「なぁ、今年の文化祭どうするんだ?」
 いつもの幼なじみとの集まりで、フカヒレが何げなく意見した。そういえば、そろそろそんな時期だったなぁと思い出す。
「今年は生徒会に入ってるからクラスにはあんまり顔出せないんじゃないの?」
「いやだ、それは絶対にイヤだ!」
 俺の意見にフカヒレが妙に力を入れて反発する。何か、今日のフカヒレ熱いな。
「いや、生徒会でやるならやるでそれはおいしいが、やっぱりクラスでやらなきゃイヤなんだ!」
「おぃ、どうせロクでもないこと考えてるんだろぅが。ボクは今レオの机いじるのに忙しいんだから少し黙ってろよ」
「お前はとりあえず死んどけ」
 前の失敗を考慮して、二重底を改造して三重底にしてあるので、大切な『大人の絵本』はさらにバレにくくなっているが、何せカニだ。こいつの勘の良さは犬並みなのでとりあえず縛り上げて机から引き離しておく。
 目がらんらんとしている辺り、もしかしたら最早気づかれたのかもしれない。
「うぉおいレオ、このボクを縛るとは。これはアレか? ついに目覚めたか?」
「破廉恥な甲殻類は黙ってなさい」
 カニに布団かぶせて防音完了。
「で、フカヒレは何を熱くなってんだ?」
 スバルがフカヒレに先を促すように会話に加わる。
「まぁ、聞いてくれ。俺はな、常日頃からこう考えている。女子は男に尽くすべきだと」
「まあ、耳にタコだな」
「そうだな、お前達にはよく言い聞かせているからな。……しかしどうだ、最近のクラスの女子たちはあまりに俺をないがしろにしすぎている気がするんだ。左を向けば『スバル君』、右を向けば『スバル君』、もうね、アホかと、バカかと」
 フカヒレが腕を組み、何かを考えるように顔を傾ける。実際、ピンクな事を考えているのだろうが。
「お前達は、そんなにスバルがいいのかと、お前達はそんなにホモ野郎がいいのかと」
「フカヒレ、オレはホモじゃねぇ」
「分かってる、分かってるさスバル。お前が好きになったのがたまたまレオだっただけなんだよな」
「それは否定しないが」
「うぉい、そこを否定してよ」
 俺、もしかしてギャルゲじゃなくて、腐女子向けBLゲームの主人公?


「じょーだん、だよ。冗談。それで、フカヒレ、結局何が言いたいんだ」
 スバルがさらに先を促す。正直、流れからいってどうでもいい方向の話っぽいんだけど、今日のフカヒレは無駄に熱いから聞いとかないと後でいじけそうなのだ。一応話を聞いておく。
「つまりな、俺は今年の文化祭にクラスでメイド喫茶をしてはどうなのかと思ったのだよ! さっき」
「さっきかよ」
 その割りには熱が入っているフカヒレ。
「まぁ、俺はどうでもいいけど、クラスの女子たちがそんなの許可すると思うか?」
「まぁ、そこはレオに頑張ってもらうとしてだな」
「うぉい、俺キタ?」
「まあまあいいじゃねえか」
「いや、ちっとも良くないが」
「まぁ、レオ。ちょっと想像してみろ。あの高慢ちきな姫がメイド服を着て奉仕するところを」
「……(想像中)……」
「……(妄想中)……」
「ナイスメイド! フカヒレ!」
「ナイスメイド! レオ! まあ、そういうことだ。協力してくれるだろう?」
「モチのロンよ。な、スバル?」
「まあ、俺もメイドはブルマの次に思う所あるしな。協力するぜ」
 三人で円陣を組む。そこには確かに熱い、男の友情がなみなみと溢れていた。
『よし、いっちょやったるぜ!』
 孤高の狼三匹の叫び声が夜の対馬家に響き渡った。
「うるさいぞ、お前達!」
 乙女さんの怒声もついでに響いていた。


