あー疲れた。
姫から呼び出しの電話があったときは何かと思ったけど
まさか夏休みにまで生徒会の仕事があるとはね。
もうすっかり夕方か・・・さっさと祈先生に鍵返して・・・
ん?グラウンドの方から何か物音が。
目をやれば、夕日を浴びてサッカーボールを蹴る人影があった。
・・・浦賀さん?
ああ、そういえば、たしか夏休みの間も補習受けてるはずだったな。
ご苦労なこった。
もう補習は終わったんだろうか。
見ていると、方向とかでたらめに、ただ力任せにボールを蹴っている。
・・・何やってんだ?
「おーい、浦賀さーん」
なんとなく気になったので、呼びかけてみた。
・・・反応がない。
ただボールを蹴り続けている。
気がつかないのか、無視されたのか・・・
仕方がないので、グラウンドを横切って近づいていく。
「おーい、浦賀さんってば!何やって・・・」
近づいてみて、気づいた。
濡れた彼女の頬が、夕日でキラキラ輝いていることに。
・・・泣いてる?
向こうも俺が来たことに気づいた。
「わ、つ、対馬!?」
あわてて顔を背け、二の腕でゴシゴシと顔をこする。
「きょ、今日も暑いなぁ。もう汗だくや、アハハハ」
向き直ってそう言いながら笑うけど
いつもの屈託ない笑いかたじゃなかった。


「どうしたんだ?補習は終わったの?」
「うん・・・まあ、一応、な」
どこか歯切れの悪い口調。上の空の視線。
らしくない。
こんなのは、俺が知ってる浦賀真名じゃない。
「なんだよ、らしくないな・・・なんかあったの?」
足下をスパイクでガッガッと蹴りながら
うつむいたまま、ボソボソと言葉を漏らす。
「ん・・・実は、な・・・
 ウチ、リューメイやめるかもしれへん・・・」
「な・・・や、やめるって・・・なんで!?」
「ホラ、ウチ、アホやろ?
 今も補習受けてるけど・・・
 正直、ついていけへんねん・・・」
そう言って笑う。自嘲。苦笑。
やめてくれ。
そんな笑い方は見たくない。
「いや、だからってやめなくてもいいだろ」
「そんでな・・・このままやと、留年なんやて。
 ウチな、けっこう無理言うて向こうから出てきてるんや。
 留年なんか、でけへんもん・・・」
「留年って・・・まだ一年の半分じゃないか!
 まだそんなことわかんないだろ!?」
「うーん・・・祈先生の話やと、そんな感じやねん。
 ・・・ありがとな、対馬。心配してくれて。
 でも、ええねん。身から出た鯖やもんな」
「錆だっ!ちょっと待ってろ、祈先生に聞いてくる!」


「祈先生!」
息せき切って職員室に駆け込む。
「対馬さん、職員室では静かにしてくださいな」
祈先生が眉をひそめて俺を見る。
「あ、すいませ・・・いや、それより
 浦賀さん留年ってホントですか!?」
「あらあら・・・どこからそんな話を?」
「今、グラウンドで本人から聞きました」
祈先生は、ほぅ、と小さく息をついた。
「そうですか・・・ご本人が言われたのなら仕方がありませんね。
 ですが、まだ留年が確定したわけではありませんわ。
 ですから、この事は他言無用に」
「それはもちろんですけど・・・確定してないって?」
「浦賀さんは今補習を受けてますわね。
 その最後に、試験を受けていただくことになってますわ。
 その成績と、今後の成績で決定いたします」
よかった。まだ留年決まったわけじゃないのか。
「ですが・・・
 問題は、浦賀さんがもう諦めかかってしまっていることです。
 正直、補習授業の飲み込みも今一つですし」
「そう・・・なんですか・・・」
「浦賀さんは・・・
 留年するぐらいなら竜鳴館から転校するつもりのようですね。
 地方から出てきているので、仕方がないかもしれません」
それはそうかもしれないけど・・・
「試験って・・・いつなんですか?」
「8月20日の予定ですわね。
 平均点レベルまでとれれば、この話はなかったことになります」
むう・・・平均点レベルか。
普段の浦賀さんの成績からするとしんどいだろうな。
「わかりました・・・お騒がせしました」
なんとか・・・してあげたいな・・・


