その日はおかしなことがあった。
生徒会執行部集会が終わったあとで、
俺らの親友、伊達スバルが乙女姉さんを体育館裏に呼び出したのだ。
そのせいで少し帰るのが遅れると言われた後、オレはフカヒレとカニ(鮫氷新一と蟹沢きぬ)にこのことを話した。
無論のこと、宇宙の真理的結論として、体育館裏に行ってみて様子を伺ってるのだが・・・
「なんで生徒会メンバー勢ぞろいかな。」
霧夜エリカ、椰子なごみ、佐藤良美とばったり出くわした。
「あら、こんな面白そうなこと見逃すわけないじゃない。」
「だから、なぜここにいるのが、さも当然な風に言ってるのかが気になるんですけど」
「まあ、スバル先輩が鉄先輩を誘ってるのに気づかないわけないとは思いますけど」
「なぬ。それはつまり気づかなかった私をバカにしてるのか!」
「私はエリカが一緒に行こうって誘われたから、付いてきてみたんだけど」
「他人の棘のある言葉をすかさずフォローするとはさすが、優しいですね。よっぴー」
ひそひそ話もさておき、スバルと乙女の様子をのぞくことにする。


『始めて出会った時の事を覚えてますか。鉄先輩』
「おー。いきなり告白グラフ確定だ。」
「え!?こっ告白場面なの。」
「まだそうと決まったわけじゃないだろ。」
『ああ、遅刻をごまかすために塀を飛び越えてたところを取り押さえたんだったな。
その前からレオの生活態度を監視してたから、私が見知ったのはその前だが・・・』
「色気のない運命の出会いね」
『そうです。あの衝撃的な出会いの事は今でもずっと覚えてます』
『鮫氷をノした後で、仇を討ちに突っ込んだお前を返り討ちにしたんだったよな。
・・・そりゃ女に負けたなら衝撃的だろうが・・・』
「なんか無理やり嫌み付けて勢い折ろうとしてない?」
「衝撃的な、の時点でちょっと動揺したわね。」
『あのときからオレは・・・ひとつの思いがずっと心から離れないんです。』
「やっぱ、告白確定。」
「しかしアイツ、なごみに気があるんじゃなかったのか、二股する気か畜生ー」
「なっ、ナニをそんな・・・」
「えー。それてひどいです。」
「でも、もうバレてるから残念だねー」
「無理だと思って捨てたんじゃないの。なごみを。」
「かわいそう。またまた独りか、なごみん」
「勝手に話を進めるな!」
『な・・・そっそんなの私に言われても。お前の心の問題なら、お前で何とかしろ。』
『いいえ。オレだけじゃどうにも押えられないんです。これは相手が必要な事だから。』
『それなら、私より親しい友達に・・・レオにでも話せばいいだろ』
『いや。他の人は関係ない。あなたでないといけないんだ!』
『!!』
「お、スバルの真剣な表情に先輩赤面」
「へー。先輩もあんなあせった表情するんだ。ふふふ、かわいいわぁ」
『オレはそのことで、あなたにお願いがあります。』
『そ、それは・・・』
『それは・・・』
一番の山場に差し掛かり、みんなは真剣な顔で次の言葉を待つ。


『打ち負かされた屈辱を晴らすためにリベンジ戦を!!』

覗いてたみんながずっこけたところで何の不思議があろう。
「あー、こら。ばれちゃったじゃないか。」
「いや、お前も同罪って言うか、この場合仕方ないだろ。」
「ごめんなさい。私たち別に邪魔するつもりじゃ・・・」
スバルがため息をついてこう答える。
「まったく、のぞくつもりあるな、少なくとも姿はさらさないようにしろよな。」
「え、なんかすごく冷静な物言い。」
「ひょっとして、覗いてるの気づいてた。」
「ああ。最初から。もっとうまく気配を消せよな。」
「気配をうまく消す必要がある学生が何処にいるか!」

