「まだかな、女子」
「おいフカヒレ、あんまり物欲しそうな顔すんなよ」
「バッカ、女子の手作りクッキーだぜ?これが欲しがらずにいられるか」
「そんなに欲しいならカニのクッキー食えよな」
「それはやめてくれ、まだ死にたくない」
今日の6時限目、女子は調理実習でクッキーを焼いているのだ。
まあ義理でくれるものでも食べたくはあるけど。
「!・・・来たっ!」
廊下からかすかなざわめきが聞こえてくる。
とたんに静まり返る教室内の男子。
・・・なんか必死っぽくてイヤだな。
それに、俺の場合誰かにクッキーをもらうことよりも
いかにカニのクッキーから逃げるかのほうが重要だ。
・・・あれは毒だからな。
静まり返った教室に女子が入ってくる。
カニが入ってきたのを確認して
反対側のドアからこっそりと廊下へ出た。
後はスバルとフカヒレが犠牲になってくれるだろう。
と、後ろから鈴を転がすような声で呼びかけられた。
「どしタネ対馬クン?具合でも悪くなたカネ?」
独特のしゃべり方で誰なのかはすぐわかる。
「あ、豆花さんか・・・いや、そういうわけじゃなくてね。
 カニのクッキーから逃げてきたってとこ」
心配してくれたのかな?だったら悪いことしたかも。
「ならよかタネ。カニちは味見しないから、食べるのコワイネ。
 ・・・対馬クン、ワタシのクキー、食べルカ?」
豆花さんのクッキーか・・・
料理部の部長をやっているぐらいだから味は期待できそうだし
なによりせっかく言ってくれているのに断るのは失礼だ。
「喜んでいただきます」
「ハイ、召し上がれ」
もらったクッキーは、上品な甘さで美味かった。


「チキショー、なぁんでレオだけカニクッキーから逃げてんだよぉ!」
夜。例によって俺の部屋に集まった幼馴染みどもが俺を糾弾する。
ちなみに、カニはいない。
自分のクッキーの残りを食べて、具合が悪くなったらしい。アホめ。
「レオはいつの間にか教室抜け出してやがったからな」
「ま、カニから逃げることで他の女子のクッキーも放棄したわけだから
 そこだけは俺の勝ちだな」
「いや、俺は豆花さんに貰ったから」
「ナニィ!?てめ、どういうことだよソレ!?」
「どういうことって・・・廊下に出たら、豆花さんが追いかけてきてくれた」
「へー・・・彼女、レオに気があるのかな?」
スバルがニヤニヤしながら俺を冷やかす。
「考えすぎだろ、彼女は割と誰にでも優しいじゃん」
「まあそうだけどさ・・・けど、豆花さんって人気あるわりに
 狙ってるヤツはいないんだよな」
フカヒレは妙にそういう情報に詳しい。けど、ちょっと意外だな。
「・・・そうなの?」
「少なくとも2ーCにはいないっぽいぜ」
「なんでかな。いい人じゃん。優しいし頭良いし家事できるし」
「んー・・・やっぱ留学生ってことで、遠慮みたいなもんがあるんじゃね?」
ああ。なんとなくわかるな、それ。
「カニと浦賀さんが仲がいいのも、その辺だな。
 遠慮しないカニと空気が読めない浦賀さんだから
 豆花さんとも普通に仲良くできる」
スバルがクールに分析。
なるほど。アホも場合によってはいいことがあるわけだ。
「けどさ、そういう遠慮ってなんか失礼じゃないかな」
「そう思うんなら、自分が仲良くなってみりゃいいだろ坊主」
「お、ついにレオもテンションを上げる相手を見つけたか?」
「バーカ、そんなんじゃねえよ。クラスメートなんだから
 変な遠慮はしないようにしようぜ、ってこと」
「ふーん・・・ま、お前の思うように動いてみな」


「さて、今日も体育武道祭の準備を応援しないとね。
 ヘルプ要請が来てるところを重点的に。
 では、各自作業開始!」
姫のテキパキとした指示が竜宮に響く。
体育武道祭もただ参加してただけだったけど、今年は生徒会だから忙しい。
さて、俺は大道具の整理だったな・・・
と、コンコンとドアがノックされる。
「誰かな?・・・どうぞー」
入ってきたのは豆花さんだった。
「あら?どうしたの?」
「チョット困たコトになテネ、手伝てほしいコトあるのネ」
「豆花さんが来るってことは、竜汁のことかしら?」
「さすが姫ネ、実はそうなノネ」
豆花さんによると、毎年振る舞い料理として出される
竜鳴館の名物、竜汁の材料が発注ミスで足りないのだそうだ。
「今から注文しても間に合わないノネ。市場まで仕入れに行くケド
 料理部は女の子しかいないカラ、重くて運べないノネ。
 だから、力仕事できる人貸して欲しいネ」
「なるほど、荷物持ちね。とはいえ、スバルくんはいないし
 フカヒレくんはさっき別の買い出しに行かせちゃったから・・・
 対馬くん、行ってきて」
・・・乙女さんの方が腕力あるんだけどな。
まあ、いいか。
「ゴメナサイネ、急に大変なコトお願いシテ」
「いや、気にしないでよ。じゃあ行ってくるよ姫」
「ヨロシクねー」
「・・・それで、買い出しで追加するのってどれくらい?」
「あのネ、里芋が15キロ、人参10キロぐらいいるノネ」
合わせて25キロか。そりゃ女の子にはツライな。
俺でもキツイかもしんないけど・・・
まあ、なんとかなるか。
「よっしゃ、任せといて!」


