「え、行ったことないの?そんな遠くでもないのに」
「今までは通学時間が長かったからな。
 自宅と松笠を往復するので精一杯だったというのもあるし
 きっかけがなかったというのもある」
そういえば、乙女さん自宅から通っているときは
すごい早起きして学校に来てたんだっけ。
「休みの日は修行や勉強に時間を取られて
 あまり遠出はできなかったしな」
なんていうか、乙女さんって今時の学生らしくないよな。
「俺も案内できるほど詳しいわけじゃないんだけど」
「そうか・・・」
「だけど・・・お寺とか仏像とか好きなの?」
「うむ、何というか・・・
 ああいうものを見ていると
 落ち着くし、心が引き締まる気がするんだ」
うーむ。
俺なんか小学校の頃に遊びに行ったときは
ただ退屈なだけだったけど。
まあ、これも乙女さんのためだと思えば
たまにはいいかもしれない。
「わかった。
 何度かは行ったこともあるし、俺で良ければ案内するよ。
 えっと・・・土曜日でいいの?」
「うん。悪いな、せっかくの休みを」
「いいってこと。
 たまにはお姉ちゃん孝行もしなきゃね」
「ありがとう。やっぱり・・・レオは優しいな」


そして土曜日。朝早く起きて松笠駅へ。
「切符はどこまで買えばいいんだ?」
「えっとね・・・」
金額を言うと、乙女さんは俺の分まで切符を買おうとする。
「いや、いいよ俺の分は自分で・・・」
「案内を頼んだのは私だからな。
 今日は、全部私のおごりでいいぞ?」
うーん・・・
「あのさ・・・端から見ると、俺たちって・・・その・・・
 普通のカップルなわけですよ」
「う・・・あ、姉弟じゃ・・・ないのか・・・?」
うわ、乙女さん真っ赤だ。
「で、できれば、その・・・カップルに見られたいわけで。
 それがですね、男の俺がおごられていたりすると
 何というか・・・情けなく見えちゃうんじゃないかと」
「そ、そうか・・・難しいものだな。じゃあ・・・」
乙女さんが財布から一万円札を取り出し
そっと俺の手に握らせる。
「これを使え。これならレオの面目も立つし
 私も気が治まる」
もらった小遣いでおごるってのもどうかと思ったが
これが乙女さんとしては最大の譲歩なのかもしれない。
「うん、じゃあ切符買ってくるよ」
「足りなかったら言うんだぞ?」
そんな遠くじゃないって・・・


そして目的地に到着。
名所・旧跡の多いこの街は、古都としても知られていて
ちょっとした観光地でもある。
まずは定番の大仏様かな、なんて考えていると
ん?誰か走ってくる。
先頭は・・・金髪ポニーテール(一瞬、姫かと思った)の若い女性。
そして、その後を数人の男たちが
「待てーっ!」とか叫びながら追いかけている。
「なんだ、あれは・・・?
 どうも女性が追われているようだが・・・
 事情がどうあれ、感心せんな」
案の定、乙女さんの正義を愛する心が燃え上がったようだ。
見る見るうちに、金髪の女性は近づいてくる・・・
って、スゲエ足速いな、おい。
女性が通り過ぎた後に、パッと乙女さんが飛び込んで
男たちの前に両手を広げて立ちふさがる。
見たところ・・・肉屋っぽいのとかコックさんみたいなのとか
普通の商店街のオッサンみたいな人ばっかりだな。
「ちょ、どいてくれ!」「おい、邪魔すんな!」
「事情は知らぬが、昼日中から数人がかりで
 若い女性を追い回すとはいかがなものか!?」
「事情もなにも、食い逃げだよ、食い逃げ!」
「・・・は?」
キョトンとする乙女さんの前で、オッサンたちが地団駄を踏む。
「だから・・・ああ、チキショウ、もう追いつけねえ!」
振り返れば・・・金髪ポニーテールははるか彼方まで走り去っていた。