「つまり最初ッから今まで全部見ていたんだな。おまえら」

地獄のそこから響いてるんじゃないかと思うような声を発していたのは、
今までずっと黙っていた、乙女である。
「そしてそれに気づいていながら黙っていたと・・・」
「まあ、見られたって恥ずかしいものじゃないでしょ、別に。
恥ずかしいって思うことは、何か自分にやましいことがあるってことですよ先輩。」
「!!」
次の瞬間、乙女姉さんは刀を抜いていた。
学校に代々伝わる、風紀委員長に手渡される日本刀だ。
しかし、実際は、俺の目に映らなかっただけで、
ただ抜いただけでなく、居合い切りをかましていたのだ。
スバルもいつの間にかに後ろに下がっていた。
前髪がいくつか切れているのが見えた。
「なるほど、それが抜刀術というものですか。
確かに恐ろしいほどの速度ですね。しかし、見切れぬほどではありません。」


「おまえ・・・」
乙女姉さんの怒りに満ちた顔が、とたんに真剣な顔つきに変わる。
「認めよう。そして謝罪しよう。お前を侮っていたと。まさかこれほどの猛者と出会えるとはな。
久々に熱くなれそうだ。」
「ええ、わかってくれたんなら、場所を変えましょう。
まさか素手相手に真剣で勝負する気じゃないでしょ。
今、剣道部が合宿中でいないから、あそこで勝負を付けましょう。」
「分かった。」
「お前たちも来いよ。雪辱を晴すさまをみていてくれ。」
「恥の上塗りになるだけじゃないのか。」
スタスタと剣道場に歩いていく二人。
「ねえ、やっぱりけんかはダメだと思うんだけど・・・」
「いや、男には避けて通れない勝負があるんだ。」
「鉄先輩は女ですけど、そこらの男より男らしいですし。」
「っていうか二人ともキャラが違ってるような・・・」
「まあ、こんな楽しそうなことを見逃す手はないわね。」
「そういや、さっきのは、鉄の居合い切りをスバルがかわしたんだよね?そうだよね。」
ついてくギャラリー。そしてあの二人は戦闘中に無駄なおしゃべりするタイプじゃないので、
解説役も兼ねることになんとなく気づいているレオだった。


剣道部がいないので、剣道場は静かなもんである。今は俺たちの貸しきり状態だ。
「あ、真剣を使うのは禁じましたが、木刀や竹刀を使ってもかまいませんよ。」
「私が木刀なんか使ったら、骨折させかねないからな。竹刀を使うことにするぞ。」
「では、俺も安全のために。」
そういってスバルは棚においてある、籠手を装着する。
籠手とは、剣道に使う手を守る防具のことで、手の部分は綿を詰め込みより厚くなっている。
「そんなものをつけたら、拳の威力が弱くなるだろう。」
「ちょうどいいハンデかと。」
その言葉に、ぴくりと眉をしかめる乙女
「手加減するつもりはないぞ。」
「手加減しましょうか?」
その言葉にさらに怒りあらわにする乙女。
しかしそれ以上は言わず、静かに剣道場の中央に歩いていく。
「おい、スバル。ホントに大丈夫かよお前。」
俺はスバルが心配になって、こちらに呼んでみた。
「ああ、グラブをはめてない俺がどれだけ危険かはわかってるだろ」
「いや、籠手だけじゃなくて。
いくら声優が同じだからって・・・
いやいや。剣と拳ってのは・・・」
「だいじょうぶさ、負ける気はない。」
「しかし先輩、剣道を侮ってはいけませんよ。」
なごみが口を挟んできた。


「剣道とはスポーツのイメージが強いですが、極めて洗礼された剣技です。
まず、基本的な構えの正眼の構え。
あれは、それ自体に一部の隙もなく、どの動きにも対応できます。
そして竹刀の・・・剣の持ち方。
鍔の根元と柄の端を持つので、てこの原理を利用して、早くそして幅広く動かせます。
さすがに勝ち目は・・・」
「ストップ。」
なごみの言葉をとめるスバル。
「大丈夫だって。世の中すべての物事はバランスよく保たれてるんだ。
利点があるってことは、どこかに必ず欠点が出てくるもんさ。それに・・・」
決戦の地に赴くために背を向けてから、こう締めくくる。
「なんたっておれは『不可能を可能にする男』だからな。」
自信に満ち溢れた笑顔で答える。
その笑顔を正面から受けたなごみは、胸に熱いものがこみ上げる感じがした。
「またあの決め台詞かよ。スバルのやつ。」
「あれって、彼がよく言うセリフなの」
「うん。よく聞くよ。あのセリフ。」
「キャラが違ってるわけでも、パクリくさいわけでもないよな。」
「っていうか、そんなこと言う資格ないだろ。」
「?何のこと?」
「いや、大人の事情。」


