関西人の魂やん、『六甲おろし』は」
あれは六甲おろしだったのか。


「で、今日はなんなん? 執行部みんなお揃いで。あ、まさか放課後の教室で秘密パーティー?」
みんなからため息が漏れる。なんだかどっと疲れが出てしまった。
お姫様もあくびなどしている。
「ホラ見ろ、幽霊なんかいねーんだよ。ボクが言った通りだね!」
元気になったカニが一人で笑っている。うざい。
「お前、ついさっきまでビビリまくってたじゃねーか!」
センパイがジャンピング・ニーで突っ込んだ。さすがセンパイ、ここに至っても技の切れ味は抜群です。
「……はい、はい。では、失礼します」
「どうだった、佐藤?」
佐藤先輩は祈先生に報告と確認の為に電話を掛けていた。
「祈先生曰く『すっかり忘れていましたわ〜』だそうです」
「全く、いい加減だな」
「え、ほな、ウチの努力は……?」
「言いにくいけど、無 駄 ね」無遠慮にお姫様が言い放つ。
「燃え尽きた〜」浦賀先輩はテーブルに突っ伏した。
「あ、それから『折角だから掃除はこれからも続けてくださいな』だって」
浦賀先輩が椅子から崩れ落ちた。
「死亡確認」カニが厳かに宣言した。


帰り道。あたしはセンパイと鉄先輩、伊達先輩そして甲殻類と家路についていた。
幽霊騒ぎは解決ということで、明日以降の活動も当然無くなった。
よかった。こんな下らないことで拘束されてセンパイとの時間を浪費したくない。
「祈ちゃんも浦賀も人騒がせなこったな」
「明日絶対真名シメてやんよ。ボクの制服ビチョビチョにしてくれやがって」
体操着姿のカニが指を鳴らしている。
「大山鳴動して鼠一匹、だったな。疲れたから早く帰って飯にするとしよう」
「今日の具は?」
「そうだな、たくあんと明太子と、冷凍のピザなどどうだ?」
「うひー」
センパイ、またおにぎりですか。よし、週末には好きなものを好きなだけ召し上がってもらおう。
「ところで」
「ん、なんだよココナッツ。実は恐怖のあまり漏らしてたか?」
「バカか。潰すぞ」
本日のマーベラス蟹沢スタート。
「いでででででででで! ふぁなひやはれふぉふぉなっふ!」
「今日も芸術的な顔だなカニ。さあ泣くがいい」
「なごみ、もうその辺にしたらどうだ。もう泣いてるし。で、ところでどうした?」


「あ、はい」あたしはカニから手を放して、「なんか忘れている気がするんですが」
「忘れてる? 何を」
「別にないだろ」
「けっ、ボケちまったんじゃねーのか。若いのに難儀だなココナッツ」
「うむ。特段忘れているものは無いと思うが」
みんなでしばし考え込む。
「ああ、分かりました。フカヒレ先輩です。しばらく見ていません」
「おーおー。そんなのもいたなあ」
「フカ、ヒレ? なんだっけそれ。食えるのか?」
「どっかで聞き覚えのある名前だな」
ちょっとヒドイ。
「別に忘れてないぞ。乱心して佐藤に襲い掛かったから、制裁して縛り上げて
三階の窓から吊るしてあるだけだ。意識して放置したんだから忘れているというワケではないぞ」
それもヒドイ。
やがて、商店街の入り口に着いた。ここでセンパイとはお別れしなくてはならない。すごく寂しいです。
「では、おやすみ椰子」
「じゃーなココナッツ。腹出して寝て風邪でもひいてろ」お前がな。
「また明日な、椰子」
「おやすみなごみ」
「はい、おやすみなさい」
センパイの姿が遠ざかっていく。寂寥感があたしを包む。


商店街を歩き、家が見えてきた。
さて、少し遅くなったけど、母さんに夕食の支度をしなくちゃ。
そう思ったときだった。後ろから不意に声が掛けられた。振り返る。
「なごみ!」
「せ、センパイ!?」
センパイが息を切らしてあたしのところに駆け寄ってきた。
「どうして。おうちに帰ったんじゃないんですか?」
「そのつもりだったけど、今日はなごみと二人っきりで話してないなと思って」
「鉄先輩たちは」
「ウチの前まで一緒に行ったんだけどさ、トイレにいくって言って来た」
「おうちの前でその言い訳は説得力が皆無ですよ」
「言われてみればそうだな。でも乙女さんは信じやすい性格だし、カニはバカだし、大丈夫だろ」
あたしたちは顔を見合わせて笑った。
「でもよかったです。センパイと話せないのは寂しかったので」
「電話やメールでもよかったけど、こういうのはやっぱり顔見て話さないとな」
でも本当はセンパイの顔を見ているだけでも幸せです。
「それから、今日はセンパイのお誕生日ですよね」
「おおう、忘れてた。そうだっけ」センパイはおどけて言う。
「これ、プレゼントその1です」
あたしは鞄から用意していたものを取り出した。