ぐぐぐぐ・・・見通しが甘かった。
先に買った人参10キロだけのときは楽勝だと思ったけど
15キロの里芋が追加されたらスッゲェ重い。
運びやすいようにザックを持ってきたけれど
肩に食い込むその重さに脂汗が出てくる・・・
う、イカン、豆花さんが申し訳なさそうな顔に。
「ゴメナサイネ、本当にゴメナサイ・・・」
豆花さんだって、牛蒡やネギを抱えて大変そうなのに
こんなところで弱音は吐けないぞ。
「いやぁ、これぐらいはトレーニングしてると思えばどうってことないよ」
多少無理をしてでも、平気な顔しててあげないとな。
しかし、ちょっと前の俺だったら音を上げていただろう。
乙女さんに感謝かな、うん。
「やぱり、対馬くん頼りになるネ・・・」
「いやぁ、それほどでも・・・ハハハ」
それから、学校につくまでいろいろなことを話した。
といっても、喋っているのはもっぱら豆花さんで
俺はときどき相づちを打つ程度なんだけど。
留学してきてからの苦労話とか
カニや浦賀さんと仲良くなったきっかけとか・・・
いろいろ話をしてくれた。
今までこんなに豆花さんと話したことなかったな。
それに、たいがいカニや浦賀さんが一緒だから
二人っきりになるってあんまりなかったような。
ちら、と隣を歩く豆花さんを見る。
・・・可愛いよな、普通に。
「なにカネ?」
「あ、いや・・・別に」
う、なんかドキドキしてきた。
「そうネ、学校ついたら、お礼にちょとだけ対馬クンにご馳走するネ」
「え、ホント?よっしゃ、やる気出てきた!」
意気込む俺を見てクスリと笑う豆花さんは・・・すごく可愛かった。


そうこうするうちに学校に帰り着く。
家庭科実習室では、、料理部の女の子たちが黙々と竜汁の仕込みをしていた。
「皆、追加の材料来たヨ!もう一踏ん張りネ!」
豆花さんの声に皆が一斉に顔を上げ、オーッと気合いを入れる。
・・・けっこう熱いんだな。さすが竜鳴館。
それぞれが受け持ちの材料を持ち場に運んでいく間
豆花さんがペコリと頭を下げる。
「対馬クン、ホントに、アリガトネ・・・
 約束通り、美味しい物作るカラ、ちょと待てテネ」
「え、今から作るの?」
「モチロンネ!感謝の気持ち込めるのに、手作りイチバンネ!」
てっきり、出来合いのお菓子でも貰えるんだろうぐらいに思ってたのに。
「それじゃ、手を煩わせちゃって悪いよ、忙しいのに」
「ダイジョブネ、すぐできるヨ!ちょとソコ座て待つネ」
そう言うと、豆花さんが嬉しそうな顔でエプロンをつけて調理台に向かう。
同じ2年生の子がつつつ、と豆花さんに近寄っていく。
「ね、アレが・・・の・・・人?」
何か囁いてるがよく聞こえない。
「アナタ今それどころじゃナイネ!早く牛蒡の皮剥くネ!」
周りを見れば、ちょっと皆手が止まってて・・・なぜか俺を見てる。
「皆も何してルカ!早くしないと間に合わないヨ!」
豆花さんは顔を赤くして怒っている。まじめだなぁ。
怒ってる顔も・・・可愛いかもしんない・・・
と、豆花さんがお皿とティーカップを持って俺のところに。
「お待たせネ。簡単なモノで申し訳ないケド、食べてほしいネ」
お皿の上にはホカホカと湯気を立てているホットケーキ。
蜂蜜とジャムが添えられている。これは美味しそうだ。
「重いモノ持って疲れたと思たカラネ、甘いモノ作たノヨ」
「うん、ありがとう。じゃあご馳走になります」
さっそく一口。
「ん・・・美味い!」
豆花さんの顔がパァッと輝いたような気がした。


竜宮に戻ってからも散々こき使われて
ようやっと作業が終わったらすっかり日が暮れてしまった。
とっとと帰ろうと思ってふと校舎を見ると・・・
まだ灯りのついてる教室が。
あれ、家庭科実習室か?
・・・まだ竜汁の準備してるんだろうか。
今日は体育武道祭の準備で下校時刻の制限はないらしいけど
まさかこんな時間までやってるんだろうか。
灯りの消し忘れかもしれないし、ちょっと覗いてみるか。
実習室の前まで来ると、中から
トントン・・・トントントン・・・
包丁の音?
まだ作業してるのか。大変だな。
ノックしてみる。
「もしもーし。生徒会執行部のものだけどー」
『あ、対馬クン?どぞ、入てネ』
豆花さんの声だ。
「お邪魔しまーす・・・あれ?」
さっき何人もおいた料理部の女の子たちは・・・?
「豆花さんだけなの?」
「もう遅いからネ、皆には帰てもらたネ」
豆花さんのそばには、野菜が積み上げられていて
その反対側には下拵えの終わった材料が山のように・・・
「これ・・・豆花さん一人で・・・?」
「注文の数確認しなかたノ、部長のワタシのミスネ。
 それで作業遅れたカラ、ワタシが責任とて作業するネ。
 ダイジョブ、明日までには必ず終わらせルネ!」
そう言うと、疲れた顔で、それでもニコッと笑う。
「お・・・俺に手伝えることない!?」
思わず口走った。
助けてあげたい。力になってあげたい。
心の底から、そう思った。


