「教育実習?」
柊家、茶の間。
珍しく巴から切り出された話題は、来週から始まる実習についてだった。
「う、うん。だから、ちょっとの間、家事とかあまりできないんだ」
「それはまあ俺に任せておいて」
「うん、ありがとう空也。私も、できるだけはやるから」
何かと遠慮しがちな巴を、雛乃がピシリと諭す。
「いや、巴。実習とはいえ、人様の子弟を教える立場になるのだ。
 ここは家事のことは空也に任せ、実習に専念するがよかろう」
「そうそう、だいたい家事なんてイカにやらせとけばいいのよ」
「う・・・じゃ、じゃあ・・・悪いけど、空也、お願い」
「あいあい。任せといて」
それまで黙っていた要芽も口を出し始める。
「ところで巴、なんという学校に実習に行くの?
 卒業校じゃないのでしょう?」
「うん。松笠の・・・竜鳴館ってところ」


「あー・・・あふ・・・」
「んだレオ、でっけぇアクビしやがって」
スバルがニヤニヤしながら俺の脇腹をつつく。
「てて、やめろって・・・だってなんか退屈だろ・・・」
竜宮でまったり過ごす対馬ファミリー。
姫も佐藤さんもいないし、乙女さんも拳法部に行ってしまったので
なんか俺の部屋にいるときと雰囲気が変わらない。
「そんなこと言ってると、また乙女さんにしごかれるぜ?」
「いや、それはいつもだから」
秋の文化祭の準備が始まるまでは生徒会のほうもわりとヒマだ。
仕事がないなら、といって椰子なんかさっさと帰っちまった。
「最近はこれといったイベントもないしな・・・」
「おいおい、イベントってわけじゃないけど、来週はちょっとあるじゃないか」
フカヒレが何か嬉しそうにしている。
「?なんかあったっけ?」
「教育実習。なんか、すっげえ美人の先生が来るらしいぜ?」
「ああ、そういえばそうだったな・・・
 って、美人ってどっからの情報だよ?」
「ま、さる筋からな」
「お前、ホントそういう情報入手するの早いよな」
「情報は入手するけど、その情報を生かせないからねコイツ」
カニは頭悪いくせに、こういう指摘だけは正鵠を射たものだったりする。
「うるせーよ!夢ぐらい見させろっての!」
「知ってるか?にんべんに夢、と書いて『はかない』と読むんだぜ?」
「あーあ、ヤダヤダ夢のない連中は!
 俺は、いつまでも見果てぬ夢を追い続けるぜ」
「お前の夢は偏りすぎだ」


「そうだ、乙女さんは教育実習生のこと何か聞いてる?」
夕食後のお茶を飲みながらちょっと気になってたので乙女さんに聞いてみる。
・・・フカヒレが美人だ、とか騒いでたからじゃないぞ。
「うん?そうだな、私も詳しくは知らないが・・・今年は一人だけらしい。
 館長は、面接して気に入った人物の実習しか受け付けないそうだからな」
なんていうか、あの人らしい。
しかし、一人しか実習生がこないってことは
その人がフカヒレが言ってた美人先生なのかな?
「科目はなんなんだろう」
「確か、日本史と聞いているな」
「日本史かぁ。なんかこう・・・和風のおしとやかな人を連想させるね」
「私だって純和風だぞ?」
でも、おしとやかじゃない、とは口が裂けても言えない。
まだ死にたくないし。
「日本史といえば、お前、日本史の成績がちょっと下がってたな」
「・・・おやすみなさいっ!」
「待て!」
察して逃げようとしてが、無駄だった。
「私は日本史は得意だからな。
 実習の先生に恥ずかしいところを見せないですむように、ちょっと教えてやろう」
くそ、とんだヤブヘビだ・・・