正眼の構えでを取る乙女。
「私は今とても機嫌が悪いからな、おまえ。先輩に対する礼儀というものを叩き込んでやる。」
左前のファイティングポーズを取るつばる。
「芸術の域にまで鍛え上げられた戦闘技巧。そこのうぬぼれ屋に教えるとするか。」

「はじめ!!」

姫が合図を出す。
開始と同時に乙女が前に出る。
そして竹刀を斜め上に振り上げ、逆袈裟かに切りかかる。
「はやっ。」
それと同時にスバルは左手を上に突き出し前に出た。
乙女の振り下ろした竹刀は、中央部がスバルの籠手に当たり、約45度の角度で止まる。
「勢いがつききる前に止められた!」
「籠手に守られたスバルの左手にたいしたダメージはねぇな。」
そして、その隙にスバルはさらに前に出て、引き絞った右手から強力なジャブが飛ぶ。
「あご狙い!」
「頭が大きく揺れると、脳振頓が起こるってやつだね。」
乙女は後ろに下がって避けようとしたが、前に出る勢いに逆らえば必ず動きが止まってしまう。
そこで頭を前に出して、こめかみで受けることにした。
結局、拳は耳の裏に当たり、乙女は横に吹っ飛んだ。
「うまい。」
「頭しか動かせないから、後ろに避けてもあごに当てられるから、逆に前に。」
乙女は立とうとするが、平衡感覚がゆがみ、うまく立ち上がれない。


「しかし、耳の裏に軌道修正させられた。耳の裏のすぐ側には三半規管がある。
あそこはかなり精密な器官だから、衝撃に弱いんだ。」
そこにさらに追い討ちをかけようとするスバル。
床に伏せた状態のまま、必死にスバルから遠ざかる乙女。
「まったく。彼も油断ならない策士ね。」
「え?」
「普段の彼からは考えられないくらい、やたら挑発してたでしょ。
あれは、相手を怒らせて冷静さを失わせるためね。女ってのは男より繊細だから。
それでさっきのような、実直な攻撃を出させて、うまく裁いたのよ。
安全のためとか言ってた籠手も、本来の使い方・・・竹刀の攻撃に耐えるためが本音ね。」
「いや、女性を傷つけたくないってのもあると思うよ。
それもあって籠手をつけたんだよ・・・遠慮なく全力で殴るために。」
平衡感覚が戻ったところで、竹刀を振り上げけん制しつつその勢いで立ち上がる。
立ち上がる間に接近してくるスバルに、竹刀を突き上げる。
スバルはそれを横にかわすと、乙女の手にワン・ツーパンチを浴びせる。
「あれをかわすか・・・すごい反射神経だな。」
そうやって乙女の反撃を抑えて、そのまま近距離を保ち連打する。
乙女は竹刀を腰の前に縦に構え、必死にパンチの雨に対応する。
かわしきれないパンチを竹刀で弾いていく。
「すごーい。全然何をやってるのか分からない。」
「剣の間合いの内側に入って、その位置を保ちながら、一方的に攻撃してるんですよ。」
「長物って間合いは広いけど、内側が隙になるからね。」
「ちなみに拳にも間合いの内側があるから、ナイフが至近距離戦に一番有利なのよ。」
「なんかやけに詳しいですね、姫。」
「ただの教養よ。」


