「ともねぇの膝枕きもちいいなぁ」
「あは。ほんと空也は甘えん坊だな」
巴が空也の頭を優しく撫でる。やわらかい日差しが二人を照らす。
「そろそろ花見の季節だね」
「うん。今年はお隣さんといっしょにいこう」
「お重用意しないとね」
「うん。腕がなるな」
「作るときはねーたんも一緒だよね」
「うん。歩笑ちゃん料理上手だしね」
「場所とりも」
「うん。瀬芦里姉さんに頼めば大丈夫だ」
「ともねぇ」
「なに?」
「たまにはともねぇから話題振ってよ」
「あう。ごめん」
「あはは。冗談だよ、冗談」
申し訳なさそうな顔をする巴を横目に空也は巴の手を握り仰向けに寝返りを打った。する
と巴の顔がだんだん赤くなっていく。
「みんな休みとれるかな」「うん。たぶん」
「親父もくるかな」
「うん」
「正直こなくていいと思うよ」
「うん」
「? 明日は雨らしいですよ」
「うん」
「俺の話聞いてる?」
「うん」
「ともねぇ!」
「あう!」


空也が声を張り上げると巴はかわいい声で反応した。どうやら話が耳を通り抜けていただ
けらしかった。うつむく巴と空也の視線が交錯する。空也は巴の顔が耳までりんごのよう
に赤いことに気づいた。
「どうしたの?ともねぇ。風邪、花粉症?」
「ううん、何でもないんだ。ほんと何でもないんだ」巴は首を横に振りながら、股の上から
空也の頭をどかして立ち上がった。
「お昼の準備そろそろしなくちゃ」
「じゃあ俺も」
「あ、いいよ空也。必要な時に呼ぶから」
「ほんとにいいの?」
「うん」
巴は急ぎ足で台所に向かった。空也は巴の態度に若干違和感を感じながらもテレビのリモ
コンをいじり始めた。

巴は台所にはいると水をコップについで胃に流し込んだ。さっきから止まらない鼓動に戸
惑いさえ覚えた。空也が握っていた手をまじまじと見る。手相に沿って汗がにじみ出てい
る。これが空也の汗でないことは巴が一番理解していた。体全体が熱く、なんとなくだる
い。ただ首筋にあたる空気だけはひんやり冷たく、少しだけ巴の思考に余裕を持たせてい
た。最近空也といると胸が苦しい。胸が張り詰めたみたいになる。海や高嶺と仲良くして
いるとなぜか気になってしまう。もしかしたら……

「いい躯しとるのお、姐ちゃん」
「あう!」
巴が下をみるとわきの下から伸びた手が自分の胸をもみこんでいた。
「ぼうっとしてるモエがいけないんだよ」
「やっ、やめてよ。瀬芦里姉さん」
瀬芦里はさっと両手をひっこめた。
「妹の成長を見守るのは姉の仕事だよ。恥ずかしがっちゃだめだって」
「ただのセクハラな気がするけど……」
「女の子同士だからセクハラじゃないよ。それとも空也がよかったかにぁ?」
「ううん。それはだめだよ。絶対にだめだ」


巴の顔を真っ赤にして首を横に振る様子がおもしろくて、瀬芦里はまたいじわるな質問をした。
「じゃあ、もし空也がしてきたらどうする?モエ」
「そのときはほかの人にそんなことしちゃだめだよってちゃんと言わないと」
「それ、ちゃんとしてるのかしてないのか微妙なんだけど……」
「え。なんで」
「いいよいいよ。わかった。それよりモエもそろそろ認めたほうがいいよ、胸の内をさ」
「え?なにが?」
「ああ。わかった。わかった、もういいよ。気遣いとか慣れないことはするなってことだね」
瀬芦里はため息をついて肩を落とした。巴はまだ訳のわからないので心配になった。
「瀬芦里姉さん。私なんか変なこと言った?」
「ううん。全然、やっぱりモエはモエらしくあるべきだね」
「なんだかよくわからないけどありがとう、瀬芦里姉さん」
巴に笑顔が戻って安心した瀬芦里は冷蔵庫の中の牛乳をラッパ飲みした。よく見ると奥の
方に大事そうにしまわれた高級っぽいチョコレートがあった。
「モエ〜。このチョコ誰の〜」
「それは高嶺のだから食べない方が……」
「いただきま〜す」
「あっ、だから……」
チョコは空中で弧を描き、瀬芦里の口の中に収まった。
「消せる事実、消せる事実」
「それをいうなら既成事実だよ。瀬芦里姉さん」
「にゃ、そんなことどうでもいいの。まあタカには悪いけど。でも最近なんだかタカは
チョコレートを買い込んでるみたいだね」
「今の流行なんだって言ってたよ」
「う〜ん。私が思うにそれだけじゃないね」
「え?」
「多分バレンタインのとき、自分の誕生日をすっかり忘れられた恨みをチョコに晴らして
るんじゃないの、タカのことだから」
「多分違うと思うけど妙に説得力があるような気がする」
「でしょう。だからあとで私たちにも復讐してくるかもよ」
「それなら安心だ」