そして月曜日。
「おっはよー!」「おはようー」
「おはよ」「おはよーん」「ちーっす!」「おはようさん」
通学路を歩く俺たちに、姫と佐藤さんが合流してくる。
「珍しいわね、対馬ファミリーが揃ってこんな早く登校なんて」
「そういえばそうだね。対馬君とかと、あまり一緒にならないもん」
「けっ、こいつら揃いも揃って、教育実習生が目当てらしいぜ」
「ああ、今日からだったわね。
 なんでも、HRとかウチのクラスに来るらしいわよ」
「おお、ラッキー!
 これは運命だね。運命を感じるね!」
「オメーの運命とか想像すっと哀れみしか感じねーんだけど」
「うるせーよカニ。見てろ、今に必ず幸せになってやるから」
それは今が幸せじゃないやつのセリフだぞ、フカヒレ。
やがて正門が間近になってきた。
何気なしに見ると、いつものように乙女さんが立っているそばに
背の高い人影が一つ、近づいていく。
制服じゃないところを見ると先生・・・っぽいが
見たことない人のような・・・
「おい、あれがひょっとして実習の先生じゃないか?」
「え、どれどれ?」
さらに正門に近づくと、だんだんとその人の姿がはっきりしてきた。


第一印象は・・・
「でかっ!」
「背ぇ高ぇなオイ」
「ホント。並んで立ってる乙女さんが小さく見えるぜ」
「でも、ゴツイって感じじゃないわね。
 スラリとしてて、それでいて出るところはバーンと出てるわ」
「うん、すごくスタイルいいよね。モデルさんみたい」
「ち、背ぇ高くて巨乳かよ。ココナッツみたいで気に入らねーな」
一言で言えば、目立つ人だった。
やがて校門に。
俺より背、高いなぁ。スバルとタメぐらいか?
とりあえず、声をかけよう。
「改めておはよう、乙女さん」
「ああ、皆揃って登校か。ちょうどよいところに来たな。
 こちらが、今日から我が校で教育実習を受けられる、柊先生だ」
乙女さんが紹介して、その人、柊先生がぺこりと頭を下げる。
「柊、巴・・・です」
間近に見ると、すごい綺麗な人だ。
スラリとした長身に凛々しい顔立ち。
見た目の雰囲気としては乙女さんに近いだろうか。
・・・ん?
見つめているうちに、柊先生の顔がどんどん真っ赤になっていく。
緊張しているのかな。
なんだか・・・年上だけど、ちょっと可愛いと思った。


「柊先生、この者たちは皆、先生が受け持たれる2−Cの生徒です。
 正直、問題児ばかりですが、根はいい奴らですので、よろしくお願いします。
 さあ、お前達もちゃんとご挨拶しないか」
乙女さん、仕切るなぁ。
ま、挨拶はきちんとしなきゃね。
「霧夜エリカです。ここ竜鳴館の生徒会長やってまーす」
「対馬レオです。いちおう、生徒会副会長、です」
「佐藤良美です。私も生徒会所属で、書記をやってます。よろしくお願いします」
「鮫氷新一っす!俺も生徒会所属。わからないことは、何でも聞いてくださいよ」
「伊達スバルっす。一応生徒会にもいるけど、本職は陸上部。よろしく」
「蟹沢きぬ。ボクも生徒会ね。ヨロシク」
顔を赤くしながらも、柊先生はニコニコしながら
俺達の自己紹介を聞いている。
「あは、皆生徒会メンバーなんだ。優秀なんだね」
乙女さんがため息をつく。
「私も、生徒会に籍を置いていますが・・・
 残念ながら、優秀なのは姫と佐藤ぐらいです」
「あう?・・・姫?」
首を傾げる柊先生。それはいいが・・・あう、ってなんだ。
「ああ、失礼、姫というのは霧夜のあだ名です。
 その霧夜にしても、成績は文句なしなんですが
 なにぶん素行が悪いもので困っています」
「ちょ、ちょっと乙女センパイ。私のどこが素行が悪いっていうんですか」
食ってかかる姫を、しかし乙女さんはしれっと受け流した。
「ん、いかん、もうこんな時間か。
 お前達、早く教室に行け。柊先生も、職員室へお急ぎください」
「あう・・・じゃ、じゃあ、皆、また後で」
また、あうって言った。口癖かな。
ペコ、と頭を下げて職員室へ向かう柊先生。
なんとなくいい人っぽいな。気は弱そうだけど。