「とゆうわけで、文化祭の出し物はメイド喫茶がいいと思います」
 次の日のLHR、丁度文化祭の出し物を決める話が持ち上がったので、フカヒレが早速意見を述べた。
 『何がとゆうわけやねん、フカヒレ!』『やっぱりフカヒレ君ってちょっと』『またフカヒレ君アルね。やっぱり気持ち悪いネ』とか女子から色々言われてはいるが彼、フカヒレは臆することなく、堂々と胸を張って前を見据えていた。
 こうゆう時、彼はものすごく男らしい。いつもこうならもっと……気持ち悪がられるだろうな。
「反対意見は聞かん! 黙って俺に付いて来い!」
 微妙に賛成顔をしている男子連中に後押しされてフカヒレが大声を張り上げた。
 おお、フカヒレがものすごく“決まった”っぽい顔をしている。しかし――
「フカヒレ帰れ」
「帰るアルネ」
「帰ったほうがいいんちゃう?」
「フカヒレ君、もう生徒会に来ないでね。ていうか学校に来ないでね」
「ひいいぃぃぃ、生きていてごめんなさい!」
 ……よっぴぃって意外と黒いよね。そしてフカヒレ情けないよね。
 しかし、予想どうりとは言え、ここまで反対されるとは。やっぱり女子には少しきついのかな。
「いいじゃない、面白そうだから私は許可するわ」
 ああ、姫はノリノリですね。
 でも、フカヒレだけじゃあ少しキツイかな。ここは助け舟を出すべきだろう。
 俺も、手を上げて意見する。姫が賛成なら、他の意見『巨大迷路』、『とび出る巨大迷路』、『音が鳴る巨大迷路』に勝ち目が無い事もない。
 つか、巨大迷路ばっかでしかも昔の絵本みたいな追加要素で、客呼ぶ気あるのだろうか。
 “とび出る”って何が出るんだよ。
「待ってくれ、皆! ここは多数決やらクラス投票で意見を聞いてみるべきではないのか!?」
 クラスの男子は期待の目を、女子は胡散臭げな目を俺に向ける。


「対馬はんも実は“隠れヲタク”やったんやろか、ヒソヒソ」
「何か、人間性疑ってしまうアルネ、ヒソヒソ」
「いや、ボクは知ってるよ。レオは昔からこうゆう趣味があったんだ、ヒ素ヒ素」
「うぉい、甲殻類。お前はアレか? 俺に今日の昼飯気をつけろと言ってるのか?」
 女子の視線の中には殺気じみたものも感じるが……ぅぅ、こんな所で挫けたら姫のメイド姿が見られない。
 俺は、絶対に姫メイド見るんだ!
「い、いいから、ほら。やってみようぜ多数決!」
「ぇえ〜」
 渋々ながらも、よっぴ〜が多数決を取る為の準備を始める。
 席について前を見ると、フカヒレ含め、クラスの男子が俺に親指を立ててにこやかな笑顔を向けていた。その笑顔は確かにこう語っていた。“ナイスメイド!”と。
「はい、じゃあ一番後ろの席の人は紙を順番に集めてください」
 よっぴぃの掛け声と共に、それぞれが希望の出し物を書いた紙が集められ教卓の上へと集められていく。
 そして、よっぴぃが一つずつ紙を開いて黒板に“正”の文字を書き連ねていった。
 今のところは、『とび出る巨大迷路』が優勢か。『メイド喫茶』に“正”の文字二つ分差を開いている。その他の『巨大迷路』、『音の出る巨大迷路』はいまいち芳しくなく、“正”の文字一つすら完成していない。
 音の出るのととび出るの、どう違いがあるのか分からないが、くそっ、行方が思わしくないな。仕方が無いここは――
「時よ止まれッ!」
 スタンド発動。今から五秒間は俺の独壇場だぜぃ。すばやく黒板まで駆けて行き、『メイド喫茶』の欄に“正”の文字十個書き足して再び席に戻る。
 ちょっと不自然な気がするが、まぁこのクラスだから無理矢理押し通せば何とかなるだろう。
 そして、時は再び動き出す。


「はい、じゃあ最後の票は『メイド喫茶』に入りますが、『とび出る巨大迷路』の圧倒的な勝利になりま、す?」
 よっぴぃが黒板を見て不思議な顔をする。そりゃそうだ、いきなり『メイド喫茶』に五十票も入ってるんだもんな。
 このクラス五十人もいないんだけどね。
「いや、コレは『メイド喫茶』に決まりかなぁ!?」
 皆が騒ぎ出す前に、決めてしまわねばならない。大きな声でよっぴぃにたたみ掛ける。
「え? え?」
「いやぁ、圧・倒・的! だねぇ! HAHAHA! さぁ、『メイド喫茶』に決定だな!」
「え? えぇ?」
「さぁ、佐藤さん。その委員長ノートに2−Cの出し物は『メイド喫茶』と書き連ねておくれよ!」
「えっと、対馬君がそういうなら……」
 ふぅ何とかなったな。
 ちら、と姫の方を見ると、俺の方を見て何か含みのある笑いを向けていた。
 もしかしたら、スタンドを見られていたのかも知れない。いかん、姫の前で煙草を吸うときは鼻頭に気を付けねば。
 まぁ、とにもかくにも、2−Cの出し物はメイド喫茶に決まった訳で。
 クラスの男子はその日、始終妄想にふけっていましたとさ。


