「レオーッ!」
「おわぁっ!?」
窓から飛び込んでくるなり、真っ青な顔をして
フカヒレはいきなり俺にしがみついてきた。
「バカ離れろこのくそ暑いのに!」
8月も半ばに入って夏真っ盛りだってのに
何でよりにもよってフカヒレと抱き合ってにゃならんのだ。
暑苦しいので突き放すと
「か、かくまってくれよぅ!」
そう言いながら部屋の隅っこに這いよってブルブル震える。
「なんだ、また拳法部の誰かの妹にでも手を出して睨まれ・・・
 は!まさか村田の妹!?」
「バカヤロウ、そんなんじゃねぇよぅ!
 もっとヤベェんだよぅ!」
むう。村田の妹に手を出してしまうよりヤバイことが
そうそうあるとも思えんのだが。
「念のため聞くが、ケーサツ沙汰じゃねえよな?」
「その方が100万倍マシだよぅ!」
いくらヘタレとはいえ、フカヒレをここまで怯えさせるものってなによ?
「ね・・・姉ちゃんが帰ってくるんだよぅ!」
「え?姉ちゃんって東京に行ってる?」
「ね、姉ちゃんが・・・姉ちゃん・・・ヒイィィィ!」
自分で言った「姉ちゃん」という単語に反応して
フカヒレは強烈なトラウマモードに突入。
部屋の隅っこで震えながら、丸まったきり動かなくなった。


どう処分しようか悩んでいると
「うぃーす。あれ、フカヒレじゃん。何やってんのコイツ?」
同様に窓から入ってきたカニが、フカヒレを見つけて首を傾げる。
「カニ、ちょうどいいところに来た」
「ん?」
「これ引き取ってくれ」
丸まっているフカヒレを指さすが
「やだよ、こんなのいらないもん」
友達がいのないやつだ。
「ち、しょうがねえな。丸まってることだし、庭まで転がしてくか」
「階段とかヤバクね?」
「死にゃしねえだろ」
部屋の隅からゴロゴロと転がす。
「なんか面白そう!ボクにもやらせて」
「おう、コース取り間違えんなよ」
カニと二人で部屋の出口まで転がしたところで
「うっす!・・・って、何やってんだお前ら?」
窓からスバル登場。乙女さんがいないんで好き放題だなこいつら。
「フカヒレ転がしー。意外に面白いよ?」
「そんなもん転がしたって一文の儲けにもなんねーだろ。
 それより、なんでそんなになっちまってるんだ?」
「あ、ボクもそれ聞いてなかった。なんで?」
「ん、実は・・・」


「へー。帰ってくるんだ」
俺の説明を聞き終えると、スバルは意外、という顔をした。
「よくよく考えりゃ今お盆休みってやつだしね」
いわゆるお盆の帰省ってやつか。学生には関係ないが。
「けど、あの人ここ何年も帰ってなかったぜ?
 なんでまた今年は帰ってくるのかね」
「さあ。俺は顔知ってる程度で、あの人よく知らねーんだよな・・・
 フカヒレにこんなトラウマ作っちまうって、どんな人なんだ?」
カニも首を傾げる。
「スバルはよく知ってるんじゃなかった?」
「ああ、美人だけどおっかねえ姉ちゃんだったぜ。
 そうだな、身近な例で言えば・・・
 わがままで傲慢なところは姫。
 聞く耳もたず押しの強いところは祈ちゃん。
 力ずくでも言うこときかせるところは乙女さん。
 容赦なく残酷なところは椰子。
 すぐプッツン切れるところはカニ」
生徒会執行部女子5人分かよ!しかも唯一癒される佐藤さん入ってないし!
そりゃ・・・おっかねえよなぁ。
フカヒレがトラウマ抱えるのもわかった気がする。
「ちょっとスバル、ボクのどこがすぐプッツンなんだよ!?」
「うるさいぞ、きぬ」
「ぬぅあぁーっ!?テメェ、レオ!
 きぬ言うんじゃねぇっつってんだろこんダボォ!」
「とまぁそんな感じで、カニは切れるパターンが決まってるが
 あの人は何の脈絡もなく切れるからさらにたちが悪い」
スバル、華麗にスルー。
ま、関わり合いにならない方が身のためかな・・・


