「最後の直線、凄かったねー、スバル!」
きぬは嬉しそうにはしゃいでいた。
子供のようにスバルにまとわりついている。
長らく連絡の取れなかった親友との再会だ。
見ているこっちまで幸せになるような笑顔を振りまいている。
オリンピックで見事銅メダルを獲得した我が親友、
伊達スバルの為のささやかな祝勝会。テーブルには心づくしの料理がずらりと配置されている。
報道などを通じて活躍は知っていたものの実際に会うのは七年ぶりになる。俺も素直に嬉しい。
今日ばかりはテンションに身を任せてもいいと思うくらいには嬉しい。嬉しいのだが。
だがきぬよ、まがりなりにも夫の目の前で他の男とベタベタされるとちょっとフクザツだぞ。
いくら相手がスバルとはいえ。
「ほらきぬ。旦那が嫉妬に狂って包丁持ち出す前に離れろや」
スバルはこちらを見てニヤリと笑みながらきぬを引き剥がそうとする。
「え〜、いいじゃん。久しぶりなんだしさ。
レオだってこのくらいでキレるような器の小さい男じゃねーよ」
「ま、まあな…」
「無理すんなよレオ。手、震えてるぞ」


ビールを呷りつつ、フカヒレが指摘してきた。コイツに冷静に突っ込まれるとなんか腹立つ。
「るせえ。いいからお前は椰子んとこでもいって玉砕して来い」
手近にあった紙くずを丸めてフカヒレにぶつけてやる。
「先週もデートの誘いを断られたばかりだからなぁ。もう少し間をおきたい」
「なんだフカヒレ、お前椰子狙いかよ」
ようやくきぬのマンツーマンディフェンスを突破したスバルが口を挟む。
「そりゃ身近にあれだけの美人がいれば特攻しないわけにはいかんだろ、漢としてさ」
椰子は七年の間にさらに美人に磨きが掛かった。
 愛想が無いのは相変わらずだけど。
 そんな訳でフカヒレは椰子にアタックし続けているが、
色よい返事をもらえた事は当然ないらしい。
誘ってから断られるまでのタイムラグはこれまでの全部を合計しても一秒にも足りない。
「ふん、なかなか高いところにハードルを設定したもんだな、お前にしちゃ」
「見てろよ、いつか絶対にものにしてやるぜ!」
 フカヒレはいつも根拠の無い自信に満ち溢れている。その澄み切った瞳が羨ましいぜ。
「まぁ、頑張れや」


「けっ、あんなココナッツのどこがいいんだか。ボクには全然わからないよ」
 ビールの追加をテーブルに置きながら、きぬは毒づく。
 相変わらずきぬと椰子はケンカが絶えない。
 まるで仲良くケンカする某猫とねずみのように、
二人の争いは今では商店街の名物といってもいいだろう。
 でも結構頻繁に電話とかメールとかでやりとりしてるみたいだし、
本当は仲がいいのかもしれない。
 今日の料理もきぬと椰子が二人で作ったものだ。
 どれを誰が作ったのか教えてくれないが一口食べれば分かるのはご愛嬌だ。
 俺はきぬが作った(と思われる)一口餃子を頬張った。
うん、うまくもまずくもない。いつものきぬの味だ。
「だいたいあのココナッツはこのボクの美貌に嫉妬してやがるんだ。そうに決まってるよ」
「有り得ねぇ」スバルとフカヒレが同時に否定した。
「なんだとこの野郎」きぬは立ち上がって気色ばむ。
「そうだ何言ってやがる。きぬは椰子に負けないくらい可愛いぞ」
 俺はそう言ってきぬを抱きしめる。
 きぬの可愛さがあれば世界から争いを無くすことも夢ではない!
「レオ、お前はよく分かってるな…。さすが我が夫!」
 きぬも俺にしっかりと抱きついてきた。うむ、愛を確認したぞ。
「はいはい、オアツイことですな」
 スバルとフカヒレは肩をすくめて見せた。
 ……ふたりが呆れた様に見えるのは何故だろう。