「まあね。最初大それた復讐を企てて最後にことごとく大失敗するのがタカだからね」
「うん。そこが高嶺のいいところ」
「ただいま〜」
玄関の方から声がした。
「あっ。噂をすれば帰ってきた」

「イカ。暇ならあたしの足をマッサージしなさい。駅から歩いて疲れてるから」「やだ
よ。そんなの」
空也はテレビの方を向いて即答した。
「あたしの足を直接触れるんだからありがたく思いなさい。さあ早くする」
「いつかやるよ」
「じゃあ三秒待ってあげる。これ以上の慈悲はないわ」
「はあっ!」
「さーーん!」
高嶺はツインテールをいじりながらカウントを始めた。
「にーーい!」
「ちょっと待てよ。俺は絶対にやらないぞ」
「だってあんたいま暇じゃない」
「暇じゃないよ」
「なに?やることがあるなら言ってみなさいよ」
「テレビ見る」
「それを世間一般では暇というのよっ!このイカ。聞いたあたしがバカだったわ。覚悟な
さい」
「いーーっ、ぎゃーー〜っ」


そのとき空也の目の前で信じられないことがおきた。それは高嶺に雷が落ちたのだ。
確かに家の中に雷が落ちるはずないが、一瞬高嶺に電撃がはしりレントゲンみたいに骨が丸見えになった。
「姉貴、大丈夫?」
「だい……じょうぶ……なわけない……でしょ……」空也が揺すっても高嶺はうつぶせの
まま動けそうになかった。
「にゃはははは」
「なにやってるの、ねぇねぇ?」
「いや〜。タカがね。どうしてもマッサージを受けたいっていうから、最近私が製品化し
ようとしてる電撃マッサージを特別に一足先にためしてもらったんだよ」
空也が揺すっても高嶺はうつぶせのままピクリとも動かなかった。よく見ると縄で縛られ
たマルが高嶺の下敷きになっていて、瀬芦里の腕にはゴム手袋がはめられていた。
「おっ!さすがタカ。回復早いね〜って。プハハハハハッ!」
「姉貴、大プッ!」
高嶺は突然笑い出した二人を不思議そうに見た。
「なに?、あたしの顔になんかついてるの?」
高嶺は細い指で自分の顔を円を描くようにこすった。顔のすすが広がり、空也と瀬芦里に
はまるでパンダのように見えた。
「ハハハハハハッ。 タカ、タカ、カガミ、カガミ」
「ぷっ。姉貴、ヤバい、ヤバい、マジでヤバい」
空也と瀬芦里が腹を抱えて笑っている。恥ずかしさにどうしてもその場にいられなくなっ
た高嶺は
「覚えてなさい」
と捨てゼリフを置いて、一目散に洗面所にかけ込んだ。
「はあー。ちょっとやりすぎたかな」
「大丈夫だよ。姉貴は回復が早いから」
「そだね」


