「ハロー、エブリバディ♪」「ちーす」
放課後、例によって姫、佐藤さんと一緒に生徒会執行部へ。
カニはバイト、スバルは部活、フカヒレは補修。
今のところは後は乙女さんだけか。
ま、特にやることもないんだけどさ。
佐藤さんがいれてくれた茶を飲みながら過ごす優雅なひととき。
お茶菓子をつまみながら、姫が思い出したように尋ねてくる。
「そういえば、修学旅行の行き先って、もう決めた?」
「いや、まだ。中国が無難かなとは思うんだけどね」
「私は・・・スェーデンでオーロラを見てみたいかなぁ」
とりあえず希望は口にするが
俺と佐藤さんは最終的には姫に引っ張られるんだろうな・・・
「修学旅行か・・・そういえば、もうそんな時期だな」
乙女さんがちょっと懐かしそうな顔をする。
「乙女センパイは拳法部だから、アパラチア山脈だったんですよね?」
そういや拳法部は全員アパラチア山脈に強制だっけ。哀れな。
「うむ。館長自らが引率してくださるんだ。
 雄大な自然に包まれて、実に貴重な経験だったぞ」
まあ、眺めだけは良さそうだけど。
「景色は確かにすばらしいが、基本的には登山だからな。それなりに過酷でもある。
 拳法部で鍛えた連中でも、三分の一は脱落したほどだ」
「・・・脱落した人ってどうなるの?まさか置いてきぼり?」
「いや、さすがにそれはない。24時間体制でサポ−トヘリが待機しているからな。
 怪我をしたり急病にかかった者はヘリで近くの街まで運んでもらえる」
「なるほど。命の心配まではないってわけね」
「うむ。まあ、軟弱なレオや忍耐力のない姫には無理なコースだろう。
 ここは他のコースを選ぶ方が身のためだろうな」
「む」


ああ、乙女さん余計なことをっ・・・!
口にこそ出さないが、姫の負けん気がメラメラと燃えているのがわかる。
「さて、私は部活に顔を出してくるとしよう」
そして火種を蒔いたことに気づかないまま、乙女さんは行ってしまった。
悪気は・・・ないんだろうなぁ・・・
そして、姫が一言。
「決まりね・・・行くわよ、アパラチア山脈」
やっぱり。そう言い出すんじゃないかと思ったんだけど。
「エ、エリー・・・そんな対抗意識だけで選ばなくても・・・」
「いや、もともとアパラチア山脈も捨てがたいとは思ってたのよ。
 でも、今の乙女センパイの一言で決心がついたわ。
 絶っ対、アパラチア山脈制覇してやるんだから!」
「ソウデスカ。ガンバッテクダサイ」
「もちろん、レオは私と一緒に来るよねぇ?
 軟弱なんて言われて、そのまま黙ってられないわよねぇ?」
「いや俺、マジ軟弱だから」
「ふ〜ん。軟弱で私についてこれない騎士なんて、いらないかなぁ〜」
「くっ・・・」
行くしか、ないのか・・・?
「わ、私は別に何も言われてないから・・・」
「甘ーい。よっぴーが私と一緒に来ないとかあり得ないしー」
「さ、流石に今回は無理だよぅ・・・」
「大丈夫、レオがいろいろ面倒みてくれるから」
「・・・そ、それなら・・・いい、かな・・・?」
いや、俺が自分の面倒を見られるかどうかもアヤシイのですが?
「じゃあ決まりね。みんなでアパラチア山脈を制覇して
 乙女センパイにギャフンと言わせてやりましょー♪」


そんなわけで。
やってきました、アパラチア。
「ぜっ・・・はぁっ・・・想像以上に・・・きついっ・・・」
「ふっ・・・どうした、対馬っ・・・もう、グロッキーかっ・・・?」
拳法部なので、村田も一緒だったりする。
「お前こそ・・・いつもの元気が・・・ないぞっ・・・」
「僕は・・・西崎の荷物も・・・少し、引き受けている・・・からなっ・・・」
意外なことに・・・いや、意外じゃないのかもしれないが
西崎さんまでアパラチア組だった。たぶん、村田についてきたんだろう。
写真をたくさん撮ってくれてるので、後で楽しみではある。
「そうか・・・俺も、佐藤さんの荷物を・・・少し、持たされてる・・・」
「・・・お互い・・・難儀、だな・・・」
「ああ・・・」
何か奇妙な連帯感が生まれたり。
「ああ、西崎っ!フラフラあっちこっち行くんじゃないっ!」
「く?」
「ええい、そばにいないと不安でしょうがないっ!」
村田が気合いでペースを上げる。
「レオー?さっさと来ないと、おいてくわよー?」
「対馬くーん、早く早くー!鹿の親子がいるよー!」
俺にも二人から檄が飛ぶ。
しかたなく村田の後をついてペースアップ。
「やれやれ・・・男って、ツライな・・・」
「うむ・・・珍しく・・・意見があう、な・・・」
こうして、友情って芽生えるのかもしれないな。