職員室を出ると、制服に着替えた浦賀さんが立っていた。
なぜかちょっと狼狽える。
「あ・・・な、なに?」
「なに、て・・・待ってろ言うたん、そっちやんか・・・」
そうでした。
「祈センセから、話聞いたんやろ?」
「うん・・・まあ、事情はわかったけどさ。
 けど、やる前から諦めるなんて、らしくないぜ?
 まだチャンスあるんだから、やるだけやってみなよ」
「やるだけ言うてもなぁ・・・
 これでも頑張ってるんやけど、やっぱ一人じゃ無理やわ・・・」
「だったら、豆花さんにでも勉強見てもらったら?」
「豆花は帰国してもうて、2学期まで来ぃへん。
 姫と佐藤さんは旅行中やし・・・誰も頼れるモンおらへんねん・・・」
ぬう・・・なんで頭良いヤツに限ってこういうときいないかな。
「まあ、しゃあないわな。今まで遊んどったバチや。
 ・・・対馬、いろいろ考えてくれて、おおきにな。
 けど・・・もう、ええから」
まただ。その笑い方はいやだ。見たくない。
コイツには似合わない。コイツにそんな笑い方はさせたくない。
そう思う一方で、俺の中のもう一人の俺が囁く。
だったら目を背ければいい。
その場のテンションに流されるな。
せっかくの夏休み、余計なことに関わるな。
俺にできることなんてたいしてないんだ。
そう。たいしたことはできない。
だけど・・・
このままコイツのこんな笑い顔を見てるよりはマシだ!
「だったら、俺が勉強見るから!諦めんなよ!」


ああ、言っちまった。またその場のテンションに流されちまった。
見ろ、浦賀さんがキョトンとしてる。
引き返すなら今のうちだ。今ならまだ冗談で済ませられる・・・
「見てやるて・・・対馬かて、せいぜい平均ぐらいやんか」
「それでも、そっちよりはマシだ」
「な・・・夏休みなんやで?
 わざわざウチにつき合うて時間つぶしてたら勿体ないで?」
「俺の勝手だ」
ああ、引き返そうと思ってたのに
なんで口から出る言葉はテンション流されまくりなんだよ、俺。
「けど・・・けどな・・・?」
「・・・俺に勉強教わるのはイヤ?」
「い・・・イヤてことはないけど・・・」
「だったら、俺に手伝わせてくれよ。
 たいして役には立たないかもしんないけど
 一人でやるよりマシかもしんないだろ?」
しばらく躊躇っていた彼女が、やがてコクリとうなずいてから
俺に問いかけてくる。
「ほな、頼むけど・・・対馬は・・・
 なんで・・・そこまでしてくれるん?」
「なんで、って・・・
 いいだろ、別に理由なんか。俺がそうしたいからだよ」
「・・・理由聞かれへんうちは、イヤ」
実を言えば、俺だってわからん。
テンションに流されてるときの言動なんてそんなもんだ。
強いて言えば・・・そうだな。
「さっき情けない顔で笑ったから」
「はぁ?・・・な、なんやそれ!?」
「あんなヘニャヘニャ笑ったって似合わないんだよ。
 浦賀さんはデカイ口あけて、豪快に笑ってるほうが似合ってる」
「この・・・ええい、もう知らん!」
「お、おい・・・何怒ってるんだよ?ちょ、待てってば!」


二人で帰り道をたどりながら、今後の勉強の計画を立てていく。
「まあスケジュール的にはこんなもんかな」
「・・・キッツー・・・」
「我慢しなよ」
「場所は?・・・どこで勉強するん?」
あ。考えてなかった。
俺の部屋はさすがにマズイよな。
といって、浦賀さんの部屋はもっとマズイか。
「えっと・・・ウチはどこでもええよ?
 その・・・対馬の部屋、とか・・・」
「え」
浦賀さんがあわてて言葉を継ぐ。
「べ、勉強やったらどこでも一緒やんか!?勉強するだけやねんから!」
「いや、俺にも世間体というものがあるから」
女の子連れ込んだのがカニあたりにバレるとウルサイ。
「せ、世間体やったらウチのほうが気にするわー!」
「気にするなら俺の部屋とか言うなよ。
 ・・・んー、まあ図書館かな。市立図書館」
「と、図書館・・・か・・・
 せ、せやな、勉強やもんな!あ、アハハハ!・・・はぁ」
なんか図書館じゃ不満そうだな。まあ俺もあの雰囲気は好きじゃないが。
後は・・・カニの部屋とかでもいいか。
いちおう女子の部屋だし、隣だから俺は楽だ。
「後はカニの部屋とかでもいいけど」
「!ア、アカン!カニっちんとこはアカンて!」
必死に拒否。なんでやねん。
「なんでよ?普段仲いいんだし、こういうときは頼れば?
 カニなら留年のことバレても恥ずかしくはないでしょ?」
「だ、だって・・・カ、カニっちいると遊んでまうやんか!?
 図書館!図書館ええわぁ、な!?図書館にしよ!?」
なんでそう急に意見が180度変わるのか。いいけど。
ま、なんとか場所も決まったし、明日から頑張っていくか!