瀬芦里は廊下に散らかった道具を片づけ始めた。縄を解かれたマルは涙目で去っていっ
た。難儀な奴だなと空也は心のなかで思った。空也が居間の時計を見るとそろそろお昼を作る時間だった。
「そろそろお昼にしようとおもうんだけど、何がいい?」
「うーん。あ、そうだ。桜も咲いてるし今日は屋根でお花見しようよ」
「うん、わかった。すぐ用意するよ」
そっけない返事だった。瀬芦里は違和感を感じた。空也が自分の発案に家事として事務的
に対処していることに。空也の顔にめんどくさいと書かれてるようだった。瀬芦里はそん
な空也に自分を重ねた。いやな物がいやと言えるところが自分と一緒だった。そんな空也
を見る度に空也が自分世界の中心にどんどん近づいていった。いつか要芽姉ではなく自分
が空也に頼られる存在になりたいと願っていた。ずっとずっと昔から……。
「どうしたの?ねぇねぇ」空也に話かけられてはっとした。
「あ、なんでもない。少し昔話を思い出しただけ」
「昔話?花見のときに、おいしかった出店とかあったの?よかったら俺にも聞かして」
「ちがうよ。ほら、余計なこと言ってないで料理係りは台所へ行った。行った」
「は〜い」
空也不機嫌そうに頬を膨らました。態度では嫌がっているが、それが瀬芦里の母性をわし
づかみにした。しかしいまここで抱きしめてやろうと思ってももう一歩踏み入ることができない。
「いいじゃん。ちょっとくらい」
「だ〜め」
瀬芦里はわざと口を押さえて眠そうにあくびをした。
「私屋根で昼寝してるからできたら呼んでね」
「わかった」
空也がやっと台所に行った。
「要芽姉にはまだ負けるけど、大好きだよクーヤ」
瀬芦里はそうつぶやいて天井裏に姿を消した。


洗面所で悪戦苦闘するチリチリアフロの高嶺を確認した後、空也は台所に入った。
「まだ始めたばかりだからやることはたくさんあるよ」
「おやすいご用」
「あっ。ねぇねぇがさっきお昼は屋根でお花見するから準備してくれって言ってたよ」
「じゃあ、お隣さんも……」
「そうだね。ねーたんと一緒に作ろうよ」
「楽しみだな」
「電話してくるよ」
「うん」
巴の笑顔を見て、空也は和んだ。
いまどき珍しい黒電話は玄関を入ったすぐのところにあった。年季のせいで0の数字が消えかかっていた。
空也が黒電話の前に立つといきなりベルが鳴った。空也は慌てて受話器を上げた。
「はい。もしもし柊ですけど……」
「あら、空也。奇遇ね。頼みたいことがあるんだけどいいかしら」
甘く上品な声が受話器から聞こえた。
「いいですよ。姉様」
「空也。いま一人で外に出れるかしら。たまたまこっちに仕事があって。お昼まで時間が
あるわ。二人で海でも見に行きましょ」
「えっ!」
空也は驚いた。これはデートの誘いだ。間違いない。でもお花見の準備があるので泣く泣
く断ることに。もしかしたら姉様も来るかもしれないし。
「ごめんなさい。実はお花見で(説明中)」
「そう、残念ね。ならまた今度にしましょう」
「いつにします?」
「気が早いわね。フフ。別に焦らなくてもいいのよ。見に行く機会なんてたくさんあるわ。それよりしっかり家事をやりなさい」
要芽の声が優しく空也を諭した。
「ところで瀬芦里いるかしら」
「いま屋根で昼寝してるけど」
「そう、ならいいわ。空也。瀬芦里はああ見えて寂しがり屋だからまめに話しかけてね。あと夕飯までには帰るわ」
「わかりました」


要芽は携帯を切った。
「あなたはいつも空也のそばにいてとても楽しそうね。羨ましいわ。でも時間はまだまだ
ある。ゆっくり楽しみましょう。そうでしょ。瀬芦里」
要芽の視線の先には真ん中にルビーをあしらった桜の形のシルバーネックレスがゆらゆらと海風に揺れていた。