「あー、バテたーっ!」
昼食を終えて、短い休憩時間。とにかく足腰がキツイ。
「だいじょうぶ?私、まだ余裕あるから、荷物戻してもらっても・・・」
佐藤さんが気を使ってくれるが
それに甘えるほどヘタレてもいられない。
「だいじょうぶ、まだいける」
「そうそう、その意気よ。
 なんてったって私の騎士なんだから、これぐらいでへばってもらっちゃ困るわ」
・・・他人に言われたらコレ結構ムカつかね?
「姫は元気だね」
普通に自分の荷物を持って歩くだけでもかなりキツイはずなんだけど。
「普段から鍛えてるしね。
 それに、多少つらいぐらいで顔には出さないわよ。お嬢のたしなみとして、ね」
なるほど。
「それより、あっちのほうにちょっと面白いサボテンが生えてたのよ。
 ちょっと見にいってみない?」
「でも、みんなと離れての単独行動は・・・」
「だいじょうぶよ、そんな離れるわけじゃなし。
 いろいろ見聞するのがこの修学旅行の目的でしょう?
 ただ座ってても珍しいものは見れないじゃない」
「俺はもうちょっと休んで・・・」
「いいから来る!」
「うへ〜い」
まさに問答無用だった。


「ほら、これ。すっごい絶妙のバランスじゃない?」
姫が喜々として一本のサボテンを指さす。
崖の上に張り出すように根付いたサボテンは、確かに変わった形だが・・・
「絶妙っていうか、ビミョー」
「エリーはちょっとずれてるから・・・」
「む。何よ、この素晴らしい自然の造形美がわからない?
 できれば持って帰りたいぐらい素敵じゃない」
ちなみに、動植物の採取は禁止されている。
でなかったら俺に「持ってきて」とか言いかねないだろう。
「あ、ここ!つぼみがあるわよ」
「へえ・・・花が咲くんだ」
「どんな花が咲くんだろうね」
俺と佐藤さんもサボテンに近づいてみる。

ぐらり
「!?」「きゃっ!?」「おわっ!?」
足場が・・・崩れる!?
くそっ、3人分の体重がかかって、崖が崩れたのか!?
あわてて飛び退こうとするが・・・間に合わない!
ドザーッ!
「うわーっ!?」
落ちる!
恐怖に身を硬くしたその瞬間。
ガシッ!
腕を掴まれて、落下が止まった。


おそるおそる、目を開ける。
「・・・姫っ!?」
「くっ・・・なんとか・・・間に合った、わね・・・っ」
驚いたことに、崖の上に腹這いになった姫が
右手に俺、左手に佐藤さんの腕をつかんで支えていた。
綺麗な顔が歪む。
いくら鍛えているといっても、人間二人をぶら下げているのだから無理もない。
「よっぴー!大丈夫!?」
「・・・」
佐藤さんは・・・落ちるとき頭でも打ったのだろうか、ぐったりしたまま反応がない。
「ダメだ、姫!佐藤さん気絶してる!」
「く・・・」
パラパラ・・・
見上げる俺の顔に、土くれがかかり
そのたびに姫の体がず、ず、とずり落ちそうになる。
くそっ・・・まだ崖が崩れ続けてるのかっ・・・!
下を見る。
崖は急勾配だが、垂直というほど切り立ってはいない。
ところどころに低い木が枝を伸ばしている。
そして・・・15メートルほど下に、僅かに張り出した岩棚が見えた。
・・・よし。
覚悟を決めたなら、急がなければ。
再び上を向いて、姫に叫ぶ。
「姫っ!・・・俺の手を離せっ!」


「!?何言ってるの!?そんなことできるわけ・・・!」
「聞いてくれ!このままじゃ、3人とも落ちる!」
「甘く見ないで!・・・これぐ、ら、い・・・っ!」
「姫っ!冷静になれ!
 佐藤さん一人なら引っ張りあげられるか!?」
「当たり前、でしょっ!・・・今は・・・二人を引っ張り上げるのに、チャレンジ、よ!」
「いや、二人はいくら姫でも無理だ!
 下に岩棚があるのが見えるか!俺は木を使ってなんとかあそこに降りる!
 だから・・・今は俺の手は離してくれ!」
姫は歯を食いしばりながら俺の言うことを聞いていた。
が、いっこうに手を離そうとしない。
そうするうちにも、じりじりと姫の体が前に滑ってくる。
「何してるんだ!早く手を離せ!」
ぶんぶんと姫が首を横に振る。
「イヤ!」
な・・・何駄々こねてんだ?
「よく考えろ!このままじゃ3人とも落ちちまうぞ!
 こんなところで終わっていいのか!?
 いざとなったら、身内でも切り捨てなきゃ世界は掴めないんだろ!
 俺ぐらい、平気で切り捨てられなくてどうする!」
「う・・・り、理屈じゃないの!
 イヤだったらイヤ!
 貴方を切り捨てて手に入れる世界なんて、いらないっ!」
馬鹿な。あれほど熱望した世界を・・・俺のために、諦める?
ダメだ。
そんなこと、姫にはさせられない。俺は姫の騎士なんだから。
騎士は・・・姫のために命を賭けるもんだ。
頭の中は驚くほどクール。
何も怖くない。この人のためなら。
俺は・・・姫の手を振りほどいた。


