「ぐほぁっ!?」「ああっ、くうやー!?」

……わかっていたこととはいえ
海お姉ちゃんのチョコレートはやはり致命的な味で
「どうやったらこんな味にできるんだろう」
全身の感覚を失いながら俺はそんなことを思っていた――――

「ま、よく死ななかったわよね」

「わかっていたからなるべく舌に乗せないようにして食べたんだよ。
 味わって食べたら危なかったかもね」

「わかってんなら食べんな!まったく、学習能力のないイカね」

ブツブツ言いながらも倒れた俺を介抱してくれたのは姉貴だったりする。
ちなみに海お姉ちゃんは半泣き状態で俺にすがりついていたのだが
約束があるとかでシブシブながら学校に行ってしまったそうだ。

「そうもいかないだろ。皆のチョコは食べてるんだしさ」

「まだ……皆じゃ、ないわよ」

そういえば、海お姉ちゃんのチョコを受け取るとき
後ろで姉貴がモジモジしてたっけ。

「ほら、口直し。感謝しなさい」

プイ、と顔をそむけながら姉貴がズイッとチョコを差し出す。

「……じゃあ、口移しで」

「な……!?調子に乗んなこのイカッ!」


「しかし不思議だよなぁ」

「何がよ。あーもう、口の周りチョコでベタベタじゃないのよぅ!」

実は口だけじゃなく、二人ともほぼ全身チョコにまみれていたりする。
口移しのチョコを受け取ったあと、そのまま盛り上がって姉貴の部屋に行ったわけで。
今は姉貴のベッドの上、二人で裸の体を拭きあっている最中である。

「ほら、ここもまだついてる」

姉貴の手が体をなぞるくすぐったいような感覚に
思わず俺の姉貴を拭く手が止まってしまう。

「……どしたのよ?」

「あ、悪い。いや、海お姉ちゃんの料理がさ」

俺も再び手を動かしていく。ちょっと思惑をもって。

「海の料理?それが……ちょ、こら、そこは自分で拭くわよ!」

「フツーに考えたら、あんな恐ろしい味になるわけないんだよなぁ。
 材料とかは家にあるものなんだしさー」

「「ん……だから、それ、はっ……!う、海が……不器用だから、でしょ……ん……」

「海お姉ちゃんの場合、味付けが致命的なんだよね。
 確かに手先は器用じゃないけどさ……こんな風には、ね」

「ふ、あっ!?こ、こら!や、ちょ、そんなとこチョコっ!つ、ついてぅ、ぁんっ!」

……夕飯の支度まで、もうちょっと姉貴を拭いていよう。


息絶え絶えの姉貴を部屋に残し、さっとシャワーを浴びて台所へ。
が、すでに先客がいた。

「あれ?早かったね、ともねえ?」

「う、うん、ただいま空也。
 最後の授業が休講になっちゃったから。
 買い物も済ませてきたから、今日はゆっくり料理できるよ」

そうだ。
長年我が家の台所を仕切ってきたともねえなら
海お姉ちゃんの味覚について何か知っているかもしれない。

「ともねえ、海お姉ちゃんって食べ物の好き嫌いってないの?」

「好き嫌い?ないんじゃないかな。海は、何でもよく食べてくれるよ」

ともねえはちょっと嬉しそうだ。
まあ、確かに一緒に食卓を囲んでいても特にそういうのは気づかなかったし。

「でも、なんで海の好き嫌いなんて知りたいんだ?」

「あ、いや海お姉ちゃんがどの程度味オンチなのかとか
 どうすれば改善できるかとか調べてみようかなって思って。
 料理を作る気あるのに、できあがるとアレじゃ
 海お姉ちゃんだってつらいだろうしさ」