おにぎりの大皿を持って、空也ははしごを登った。
「ごくろうさん。これで最後だね」
瀬芦里は大皿をひょいと持ち上げて真ん中に置いた。
「クーヤ。ここ、ここ」
「空也ちゃん。お隣どうぞ」
消費者サイドはすでに酒盛りを始めていた。というか出来上がっていた。
「クーヤはかわいいねぇ。チュ……チュ……」
「ちょっと……ねぇねぇ」
「空也ちゃん。私の酒がのめないなんて言わないわよネ〜」
「いや。……滅相もない」
穂波が空也の太ももの内側をさすっている。
「くーくん。はい、おしぼり」
「ありがとう。ねーたん」
「あら、歩笑ちゃん。今日は空也ちゃんに優しいわね。私を差し置いてポイント稼ぎかしら?」
「ごめんね。姉さん」
ただの絡み上戸だった。
「ほら、ほら、巴ちゃんも飲みなさい」
「あう、いただきます」
コップになみなみとビールが注がれた。
10分後
「空也。こっちにおいで」
巴は空也を自分のあぐらの上に座らせて、頭を撫で回した。
「空也はほんとお人形さんみたいにかわいいな」


「ともねぇ?」
こちらは甘えさせ上戸だった。
「モエは飲むと大胆だよね」
「巴ちゃんもなかなかやるわね」
「巴さん、私も、私も」
みんな口々にいっている。そんな中、下からいきなり声が聞こえた。
「ねえ〜、屋根の上に誰かいないの〜」
「あ、アフロの人だ。ってもう治ってるよ。つまんない」
「お〜い。ドラ猫〜」
「いまみんなで花見してるよ〜」
瀬芦里はめんどくさそうに下に叫んだ。
「午後から出かけるから食料を分けて欲しいのよ。分けてくれたらさっきのこと水に流し
てあげなくもないわ。それとイカ。あなたは私の言うことに素直に従いなさい」
「どうする?」
瀬芦里が周りの顔を順番にみる。
「どうしようか」
「とりあえずわけてあげようよ」
「それなら連れてきて一緒に飲みましょうよ」
「この際無視すれば……」
なかなか決めかねる瀬芦里はビール缶を紐のついたザルに乗せて上からたらした。
「何考えてるのよ〜。出かける前にお酒なんか飲めるわけないでしょ」
「捨てといて」
「あたしは動くゴミ箱かー!」
あははははっ。
屋根の上で談笑する4人を背に反対側で一人たたずむひとがいた。
「ほれ、マル。見よ。桜があんなにきれいに咲いてるでわないか」
「ギュ〜」
白くか細い腕を精一杯伸ばして桜を指差した。
「やはり春といえば桜であるな。咲くも桜。散るも桜。散る桜のなんとはかなく美しいものか」
雛乃は早くも胸を熱くした。肩に乗るマルの頭を撫で、ゆっくり息をはいた。


「もしかしたらわれの命も桜の花ように短いのかもしれぬな」
「ギュギュ」
マルが首を横に振る。
「そうであるな。一人になると、なにかと不安になるものよ。長女としてもっとしっかりせねば……」
「ギュギュ」
マルが雛乃のほっぺたを舐めた。
「おぉ、くすぐったいではないか」
「ギュ」
マルがなめるのを一向にやめないので、雛乃は話題を変えることにした。
「マルよ。われは一つ気になることがあるのだが……」
「ギュ?」
「空也の未来の花嫁よ」
「ギュギュ」
「われは空也がどんな女性を連れて来ても文句はいわぬ。しかし状況を見るとわれら姉妹
の誰かだとわれは思うておる」
「ギュギュ?」
「要芽か瀬芦里か高嶺か海かそれとも……」
「ギュ?」
「そうであろう。そうであろう。われという線もアリよな。大アリであるな」
雛乃は扇子でバンバンマルの頭を叩き、その場で小躍りをした。
「ふふ。妬いておるのか」
「ギュ〜」
「残念だが、われは空也にぞっこんであるぞ」
雛乃のほっぺたが紅色に染まる。
「われは空也が苦しい時嬉しい時一番近くでそれを分かちあいたい。たとえそれが今のわ
れにとって遠い遠い未来であっても、今を生き抜いて空也に沿い遂げようと思う」
雛乃はまた遠くに見える桜を指差した。
「その時見る桜は今よりももっと綺麗であろうな」

終わり。


(作者・名無しさん[2006/04/14])

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