「しかし、耳の裏に軌道修正させられた。耳の裏のすぐ側には三半規管がある。
あそこはかなり精密な器官だから、衝撃に弱いんだ。」
そこにさらに追い討ちをかけようとするスバル。
床に伏せた状態のまま、必死にスバルから遠ざかる乙女。
「まったく。彼も油断ならない策士ね。」
「え?」
「普段の彼からは考えられないくらい、やたら挑発してたでしょ。
あれは、相手を怒らせて冷静さを失わせるためね。女ってのは男より繊細だから。
それでさっきのような、実直な攻撃を出させて、うまく裁いたのよ。
安全のためとか言ってた籠手も、本来の使い方・・・竹刀の攻撃に耐えるためが本音ね。」
「いや、女性を傷つけたくないってのもあると思うよ。
それもあって籠手をつけたんだよ・・・遠慮なく全力で殴るために。」
平衡感覚が戻ったところで、竹刀を振り上げけん制しつつその勢いで立ち上がる。
立ち上がる間に接近してくるスバルに、竹刀を突き上げる。
スバルはそれを横にかわすと、乙女の手にワン・ツーパンチを浴びせる。
「あれをかわすか・・・すごい反射神経だな。」
そうやって乙女の反撃を抑えて、そのまま近距離を保ち連打する。
乙女は竹刀を腰の前に縦に構え、必死にパンチの雨に対応する。
かわしきれないパンチを竹刀で弾いていく。
「すごーい。全然何をやってるのか分からない。」
「剣の間合いの内側に入って、その位置を保ちながら、一方的に攻撃してるんですよ。」
「長物って間合いは広いけど、内側が隙になるからね。」
「ちなみに拳にも間合いの内側があるから、ナイフが至近距離戦に一番有利なのよ。」
「なんかやけに詳しいですね、姫。」
「ただの教養よ。」


スバルは小さな隙を見つけ、相手のガードを崩すための強めのパンチを繰り出す。
それは乙女の誘いだった。
乙女はそれを竹刀で横に逸らし、そのまま前にでる。
腰の前に縦に構えた竹刀の柄の部分で押すように、体当たりをかます。
「でた!」
「なにあれ!?」
「剣道はお互い近づきすぎたら、鍔迫り合いの状態になるから、
地面と全身を使って相手を押すという基本技もあるんです。」
避けることも出来ずスバルは後ろに倒れた。
すかさず乙女は竹刀を振り上げる。
「あ、今笑ったあの女。」
「今までの鬱憤を晴らす勢いの笑みね。」
「ああ言うのが一番怖いよな。素で。」
そのまま上半身を起こした状態のスバルの顔めがけ、袈裟か切りに振り下ろす。
すると次の瞬間信じられないことが起こった。
『!!』
スバルは、竹刀を『噛んで』いた。
「歯で・・・受け止めた。」
そのまま竹刀をつかみ、呆然とする乙女から引き剥がす。
奪い取った竹刀を放り投げながらこう一言。
「今のは美しくなかったな。御見苦しい姿をさらして申し訳ない。」
「いや。そういう問題じゃなくって・・・」
「ところで、武器はなくしてしまったわけですが・・・負けを認めますか?」
すると、乙女はスバルが投げ捨てた竹刀に手を伸ばす。
スバルは竹刀を横に放り投げはしたが、
壁にぶつかってバウンドしてゴロゴロ転がって、スバルより乙女の近くに転がっていた。
外だったらどっか遠くに転がって言っただろうが
「まったく、あまりに非常識で困る。」
『どっちが!!』
ギャラリーから一斉にツッコミが入る。