翌朝、9時。待ち合わせの図書館前。
・・・来ない。
5分経過・・・10分経過・・・
「やる気あんのか?」
ケータイの番号ぐらい聞いておきゃよかった。
カニにでも聞いてみるか、と思ったところで
後ろの方から浦賀さんの声が。
「ゴメーン!ま、待ったぁ?」
「遅ぇよ!もう10ぷ・・・」
10分以上待っていた。文句の一つも言いたかった。
が、私服で現れた浦賀さんを見て、その文句がどこかに行ってしまった。
タンクトップにマイクロミニ。やたら肌の露出が多かった。
けっこう、スタイルいいんだな。
スレンダーだけど、まあそれなりに出るところは・・・
おっと、あんまりジロジロ見つめちゃ失礼だ。
「じゃ、早速始めよっか」
「え?あ、ああ・・・うん・・・」
「あ、そうだ。ケータイの番号、交換しとこうぜ。
 なんか都合悪くなったときとか困るからさ」
中に入っちゃってからじゃ音が迷惑だからね。
「!う、うん!ウチの、これな・・・」
女の子らしい、シールやらストラップがごちゃごちゃしたケータイだった。
「ほい、オッケー。じゃ、行こうか」
図書館の自動ドアを通ると、とたんに冷たい空気が全身を包み込む。
「寒っ!ここ、冷房効きすぎ!」
浦賀さんが寒そうに腕を組む。
・・・そりゃそんな格好じゃなぁ。
「なんなら、何か羽織るものでも取ってきたら?
 3時間はここにいるんだから、冷えちゃうよ?」
「う・・・ダ、ダイジョブや、こんぐらい。
 さ、ベンキョー、ベンキョー!」
大丈夫かなぁ・・・


並んで座り、教科書を広げながら
勉強の基本方針を説明する。
「前日に補習を受けたところの復習をやっていこう。
 わからなかったところがあったら確認していく。
 それでいいね、浦賀さん」
「う、うん・・・ええけど・・・」
「・・・けど?」
「あ、あんな・・・ウチが対馬って呼び捨てにしてるんに
 教えてくれるほうがさん付けって、なんか変やん?」
それもそうか。
「じゃ、始めるか、浦賀」
「だから・・・その・・・真名って呼んでくれればええかな、って・・・」
いきなりファーストネーム呼び捨てってのもな。
「まなぴー」
「いや、それはちょっと・・・よっぴーとかぶるし」
「まなっち」
「それもどうかと・・・カニっちとかぶってるし」
「まなやん」
「だから!真名でええって言うてるやん!」
「シーッ!図書館では静かに」
「う・・・もう・・・知らん・・・」
「いや、悪ぃ悪ぃ。で、昨日はどの辺やったんだ、真名?」
「!・・・イケズ・・・」
イケズ・・・?
今からやるのは世界史なわけだが・・・
世界史でそんなの何か出てきたっけ?
地名?人名?・・・ダメだ、覚えてねえ。
しかし教える側がわからないでは話にならない。しゃあねえ、誤魔化すか。
「ああ、イケズね、うんうん・・・
 えーと、それはあまり重要じゃないから
 次行こうか?」
「・・・次ってなんや・・・」


そうこうするうちに早くも昼12時。
なんていうか・・・真名はホントにアホだった。
カニに勉強教えてるときも、アイツのアホさ加減に呆れたもんだが
真名はそれ以上だった。
これを・・・平均レベルにまで持っていくのか・・・
暗澹たる気分になりかける。
が、隣にいる真名はすでに暗澹としていた。
「アカン・・・やっぱりウチには無理や・・・」
ここで俺まで同調してはまずい。
「そんなことないって。まだ初日じゃないか。
 毎日続ければ追いつくって」
「そんなんで間に合うやろか・・・」
うーん。なかなかテンションがあがらない。
ここは変に持ち上げるよりは正直に言うか。
「じゃハッキリ言う。真名、お前はアホだ」
「そんなん、今さら言われんかてわかってるわ・・・」
「まあ聞け。仮に100勉強したとするな」
真名がふんふんと聞いている。よし。
「姫はそれで120身に付く。コレ天才。
 佐藤さんは100身に付く。コレ秀才。
 俺は70だけ身に付く。コレ凡才。
 カニは50しか身に付かない。コレお馬鹿」
「ウチは?」
「真名は40しか身に付けてないアホだ」
真名がガァクゥー、と肩を落とす。
「けどな・・・お前、今まで100やってきてないだろ?」
「う・・・まあ、そうかも・・・」
「今までの真名は、せいぜい80しか勉強してない。だから40しか身に付いてないんだ。
 だったら200、いや、せめて150やってみろ。
 そしたらいくつ身に付く?」
「・・・100?」
「・・・やっぱ200やるか・・・」