一瞬キョトンとしてから、豆花さんが嬉しそうな顔になる。
「ダイジョブヨ、ワタシ一人でも何とかなるネ。
 でも、そう言てくれるダケで嬉しいヨ。
 対馬クン優しいネ。デモ、ホントダイジョブヨ?」
「いや、是非手伝わせてほしい。
 それに、こんな俺でもいないよりはマシ・・・かもしんないし。
 少しでも早く終わった方がいいでしょ?」
豆花さんはちょっと手を止めて、んー、と考えている。
「それナラ・・・あちの袋に入てる野菜
 出して運んでくれると助かるネ。
 重いから沢山運べなくて、効率悪かたネ」
「了解!」
こうして、俺もわずかながら手助けをすることになった。
俺が運んだ野菜を
豆花さんはドンドン切ったり削ったり皮を剥いたりして
まとまったところでビニール袋に詰めていく。
「次、人参お願いネ」
「よし来た!」
「次は里芋ネ」
「任せて!」
山のようにあった野菜も、だんだんと減っていき・・・
「これで・・・お終いネ!」
最後の牛蒡が全部笹掻きにされて、作業は終了したらしい。
「お疲れさま!・・・って、うわ、もう8時!?」
「これでも、思てたよりずと早く終わたネ。
 対馬クンのおかげネ。ホントに、ホントにアリガトネ!」
「いや、俺はたいしたことしてないよ。
 頑張ったのは豆花さんだよ。
 それより、遅いから今日はもう帰ろう。俺、送るよ」
「あ・・・アリガトネ・・・ワタシ、とても嬉しいネ・・・」
ニコニコしていた豆花さんの顔が、きゅ、と少し歪む。
?疲れてるのかな・・・早く送ってあげよう・・・


二人ですっかり暗くなってしまった通学路を歩く。
「対馬クン・・・?」
「なに?」
「何か・・・今日のお礼、したいネ」
「え・・・い、いいよ別に。荷物運びは生徒会の仕事でしたんだし
 今手伝ったのだって、ただのお節介なんだから
 そんな気にしないで・・・」
「そうはいかないネ。このままお礼しないでいたら
 ワタシ対馬クンと顔合わせられないネ・・・」
あー。そりゃ・・・困るっていうか・・・イヤかな。
「それじゃあ、そのうち何かしてもらう・・・かも」
「ウン!必ずネ、何でも言てネ!」
ただの義理堅さ・・・なんだろうか。
それとも・・
いやいや、見返りの好意を期待して手伝った訳じゃないだろ対馬レオ。
あのときは純粋に、頑張ってる豆花さんの力になりたいと
そう思っただけのことで・・・
だけど
俺の隣で本当に嬉しそうにしている豆花さんを見ていると
どんどん期待で胸が膨らんで、心臓がドキドキしてきて・・・
「・・・ドキドキしてるネ」
「え!?」
気づかれた!?
「ワタシ・・・こうして男の子と二人で歩くの、初めてネ。
 こういうの・・・すごく憧れてたネ・・・
 だから、今すごく、ドキドキしてるネ・・・」
「あ、ああ・・・アハハハ、は、初めてじゃ誰でもそうだよね」
「違うネ・・・たぶん、対馬クンだから・・・ドキドキする、ネ・・・」
「お・・・俺もドキドキしてる・・・きっと、豆花さん、だから・・・」
そのまま黙ってしまって歩き続ければ、やがて分かれ道。
「・・・ワタシ、こちの道ネ。ここでさよならネ・・・」
何度も振り返る豆花さんを、曲がり角でいつまでも見送っていた。


「ずいぶん遅かったな?生徒会の仕事はとっくに終わっていたはずだが」
家に帰れば乙女さんがお茶を飲みながら俺を待っていた。
「・・・乙女さんは、俺と一緒に帰ってドキドキする?」
「なんだ藪から棒に?別にお前と一緒でドキドキなどするわけがなかろう。
 ・・・お前は・・・するのか?」
「いや、全然」
「む・・・なんだか馬鹿にされたような気がする」
「いや決してそういうわけでは!」
「・・・まあいい。晩飯は食べたのか?」
「あ・・・まだだった」
なんだか・・・胸がいっぱいで食欲を忘れていた。
「そうか・・・まあ何があったか知らんがお握りでも食え」
どっちにしたってお握りだし。
「いや、あまり食欲が・・・」
「食事は体の基本だ。悩みがあるにしてもキチンと食べろ」
「・・・乙女さんは悩んだりして食欲がなくなったことないんだろうね」
「失礼なヤツだな!?私は名前の通り乙女なんだぞ?
 悩んで食欲がなくなったことなぞしょっちゅうだ」
「だったら今の俺の状態も察してよ」
「食欲がなくても食事はできる。食べ始めれば入ってしまうものだ」
そんなの乙女さんだけだい・・・
「ほら、口を開けろ。私が詰め込んでやる」
「む、おむぐぁんぐぅぁうー!」
結局、窒息させられる前に自分から食べ始めた。
そして乙女さんの言ったとおり、けっこう入ってしまった。
「そら見ろ」
くそう、俺の悩みが軽く見られたみたいでなんか悔しい。
「明日はいよいよ体育武道祭だな」
「そうだね・・・乙女さんは竜汁ってどう?」
「うん、あれも楽しみの一つだな。
 試合がなければ何杯でもお代わりしたいぐらいだ」
「だったら、今年は期待してよ。きっと今までで最高の出来だから」