乙女はまた前に突っ込んできた。
イノシシ又は猛牛さながらの猪突猛進っぷりに、スバルは少々物足りなさ気味である。
竹刀が乙女の間合いぎりぎりのところから打ち出される。
スバルは後ろに下がってかわした。受け止めるにも、間合いを詰めるにも、間に合わない速さだったからだ。
そしたら乙女はその位置のまま、さらに攻撃を繰り出してくる。
「今度は乙女姉さんが間合いを制した!」
「やはり竹刀は強力ですね。」
様々な角度から竹刀が迫る。
それを並外れた反射神経でかわす。
避けきれない攻撃は籠手で受け止める。
間合いを詰めようとすると、返し切りや突きがそれを阻む。
「あれじゃ、どん尻だぜ。」
「避けきれない攻撃を籠手で防いでも、遠心力のこもった剣先の一撃だから・・・」
「腕にダメージが蓄積していくってか。姑息な侍女め。」
「スバルのほうが姑息だったぞ。絶対。」
スバルは袈裟切りに振り下ろされる一撃を、対角線上にはじいた。
それと同時に前に出て、竹刀を持つ手を殴る。
構えを崩された乙女は、とにかく手を腰の前において、体当たりをする。
それをサイドステップでかわそうとするスバル。
少し掠るが、どうにか体勢を崩されることなく避けるに成功する。
「そうか!全体重を乗せた体当たりなら隙も大きい。」
スバルは、渾身の力を奮い、顎を、右ストレートで、殴りかかる。
乙女の、肩が上がる、それより速く、腕が上がる、腕が顔半分を覆う、スバルの拳があたる。
スバルの一撃は乙女の腕が受け止める形で止まった。


足で床に踏ん張るも、後ろによろける乙女。
痛みを我慢して、決め手を放ったつもりだったので、一瞬挙動が遅れたが、
追い討ちをかけようと前に出るスバル。
しかし、乙女は体勢を立て直しながらも腕だけで、バットをフルスイングするかのような一撃を放つ。
スバルのひじを打ち損じる形で、わき腹を打ち抜く。
スバルは、後ろに下がり、乙女はそのまま体制を整え、構えなおす。
二人はしばらくの間、微動だにせず対峙する。
「うわ、こりゃスバルが劣勢だな。」
「でも、相当ダメージが溜まってるはずよね。なんで追い打つかけないんだ?」
「びびってんじゃねえのか。」
「まあ、少しでも動いたら、後の先を取られそうな雰囲気よね。」

スバルは、ふと構えを解いた。
腕をだらりと降ろし、集中を解く。闘う気のかけらもなく、相手の殺気も受け流す。
「おまえ、私を愚弄する・・・いや。これは『無形の構』」
「『無為の構え』ね。」
「なに、俺たちもあんな構え見たことないけど。」
「漫画で見たことあるよ。
構えず気配も消し去るから、どんな動きをするかが予測できないってやつだよね。」
「え、でもあんな体勢からじゃ攻撃とかできないんじゃ・・・」
「それを可能にしなきゃならないから、すごく難しいんですよ。良美先輩。」
乙女もその構えに見覚えがあった。
剣の師匠が、後の先をとる練習のときに見せてくれた構えだ。
一見、勝負をあきらめたような体勢にも見えるが、
その構えに打ち込んでみて、意識が真っ白になるような衝撃を頭に何度喰らったことか。
「まさか学生でそのような戦法をとる奴がいるとはな。おもしろい。」
その顔は、極限の状況を楽しむかのような笑みだった。
勝負は一瞬。


その緊迫した空気は、ギャラリーにも届いていた。
「ふふふ。これは見ものね。」
「何か隠してそうな雰囲気ね、エリカ。」
「あら、気づいた。さすがよっぴーね。」
「よッぴーなんて呼ばないで。」
「でもよっぴーにも教えてあげないわ。だって乙女先輩のあれ、すごい巧妙で・・・あ!」
乙女は自分に可能な最速の面を打ち込んだ。
実は乙女は、動いてないと見せかけて、少しずつ近づいていたのだ。
ふくみ足という技術である。
足の指だけで地を這って、相手に気づかれることなく近づく歩法である。
足の指意外動かず、微妙にしか近づかないので、正面の相手には分かり難いのである。
このとき側面から見ているギャラリーでも、気づいたのはエリカだけであった。
推測異常に早い打ち込みのはずである。普通の相手なら不意をつかれ、避けられない。
それに対するスバルの反射速度は、誰の目にも捉えられないものであった。
「秘技!全音符。無音!!」
スバルの拳が乙女の腹を穿つ。
「がは!」
口から大量の唾液を吐き出し、後ろに吹っ飛ぶ。
糸の切れた人形のように動かなくなる乙女。
「これがボクシングですよ。ミス・ブシドー。刹那のタイミングを見極める動体視力と反射神経。
それが極まって始めて神域のカウンターを可能とするのです。」
言い終わった瞬間、ギャラリーから歓喜の声が沸く。
「すっげー。流石だぜスバル。」
「やった、やったー。あの暴力風紀委員長が無様な姿でのびてやがるぜー。」
「ふうん。鉄先輩より強いか・・・。館長と話して、人事異動も考えとかなきゃね。」
「あの・・・鉄先輩大丈夫なのかな・・・」
皆が騒ぎ立つ中、レオとなごみだけは黙ったままだった。
(乙女姉さんが負けた・・・。なんだろ、この不快感。
スバルのやつは確かにすごかったけど、素直にほめる気にまったくなれねえ。)
(凄まじい闘いだったな・・・伊達先輩。正直すごいと思える・・・)
「ところで、終わりの合図がまだなのですが、生徒会長。」
「そうね・・・。そこま」