「はーい皆さーん。今日は転校生を紹介しますよー」
「え、え、え?あ、きょ、今日から転校してきました、柊巴です・・・」
・・・天然?
「はい、それでは柊さんの席は・・・あらあら、困りましたわ〜
 空いている席がありませんわね〜」
「あう・・・じゃ、じゃあ机と椅子、持ってきます」
どこまでボケるのかこの人は。
「柊先生!よかったら、ボクの席で!」
「バカかお前。お前はどこで授業受けるんだよ」
「・・・フカヒレさんはどうせいらない子ですし〜」
「違うでしょ違うでしょー!俺と柊先生で、一つの机を分け合って使うんでしょー!
 っていうか、いらない子ってことないでしょー!」
そもそも、教師は生徒の席を使わないがな。
「あう・・・わ、私はどこで授業を受ければ・・・?」
って、まだボケてるし。
「柊サン。貴方は授業を受けにではなく、授業を教えにいらしたんですよ?」
「あっ・・・そ、そうだった」
マジで忘れてたのか。緊張してるとはいえ、大丈夫なのか。
カニが勢いよく手をあげる。
「はいはーい!柊センセーってなんか呼びにくいから
 巴センセーって呼ぶのがいいと思いまーす!」
おお、カニにしちゃ割とまともな意見。
「そうですわね〜。柊サン、いかがですか?」
「は、はい・・・私も、なんとなく・・・そのほうが気楽、です」
「じゃあ決まりね。巴先生、短い間ですけど、よろしくお願いしまーす!」
いいところはいつものように姫が締める。皆も合わせて
『よろしくお願いしまーす!』
「はっ、はいっ!・・・よ、よろしくお願いしますっ!」
勢いよく、深々と頭を下げる巴先生。
なんか・・・どっちが教師だかわからんな・・・


そして、数日が過ぎた。
例によって俺の部屋でくっちゃべる対馬ファミリー。
「しかし、巴先生って面白ぇーよな」
フカヒレは、巴先生が気に入ったらしい。
背が高すぎるからちょっとアレなんだそうだが。
「面白いっていうか、慣れてなくてわたわたしてるんだろ。
 でもその様子がなんていうか新鮮なんだけどな」
「基本的には真面目なんだけど、結構大目に見てくれたりもするぜー。
 祈センセーほどじゃないけどさ」
「あの人はまた特別だから比較にはならん」
「あと、すっげぇ優しいな」
「あ、それそれ。なんて言うの、困ってる人を絶対見捨てられないタイプ」
思い思いに巴先生について話していると、乙女さんが部屋に入ってくる。
「またお前達かというのも、もう言い飽きたぞ私は・・・」
「まあまあ。そうだ、乙女さんは巴先生のこと、どう思う?」
「ん?巴先生か・・・
 教え方はとても丁寧だな。真面目ないい人だとは思う。が・・・」
「・・・が?」
「教師としては、少し優しすぎるのではないかな。
 祈先生だって、授業に限っては厳しいだろう?
 そういう厳しさが、あの人には足りないような気がする。
 まして、我が校の気風には・・・あまり、合わないのではないかな」
言われてみれば・・・そうかもしれない。
「でも、館長が面接して、気に入ったからウチに実習に来てるんだよね?」
「うむ。そこが私にもわからん。
 館長はあの人のどこが気に入ったのだろうな」
「・・・胸とか?」
「姫じゃあるまいし、館長がそんな不純な動機で人を選ぶか、たわけが!」
だよなあ。
まあ、あの館長のことだから、何か考えがあってなんだろうけど。


