七月二十日、深夜。軍艦の見える公園にて傷だらけの青年が携帯電話で誰かと会話をしている。
「はい。ええ、お願いします…」
会話を終え、電話を切ると一つため息を吐いて空を見上げる。
「後は乙女さんに連絡しておかないとな、レオはこういう時気が回らない奴だからな。」
そう独り言を呟き再び携帯に目を落とす。携帯のメモリーを呼び出す。カテゴリーは「友達」そこに並んだ名前は3つ。対馬レオ、蟹沢きぬ、鮫氷新一。
青年はじっと三人の名前を見つめ、ふっ、と笑みを漏らすとボタンを押し電話をかけた。
トゥルル、トゥルル、トゥルル…
『もしもし。』
「ああ、もしもし乙女さん?…」


「ありがとうございましたー。」
青年はコンビニの店員の気だるげな挨拶を背に聞きながら公園に向かう。手には重そうなビニール袋が二つ。傷が痛むのか時折顔をひきつらせながら、少し急ぎ足で歩いていた。
青年が公園に辿り着くとそこには街灯に照らされた一つの影があった。
右手を挙げ、声をかける。
「よっ、フカヒレ。早いじゃないか。」
「スバル!?何でお前が!?しかも何かボロボロじゃん!?」
「俺は乙女さんに呼び出されたから、とっておきの香水を振り掛けてスキップしながら飛んできたんだぞ!!」
「飛んだのかスキップなのかはっきりしろよ。いや、違う違う、俺が乙女さんに伝言頼んだんだが…最後まで聴かなかったのかお前。」
「何て事だ!!ハンマーたんがやっとデートをOKしてくれて、彼女の手作りのお弁当を楽しみにしていたのに…そんなオチかよ。」
フカヒレががっくりと肩を落としどんよりとした表情を浮かべる。スバルは苦笑いし、ビニール袋を地面に落とし肩をすくめた。
「またギャルゲーか、お前も好きだな。」
「ああ、モニターの中こそが真実の世界だ。」
フカヒレが満面の笑顔とともにキラキラとした光を発する。一点の曇りも無い瞳がスバルの更なる苦笑を誘った。
「で、何の用よ?」


「ああ。」
フカヒレの問いかけに対し、スバルは遠い目をし空を見上げながら答える。
「レオとカニ。上手くいったぜ。」
フカヒレもまた空を見上げる。
「おめでとうというかご愁傷様でしたと言うか…微妙なところだな。」
「バーカ、おめでとうだよ。」
「友達の恋が実ったんだ。おめでとう以外何があるっていうんだ。」
「良いのか?それで」
「カニが幸せなら俺は何でもいいさ。」
二人は視線を戻し、お互いの顔を見る。
「で、その傷は名誉の負傷って奴か?」
「ま、そんなところだ。」
「で、だフカヒレ。ちょっと付き合ってくれるか。」
スバルは足元のビニール袋の一つを顔の高さに掲げ、軽く振る。ガチッと金属のぶつかる音がする。
「失恋といえば自棄酒。って事でビールを山ほど買い込んで来た。」
ニヤリ、とスバルが笑顔を作る。フカヒレは勿論、と応えて口の端を歪めて笑った。


二人の青年は重いビニール袋を抱えて道を歩く。やがて先導していたスバルが足を止め、フカヒレを振り返る。フカヒレは怪訝そうにスバルが足を止めた場所を見ている。
そこは私立竜鳴館、スバル達が通う学園の前である。ガチャガチャとスバルが正門を動かそうとする。
「チッ、やっぱり鍵が掛かってるな。仕方ない乗り越えるか。」
「おいスバル。いくらなんでもそりゃまずくないか?」
「気にするなって、見つかったら見つかったで俺が上手く言い訳してやるよ。」
そう言うとスバルはさっさと正門を乗り越え、内側からフカヒレを手招きする。フカヒレは首を傾げスバルを見ていたが、諦めたように正門を乗り越える。
「屋上で良いか?」
フカヒレが頷くのを確認するとすたすたと歩き始める。少し早足のフカヒレがスバルの横に並び、二人は揃って屋上へと向かう。
人気の無い夜の校舎に無言で歩く二人の足音が響く。機嫌が良さそうではあるが無口なスバル、何事か思案にふけるフカヒレ、二人は互いに言葉を交わさぬまま、屋上への扉を潜る。


