「にゃー」

ん?どこからか猫の声が。

「にゃー、にゃーにゃーにゃー!」

なんか、声がすごく近いぞ?家の中に入り込んでるのか?
しょうがないな、昼飯の支度の途中だけど
家の中を荒らされちゃ困るし……
台所を出て、声の出所を探す。

「にゃー」

いた。図々しいヤツだ、廊下の真ん中で堂々としてやがる。

「シッシッ!勝手に入っちゃダメだぞ」

「にゃー」

俺が近づくと、近づいた分トコトコと下がる。
だが、それ以上は下がらず、出ていかない。

「シッシッ」「にゃー」「シッシッ」「にゃー」

……なんとか縁側から外に追い出す。
猫一匹追い出すのにえらく時間がかかってしまった。
ともねえが当分研修でいないから、飯の支度とか……

「ああーっ!?」

台所に戻ると、ねぇねぇが逃げていくところ。
そして、メインの鳥の空揚げはきれいになくなっていた。


くそっ、やられた!
悔しいが、追いかけたところで空揚げは返ってこない。
それより、急いで代わりのオカズを用意せねば……

それにしても……あの猫は最初から囮だったのか?
だとしたら見事な囮っぷりだ。
手なずけるねぇねぇもねぇねぇだけど。

とりあえず冷凍食品の買い置きでオカズを用意して
なんとか昼飯の準備は終わった。

「ん〜、なんかいい匂いがするにゃ〜」

そしてできあがった頃になると
臆面もなく再びやってくるねぇねぇ。

「するにゃ〜、じゃありません。
 それに、あれだけあった鶏、全部食べちゃったの?」

「うんにゃ、空揚げなんて食べてないよ?」

「空揚げなんて言ってないよ。まったく、そういう白々しい嘘を言うし」

「ムッ!嘘とは聞き捨てならないにゃ!
 ちょっと来な、くーや!」

「え、ちょ、昼飯がたたたたたっ!?
 耳っ!耳ちぎれるぅっ!?」

ねぇねぇに耳たぶを引っ張られて
無理矢理ずるずるとつれて行かれた庭の片隅に
さっきの猫と……何匹かの子猫がいた。


あ、コイツ!と思ったが
夢中で空揚げを貪る子猫を見たら
怒る気がなくなってしまった。
さっきの猫は、どうも母猫らしい。
自分は空揚げを食べずに、子猫が食べるのをじっと見ていた。