2週間。教育実習の期間はあっと言う間に過ぎて
今日が、巴先生の最後の授業。
結構楽しかったし・・・ちょっと、寂しい。
2時間目が終わっての休憩時間に
ピンポンパンポーン
あれ、生徒会の校内放送?
『テステス・・・あ、あ・・・
 皆さん、こちらは生徒会執行部です。
 先ほど、警察よりあった連絡によりますと
 松笠港から野手山動物園へ移送中の・・・』
またか。この間は犬だったが。
「よかったな、カニ。また活躍できるぞ」
「よ〜し、今度こそ食っちゃる!」
食う気満々だ。
『・・・アラスカヒグマが、逃げ出したとのことです』
マジ?
「おい、ホントに今回は熊らしいぞ」
「上等!」
「バカ、やめとけカニ。犬と熊じゃくらべもんにならねぇって」
『場所は松笠市ポイント86。我が校のすぐ近く。
 時刻は、ついさっき・・・とにかく、とても危険です!
 連絡があるまで、校舎から出ないように!
 後、指示があったら速やかに行動してください!』
「聞いたろ、今の姫の声。あの姫が、ちょっと慌てるぐらいヤバイんだ。
 大人しく、言うとおりにしてようぜ」
ま、スバルの言うとおりだな。
『なお、生徒会執行部のメンバーは至急屋上に集合してください!以上!』
え、なんで?
「見張り役ってことじゃね?ま、姫のお呼びじゃしかたねえ、行くか」


ぞろぞろと屋上へ向かうと
姫と佐藤さん、祈先生と椰子が来ていた。
「みんな揃ったわね」
「あれ?乙女さんがいないぜ?」
「それなのよ。乙女センパイは、次の拳法大会の開催式の打ち合わせとかで
 出かけてしまっているの」
「むむ、熊にも対抗できる我が校の二大戦力の一人がいないのか」
「そして館長は、地区の校長会議でお出かけになられていますの」
「・・・ってことは・・・」
「今、この学校には熊に対抗できる人はいないのよ。
 他の生徒たちには、不安にさせるだけだから知らせていないけどね」
ヤバイな。
「犬ぐらいなら、私でもどうにでもできるけど
 アラスカヒグマが相手じゃね」
「そんなおっかないヤツなの?」
「体長3メートル近く、体重は500キロを越す超大型の肉食獣よ。
 普通の人間じゃひとたまりもないわ」
「つまり、現れたら逃げるしかない訳ね」
「そういうこと。だから、早期発見が重要なの。
 それで見晴らしのいい屋上に集まってもらったわけ。
 私とよっぴー、カニっちとなごみんで四方を見張るわ。
 もし・・・現れた場合、伊達くん、対馬くん、鮫氷くんは
 生徒の避難誘導をお願い」
姫がフカヒレを鮫氷と呼ぶあたり、事態はかなり切迫してるようだな。
「・・・わかった。来たらいつでも行けるようにしとく」
「・・・お願いね」
じりじりと、重苦しい時間が流れていく。
くそ・・・来るなら来るでさっさと・・・
いや、来ない方がいいんだが。
だが、期待に反して、椰子が小さな叫びを上げる。
「っ!正門正面!右手立木奥!」


皆がフェンスの一角に集まり、椰子の示す方角を見る。
うわ・・・でけえ・・・
これだけ距離が離れてても、その巨大さがわかる。
のそのそと動き回って・・・やべえ、門に近づいてるぞ!
「門の中に入ってくるようだったら、避難誘導を開始。
 A棟の全員を二階渡り廊下経由でC棟に。いいわね」
「・・・わかった」
「祈先生は防火扉のコントロールをお願いします」
「・・・了解しましたわ」
さすが姫、こんな時でも冷静だな。
これなら、なんとか乗り切れそうだ。
そう思ったときだった。
不意にカニが叫ぶ。
「オイオイ、誰か玄関から飛び出しちまってますよ!?」
「な・・・なんですって!?」
皆が視線を下に移す。
黒い一筋の矢のように、ものすごいスピードで走る一つの人影。
門に入りかけた巨大な獣めがけて、人影は走り
そして、5メートルほど手前で急に立ち止まると
足を広げ、大きく手を広げて・・・
立ちはだかった。熊の前に。
「あれ・・・巴センセーだよ・・・」
「なにぃ!?」