夜の冷たい空気が二人を包む、心地よさ気に目を細めるフカヒレ、スバルはさっさと屋上の真ん中に移動し無造作に腰を下ろす。
空気の冷たさに身を任せているフカヒレに向けて、スバルは小さく座れよ、と声をかける。フカヒレは差し出された缶ビールを受け取りスバルの正面で腰を下ろす。
「そんじゃま、乾杯と行こうか。」
「あいよ、レオとカニに。」
「ああ、レオとカニに。」
二人はプルタブを開けビールをぶつける。スバルが一気にビールを飲み干し、気持ちよさ気にため息を吐く。フカヒレは一口だけビールを飲みながらスバルを見ていた。
「どうした?飲めよ、40本ぐらいあるから遠慮しなくて良いぜ?」
「…何か変だぜ、今日のお前。」
「そうか?まぁ、失恋したばっかりだからな、ちょっとテンションがおかしいかもしれん。」
「やれやれ、俺は星の数ほど失恋してきたっていうのに一緒に酒飲んでくれた事なんて無いのにさ。」
「そいつは見解の相違って奴だな。俺から言わせて貰えばお前は失恋なんてしてないさ。」
「お前は誰にも恋なんてしちゃいないんだからな。」
「何でだよ、俺のこの溢れるて零れ落ちそうな熱い想い、かっこ、今は主としてよっぴにーに向けられている、かっことじ、を普段から目にしてるだろう。」
残ったビールを一気に飲み干したフカヒレに新しいビールを差し出し、自らも新しいビールのプルタブを開けるスバル。
「だってお前シスコンじゃん。」
「こ…怖い事言うなよ。色々思い出すじゃんかよ…」
夏だというのに震え始めるフカヒレを眺めつつ言葉を続ける。
「どんな女を見たとしてもまず姉ちゃんと似てるかどうかが気になるってのは『女』の基準を姉ちゃんにおいてるって事だ。これをシスコンといわずに何と言う。」
「(がくがくぷるぷる)やめてよー、お尻にビールなんて入れないでよー」
トラウマを発動させ記憶の中の姉に許しを請うフカヒレを見て、やりすぎたか、と呟き頭をかくスバル。


缶ビールを3本飲み干す頃、フカヒレが現世に帰還した。
「はっ!?俺は何を。」
「おぅ、おかえり。」
軽く挨拶し、一口ビールを含む、少しアルコールが回り傷の痛みが麻痺し心地よくなっていくのをスバルは感じた。
「ふぅ、何だか恐ろしい夢を見ていた気分だぜ。」
疲労を滲ませた声で呟き、彼もまたビールを口に含む。悪夢を忘れ去り、身を清めるように。
「まぁ、良いさ。フカヒレ。」
真剣な声で語りかけるスバルに、ん?、とビールを啜りながら生返事を返す。
「覚えてるか。お前がドラッグ持って来て、俺が殴った時の事。」
「何だ、随分懐かしい話だな。今でも頭蓋骨がずれてるような気がするよ。」
「まぁ、あの時は俺が馬鹿だったよ。」
「ああ、お前は馬鹿だった。そして、あの時だけだよな。」
「お前が俺たちに迷惑をふっかけて来たのは。」
「何言ってるんだよスバル?しょっちゅう俺が馬鹿やってお前等に面倒かけてるじゃないか。」
スバルは俯き疲れ果てた野良犬のように首を振る。
「小さな馬鹿は山ほどやっても大きな馬鹿は決してしない。」
「馬鹿やった分のしっぺ返しは全部自分で背負って誰にも背負わせない。」
「侮られても憎まれず、蔑まれても敵視はされない。」
「誰の味方でもなく、誰の敵でもない。」
「それがお前だよ。フカヒレ。」
まだ中身の入った缶ビールを八つ当たり気味に背後に放り投げ、顔を上げてフカヒレを見る。
「それがお前だよ。フカヒレ。」
優しげとさえ形容できる程、おだやかに、静かにもう一度告げる。