どうもあの女は食い逃げを(しかも数軒で)やらかして
逃げていたらしい。
さらに驚いたことに、しょっちゅうやられているとか。
後で家族の人が払いに来るらしいが、迷惑な話だな。
事情を聞いた乙女さんは平謝りに謝っていた。
「まったく・・・ろくでもない女だったな。
 助けてやったのに自分だけさっさと逃げてしまったし」
何とか許してくれたオッサンたちと別れて歩き出したが
乙女さんの怒りは収まらない。
「目立つ女だったからな。今度見かけたら容赦はせん!」
乙女さんはちょっと容赦しないとマズイと思うけど
怒ってるっぽいので黙っておく。
そんな騒動もあったせいか
大仏様を見終えた頃にはちょっと小腹が透いてきた。
「ちょっと軽く何か食べようか?
 おいしいお団子を出す茶店があるらしいよ」
キラーン。
乙女さんの目が輝いた。
食べ物や関係の情報、ネットで調べておいてよかった。
「ほう、団子か。私はちょっと団子にはうるさいぞ?
 何しろ実家は柴又だからな」
「?何で柴又だと団子にうるさいのかわからないけど
 まあ行こうか」
ちょっと悲しそうな乙女さんを連れて
調べておいた茶店に向かった。


「!」
茶店が視界に入ったところで、乙女さんが急に立ち止まる。
「どうしたの?・・・あ」
さっきの金髪ポニーテールだ。
「のうのうと茶を飲んでいるな。
 引っ捕らえて警察に突き出してくれる」
ぎゅ、と乙女さんの拳が堅く握られる。
「いや、さっきの人たちも
 そこまでする気はないって言ってたじゃん」
「む・・・だが、事情を知らなかったとはいえ
 食い逃げ犯の逃亡に手を貸してしまったのだ。
 このままでは私の気が済まん」
やれやれ・・・
「ねえ乙女さん。せっかくの・・・その、デートなんだから
 面倒ごとはちょっと避けない?」
「う・・・すまない。
 だが、これが私の性分なんだ。
 こんな堅苦しい女は・・・イヤ、か?」
そうだった。
こういうことが見逃せないのが乙女さんで
そして、そういう乙女さんを俺は好きになったんだ。
「・・・ゴメン、俺が間違ってた。
 悪いことを見逃すようじゃ、乙女さんらしくないもんね。
 じゃ、俺も手伝うよ」
まあ、手伝うことなんかないだろうけど
やりすぎないように止める必要ならあるかもしれないし。
「うん、ありがとう、レオ」
少し頬を染めて嬉しそうな乙女さんと
茶店に向かって歩を進めた。


さっきの金髪は、こっちのことを覚えていないのか
俺たちが近づいても何も反応がない。
祈先生レベルの(と思われる)見事なプロポーション。
そして姫に勝るとも劣らない見事なブロンド。
少し俺たちより年上、かな?
しかし、普段は年長者を敬う乙女さんも
この相手にはそんな遠慮はない。
「おい、お前」
「にゃ?」
・・・にゃ、ってなんだ。
「さっき駅前で、食い逃げをして逃げていっただろう」
「・・・おお!」
思い出した、というようにポンと手を叩く。
「えっと・・・ホットドッグ屋の子?」
「違う!」
思い出してはいなかった。
「途中で追っ手との間に割り込んで足止めをしただろう!」
「あ、そういえばそんなのいたっけ」
「さっきはまんまと騙されたが
 ここで会ったが百年目だ。覚悟するがいい!」
「騙したとか覚悟とか言われても・・・
 もうみんな食べちゃって何も残ってないから
 分け前は出せないにゃー」
「っ!誰が!分け前など要求するかっ!」
いきなり乙女さんの蹴りが飛ぶ!
「おっとぉ!?」
そして
信じられないことに、金髪はその蹴りをひょいとかわしていた。