「そうか……空也は、優しいな。エライエライ」

「……まあ、バッドエンド要素は減らしておきたいしね」

「あう?」


「しかし、好き嫌いはないのか……味が全然わからないってわけでもないよね?」

「うん。むしろ、単純な味の違いとかは、海はわりと敏感なほうだよ」

「え、そうなの?」

意外な新事実判明。

「前にお味噌を変えたら海だけ気がついたこととかあったし。
 味の濃さの違いとかも、すぐにわかるみたいだ」

むう。味覚が鋭敏なのに味オンチ?
悩んでいると、ドタドタと階段を駆け降りてくる足音が。

「こらイカッ!あのまま放っておくことないでしょ!
 風邪でもひいたらどう……あ、おかえりなさい巴姉さん」

「うん、ただいま高嶺……あう?」

「どしたのともねえ、鼻ヒクヒクさせて」

「高嶺から、チョコレートの匂いが……な、何か別の匂いも混じってるけど」

「え、あ、そ、そう!?き、気のせいじゃない!?」

しまった、匂いまでは拭きとれなかったか。
しかもそのままHしてたので男女の情交の匂いと混ざってるらしい。
ていうか、シャワーとか浴びろよ姉貴……って、ん?……混ざる?

「あは、そ、そうかな。そんな匂いが高嶺からするわけないよね」

「……そうか、そうだったのか!」


「わ、何よ急に大きな声だして。
 一人で納得してないで、ちゃんと説明なさい」

はたと手を打った俺に姉貴が詰め寄る。
よろしい、説明しようではありませんか。

「姉貴、納豆は好き?」

「はぁ?……んー、まあ、好きだけど」

「じゃ、チョコレートは好き?」

「好きだけど、さっきちょっと嫌いになりかけた。アンタのせいで」

「……それはおいといて。じゃ、チョコレートと納豆混ぜたらどう?好きになれそう?」

言われた味を素直に想像したらしく
姉貴の顔色がみるみる悪くなっていき、しまいには切れた。

「……ざけんなこのイカ!そんな食への冒涜みたいなモン好きになれるかっ!」

「ま、普通はそうだよね。
 海お姉ちゃんはそこが普通の人と違うんじゃないかな?
 つまり、普通の人なら混ざってしまうとダメな味覚が
 海お姉ちゃんには平気、むしろ美味しいと感じちゃうとか」

「あ、なるほど……フン……言ってることには一理あるわね」

「すごいな空也。そんなこと、私は全然思いつかなかったよ。
 と、ところで……さっき高嶺のチョコの匂いに混じっていたのは……何の匂いかな?」

「「それはもう忘れて」」


確認しようという姉貴の主張で
海お姉ちゃんが帰るまでの間にいろいろ準備をしておくことに。

そして日の暮れかけたころになって
当の海お姉ちゃんが帰ってきた。

「くうやぁ〜、大丈夫だった〜?
 意地悪なツインテールに変な悪戯されてない〜?」

帰ってきてすぐ俺が無事なのを確認すると
ほっとしたのかいつもの口調に戻っている。

「悪戯されたのはアタシのほうよっ!」

「それはいつものことだよ……って、どんな悪戯?」

「あ、う、や、その……た、たいしたことじゃない、けど……
 それより!大変だったんだからね、アンタの作ったチョコのせいで
 このイカもう少しで死にかけたんだから!」

「しぼむ〜。でも、なんでくうやは具合が悪くなっちゃったんだろうね〜?」

恐ろしいことに自分の料理が殺人的という自覚がまるでない。
……いや、自覚があったらそれはそれで怖いが。

「それを確認するために、海にちょっとした実験を受けてもらうわよ」

「実験?」

「そう。お姉ちゃんが料理がうまくなってくれれば俺もうれしいし」

「そ、そういうことならお姉ちゃんがんばるよ!」


「まずはこの水を飲んでみなさい」

姉貴が渡したのはごく薄い砂糖水。
ちなみに、俺もともねえもまったく甘味を感じることはできなかったのだが……

「ちょっと甘いよ?これお砂糖が入ってる?」

「わ、すごいな海。こんなに薄い味でもわかるんだ」

続いて塩味、酸味、苦味、辛味と次々に色々な味覚をチェックしたが
海お姉ちゃんはすべての味覚に鋭敏だった。それどころか

「ん〜、これはレモン汁とタバスコと砂糖が混ざってるね。少しレモンが多めかな?」

混ざり合ったごく薄い調味料までピタリとわかるのだった。

「スゴイよお姉ちゃん!一流シェフもビックリの味覚だよ!」

「えー?これぐらい普通だよー?」

「なるほど……巴姉さんの証言は間違いではなかったわけね。
 じゃあ続いて空也の仮説を確認してみましょう。
 海、これ舐めてみて」

姉貴が差し出した小皿にはどす黒い粘液。
これこそ、マヨネーズと納豆のネバネバとタバスコと抹茶と醤油と砂糖が混ざり合う
一口舐めただけでお姉ちゃんを思い出しながら気絶しかけたいわば擬似お姉ちゃんソース。
さすがにこれはダメだろ、と思ったのだが