「そういや、スバルはよく詳しく知ってるね?」
「んー?フカヒレから聞いたんだったかな。
 あの頃姉ちゃんにイジメられっと、コイツよく俺に泣きついてきたんでな」
「へー」
「ま、あの人帰ってくるんじゃフカヒレも落ち着かないんだろ。
 レオ、しばらく泊めてやるなりしてやれや」
「えー?」
ドアの前を見る。
フカヒレは相変わらず、プルプル震えながら丸まっていた。
ピンポーン。ドアチャイムが来訪者のあることを告げる。
乙女さんいないとこういうとき面倒だな。
1階まで降りてインターフォンに呼びかける。
「はいー?どちらさまですかー」
『鮫氷ですけどー。ウチの新一、お邪魔してない?』
?若い女の声?・・・ひょっとして・・・
「えっと、来てますけど・・・お姉さん?」
『そ。あー・・・レオ、くん?』
「あ、そうです・・・今あけますね」
なんだよ!もう来てるのかよ!
ってよく考えりゃ東京からなんてすぐだもんな。
玄関のドアを開けると
「や、久しぶり。ん〜、いいオトコになったねレオくん」
「・・・ども」
くわえタバコの長身の女性がニカッと笑う。
あ・・・思い出した。確かに、フカヒレのお姉さんだ。
「どーしたレオ・・・あ」
様子を見にか、スバルとカニもやってきた。
「ああ・・・皆来てるのね」
そう言って懐かしそうな顔をした。


「カニちゃんは、昔から可愛かったけど、すっかり女の子らしくなったねぇ」
「え?・・・え、えへへへ・・・」
「・・・元気だった、スバル?」
「ん・・・ま、おかげさんで」
玄関で旧交を温める。
おっと、こんなところで立ち話しててもしょうがないな。
「お姉さん、あがってお茶でも・・・」
「ああ、いいのよ、すぐ帰るから」
そして
それまで笑っていた目に、突然冷たい炎が宿る。
「で・・・ウチのは、どこ?」
うわ!?すげえプレッシャーだ。
乙女さんや椰子の迫力になれているはずなのに、ちょっとビビっちまった。
あの二人とはまた違う・・・
たとえて言うなら鋭利な刃物を目の前に突きつけられているような感覚。
「あー・・・フカヒ・・・新一なら俺の部屋で・・・」
あなたに脅えて、震えながら丸まって動きません。とは言えない。
「ボク呼んでこよっか?」
少しはフカヒレの気持ちも察してやれよ、カニ。
「ん・・・いいわ、別に用はないから」
あ、プレッシャーが消えた。
そしてまたニカッと笑う。
・・・こうして笑ってると、普通の綺麗なお姉さんなんだけどなぁ。
「・・・ちょっと、あがらせてもらおっかな」
「あ、どうぞどうぞ」
「・・・俺は部屋に戻って・・・」
スバルはそそくさと部屋に戻りかけたが
「スバルも。ちょっとつきあいなさいよ」
呼び止められて肩をすくめる。
「・・・強引だな、相変わらず」
さすがのスバルも、この人は苦手なんだろうか。


「麦茶でいい?」
「いーわよ。本音言えばビールでも飲みたいとこだけどね」
とりあえず、4人で麦茶で乾杯。
茶菓子をつまみながらカニが尋ねる。
「そういや、姉ちゃん今年はなんで帰ってきたん?」
「だよな・・・年末年始も帰ってきてなかったのに」
そういや、フカヒレがここまでトラウマ発動させてるのって
ずいぶん久しぶりだっけ。
それはようするに、今までずっと帰ってきてなかったってわけで。
「今さら帰ってきて・・・何がしたいんだか」
「アハハ、何、すねてるのスバル?」
「・・・別に」
ふてくされたような顔でスバルはぷい、と顔を背ける。
「ま、久しぶりにみんなの顔が見たくなったのよ。
 それなりに成長してるんで安心したけど・・・」
そうかなぁ?
俺たちってあんまり変わってない気がするんだが
離れていて、久しぶりに会うとそう見えるんだろうか。
「新一は、変わってないみたいね・・・」
「そうなったのは、姉ちゃんのせいなんだぜ?」
「ま、そうなんだけどね」
なんか・・・スバルが機嫌悪いな。
なんだかんだで、フカヒレをあんな風にしちまったお姉さんを
友達としてスバルは許せないのかもしれない。
そのせいか微妙に雰囲気が重い。
その重い空気を破って、お姉さんがぽつりとつぶやく。
「やっぱり・・・いまさら、遅いのかな」