「!レオ!?」
姫の叫びが聞こえる。
が、今は感傷に浸っている場合じゃない!
ものすごい早さで崖をずり落ちながら、必死で木の枝をつかむ。
・・・届かない!
もう一本!
・・・くそ、抜けちまった!
最後・・・届け!
精一杯伸ばした手に、わずかにふれる枝の感触。
・・・掴んだ!
その枝を振り子の支点にして体をスィング!
よし!後は岩棚になんとかしがみつければ・・・!
ガシッ!
かろうじて、片手の指先だけが岩棚にかかる。
く・・・こりゃ・・・支えきれない・・・
ダメだ。時間の問題、だな・・・
そうだ、姫は!?
上を見上げる。
すでに姫は佐藤さんを引っ張り上げたらしい。流石だぜ。
これで一安心・・・かと思ったら
今はまた、崖から身を乗り出して俺を見ている。
何か叫んでいるようだけど
なぜか何を言っているのかよくわからない。
ああ、そんなに乗り出しちゃ危ないって。
せっかく助かったんだ。頑張って世界を取ってくれよな。
俺は・・・もう、ここまでだけど。
ずるり。
痺れた指先が、岩棚から滑る。
サヨナラ、姫。最後までついていけなくて、ゴメンな・・・


落ちる。
落ちていく。
全てがスローモーションのように上へと流れていく。
ときどき斜面にぶつかるが、不思議とあまり痛くない。
こういうときって心に一種の安全装置がかかるとか聞いたことあるな。
痛いどころか、なんだかふわっと浮いてるような感じだ。
・・・あれ?
実際・・・浮いてないか、俺?
そう思った途端
ゴォウ!
すさまじい突風が谷底から吹き付けてきた!
「おわわわわっ!?」
強烈な風に、俺の体が木の葉のように舞い上げられ
そのまま、崖の上まで運ばれて・・・
ドシャン!
「ぐえっ!?」
落ちた。
「うむ、久しぶりに48の必殺技の一つ『旋風掌』を使ったが
 何とか、間に合ったわい」
野太い声が聞こえてくる・・・館長か?
俺・・・助かった・・・のか?
ボーッとしながら辺りを見回す。
そこで見たのは、仁王立ちしている館長と、倒れたままの佐藤さんと・・・
半べそをかきながら俺に飛びついてくる、姫の姿だった。


後から聞いた話では
被写体を探すためにファインダーを覗いていた西崎さんが
俺たちのピンチを見つけてくれたらしい。
急を聞いて駆けつけた館長が
超人的な技で突風を起こして助けてくれたわけだ。
佐藤さんは頭を打っていたので、念のためヘリで病院に運ばれ
俺と姫は団体行動から離れて勝手に動き回ったあげく遭難しかけたということで
館長からたっぷり絞られた。
で、その夜。
佐藤さんがいないので一人になってしまった姫にテントの前に呼び出された。
が、呼び出しておいて姫は黙ったまま。
・・・何か喋ってないと間が持たないぞ。
「今日は散々だったね」
「・・・」
「館長によると、ああいう極限状態で、人間は本性が出るんだってさ」
「・・・」
「姫は・・・自分で言ってるほど、冷酷にはなれないってのがわかったよ」
「あれは・・・!・・・レオとよっぴーだから、よ・・・」
「俺は・・・どっちかっていうと
 冷酷になりきれない姫が、それでも取る世界の方が見てみたいな」
「だったら・・・冷酷になりきれない分は、カバーしてよね?」
「もちろん、俺は姫の騎士だからね」
「それと・・・もう一つ」
「なに?」
「・・・もう・・・勝手に死ぬことは、許さないんだからね・・・
 私がもういいって言うまで・・・そばに、いなさいよね」
「・・・はいはい」
いつもわがままばかりの姫だけど、こんなわがままならいくらでもきくさ。
満天の星空の下、俺は姫の選択がどうしようもなく嬉しかった。


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/03])

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