そして数日。午前中は真名と図書館で勉強。
終わったらいったん家に戻って昼飯を食って、その後真名は補習。
真名が補習受けてる間、俺は自宅で問題とかの準備。
真名の補習が終わるとまた図書館で晩飯まで勉強。
そんな毎日になっていた。
「うぃーす・・・なんかグデッとしてんね?」
夜になって、部屋でゴロゴロしてると窓からカニが侵入してきた。
「疲れてんだよ」
「ふーん。ところで・・・今日マナと歩いてたろ?」
ああ。補習の帰りのときかな。
「っていうかさ、昨日も一緒にいたの見たんよね。
 ・・・お前ら、つき合ってんの?」
うーん。別にそういう関係じゃないんだが
じゃあ何してるのかと聞かれると説明に困る。
留年しそうなこととか転校するかもしれないこととか
真名はカニには話してないのかな?
「マナはダチだしさ・・・けど、ダチだから、その・・・
 隠されるのもちょっとムカつくし・・・」
まあ、そういうもんだろうな。
「わかった。別につきあってるわけじゃない。
 ちょっと事情があって協力してるってとこだ」
「・・・事情って何よ?」
食い下がるなぁ・・・カニなら言っちゃってもいいか。
「実は・・・(かくかくしかじか)」
「そ・・・そんなにヤバかったんかアイツ!?」
話し終えるとさすがのカニも驚いたようだった。
「うん。俺も驚いたけどな。あんま他のヤツに言うなよ?」
「わかってんよ!けど、マナも水臭いよな・・・」
「心配かけたくなかったんだろ」
「ちぇ・・・後でとっちめてやろっと。
 でも、事情がわかって良かったよ。ボクも手伝おうか?」
「お前、人に教えられるほどの成績か?身の程を知れ」


とにかく、飲み込みが悪い真名には
勉強量を増やして時間をかけて飲み込ませるしかない。
それからの俺たちは気が狂ったように勉強した。
たぶん試験前でもこれほど勉強してなかっただろう。
まあその甲斐あってか
少しずつではあったが真名の学力は上がっていった。
ときどき喧嘩したりもしたけど
目標があるからすぐに仲直りもできた。
目標に向かって努力する、充実した日々だった
試験まで、あと3日・・・!
英文和訳をカリカリと書き込みながら
ぽつ、と真名がつぶやく。
「なあ、対馬・・・?」
「ん?もうできた?」
「いや、まだやけど・・・
 おおきに、な・・・こんなアホにつき合うてくれて」
「それは試験でいい成績出してから言ってくれ」
「試験・・・終わったら
 出来は別にしてパーッと遊びたいな・・・」
「そうだな・・・夏休みだってのに、海にも行ってねえや」
「うん・・・」
そしてまた二人は黙り込み
真名のシャーペンの音だけがかすかに聞こえる。
「・・・できた」
「ん・・・どれ」
おお・・・けっこうできてる。
「なあ・・・対馬?」
「ん?」
「試験終わったら・・・どこか・・・
 海にでも、遊び行かへんか?」
「ああ、いいな。じゃ、気分良く遊ぶためにも
 もう一踏ん張りだ!」


「というわけでな、真名の試験終わったら
 海遊びに行こうってことになったんだが、お前どうよ?一緒来る?」
夜。またもや部屋にやってきたカニも誘ってみる。
が、喜ぶかと思ったのにカニは渋い顔だった。
「オメー、ボクやマナのこと馬鹿だアホだ言ってるけど
 ボクに言わせればレオのほうがよっぽどバカだね」
「はぁ?なんでそんな結論が導き出されるんだよ?」
「く・・・もうこのバカ!
 こんなバカに惚れちまうなんて、どうかしてるよまったく!」
「・・・へ?」
「まだわかんないのかよこのヘタレ!
 マナはオメーが好きになっちまったの!
 この間ボクに電話で泣きついてきたよ!ちっとも気づいてくれないって!」
「・・・マジ?」
「はあ・・・オメーもマナも、全っ然人の気持ちとかわかんねーのな。
 ・・・まあ、お似合いっちゃお似合いだよ」
真名が・・・俺を?
「ど・・・どうしよう?」
「どうしようじゃねーよダボ!
 オメーはマナのことどう思ってんだよ?」
「ど、どうって・・・」
真名はクラスメートで、ちょっと・・・いやかなりアホで
周りの空気読めなくて、おっちょこちょいで。
だけど明るくて。いつも元気で。よく笑って・・・
そうだ。なんで俺がまたテンションに流され始めたのか。
・・・笑顔の真名が見たかったからだった。
「好き・・・かも」
「はいはい、オメデトサン。
 自分の気持ちに・・・・やっと気づいた、か。
 だったら、海でもどこでも・・・二人で行けよな・・・」
言うが早いか、カニはひょいと窓から出ていってしまった。
なんだよ、いきなり・・・礼ぐらい言わせろっての。