「遅いって・・・何が?」
「ん・・・新一もさ、昔は甘えん坊で、何かっていうとアタシんとこ来てさ。
 アタシも、ずいぶん甘やかしてたわ」
・・・フカヒレの話と違うじゃん。
やたらいじめるだけの、おっかないお姉さんじゃなかったのか?
「でまあ、ある日気がついたら
 可愛い弟が人に甘えることしかできない人間になりかけてたわけよ。
 で、それからは、突き放してキツク当たるようにしたんだけど」
スバルが怒気を帯びた声を吐き出す。
「それにしたって、限度ってもんがあるだろ!」
「そうね。スバルの言うとおりだと思うわ。
 確かにアタシを頼ることはなくなったけど・・・」
そう言って、一つ大きくため息をつく。
「なんだかね・・・
 アタシの悪い癖ね。ついやりすぎちゃうんだ。
 気がついたときには、手遅れになってばっかり」
スバルも気まずいのか、少しうなだれる。
「悪ぃ、言い過ぎた・・・けど、アイツだってちょっとは変わってきてる」
「そう?・・・だったら・・・
 家出て、距離を置いたかいがあったかな」
そっか・・・
ずっと帰らなかったのは、フカヒレのトラウマを刺激しないためでもあったのか。
「ああ・・・そのうち、アイツだって
 笑って出迎えるぐらいはできるようになるだろ。
 なんたって実の姉なんだから」
「ん・・・ありがとね、スバル。
 でも・・・やっぱり、ちょっと遅すぎたかな」
「遅いって・・・なんでだよ?時間ならまだいくらだって・・・」
「仕事でさ・・・アメリカに行くのよ。3年ぐらい」


「おお!?なんかエリートっぽいぞ!それって出世なのか?」
どこか暗くなっていた場の空気を明るくするように
少しわざとらしくカニがはしゃぐ。
「でもないわよ。言ってみれば修行に行くようなもんね。
 ま、向こうに行ったらそうそうは帰ってこられないから
 できれば、今、なぁんて思ってたんだけどね」
「・・・やっぱりボク、呼んでこよっか?」
カニが立ち上がったのを笑いながら止める。
「いいわ。無理矢理じゃ意味ないしね」
「そうだな・・・俺らだってついてる。
 時間かかるかもしんねえけど、いつかは、な」
「悪いわね・・・なんかアタシの尻拭いさせてるみたいで。
 こうなると、スバルにいろいろ教えたのも無駄じゃ・・・」
「あー、ウォホン!ウォッホン!」
?スバル・・・赤くなってる?
「・・・で、東京にはいつ帰る?」
あ、話そらした。
「土曜には帰るわ、仕事あるし」
「慌ただしいね」
「そいじゃさ、今からパーッと遊びに行こうぜ!
 結構こっちだって変わってるっしょ?ボク案内すんよ!」
「ああ、行ってらっしゃい」
「ん?レオとスバルは?」
「オレはパス。女同士のがいいだろ」
「俺も・・・ちょっと用があるから」
「んだよ、つき合いワリーな」
ブツブツ言いながらも、カニはお姉さんと出かけていった。
「じゃ・・・様子見てくるか」


黙ってうなずいたスバルと一緒に
キッチンを出て、2階に上がろうとして・・・
階段の途中にうずくまっているフカヒレを見つける。
「お前・・・聞いてたのか?」
「聞いてねえよ・・・別に、何も聞いてねえ」
うずくまったまま、フカヒレは力無くつぶやく。
スバルもそれ以上は問いつめない。
「そっか。今な、お前の姉ちゃんが来てて
 土曜には帰るって言ってたぜ」
「今カニと遊びに行ってるから、俺んち来るんなら
 いったん戻って準備してこいよ」
俺もスバルも「聞いていなかった」ことにして話を続ける。
聞いていたのなら・・・
自分で考えるだろう。どうすればいいか。
「・・・悪ぃな・・・じゃ、そうするわ」
フカヒレはフラフラと帰っていった。
「・・・やれやれ、だな」
「まあ、つきあうしかねえか・・・友達だし、な。
 さて、オレは晩飯の準備でもすっか。
 今日からフカヒレの分も追加だから、早めにしねえとな」
別に2人前が3人前になってもそう変わらないだろうけど
自分で言った「友達」という言葉が照れくさかったのか
そそくさとスバルも出ていった。