突然、スバルが後ろを向く。
その先には、ゆっくりと立ち上がる、鉄乙女の姿があった。
「ふふふ・・・くふふ・・・くはは・・・くふははははは。」
不気味な笑い声を上げ、上段の構えを取る。
その顔は前髪がかかって、目がまったく見えないが、そこより下は歓喜に歪んでいた。
(修羅・・・か)
「どうやら、もう少し時間がかかりそうだ」
そう言ってまた、無為の構えをとるスバル。
先ほどより重たい沈黙が場を支配する。
その静寂を断ち切ったのはやはり乙女だった。
(さっきより速い。)
勝負は一瞬。
乙女の動きを見極めるために、全神経を騒動員して、感じ取る。
乙女は後ろ足で一歩踏み込み、上にあげた竹刀を全力で叩き下ろしてきた。
この凄まじい一刀を避け切れれるか否かが、勝敗を決定する。
上から振り下ろされる竹刀を、体を左に動かし避けようとする。
頭と竹刀の高低さ50センチ 左足を前に出す。
頭と竹刀の高低さ10センチ 右足で強く地面を蹴る。
頭と竹刀の高低さ5センチ 体を左前に出す。
竹刀が髪と耳を掠めるのが分かった。
しかし振り下ろしきった乙女は、スバルに致命傷を与えることなく、大きな隙をさらけ出した。
(もらった。)
スバルは間合いを詰めようと前に出る。
しかし、そのとき腕とは別方向から、何かが飛んできた。
スバルの股に向かって、
乙女の蹴りが。
『カキーン』(甲子園で金属バットを持った選手がホームランを打ったときの音を御想像してください)


ギャラリーも流石にこれには目を見開く。
レオとフカヒレにいたっては、反射的に股間を押えている。
その柔らかい『ナニ』かを蹴り潰す感触に、乙女は目を瞑り勝利の余韻に浸る。
「ふん。所詮、規律のためにすべてを捨てられる私と、そうでないお前の差は・・・」
目を見開いた乙女は、夢か現か幻か見えたような気がした。
周りが呆然として止まってる中、彼女だけが、ただ一人。
最高のご馳走に喰らい付こうとするかのごとく、
大きく開けた口からよだれを溢し、悦びに顔をほころばせ、右手を引き絞り
『悲鳴を上げろ。豚のような。』って感じを醸し出してる、
スバルの姿が。
「秘技!鎮魂曲・怒りの日」
スバルの拳が、乙女の顔面を抉るように打ち込む。
乙女は後ろに吹き飛び空中で一回転しながら地面に叩きつけられる。
スバルはすべてが終わって気が抜けたような笑みを浮かべて、なごみの方を向く
「やっぱ俺って、不可能を可能にする男?」
剣道場は沸き立った。
結果はどうあれ、その場で繰り広げられた一瞬の激闘は、
ギャラリーの度肝を抜き、興奮させ、感動を与えるものだった。
ただひとり・・・レオを除いて。