「でも悪かったなスバル」話が落ち着いてきたところで俺は切り出した。
「あ?」
「いや、せっかく久しぶりなのに全員集合とはいかなくてさ」
 そう。スバルの栄誉を本当はみんなで祝いたかったんだ。
 だから出来る限り声を掛けたんだが。
いつもの面子プラス椰子しか集まれなかった。
「ああそんなことかよ。構いやしねえよ。オレはお前たちさえいればそれでいいんだ。
むしろこのメンバーだけの方が気楽でいい。
堅苦しいのは会社とか陸連関係のパーティーでうんざりしてるんでな」
 きぬがスバルに酌をしながら皆の近況を語る。
「姫とよっぴーは今南米だってさ。スリジャヤワルダナプラコッテだっけ?」
「お前は下手に喋るな。それはスリランカの首都だろう」
というかむしろよくそっちを言えたな。
「あれ? スリランカって南米だろ? たしかモンゴルの隣じゃなかったっけ?」
 七年経ってもゴージャス・バカは健在だった。
「スリランカもモンゴルも南米ではない。姫達がいるのはブラジルのリオデジャネイロ」
「似たようなもんじゃん」きぬはあくまでも悪びれない。すごい奴だ。
 その後他の級友たちの今を話題に盛り上がった後、スバルがしみじみと呟いた。
「しかしまぁ、みんな忙しそうだな」
「結局乙女さんには連絡すらとれなかったしなぁ」八方手を尽くしたが乙女さんは全くの所在不明だった。
「あー、乙女さんなら二ヶ月ほど前に会ったぜ」


「マジかよスバル」
「どこで?」
「アメリカで高地トレやってるときにな。……なんかグリズリーと素手で戦ってたぜ。
話し聞いたら、ピューマより鈍いから楽だって言ってたな」
「……」
 沈黙するしかない。なにやってんだ、あの人は。
 巨大な熊を叩き伏せる乙女さんを想像し、俺は体を震わせた。
恐ろしい。今度会ったら機嫌をとっておこう。
「そういや顔にキズついてたぜ、乙女さん。本人全然気にしてないみたいだったけど」
 そ、それって……!
 その微妙な空気を破ったのはドアの開く音だった。
 振り向くと椰子が部屋に入ってくるところだった。
「やっと寝た……」心なしか疲労している。
「お、そうか。いつも悪いな椰子」
 ウチの子供たちは何故か椰子にとても懐いている。
それはもう、すさまじく。親の俺よりも椰子に懐いている程だ。
 椰子は椰子で意外と子供好きなようで、
嫌な顔もせずに相手をしてくれるので今日も子守を頼んでしまった。
 無言でつかつかとテーブルに歩み寄ると、椰子はいきなりきぬの頬をぐいとひねり上げた。


「いだだだだだだだ! あにひやがるほほなっづ! ふぁなへ!」
 きぬは頬張っていた唐揚げを撒き散らしながら喚く。
「いつも言ってるがカニ、お前は子供たちにどんな教育をしているんだ?」
 ちなみに結婚して姓が変わったあともきぬのことを椰子はカニと呼んでいる。
「どうしたんだよ椰子」
 訊ねた俺にもギロリとガンをくれる椰子。正直びびる。相変わらずの迫力だ。
「センパイもですよ。あの子たち、元気なのはいいですが言葉遣いが悪すぎます。
このままではカニのようなろくでもない人間に育ってしまいますよ」
 うーん。たしかにうちの子、ちょっと口調が乱暴かも知れんな。
昔のきぬみたいに。さすがにまだザリガニは食っていないと思うが。
「聞いてます?」
「す、すまん」椰子に睨まれるとつい反射的に目を逸らしてしまう。
 フカヒレがそんな俺をニヤニヤと眺めていた。あとでシメる。
「はーなーせー!!」
 ばっと椰子を振りほどくと、きぬは目に涙を浮かべながら距離をとった。
「るせえぞ腐れココナッツが! 好き放題いってくれやがって。
ウチにはウチの狂育方針てのがあるんだよボケが!」
「字が間違ってるぞ」
「まず涙を拭け。相変わらず涙腺弱いな」
スバルがティッシュを差し出すがきぬはその手を振り払い、
「泣いてない、泣いてないもんね! 
このボクがココナッツごときの攻撃で泣くわけないじゃん!」


