風も温かく、庭ではどこからか迷い込んだのか、
桜の花びらがふわりふわりと舞っている、そんな春先の事。
 珍しく皆がお昼時に家にいて、久しぶりに姉妹(+イカ、珍獣)揃ってのお昼ご飯。
 お昼だから手の込んだものではないけれど、やっぱり巴姉さんの作る物は美味しい。
「たまにはこうして皆で揃っての昼餉もいいものだなぁ」
 雛乃姉さんは上機嫌だ。
「ごちそうさまー・・・・・・っと、まだ苺があったね。大粒でうまそうだにゃー。
もたもたしてるとタカの分まで食べちゃうからね」
と言いながら瀬芦里姉さんがアタシの分の苺にも手を伸ばして来た。
 ぎりぎりのところで苺を魔の手から救う。
「おおっ、タカにしてはいい反応だね」
「・・・・・・ハァ・・・・・・フンっ。アンタのやることぐらいお見通しだわ。アーンっと」
 息が乱れたのを気付かれない様に整えてから、皿を高々と掲げ、
目線を瀬芦里姉さんに合わせたまま、見せ付けるように苺を口に放り込む。
「全く、自分の苺だけで・・・・・・もぐもぐ・・・・・・って!うぇっ!ぺっぺっ」
「あははは〜、高嶺お姉ちゃんって、苺はヘタごと食べるんだね〜」
「たかねよ!食べ物を粗末にするでない!」
「そうよ高嶺。出された食べ物は責任を持ってすべて食べなさい」
 言いながらも要芽姉様は野菜を巴姉さんの皿に移している。
「うぅぅぅ・・・・・・すみませんでした。って巴姉さん!
苺出すんならちゃんとヘタ取ってから出してよね!食べにくいったらありゃしないわ!」
 と、口にした瞬間に、毎度の事ながら巴姉さんに甘えている自分に腹が立った。
 でもこんなワガママを言うアタシにも、巴姉さんは優しく「ごめんな、高嶺。
今ヘタ取ってくるから、お皿貸して」って言ってくれるんだろうな。
 しかし
「たっ、高嶺!」
 口数の少なかった巴姉さんが箸を置いて真っ直ぐとアタシの目を見据えた。
「な、何よ?」
「いつまでも、私にばかり、頼っていちゃ、ダメだ」
 巴姉さんが、どもらないようにゆっくりと、強くそう言うと、次の瞬間には
目をウルウルさせて居間から出て行ってしまった。 


「何よ・・・・・・あれ・・・・・・」
「あ〜あ、高嶺お姉ちゃん、巴お姉ちゃんを怒らせた〜」
「ともねえもついに姉貴に愛想を尽かしたのか」
「ちょっ、ちょっと、何よその言い方!そんなわけないでしょ!」
「でもポエポエが隣に来てから、タカのモエに対するワガママにも
拍手がかかったからね」
「瀬芦里、拍車、よ」
「たかねよ、だれもともえを奪おうなどとは考えておらぬ。
だからあれにももう少し優しくしてやってくれ」
「そっ、そんなんじゃないわよ・・・・・・」
 でもどういうことかしら?
 アタシがワガママで怒らせたとしても、あの反応は少しおかしいような気がする。
 今朝まではいつも通りだったし、でもお昼食べてる時はどこなく沈んだような雰囲気だった。
 何かあったのかしら?
「うまうま!タカの苺ウマウマ」
「って人が考え事してる時に苺を横取りするなー!」
「もそっと静かに出来んのか・・・・・・」
 巴姉さんの食べ残しは勿論、瀬芦里姉さんが「モエが残すって珍しいね」
と言いながら平らげてしまった。
 皆がお昼ご飯を食べ終わった頃になって、巴姉さんが何事もなかったかのように
居間に戻って来た。
 空になった自分の食器を見ると「あは、瀬芦里姉さんは元気だね」と、
どことなくしんみりと言って、食器を集めて台所に消えていった。
 みんながぞろぞろと居間から出て行くところを、すかさず瀬芦里姉さんの手を引っ張って
居間に引き戻した。
「ちょっちょ、なによタカ。わたしはもう眠いから屋根の上で寝たいの。苺ならもうないよ」
「そんなのはどうでもいいわよ。それより瀬芦里姉さん、
巴姉さんの様子が変だったと思わない?」
「んー?モエを怒らせたこと?モエは優しいから、ちゃんと謝れば許してくれるよ」
「そうじゃなくてさ、アタシのワガママに怒ったにしては、反応がおかしくない?
目に涙まで溜めてさ」
「そうかな?目に涙なんか溜めてた?」