翌朝。
・・・30分も早くついてどうする俺。
しかし・・・気持ちがわかったとはいえ
ここで告白してしまったりしては
真名が試験に集中できなくなるかもしれない。
ここはぐっと耐えて、今まで通り接しておこう。
気持ちを確かめ合うのは、その後で・・・
「おはよー対馬ぁ!えらい早いなぁ!」
「うお!?」
「なに、そんな驚いて・・・」
「いや、急に声かけられたからちょっとな。真名も今日は早いな?」
「ん。1分1秒でも惜しいからな」
おお、やる気だ!
「でな・・・時間惜しいから、昼飯は弁当作ってきたんや。
 その・・・対馬の分もあるから
 今日は一緒に松笠公園ででも食べへん?」
くう。健気じゃねえか。さっきの決心が揺らぐようなことを・・・
いやいや、まだまだ我慢。
ここはさりげなく答えておこう。
「それはかたじけない。ではご馳走になるといたそう」
・・・さりげなさゼロだった。
「アハハハ、なんや変な言い方して。時代劇でも見たん?」
あ・・・
笑った。いつもの、あの・・・笑い方だ。
二人で勉強始めてから、やっと見せてくれた、笑顔。
ヤベエ・・・
俺、真名のことすっげえ抱きしめたくなってる!
今までテンションに流されないように、なんて考えて生きてきたけど
今は・・・早くこのテンションに身を任せたくてウズウズしてる。
くそ、我慢。もうちょっと我慢だレオ!
今は勉強に集中!それが二人のためなんだ!
・・・わかってるけど・・・ツライなぁ・・・


そして、試験当日。
朝、待ち合わせをした校門にやってきた真名は・・・ガチガチだった。
そういえば、プレッシャーに弱いって言ってたっけ。
まあ、そうでなくても無理もない。
この試験でいい点取れなければ留年とか言われたら
よっぽど自信なきゃ緊張するわな。
「アカン・・・全然頭働かへん・・・」
「おいおい・・・しっかりしてくれよ。
 やることはやったんだ。もっと自信持てって」
「けど・・・怖いんや・・・
 もしわからへん問題出たらどないしよ、とか
 考えだしたらどんどんドツボはまってくねん・・・」
そう言うと、真夏だってのに・・・真名が震えだした。
ダメだ。もう見てらんねえ。テンションとかもうどうでもいい。
今コイツに必要なのは・・・
「真名・・・」
側に寄って・・・真名を抱き寄せた。
「!?ちょ、な、対馬!?」
「頑張ってくれ・・・俺、お前ともっと一緒にいたい。
 秋の竜鳴祭も、冬のクリスマス祭も、大晦日も新年も
 3年になっても・・・その後もずっと、真名と一緒にいたい」
「!つ・・・対馬・・・」
「好きだ、真名・・・俺と一緒にいてくれ。
 転校なんてしないでくれ。俺のそばで・・・笑っていてくれ。
 俺も頑張るから。必ず支えるから・・・」
そっと体を離し、真名を見つめた。
真名はもう震えていない。
曇っていた目に、火が灯る。熱く輝く、燃える瞳。
「うん・・・うん!やったる!やったるよ、ウチ!!
 任せとき!試験なんかチョチョイのチョイや!
 だって・・・大好きな対馬のためやもん!ほな、行ってくる!」
真名は校舎へと走っていった。プレッシャーをエネルギーに変えて。