フカヒレは無表情にスバルを見ていた。スバルもまた無表情にフカヒレを見つめる。
「俺はただ中立かつ公平であろうと心がけてるだけだぜ。」
スバルはそれを無視して、問いかけを提示する。
「そんなに信用できないか?俺たちが。」
静かに、夜に溶ける様に、その声が消えていく。
フカヒレは無言でビールを飲む。スバルはそれを見ていた。フカヒレは無言でビールを飲む。スバルはそれを無言で見ていた。フカヒレは無言でビールを飲む。スバルはそれを無言で見ていた。
空になった缶を脇に置き、新しい缶を引っ張り出し、一口だけ口に含む。
「お前等がいなくなったら、さ。俺明日からどうすれば良い?」
「誰と飯食う?誰とゲーセンに行く?誰の部屋に集まってぐだぐだ喋る?」
「迷惑かけたく無いんだよ。お前等に嫌われたく無いからさ。」
「あの時、怖かったからな…色んなモノが消えていく気がして、さ。」
片唇を釣り上げ自嘲気味に呟く。ビールを置き、ため息を吐く。
「馬鹿野郎が、レオとカニみてみろ。」
「散々俺たちに迷惑かけて心配させて、くっついたと思ったら俺達放置して今頃カニとラブラブだぜ。」
「それでも、あいつらは友達だろ?」
「どんな綺麗な泉だって、水が動かなきゃ腐っちまうんだ。」
一度言葉を切り、スバルは悪戯っぽく片目を閉じる。
「お兄さんは寂しかったぜ、一番出来の悪そうなお前だけ全然俺を頼ってくれないんだからな。」
冗談めかした口調で告げ、フカヒレの置いたビールを飲み干し空き缶を背後に放り投げる。
「誰がお兄さんだよ、同い年だろ?」
呆れたように呟くと、ビールを二本取り出し片方をスバルに渡す。
「知らないのか、非童貞は童貞に対して兄貴ぶる権利が認められてるんだぜ。」
「うわ、何それ。ちょっとマジで酷く無いか?」
互いの顔を見て、彼等は声を上げて笑いあった。


ひとしきり笑い合い。彼等は再び缶ビールを掲げる。
「で、何に乾杯するんだ?」
「そんなもん決まってるだろ。」
『友情に、だ。』
声をそろえて言い、ニヤリと互いに笑う。
「じゃあ、その前に俺から一言。」
フカヒレがビールを掲げたまま、スバルに向けて告げる。
「俺と友達になってくれ。」
「馬鹿野郎。俺はとっくにお前と友達のつもりだ。」
「分かれよ。けじめみたいなもんだよ。たまにはカッコつけさせろよ。」
「お前は充分カッコイイさ。」
「あーそれをよっぴー辺りが言ってくれたらな。」
「ま、頑張れよ。応援してやるさ。」
小さく笑い、彼等は缶ビールをぶつけ合う。
『友情に。』


他愛ない話を交わし、着々と買い込んだアルコールを消費していく二人。
ビニール袋二つ分のビールが空になる頃、空が既に白み始めていた。
「もう朝か。」
「だな、まぁ楽しい時は過ぎるのが早いって奴だろ。」
「違いない。」
「なぁ、スバル。」
「ん?」
「レオとカニ、恋人になっちまったんだな。」
昇り来る朝日を見つめながらフカヒレが呟き、スバルもまた朝日を見る。
「昔の…子供のままじゃ、いられないんだな。俺たちも。」
スバルは応えず、朝日を見つめていた。
そんなスバルをちらり、と眺め、フカヒレは踵を返す。
「さて、友達に最初の迷惑だ。片付けよろしく〜。」
「おいおい、これ全部俺に片付けろって言うのか?」
こちらを見ようともせず歩み去るフカヒレの背に向けて楽しそうに語る。
二人が一晩の間酒宴を繰り広げた屋上はあちらこちらに空き缶が散乱し酷く汚らしく、みすぼらしくなっていた。
不意に扉の前でフカヒレが立ち止まる。
「スバル、ありがとうな。」
フカヒレが扉を開き、その中へと姿が消えていく。扉が閉まりきるその一瞬
「さよなら、スバル。」
酷く重たく悲しい挨拶がスバルの耳に届いた。立ち尽くし、空を見上げるスバル、憎たらしい程に朝日は美しかった。誰かの門出を祝うように燦々と輝いていた。
「子供のままじゃ、いられない。…か。」
そして七月二十五日、彼らの別れの時が来る。
〜FIN


(作者・名無しさん[2005/09/05])

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