そして体育武道祭、初日。
初日は割と普通の競技ばかりなので
そこら辺の学校の体育祭とあまり変わらないが
よそと大きく違うとすれば
やはり振る舞い料理の竜汁が出ることだろう。
今年は俺もちょっとだけ手伝ったから出来が気になる。
というより、あんなに豆花さんが頑張ったんだもんな。
皆が「美味い!」と言ってくれるのが待ち遠しい・・・
「対馬クン・・・対馬クン!」
「うわ!?」
考え込んでたらいつの間にか豆花さんが側に立っていた。
「どしたネ?何か考えてたカ?」
「あ、いや別に・・・あれ?」
豆花さんは手に湯気の立つお椀が乗ったお盆を持っている。
「もう竜汁できたの?」
「ん・・・配るのはこれからネ。これは・・・
 い、イチバン最初に・・・対馬クンに食べてほしかたネ」
頬を赤く染めて、豆花さんがお盆を差し出す。
「・・・いいの?」
こく、とうなずく豆花さん。
「じゃ、ありがたく・・・」
お椀に手を伸ばしかけて気づく。
なんか・・・周りの視線が痛い。
ニヤニヤしてる顔。ふくれっ面。嫉みの目。
いろいろな表情が俺と豆花さんに集中している。
「・・・いただきます」
ガッとお椀を掴むと、そのままグッと啜る。
熱い!・・・けど、美味い!
「うん・・・美味しいよ!」
「よかたネ・・・ワタシ、とても嬉しい、ネ・・・」
ヒューヒューと冷やかす声の挙がる中
俺は一気に竜汁を平らげた。


体育武道祭も無事終了。
生徒会の仕事はこれで一段落ついたらしいけど
もう少しすると憂鬱な期末試験、か・・・
試験が終われば楽しい夏休みだし
豆花さんと・・・もうちょっと仲良くなりたい、かな・・・
なんてことを夕食後、ぼんやり考えているうちに
夜の対馬ファミリー集会。
「ったく、オメーが豆花狙いとは知らなかったぜ」
「別に狙ったとかそんなんじゃねえよ。気がついたら・・・その・・・」
「うわ、何コイツデレデレしやがって。あームカツク!」
くそう。こういう展開になる気はしていたが。
「で、どうなんだ坊主?」
「どうって?」
「だから、進展状況だよ。デートぐらいはしたんだろ?」
「いや・・・そういうのは・・・まだ」
「ってオメーもハッキリしねえ野郎だねまったく。
 ・・・豆花はまんざらでもない感じだぜ?」
「え、そう?」
「ボクやマナといてもさ、何かってぇと『対馬クンがネ、対馬クンがネ』って
 もううるせーのなんの。さっさと引き取れヘタレ」
「・・・今のって豆花さんの物真似か?」
「他のなんだってんだよ?似てたろ?」
く・・・ちょっと似てると思ってしまった俺が悔しい。
「バカ、豆花さんはなぁ!・・・もっと、こう・・・
 なんて言うか・・・もっといいんだよ!」
「あーハイハイそうですか・・・ま、豆花はいいヤツだかんね。
 オメーみたいなヘタレにゃもったいないぐらいなんだから
 その気あんならしっかりしな?」
「とりあえず、デートぐらい誘ってみたらどうよ?
 そんな難しく考えねーでさ」
「デートかぁ・・・うーん・・・どうしようかな・・・」
「・・・ホンット、ヘタレだねオメー・・・」


来週はもう試験だし、今週誘うのは・・・迷惑かな。
なんて考えてるうちに早くも金曜日。
いかん、何もしないまま1週間が!?
マズイ、家に帰れば乙女さんに勉強させられるのは目に見えてるし
これはもう今日の放課後誘うしかない!
行き当たりばったりで何も計画してないけど・・・
ええい、迷うな俺!
HRが終わった直後、思い切って声をかける。
「豆花さん、豆花さん」
「ん?なにカネ対馬クン」
「えと・・・ちょっと廊下で・・・」
さすがに、まだ教室の中で誘えるほどじゃないし。
「あのさ、試験目前でなんなんだけど・・・
 今から遊びに行かない?
 ほら、その・・・お、お礼してくれるって言ったじゃん?」
「言たネ。でも、これはお礼にはならないネ・・・
 だて・・・ワタシも誘てほしいとずと思てたからネ!」
豆花さんの顔が嬉しそうにほころぶ。
「じゃ・・・OK?」
「モチロンネ!・・・正直、なかなか誘てくれないカラ
 ワタシちょとガカリしてたネ・・・
 でも、待ててヨカタネ!」
くう、嬉しいこと言ってくれる!
「ごめんね、待たせちゃって・・・じゃ、行こうか?」
「ウン!」
と、背後からどっと沸き上がる歓声。ヒュヒューという口笛。野次。
「!?」
振り向けば・・・クラス中が反対側のドアや窓から顔を出して
俺たちのこと・・・見てた!?
「おあっ!?お・・・お前らなぁっ!?」「アイヤー・・・」
それでも、俺は豆花さんの手を取る。彼女は、しっかりと握り返してくれる。
クラスメイトの冷やかしの声に送られて俺たちは廊下を歩き出した。