試験が終わるまですることもなく、さりとて学校からも離れがたく
松笠公園でウロウロしたりして時間を潰す。
そして、試験終了の予定時刻。
再び校門で待っている俺の前に真名はフラフラしながら戻ってきた。
思わず、その体を抱き支える。
炎のように燃えて試験に立ち向かった少女は
すっかり燃え尽きて帰ってきた。
「対馬・・・ウチ、頑張った・・・で・・・」
「うん、うん・・・よくやった!頑張ったな!」
なんかマラソンを走り終えて倒れ込むランナーと
それを支えるコーチのような。
「試験な・・・ウチな・・・」
「いいから!試験のことはいいから今は休め、な?」
結果も気にはなるが、今はこの憔悴しきった真名を休ませてやりたい。
そのまま松笠公園まで連れていって、ベンチに座らせる。
「何か飲むか?腹減ってないか?」
「ん・・・今は、ええわ・・・
 それより・・・明日は、いっぱい遊ぼ、な」
「え・・・いや、お前こんな疲れきってて・・・
 ちょっと休んだ方がいいんじゃないか?」
「いやや・・・対馬と海で遊ぶん、ずっと楽しみにしてたんやもん・・・」
くう。また抱きしめたくなるようなこと言いやがって。
「それに・・・試験結果、明後日出るねん。
 だから・・・明日が最後かもしれへん・・・」
「だから、そんな心配するなって!」
「せやな・・・けど、明日遊ぶんは変更なし、やで?」
「わかった。明日は、楽しもうな」
「うん・・・ちょっと、眠ってもええかな?」
「ああ。そばにいるから・・・安心して眠っていいぞ」
「ありがとな・・・」
そう言うと、目をつぶってあっというまに寝息を立て始める。
俺はその隣で、真名の手を握ってずっとその寝顔を見つめていた。


翌日。
一応・・・待ち合わせはしたけど、大丈夫かな、真名。
昨日の様子からするとちょっと心配だ。
なにしろ、公園のベンチで夕方まで寝ていたが
起きてからも歩くのがやっとという有様で
俺が部屋まで運ぶようにして連れ帰ったぐらいだし。
不安な気持ちで佇んでいると
突然、遠くから大きな声が。
「対ー馬ぁーっ!」
目を向ければ
大きく手を振りながら、弾むように走って
満面の笑みを浮かべた真名がやってくる。
とたんに吹き飛ぶ不安。満たされる心。
「真名ーっ!」
思わず俺も呼び返す。
ちょっと前の俺だったら、恥ずかしくて出せないような大きな声で。
小走りに走り出す。真名の方へ。
見る見る狭まる二人の距離。
そして、衝突する寸前で急停止。
「ま・・・ハァハァ・・・待ったぁ?」
汗にまみれ、胸を押さえながら、息を切らして苦しそうなのに・・・
それでも嬉しそうに、真名が笑う。
その笑顔に、胸がキュンとなる。
胸って、本当にキュンってなるんだな・・・
「真名のことなら、いくら待っても平気だ」
この笑顔のためなら、一生待たされてもかまわない。
「・・・うん・・・カンニンな、ちょっと寝坊してもうて」
「いいって。疲れ取れた?」
「もーう元気ハツラツや!
 今日は思いっきり遊ぶでー!覚悟しいやー?」
「おう、どこまでもつきあうぞ!」


浜辺で真名が着替え終わるのを待つことしばし。
「お待たせやー」
やってきた。
胸元に花のワンポイントをあしらった、オレンジ色のビキニ水着。
胸はちょっと控えめだけど
形のいいヒップラインとすらりと引き締まった足がまぶしい・・・
「あ、あんまり・・・見んといて・・・」
「いや、よく似合ってて・・・か、可愛いぞ?」
じ、自分で言って照れくさい。
言われた真名はもっと照れくさいみたいだけど。
「いや、だから・・・日焼け跡がな・・・
 サッカー部のユニフォーム焼けになっとって・・・
 ちょっと・・・恥ずかし・・・」
「・・・パンダ?」
「ああ!言うたな!?それウチも思ってたけど
 口に出して言うたな!?」
そう叫ぶと、うーっとうなりながらポカポカと俺を叩く。
「いた、ちょ、痛いって!
 思ってたんならいいじゃん!」
「思っとっても、言われたないことがあるもん!」
「パンダでもシマウマでも真名は可愛いから心配すんなって」
やっと俺を叩く手が止まる。
「か、可愛い言うたら何でも許す思うたら・・・
 ま、間違いなんやから、な・・・」
いや、何か許されたっぽいけど。
「じゃ、泳ぐか真名パンダ!」
「あー、また言うたー!!」
また殴りかかってくる真名をひょいとかわして
波打ち際へ走りそのままザブザブと海へ。
「あ、コラ待たんかい!」
「競争!あそこのブイまで」
「よーし・・・捕まえてギャフンと言わしたる!」