「いきなり何するにゃ!」
目をつり上げて金髪が怒る。
「む・・・多少はやるようだな」
「フン!この辺でアタシに喧嘩売る奴がまだいたとはね・・・」
ジリジリと間合いを探りながら隙を窺う二人。
「はっ!」
いきなり間合いを詰め乙女さんの正拳突き!
「甘いっ!」
止めたっ!?
おいおい、フツー受けた腕とか折れますよ?
が、金髪は気にすることもなく、受けた拳をさらに引っ張り込みつつ
顔面にエルボーを叩き込もうとする。
その腕をさらに乙女さんが逸らしつつ
呼び込みながら捻って投げ!
ぶぅん、と乙女さんの頭上で金髪の体が弧を描く。
が、金髪はくるりと身を翻して、着地ざまにハイキック!
乙女さんがその蹴りを屈んでかわし、そのまま足払いを放つが
軸足のみの不安定な姿勢で金髪もこれを飛んでかわす。
日頃乙女さんに鍛えられているのと、少し離れて見ているせいで
なんとか攻防を目で追うことはできるが
これじゃ介入したらただじゃすまないな。
けど、このまま放っておけるわけもない。
「乙女さん、今・・・!」
加勢しようとしたときだった。
「何をやっておるか、瀬芦里!」


凛とした声が響きわたる。
瞬間、動きを止める二人。
声のした方に目をやれば、小柄な、巫女服姿の女の子・・・
いや、女の人が茶店の前に立っていた。
背は低く、カニぐらいしかない。
顔もどこか幼さを残しているのに、不思議な威厳があった。
「あ、ひなのん」
「ひなのん、ではないわ、たわけが!
 天下の往来での喧嘩騒ぎ、迷惑千万であろう。
 見よ、茶店の客も通行人も往生しておるではないか」
う。たしかに、いつの間にか
通行人が遠巻きにして俺たちを見ている。
「そちらも、いったん退かれよ」
「は・・・はい」
乙女さんが構えを解いてすっと下がる。
金髪も少しさがった・・・瀬芦里と呼ばれていたが、知り合いか?
周囲からはざわめきとともに「流石は雛様だ」などと声が聞こえてくる。
「それで・・・諍いの理由はなにか?
 双方、言い分を申してみよ」
「アタシがお茶飲んでたらいきなり喧嘩売ってきたにゃー」
「っ!何を言う!そもそも・・・!」
イカン、また不穏な空気が。
「ああ、乙女さんはちょっと下がって。
 えーとですね、ことの起こりは・・・」
かいつまんで、俺が巫女さんに事情を説明した。


話し終えると、巫女さんがジロリと金髪を睨む。
「・・・今の話、真か?」
「うー・・・逃げっ!」
金髪は分が悪いと見たのか、いきなりきびすを返すと
すさまじい勢いで逃げ出した。
「あ、これ、待たぬか!」
「にゃははは、待たないよー!」
見る間に小さくなっていく金髪の背中を見つめながら
巫女さんはため息をつくと、俺たちに向き直った。
「誠に申し訳ない。
 我は柊 雛乃と申す。あれは我が妹の瀬芦里で・・・
 妹がご迷惑をおかけした。許されよ」
そういうと巫女さん-雛乃さんはペコリと頭を下げた。
それにしても、妹だったのか。
「い、いえ・・・
 私もつい頭に血を逆上せてしまい、手荒な真似を。
 失礼いたしました」
相手に丁寧に出られると、乙女さんも礼儀正しい人なので
深々と頭を下げた。
雛乃さんがにこりと笑う。
「ところで・・・
 見たところ、観光でおいでのようだが
 この茶店に立ち寄られたのでは?」
「あ、はい。お団子が美味しいってことだったんで」
「ならば、ここは詫びということで我に奢らせてもらおう。
 おーい、主、団子と茶を3人前頼む!」


それから帰りの電車の中まで
乙女さんはあまり喋らず、何か考え事をしているようだった。
俺も余計なことは喋らずにいたので
あまり会話のないデートになってしまった。
すっかり日の暮れた頃に松笠駅について
夕食は外でとろうか、と考えていたところで
歩きながらぽつり、と乙女さんがつぶやく。
「世間というものは、広いものだな」
「・・・え?」
「今日出会った二人のことだ・・・
 瀬芦里という女、あれはかなりの使い手だった。
 私と互角に渡り合える女がいるとはな・・・」
「まあ、男でもそうはいないだろうしね」
正直、俺も驚いたもんなぁ。
「それでいて、特に武術をやっている動きではないんだ。
 ただ筋力とスピードと反射神経だけで私と渡り合っていた」
「そうなんだ・・・なんか動物みたいな人だね」
「うむ。だが、もっと感銘を受けたのは・・・
 姉の雛乃さんのほうだな」
「ああ、なんか不思議な人だったね。
 体は小さいのに、何か貫禄があって」
「あれが・・・将の器、というのだろうな。
 なかなかお目にかかれない、人物だな、あの方は」
二人のことを話す乙女さんの目はキラキラと輝いている。
「いい出会いがあったってわけだ。
 出かけた甲斐があったね」
「ん・・・まあ、そういうことかな」
?なんだろう、今まで機嫌良く話していたのに
乙女さんは不意にまた黙り込んでしまった。