「あ、マフラー」
「ほ本当は手作りしたかったんですけど、時間も無いし手芸はからっきしダメなので、市販品で」
「ありがとうなごみ。もしかして、おそろいとか?」
あぅ、さすがセンパイ。なんでもお見通し。
あたしはもう一本マフラーを取り出す。センパイにあげたものと全く同じものだ。
「よし、もっと寒くなったらこれ巻いてどっか遊びに行こう」
「あ、ハイ!」ありがとうございます、センパイ。
「で、さ。……さっき、プレゼントその1と仰った?」
「はい」
「その1があるなら当然……」
「その2も、あります」
「教えてくれる?」
「……え、と。あの、……恥ずかしいんですけど、今度週末にセンパイのおうちに行った時に、
以前からのセンパイの要望にお応えしようかと……」
「それって、もしかして裸エ」
「そういうことです!」センパイが全部言い終わる前に遮る。だって、ものすごく恥ずかしいんですよ。
「そうかぁ。それは楽しみ」
でも、センパイの嬉しそうな顔を見るのはあたしも嬉しい。
それから少しの間、他愛の無い話をして過ごした。
やっぱりセンパイと二人の時間が大切だと再認識させられた。


楽しい時間を過ごし、帰ろうとするセンパイを思い切って呼び止めた。
「せ、センパイっ……!」
呼び止めてしまってから、何を言えばいいのか、考えていなかったことに気づき、慌ててしまう。
「何だ、なごみ?」センパイは笑顔でこちらに戻ってきた。ああ、ええと、何か何か言わなくちゃ。
「……あの、おお別れする前に、ぎゅーって、してもらえませんか……?」
「え?」センパイは怪訝そうな顔をする。
言ってしまってから、激しく後悔。ああ、またわがまま言ってセンパイを困らせてしまう。呆れられてしまう。……どうしよう!
「あ、あの、べ別にせセンパイがお厭ならけ結構なんですけどあの、……え!?」
しどろもどろになっているあたしを、センパイがそっと抱きしめてくれた。
「しぇ、しぇんぱひっ……!?」
自分でも分かるくらい、顔が熱い。きっとポストみたいに真っ赤になってしまっているだろう。
「これで、いいかな?」
「は、はひ」もう、何も考えられない……。
ぎゅっと。ぎゅーっと。ふにゅ、センパイ、あったかいですぅ……。
センパイの体温。
センパイの吐息。
センパイの鼓動。
センパイの、センパイの、センパイの……。あたまのなかがまっしろに。
「甘えん坊だなぁ、なごみは」


そういってせんぱいはにゃごみのあたまをやさしーくなでなでしてくれました。……って、思わず幼児退行してしまうくらいに心地いい。
「すごく、温かいです。センパイ……」
「バカ。温かいのはなごみの方だ」
「あぅ……」
どれくらいそうしていただろう。やがてセンパイがゆっくりと体を離した。
「これでOK?」
「だだだっ大OKです!」何を言ってるのか分からない。
「ん。名残惜しいけど、もう帰らないと。遅くなると乙女さんがうるさいから」
残念だけど、仕方が無い。週末になれば鉄先輩は実家に戻り、一日中センパイと一緒に過ごせるんだし。
「そう、ですね。どこまで用足しに行ってたんだって話になりますね」
「そういうことだ。んじゃ、また明日、学校で」
「ハイ。おやすみなさい、センパイ」
「おやすみ、なごみ」
センパイが言い終わるのと殆ど同時に、あたしは背伸びすると素早くセンパイの唇に自分の唇を重ねた。
ほんの、一瞬の、くちづけ。
センパイはちょっと戸惑ったようだけど、すぐに微笑み、
「今夜は良く眠れそうだ」
「あたしもです」
センパイはもう一度、あたしの頭を撫でてからおやすみを言うと手を振って、帰っていった。
あたしは見えなくなるまでそこでセンパイの背中を見送っていた。
おやすみなさい、センパイ。
なごみは、明日も頑張れそうです。


(作者・名無しさん[2005/09/30])

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