「ギャフン」
捕まっちゃいました。
「ほーら捕まえた・・・フフン、泳ぎは得意なんや」
くそう、体力娘め。だが、捕まるのは予定の行動さ!
俺の腕をつかんだ真名の手を引っ張り
波間に浮かんだまま引き寄せる。
「あ・・・こら、ズルイ・・・!」
ぎゅ。そのまま、両腕で抱きしめる。
俺の裸の胸に、真名の柔らかな膨らみの感触が押しつけられる。
「ちょ!・・・こんなとこで・・・」
抗議はするけど・・・離れようとはしない。
「こんな沖まで来たら、見えやしないよ」
「・・・ん、もう・・・」
真名の両手が俺の背中に回される。
見つめ合う。
海に浮かんでいるので、身長差は関係なくなって
互いの息が感じられるほど、顔と顔が近づいている・・・
「真名・・・好きだ・・・」
「対馬・・・ウチも・・・大好きや・・・」
目を閉じた真名の唇に、そっと俺の唇を重ねる・・・
「・・・ん」
すっと唇が離れ、また見つめ合う。
「・・・しょっぱいな」
「ああ、もう!ファーストキスやのにしょっぱいとか言うし!
 ムードぶち壊しやんかぁ!そんなん思うてても言いないな!」
「いや、マジしょっぱかったんだって!」
「そない言うたら対馬のキスかてしょっぱかったわ!」
「ぶち壊しはお互い様じゃねえか!」
ちょっと睨みあって。それからなんだかおかしくなって。
笑って。大笑いして。笑いが治まってから、またキスをした。
・・・やっぱりしょっぱかった。


楽しい時間はあっと言う間にすぎる。
一日遊んで、さすがに遊び疲れ
日の暮れかけた浜辺に肩を寄せ合って座っていた。
「なあ、対馬?」
「ん?」
「今日は・・・楽しかったなぁ」
「そうだな・・・」
「ホンマ・・・ええ思い出になったわ・・・」
「あとまだ夏休み、10日はあるんだから目一杯遊ぼうな」
「・・・ゴメン・・・それ、たぶんアカン」
「・・・え?」
また。
自嘲するような、あの笑い方。
笑いたくないのに、泣くのがいやで無理に作る苦笑い。
「昨日の試験な・・・頑張ったけど・・・
 半分くらいしか、ようわからんかったんや・・・
 カンニン、な・・・ホンマ・・・カンニンや・・・」
「だ・・・だって!あ、あんなに頑張ってたじゃないか!
 試験だって、ボロボロになるぐらい頑張ったじゃないか!」
「頑張ったよ?頑張ったけど・・・やっぱり、アカンかったんや・・・
 カンニンな・・・対馬、一生懸命教えてくれたんに・・・
 ウチ、アホな子で・・・カンニンな・・・」
「そ・・・そんな謝るなっ!
 ま、まだ結果わからないじゃないかっ!?」
「カンニンなぁ・・・う・・・ひっ・・・
 うぁ・・・あ・・・ああああぁぁ!
 カンニン・・・やぁぁ・・・ぅああああああ!」
日が落ちて。
暗くなり始めた砂浜で、許しを乞いながら泣き続ける真名を抱きしめて
俺も・・・ただ泣いていた。


翌朝。
朝早く起きて学校に向かう。
あの後、泣きやんだ真名を部屋まで送ってから
俺は一つの決心をしていた。
その決心を鞄に入れて、真名がやってくるのを待つ。
「あ・・・」
現れた真名は、どこか決まり悪そうな顔をした。
「なんや・・・あのままお別れにさせてくれたらええのに」
「そんなわけいくか」
「ま、ええわ・・・
 対馬になら、見送ってもらうのもええかも、な」
「別れもしないし見送りもしない」
「けど・・・ウチ・・・もう・・・」
「言ったろ?
 ずっと一緒にいたい、って」
一通の封書を鞄から取り出して、真名に見せる。
「!つ・・・対馬・・・それ・・・」
「いやー、退学届けとか初めて書くから
 どういう風に書くのか結構悩んじゃったぜ」
呆気にとられていた真名の顔が、コロッと怒った顔に変わる。
「アッ・・・アホかぁっ!?
 な、なんで対馬までリューメイやめるんや!?」
「いや、だってお前についてくから」
「だから・・・!なんでそこまで・・・!」
「いいから俺の好きにさせてくれ。
 俺は・・・お前の笑顔のそばにいたい。それだけだ」
はぁ、と一つため息をついてから、真名はニパッと微笑んだ。
「アホや・・・ウチなんかより、対馬のがよーっぽどアホや。
 エライもんに惚れられてしもうたわ・・・
 エライもんに・・・惚れて、しもうたわ・・・」
「今頃わかったか。じゃ、アホ二人で行くとするか」
「ああ、ええで・・・対馬となら・・・どこでも行ったるわ・・・」