「んー、これ新しいドレッシング?ちょっと甘いけど美味しいよ」

などと、平気な顔でおっしゃるのであった。


「ぬうう、予想していたとはいえ、コレを口にして平気どころか
 美味しいとまで言うとはっ!わ、我が妹ながら恐ろしい娘ッ……!」

なぜか怯えだす姉貴。うろたえながら確認するともねえ。

「う、海はこれが何でできてるか、わかるのかな?」

「えー?わかるよ?マヨネーズでしょ、納豆でしょ……」

そして当然のように全問正解する海お姉ちゃん。

「えーと、つまり味を感じる能力は人一倍あるけど
 普通なら耐えられない味の組み合わせでも
 お姉ちゃんには問題にならないってこと?」

「えー?美味しいものに美味しいものを合わせたら
 もっと美味しくなるのが普通じゃないのかな」

「そんな単純な足し算じゃないわよ……
 色だってそうでしょ?綺麗な色も、混ぜすぎたら灰色になる。
 アンタの料理は、欲張って混ぜすぎてたわけ。
 はあ……なんで今まで気づかなかったのかしら」

それは誰も試食に耐えられなかったからじゃないだろうか。

「そうなんだ……くうやに美味しいもの食べさせてあげたいって
 いろいろ美味しいものたくさん混ぜてたのが
 実はよくなかったってことなんだ……
 うう、ごめんねくうや〜、今まで気づいてあげられなくて〜……」

一生懸命が裏目に出てたんだな。そうとわかると、嬉しいような困ったような
ちょっと複雑な気分だった。


「ま、味覚はそう簡単に変えられないから
 やっちゃいけない組み合わせを知識として覚えていくしかないわね。
 それを守れば味つけはクリアできるはずよ」

珍しく海お姉ちゃんが姉気の言葉を神妙に聞いている。

「そ、そうだね……うん、がんばるよ。
 えと……あ、ありがと、高嶺お姉ちゃん」

「え、いや、あの……か、勘違いすんな!
 これ以上致命的な料理作って空也をブッ倒れさせても困るから
 仕方なく教えてるだけなんだからね!」

そしてトコトン素直じゃない姉貴。

「く、組み合わせのタブーとかは、私や空也に聞けば
 海は頭はいいんだからすぐに覚えられるよ」

「うん、ありがとう巴お姉ちゃん!
 くうやも、これからよろしくね!」

やれやれ。
これで一つ、バッドエンドの要素は減ったかもしれない。

「組み合わせか〜……今まであんまり考えなかったなー。
 たとえば〜、梅干と生クリームとかは問題ないよね?」

「「「それはダメ」」」

「しぼむ〜」

減らすのには時間がかかるかもしれないが。


「あーあ、なーんか今日は疲れたわねー……
 って、なんでアンタまで部屋についてくんのよ」

夕食後。
部屋に戻る姉貴の後ろになんとなくついていく。

「いや、疲れてるだろうと思って。マッサージとかどう?」

「いらない。アンタのマッサージって結局Hになるんだもん」

「まあまあ、そう遠慮しないで」

「遠慮じゃないっつーの!だいたい昼間もさんざん……ちょ、いいってばぁ!」

「いやいや、今日は姉貴を見なおしたからね。
 妹を思う優しい姉に感謝を込めて、こう……」

と、マッサージを続けようとしたところで
コンコンとドアがノックされた。

『高嶺お姉ちゃーん、空也はいるー?』

「う、海!?あ、う、く、空也なら……」

「いるけどー?」

「なっ!?……こ、このスカポンタン!」

『あー、やっぱりここにいたんだー。
 いいなー、お姉ちゃんも混ざりたいなー』

「「混ざるとキケン!!」」


(作者・名無しさん[2007/02/17])

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