「ね?」

「つまり、子猫に全部あげたと?」

「そうだよ、もうそろそろミルクだけじゃなくて
 肉や魚も食べさせないとね」

……そういえば、ちょっと前から
やたらミルクの減りが早かったな。
あれもねぇねぇの仕業か。

「とにかく、オカズを取られるのは困ります」

「えー」

「だいたい、こんな油っこくて塩気の強いものを
 子猫にあげるのはどうかと思うよ?」

「えー、そうかにゃー、けっこう美味しかったけど」

やっぱり自分も食べたんじゃないか。いいけど。

「これからは、子猫の餌は別に用意するから
 オカズは取らないでね、ねぇねぇ」

「!うん、ありがと、くーや!」


何日かが過ぎた。
餌をやっていたせいか、母猫も子猫も俺のことを覚えたらしい。
庭に出るといつの間にか子猫が足下にやってきて

「みー」

餌をねだったりする。
そして、そのそばには必ず母猫がいて
子猫の様子を見守っていたりする。

「あーよしよし、ちょっと待ってな」

今日の餌は煮干しと茹でた鶏のささみ。
皆ガツガツと食べている。
いつの間にか、ねぇねぇが隣にきていた。

「いっぱい食べて、早く大きくなりなー」

「……ねぇねぇって、猫には優しいよね」

「まーねー。何か似たところがあるから、つい、ね。
 向こうもなんだか知らないけど寄ってくるし。
 あー、ほらミシェールも食べないとなくなっちゃうぞ?」

「…ミシェール?」

「ああ……母猫のほう。アタシが勝手に
 そう呼んでるだけなんだけどね」

「ふーん」

その時は、特に気にもとめなかった。


「イカ、ちょっといい?」

「……ん、なに姉貴?」

夕食が終わると、とりあえず俺の家事も一段落。
部屋でくつろいでいると
どこか神妙な面もちの姉貴がやってきた。

「最近、瀬芦里姉さんとアンタで
 猫の親子の面倒見てるでしょ」

「うん、まあ」

「マズイわね」

「いいじゃん、猫の餌代ぐらい」

「そんなこと気にしてるんじゃないわよ!
 ……瀬芦里姉さん、前にも野良猫の面倒見てたことがあったのよ」

「まあ、よくやってそうだよね」

「そうでもないわ。勝手についてくるのは別として
 キチンと面倒見るのはこれが2回目よ」

「前の猫はどうしたの?」

「死んだわ……もうずいぶん前だけど」

そっか……
そりゃあ猫の方が人間より寿命は短いんだし
仕方がないのかもしれないけれど。


「元々病気を持ってたのかもしれないんだけど
 急に苦しみだして、突然に、ね……」

「マズイってのは……その心配?」

「まあね……
 あの人、あれで落ち込みやすいとこあるから
 アンタ、責任もって猫の面倒見なさいよね」

確かに、行動が豪快で奔放なのに
やたらナイーブなところあるからな。

「そんな心配するとは、姉貴にしては優しいね」

あまりねぇねぇと仲がいい、とは思えない
姉貴がそんな風に考えていたとは
ちょっと意外だった。

「だ……誰が心配なんかするか!
 迷惑なのよ!落ち込んでたと思うと八つ当たりしたり!」

相変わらず素直じゃないな。
まあ、そこが姉貴の……可愛いところなんだけど。

「はいはい、わかったよ姉貴。
 猫のことは俺も気をつけておくから」

安請け合いかもしれないが
猫の世話ぐらい、家事の合間で何とかなるだろう。
そう思って答えたが、まだ姉貴の表情は曇ったままだった。


「……まだ何かあるの?」

「ん……もう一つ、気になることがあるのよ。
 瀬芦里姉さん、母猫に……ミシェールって名前つけてない?」

「あれ、なんで知ってるの?」

「ちょっと耳に入ったのよ。
 聞き間違いかと思ったんだけど……やっぱり、か」

「やっぱりって何さ」

「ミシェールって……瀬芦里姉さんの母親の名前なのよ」

……初めて聞いた。
今は亡き、ねぇねぇの生みの親。
どんなつもりでその名前を付けたんだろう。
一匹きりで子供を育てる母猫の姿に
自分の母親の姿がダブったんだろうか。

「……子猫、ちゃんと育つといいわね」

「そうだね」

布団に入っても、しばらくの間
ねぇねぇが何を考えて母猫に
自分の母親の名前を付けたのかを思って
何か胸が熱くなった。

子猫たちを立派に育てよう。
ミシェールと、ねぇねぇと、そして俺の子供たち、だ。
眠りに落ちながら、そんなことを思っていた。


今日もまたチビ猫どもの世話。
餌の入った皿を片手に庭に出る。

が、いつもならトテトテと駆け寄ってくる小さな影は
いつまでたっても足下に現れない。
……呼んでみるか。

「ちちちちちち、ちちちちち」

「……何やってんのよイカ。雀のまね?」

ぐあ、変なところを見られてしまった。

「そんなわけないでしょ!子猫呼んでるんだよ!」

「ああ、チビどもなら瀬芦里姉さんと遊んでたみたいよ」

「なんだ……
 ちゃんと飯の時間には帰ってきてくれないと困るなー」

「もうちょっと呼んでみたら?
 面白かったからもう一回やってみなさいよ」

「見せ物じゃないんだから」

「フフン……アンタって、意外と子煩悩な父親になるのかもね」

……そうかな。

しかし、ねぇねぇたち遅いな。
人間の昼飯の準備もしないとなんないんだけど……
と、思っていると、血相を変えたねぇねぇが庭に飛び込んできた。


「あ、くーや!ミシェ……母猫のほう見なかった!?」

ミシェール、とは呼ばなかった。姉貴がいたからだろう。

「へ?いや、見てないけど。ねぇねぇと一緒じゃなかったの?」

「朝からずっと……見てないんだよ」

子猫たちがねぇねぇの足にしがみつき、てみーみーと泣き叫んでいる。
おかしいな。いつもじっと子猫たちを見守っているのに
そんな長い時間、チビどもを放っておくなんて。