 さて、文化祭当日。
 なんだかんだで、衣装を見るなり女子も態度を軟化させ、可愛い可愛い言いながら『メイド喫茶』の準備をしてきた2−C。
 いよいよその苦労が日の目を見る時がきたようだ。
 しかし――
「なんで姫がいないんだ!? ねぇ、なんでいないの?」
 メイド服装備の姫の姿を一生懸命探すが、俺のクラスの中にその姿は見当たらなかった。
「よっぴぃ、姫見なかった?」
「エリーは、乙女先輩と生徒会の見回りに行ってるから、クラスの出し物には参加しないよ? 前の生徒会で言わなかったっけ? 」
「うわあぁぁぁぁん! グレてやるううぅぅぅぅ!」
 なんて事だ。コレでは今まで頑張ってきた意味が無いじゃないか!
「まぁまぁ、レオ。ホリホリ、ボクのカワユーいメイド姿でも見てトイレに駆けこめよ」
「てめっ、メイド舐めんな!」
「おーい、それどうゆう意味だ? んん? このムッツリヘタレが。ホレ、コレでどうだ? ボクの魅力に即時昇天か?」
 メイド服装備のカニが腕を絡めて無い胸を押し付けてくるが……まったく萌えなかった。
 つかむしろ腹立たしい。
「さわんな! てゆうかお前口調からしてメイド舐めてんだよ! ご主人様には敬語と上目遣いだろうが!」
 そうだ、そうだ、という同意の声が男子から上がる。
 カニは、やはり不服そうに頬を膨らませていた。
「ほぅら、ムッツリの本性が出ましたよ。ヘタレのクセに妄想だけは激しいんだから困ったもんですよ」


「だまれ、カニ」
「へめへふぁみふんだ!(テメエ、何すんだ)」
 カニの頬を力いっぱいつねる。こうなったらカニでストレス解消だぜ馬鹿ヤロウ。
「おらおら、泣くか? 泣くか? つか泣け?」
「ふぁめがふぁふふぁほめ!(誰が泣くかボケ)」
 つねる。
「ひぃふぁまへもはまへほへふぁめ!(いいから手を離せよヘタレ)」
 つねる。
「ひひふぁへんみひもろほめぇ!(いいかげんにしろよてめぇ)」
 つねる。
「ふぐっ、ひふぁくないほ? ひふぁくないれふも?(グスっ、痛くないよ? 痛くないですよ?)」
「ヤッハー! ついに泣いたなカニ」
 カニの目に小さな雫が溜まってからようやく、俺はその手を離した。
「泣いてない、泣いてないもんね! つかお前キャラちげぇんだよヘタレ!」
 いいつつ、カニはスバルの元へと駆けていった。少し、気が晴れた。
「ホラ、でっかいフーセンガムやるから泣くなよ」
「ボクは泣いてないってんだろ! はむ」
スバルの手にかぶりつくカニ。
「ハイハイ、泣いてない泣いてない」
 スバル、いい親父やってるじゃねぇか。泣かせてくれるぜ。


 つかもう、姫がいない時点で俺の中のやる気メーター0ですよ。何が文化祭だ、くだらねぇっての。
「おーいレオ、いい情報が入ったぜ?」
 声のした方に顔を向けると、教室の入り口でフカヒレが得意そうに顔を綻ばせていた。
「なんだ、フカヒレ。許可してやるから話せ」
「なんかお前機嫌悪くね?」
「悪くない、悪くないもんね!?」
「いや、カニ真似はいらないんだけど。まぁ、聞け」
 フカヒレが耳を貸せ、とジェスチャーをする。聞かれてはまずい情報なのだろうか。
「コレ、マル秘情報だぜ? あまり流すと野次馬が増えて鬱陶しいからな」
「よしきた、まかせろ」
「あのな、椰子のクラス、コスプレ写真館やってるんだ。しかも、店員もコスプレ済み」
 やる気メーター、上昇。
「しかもな、椰子はナース服で店番してるらしい」
「ナース最高!」
 メーター、MAX突破。
 ナースですか、悪くないね。
「よし、行こうぜ親友」
「そうだな、親友」
 俺はフカヒレと肩を組み、椰子のクラスへと歩き出した。