「鈍いわね。目もウルウルしてたじゃない。何かあったんだと思うわ」
「確かにモエが怒るのは珍しいけど、ウルウルしてたのは同時に感情が高ぶったんじゃない?
タカがモエの事気にしすぎなんだよ。血の繋がった姉妹なんだから、
変な期待は捨てたほうがいいよ」
「だっ、だからそんなんじゃないって!とりあえず、ちょっと協力してよね。
名探偵なんでしょ?」
 アタシの「名探偵」という言葉に刺激されたのか、やる気のなさそうだった
瀬芦里姉さんの目に、急に光が灯った。
「んふっふ〜ん、そう言われたらしょうがないね。名探偵瀬芦里ちゃんがあなたの
お悩み一気に解決ぅ!」
 あらぬ方向に向かってビシッとポーズを決める瀬芦里姉さん。単純な人でよかった。

「そうと決まったらまずは張り込みだよ。探偵の基本だからね」ということで
かれこれ二時間ほど、二人で巴姉さんの部屋の天井裏に潜んでいる。
「何でアタシまで来る必要があるのよ!」という抗議に対して「張り込みは対象を
見てるだけではダメなのよ。観察しなくちゃ。観察しろっていうのは……
見るんじゃあなくて観ること…。聞くんじゃあなく聴くこと。
でないと…………これから死ぬことになるよ……」と返された。頭大丈夫かしら?
 二時間部屋の中にいる巴姉さんの動向を観察したところ
「顔を枕にうずめてじっと動かなかったり、写真見ながらぐずついてるって事は、
どうやらモエには、何か心配事とか、悲しい事があったみたいだね」
「ホラ見なさい、言った通りじゃない」 
「うーむ、悔しいけどタカの言う通りのようだね。
っと、モエが部屋から出て行くみたいだよ」
 見ると、巴姉さんが障子を少し開けて廊下を確認した後、部屋を出て行った。
 距離を置いて後をつけると、巴姉さんは洗面所に入って、間も無く出て来た。
「あれは泣き顔を見られないように顔を洗ってたんだね。」
「どうして分かるのよ?」
「あれ、音聞こえなかった?あの水音はおしっこじゃなかったもん」
 アンタこの距離からそんな音も聞き分け出来るのか。
 巴姉さんはそのまま、玄関に向かい靴を履いているようだ。
 どこかに出かけるのかしら?


 外は日がだいぶ傾いて薄暗くなっている。さすがに春先とはいえちょっと寒い。
 玄関を出た巴姉さんに気付かれないように、二人で後をつける。
 その矢先、巴姉さんは向かいの犬神家のドアベルを鳴らした。
「ポエポエに何か用なのかな?」
 ウチの玄関の陰に隠れて様子を伺っていると、犬神家の門が開いて
歩笑が顔を覗かせた。
「巴姉さんを見た瞬間に、すごい笑顔になったわね。歩笑」
「ポエポエがモエを家に誘い入れようとしているよ。あれ、でも入っていかないね」
 なぜか入って行かずに、その場で何かを話し始める巴姉さん。
 その話を聞いて驚いた表情をする歩笑。普段からぼそぼそと話す二人だから、
何を言っているのかは聞こえない。
「ねぇ、瀬芦里姉さん」
「しっ!静かにして」
 瀬芦里姉さんには聞こえているようだ。
 少し話した後に、突然巴姉さんがこっちにくるっと振り返って、ダッシュして来た。
 気付かれた!?と思ったが、巴姉さんはアタシ達には気付いていないようで、
アタシ達の横を駆け抜けて玄関に入っていった。
 歩笑はボーゼンとその場に立ち尽くした後、うなだれるように家に戻って行った。
「ははーん、そういうことだったのか・・・・・・」
 瀬芦里姉さんが一人で納得している。
「ちょっとなによ、自分だけ納得してないで教えなさいよ」
「今回の事件はね、こう言うことだったのだよ・・・・・・」
 ・・・・・・
 ・・・

 巴姉さんの部屋の前に立ち、中に声をかける。
「巴姉さん、入るわよ」
「あう!?高嶺?ちょ、ちょっとまって!」
 慌てた様子の巴姉さんの声を無視して、障子戸を開けて中に入ると、
「あぅ、ゆ、夕飯の支度今するから、ご、ごめんね・・・・・・」
と目を真っ赤に腫らした巴姉さんが涙をぬぐいながら答えた。