「探しには行ったの?」

「う……チビどもなだめるので手一杯で……」

「わかったよ、俺が探してくる。
 ねぇねぇはここでチビたちを見ててやって」

「ゴメン、くーや……」

「しょうがないわね……アタシも探してあげる」

「タカが?なんで?」

「この状況で探しに行かなかったら、アタシ薄情者みたいじゃない。
 それに、瀬芦里姉さんに貸しを作る
 滅多にないチャンスだものね」

「タカ……あ…ありがと……」

「ほ、ほらイカ!ぼさっとしてないでさっさと行くわよ!」


母猫の行方を俺と姉貴で手分けして探すことになった。
だが相手は猫。
どこに潜り込んでいることやら。

特に弱っている様子はなかったから
どこかで……ってのは考えにくい。
この辺はそう車も通らないし
通っても徐行してるから
そっちのほうも……
いかん、悪い考えばかり出てくる。

あちらの裏道こちらの路地を
ウロウロしていると
突然ポケットで携帯が鳴る。

姉貴からだった。

「もしもし?」

『……空也?すぐ来て』

「見つかったの?」

『いいから!……すぐ、来て……お願い』

悪い予感がする。

「わかった……いまどこ?」

今にも泣き出しそうな声の姉貴から場所を聞き出すと
俺は走ってそこへ向かった。


海沿いに走る国道から、少し入った道で
姉貴は壁際に立って……うつむいていた。

「姉貴……どこ?」

場所を聞いたときから
だいたいの予想と、覚悟はしていた。

姉貴が涙を浮かべた顔で振り向く。

「……あそこ……」

姉貴が指さす先に、ミシェールはいた。
倒れて、血を流し、ピクリとも動かず、冷たい骸になって。
後ろ足は奇妙に折れ曲がり
長くしなやかだった尻尾はズタズタだった。

口元には、どこから持ってきたのか大きな魚があった。
轢かれてから、ここまでやってきて力つきたのだろう。
俺たちの家まで、帰ろうとして。
子供たちのところに、魚を持ち帰ろうとして。

「……埋めてやろう」

家の庭に。子供たちが育つ、あの庭に。

「どうすればいいの……
 瀬芦里姉さんには……何て言うの……
 何て言えばいいのっ!?」

そんなこと、わかるわけがなかった。


結局、ねぇねぇには本当のことを言わない方がいいと
二人でそう決めた。

見つからなかった。
ただ、そう答えた。

亡骸は、姉貴が何とかねぇねぇと子猫を庭から連れ出した隙に
俺が急いで埋めてやった。

その頃にはもうすっかり日が暮れて
俺は大慌てで晩飯の支度をした。
ねぇねぇは晩飯の最中もずっとそわそわして
庭の様子を気にしていて
食べ終わるとすっ飛んでいった。

後かたづけを済ませてから俺も庭に向かう。
庭でまとわりつく子猫をあやしながら
ねぇねぇは何かを考えているようだった。
姉貴も気になったのか、いつのまにか俺のそばに来ている。

「……よし、決めた!」

そう言って、突然ねぇねぇが顔を上げる。

「決めたって、何を?」

「アタシ、今日からこの子たちと暮らす。
 この子たちの……母親代わりになるから」

「この子たちと暮らすって……家に入れるの?」

「んにゃ、アタシが外で暮らすよ」


「はあ!?外で暮らすって……そんな野良猫じゃないんだから!」

驚いた姉貴が思わず叫ぶ。

「この子たちは、ノラ猫だもん。ノラで育てるよ。
 だから、ワタシもしばらくノラになる。
 ノラの生き方を教えてやらないとね」

何か、ねぇねぇらしい思考だな。しかし、世間体もあるしなぁ……

「…どうした、何を騒いでおる」

「あ、雛乃姉さん!聞いてよ、瀬芦里姉さんったら……!」

姉貴が雛乃姉さんに事情を説明する。
聞き終わった姉さんは小さくうなずいた。

「ふむ……わかった」

「え、いいの?」

「ただし、食事の世話はくうやにしてもらえ。
 ちゃんと着替えもして風呂にも入る。よいな?」

「オッケー!」

「どうせなら、猫をウチで飼えばいいじゃない。
 なんで瀬芦里姉さんが野良になるのよ……」

「いいじゃないか、ねぇねぇの好きにさせてあげようよ」

こうして、ねぇねぇの半ノラ子育て生活が始まった。


「あーっ!?また泥足で家に入って!
 ねぇねぇ、メッ!ですよ!?」

「あ、ゴメンゴメン」

ああ、廊下掃除したばかりなのに……

「はい、早くお風呂入って!」

「あーい……くーやも一緒に入る?」

う、ちょっと魅力的なお誘いだが。

「いや、俺はいいから」

「そっか……こんなバッチイ猫とじゃ入りたくないよね」

ねぇねぇを見る。
子猫と一日、地面の上で転がり回っているから
艶やかだったブロンドの髪はバサバサで
服も白い肌も泥だらけだ。
だけど……

「汚れていても、今のねぇねぇは輝いてるよ」

「……えへへへ……ねえ、ホントに一緒に入らない?」

ああ、誘われてる誘われてる目が誘ってる!