決着がついてしばらくした後、スバルはなごみと二人っきりになる機会を得た。
「しかし、股間を蹴られてよくもそんなに平気で・・・」
「ああ、そのこと。」
スバルはちょっと誇らしげに、しかし声を潜めて答える。
「実は、体の中に・・・骨盤の内側に納まっておいてるんだよ。」
「え・・・そんなことって出来るんですか。」
「ああ。なんかの武術の秘儀らしいんだけど。ガキの頃から、勝負事の時にやってたんだ。
どんな風になってるか、実際に見てみる?」
「いっ、いいです。やめてください。」
あわてて否定する。
「はっはっはっはっは。」
スバルはいたずらが成功した子供のように笑う。
「まったく。伊達先輩がそんな下品な人だとは思いませんでした。」
少し不機嫌そうにそう告げる。
「いや。誰にでも見せていいと、思ってはいないさ。」
「・・・ならどういうつもりですか?」
少し場の空気が冷える。ちょっと困って、スバルは誤魔化すように言う。
「まあ、そのー・・・。君の可愛らしい顔を見たかったていうのが一番かな。」
「な・・・!」
顔が赤くなるなごみ。
「あんまり恥ずかしいことを言わせないでくれよ。」
余裕を取り戻し、少しだけ照れくさそうに答えるスバル。
「そ・・・そんなの先輩が勝手に言ってるだけじゃ・・・」
いまだ顔が赤い、なごみの手を取り、畳み掛けるように告げる。
「君にはあまり情けないところは見せたくないんだ。
その思いが、この戦いのきっかけでもあるし、俺を支えたってのもあるんだ。」
「だから、先輩が勝手にやってるだけじゃないですか。私には関係ありません。」
少しだけ冷静さを取り戻したような、なごみの態度。
スバルは、そっと手を離して後ろに下がる。
「・・・今は俺の独りよがりだろうけどね。
まあ、あんまり野暮なことを言い続けるのもなんだしな。
俺の思いを分かってくれただでもいいさ。」


スバルはそれ以上は言わずに、静かに背を向けた立ち去っていく。
「・・・・・。」
その後姿を黙って見送るなごみ。
しかしその体は火照っており、胸の鼓動は早かった。
それが何を意味しているのかは、今のなごみにもを分からなかった。


「ん・・・ここは。」
「剣道場だよ。」
ようやく目覚めた乙女に、声をかけたのはレオだった。
この場に残っているものは、乙女とレオだけである。
「まあ、どこかに運んで安静させるのが一番なんだろうけど、
原因が原因なだけに保健室に運ぶのもなんだし、家まで運ぶのもちょとね・・・」
二人掛りで運んだら外聞が悪くて、一人で運ぶにはちょっと重い、と言おうとしたがやめた。
「ごめんね。満足な手当ても出来ないで。」
「そうか・・・。負けたんだったな。私は。」
枕代わりの鞄から頭を離し、上半身を起こしながら問う。
「・・・・・。うん。」
レオは躊躇しながらも正直に答える。
「くそ!!」
乙女は強く床を殴りつける。本気で悔しがっていた。
「何たる無様だ!私は風紀委員なのに・・・規律を守る立場なのに!!」
痛みに痺れる腕を意に介さず、何度も殴りつける。
何度も。何度も。


「乙女姉さん・・・別に、そんなに気に病むこと・・・」
「べつに!?別にですむか!!」
ここまで感情あらわに怒られたのは初めてのことである。
乙女はいつも、冷静だった。
少なくとも、八つ当たりのように相手を叱る事なんてなかったのに・・・。
「私は規律を守る立場にあるんだぞ。
規律というのは、人間社会において最も大切なものだ。
善人にとって、自分のすべき行為を迷うことなく導く指針となり、
悪人に対し、悪行への対応を示し牽制するもの。
すべての人間に必要なものだ。これなくして国も学校も成り立たない。
そこにはあやふやな部分は許されない。
そうすれば、規律に乱れが生じ、それによって形成された社会も崩壊する。
無論、規律の構造だけでなく、人々がそれを守ることが一番大切だ。
それを身内だからとか、相手が怖いからとかという理由で、緩やかにすることは許されない。
しかし、道徳や正義などを持ち出して人々を律することは、非常に有効で平穏安泰な事なのである。
そして、いくら理論や徳を聞かせても逆らうものに対して、強制的に恐怖を持って律するんだ。
私はその実力行使を担う役目にある。
その私が力で抑えられない生徒がいるということは、すなわちそこから規律が乱れるということだ。
私の力が及ばぬせいで。
武家の子として、情けない。」
そのときレオは、やるせない気持ちでいっぱいだった。
自分は両親が出かけて家でだらだら過ごして、毎日友達とぶらぶらして、
そんなに物事を深く、真剣に考えたことなどなかった。
乙女の言ってることは、正直言って正しいとは思えない・・・なんとなく。
しかし、ただ毎日をなんとなく過ごしてきて、何の信念も主義も持ってない自分。
毎日厳格な教育を受けて、頑な信念を持って生き続けた乙女。
そんな自分と乙女の言葉では、重みが違う。