職員室では祈先生が待っていた。
「・・・なぜ対馬さんまで?」
「臨時で真・・・浦賀さんの家庭教師をしたので
 試験結果にも責任があると思いました。
 同席の許可をお願いします」
「まあ、事情はご存じなわけですから・・・
 わかりました。最終判断は橘館長がなされます。
 お二人とも、館長室へ」
「・・・はい」
祈先生に先導されて、館長室へ。
・・・死刑台に向かう気分ってこんなかなぁ。
「橘館長、大江山です。
 2ーC、浦賀真名ほか1名、連れて参りました」
『うむ、入れ』
「失礼します」
館長室。
館長は大きな窓のそばに立ってこちらを見ている。
「浦賀真名。先の期末試験において、4教科で基準未満。
 基準に達しなかった4教科の補習抗議を受講後、再試験。
 再試験の結果によって・・・判断した」
「はい」
「試験結果は・・・400点満点で総点数232点。平均58点。
 先の期末試験の点数、153点よりは大幅に向上したが
 残念ながら当竜鳴館の平均水準には達しなかった」
「は・・・い・・・」
く・・・やっぱり・・・ダメだったか。
覚悟はしていたけど、はっきり言われると・・・やっぱりツライ。
「そこで儂は、改めて期末試験の答案用紙を見てみた」
「・・・は?なんで・・・期末試験のほうを?」
「まあ聞け。これが期末試験の答案用紙。こちらが追試の答案用紙。
 見比べてみい。点数以外で、何か違うであろう」


あ・・・期末の方は、空欄だらけだけど
追試の方は、一応全部回答欄が埋まってる・・・
「わかるか?浦賀。
 お前は、わからないと思うと問題を考えることを諦めていた。
 わからないまま、投げ出していた。だが、この追試では・・・」
パラ、と館長がめくった4教科分の答案用紙。
どれも、びっしりと回答が書き込まれていた。
「わからない問題、解けない問題にも、必死で答えを出そうとした。
 自分なりの答えを出した。結果、不正解ではあったかもしれん。
 だが、その努力を儂は買いたい」
「で・・・では・・・?」
「社会に出れば、結果が全て。たとえ課程がどうであれな。
 だが、学生というのは人生においては課程の段階とも言える。
 課程の段階で、結果の可能性の芽を摘んでしまうのも酷いことと言えよう」
館長の目が・・・これほど優しく見えたのは、初めてだった。
「浦賀真名。諦めない心、そして努力。
 これを忘れずにな・・・
 帰 っ て よ し !」
やった。あの厳しい館長が・・・こんな温情処置ですませてくれるとは。
「浦賀さん、館長の寛大なご処分に感謝してください。
これからも、この半分は頑張っていただければと思いますわ」
いや、半分だと元に戻ります祈先生・・・
真名は・・・よくわかっていないのかポカーンとしている。
(真名!館長にお礼を!)
「あ・・・ありがとうございましたっ!」
「うむ・・・引き続き、精進せい!」


館長室を出ても、真名はまだ狐に摘まれたような顔をしていた。
「なあ、対馬?」
「ん?」
「ウチ・・・留年せんでも・・・ええんやな・・・?」
「ああ、館長に感謝だ」
「・・・リューメイやめんでも・・・ええんやな・・・?」
「ああ!俺のコレも、おかげで無駄になったよ!」
鞄から退学届けを取り出して、ビリビリに破いて捨てる。
「ほな・・・ほな・・・まだ、対馬と一緒に・・・いられるねんな・・・?」
「そうだよ・・・そうだよ!
 真名、ずっと・・・ずっと一緒だ!
 もうイヤって言ったって、ずっとそばにいるからな!」
真名の両肩を掴み、正面から見つめる。
「・・・っ・・・うぇ・・・えへ・・・
 ぇっ・・・あは、あははは・・・うぁ・・・」
涙を流しながら、真名が笑う。
泣いているのか、笑っているのか。
涙と鼻水でくしゃくしゃになった顔で
それでも真名は笑っている。
いつもの真名の笑顔とはちょっと違うけれど
こんな笑顔も、まあ悪くない。
真名の震える肩を抱きしめながら
そんなことを考える俺だった。

TSUYO-KISS

THE ENDING OF MANA・・・



(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/23])

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