一瞬、皆が事態の把握に腐心する。
・・・何やってるんだ、あの人は?
もちろん、それはわかってる。
熊の前に立ちはだかってるんだ。
なんで?なんのために?
「・・・熊が・・・止まってます・・・」
心なしか震えた声で椰子が告げる。
「ホ・・・ホントだ・・・で、でも・・・どうやって?」
「気迫、ね・・・信じられないけど
 気迫で・・・あの熊の動きを、止めているわ」
気迫で熊の動きを止めるって・・・
あの巴先生が?
いつもニコニコしてる、あの巴先生が?
ちょっとからかうとすぐ困った顔になっちゃう、あの巴先生が?
優しくて、恥ずかしがりで、気の弱い、あの巴先生が?
嘘だ。あの人にそんなこと、できっこない。
このままじゃ・・・
「くそっ!」
「レオ!?おい、待て!」
スバルの制止を振り切って、屋上を飛び出すと
落ちるように階段を駆け下りた。


「待てってレオ!どうするつもりだ!」
スバルが追ってくる。
「助ける!」
「どうやって!」
「熊の注意を逸らすぐらい出来るだろ!」
「逸らした後は!?」
「死ぬ気で逃げる!」
「・・・バカヤロ、そういうのは陸上部に任せとけ!」
相変わらず・・・つき合いがいいよな!
「おおっと、逃げ足なら俺だって自信あるぜ!」
スバルのさらに少し上からもう一つ声が。
「フカヒレ!?お前はやめとけ!」
「バッカ、あれで俺だけ残ってたらカッコ悪ぃじゃんよ!」
「カニはどうした!」
「姫に押さえつけてもらった!」
「上出来!」
アイツ、一緒に来ちまいそうだもんな。
俺達は並んでドダドダと階段を駆け下り
玄関を走り抜けて表に出た。
その途端、前にいる巴先生がかすかに横顔を見せ
叫んだ。
「 来 る な っ !!」


バシン!
「ぐあ!?」「ギッ!?」「がっ!?」
体に電気が走ったような衝撃。
一喝。
ただそれだけで、俺たちは皆動きが止まってしまった。
「く・・・巴・・・先・・生・・・」
俺たちが動けなくなったのを見届けると
再び熊に向き直る。
熊がビクリ、と身を震わせ
グォウ!と一声吠えて・・・立ち上がった。
でかい。こうして見るとマジでかい。
背の高い巴先生の頭が、熊の胸のあたり。
こんなの相手に・・・どうするつもりなんだ!?
巴先生が・・・ゆっくりと広げていた手をおろすと
肩から下げたバッグの中に、手を差し入れる。
フカヒレが叫ぶ。
「そうか!何かあのバッグの中にスゲー武器が!?」
「普段からそんなもん持ち歩いてねーだろ」
取り出したのは・・・花柄のハンカチに包まれた・・・
「弁当!?」
「わかった!あの弁当に毒が仕込んであって、それを熊に食わせる気だ!」
「自分の弁当に毒仕込んでおかねーだろフツー」
「・・・お前、ツッコミ全開だな」
「他に何もできねーんだっつーの!」
巴先生は包みを広げながら、その場にしゃがみ込む。
そして・・・
「熊ちゃん、熊ちゃん」
・・・熊”ちゃん”!?
「おいでおいで〜。お弁当だよ〜」
おいでおいで!?
俺たち3人は、金縛りにあったまま呆気にとられていた。