ただの古臭い考えだとも思えれば、今の価値観とは相成れない真理とも思える。
たとえ乙女がただの偏執狂だとしても、
自分には説得することどころか、判断することさえ出来ない。
それが何より悔しかった。
自分は乙女を慰めることが出来ない。
間違ってるといって、場違いなことで気に病んでいる乙女に言い聞かせることもできない。
乙女の悔しさと悲しみを分かち合い、これからはもっとがんばろうと励ますことも出来ない。
自分は乙女の力になれないのだ。
この事実がレオを苛んでいた。
               ガバッ
「・・・レオ」
レオは乙女に抱きついた。少しでも乙女を慰められればと思っての行動だ。
的外れだったかもしれない。不器用すぎたかもしれない。
でも、たとえ自分の行動が間違いだとしても、
乙女を慰めたいと思う想いに間違いはない。
「大丈夫だよ。乙女姉さん。」
そういって、自分なりの慰めの言葉をかける。
「スバルは、そんな悪いやつじゃないよ。だからスバルに勝てなくったって、問題ない。」
自分には難しい話で言って聞かせることなど無理だと分かっている。
だから、理屈ではなく直感で言い聞かせることにした。
「さっきの話を聞かなかったのか。親しいからと言って、ひいきしたら他の者からの不満が募りそこから・・・」
「大丈夫。」
乙女の話を中断する。
「そんなこと言ったって言わなくたって、スバルは立派な人間だ。だから大丈夫だよ。
理屈がどうこうだけじゃなくって、人を信じるってのも大切じゃないかな。」


「・・・・・・・」
しばらく黙り込む乙女。そして・・・
「ふん、そんな事言われなくとも分かっている」
そういって、レオの体を引き離すと立ち上がる乙女。その顔はいつも通り凛としていた。
「しかし、女を慰めるつもりなら、全然ダメだな。
言ってる事も、やってる事も、せいぜい気休めがいいとこだ。」
「あ、ひでぇ。せっかく励まそうとしたのに。」
「ふん。この私を励まそうなどと10年早い。
しかし、私が取り乱したりした為に、お前に慰められたりするとはな。まったく我ながら情けない。」
「そ、そんな言い方はないだろ。
くそっ。俺がどんなに・・・」
そっぽ向いて、ぶつぶつ不貞腐れるレオ。
(本当は分かってるさ。不器用ながらお前なりに一生懸命励まそうとしたその気持ちは。)
「だいたい、スバルが言い寄ってたときと全然態度が・・・あでっ!」
照れ隠しに、軽く拳骨をかましながら乙女は言う。
「ふん。当たり前だ。他の男なら戸惑うこともあるが、お前相手にそんなことはない。」
そういって、無理やりレオをシャキッと立たせ、面と面向かい合って言い切る。
「私は、弟分のお前を、強く正しく立派な男になるよう導いてやらねばいかんからな。」
(それが、姉貴分としての私の愛情だ。
だから、お前にだけは、弱いところを見せたくはないからな。)
レオは、そのときの乙女の顔を真正面から見て惚けているが・・・だからこそ、
男女の仲へのハードルは、まだまだ高い事には気づいてない。


(作者・さすらいのニトロファン氏[2005/08/25])

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