夏も過ぎ、ともねえたちも学校が始まりだした。そんなわけで俺、日本のクールガイこと柊空也は
いまや家事のスペシャリストとなっている。ともねえは「無理しなくていい」なんて言ってくれたけど、
しかしそこはクールガイ空也、家事ごとき軽がるとこなしてあげましょうとも。
「よっし、洗濯終わりっと」
 うーん、いい天気……。
 こんな日は縁側でのんびりとしたいが、掃除もしておかないとな……、と思ったのだが。
「イカ! お腹すいたわよ! アタシのために焼きそばを作りなさい」
 もういつものことなので気にしない。ちょうどいいや、俺も休憩しよっと。
 とりあえずサッと作って姉貴に出しておく。で、お茶も入れて、っと。
「雛乃姉さん、お茶入ったよ」
「おお、そうか。すぐ行く」
 居間に戻ると姉貴が黙々と焼きそばを食べていた。にしてもよくもまあ焼きそばばかり食うねこの人は。
「65点。ソースはもっと濃い目にしておきなさい」
「ハイハイ」
 ほどなく雛乃姉さんもやってきた。
「たかね、学校はどうしたのだ?」
「行く必要ないわよ。どうせつまらない授業だけだもの」
「そりゃ姉貴にかかればつまらないだろうけどね。留年するなよ?」
「誰に言ってんのよこのイカ。このアタシが留年なんてするわけ無いでしょ!
 ちゃんと必要最低限の単位は取ってるわよ!」
「たかねが大丈夫と言うのなら大丈夫なのだろうが、ズル休みもほどほどにな」
「ハーイ」
 いつものまったりとした会話。と、そこに。
「空也ちゃーん、おなかすいた〜。何か作って☆」
 ねぇやがやってきた!
「そこに食べ残しのチョコがあるよ」
「やったね☆」


 がっつくなよ……。アンタは食事を下げられた貴族の子弟か。
「ねぇや、仕事はどうしたの?」
「うーん、今日もいい天気ね☆」
 スルーしやがった。ま、これもいつものことだ。
 最近、午前中はこの4人でいることが多い。時々ねぇねぇがいたりするけど、今日はどこかに行ってる。
「そういえば最近、ぽえむを見ないな」
「なんか新作の構想を練るために缶詰になってるって」
「それがねえ、聞いてよみんな……」
 …………………………………………
「なんと! ぽえむがスランプとな!?」
「そうなのよ雛乃ちゃん」
「それ本当? ねぇや」
「うん、編集さんが言ってたの。
 『前作で名前が売れちゃって、それで余計にプレッシャーがかかっちゃってるみたい』だって」
「へえ、ねーたんそんなに有名になってたの?」
「アタシが読んだ限りでは最近の新人の中ではダントツよ。ネットでも評価は高いみたいだし」
 そういや姉貴はねーたんのファンだったか。
「で、前作を超えるものを、ってなってあーでもないこーでもないのどーどーめぐりになっちゃってるのよ」
「あらま……」
「ま、売れっ子作家の宿命でしょ。そう心配することでも無いわよ」
 うーん……。ねーたんなら自力で乗り越えそうだけれど……。やっぱ心配だな。
「ふむ……、そういう時はやはり気分転換が必要だと思うぞ」
「と、言いますと?」
「我もいい句ができないときは散歩をしたり、将棋を打ったりする。
 そうすると不思議と今まで思いつかなかったことが浮かんでくるものだ」
「そういえば歩笑ちゃん、ここのところずっと閉じこもってるわね」
「ふむ、明日は土曜日だし、ともえと一緒にぽえむを外に連れ出してみてはどうか?」


「そうだね、それがいい」
 …………………………………………
 で、翌日。犬神家の前には。
「晴れてよかったね、ともねえ」
「うん」
 ともねえはこころよく了承してくれた。ねーたん関係のことにはともねえを連れて行くのが一番だ。
 そして。
「なんで姉貴もここにいるの?」
「アタシがいちゃ悪いんかこのイカ」
「まあまあ、大勢のほうが楽しいわよ☆」
「こ、この度は私のためにお集まりいただき……」
 なんかこうみんなで出かけるのも久しぶりだなあ……。
 ちなみに他のお姉ちゃん達はと言うと。
 雛乃姉さん・町内会の寄り合い。姉様・仕事。ねぇねぇ・どっかいった。お姉ちゃん・部活。以上。
「よっし、では行きますか!」
 …………………………………………
 そんなわけでやってきたのは東日本最大のチェーンデパート(らしい)「カメユー」!
 なんだか徐々に奇妙な感じがしてくる名前だがそこは気にしない。
 では今日は楽しみますか!
 8F・おもちゃ売り場
「あはっ、歩笑ちゃん、このぬいぐるみ可愛い」
「あ、これもいいかも……」
 うむ、ともねえもねーたんも楽しそうだ。
「空也ちゃーん、このゲーム買って〜」
「自分で買いなさい」
 6F・ファッションフロア
「これなんかいいんじゃない?」
「え……、す、少し露出度が高い……」