立ち上がっていた熊が前足をおろす。
そして、フンフンと鼻をならしながら巴先生に近づいていく。
巴先生はじっと動かず、熊が近づくのを待っている。
そして、ゆっくりと・・・えーと、鳥の空揚げ?を熊に差しだし・・・
ぱく
熊がでかい口で器用にその空揚げをつまむ。
「あは、よしよし」
撫でてる。熊撫でてるよ!
熊は巴先生の弁当を食い続け
その間ずっと巴先生は熊の頭を撫でていた。
・・・ひょっとして猛獣使い?
「どうだ、お前達」
「うお!?」
いつの間にか、館長と乙女さんが俺達のすぐ横に立っていた。
「館長、いつ戻られたんですか?」
「うむ、知らせを聞いて、急いで戻ってきてみると
 すでにあの娘が熊の前に立ちはだかっておってなぁ」
「私も、ちょうどその頃に戻った。
 松笠公園の方から近づいたのだがな。
 館長が様子を見ようとおっしゃられるので、静観していた」
「そんな、何かあったら・・・」
「これぐらいの距離なら、儂は一撃で仕留められるから心配はせなんだがのぅ。
 だが、静観しておって、正解だったわい」
乙女さんは何か、納得がいかないという顔だ。
「・・・わからない・・・
 あの熊はつい先ほどまでは殺気に満ちていた。
 それが今では飼い慣らされた犬のように巴先生に懐いている・・・
 館長、巴先生はどのような技を使ったのでしょうか?」
「技などではない・・・それはな・・・」


「優しさ、よ」
「やさ・・・しさ・・・?」
「うむ。生徒達を守りたい。それと同時に、あの熊も救いたい。
 誰も傷つけぬために、己が傷つくことを厭わぬ。
 それはただひたすらに、あの娘が優しいからなのだ」
「わ・・・わかりません・・・
 そんなことが・・・あるのでしょうか?」
「鉄よ・・・あの優しさは、決して弱さではない。
 命を懸けてでも、他者に優しくあろうとするその覚悟。
 どうして弱いことがあろう。
 むしろ、あの優しさこそが、あの娘の強さなのだ」
「優しさが・・・強さ・・・」
「むろん、儂やお前が目指す強さでは、ない。
 だが、優しさから生まれる強さもある、ということは
 覚えておくがよかろう」
館長がまたくるりと俺達の方に振り返る。 
「そして、お前達だが・・・
 自らの危険を省みず、進んで恩師を救おうとしたその態度、天晴れであった!」
館長がぽんぽん、と俺達の肩を労うように叩く。
「あ、体動く」「お・・・ホントだ」「やれやれ・・・助かったみたいだな」
胸をなで下ろす俺達と、神妙な面もちの乙女さんと、どこか嬉しそうな館長の前で
巴先生は無邪気に、でかい熊とじゃれあっていた。
「あは、なで、なで♪」
乙女さんが、つぶやく。
「巴先生・・・最後に、素晴らしいことを教えていただきました!
 ありがとうございましたっ!」


こうして、溢れる優しさを振りまいて
巴先生は実習を終えて帰っていった。
そして、俺の周囲の女の子達は・・・

「センパイ、こんな計算もできないんですか?(ニヤリ)」
「う・・・ス、スマン」
「対馬さーん。今週は補習を受けていただきますわ〜」
「マジっすか!?」
「対馬クン、アンケートの集計はまだなの!?しっかり仕事してくれないと困るわ!」
「ご、ごめん、姫・・・」
「オラ何やってんだこのダボ!さっさと机運べやオルァ!」
「く・・・後で泣かす」
変わってねえ。全然変わってねえ。
あの聖母のような優しさにふれて、ちょっとは優しくなるかと思ったのに。
それどころか
「佐藤さん、ここの計算式ちょっと教えて欲しいんだけど・・・」
「うーん。そういうのは、自分で考える方が身に付くと思うよ?」
・・・あの優しかった佐藤さんまで、ビミョーにキビシクなってるし。

「くそ・・・巴先生効果は幻だったのか?」
「何をブツブツ言っている。そろそろ鍛錬の時間だぞ」
「ちょ、乙女さんも巴先生に優しさの大切さ教わったんじゃないの!?」
「教わったさ。だが、私にはあんな風に振る舞うことはできない。
 だから、私なりの優しさでお前に接しているではないか」
「全然優しくないっすよ!」
「馬鹿者・・・厳しさの裏にある優しさを知れ!」
やっぱり「つよきすっ!」世界はそう簡単に変わらないようだ。
巴先生さようなら。俺はこのまま、強気娘に囲まれて生きていきます。
「さっさとランニングにでも行って来い!」


(作者・Seena◆Rion/soCys氏[2005/09/05])

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