 そこに俺は、天国を見た。
 これは夢か幻か、それとも蜃気楼か何かなのだろうか。
「もう、何でもいいや」
 とりあえず、今、目の前に広がる光景を目に焼き付けよう。
 1−Bの教室は、まさに男にとっての桃源郷と化していた。そこらじゅうに溢れるきわどいコスプレ集団。
「うぉ、超ミニチャイナ」 
 あのチャイナ服、長さがひざ上のくせしてスリットが腰まである。犯罪級の衝撃だぜ。パンツ見えてるし。
「どうだ?来て良かったろ」
 フカヒレも興奮した声を出す。いまにも犯罪しそうな目をしているが、今は放っておこう。
「ああ、最高だぜ。特にあのブルマっ娘なんていいんじゃね?」
「ナイスブルマ」
「うぉっ! スバルいつの間に!」
 いつの間に来たのか、スバルがフカヒレと腕をがっしりと組んでいた。さすがブルマ好き、離れていてもその匂いは伝わるらしい。
「ちっ、ブルマはナイスだが、バリエーションが一般的だな。若妻スタイルとかねえのかよ」
「落ち着けスバル。ここはイメクラじゃない」
「似たようなもんだろ」
 スバルの母子相姦好きには困りものだった。


「それより、椰子のナース姿なんだが……」
 と、教室の奥で騒ぐ人影を見つけた。人ごみを掻き分けて近づいてみると、ナースな椰子とカニが仲良く罵り合っているところだった。
 カニの目が少し赤い気がするが、あれはさっき俺が頬をひねった時の、後を引いているんだろう。
 しかし、椰子はまたナース服が良く似合ってるな。しかもスタイルいいから無駄にエロイ。ナースにおまかせってか。
「ぎゃはは、ココナッツよく似合ってるじゃねーか! 『はい、お注射の時間ですよ?』ってか? 患者に空気注射でも打って捕まってろよ」
「だまれ甲殻類。所詮頭の悪いお前には夢のような職業だろう。うらやむならもう少し可愛くうらやめ」
「んだと! 単子葉植物が調子乗ってんじゃねぇ!」
 隙を突いて椰子がカニの頬をつねった。
「クク……今日は何秒で泣くかな……」
「がるるるる!!」
 まあ、いつも通り。
「フフ……なごみん、ナース服よく似合ってるじゃない」
「姫……見回りは?」
 振り返れば奴がいる。姫はモチロンメイド服なんて着てはいなく、乙女さんを隣に従えてカニと椰子の不毛な争いを立ち見見物していた。
 乙女さんが微妙に目をキラキラさせてウエディングドレスなんかを見ているのは……まぁ、そういうことだろろう。
 名前が乙女だしね(←仕方なさげに発音すると吉)
「制裁!!」
「くぁwせdrftgyふじこlp!!」
 乙女さんの鋭い蹴りが左足にめり込む。ひざ……膝が変にまがってますってコレ。
「お前、今私を馬鹿にしただろ」
「相変わらず勘のイイコトで……」
 俺、サトラレなのかな?


「ウーン、なごみサンはムッチリしててエロチズムデスネー」
「アンタなんでいるの」
 なぜかオアシスの店長までがやって来ていた。展開、無茶苦茶じゃね?
「私がこの世で一番許せナイのは、タマネギをバターで炒めないヤツデース!」
「いや、わけわかんないし」
「ハッハッハ、カーニさんのお友達冗談キツイネー」
「帰れ」
 不法侵入者として店長を追放しました。
「てゆうかさ、フカヒレ。お前、メイド喫茶はいいのかよ? あんなにノリノリだったじゃねぇか」 
 俺はもう、姫がメイド服着ない時点でやる気ゼロですが。
「ああ、もういいよ」
 なんか、フカヒレ顔が清清しい。
「俺、気付いたんだ。いくらメイド喫茶やったって、俺が客として行かなきゃ、誰も俺を敬ってくれないって」
「気付くの遅すぎ?」
「だから、だからな。ここで可愛い子にアタックしてコスプレの格好のままお持ち帰り? みたいな?」
「もう、変態の極みだね。少し、尊敬するよ」
「だろだろ? もう、今の俺を見たらどんな女だって一発だぜ? ほら、あのスク水の子なんて俺をあっつい視線で見つめてるよ!」
 可愛そうなので、幸せな妄想にしがみついているフカヒレをそのままにしておいた。ちなみにスク水の子は鬱陶しげにフカヒレをあしらっていましたとさ。


(作者・名無しさん[2005/09/26])

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