カニや浦賀さんと一緒に遊んでいるせいか
豆花さんも思っていたよりは遊びには慣れていた。
制服のままだし放課後の短い時間なんで
そんなにたくさんは遊べないけど
それでも、すごく・・・幸せだった。
あまり他の連中が来そうにない、ちょっとはずれにある喫茶店で
お茶しながらいろいろなことを話す。
「けど、来週はもう期末試験なんだよなぁ・・・ちょっと憂鬱」
「デモ、試験が終われば、夏休みネ」
「豆花さんは成績いいからなぁ・・・豆花さんの進路ってやっぱり進学」
「そうネ、ワタシ進学するヨ」
「・・・豆花さんと同じ所に入るのは俺には大変そうだなぁ」
「そんなことないネ。対馬クン、頑張ればできル人ネ」
「そうかなー・・・」
実際、クラスで5本の指に入る秀才の豆花さんレベルには
よっぽど頑張らないと・・・
と、豆花さんがそっと俺の手に手を重ねる。
「頑張てほしいネ。ワタシ、頑張てル対馬クンが・・・好きネ」
「!」
こんなに・・・こんなに勉強しようと思ったのは
生まれて初めてだ。
頑張ろう。頑張って、彼女の期待に応えて・・・
また同じ学校で勉強して・・・
重ねられた豆花さんの手を握り返す。
「俺、頑張るよ!今年すぐってわけには行かないかもしれないけど
 卒業するまでには、必ず追いついてみせる!」
「その意気ネ!
 ・・・もう、ずいぶん時間たたネ。そろそろ帰るネ。
 今日は・・・楽しかたヨ。アリガトネ、対馬クン」
喫茶店を出て、手を振りながら歩いていく豆花さんと別れてから
俺は急ぎ足で家に戻る。
目標に向かって、頑張るぜ!


「また遅かったな。蟹沢から聞いたぞ。
 試験前だというのにデートとはいい身分だな」
帰った早々、乙女さんのお小言が待っていた。
しかし今の俺はそれしきでは怯まないぞ。
「デートで遊んでいたことに関しては言い訳しないよ。
 でも、おかげで勉強する意欲が沸いてきたから
 これからの俺を見てほしい」
「うむ。相手は留学生の優等生だからな。
 相応しい男になれるよう頑張ろうということか。
 ・・・いいだろう、ビシビシしごいてやるぞ!」
「お願いします!」

土日はビシビシと乙女さんにしごかれた。
だけど、それが全く苦にならない。
乙女さんには申し訳ないけれど
今までは、心のどこかに勉強することを望まない自分がいた。
今の俺は違う。
ときどき、豆花さんに会いたいな、とかは思うけれど
彼女のことを思い出す度にさらにやる気がかき立てられる。
「乙女さん、ここの和訳なんだけど・・・乙女さん?」
「ん?・・・ああ、スマンな。ちょっと考え事をしていた」
「困るよー、俺やる気なんだから」
「そうだな・・・しかし、今のレオは実にいい目をしている。
 やはり、キチンとした目標があると違うものだな。
 今まで、そういうものを与えてこなかったのは私の手落ち、か・・・」
ああ、俺がやる気なのに乙女さんの方が黄昏てしまっている。
「でも、今まで乙女さんがいろいろ見てくれたから
 今の目標が立てられたんだと思うよ。
 だから今はこれまでの乙女さんの厳しさにも感謝してる」
元気づけたい、ってのもあるけど、これは本音だ。
「そうか・・・よし、わからないところはどこだ?うむ、ここはな・・・」
こうして、勉強漬けで土日は過ぎていった。


そして月曜日。いよいよ今日から期末試験だ。
「あーダリィ・・・試験なんてものを考えたヤツは
 とっとと地獄に落ちやがれってカンジ?」
憂鬱そうなカニと学校へ。
アホのくせに普段から勉強していないと試験のときこうなる。
「オメーは何ヨユーこいてんだよ?」
「ふっ・・・俺はやるときはやるからな」
「・・・なんかビミョーに熱血入ってね?」
「まあな。対馬レオは恋を知って生まれ変わったのさ!」
「うわ、朝っぱらからハズカシーヤツ!
 っと、オメーを生まれ変わらせた張本人が来たぜ。
 オーイ、豆花ー!」
「え、どこ?」
カニが手を振った方に目をやれば
確かに豆花さんが歩いていて、こちらをチラと見ると・・・
そのままスタスタと歩いていってしまった。
あれ?
「んだ、アイツ。気がつかなかったんかな」
いや、確かにこちらを見たと思ったけど・・・
先を急いでたのかな。
まあいいや、後で教室で会えるし。
「閉門1分前〜!」
ヤバ、乙女さんの閉門を知らせる声が聞こえる!
豆花さんもそりゃ先を急ぐわけだ。
試験初日だってのに遅刻するわけにはいかない。
「カニ、走るぞ!」
「オゥヨッ!」
「15、14、13、12、11・・・」
乙女さんの待つ校門へ必死で駆け込む・・・ぎりぎりセーフ!
目を前に向ければ・・・少し先に豆花さんがいた。
「カニ、先に行くぞ」
息をついているカニを残して、俺はさらに足を早めた。


「や、おはよう豆花さん!」
追いついたところで声をかける。
ちら、とかすかに振り向いた豆花さんが
「オハヨ、対馬クン」
軽く挨拶を返してくる。
何か素っ気ないような。
照れてるのかな?
「今日から期末試験、頑張ろうね」
「そうネ。HR始まるから、急ぐネ」
「え・・・あ、ああ・・・うん」
スタスタスタ・・・
ニコリともしない。
冷たい顔のままそう答えると
呆気にとられている俺を残して、豆花さんは歩いていってしまう。
何だろう。
何か急に・・・豆花さんがよそよそしくなってしまった。
追いついてきたカニが冷やかす。
「なんだよオメーラ、デート一回でもう破局?」
「うっ・・・うるせーよっ!」
う、つい・・・怒鳴り声をあげてしまった。
ビク、とカニが体を震わせる。
それぐらい・・・自分でもわかるほど、苛立ってしまっていた。
「・・・わ、悪ぃ・・・じょ、冗談だよ」
カニに当たったってしょうがないんだよな。
「いや・・・俺の方こそすまん、カニ・・・つい・・・」
「と、豆花もさ、試験前で苛立ってたんじゃね?
 そんな気にすんなよ、な?」
そう・・・なのかな。
そうだと思いたい。
気にはなるけど、今は試験に集中しよう。
話をするのはその後でもいい。
そう自分に言い聞かせて、俺も教室へ向かった。