「なに言ってんのよ。なかなかきれいな肌してんだからもう少し出してみなさいな」
 うむ、姉貴もねーたんも華のある会話だ。
「空也ちゃーん、見て見てセクシー?」
「ハイハイセクシーセクシー」
 9F・アミューズメント広場
「あはっ、また取れた」
「巴さん、上手」
「次はこれで勝負よ!」
 うむ、仕事を忘れて楽しんでるな。
「空也ちゃーん、格ゲーで対戦しよー」
「アンタは仕事を忘れすぎだ!」
 …………………………………………
 10F・特設ホール
 『近代ヨーロッパの美の世界』と題された催し物をやっていた。
 正直俺は美術とか芸術なんかにはまったく興味が無いからよくわからん。
「わ、私は、こういう画が好きだな」
 これは……。なんだ睡蓮? まったくわからん……。
「アタシはこういうのがいいと思うわね」
 これは……。なんか原色を多用してて、目がチカチカする……。
 ねぇやは……。あ、俺と同じだな。全然わからんで退屈そうだ。
 ねーたんは……。ん? 1枚の画の前で立ち止まっているな。
「歩笑ちゃんはこういうのが好きなんだ?」
「うん」
「へえ、形而上絵画が好きなのね」
 うん? どれどれっと……。輪らしきものを転がしている女の子が、影の差す通りを駆け抜けているのか。
 なんだか不思議な画、だ。でもこの画は俺も見たことあるぞ。
「これは俺も知ってるぞ」
「へーえ、アンタみたいな芸術のげの字も知らなそうなのでもこれぐらいは知ってるのね」


「オイオイ、舐めてくれるなよ姉貴。小学生の教科書にも出てる画家ぐらいわかるぜ」
「じゃあ、答えてみなさい。この画を描いたのは?」
 フッ、ではクールに当ててやるとするか……。
「ズバリ、この画を描いたのは……、ジョルジュ・ナ・ガオカ!」
「違うわ!」
 グハッ、外した……。
「高嶺、静かに」
「あ……、オ、オホン。まったく……ちょっと感心したアタシが馬鹿だったわ」
「え、ジョルジュ・ナ・ガオカじゃないのー?」
「そんな左手を振ってそうな名前じゃないわよ。ジョルジョ・デ・キリコよ」
 なんだ惜しかったな。ニアピン賞だな。
「デ・キリコはね形而上絵画の創始者で、20世紀最大の謎の画家なのよ」
「確かによくわからん画だよね」
「芸術オンチは黙ってなさい。デ・キリコは形而上絵画で高い評価を受けて、後のシュルレアリスムに
 大きな影響を与えた画家だったんだけどね。ある時ぱったりこういう画を描くのをやめて古典主義に走ったのよ。
 今までの名声も評価も全部捨てて、ね」
「今までの名声や評価を捨てて……」
「なんでまたそんなことを?」
「そこまで詳しくないけど。時には自分の過去の作品を否定したりもしたみたいよ」
「ふーん、芸術家ってのはよーわからんなあ」
 ん、ねーたん?
「評価も全部捨てて……新しいことを……」
 おっともうこんな時間だ。
「ねーたん、どうしたの? そろそろ行こう?」
「う、うん、すぐ行く……」
 …………………………………………
「あー、今日は楽しかったわね☆」
「気分転換になった? ねーたん」


「うん、みんな、ありがとう」
「ま、これぐらいはお安い御用よね」
「ま、またみんなで行こうね。今度は、全員でどこか行きたいな」
 なんて言ってたらもう家に着いちゃった。
「それじゃ」
「うん、今日はありがとう。……高嶺さん」
「うん? なによ」
「ありがとう」
「? ? よくわからないけど……、まあいいわ」
「じゃねー、チャオー☆」
 …………………………………………
 それから数ヶ月。
「ホラ、早く来なさい、イカ!」
「待ってって! 姉貴!」
 クソ、こんなにしこたま買い物しやがって……! 重てええええ!! なに買ったんだ……?
 ん……?
『犬上詩子の新境地! 待望の新刊ついに登場!』
「コラ、何してんのよ!」
「姉貴、これねーたんの新作?」
「ん? ああ、少し前に出たわよ」
「もう読んだ? どんなだった?」
「そうね……。今までとは違う感じだけど、でも面白かったわよ。読みたいなら貸すけど」
「そうだね、貸して。……にしても重い。いったいどんな豊胸グッズ買ったのさ」
「フフン、今回のは最新テクノロジーを駆使した確実にバストアップできる、って何言わせんのよ!」
「グフッ! あ、しまっ……」
 ガラガラガッシャンシャン!
「あああああ〜!! このイカー!」
「俺のせいじゃないだろ!」


(作者・名無しさん[2006/05/20])

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