「涙ぼろぼろ出てるぞ」フカヒレが暢気に突っ込む。
「黙れフカヒレ!」
 おお、胴廻し回転蹴り!
「あぶあ!」ふっとんだフカヒレは冷蔵庫に頭をしたたかぶつけ、
昏倒した。まあ、死にはしないだろう。多分。
 きぬは中指おっ立てながら怒鳴る。
「だいたいチェーンだのカミソリだのヤンキーアイテムがお似合いな
不良のテメーに躾だの言葉遣いだのについて言われたくないね! 
大人しくいつもみてーに部屋に落ちてる髪の毛でも数えてろ!」
「そんなことするか。もっと泣かせてやろうかカニミソ」
「泣いてねえっつてんだろダボが!
 てめ単子葉植物にはホモサピエンスの言語は難解すぎたか、あーん?」
「何を言ってる出来損ないの甲殻類。…潰すぞ」
 二人はこの暑苦しいのにキスしそうなほど顔を近づけて睨みあっている。
 睨み合いながらきぬは椰子の足を思いっきり踏みつけている。
 椰子も負けずにきぬの頬をぐいぐい引っ張る。
 この世で最も不毛かつプリティな戦いだ。
「てめぇ、さっさと降参しねーと足が広辞苑みたくなっちまうぜ、ココナッツぅ…」
「そっちこそ。このまま頬を自分の胸よりでかくしてやるぞ」
「胸は関係ねーだろ胸は! もう決めた。今日こそ完璧にケしてやんよ」
「こっちの台詞だ上海ガニ」
「やれやれだぜ」
 スバルはビールを片手にその場を離れると、中庭に出て行った。


「おいどうしたスバル?」俺も後を追う。
 月が出ていた。
 青白い月を眺めながらスバルはビールを呷る。俺も並んで同じようにビールを流し込んだ。
「安心したよ」
「あ?」
「ここは何年たっても変わらないな。帰って来たって実感できる」
「当たり前だろ。俺たちは変わらないよ。いつだってここで俺たちが集まれば全部昔のままだ。
きぬがボケて俺が突っ込んでフカヒレが妄想する。スバルはあとのフォローをよろしく」
 ビールに口をつけ、少し間を取ってから、
「きぬも幸せそうだしな。礼を言うぜレオ」スバルは言った。
「お前のためにきぬを幸せにしたんじゃない。俺たち自身のためだ。だから礼なんか不要だぜスバル」
「偉そうだな」スバルがにやりと笑う。
「まあ、スバルにくっつけて貰っておいて不幸にしたら申し訳ないからな、死に物狂いでがんばったさ」
「それってオレのためってことじゃないのかよ」
「うーん。原因と結果というか目標と目的というか、
発端は確かにお前なんだが、ちょっと違うんだ。俺はバカだから上手く説明できん」
「言いたいことはなんとなく分かる。オレのメダルも似たようなもんだ」
 俺たちは顔を見合わせ、笑いあった。スバルも、あの頃と変わらない笑顔だった。
「これからも陸上で頑張るんだろ? 次は金メダルか」
「まあな」
 遠い目標。でもきっとスバルならなんとかするんだろうな。
「頑張りすぎるなよ。休息が必要なときはいつでも帰って来いよ。遠慮はいらん。ここはお前の故郷なんだからな」
「……さんきゅ」
 そこで家の中からきぬの怒声が響き渡った。
『死 ね や コ コ ナ ッ ツ ー ッ !!!!!』
『お前がな』
『やめてよお姉ちゃ〜ん、痛いよ〜そんなトコにひまわり生けないでよぅ〜』
「……」
「……やれやれ。そろそろ止めるか」
「よっしゃ。いくぞ親友」


(作者・名無しさん[2005/09/16])


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