だけど、試験期間中は、豆花さんはずっとそんな感じだった。
大事な試験中にベタベタしていては俺のためにならない。
そんな豆花さんなりの気遣いなのだろうと思って
我慢して俺は勉強を頑張った。
その甲斐あって、多少だけど成績も上がって
少しでも胸を張ってまた豆花さんのそばにいられると思っていたのに・・・
その後も豆花さんはよそよそしいままだった。

「豆花さん、一緒に帰らない?」
「今日は国カラ荷物送てくるネ。すぐ家帰るネ」

「豆花さん、よかったら一緒に勉強・・・」
「ワタシ、マナとカニちの先約あるネ。別の人頼んでほしいネ」

「豆花さん、お昼いっしょに・・・」
「今日は料理部の集まりあるネ。また今度ネ」

いやな顔をされている訳ではない。
だけど・・・ニコリとも笑ってくれない。
ただ無表情に、淡々と。
まるで赤の他人に断りを入れるような対応。
豆花さんが、元々の距離よりも、もっと遠くに感じる。
これなら・・・こんな生殺しみたいな関係でいるなら
いっそ嫌われたほうがまだマシだ・・・
「なんかさー、オメーラがギクシャクしてっと
 ボクもなんか居心地悪いんだよね。
 オメーなんか豆花怒らせるようなこと言ったかしたんじゃねーの?」
そうなんだろうか。全然心当たりがない。
「カニ・・・豆花さんに探り入れてみてくんねーか」
「んー・・・気が進まないけど・・・ま、やってみるか」
「・・・スマン」
藁をもつかむ気持ちで、俺はカニに望みを託した。


その夜。
カニはいつものように窓からではなく玄関からやってきた。
見るからに・・・しょげていた。
「お前が凹んでどうする」
「うるせーよ。
 ま、今日豆花と話したこと、言うだけは言うから・・・」
緊張する。どんな理由で避けられていたのか。
それがわかれば、直していけばいい。
「ボクはそれとなく、なんて面倒なことできないからね。
 だからハッキリ聞いたよ。
 レオのどこが悪いのか、ってね」
「・・・それで?」
「・・・アイツが言ったとおりに言うぜ?」

『対馬クン、いい人ネ。でも、デートしてわかたネ。
 ワタシこれ以上対馬クン好きにはなれないネ。
 だから、これ以上つき合ても仕方ないネ』

「・・・だってさ」
「・・・それって・・・俺は「いい人止まり」ってことか」
「別に・・・嫌ってるわけじゃないけど・・・
 恋人にはなる気がないから、少し距離をおきたいんだと」
「そうか・・・」
「アイツさ・・・ときどき、ドライなんだよな。
 けど、悪気はないと思うんだ。
 ズルズルつきあって傷口広げるより・・・」
「かまうもんか」
「・・・へ?」
「豆花さんがつける傷なら、どんな傷でも受ける!
 いい人止まりなら、その先に進んでみせる!」
「そっか・・・マジ、なんだなオメー」
「ああ、大マジだ・・・カニ、ついでにもう一つ頼まれてくれるか?」


夜の松笠公園で一人待つ。
カニに頼んで・・・カニの名前で豆花さんを呼び出した。
騙し討ちみたいで気が引けるけど
こうでもしないと話し合いすらしてくれない。
やがて現れる、待ちこがれた姿。
「豆花さん・・・」
「対馬クン?・・・アイヤ、カニちに騙されたあるネ」
一瞬で事情を悟ったのか、くるりと来た道を引き返そうとする。
「待って!頼む、待ってくれ!」
走りより、その肩をつかむ。
「俺の・・・俺のどこが悪い?何が足りない?
 言ってくれ・・・俺、頑張るから!
 好きになってもらえるよう頑張るから・・・!」
「・・・別に、今のままの対馬クンで十分ネ」
・・・へ?
「今のままの対馬クンで、ワタシもう十分に・・・好きネ。大好きネ。
 でもネ・・・恋人には、ならないほうがイイネ・・」
「な・・・なんだよそれ!?す、好きだって言うなら
 俺と一緒に・・・!
 俺、豆花さんのそばにいたいんだよ!」
「ワタシもネ、対馬クンと一緒にいたいネ・・・
 でもダメネ、ワタシたち・・・進む道、違うネ。別れ、必ず来るネ・・・
 近すぎる人、別れツライネ。だかラ・・・」
「進む道って・・・
 豆花さんだって進学だろ!?
 俺頑張って同じ学校入れるようにするから!」
ふるふると
豆花さんが首を横に振る。
ポロポロと
そのたびに涙がこぼれ落ちる。
そして、やっとというように言葉を紡ぐ。
「ワタシ・・・の、進学先・・・中国の大学、ネ・・・」