「・・・・・・はぁ、何泣いてんのよ。アホらし。」
「こっ、これは泣いているわけじゃあないから、心配しないで。
めっ、目にごみが入ったんだ」
 心配させまいとしたのか、ごまかそうとする巴姉さん。
「・・・・・・巴姉さんがお昼ごろから妙にしょんぼりしてるから、
どういうことか調べさせてもらったわよ」
「えっ?・・・・・・じゃ、じゃあ、た、高嶺は知ってるの?
私が、もう・・・死ぬかも・・・しれないって・・・・・・」
 言いながらも巴姉さんの声が震えだして、涙をボロボロこぼし始めた。
「・・・・・・あのねー、巴姉さん。健康診断で胃に影が見つかって再検査が必要って
言われたからって、癌で死ぬって決まったわけじゃあないんだから、やめてよね」
「えっ?」
 瀬芦里姉さん曰く、歩笑と巴姉さんの会話は「大学で受けた健康診断の結果が郵送で
家に届いて、再検査が必要らしい。私に何かあった場合は、人形達を頼む」との事だった。
 ポカーンと呆けている巴姉さんに、続けて言う。
「だから!影が見つかったって言っても必ず癌って訳じゃあないって言ってるの!
ただの胃潰瘍かもしれないし、良性のポリープっていう可能性のほうが十分に高いわよ!
それを死ぬもんだと勝手に思い込んで歩笑なんかに打ち明けたりして、
恥ずかしいったらありゃしないわ!」
「そ、そうなの?」
「それくらい常識よ!それになにより、何でまずアタシに心配事を打ち明けてくれなかったのよ!
アタシだって、巴姉さんのこと心配したんだから!」
 自分でも何を言っているかわからないくらい、ジーンとした痺れが体を包んでいる。
 勢いに任せたとはいえ、大声で本音を言っちゃうなんて、恥ずかしくて死にそう。
 ふと巴姉さんがアタシの事を抱きしめてきた
「うぇぇぇ・・・・・・ごめん・・・・・・ごめんな高嶺。ぐすっ、家族には心配かけたくなかったんだ」
「何のための家族よ・・・・・・巴姉さんのバカ」
 気がついたら二人で抱き合って泣いていた。
 巴姉さんの体に異常があると決まったわけじゃないし、何が悲しいのかよく分からないけど、
とりあえず今は泣いて、巴姉さんに甘えておこう。


「ねぇ、ねぇねぇ、何でともねえと姉貴は部屋の中で抱き合って泣いてるわけ?」
「んー?愛だよ。ラヴ」
「ふーん?まあ、あれはあれでなかなかどうして・・・・・・」
「いーから、邪魔しちゃ悪いから、今夜の夕飯はクーヤが一人で作ってよ」
「えー・・・・・・まぁ、でも、しょうがないかぁ」
 ・・・

 ゴールデンウィーク直前のある日、再検査を受けた巴姉さんが病院から帰ってきた。
「で、どうだったのよ」
「うん、正式な結果はまた郵送されてくるけど、きゅ、99%軽い胃潰瘍だろうって」
「ほら見なさい。アタシの言った通りだったじゃない。
それをあんなに大騒ぎして・・・・・・まったく」
「あはは・・・・・・ごめん」
 結果はアタシの思った通りだった。
 あの時巴姉さんが「いつまでも頼っていてはダメだ」って言ったのは、いざ巴姉さんが
居なくなってしまった時に、アタシが困るだろうと心配してくれたからだと思う。 
 それに食事バランスも生活習慣もちゃんとしている巴姉さんが胃潰瘍って事は、
巴姉さんはアタシには言わなかったけど、やっぱりストレス性のものかしら。
 アタシにも原因があるのかも・・・・・・・
 アタシもいつまでも巴姉さんに甘えてないで、少しはしっかりしなくちゃね。
「お、お茶でも入れてくるよ」
「あっ、巴姉さん、アタシがやるからいいわよ。座ってて」
「いっ、いいのか?」
「いいから座ってなさいって」
 アタシが立ち上がりかけた巴姉さんの肩を押さえつけて微笑みかけると、
巴姉さんの驚いた顔が、やわらかい微笑にかわった。
「うん、じゃあ、お願いするよ」
「あれ?姉貴がお茶入れるとかって、入れ方知ってるの?」
「それくらい知ってるわ!バカにしてんのかこのイカゲソが!」
「うわーん!」
 ぽかぽかとした陽気のせいか、何となく幸せだなぁって思った。


(作者・SSD氏[2007/01/19])

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