「……チビたちが待ってるんでしょ」

「ちぇ」


月日は流れる。
子猫はどんどん大きくなる。もうチビとは言えない。
もう、母猫と同じくらいに大きくなった頃。
餌をやりに庭に出ると
いつものように集まるねぇねぇと子猫たち。

「あれ?……一匹足りなくない?」

「うん……出てった」

「……出てった?」

「猫はね、大きくなると自分のなわばりを探しに
 親の元は出ていくもんなんだよ。
 もう……アイツは子供じゃなくなったってこと」

寂しいのか、嬉しいのか
よくわからない表情でねぇねぇが笑う。
そしてその日から、ぽつりぽつりと
一匹減り、二匹消え
三匹目が旅立ち、四匹目が離れていって
そして……

「チチチチチチ、チチチチチ」

「まぁたやってる。バッカじゃないのこのイカ」

「ぐあ!なんでたまたまこれやってると姉貴が来るかな!?」

「いいから続けなさいよ、猫呼んでるんでしょ?」

だが、いつまでたっても猫は来なかった。


餌の入った皿を手に
庭のすみっこで待っていると
ひょい、と塀を乗り越えてねぇねぇがやってきた。

「ねぇねぇ……猫は?」

「ん……今朝、最後のも出てったよ」

「そっか……餌、無駄になっちゃったな」

「……なんだか、寂しいわね」

「はぁ〜、やっとこれで今日から布団で寝られるし!
 雨が降っても軒下に逃げ込まないですむし!
 おやつもつまみ食いも食べ放題だし……」

カンラカンラとねぇねぇが笑う。

「ふ、風呂だって、好きなときに……は、入れるし!
 う…て、テレビだって……見放題……っ!」

笑っている。まだ、笑っている。

姉貴が庭に降りてきて
ねぇねぇに歩み寄っていく。
肩に手をおいて、そっと囁く。

「……お疲れさま、瀬芦里姉さん」

そこで、もう止まらなくなった。

「う……うっ、うっうっ……うくぅっ……!」


ボロボロと。
立ったまま、子供のようにねぇねぇが泣く。

「ひっ…!う、うあああ…っ!あっ…!アタ、シッ…!」

何か言いたいのに、こみ上げる嗚咽が言葉を遮る。
それでも
何とか口にする。

「アタ、シッ…!ちゃ、ちゃん、とっ……
 ママ、に……なぇっ……!なれた、かな、あっ…!」

「……立派な、お母さんだったよ」

「そうよ……きっと、ミシェールも、喜んでるわ」

姉貴の言葉に、ねぇねぇが泣き崩れる。
その肩を支えて、しばらく俺たちは庭で
去っていった猫たちの思い出に浸っていた。

やがて泣きやんだねぇねぇに
ミシェールを埋めた場所を教えた。

「そっか……」

「その……黙ってて、ゴメン」

「ううん、いいよ。
 ね、アタシ頑張ったよ……見てた?
 みんな、ちゃんと大きくなったよ」

かがみ込んで報告するねぇねぇの顔は、満足そうだった。


「なんかさ……あんまり今までそんな気なかったけど
 アタシ、子供欲しくなったかも」

「え」

ねぇねぇいきなり何を……いや、いきなりじゃないのか。
しかしその……母親だけでは子供は作れないわけで?

「あ、なんとなくわかるわ、それ」

「え」

姉貴まで!?
二人が並んで、俺をチラっと見て、そして互いに顔を見合わせる。
……俺っすか。

「タカはお母さん修行してないからまだ無理だよ」

「おあいにく様。
 アタシ、本番で実力を出すタイプなの」

「姉貴はむしろ逆のタイプなんじゃ」

「な、なんですってこのイカ!」

「……さて、お茶でも入れようか」

「話逸らすなっ!」

いつか、そういう日が来るのかな。きっと、また苦労するんだろうな。
だけど……それはすごく幸せな日々になると
今ならハッキリとわかる俺だった。


(作者・Seena ◆Rion/soCys氏[2006/03/06])

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