ガン!と頭をハンマーで殴られたよう。
なんで・・・今までそんなこと思いつかなかったんだ。
ずっと一緒にいると。
ずっと日本にいると。
勝手にそう思いこんでいた。
「竜鳴館卒業したラ、ワタシ中国に帰るネ・・・
 あと・・・1年半ダケの恋人なんて・・・つらすぎルネ。
 対馬クンが恋人なたら・・・なおさら、ネ・・・」
そう言って豆花さんは笑う。
笑いながら、顔がきゅ、と歪む。
1年半。長いのか短いのか。
いや、問題は長さじゃない。別れの時がハッキリしすぎてる。
きっと・・・つらい別れが待っているだろう・・・
「 そ れ で も っ ! !」
そう。それでも。たとえどんな別れが待っていようとも。
変えられない。誤魔化せない。自分の、気持ちだけは。
「それでも・・・俺は、キミのそばに、いたい・・・
 1年半だけでも・・・1日半でもいい・・・
 先のことなんか知らない・・・傷ついてもいい・・・!」
俺はわがままだ・・・自分が傷つくだけじゃない。
豆花さんだって傷つくはずだ。
それをわかっていてなお、彼女に懇願する。
懇願せずにはいられない。
彼女のほっそりとした体を引き寄せ
胸の中に抱きしめる。
抱きしめずにはいられない。
「対馬クン・・・思てたより、アホネ」
胸の中・・・豆花さんはかすかに笑ったような気がした。
「ごめん・・・俺、どうしていいかわからないから・・・」
「もう、いいネ・・・
 ワタシも・・・もう、アホになてしまたネ・・・
 今の対馬クンが、この先、一生の全てより・・・大事ネ」


夜の公園のベンチに並んで腰掛ける。
二人とももうあまり喋らない。
「・・・対馬クン、冷たく当たて・・・ゴメナサイネ・・・」
「もう・・・いいよ」
これから、どうなるのか。
今のお互いの気持ちは通じ合った。そう思う。
「1年半・・・か・・・」
「やぱり・・・後悔してる、カ?」
「いいや、全然。1年半あったら・・・
 何かいい方法思いつくかもしれない。そんなこと考えてた」
「・・・そうネ・・・
 もう、夜遅いネ。今日は、これで帰る、ネ」
「そう、だね・・・送るよ」
「ウウン、ここで・・・ダイジョブヨ・・・」
そう言ってから・・・彼女がそっと俺の耳元で囁く。
「・・・我 愛 イ尓・・・」
「・・・え?なに?ウォ・・・?」
よく聞き取れなかった。中国語かな?
「我 愛 イ尓・・・中国の・・・・・・挨拶、ネ」
「へぇ・・・そうなんだ。えっと・・・ウォアィニー?」
「我 愛 イ尓。我 愛 イ尓、対馬クン・・・」
「どういうとき使う挨拶?」
「・・・この挨拶、使い方、難しいネ・・・
 ウカリ使うと、失礼なるネ。
 だから・・・ワタシが言たときだけ・・・返してほしいネ・・・」
「そっか・・・わかった」
「我 愛 イ尓・・・我 愛 イ尓、対馬クン・・・また明日、学校で、ネ・・・」
「うん、ウォアィニー、豆花さん。おやすみ」

青年が立ち去って、一人きりになった少女が夜の公園で泣き崩れる。
少女は泣きながら、ただ同じ言葉を繰り返す。いつまでも、いつまでも・・・
「我 愛 イ尓・・・我 愛 イ尓・・・我 愛 イ尓・・・」


「おっはよー対馬クン・・・おやぁ?」
翌朝。通学途中で姫に声をかけられる。
「おはよう姫・・・なに、俺の顔何かついてる?」
「んー、昨日までのどよーんとした感じが抜けてるから」
・・・そんなに俺どよーんとしてたんだろうか。
まあいいや。
「そうだ、姫。中国語でウォアィニーってどういう意味?」
「!ハハァン・・・それ、豆花さんに言われたのね?」
「うん、そうだけど」
「うーん、ニクイねコノォ!」
姫がつんつんと脇腹をつつく。
「な、なんだよ・・・挨拶ぐらい誰だってするだろ」
「は?挨拶?我 愛 イ尓って、中国語のI Love Youよ?」
「え・・・挨拶じゃ・・・ないの?」
「違う違う。私は貴方を愛しています。すごく真面目な愛の・・・
 あ、ちょっと!?」
校舎に走る。
馬鹿だ。俺は馬鹿だ。
あんなに・・・あんなに心を込めて言ってくれたのに
意味も知らないで。
ただの挨拶だと思って。
言ってしまった。我 愛 イ尓、と。
謝らなければ。
言い直さなければ。
今度は、心を込めて、ちゃんと言わなければ。
校門を駆け抜け、廊下をすっ飛んで
教室に飛び込む。
「豆花さんっ!」
見回しても、豆花さんはいない。
ただ、浦賀さんが豆花さんの机のそばでぼんやりたたずんでいた。
俺を見て、ぼそっとつぶやく。
「・・・豆花なら、来ぇへんで」