結局、外食のことも切り出せないまま家まで戻って来てしまった。
家のリビングに入ると、乙女さんが意を決したように話し出す。
「レオ・・・私の進路のことなんだが」
「ん?」
「大学まで進んで、その後は
 教師か保母さんになりたい。そう思っていた。
 それなら・・・お前とも離れずに済むしな」
「うん・・・」
乙女さんの進路は、始めは鉄の道場を継ぐということで
そのために大学卒業後は祖父の陣内さんと
武者修行の旅をする、という予定だった。
それが俺と恋人になったことで
いわば第2希望だった教師か保母さんになる、ということに変わったわけだ。
「だが・・・今日、あの二人に出会ってその考えが揺らいでいるんだ・・・
 松笠をほんの少し出ただけで、あれほど素晴らしい人に出会えた。
 私は・・・もっと多くの出会いを経験したい」
乙女さんの語りが熱を帯びてくる。
「もちろん、この松笠でも素晴らしい出会いはあった。
 橘館長や、生徒会の皆。クラスの仲間。どれも貴重な出会いだ。
 何より・・・お前と、また・・・こうして・・・」
頬を染めて乙女さんはちょっとうつむく。
が、すぐにまた顔を上げ話し出す。
「だけど・・・もし・・・
 日本中・・・いや、世界中をまわればどれほどので合いがあるだろう。
 そう思うと・・・今すぐにでも旅に出たい、そんな気分なんだ・・・」
「つまり・・・武者修行の旅に出てみたい、ってこと?」
「う・・・レオは・・・
 私のこと・・・待っていてくれるか?
 何年かかるかもわからない修行の旅だが・・・待っていてくれるか?」
なんだ。そんなことで考え込んでたのか。
俺の答えなんて決まってるのになぁ。
「いや、待たない」


「!・・・そ、そうか・・・
 そうだな、仕方がないことだ・・・
 私は・・・私は・・・」
乙女さんがうなだれ、肩を震わせる。
・・・泣いてる?
あわてて俺は言い足した。
「えーと、勘違いしてるみたいだから言うけど
 別に俺、ここでずっと待ってることはしないってだけだよ?」
「・・・え?」
「俺もついてくよ、修行の旅」
乙女さんはキョトンとした顔で俺を見つめている。
「だいたい、乙女さんらしくないよ。
 なんで『修行の旅に出るぞ、ついてこい!』って言ってくれないのさ?」
「だ、だって・・・
 爺様との修行の旅なんだぞ?
 それはつらくて厳しい、命がけの旅になる・・・」
「俺はやるときはやる」
「レオ・・・レオッ・・・!」
「うわ!?」
乙女さんの柔らかな体が飛び込んでくる。
そのまま、熱烈なキスが雨あられと降り注ぐ。
「すまない・・・もう、絶対離さないから・・・
 どこに行くのも、一緒だから・・・
 ずっと・・・そばに、いて・・・」
「うん・・・俺も、乙女さんから離れない・・・」
「よし!そうと決まればもっとレオも鍛えないとな!
 鍛錬も、もっと厳しくするぞ?」
うへ。まあ、そう言い出すかなとは思ったけど・・・
「あー・・・いいけど・・・明日からにしない?今夜は、別の鍛錬のほうを」
乙女さんが赤くなって、だけどニッコリと笑う。
「コイツめ・・・いいぞ・・・
 私も、今夜は思い切り可愛がってやりたい気分だ・・・」


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/16])

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