そして、あっと言う間に土曜日。
「ウィース!あれ、レオ一人?フカヒレは?」
窓から入ってくるなり、カニがキョロキョロと部屋を見回している。
「なんか朝早く出てったぞ」
「んだよ、今日はもう姉ちゃん帰っちゃうんだぜ?
 見送りとかしねーのかよ」
「まあ・・・結構悩んでたみたいなんだけどな」
そう。ウチにいる間のフカヒレは
まるで借りてきた猫みたいに大人しくて
オレのほうも、自然に接しようと思っても
なんだか腫れ物に触るような感じになってしまっていた。
「ケータイは?」
「電源切ってるっぽい」
「ち、とことんヘタレだねアイツ」
「まあ、本人がイヤだってものを、そうそう無理強いもできないだろ」
「そりゃそうだけどさー。
 なんとかしてやりてーじゃんよ」
コイツも、それなりに気を使ってるんだな。
「いちおう、今夜の最終の快速特急で帰るってのと
 今夜オアシスで集まるってのは伝えてある。
 後はアイツ次第だろ」


だが
結局オアシスにはフカヒレは来なかった。
カニが必死になって場を盛り上げようとして
必要以上にはしゃぐ。
お姉さんは終始嬉しそうにしていたが
一つ空いている席が目に入るたびに、表情が曇った。
「さて、そろそろ行かないと最終乗り損なうぜ?」
壁の時計を見て、スバルがパッと立ち上がる。
「んだ、もうこんな時間かよ。じゃ、駅までお見送りだねっ」
「荷物、持つよ」
「ん、ありがと」
オアシスを出ると、お姉さんがニコッと笑う。
「今日はありがとね、みんな。
 ・・・新一のこと、ヨロシクね」
来なかった弟のことを最後まで案じて
お姉さんは駅へと向かう。
その後をぞろぞろとついていく俺たち。
別れを惜しむわけでもないけど
駅まですぐの道のりを俺たちはダラダラと歩いた。
ひょっとしたら、フカヒレが来るんじゃないか。
そんな期待もあったのかもしれない。
だけど、駅が見えてきて
結局アイツは現れなくて・・・
くそ、何か後味悪ぃな。
そう思ったときだった。


駅前のストリートミュージシャンがギターを弾き始める。
「Let it be」。
誰でも知ってる、スタンダードだ。
弾いてるヤツも知ってる。
フカヒレだった。
なんだよ、こんなとこでギター弾いてる場合じゃないだろ。
だけど
その姿を見つめるお姉さんの表情は満足げだった。
やがて、フカヒレは弾き終えた。
お姉さんが歩み寄り・・・微笑みながらフカヒレの胸を、ドン!と突く。
「うまいじゃない」
「・・・まあね。結構、練習してっからさ」
「そ。頑張んな」
「うん・・・姉ちゃんもな」
「生意気言うな、弟のくせに」
薄笑いを浮かべていたフカヒレが真顔になる。
「・・・俺はさ・・・勉強できねえし、スポーツもダメでさ。
 女の子にももてねえ、さえねえヤツかもしんないけどさ。
 けど・・・姉ちゃんのせいでこうなったとは思ってねえ」
「・・・」
「これが、元々の俺なんだ。
 スバルや、レオや、カニと一緒に、俺自身が作ってきた俺なんだよ。
 そして・・・こんな俺を、俺自身は嫌いじゃない」
「・・・いいことだね」
「だから・・・安心してアメリカ行って、頑張ってくれよ、な」
そっか。
「Let it be」。あるがままに。
これが・・・フカヒレが伝えたかったこと。
お姉さんはきっと、すぐにわかったんだろうな。


お姉さんがポンポンとフカヒレの肩を叩く。
「わかってるよ。
 アンタの良いところは、アタシはみんなわかってる。
 ・・・弟じゃなかったら、お姉ちゃんちょっと惚れちゃうぞ?」
ちょっと照れくさそうに言うお姉さんに
フカヒレが、ゲッという顔をする。
「姉ちゃんに惚れられても嬉しくねーよ!」
手を振り上げてお姉さんが怒鳴る。
「なんだとコラァ!?」
フカヒレが頭を抱えてうずくまる。
「ヒィ、ゴメンナサイゴメンナサイ」
昔見たような風景。
だけど、今ここには
イジメも怯えもなくて。
ただふざけあう、仲のいい姉弟がいて。
「っと、もう時間ね・・・
 ね、もう一曲、何か弾いてよ。
 そしたら・・・アタシ、頑張れる。どこに行っても、頑張るから」
フカヒレは黙ったままうなずいて
またギターを弾き始める。
改札を通り抜けていく背中に向けて歌声が響く。
高らかに。誇らしげに。

♪いつも通ったこの道は変わらないけど
 昨日に手を振ってふり返らず行こう・・・


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/20])

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