「来ない・・・?なんで・・・?」
「ウチが知るかいな・・・夜中に急に電話がかかってきたんや。
 今頃は・・・羽田やな」
「は、羽田って・・・なんだよ・・・?」
「羽田空港に決まってるやろ。
 なんや、10時半の飛行機らしいで・・・」
嘘だ。何かの冗談だ。
だって・・・だって「また明日、学校で」って言ったじゃないか。
俺に・・・最後の1年半もくれないのか?
あれが最後だったのか?
なんで急に?
いや・・・考えてる場合じゃない!
入ってきた祈先生と入れ違いに教室を飛び出す。
「あ、対馬さん?HR・・・」
「今日は休みますっ!」
松笠駅へとただひたすらに走る。
一本でも早い電車に乗るために。
一秒でもはやく空港に着くために。
走りながら必死に思う。
待ってくれ。
まだ行かないでくれ。
あと1年半あるって言ったじゃないか。
こっちにいられないなら
俺があっちに行ったってかまわないじゃないか。
それを考えるための1年半のはずだったじゃないか。
せめて・・・
せめて、気持ちだけでも伝えさせてくれ。
心を込めた言葉を言わせてくれ。
こんな終わり方で、離れていかないでくれ。
「豆花ーーーーっ!!」
知らず知らずに彼女の名前を叫びながら
涙も拭かずに松笠駅へと走り続けていた。


羽田空港に駆け込んだのは10時10分。
・・・間にあったのか?
ああ、だけど・・・この広い空港のどこに豆花さんがいるのか
皆目見当がつかない。
発着便の予定を見る。
10時30分・・・中国の方へ発つ便は・・・
くそ、わかんねえ!っていうかそんな便ないぞ!?
片っ端から走り回って豆花さんを探す。
どんどん時間は過ぎていく。
・・・10時20分・・・10時25分・・・
見つからない。
間に合わないのか・・・?
このまま・・・気持ちを伝えることすらできないで・・・
オシマイ、なのか・・・?
いや。
気持ちを伝えるだけなら、まだ間に合う。
大きく息を吸う。
胸も喉も張り裂けたっていい。
届くように。
想いが、胸の内が伝わるように。
精一杯の、大きな声で・・・!
「 豆 花 ーーーっ!!我  愛  イ尓 ーーーっ!!」
周りの人が何事かと驚いた顔で俺を見る。
知ったことか。
何度でも叫んでやる。
「我  愛  イ尓 ーーーっ!! 豆 花 ーーーっ!!」
聞こえるだろうか。聞いていてくれるだろうか。
聞いていてほしい。受け止めてほしい。
トントンと後ろから肩を叩かれる。空港職員とかだろうか。
くそ、俺の一生の問題なんだ。邪魔すんな。
「 豆 花 ーーーっ!!」
「そんな大きな声出さなくても聞こえるネ」


!?おそるおそる振り返る。
・・・豆花さん、だった。
「どしたノネ対馬クン?学校ドシタノ?」
「だ・・・だって!豆花さん帰っちゃうから!
 だから・・・だからっ・・・!」
胸にかき抱く。
「ひぁ!?つ、対馬クン!?
 な・・・何か、勘違いしてナイカネ?」
「だって!浦賀さんが10時半の飛行機でって!」
「そうネ。もう到着してるネ」
・・・到・・・着・・・?
「昨日ネ、あれから・・・ママに電話したのネ。
 そしたらネ・・・ママ、対馬クン会いたい言テネ。
 急に日本来ることになたノネ。ワタシ、迎えに来たノヨ」
「じゃ・・・中国に帰るわけじゃ・・・?」
「まだ1年半残てるノニそんな訳ないネ」
じゃ・・・俺の早とちり!?
よく考えたら、浦賀さん「帰国」とか全然言ってなかったじゃん!
「対馬クン、やぱりアホね・・・
 ワタシ、さきスゴク恥ずかしかたヨ・・・恥ずかしかたケド・・・」
俺の背中に、豆花さんの腕が回される。
「嬉しかタネ・・・とても、嬉しかタネ・・・
 気持ち、伝わたヨ・・・アリガトネ・・・
 我 愛 イ尓・・・我 愛 イ尓、対馬クン・・・」
「うん・・・我 愛 イ尓、豆花・・・我 愛 イ尓・・・」
堅く抱きしめあったまま、我 愛 イ尓と囁きあい
いつか二人の唇が重なる。
たくさんの人だかりが見ているけど
そんなことはもうどうでもいい。あんなデカイ声で叫んじゃったし。
周りから一人二人と拍手があがる。
それはやがて祝福の声と耳が割れんばかりの拍手になって
口づける俺たちを包んでいった・・・


何か気づいたようにハッとして
豆花さんが体を少し離す。
「イケナイ、忘れてたネ!
 ママ、もうすぐロビー出て来るけど・・・
 さきの対馬クンの声、聞かれたと思うと恥ずかしネ・・・」
ぐあ。
親が来ている場所で、我 愛 イ尓を連発してたのか、俺。
「・・・この際だから、ここでママに
 対馬クン紹介しても、いいカネ?」
「うん・・・まあ、いつかは・・・
 話し合わせて貰おう、とは思ってたし」
そうだ。
ずっと豆花さんが日本にいられるように。
でなければ俺が中国に行けるように。
いつかはお願いしなきゃならないんだもんな。
「でも・・・豆花さんのお母さんってどんな人なのかな。
 俺のこと、気に入ってくれればいいんだけど」
「それはダイジョブネ」
「そう?ならいいけど・・・」
「心配ないネ。ワタシとママ、よく似てる言われるのネ。
 だから・・・
 ワタシ好きになた人なら、きと気に入てくれルネ!」
満面の笑顔で、豆花さんが笑う。
そうだな。きっとうまくいく。
いや、うまくいかせなきゃ。この大好きな笑顔のために・・・
お母さんが来る前に
俺はその笑顔にもう一度キスをした・・・

TSUYO-KISS

THE ENDING OF TON-FA・・・


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/27])

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